<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>こころの日記:摂食障害の娘と私の道のり</title>
<link>https://ameblo.jp/aki-a2024/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/aki-a2024/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>摂食障害という出口の見えないトンネルを乗り越え光がさしてきた娘と私の道のり</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>４回の入院</title>
<description>
<![CDATA[ <p>これまでに４回入院をしました。</p><p>初めての入院と４回目の入院は命の危険を感じての入院でした。</p><p>&nbsp;</p><p>大学生になり、受験からの解放、新しい環境、新しい友達との出会いでわくわくしながら楽しい大学生活を送るとばかり思っていた。それは母の希望でしかなかった。娘は遠い大学まで通うことだけでもかなりの苦痛。そして無理して頑張って入学した大学だっただけにプレッシャーを感じ、単位を落とさないか不安だらけの大学生活。友達もできたかと思えば、大学というところは高校と違って毎日同じ人と出会えない事で中々親しくなれず心細く寂しく、そして誰にも相談できず、もちろん母には楽しい大学生活を送っているかのように話していた。</p><p>食べ物すべてがカロリー（数字）に見えてきたのはこの頃だと思います。高校の時よりももっと痩せてきた事、会話がイライラして笑顔がほとんど見られなくなってきていた。食べるように声をかけてもどんどん食べられなくなっていった。</p><p>大学に行く事もつらい様子だった。前期が終わりテスト勉強に苦しんでいた。年末には大学をやめたいと言いはじめた。</p><p>母としては残念に思うのが本音だが、それも仕方がないと思った。少しずつ大学をやめたい理由を聞いてた。</p><p>楽しそうに通っているとばかり思っていたのに本当は辛くて仕方がなかったようだ。女子グループが楽しそうに話しているのが怖いと感じていたらしい。悪口を言われているようにも感じていた。</p><p>悲しいことに鬱病を疑うしかなかった。娘に大学をやめてもいいし、一旦休学ということを考えてみたらどうかと提案してみた。そして、心療内科に行くことを誘った。</p><p>そこで初めて摂食障害（神経性食欲不振症）と診断された。その時には体重32㎏</p><p>先生は即入院を勧めたかっただろう。しかし私のショックと娘の状態からすぐに入院という言葉は言われなかった。</p><p>３か月ほど通ったがどんどん体重がへり28㎏　入院施設のない心療内科のため、先生からは言われなかったが私から聞いてみた。</p><p>ようやく先生もその方がいいと答えられた。そして大学病院に紹介状を書いてもらった。</p><p>ようやく入院し治ることを期待した私でしたが、ここからが長い病気との闘いの始まりでした。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/aki-a2024/entry-12936067872.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Oct 2025 18:01:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>夏の暑い日</title>
<description>
<![CDATA[ <p>暑い日々が続いてますが、娘が電車で、出かける時のことを思い出します。</p><p>行先はほとんど決まっていて、ケーキ屋、パン屋、デパ地下。</p><p>食べるわけではなく、ただ見て帰ってくるのです。</p><p>真夏の暑い日でも、娘は電車を１～２区間分も歩いて移動していました。</p><p>水分も取らず、体重も体力もいつ倒れてもおかしくないほど落ちていたのに・・・</p><p>止めることはできませんでした。ただ家で、何事もなく帰ってくることだけを願いながら、</p><p>時間が過ぎるのを待っていました。</p><p>やがて娘は外に出ることもできなくなりました。</p><p>昼夜逆転し、部屋に閉じこもる日々。足音も聞こえないくらいやせ細り</p><p>声も小さくなっていました。</p><p>&nbsp;</p><p>今年の夏、人と会うために</p><p>「行ってきまーす」と元気いっぱいの声で出かけていきます。あの頃を思い出すと、こんな娘の姿が見られるようになるなんて夢のようです</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/aki-a2024/entry-12926835810.html</link>
<pubDate>Mon, 01 Sep 2025 17:57:13 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>高校生3年生のお弁当</title>
<description>
<![CDATA[ <p>娘が高校生の頃の事です</p><p>ある日、お弁当を一口も口つけないで帰ってきました。</p><p>&nbsp;</p><p>理由を聞くと「箸が入ってなかったから食べれなかった」と言いました。</p><p>私はすぐに「誰かにスプーンとか借りれなかったの？」と返していました。</p><p>自分が入れ忘れた事を謝るのではなく、娘を責めるような言葉しか出てこなかったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>今振り返れば、あの出来事も病気の始まりを知らせるサインだったのだと思います。</p><p>けれど当時の私は、それをただ日常の一場面として受け止めていました。</p><p>&nbsp;</p><p>その頃娘は、ほとんど毎日お弁当をトイレに捨てていたそうです。</p><p>申し訳ないという気持ちと、食べてはいけないという自分と戦っていたみたいです。</p><p>今なら娘の気持ちに寄り添う言葉をかけるでしょう。しかしあの頃の私は</p><p>「せっかく作ったのに」とか「お腹すいたでしょ。何とか食べる手段は考えられないの？」という思考であり、娘の言葉を聞くという考えはなかったなぁと思います</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/aki-a2024/entry-12926174121.html</link>
<pubDate>Fri, 29 Aug 2025 20:59:42 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
