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<title>経営者のスピリットに投げかけるブログ</title>
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<title>シリウスの涙</title>
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<![CDATA[ <p>　昨年の12月22日から風の時代になりました。<br>　どんな時代になるのかとワクワクしています。そんな中、21世紀を迎えた頃に私が瞑想を通して体験したことを書き記した「シリウスの涙」という原稿が出てきました。今、読んでみると興味深いことが多かったので、今回から掲載してみたいと思います。<br>　当時の原稿のまま掲載しています。<br><br>　シリウスの涙<br>自分って何・・・そんな疑問を感じたことはありませんか？<br>自分はこんなに頑張っているのに、ちっとも思うようにいかない。<br>逆に、特に努力もしないのに、なんの抵抗もなくスムーズにいったりすることがある。<br>これはいったい何なのだろうか。私もこの疑問に随分と悩まされました。<br>瞑想を習慣にするようになって、何ヶ月か過ぎたころ、瞑想から覚めたときに、眠っていたわけではないのに、気を失っていたわけではないのに、なにかまったく覚えていない・・・・<br>そんな無意識の状態があったことという記憶を感じました。<br>それはいったい何なのだろうか？はじめは良く分かりませんでした。<br>何回かその状態を体験するようになって、現実の世界が変化をし始めました。<br>それは、無意識の世界が現実をつくっていることの証明でした。<br>それは、<span style="text-decoration:underline;">フライング瞑想</span>をするようになって、さらに、実感できるようになりました。<br>電話をかけようとすると、電話がかかってくる。<br>会いたい人が、向こうからやってくる。<br>必要なものがいいタイミングで手に入る。<br>そんなことが続きました。<br>ただ、１日何時間もの時間を瞑想に費やすことによって、現実が支えられているということに苦しんでいたのも事実でした。<br>そして、その苦しみが身体に偏重をきたしたときに、瞑想だけに頼ることから離れ、自分の中の無意識の世界を意識するようになりました。<br>それは、「意識する自分」と「無意識の自分」という二つの自分を認識する始まりでもありました。<br><br>～ つづく ～<br><br>※下線のフライング瞑想とは、ＴＭ瞑想のシダーが行なうもので、いくつかのステップを踏んだあとにあるマントラを唱えると、身体が空中にホップするというもの。その瞬間は周囲の光が自分に集まり、まばゆいばかりの状態になる。このことによって、半径数キロ～数十キロの地域の波動を整えることができると言われている。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12649822104.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Jan 2021 16:54:43 +0900</pubDate>
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<title>魂から見た人生</title>
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<![CDATA[ <p><b>　「私はこんなだから、いつもうまくいかないんだよね」</b></p><p><b>　「もっと才能があったら、よかったのに」</b></p><p><b>　「なんかスムーズにいかないんだよな」</b></p><p><b>　これは自分の人生に対するつぶやきです。</b></p><p><b>　自分の人生には制限がある。</b></p><p><b>　というよりも制限が有るから人間だといえます。では、その制限をつくっているのは何でしょう？</b></p><p><b>　私たちは自分のことを心と身体だと思っていますが、それは違います。自分とは魂のことです。魂には制限はありません。ただ、魂だけで存在していると制限のある体験ができません。そこで、宇宙の創造主にお願いをして、体験したいことに合わせた心と身体を借りたのです。ですから、大事に扱わなくてはいけません。他人のために使うまえに自分が体験したいことのために使うのです。自分が自分のために借りてきた心と身体を自分が体験したいことのために使い続けるというのが、人生の行動理念です。ところがどうもその前に他人が自分の行動をどう思うか、どうジャッジするのかがとても気になります。そして、そのジャッジに合格するための方法を先ず探してしまいます。</b></p><p><b>　それは、自分の体験したいことの真逆のことになります。では、どうして人のジャッジが気になってしまうのでしょうか？　それは自分の心が傷つくのを恐れているからです。</b></p><p><b>「やりたいことを自由にやりたいのだけど、他人のジャッジで傷つきたくないので行動を制限してしまう」というパラドックスがあります。</b></p><p><b>　このパラドックスを実践しているのは自分の思考です。人は心が傷つくと、その体験をもとにそのときの感情とセットにして一つのシステムを作り上げます。