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<title>あっくんボンバイエ</title>
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<description>大好きなプロレス、プロ野球についてだけでなく、仕事などいろんな感じた事を書いちゃいます！</description>
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<title>自分録18</title>
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<![CDATA[ 半年ぶりの更新です。<br><br><br>かなり怠けてしまいました(笑)<br><br><br>＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊＊<br><br><br>気になるバーとは、青汁をメインにした、とある健康ドリンクバー。<br><br><br>こういうバーには、いろんな方達が通っているし、素敵な出会いもあるのでは(笑)<br>と期待をしながら、１人で行く勇気がなかったので、職場の同僚と一緒に行ってみた。<br><br><br>お客さんはスーツ姿のサラリーマンが4人ほど、カウンターに座っており、そのカウンターの向こうには、二部式姿のバーのママが…<br><br>常に明るく、お客さんを爆笑トークで盛り上げるパワーに圧倒されました。<br><br><br>そして、そのトークは心地よく、メンタル的に疲れていた自分にとって、元気づけられるようになるのです。<br><br><br>続きは自分録19にて<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Mon, 09 Sep 2013 17:28:00 +0900</pubDate>
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<title>自分録17</title>
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<![CDATA[ 異動して1～2年目は、自分録16で書いた通り、精神状態がヤバかったですね。<br><br><br>しかし、3年目からは、同じ部署だった職員で、当時僕と相性の悪かった職員と別の部署に別れた事で心機一転、前向きに仕事が出来るようになりました。<br><br><br>ただ…、職場の人間関係は異常にドライであり、職場の空気も重く、僕みたいにどんくさいタイプはナメられていましたね。<br><br><br>そんな環境でやっていくためには、自分を捨て媚びて、ひたすら卑屈になるしかないと割り切っていました。<br><br><br>当然、ストレスが溜まるので、仲の良かった同じ職場の後輩といつも、仕事帰りに食事をしながら、愚痴を言い合うのが当たり前の生活をしていました。<br><br><br>そのうち、そんな状況にも嫌気をさしていくようになったのです。<br><br><br>『仕事以外で新たな出逢いが欲しい』<br><br><br>行きつけで飲みにいくお店があるといいなあ～、仕事以外の人と出会えて視野も広がるし、素敵な異性とも出会えたら嬉しい(笑)<br><br><br>そう考えていた時、個人的に気になるバーが…<br><br><br>続きは自分録18にて<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11490580368.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Mar 2013 23:57:57 +0900</pubDate>
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<title>自分録16</title>
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<![CDATA[ 今の職場に異動して、上司から期待され調子の良いことを言われた事で自分自身が舞い上がってしまいました。<br><br><br>調子に乗って、組織に対して批判したり、いろいろと提案をしたりしてきました…結果、空回り…<br><br><br>しかし、周囲から理解されることもなく、その上司はいざとなったら逃げましたね。<br><br><br>僕自身が力不足だった事で、上司からも利用価値がないと判断されたんだと思います。<br><br><br><br>気付いたら孤立…次第に職場に行くのが嫌になっていたが…でも、休みたくないという意地だけで通勤してました。<br><br><br>もう、自分を捨てよう…<br><br><br>職場の人が怖い…<br><br><br>死にたい…<br><br><br>そんな事ばかり考えており、自分でもヤバいと思い心療内科に行ったのです。<br> <br><br>心療内科では、自分の思いをずっとドクターに話をしたけど、『あっそうですか。それはうつ状態ですね、じゃあ、お薬を出しますね』<br><br><br>とあっさり言われ、薬を処方されました。<br><br><br>そのまま自宅に戻り、寝たのですが…ふと、自分の中で『処方された薬を飲んでしまうと、一生飲む羽目になるのか…』と考えました。<br><br><br>だんだんと飲むのが怖くなってきたのと『飲んだら負け』という気持ちが強くなったのです。<br><br><br>結局、薬は一切飲みませんでした。<br><br><br>その後、少しずつ自分自身の精神状態が安定してきました。<br><br><br>続きは自分録17にて<br>   <br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11489842069.html</link>
