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<title>akanethussのブログ</title>
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<title>へき地等級についてのメモ</title>
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<![CDATA[ <p>　このブログではへき地学校を主に訪れているのだが、そもそもへき地校というのはなんなのか、という話。の等級については。</p><p>へき地にあって不便な学校を補助するため、1954年に<a href="https://laws.e-gov.go.jp/law/329AC0000000143" rel="noopener noreferrer" target="_blank">へき地教育振興法</a>というものが成立した。これに基づいて勤務する教員の給料にへき地手当を定めるための規則が<a href="https://laws.e-gov.go.jp/law/334M50000080021" rel="noopener noreferrer" target="_blank">へき地教育振興法施行規則</a>で、へき地度に応じて給料に割合で積み増しをすることになった。もっともへき地度の高い５級地では25%積み増しされる。</p><p>　この基準は、主にへき地性を表わす基準となる施設までの距離を点数化して、足し上げていったものをもとにして決めたものだ。ここでいう施設というのは、鉄道かバスの停留所までの距離のほか、郵便局、診療所、市町村の中心などといったところまでの距離である。教員の待遇改善のための基準なので、教育委員会までの距離というものも基準の中に含まれる。もちろん途中に、鉄道やバスがない区間がある場合は、そうでない場合に比べて点数が高くされているのはいうまでもない。こうして足し上げていった点数に応じて、級を決定している。もちろん、バスがあっても冬になると積雪で途絶する時期があるとか、そもそも交通不可能になるといった場合はそのぶんの加算がなされるし、途中に悪路があったりするとそこも点数の加算要素になる。水道がないとか電気がない（1959年当時は、まだそういう学校が少なくなかったのだろう）といった不便さがあるとそれは付加点数として追加される。</p><p>山奥の学校の場合はこういったものが基準なのだが、離島の場合だとさらに本土までの距離や船着き場までの距離、定期運行する船の本数なども算出のための要素として加えられる。こうして足し上げた点数が</p><p>&nbsp;</p><p>40点以上だと１級</p><p>80点以上だと２級</p><p>120点以上だと３級</p><p>160点以上だと４級</p><p>200点以上だと５級</p><p>&nbsp;</p><p>となっている。</p><p>&nbsp;</p><p>　実際の学校への指定は都道府県単位で行われているので、この規則に全国すべてのへき地学校が掲載されているわけではなく、県の条例などで定められている。1959年に最初に指定された学校については、全国のものが「へき地学校名簿」として国会図書館に所蔵されているし、兵庫県については公報での扱いも確認している。このブログで取り上げるときは基本的にはこの等級をベースにしているのだが、実際にはそのあと等級が下がったり閉校になったりしている学校も多いため、そのつど補足をするようにしている。また、現在の等級については各都道府県の条例や、<a href="http://www.zenhekiren.net/link/kyushu.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">全へき連のページ</a>で確認することができる。</p><p>　等級が変わった場合、についてが少し扱いが難しい（うえに変わっている事自体は普通である）。単純に不便さが上がったり下がったりしただけならわかりやすいのだが、実際にはへき地等級はこのように基準を法律で定めて決定しているものなので、その法律のほうがときどきみなおされるのである。もちろん、法律はそのままに基準を満たしているかどうかのみ見直されることもある。</p><p>　特に1971年にへき地教育振興法施行規則が改正されたときには点数を加算する要素が増えたのと、それまでは4km以上になってはじめて加算対象になっていたのが2kmからになったため、このときに新たに指定される学校が増えている。もう一つ、このとき35〜39点で「準へき地」、30〜34点で「特別な地域に位置する」というカテゴリーが新設されたためにその枠に指定される学校が増えたということもある（その後1989年に準へき地と１級の境目が40点から45点に変更されている）。</p><p>端的な例として、1959年の指定では兵庫県内の最高級は４級だったのだが、71年の指定で瀬戸内海の離島にある沼島分校と男鹿島分校が５級に引き上げられている。このような理由で、1959年の級数は1971年の級数にくらべて低い、ということがある。</p><p>&nbsp;</p><p>　ややこしいから最も新しいデータを使えばいいと言われそうだが、これはこれでうまくないところがある。というのは閉校した学校が多いので時期が一定しないし、特に最近の級は全体的に低くされているところが多い。交通機関や道路の事情が改善されたために下がったというのなら良いことなのだが必ずしもそうではない理由もけっこうあって、法律として級数の高い学校ができにくくされているのである。</p><p>　2009年の見直しで、基礎点数の計算のための基準表がおおはばに引き下げられて級数が下がった。これにともなって学校が多いのである。特に隔絶したところにある学校で、どれだけ遠くても点数があまり積み増されないようになった。89年にもそういう変更はあったのだが、このときさらに大きくなった。</p><p>　一例として、へき地５級校が離島と北海道をのぞきほぼ「消滅」したことがある。元々この時点で離島以外のへき地５級校というのは数えるほどしかなくなっていたのだが、青森や熊本に１つづつ存在していた。これらが2009年に４級に再指定されたため、本州・九州からは「消滅」した。</p><p>　もうひとつの大きな変化は、このときに人口３万以上の街が近くにある場合は点数を減じるということになったのである。法律の条文にはそういう表現をしていないのだが、実際は減じるものである。これは、へき地学校に赴任することになった教員が近くの都市部に在住して車で通勤することが多くなったことを鑑みた、のだそうだが。近くと行っても最大40kmである。このため、市町村合併で市の一部になったような学校は点数を減らされることになった。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12877543666.html</link>
<pubDate>Thu, 05 Dec 2024 15:41:21 +0900</pubDate>
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<title>春来小学校</title>
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<![CDATA[ <p>熱田分校を訪れたときの続き。</p><p>&nbsp;</p><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/11/28/j/o1080072015500386412.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/11/28/j/o1080072015500386412.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/31/cc/j/o1080072015500386413.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/31/cc/j/o1080072015500386413.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/19/d5/j/o1080072015500386414.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/19/d5/j/o1080072015500386414.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/7f/74/j/o1080072015500386416.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/7f/74/j/o1080072015500386416.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/83/41/j/o1080072015500386417.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/83/41/j/o1080072015500386417.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/c5/59/j/o1080072015500386419.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/c5/59/j/o1080072015500386419.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/d4/b9/j/o1080072015500386420.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/d4/b9/j/o1080072015500386420.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/d8/ed/j/o1080072015500386421.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/d8/ed/j/o1080072015500386421.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/61/23/j/o1080072015500386422.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/61/23/j/o1080072015500386422.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/8c/f1/j/o1080072015500386426.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/8c/f1/j/o1080072015500386426.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/54/d7/j/o1080072015500386428.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/54/d7/j/o1080072015500386428.jpg" width="420"></a></p><div>&nbsp;</div><p>&nbsp;</p><p>　いろいろとトラブルのあった熱田分校訪問だったが、トラブルが多すぎて忘れかけだがそもそもガソリンの残量が心配である。いちおう、まだそれなりには走れそう（給油ランプが点滅していない。途中一時期点滅したのでヒヤヒヤしたのだが、下り坂だったのでみかけじょうそうなっていたようだ）だが、小代の町を抜けて少し先にガソリンスタンドがあるのを見つけて給油。かなり高かったし八鹿あたりまでいけばたぶんもっと安いのだが、さすがにそんなことを言っている場合ではない。</p><p>　というわけでことなきを得て、482号線を走り９号線へと出る。ちなみに小代（＝美方町。もともとは隣接する射添と合併してこの町名になったのだが、その後射添が離脱して村岡町と合併したため実質ただの名称変更になった様子。なにがあったんですか……）にあった３つの小学校のうち小北小学校だけはいまだに正しい位置がよくわからない。空き地になっているとのことだが。