そして、そのシステムは、自分がこの3次元の世界で生きるためのオリジナルシステムだと思い込みます。このオリジナルシステムが自分にさらなる制限を加えます。そして、ますます「この世は制限だらけで、不自由な世界だ」と再認識します。</b></p><p><b>　しかし、このパラドックスを実践しているのが自分だと気づくと、システムが使用不能になります。その気づきとは、他人はそう簡単に自分を傷つけることができないという事実です。自分が傷ついたと感じるのは、他人がとった行動を観察して、それが自分を傷つけたのだと決めたからなのです。</b></p><p><b>　他人のことを気にせずに自由に振る舞い、自由に成功している人をみると、「そんなにうまくいくわけないでしょ」とか「お前のせいで辛い目にあっている人がいるはずだ」などと沢山の思いが泉のように湧いてくるとしたら、あなたは本当は「その人みたいになりたい」と思っているはずです。他人をジャッジしたい、批判したいという思いが強いほど、あなたもそうなりたいという願望は強いはずです。</b></p><p><b>　そんなとき、自分を責めないでください。むしろ、「そんなふうに思うのは自分にもそうなる力があるんだ」と開き直ってください。</b></p><p><b>この開き直りがあなたを本来の自分に戻していきます。</b></p><p><b>　自分の後ろ側、斜め上にはいつも大きくてやさしい本当の自分がいます。その自分は、いつもあなたを暖かく見守っています。ときどきその自分の席に座って、その席から今の自分を見つめてあげてください。そうすると本当の自分が何をしたいのかが伝わってきます。</b></p><p><b>　風の時代を生きていくというのは、そういうことを実践していくことなのかもしれません。</b></p><p><b>　</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12641785677.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Dec 2020 14:36:22 +0900</pubDate>
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<title>現実をつくる人　ーその3</title>
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<![CDATA[ <p>　目の前の現実をみたときに、その状況は過去の自分がつくりだしたもので、今の自分には関係ないことだと思えるでしょうか？<br>　この考えは現実を生み出すことにおいて重要なポイントになります。<br>　「引き寄せの法則」というのがあります。<br>　この法則は、十数年まえからブームになっていますが、遠い過去からあったもので、基本にあるのは、この宇宙に存在するものには全て波動というバイブレーションであるという考えです。<br>　わたしたち人間も波動でできています。わたしたちの違いというのもこの波動の波形や波長、周波数の違いだと言われています。また、量子力学の世界でも同じようなことが言われています。原子も108あるわけではなく一つ一つの原子がマトリックスな配列による違いがあるだけです。その配列が生み出す振動が波動となって存在を生み出します。あなたの思いもこの波動です。ですから一番強く、あるいは素直に思ったことが、現実としてあなたの空間に現われてきます。とても単純な物理現象と言ってもいいかもしれません。<br>　信じるということもそうです。目の前のどんな状況でも、あなたはあなたの信じたものだけを見ています。<br>　「コロナで今月の売上げがどんどん下がっている。来月はもっと下がってしまったらどうしよう」という強い心配の波動が実際に売上げを下げてしまいます。そしてその現実を見て、さらに心配な自分を確実なものとしていきます。<br>　「この競争社会では、のんびりしてはいられない。人一倍努力しないと豊かにはなれないんだ」という信念は、上司から部下へ、親から子へと受け継がれていきます。このように私達は営々とこの認識を伝え広めてしまいました。<br>　この常識となっているパラドックスを壊し、自分が現実をつくっていくのだと宣言した人たちが豊かで自由な社会をつくっていく時代がもうすぐそこに来ています。<br>　12月22日のグレートコンジャンクションがその起点になるでしょう。<br>　「自分が納得し、信じたものを自分が見る」「自分が素直に感じたものを見る」という時代がやってきます。それは素晴らしい世界の到来かもしれません。<br>　これまで欲しいものを手に入れるためにどれだけ多くの人を動かし、どれだけ多くのお金をかけてきたことでしょうか。手に入れたい現実をつくるのは自分自身の意識、潜在意識を含めた意識だということを受け入れた人が、現実をつくる人になっていきます。<br>　その力は誰かに備わっていて、誰かに備わっていないというものではありません。全ての人に平等に備わっているのです。そのことに気づき、思い出す旅、それが人生です。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12635162209.html</link>
<pubDate>Sun, 01 Nov 2020 00:06:24 +0900</pubDate>
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<title>現実をつくる人　ーその2</title>