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/b5/12/j/o1080081015499969724.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/b5/12/j/o1080081015499969724.jpg" width="420"></a></p><p>482号線が９号線と合流するあたりにフジという小さなドライブインがあるので、休憩がてら寄る。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/ca/ef/j/o1080081015499969725.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/ca/ef/j/o1080081015499969725.jpg" width="420"></a></p><p>ドライブインといっても自販機しかないのだが、今時めったにないうどんの自販機があることで有名。訪れるとたいてい入ってみるのだが、今回はちょうど店主の人がメンテナンスしているところだった。自販機できつねうどんとコーヒーを購入して店内でいただく。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/a2/61/j/o1080075815499970239.jpg"><img alt="" height="295" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/a2/61/j/o1080075815499970239.jpg" width="420"></a></p><p>これは道路標識、ではないね。</p><p>まだ少し時間があるので、もう一つくらい寄れるだろうということで、旧春来小学校へも立ち寄ることにする。</p><p>９号線をぬけて香美町から新温泉町に入るトンネルを抜けてすぐに左手に坂道が分岐している。ここを登っていくと、旧来の峠道がある。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/48/fc/j/o1080072015500386424.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/48/fc/j/o1080072015500386424.jpg" width="420"></a></p><p>峠道には「てっぺん」というそば屋があるらしいのだが、きちんと確認しそびれてしまった。</p><p>&nbsp;</p><p>春来小学校は2010年閉校。<a href="http://harusyo.edu.yukemuri.gr.jp/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">ホームページ</a>が残っている。歴史は古く、明治12年に分校として成立、明治20年には独立の簡易小学校となっている。その後25年に尋常小学校に昇格。</p><p>&nbsp;</p><p>以前にも一度訪れたのだが、そのときは夕暮れですっかり暗くなってしまい写真はまともに取れなかった。現在は記念館として使われているらしい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12870922728.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Oct 2024 03:25:04 +0900</pubDate>
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<title>小南小学校熱田分校</title>
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<![CDATA[ <p>　兵庫にあるへき地学校で最も級数が高いのは、時期にもよるのだが1959年にへき地等級が制定された段階では４級となっている。その後、級数の見直しの過程で淡路島の沼島と家嶋群島の男鹿島にある分校が５級になっていた時期があるが、本土の学校についてはやはり変わらない。</p><p>　本土のへき地４級校は３つあり、すべて但馬北西部の山間部にある。このあたりは日本海側にも近く、雪深くスキー場などにも事欠かないエリアなので、山奥は当然往来が難しい。</p><p>　その４級地の中の一つが小代小学校熱田分校である。熱田集落はほぼ鳥取県の県境近くにある集落で、少し前までは国道482号線の終点にあたっていた。終点というのは、鳥取側とつながっていなかったからである。2019年に開通したのだが、それについてはのちほど。</p><p>　熱田集落はすでに廃村となっている。1968年の豪雪の際に孤立集落となり、町の中心部に出ようとした村民が帰りがけに雪崩に巻き込まれて死亡したという経緯から町の中心へ集団離村することになったためである。当時９世帯約50人が離村したとのこと。その後もしばらくは夏の間は農作業などが行われていたそうだが、集落出身者の高齢化が進み2020年に名前だけ残っていた「熱田自治会」が解散して名実ともに廃村になったとのことだ。そんな集落にある分校だから当然へき地度も高いのは当然としても、早い時期に廃村となったためほとんど人の往来がなく、道路の整備がほとんどなされていない。というわけできわめて到達しにくい。</p><p>　そもそも、熱田集落がある美方町（現・香美町）じたいが但馬のもっとも山深いところにある町のひとつである。山陰街道の流れをくむ９号線からさらに分岐した482号線を数km入ったところに町の中心がある。もちろん鉄道は通っていないし、未成線のたぐいが全通してもおそらく鉄道はやってこなかったと思われる。その町の中心からさらに数km入ったところにあるのが熱田集落である。</p><p>この熱田集落、なんどか訪れようとしたのだが、何回かはうまくいかなかった。というのは、先ほども書いたように山深い。そして道路の整備が不十分ということで、到達不可能ということが何度かあったためである。</p><p>最初にこの廃校を訪れようとしたときは2016年ごろ。美方町の中心のあたりまではごくふつうの２車線の山道だが、中心部で車線が細くなるとそのまま隘路の国道となる。（当時。最近バイパスができて中心街は国道指定からはずれたらしい）</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/55/7c/p/o0847059215499966059.png"><img alt="" height="294" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/55/7c/p/o0847059215499966059.png" width="420"></a></p><p>　町の中心となる商店街（あんまりやってない）からさらに西にはいり、いくつか山間の集落を横目に走ること数km、秋岡という集落に到着する。ここにはかつては小南小学校があった。</p><p>　表題には小代小学校となっているが、かつては美方町には３つの小学校があった。それぞれ小北小学校、小南小学校、小代小学校という名前で、1967年に中心にある小代小学校に統合された。名前は美方町になるまえ小代村と呼ばれていたことにちなんでいると思われる。ちょうど商店街が終わったあたりで川を隔てて左手にきれいな校舎が見え、それが小代小学校・中学校（現・準へき地）。このほかに分校が２つあり、熱田分校はその１つである。小南小学校は統合時でへき地1級。</p><p>　2016年の時点では、国道482号線に入っていくらか進んだあたりで「秋岡より先通行不可」という電光掲示板があった。</p><p>で、秋岡から奥へとむかってみると、いくらか進んだ途中で通行止めになっていて工事の作業員の人が立っていた。想定範囲内ということで、このときは引き返すことにした。あとで兵庫県内の廃校を回った記録にあたってみたところ、2010年以降通れなくなっているらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>　次に訪れたのが2019年頃。このときには秋岡より先の道が通れるようになっていたのだが、車一台がようやく通れる程度の幅の道なのでやはり走りにくいには違いない。熱田がどこにあるかよくわからず、携帯の電波も圏外になるのでなかなか見当たらない。そのまま県境まで到達してしまった。</p><p>しかたなく引き返していくと、ようやく途中で一つ分岐の道があることに気づき、そこから荒れ道を上って途中の三叉路を上がると、熱田分校があった。</p><p>　次、2021年10月にも今度は鳥取側から入ったのだが、熱田に入る途中で倒木があり通行不能。どうもこの年の夏のどこかの雨でやられたらしい。あきらめて引き返した。</p><p>　そのほかにもなんどか挑戦してみたのだが、冬場は雪に閉ざされるし、豪雨の後などにはすぐ道路の修復などで工事がはいるなどしやすい道のためなかなか機会がない。</p><p>&nbsp;</p><p>　というわけでどうもタイミングが合わなかったのだが、ようやく４度目の来訪となった。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/06/66/p/o0744055215499967742.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="552" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/06/66/p/o0744055215499967742.png" width="744"></a></p><p>今回も鳥取側から入ることにした。戸倉峠越えの29号線で若桜まで行って、そこから分岐した482号線で山道を登っていく。氷ノ山スキー場への入り口でもあるので道路自体はよく整備されているのだが、急坂もある。</p><p>数km上がっていくと、つく米小学校がある。写真をとりそこねたのだが、へき地等級１級（閉校時）の学校である。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/3c/67/j/o1080072015500386279.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/3c/67/j/o1080072015500386279.jpg" width="420"></a></p><p>つく米の集落を抜けると、スキー場の駐車場や施設入り口などがある。冬は雪がかなり積もるのだろうが、そんな中、警告看板が。大型車は今でも通行不能である。また、山奥におなじみの「異常気候時通行止め」の看板も。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/88/ea/j/o1080072015500386280.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/88/ea/j/o1080072015500386280.jpg" width="420"></a></p><p>そして峠をのぼりきるとついに県境に到着する。実のところここまではかなり幅広い道路なので、大型車通行不能になるのはこの先。2019年にここから熱田までが国道として指定されてようやく兵庫鳥取間がつながることとなった。それまではあくまで町道で、90年代には舗装もされていなかったため相当の悪路だったらしい。その後世紀がかわったころにさすがに舗装はされたそうなのだが、その後も落石などで年単位で通行不可になっていたのは前述のとおり。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/2a/cb/j/o1080072015500386283.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/2a/cb/j/o1080072015500386283.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/cd/45/j/o1080072015500386282.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/cd/45/j/o1080072015500386282.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>県境を越えて山道を下っていくと、標識が土台ごとくずれていた。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/ce/44/j/o1080072015500386284.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/ce/44/j/o1080072015500386284.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/5c/7e/j/o1080072015500386288.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/5c/7e/j/o1080072015500386288.jpg" width="420"></a></p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/69/a5/j/o1080072015500386287.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/69/a5/j/o1080072015500386287.jpg" width="420"></a></p><p>いくつか小屋のたぐいがあるが、これはまだ国道ではなく町道だったころからあったものだろう。人が住んでいたことがあるわけではないようだ。写真には残していないのだが、ところどころにＳＯＳ電話があり、いざとなったらこれだな、と思わせる。使いたくないですが。</p><p>画像1枚目は祠だろうか。じつはこの町道は全部が古くからある峠道ではないらしく、県境から少し入ったところで分岐して直接熱田につながっていたらしい。現在の町道は熱田川のある小代渓谷まで一気に降りてそこ沿いに秋岡につながっているので、熱田にはそこから再度坂を上らないといけない。かつてはこの坂で川沿いの道につながっていた。</p><p>といってもわかりにくいので、実際に地図を見てもらったほうが良い。現在、国道482号線はこんな感じになっている。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/d0/0a/p/o0611058815503838631.png"><img alt="" height="404" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/d0/0a/p/o0611058815503838631.png" width="420"></a></p><p>で、1935年に発行された地図だとこうなっている。ちょうど地図の境界になっているのでわかりにくいのだが、</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/80/09/p/o0402051515503838628.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="515" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/80/09/p/o0402051515503838628.png" width="402"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/07/6e/p/o0971060215503838629.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="602" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/07/6e/p/o0971060215503838629.png" width="971"></a></p><p>（出典：五万分の一地図「<a href="https://mapwarper.h-gis.jp/maps/840" rel="noopener noreferrer" target="_blank">村岡</a>」「<a href="https://mapwarper.h-gis.jp/maps/839" rel="noopener noreferrer" target="_blank">若桜</a>」1935年発行、国土地理院）</p><p>&nbsp;</p><p>今より少し東に点線がひかれているのがわかる。そして、熱田を通って坂を下ってから現在の国道に合流している。</p><p>等高線の精度がかなり低いのだが、おそらく下の赤線のようなルートをたどっていたのだと思われる。最大で標高940mくらいに達するため、県境にたどりつくまでにいくつか峠を越えなくてはいけないようだ。<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/20/31/p/o1090103815503838612.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="1038" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241030/02/akanethuss/20/31/p/o1090103815503838612.png" width="1090"></a></p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/43/ad/p/o0745054215499967746.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="542" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/43/ad/p/o0745054215499967746.png" width="745"></a></p><p>峠道もひととおり降りると、左手に工事中の現場が見えた。掲示によると、どうも、熱田を訪れる人のためのトイレを作る？らしい。その少し先に熱田への道が伸びている。かつてはここまでが町道で、熱田側が国道482号線の終点だったんだそうだが……　わりと正気化だったのか？と思ってしまったが、もともとは熱田から先に峠道が伸びていたと思えば納得ではある。</p><p>というわけで、「旧道」へとのぼっていく。熱田川を渡ると舗装がコンクリートになり、いきなり古さを感じさせる。しかも、その登り口でさっそく工事中だ。ただし、こちらは人がいて何かやっているわけではなく三角コーンがたててあるだけだ。どうやら、舗装が崩れたかなにかを直しているらしい。普通に車でよけて通れる幅はあるので、とりあえずよけて進む。工事中の手前にお地蔵さんがある。</p><p>道は落ち葉だらけで、あちこち穴があいていたりもするし、おまけにヘアピンカーブや急こう配も多いのでかなり気を付けて進む必要がある。</p><p>ちなみにこのときの一番の心配事は、ガソリンの給油ランプが点灯してしまったということ。点灯してそれほどたっていないのでまだ数十kmくらいなら走れるだろうが、なにしろ山奥だから気が気ではない。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/a9/e7/j/o1080072015500386289.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/a9/e7/j/o1080072015500386289.jpg" width="420"></a></p><p>そのうちに熱田分校の案内看板が目に入った。前からあったのか？よくおぼえていない。しかし分校じたいは前回も訪れているわけなので、今回はせっかくだからその先にあるはずの廃村を見ていきたいところ。そう考えて、まずは分校をスルーしてさらに奥へと入っていった。</p><p>相変わらず悪路が続くが、そのうちに道が二手に分かれた。片方はゆるい下りでもう一方が登り。登りの方が正解かなと思いそちらに車を走らせていくが、道はどんどん悪くなる。出かける時の天気はよかったのだが鳥取県境あたりで少し雨が降っていたのと、そもそもここまで山奥だと日当たりもあんまりよくなくてそもそも慢性的に道がぬかるんでいる。途中出水していたところもあったし。</p><p>そしておそろしいことが起こってしまった。エンジンをふかしてもスリップして登れないのである。しかも用心して停めないとブレーキをかけても後ろにずり落ちていく。かなり恐ろしい思いをしながら車を降りてみると、いちおう道路に轍はあるもののそこからはずれて走っていたため掻いた泥でスリップ状態になってしまったようだ。あれこれやってもこれ以上上がれないし、かといってうっかりすれば崖から転落である。そしてＪＡＦなどよぼうにも熱田の入り口まで下りないといけない。</p><p>どうにかこうにか死にそうになりながらもなんとか車を転回させて下り向きにすることに成功。なんとか分岐点まで下りて、そろそろと降りて行った。正直もう疲れたので分校跡だけ見て帰ることにした。</p><p>分校への道が分岐している三叉路まで出て、そのまま上った……　のが失敗。上がりきる手前あたりでまたスリップしてしまったのである。さきほどと同様になんとか転回しようとしていたところ、溝に脱輪してしまいさらに厄介なことに。</p><p>どうにかこうにか復帰して、歩いて分校跡まで上がることにした。そういえば前回訪れた時は坂におそれをなして三叉路からは歩いて登ったのを思い出した。前回の方が賢明であった。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/be/e1/p/o0757054315499967748.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="543" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241020/02/akanethuss/be/e1/p/o0757054315499967748.png" width="757"></a></p><p>大体の位置関係はこのようになるはずだが、どこか勘違いしている可能性もある。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/7b/3e/j/o1080072015500386296.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/7b/3e/j/o1080072015500386296.jpg" width="420"></a></p><p>三叉路から分校へと続いている坂。ここもなかなかの酷い道である。昔は普通に通れたんだろうが。道を上り切ったところに大きな広場があり、左手に丘がある。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/1f/fc/j/o1080072015500386291.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/1f/fc/j/o1080072015500386291.jpg" width="420"></a></p><p>広場はおそらく往時は運動場になっていたところなのだろう。現在はとてもじゃないが子供が運動できるような足場ではない。丘の横にある道から後ろに回ると、校舎がある。こちらが小代小学校熱田分校である。実際にはこの名前だったのは最後の1年半だけで、それまでは小南小学校熱田分校だったということになる。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/5b/b9/j/o1080072015500386292.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/5b/b9/j/o1080072015500386292.jpg" width="420"></a></p><p>学校自体は明治30年に家庭教育所として開設したものが1941年に正式の分校となったものだが、この校舎じたいは1959年に新設されたものだそうで、それまでは地域の観音堂に隣接していたらしい。観音堂は未見。分岐があったところの右側に看板が出ていたので、おそらくそちら側の廃屋のあたりにあるのだろう。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/c5/57/j/o1080072015500386294.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/c5/57/j/o1080072015500386294.jpg" width="420"></a></p><p>消えかかっているが「熱田分校」の文字。