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<![CDATA[ <p>　友人Ａが考えたことというのは、「自分の記憶にないことが、周囲の人間の言うことによって事実になってしまうのならば、事実でないことも新たな記憶を作ることで事実になってしまうのではないか」ということでした。<br>　そこで、次の同窓会のときに、記憶の曖昧そうな同窓生を見つけて、こんなアプローチをしたそうです。「なあ○○君、○○年生の体育祭のときに○○なことがあったよなあ～　覚えてる？」　すると、相手は「ええ～っ　そんなことあったっけ」と答えたそうです。そこで、Ａはすかさずに「○○君はそばにいなかったけど、見ていた人に聞けばわかるよ。見ていた人は覚えていたよ」と言ったそうです。そして、それを何人かに巧みに話していったそうです。そんなことを繰り返した後、何回か目の同窓会で「なあＡ君、○○年生の体育祭のときに○○なことがあったの覚えている？」とある同窓生から話しかけられたそうです。つまり、事実ではなかったとことが記憶を操作することで事実になってしまうということです。<br>　ですから、「私はこんな人間だ」と言ってもそれは疑ってかかったほうがいいかもしれません。ただの記憶ですから。<br>　あなたが「私は日本人で、こんな経歴をもって、こんな性格で・・・・・」とつらつら話してみても、それは記憶でしかありません。<br>　あなたが日本人としてごく普通に暮らしていたとします。そんなあなたのところに、突然タイの大使館の人が来て、「実はあなたはタイの王室の隠し子なのです」と言われたとします。あなたは、「そんなことあるわけないでしょ」と思います。しかし、何度も大使館の人がやってきて、そのうち日本の外務省の人まで来ることになると、あなたは、ちょっと心配になります。そして、自分の両親のところへ確認に行きます。両親の口から「そんなことあるわけないでしょ」と言われることを期待していたあなたは、そこで驚くべき光景を目にします。両親がよよと泣き崩れ、「実は・・・・・・」とあなたがタイ王室の隠し子で、タイにいるとその身が狙われるので、日本人で似た顔の夫婦に預けて育ててもらうことにしたという事実を話しだします。このとき、あなたの記憶はフェイドアウトする映画のスクリーンのように薄くなっていきます。<br>　そして数年後、タイ王室で王子として振る舞っている自分がいます。そのときのあなたは元々日本人だったということなどすっかり忘れて、タイ国民のために尽くしているかもしれません。<br>　このように､あなたがあなたらしいとか、自分固有の信念だと思っていることは､記憶であり、その記憶の原因になっているのは、あなたが認める周囲の人達の期待に応えようとする意志が生み出したものなのです。<br>　では、どうしたら自分らしい現実をつくれるのか考えてみます。<br>　→　次号に続く<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12634947672.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Oct 2020 00:16:26 +0900</pubDate>
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<title>現実をつくる人</title>
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<![CDATA[ <p><b>　前回、イメージで夢を実現する方法というお話を書きましたが、今回はその仕組みについて説明してみたいと思います。</b></p><p><b>　私達の目の前で起きている現実というのは、自分の行動や努力、周囲の環境、はたまた運のようなものによって作られるのではないか？　それが一般的な考え方ではないでしょうか。私も長い間そう信じていました。ところが、実際はそうではないようです。</b></p><p><b>　結論から言うと「皆さんの目の前で展開している現実の状況は、全て皆さん自身が選択して表現した現象」です。</b></p><p><b>　つまり、今見えている､聞こえている、感じている現状は、全て皆さん自身の意識から発せられ、それが形となって現われているということなのです。</b></p><p><b>　ええっ～　そんなことはあるはずはない。だって、望んでいないことが起きているじゃないか・・・・と言いたくなるでしょうが、ここでちょっと考えてみましょう。</b></p><p><b>　「一ヶ月後に、私の月収は三百万円になる」と宣言してみたとき、同時に心の中では「そんなにうまくいくわけないだろう」という思いがでてきます。どちらが自分の本心かというと後者です。その結果、うまくいかないという現実ができあがっていきます。この、そんなにうまくいくことはない　という思いは過去の自分が体験し、確信している価値観が生み出したものです。私達はものごとをイメージするときに、ある特性に従う傾向があります。それは「過去と現在を結ぶ直線上に未来がある」と考えたいという特性です。なぜならば、その方が安心できるからです。この安心できる流れにしたがって考えて行動することは私達になんともいえぬ居心地の良さを与えてくれます。</b></p><p><b>　しかし真実は違います。未来は今という時間軸の一地点から伸びる無数の曲線上にあります。ですから未来はあなたの選択によって決まってきます。同じように「私はこんな人間だ」と言ってみても、それは過去の記憶によってできたイメージでしかありません。