子供の字なので、きっと往時の在校生が書いたものなのだろう。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/a9/f1/j/o1080072015500386293.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/a9/f1/j/o1080072015500386293.jpg" width="420"></a></p><p>校舎の横には小さい丘があり、これまた祠かなにかがある。これが観音堂、というわけではなさそうだ。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/5f/15/j/o1080072015500386295.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20241021/02/akanethuss/5f/15/j/o1080072015500386295.jpg" width="420"></a></p><p>広場の向こうには廃車となった軽トラがあったり、なにかの小屋があったりといちおうかつての形跡がしのばれるけれど、校舎自体はブリキで目張りがしてあって様子はよくわからない。</p><p>&nbsp;</p><p>非常に疲れた感じで下山。途中、「水力発電所跡」という掲示もあった。あまり停車しやすそうな場所ではないので素通りしてしまったが、あとで「美方町史」にあたってみたところ熱田地区に電気が通ったのは1962年になってからで、それまでは簡易式の水力発電所を使って自家発電をしていたのだそうだ。それも不便さをおもわせるには十分だが、しかも水力が豊富ではないため維持が難しかったとのこと。うーん……</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><hr><p>参考資料</p><ul><li>国道428号線<a href="http://3koku.uroneko.com/nr482-402.htm" rel="noopener noreferrer" target="_blank">（2）</a><a href="http://3koku.uroneko.com/nr482-403.htm" rel="noopener noreferrer" target="_blank">（3）</a> （<a href="https://3koku.uroneko.com/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">３ケタ国道走行記</a>）</li><li><a href="https://wellon.lomo.jp/tohge/tohge/oshirogoe.htm" rel="noopener noreferrer" target="_blank">小代越</a> (<a href="https://wellon.lomo.jp/tohge/tohge.htm" rel="noopener noreferrer" target="_blank">峠と旅</a>)</li><li><a href="http://tabi.road.jp/sekijitu/R482/R482.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">国道482号</a> (<a href="http://tabi.road.jp/index.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">国道を旅する</a>)</li><li><a href="http://hgf03030.a.la9.jp/500/R482/R482_2.htm" rel="noopener noreferrer" target="_blank">国道428号線 パート2</a>（<a href="http://hgf03030.a.la9.jp/index.htm" rel="noopener noreferrer" target="_blank">道のページ</a>）</li><li><a href="https://www.kami-tourism.com/feature/haison" rel="noopener noreferrer" target="_blank">伝説の廃村になった村「熱田」</a>（香美町観光ナビ）</li><li><a href="https://www.kobe-np.co.jp/news/sougou/201912/0012980006.shtml" rel="noopener noreferrer" target="_blank">「和牛の聖地」記憶伝える 雪害機に５０年前廃村 香美「熱田」</a>（神戸新聞2019年12月22日）</li></ul><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12870922179.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Oct 2024 03:14:50 +0900</pubDate>
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<title>岐阜県恵那市　上小学校達原分校</title>
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<![CDATA[ <p>またずいぶんと間が空いてしまいましたが……</p><p>&nbsp;</p><p>岐阜の廃村を少し訪れてきた。</p><p>行ってきたのは恵那市上矢作町（2005年まで上矢作町）にある達原分校。上矢作町はほぼ愛知・長野の県境ぎりぎりにある町なのだが、そこにある分校跡というわけである。</p><p>へき地学校名簿に出てくる東濃のへき地学校はあまり多くないのだが、そのうちの一つがここ。単級の小さな学校だったらしい。</p><p>現在、上矢作地域にある小学校は一つしかないが、90年代までは２つあった。これは昭和の大合併で上矢作町になった村２つにそれぞれ小学校があり、そのまま存続していたため。上村と下原田村という名前だったため、小学校名も同名となっていた。上小学校には達原分校ともうひとつ木の実分校という分校があった。このうち木の実分校は55年に閉校しているためにへき地学校の資料には登場しない。</p><p>恵那市の中心から国道257号線沿いに南下して車で3,40分というところで上矢作町の北側の中心地区、上地区に到着する。現在所在している上矢作小学校もここにあり、へき地等級１級となっている。</p><p>合併前でも2000人余りとかなり小さな町だったのだが、連たんした市街地があるため町となっている。この隣りにある串原は人口はやや大きいのだがまとまった市街地がないため村のままだったとされる。</p><p>町の中心を抜けて国道に入ると、達原への道となる。途中まではいちおうバスもある。</p><p>さて問題は、どこが分校跡地にあたるのかよくわからない、ということ。実は以前にも訪れたことがあるのだが、よくわからない。達原分校の閉校は65年とすでに50年前以上前のことなので痕跡が残っていないのは当たり前といえば当たり前なのだが、石碑でもあったらわかりやすいのだけれどそういうものは見当たらない。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/7b/2c/p/o1610086315481140594.png"><img alt="" height="225" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/7b/2c/p/o1610086315481140594.png" width="420"></a></p><p>道はあんまり状態が良くない上にあまり天気が良くない。達原には３つの集落があり（達原・中新田・奥達原）そのどこかだろうとは想像できた。このさらに上流にもいくつか集落があって多分そこも学区には含まれていたと思うんですが、さすがにそこには所在していないだろうということで。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/bd/27/j/o0800053315481144004.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/bd/27/j/o0800053315481144004.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/e0/33/j/o0800053315481144028.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/e0/33/j/o0800053315481144028.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/2f/11/j/o0800053315481144047.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/2f/11/j/o0800053315481144047.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/59/09/j/o0800053315481144060.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/59/09/j/o0800053315481144060.jpg" width="420"></a><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/f5/2c/j/o0800053315481144071.jpg"><img alt="" height="280" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20240831/22/akanethuss/f5/2c/j/o0800053315481144071.jpg" width="420"></a></p><p>で、帰宅してしばらくしてひなたGISの地図を調べたらあっさりと見つかりました。中新田にあったもよう。いちばん西、つまり下流のところに文マークがある。その後移転したのでなければここのはず。</p><p>&nbsp;</p><p>1875年にはやくも作られた非常に歴史の長い分校らしい。標高570ｍのところにある。1965年に閉校となっっているがへき地等級はそれほど高くなく、１級地だった。当時は全体的に低めに出ていたのでいまだともう少し級数が大きめになるかもしれない。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12865730986.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Aug 2024 22:12:14 +0900</pubDate>
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<title>ハードオフ戦利品</title>