自分探しの旅というのがはやり言葉になったことがありますが、探すのではなく、自分というものが過去の記憶の産物だったということに気づきたいと欲しているのです。自分探しの旅とは過去の記憶を喪失するための旅なのかもしれません。心理学の世界でも「過去と他人」は変えられないとうフレーズが頻繁に出てきますが、現実を作り出すのが自分の意識だとすると過去も他人も変えることができることになります。</b></p><p><b>　私の友人でＡという面白い男がいて、こんな実験をしました。きっかけは同窓会の席で、「おまえ、○○年生の夏に、○○なことやって、みんなおどろいたよなあ～」という同窓生からの発言でした。Ａがこの話しを聞いたときに、そのことの記憶が全く無かったそうです。ただ、複数の同級生が「そうだ、そうだ」と言うので、そういう事実があったのだと受け入れるしかなかったのでした。ただ、この現象に興味を覚えたＡは次のようなことを考えました。</b></p><p><b>　→　次回につづく</b></p><p><b>&nbsp;</b></p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12634718285.html</link>
<pubDate>Thu, 29 Oct 2020 22:21:57 +0900</pubDate>
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<title>イメージで夢を実現する方法</title>
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<![CDATA[ <p>　前回「発想だけで実現する時代」について書きました。今回はその方法について紹介します。<br>　ご存じの方もいらっしゃると思いますが、今年の12月22日はグレートコンジャンクションといって、木星（公転周期約12年）と土星（公転周期約29年）が重なる日です。これは20年ごとに起きていて、変化が起きる時だと言われていますが、今回はもう一つ意味があります。それはこの機に200年以上続いていた牡牛座・乙女座・山羊座の「土」の時代が水瓶座の「風」の時代に変わっていくからです。これまでは、土の時代の特徴である物質、安定、競争・縦社会など重い・縦の価値観が支配していましたが、年末から新年に向けて個性、変化、情報、協調など軽い・横の価値観が支配する風の時代がやってきます。私たちはこの時代に向けて、大きく価値観を変化させる必要があります。<br>　土の時代の代名詞のように使われていた努力、がまん、修行といったキーワードは、気楽に､ゲーム感覚で、個性を生かして、協力して、といったキーワードにとってかわるでしょう。土の時代の感覚をいつまでも持ち続ける人は都会に住めなくなるという現象も起きてくるかもしれません。とにかく、軽～く、軽～く　です。<br>　イメージを使って夢を実現する方法も同じです。念じて念じて・・・・というやり方ではもう夢は叶いません。とにかくリラックスして、安心した、ぼーっとした状態でイメージするのがいいでしょう。イメージするときの身体や心の状態が大事なのです。深呼吸をしてから、静かに目を閉じて、夢が実現したときの様子をイメージしてください。どんな状況が見えているのか、どんな音が聞こえているのか、どんな気持ちなのか、ワクワクしているかなど想像してみてください。<br>　例えば、100万円が手に入るという夢をイメージしてみましょう。<br>　それはどうやって確認しますか、通帳で？、ネットバンクで？、札束で？、電子マネーで？、イメージしてみましょう。何に使おうとしていますか？　パソコンを買う？、服を新調する？、旅行に行く？　誰かにプレゼント？　・・・・その場面をイメージしてください。手に入った100万円を使う場面を。そのときの自分の感覚やまわりの人の反応をイメージしてください。パソコンを買ったときのその重さ、服を新調するときの店の内装、旅行に行くときに乗る電車の匂い、プレゼントをもらった人の笑顔・・・・などです。夢が実現した後のことまでイメージできると、より叶いやすくなります。<br>　そしてもう一つ大切なのは、毎日の生活の中で当然のように手に入っていることに感謝すること。今､私たちが手に入れているものは過去のイメージによって実現していることだらけです。例えば、明日の昼は○○屋の海鮮丼を食べたいとイメージして実際に食べられるのは小さな夢が叶っていることなのです。そのことを実感し、「ありがとう」と感謝する。そのことが、夢の実現を可能にするエネルギーになっていくのです。<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12623774588.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Sep 2020 23:01:55 +0900</pubDate>
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<title>発想だけで実現する時代</title>
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<![CDATA[ <p>　人生楽あれば苦あり、苦あれば楽あり」　と言う言ことわざがあります。江戸時代の「いろはかるた」の「ら」にも「楽あれば苦あり」と使われています。<br>　この言葉を好きな人は多いのではないでしょうか。私もこのことわざを、「人生は山あり谷あり」（人生はよいこともあればよくないこともある）や「禍福は糾える縄の如し【かふくはあざなえるなわのごとし】」（幸や不幸は、より合わせた縄のように表裏が交互にやってくる）という似た意味のことわざと同じように使っていました。<br>　そもそもこのようなことわざを好んで使うということは、「人生はつらいことが多い」という前提に立っています。たぶん「人生は楽しいこと、幸せを感じることが多い」と感じている人は使わないでしょう。<br>　私たちは長い間、「何か目的を持って生きていかなければいけない」「そのためには辛いことを我慢しなければいけない」そして「チャレンジしなければいけない」「競争しなければいけない」と教えられてきました。<br>　これは、行動をすることによって望んだことを実現していくという教えです。<br>　ただ、行動をすると言ってもその前には必ず発想があります。<br>　飛行機を発明したライト兄弟も、いきなり飛行機を作り出したわけではなく、鳥が飛んでいる姿を見て、人間が機械を使って飛べるのではないかという発想が湧き、それが飛行機の発明に繋がったわけです。つまり、まず発想があってそれを行動という努力や忍耐によって実現していくという手法を使ったわけです。<br>　この手法を使うことがよいという考えは20世紀まで世界の成功哲学を席巻していました。しかしそんな時代の中で、発想だけで実現していくという手法も実行されていました。<br>　21世紀に近づいた1989年、平成元年、二つの手法を使って望みを実現するというエネルギーのバランスが拮抗し、50％ずつになりました。そして、平成元年を境にして、発想だけで望みが実現するエネルギーの割合がどんどん増えています。そのせいかこの時期以降、太古の時代からすでにあった「引きつけの法則」を主張する人たちも増えています。<br>　令和の時代を迎え、さらにスピリチュアルな力が加わり、発想をつかって望んだことを実現するエネルギーが強くなっています。今、そしてこれからは、行動ではなく、発想で望みを実現していくことが加速していきます。これまで生きにくいと思っていた人もイメージをつくることで様々なことができるようになっていくでしょう。<br>　その方法は次回ご紹介します。</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12618201221.html</link>
<pubDate>Sun, 16 Aug 2020 12:13:52 +0900</pubDate>
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<title>恐れ</title>
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<![CDATA[ <p><b>　</b>連日、新型コロナウィルスの感染拡大についての報道がマスコミを賑わせています。マスコミだけではありません。世間でも、仕事場でも、仲間の間でも、家族の中でもこの話しで持ちきりです。このように大きな考え方の流れが起きているときには、立ち止まって、自分なりに､無理のない､普通の判断をすることが大切です。なぜならば、周囲に影響され、無理がある特別な考え方をしているときにはその根っこに恐れがあり、恐れに意識が向かうとき、人は本来の自分から遠ざかっていくからです。<br>　新型コロナウィルスの感染が広がっていく中で、「感染したら死んでしまうかも」という考えから始まり、「自分が感染してしまうことよりも、感染したことによって世間からバッシングされる事が怖い」そして、「もし感染したら、親戚も友人も失ってしまい、取り返しのつかないことになってしまう」というように、恐れは見えない不安により助長されていきます。そうして、恐れること以外の選択枝を無くしていきます。人は選択枝が無くなったときに究極の恐れを感じます。するとそのことに耐えきれず、恐れを批判という形に変えて他人を攻撃し始めます。そんな攻撃をしていくうちに、自分も攻撃した他人と同じ目に会うのではないかという恐れが加わります。中には自分の恐れを正義感とすり替えて他人の考えを非難し、変えさせようとする人も現われます。<br>　新型コロナウィルスの発生は地球の意志によって起きていると考えたとき、その意図は「人間に自分の中にある恐れに気づいてもらうこと」ではないかと感じています。<br>だとすると、自分の内側に意識を向け、潜んでいる「恐れ」を発見し、「ああ、自分にもこんな恐れがあるんだなあ」と認めてはいかがでしょうか。それは、ちょっと辛いことかもしれません。ときには恐れを作り出した場面が思い出されるかもしれません。<br>認めたら後にやることは、「そんな恐れを持って、これまで生きてきたんだね。大変だったね。よく頑張ったね」と自分をねぎらってあげることです。できれば声に出して言うといいでしょう。<br>このような一連の作業を内省といいます。内省をしていけば、自分の行動が恐れから出ていることなのか、本当の自分から出ているのかがわかってきます。そして、内省をすることによって自分の魂（スピリット）の次元は上昇し、成長していきます。<br>今、自分を成長させることは一人の人間の行動ではなく、やがて人類全体が成長していくためのきっかけをつくる行動なのです。そのことを信じてチャレンジしてみてください。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12614519191.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jul 2020 23:01:02 +0900</pubDate>