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<![CDATA[ <p>ハードオフでいくつかカメラを買ってきました。</p><p>キヤノンばっか。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、EOS 1000S。このあとEOSは普及機はKiss系統の名前をつけるようになって数字を使わなくなった。つまらないですね。</p><p>EOSの番号の付け方はよくわからないところも大なのだが、1→10→100→1000、という系統でいいのかな。10と100の関係はよくわからない。というか、たぶんダントツで影の薄い世代。</p><p>1000ベースにマイナーチェンジしたのが1000Sだけど、まあどっちにしろとくにプレミアはないのでジャンクコーナーの常連みたいなやつ。</p><p>フィルムEOSは家に結構あるし600系が好きなので1000Sを買うメリット自体はほとんどないんですけど、ストラップがついていたんですよね。</p><p>最近、フィルム時代のストラップも減ってきたよなー。というか、ストラップをじゃらじゃらと店頭の一角に吊るしてある光景を見ることが昔より減ったよなー。さすがに新品のキヤノン純正ストラップとか買う気はしないし。というかうちにあるカメラの数だけ純正ストラップ買ったらそれだけで（ｒｙ</p><p>&nbsp;</p><p>というわけなんですけど、とりあえず電池を入れてみたら電源はちゃんと入ってシャッターも切れる。それ以上の動作はまだよくわかりません。</p><p>&nbsp;</p><p>FTbは店頭で試しにシャッターを切っていたら、フィルムが中に入っていた。</p><p>巻き上げカウンターを見るとそんなに撮ってなさそうなので、再利用できるかもしれないしフィルム高騰している今ならありがたい。</p><p>本体もいちおう1秒もちゃんと切れるので使えないってことはないでしょう多分。露出計は知らない。</p><p>&nbsp;</p><p>帰宅後フィルムを巻き戻していたら、思ったより長い。これ大丈夫じゃないかもわからんな。</p><p>&nbsp;</p><p>オートルクスは動くかどうかよくわからん。H-Dなので代替電池がひつよう。</p><p>&nbsp;</p><p>まあ、ギミックの面白さメインだな。</p><p>まだデータバックがその後のように時計機能を兼ねる前の時代なので、自分で設定しなくてはいけない。</p><p>レンズは使えそうだけど。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12774853284.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Nov 2022 20:55:15 +0900</pubDate>
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<title>最近の廃校巡りなど①　和知町</title>
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<![CDATA[ <p>しばらくブログを書いてなかったのだが、廃校巡りはちょこちょこしたりしています。</p><p>&nbsp;</p><p>まずは、京丹波町を訪れたときの記録から。</p><p>&nbsp;</p><p>京丹波町の旧和知町は今は少子化のため学校が集約されているが、かつてはいくつかの学校に分かれていた。</p><p>山陰本線・由良川とほぼ平行して国道27号線が通っているのだが、旧和知町の中心は由良川が大きくカーブする内側に位置している。線路もそこを通過していて、駅はここにあるのだが国道の方はまっすぐトンネルをぬけてショートカット。</p><p>トンネルの入口のすぐ右手に和知小学校があったようなのだがこれはちゃんと見ていない。現在では旧和知町唯一の小学校となっている。</p><p>由良川沿いに国道を東進、旧市街がトンネルでバイパスされているので、知らないといつまで経っても町並みが現れない変な町だと勘違いしそうだ。ちなみにこの方向は由良川の流れとしては上流にさかのぼることになる。</p><p>さかのぼっていくと、途中で川が分岐する。もちろん実際には川が合流しているわけだ。由良川と、そこからさらに南からやってきている高屋川である。</p><p>由良川はここでもまた大きなカーブを描いて北から流れ込んできている。国道は高屋川沿いにつづいているのでここで県道へと入っていく。</p><p>&nbsp;</p><p>旧和知町は昭和の大合併の際に上和知村と下和知村が合併してできた町で、どっちの中心地も今の中心地とは一致しないらしい。どういうことなのかよくわからないが、おそらくそれほど２つの村に大小の差がなくて、合併してからの開発で今の中心部が出来たのだろう。だいたい和知トンネルを挟んで東がわが上和知村、西がわが下和知村というところ。</p><p>上和知村のかつての中心部はこの合流点から少し由良川をさかのぼったところにあったようだ。基本的に川沿い以外はほとんど山地の地域だが、この合流点あたりはやや広い平野になっていている。それもすぐに終わり、川沿いの道を少し進むと、ふたたび川の合流点で少し開けた平野が現れる。ここで道路も２つに分岐しており、右手に行くと大野川沿いで旧美山町の大野地区に至る。標識には、左側には仏主という地名。わかりませんね。</p><p>左折してすぐに、廃校後のような建物が目に入った。</p><p>&nbsp;</p><p>旧和知第二小学校の跡地。2001年閉校で、古いサイトなどによると前は木造校舎が残っていたらしいのだが、2012年頃に解体された模様。跡地はなんかの施設。</p><div>へき地等級は無級。旧下和知村の中心地ということで、まあそんなもんでしょう。</div><div>&nbsp;</div><div>さて更に川沿いに北上していくとますます山の中で、家がある程度まとまっているところは大体合流点ということになる。そのなかで比較的大きなところが上粟野で、郵便局があったり寺社仏閣がいくつかあったりする。</div><div>その上粟野で道路の左手に、グラウンドがある。高齢者の人の憩いの場として使われているっぽいが、ただの市民広場にしては立派である。よくみると、ありました。山の手に学校跡。</div><p>これは和知第三小学校跡である。2001年閉校で、かつては上粟野小学校という名前だったがのちに改称。</p><p>へき地1級地である。</p><p>ちなみに仏主というのはさらにここから川を遡った最上流の地名なんだそうだが、そこまでは訪れていません。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p></p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12769780222.html</link>
<pubDate>Mon, 17 Oct 2022 04:56:57 +0900</pubDate>
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<title>美山町東部の廃校巡り</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/ec/7a/p/o1600073515150809754.png"><img alt="" contenteditable="inherit" height="285" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/ec/7a/p/o1600073515150809754.png" width="620"></a></p><p>（出典：電子地形図25000（国土地理院））&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>夏なので、美山町（現南丹市）のへき地学校跡を探索してきた。</p><p>最初は京都市側に遊びに行くつもりだったのだが、どうも京都〜高槻あたりが渋滞に陥っていたらしく、止々呂美あたりでさっさと降りてしまわないと有料のくせに時間が浪費されるという全くありがたくない話になりそうほうだったため、じゃあ美山に行くかとなった。</p><div>止々呂美で降りてからR423で亀岡に入り、そこから八木周りで京北のR162経由で美山町に入るという丹波方面を訪れるおなじみルートなのだが、ここまででけっこうな走行距離。地図だとたいしたことないのだが、なんせ山道なので実際の走行距離はけっこう長い。</div><div>天気は、出てくるときは良かったのだけれどもだんだん下り坂で、日吉ダムのあたりで雨が降り始めた。</div><div>R477とR162の交わるところで、道の駅ウッディに立ち寄る。木工の小物や野菜などが豊富な道の駅。</div><div>テレビで有田芳生氏が統一教会の報道がらみでミヤネ屋に出演していた。がんばってほしい。関係無いけどこの人は京北の人だったね。</div><div>&nbsp;</div><div>R162に入り、しばらく山に囲まれてはいるものの特に険しいわけでもない普通の山間の町のなかの道を進んでいく。途中、京北第三小学校（もと弓削小学校、へき地1級）が目に入った。しだいに完全に山の中になり、じきにトンネルにたどりつく。</div><div>トンネルを抜けて、少し建物なども目立つようになって、国道から県道に切り替わるところの少し先で、バス停「学校前」を発見。</div><div>おやと思って車を止めてみると、道から少し小高いところに学校らしき建物が見えた。さっそく見に行ってみる。</div><div>&nbsp;</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/75/93/j/o1024068115150808799.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/75/93/j/o1024068115150808799.jpg" width="620"></a></div><div>もっとも現役ではなく、跡地のようだ。電気などが点いているので、最初はまだ現役かと思ってしまったのだが、跡地が再利用されているらしい。</div><div>平屋小学校跡。へき地2級（閉校時）。後から知ったところによると、中は教材関係の展示などを行っているらしい。</div><div>&nbsp;</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/3c/0b/j/o1024068115150808796.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/3c/0b/j/o1024068115150808796.jpg" width="620"></a></div><div>さらに県道を進んでいくと、かやぶきの里を抜けて旧知井村の中心付近にへとたどりついた。中心部から少し進んだあたりで、旧知井小学校がある。小学校にさしかかる少し手前にこんな記念碑が。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/4d/57/j/o1024068115150808782.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/4d/57/j/o1024068115150808782.jpg" width="620"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/a1/57/j/o1024068115150808788.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/a1/57/j/o1024068115150808788.jpg" width="620"></a></div><div>ここも閉校後は地域の施設として利用されているようだ。</div><div>ここもへき地2級。美山町の小学校は過疎化のため2016年に統合されているが、統合当時はどこも2級地となっていた。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/5f/05/j/o1024068115150808778.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/5f/05/j/o1024068115150808778.jpg" width="620"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/d3/97/j/o1024068115150808775.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/d3/97/j/o1024068115150808775.jpg" width="620"></a></div><div>一輪車は昔在籍していた児童のものなのだろうか。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/eb/81/j/o1024068115150808779.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/eb/81/j/o1024068115150808779.jpg" width="620"></a></div><div>小学校前が市営バスの操車場になっている。</div><div>&nbsp;</div><div>この途中にあった内久保集落にはかつて内久保分校があったんだそうだが、これは確認しないまま通り過ぎてしまった。1958年に閉校しているらしいので、おそらくへき地指定はまだされていない（もしくは京都府独自のものが指定されていた可能性があるが、資料がない）と思われる。</div><div>&nbsp;</div><div>知井小学校跡からさらに奥へと進むと田歌にさしかかる。29世帯60人が暮らしており、ここもかつては田歌分校があった。当時のへき地等級は1級だが、今とだいぶ基準が違っているので同一には扱えない。</div><div>田歌を抜けると本格的に峠道となる。ところどころ一車線しかなく、離合に困りそうな区間もあり、スマホの電波もちょくちょく入らなくなってきた。道路の整備じたいはちゃんとされているのでそれほどではないのだが、ふと右側を見るとけっこうな断崖絶壁である。このへんR477に通じるものがあるが、あそこまで怖くはない。<s style="text-decoration:line-through;">県道より怖い国道っていったい</s></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/24/02/j/o1024068115150808774.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/24/02/j/o1024068115150808774.jpg" width="620"></a></div><div>ぐねぐねししているうちに、工事現場にさしかかった。橋が架かっているが妙に新しい。</div><div>&nbsp;</div><div>どうも、本来の道の一部が土砂崩れで通れなくなっているための仮橋っぽい。位置的には出合バス停付近にあたる。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/af/3c/j/o1024068115150808771.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/af/3c/j/o1024068115150808771.jpg" width="620"></a></div><div>バス停はぼろぼろになっていた。何年もたって朽ち果ててしまった、というわけではなく、おそらく土砂崩れの影響なのだろう。</div><ul><li><a href="https://www.kyoto-np.co.jp/articles/-/713414" rel="noopener noreferrer" target="_blank">京都・南丹の府道が通行止め、のり面が崩壊 芦生への冬季唯一のアクセス道</a>（京都新聞）</li><li><a href="https://www.mbs.jp/news/feature/kodawari/article/2022/02/087763.shtml" rel="noopener noreferrer" target="_blank">"陸の孤島"のリスク抱える京都の集落...この冬には土砂崩れで道路寸断・停電発生 それでも「ここにいたい」住民たちの思いと支える人々</a>（MBS）</li></ul><p>　あとで調べてみたら、今年1月18日に大規模な土砂崩れが起きて通れなくなったとのことだ。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/bb/a7/j/o1024068115150808768.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/bb/a7/j/o1024068115150808768.jpg" width="620"></a></p><p>　この出合バス停は、芦生への分岐点にあたるので、まずは分岐先へ。</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/5a/09/j/o1024068115150808767.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/5a/09/j/o1024068115150808767.jpg" width="620"></a></p><p>「芦生の里」まで2.8kmとある。</p><div>まずしばらく行くと、小さな集落がある。ここは口芦生というらしい。山奥ではあるが、まあまあ整備されている。</div><div>さらに奥、小さい集落が現れる。芦生集落。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/a0/57/j/o1024068115150808765.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/a0/57/j/o1024068115150808765.jpg" width="620"></a></div><div>集落の家が立ち並んだ先に、芦生山の家という施設がある。施設につながっている坂道のわきにはいかにも昔は小学校の銘板があったとおぼしき門柱がある。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/55/94/j/o1024068115150808755.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/55/94/j/o1024068115150808755.jpg" width="620"></a></div><div>坂を上がったところには2棟の建物があるが、どうもこのうち古い方の建物がかつての分校らしい。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/c3/d6/j/o1024068115150808759.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/c3/d6/j/o1024068115150808759.jpg" width="620"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/fd/f1/j/o1024068115150808762.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/fd/f1/j/o1024068115150808762.jpg" width="620"></a></div><div>ボート用の設備などの倉庫と、喫茶店を兼ねているようだが中には入らなかった。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/7f/cb/j/o1024068115150808758.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/7f/cb/j/o1024068115150808758.jpg" width="620"></a></div><div>学校横にすぐ横に神社があるのは毎度おなじみ。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/c8/72/j/o1024068115150808753.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/c8/72/j/o1024068115150808753.jpg" width="620"></a></div><div>芦生分校はへき地4級。現在は合宿所として活用されているようだがで、坂の下には工場がある。というわけで4級地としては栄えている部類だがここまでくる道のりのことを考えればやはりかなりきつい。27世帯47人が暮らしている（2015年）とのこと。</div><div>学校から見下ろした芦生の集落の光景。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/d5/33/j/o1024068115150808756.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/d5/33/j/o1024068115150808756.jpg" width="620"></a></div><div>&nbsp;</div><p>というわけで、いったん芦生から出合まで引き返してあらためて佐々里へ。</p><p>&nbsp;</p><div>途中、白石という小集落をぬけて、佐々里の集落に到着する少し手前のカーブでいかにも学校跡という建物が目に入る。バス停の名は「京都美山高校」。いちおう佐々里までバスは通っているのであるが、こんなところに高校……　というか、これが佐々里分校の跡地でもある。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/c5/fe/j/o1024068115150808749.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/c5/fe/j/o1024068115150808749.jpg" width="620"></a></div><div>&nbsp;</div><div>佐々里分校はへき地4級。往時（1959年頃）は31名の児童数だったらしい。11世帯22人が暮らしているが、途中にあった白石はどうも現在では定住人口がなく、廃村となっているようだ。なにげなく通り過ぎてしまったのが悔やまれる。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/68/c5/j/o1024068115150808855.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/68/c5/j/o1024068115150808855.jpg" width="620"></a></div><div>旧美山町時代の町営バスのバス停。これとは別に南丹市営バスのバス停もあり、佐々里まで走っているようだ。とはいえ、一日数本で日曜は運休と、地域の足としてはとてもじゃないが使えなさそうである。</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/26/30/j/o1024068115150808851.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/26/30/j/o1024068115150808851.jpg" width="620"></a></p><p>校舎はロープが張られていて中には入ることができないようになっていたが、窓もトタンで目張りされている。ここまでしている廃校跡はあんまりない気がする。</p><div>閉校は1980年。その後は、高校の用地として転用されたらしい。自然に囲まれた場所での全寮制高校という構想で作られた学校だったものの、不祥事などがあり高校自体がその後迷走。その後はインターネット学習を中心とした学校へと鞍替えし、現在では本部も京都市内に移転しているようだ。</div><div>学生寮、の跡地のようだが、どうも10人くらいしか住めなさそうな気がする。１棟は屋根が破壊され、倒壊しかかっていた。まあ、豪雪地なので雪だけでこうなってもおかしくはない。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/45/85/j/o1024068115150808747.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/45/85/j/o1024068115150808747.jpg" width="620"></a></div><div>校舎の正面には、実習農場と銘打った広場がある。昔は本当に農場だったのだろう。</div><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/41/3a/j/o1024068115150808836.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/41/3a/j/o1024068115150808836.jpg" width="620"></a></p><p>その横には高校として使われていたころの寮がある。寮というが、ほとんどログハウス。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/11/70/j/o1024068115150808825.