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<title>震災を祈りで抑える人たち</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp; 6月12日に書いた「パンデミックの中の自然災害」の中で、東京直下型地震について触れました。実際に起きたときのことを様々想定し、準備してもらいたかったからです。<br>　そんな気持ちでいたのですが、7月に入ってから流れが変わったことを感じました。東日本大震災のときは自分の歯に亀裂の入ったような痛みが続き、直前では人相が変わるほど痛みが増していました。今回は違います。地震が近づくにつれて身体の状態が良くなってきたのです。<br>　ふと、今から14年ほど前、東日本大震災の5年ほど前にも同じような事があったことを思い出しました。やはり、地震を予知する能力を持った人からの南関東に大地震が起きるという話しでした。その頃の私はスピリチュアル活動全開だったので、超能力者をはじめ相談出来る人たちに本当に起きるのかどうかを聞きまくりました。その中で、あることが分かってきました。それは、「日本に大きな影響を与えるような地震があるときには、その地震を抑えるための祈りをする人たちが現われる。その中には、まったく普通の人だったのに新たにその使命を与えられた人もいる」ということでした。そのようなことがあることに驚愕するとともに、使命を持った人たちの行動に心から感謝の思いがわいてきました。<br>　そして、南関東大地震は起きませんでした。<br>　今回もこのときと同じ流れになっているという予感が強くなってきました。そこで、今回の東京直下型地震を予知した方（東日本大震災を予知した人です）に、今、7月に起きる地震はどうなっているのか聞いてみました。その答えは、「地震を抑えてくれる人たちが現われているので、小さな地震に分散していくような気がする」ということでした。<br>　14年前と同じ状況になってきたようです。<br>　このまま、地震が抑えられていくことを祈りたいと思います。<br>　そして、抑えてくれている人たちに心から感謝したいと思います。<br>　ありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12609187275.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Jul 2020 10:52:56 +0900</pubDate>
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<title>次元上昇の話</title>
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<![CDATA[ <p style="margin: 0mm 0mm 0pt;">昨年、「これからは人間が次元上昇することを求められる」と伝えられました。<br>　今年は次元上昇するための選択が進む年になりました。<br>10年以上前になりますが、足立育朗さんという科学者が「波動の法則」という本を出して話題になりました。その本に興味をもった私は、足立先生の講演のDVDを購入し、視聴しました。その内容はよく覚えていないのですが、一つの話が頭に残りました。その話は「地球は次元上昇し続けている」という話です。この考えの前提は地球が生命体だということです。地球という生命体の意識がときとともに成長し次元上昇していく一方で、地球に居る人間の意識のレベルは変わらない。地球の意識の高まりに人間がついていけていない。このギャップを埋める現象が起きてくる。<br>この話しを聞いたときは、いったいどんなことが起きてくるのか想像がつきませんでした。それは異常気象や自然災害のことではないかと漠然と思っていましたが、今回それは新たなウィルスの発生という形で現われました。このことをきっかけに私たちは自分の心を見つめなければならない状況になっています。私たちはこれまで３次元という世界で、良い悪いという価値観の中で生きてきましたが、これからは５次元という世界を目指すようになります。その世界は誰もが自分の人生の中で主役として生きていく世界です。ただ、３次元と５次元の間には４次元という苦しい世界があります。この４次元の世界を通過しなければ５次元には行けません。４次元には激しい感情のゆさぶりや上下動、嫌な自分を見つめるといった苦しい体験があります。これが、前回のブログに書いた混沌状況です。ですから混沌となるのは大事なことなのです。この体験を飛ばして次元上昇はできない、地球の意識に追いつくことはできないのです。たとえ苦しくても自分の内側を見つめ、それがどんなことであったとしても受け入れ、それを認めていく。そして、大丈夫だよ　と癒やしていく。そんなことの繰り返しが、５次元という世界に向かっていく道のようです。その道を進むことは人類のためでもあるのです。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/akinoseimei/entry-12608224886.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Jul 2020 22:35:52 +0900</pubDate>
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