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/11/70/j/o1024068115150808825.jpg" width="620"></a></p><div>これで京都府内の往時の4級地をすべて訪れたことになる。正直なところ、兵庫の4級地に比べると京都の4級地は訪れやすい。もっとも当時は今より道路条件が悪かっただろうから、きびしかったことは想像に難くない。今回訪れたのは夏だが、冬になると雪深いのでなおさらだろう。実際、この佐々里から先、<a href="https://miyamanavi.com/topics/detail/id=1087" rel="noopener noreferrer" target="_blank">峠は積雪によっては通行止めになるようだ</a>。芦生で土砂崩れが起きた際は、迂回路ができるまでは陸の孤島と化してしまったため大至急でこちらの除雪を行ったらしい。3月ごろには迂回路ができていたとのこと。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/0b/7b/j/o1024068115150808813.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/0b/7b/j/o1024068115150808813.jpg" width="620"></a></div><div>&nbsp;</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/7c/2a/j/o1024068115150808804.jpg"><img alt="" height="412" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220724/02/akanethuss/7c/2a/j/o1024068115150808804.jpg" width="620"></a></div><div>佐々里の集落自体はここからさらに少し奥まったところのすこし平地がひろがったところにある。このあたりはヤマメ釣りなどが盛んらしい。</div><div>&nbsp;</div><ul><li>本庄豊「ポランの広場 : 瓦解した「宮澤賢治の理想郷」」（かもがわ出版）</li></ul><div>廃校後高校として利用されていたころのルポらしい。</div><div>&nbsp;</div>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12754871424.html</link>
<pubDate>Sat, 23 Jul 2022 14:57:31 +0900</pubDate>
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<title>佐用町上大下り</title>
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<![CDATA[ <div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/18/akanethuss/47/47/p/o1616086915077260180.png"><img alt="" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/18/akanethuss/47/47/p/o1616086915077260180.png" width="100%"></a></div><div>（出典：電子地形図25000（国土地理院））</div><div>&nbsp;</div><div>ちょっと時間ができたので、大畑を再訪してみることにした。</div><div>&nbsp;</div><div>テクノから三日月へと降りていく山道から入っていく。もちろん昔はテクノはなかったのだが、ほぼここに重なる山道は途中まであったようで、当時はその道が大畑へと続いていた。今はテクノをむすぶ道路のほうが主要道路となっているので、三叉路になっている。</div><div>道路標識がある。</div><div>関係ないんだが、「三日月市街」ってやや無理がないか。</div><div>&nbsp;</div><div>三叉路から少し入ったところににしはりまクリーンセンターがあるので、はじめのうちは結構立派な道が続く。性質上、トラックとかも通れないと困るしね。前、家電を捨てなきゃならない時に来たことがあるな。</div><div>クリーンセンターへの道が分岐したあともしばらくは広々とした道路が続き、まず三原集落が見える。これは県道の脇の道路標識の住所表示も三原となっており、三叉路を含むこのあたり全体が元々はこの集落の地だったらしい。テクノへの道を挟んで反対側には牧場もあるらしい。知らなかった。2015年の人口は13世帯73人（国勢調査）。</div><div>&nbsp;</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/2c/99/j/o2048153715077227648.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/2c/99/j/o2048153715077227648.jpg" width="420"></a></div><div>さらに山道を進んでいくと、今度は三ツ尾が見えてくる。3世帯8人（2015年国勢調査）と、かなり小さな集落。見た目は結構家が立て込んでいるのだが、多分空き家が多いのだろう。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/25/ef/j/o2048153715077227657.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/25/ef/j/o2048153715077227657.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/3e/12/j/o2048153715077227614.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/3e/12/j/o2048153715077227614.jpg" width="420"></a></div><div>スクールバス乗り場兼、集落の物置？　地蔵や掲示板もある。</div><div>&nbsp;</div><div>この三ツ尾をすぎると、急に道路が狭くなってくる。森の中の道という感じになり、鬱蒼と薄暗くなるが気にせず進む。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/49/4a/j/o2048153715077223103.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/49/4a/j/o2048153715077223103.jpg" width="420"></a></div><div>しばらくすると、東大畑に出る。ぶどうなどを育てている高原集落だ。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/3a/a7/j/o2048153715077223408.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/3a/a7/j/o2048153715077223408.jpg" width="420"></a></div><div>その入り口のところにあるのが大畑小学校跡。今はぶどうの集積センターになっているが、片隅に記念碑が残る。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/e9/0a/j/o2048153715077223480.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/e9/0a/j/o2048153715077223480.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/30/5f/j/o2048153715077223536.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/30/5f/j/o2048153715077223536.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/c0/22/j/o2048153715077223494.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/c0/22/j/o2048153715077223494.jpg" width="420"></a></div><div>さっきの三ツ尾と同じく、今はスクールバス通いになっているのでこういう停留所がある。こちらだけ新しいのは、三ツ尾のほうはもう長く小学生がいないのかもしれない。</div><div>大畑小学校はへき地2級。1971年に閉校し、三日月小学校に統合されている。</div><div>古くはこのあたりは南広地区と呼ばれていたそうなのだが、正確な学区は分からない。位置的に考えても、三ツ尾や三原も当時は学区に含まれていたのではないかと思われるのだが。</div><div>&nbsp;</div><div>東大畑を抜けてさらにしばらく山道を進むと、大畑の一番奥にあたる、西大畑にたどり着く。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/fd/63/j/o2048153715077227546.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/fd/63/j/o2048153715077227546.jpg" width="420"></a></div><div>やけに充実したスクールバス乗り場。反対側には小さな待合室もある。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/52/0c/j/o2048153715077227565.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/52/0c/j/o2048153715077227565.jpg" width="420"></a></div><div>集落の西のはじに少し小高い展望台のようなところがあり、そこから集落を望むかっこうである。山の中だが斜面に家が広がっているので、斜面側の見晴らしは良い。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/16/13/j/o2048153715077227593.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/16/13/j/o2048153715077227593.jpg" width="420"></a></div><div>その展望台。かなりにじんでしまっていて分かりにくいが、「■■頂上公園　H23.3完成」というような文字が読める。</div><div>大畑全体の2015年国勢調査による人口は21世帯57人。西大畑の集落をドライブしながら引き返す。</div><div>&nbsp;</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/bf/b0/j/o2048153715077227584.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/bf/b0/j/o2048153715077227584.jpg" width="420"></a></div><div>ちなみに西新宿より先も、道自体はこの先はあって上郡へと続いているのだが今回の目的ではないし、どういう道路状況かもわからない。</div><div>&nbsp;</div><div>と、ここまではこれまでも何度か来たことがある。今回の目的はそれではない。</div><div>今回の主目的は、大下りである。この南広地区のなかで唯一廃村になった集落だ。ここまでやってきた道から少しそれる。この日は天気が良かったので多少悪路でも大丈夫だろうということで。</div><div>道を引き返して三ツ尾まで戻る。三ツ尾に入る少し手前に、水道施設がある横から細い道が分岐している。</div><div>&nbsp;</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/60/aa/j/o2048153715077227663.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/60/aa/j/o2048153715077227663.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/97/5c/j/o2048153715077227672.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/97/5c/j/o2048153715077227672.jpg" width="420"></a></div><div>&nbsp;</div><div>警告看板が建てられている。ここで脇に伸びている道は二本あるが、今回入るのは下り坂になっている悪路のほうだ。ちなみに上り坂の方はクリーンセンターへと続いているらしい。</div><div>実際に下っていくと、すれ違い困難、と言ってもわりと生易しいものではない。右手が崖で左手は谷である。実際のところここで対向車に遭遇したらどうするんだろう。幸い、遭遇しなかったが。一応、なんとか退避できそうなカーブもあるにはあるが。</div><div>&nbsp;</div><div>舗装自体は一応ちゃんとされているのたが、それでも何箇所か小さめの穴ぼこがある。うっかりはまると立ち往生というほどでもないが、まあ一応注意して進む。</div><div>急勾配急カーブの下り坂を下りきったところで、ちょっと広くなっている空間がある。右手を見る限り、これも水源関係に見えるが、橋がかかっている。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/99/b2/j/o2048153715077227784.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/99/b2/j/o2048153715077227784.jpg" width="420"></a></div><div>崖の下が川というのは珍しくないのだが、そういえば川がここまで見当たらなかった。</div><div>橋を渡るとまた悪路。また川が見当たらなくなった……が後で地図を確認してみたら普通に川沿いに道が走っていたので視界に入らなかっただけっぽい。さほど勾配はないのでそれは救いなのだが、一部舗装がないところもある。これは舗装がないのではなく、土が積もっているだけかもしれないが未確認。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/15/d4/j/o2048153715077227765.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/15/d4/j/o2048153715077227765.jpg" width="420"></a></div><div>しばらくすると、崖下に小屋のようなものが見える。これは住まいではなくて、農作業小屋のようなもののようだ。もちろんすでに耕作などはされていないが、一応ちゃんと整備したら農地にはなりそうな空間ではある。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/43/f4/j/o2048153715077227678.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/43/f4/j/o2048153715077227678.jpg" width="420"></a></div><div>ここでもう一つ小さな峠を超えると、道の両側に廃屋が立ち並ぶ。大下りである。</div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/bd/f1/j/o2048153715077227723.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/bd/f1/j/o2048153715077227723.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/63/5e/j/o2048153715077227734.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/63/5e/j/o2048153715077227734.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/de/50/j/o2048153715077227705.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/de/50/j/o2048153715077227705.jpg" width="420"></a></div><div><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/8a/25/j/o2048153715077227684.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20220219/17/akanethuss/8a/25/j/o2048153715077227684.jpg" width="420"></a></div><div>大下りは上大下りと下大下りに分かれており、1970年頃に本来の集落としては廃村になった。「兵庫県の人口急減地域」という論文によると廃村直前には、上大下りに11戸50人、下大下りに9戸44人が暮らしていたようだが、1963年頃から五月雨式に離村が始まって1968年ごろには半数だけが残っていたらしい。時期的に考えて、大畑小学校が廃校になったのはここが廃村になったのとも関わりがありそうである（最も交通の便が悪そうなので）。</div><div>上の論文によると、この上大下りが廃村になったあとで、尼崎の個人が土地を買い取って、冷暖房完備の老人村としての家として再生したらしい。自給自足で家賃と食費いらずになっていた……とのことだが、今はそれもないので放棄されたのだろう。いつごろ再度廃村になったのか、はよくわからない。1968年の時点では半分がとどまっていたのだからその後完全に元の住民がいなくなるまでタイムラグはあったはずなのだが、このあたりのことははっきりしない。</div><div>この先の道路状況が心配だったのでここで引き返してしまったが、この先には下大下りがある。こっちは1960年代に完全に廃村になったきりのようだ。65〜67年に雪崩式に離村が進んだとされている。特に、比較的大きな土地を持っていた１戸が離村したことが拍車をかけたらしい。</div><div>その先は南光町の多賀へと続いているはずだが、地図を見る限りぶっつけで行けるかどうか微妙なのでやめておいた。</div><div>後で<a href="http://nekotani.blog.fc2.com/blog-entry-2254.html" rel="noopener noreferrer" target="_blank">ネットで見かけたレポート</a>だと、まあ行けそうな気がする。</div><div>&nbsp;</div><ul><li>参考文献</li><li>二木敏篤「兵庫県の人口急減地域」人文地理　25巻5号pp.571-589 (1973)　<a href="https://www.jstage.jst.go.jp/article/jjhg1948/25/5/25_5_571/_pdf/-char/ja" rel="noopener noreferrer" target="_blank">pdf</a></li><li><a href="https://geoshape.ex.nii.ac.jp/ka/resource/" rel="noopener noreferrer" target="_blank">国勢調査町丁・字等別境界データセット</a></li></ul>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12727765017.html</link>
<pubDate>Sat, 19 Feb 2022 18:46:30 +0900</pubDate>
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<title>F501を買った</title>
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<![CDATA[ <p>先日ヤフオクでニコンF501を落札しました。</p><p>F501はニコンの最初のAF専用機。</p><p>小6のときに中古のボディをお年玉で買ったのを今でも持っているので思い入れの深い機種でもあります。買ってしばらくして興味が薄れちゃったせいで使った頻度は高くないんですけど。</p><p>でもまあAEAF機だし何台も持ってても仕方ない機種ではあるので、じゃあなんでもう一台買い増したのかというと、</p><p>&nbsp;</p><p>データバックが付いてるんですよね。&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>F501用のデータバックのバラ販売なんて昔ならいざしらず今はほぼないんで、というかF501自体がそんな高いカメラじゃないんで付属してるやつを買ったら安上がりっていう。</p><p>&nbsp;</p><p>実はF3よりこっちのほうが先に入手してたんだけど。</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12726844672.html</link>
<pubDate>Tue, 15 Feb 2022 22:30:00 +0900</pubDate>
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<title>F3データバックを買ってきた</title>
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<![CDATA[ <p>　こないだ大阪に出る用があったので、この第６波のさなかにあんまり行きたくないけど行ってきた。</p><p>　で、いつもどおり日本橋や梅田を回ってたのだが、最近はカメラが部屋にたまりすぎているし、フィルムの値段も上がっているし、ってことであんまり新しいものを買う気も起きなくなっているのだが、八百富写真店でデータバックが売られているのを見つけた。F3用。</p><p>　3000円のと5000円のがあったので、3000円のほうをお買い上げ。</p><p>&nbsp;</p><p>　データバックはカメラの裏蓋のオプションで、日付なんかを写り込ませるためのアクセサリ。90年代以降は標準装備で付属していることが多いのであんまりオプションとしての販売は無くなっちゃったんじゃないかと思いますがF3時代はそうではなかったので。</p><p>　バラだとヤフオクなんかでもあんまり落ちてないんですよねえ。本体と込みで買うのもバカバカしいし。なんせうちにF3、３台あるし。</p><p>&nbsp;</p><p>　まあ標準装備時代のAF一眼は何台も持っているわけで、日付を写り込ませたいならそれ使えばいいやないかという声もありましょうが、そこは事情がありまして。ある時期以降の日付機能は19年までしか使えないということが非常に多いんですよ。今年は22年である。</p><p>　これは当時のカメラの日付機能モジュールが全部同じメーカーの供給だったため。まあ、当時2019年までそのカメラが使われてるということを想定してなかっただろうし。</p><p>　なので元号にして写り込ませたりする人が多いんだけど、元号とかいう非科学的なものを必要以上に使いたくはないし西暦でやろうと思うとこのモジュールを使ってない機種を探すことになる。F3は古い機種なので、独自設計のものが組み込まれているんですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/akanethuss/entry-12726843237.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Feb 2022 22:30:00 +0900</pubDate>
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