<pubDate>Wed, 13 Mar 2013 23:05:56 +0900</pubDate>
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<title>自分録15</title>
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<![CDATA[ 異動が決まる前、上司から異動希望調査の面談を受けたけど、その際に僕は、『異動はしてもしなくても、どちらでも良い』と返答しました。<br><br><br>その時上司に『そんな返答だと、異動させられる可能性もあるよ』と言われましたが、『そうなったら仕方ないです』と答えると、止めることすらせず『わかった』と嬉しそうにしていたのを思い出しましたよ(笑)<br><br><br>その時点で決まったのかも知れません(笑)<br><br><br>それだけ僕が嫌われていたから、この異動は自分自身、出直すチャンスと捉えていました。<br><br><br>そして、今度は4つ目の職場となる場所へ異動することになりました。<br>ちなみに、今現在の職場であり今度の4月で9年目になります。<br><br><br>ここでの仕事も、利用者に作業を教えるというものです。<br><br><br>異動当初、一応年齢などでそこの上司に、かなり期待はされていたようでした。<br><br><br>ただ、その上司も異動で今現在の施設に来た人だったので、ここの仕事スタイルに否定的でした。<br><br><br>僕も正直、戸惑っていた部分もあり、その上司から『変えてほしい』ということを言われたのです。<br><br><br>これまで、僕は人から期待されたり、ほめられたりした経験がなく、むしろ、バカにされたり、否定されたりし続けたので、それが僕にとって新鮮でした…<br><br><br>続きは自分録16にて<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11458027657.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 19:26:47 +0900</pubDate>
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<title>自分録14</title>
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<![CDATA[ 当時、上司から評価されていなかった僕は、自分なりに頑張っていたつもりであったけど、『どうせ、福祉の仕事には向いてない』という気持ちが強かったです。<br><br><br>その頃、映画を観に行くことが、一番好きだったこともあり、映画関係の仕事につきたいと思っていました。<br><br><br>そうして、現実逃避的なことを考えることで、自分自身ホッとしたかったのかも知れません…<br><br><br>そんな状態の中、異動して4年目に入り、当時いた職員が次々と異動するようになり、メンバーが大幅に変わってきました。<br><br><br>当然、僕も新しく入った職員に教える立場になったけど、それでも後輩がいるところで上司に常に怒られてばかりだったから、後輩は僕の言う事は聞かないわ、僕が上司に何かしら言われるのでは？と考えて、逆に気を使われるわ(笑)<br><br><br>痛い奴だったなあ…<br><br><br>でも、途中で辞めることなく自分なりに頑張っていたかいもあり、僕という存在が少しずつ、認められるようになってきた。（周りの空気で感じました）<br><br><br>しかし、そんな4年目を終える頃、異動内示を受けることに…<br><br><br>続きは自分録15にて<br><br><br><br>
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<pubDate>Sat, 26 Jan 2013 23:27:29 +0900</pubDate>
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<title>自分録13</title>
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<![CDATA[ 僕が担当をしていた陶芸部門は、元々担当をしていた女性職員が年度の途中で、産休に入ったため、異動して一年目の僕が急遽、メイン担当になりました。<br><br><br>しかし、引き継ぎはしてもらったものの、一年通して経験をしてないため、不十分な部分もあり、他の職員に聞いてもわからないことが多かったり…<br><br><br>わからないなりに、取り組んでいたけど、周りの職員からは好き勝手に文句ばかり言われ、相談しても冷たい反応だったり…<br><br><br>人によって『自分で背負い込まず、人に振れ』と言ったり、『これぐらい、一人でやってもらわないと困る』などと食い違うことを言われたり…<br><br><br>正直、訳が判らなく振り回されていました。<br><br><br>それでも、自分なりに頑張ってはいたのですが…<br><br><br>異動して2年目の後半時期に、周りの職員が皆、敵に見え、怖くなり始めたのです。<br><br><br>うつ状態になりました…<br><br><br>しかし、それでも休まずに仕事はしていたけど、そんな状態だから、大きなミスを連発しましたね。<br><br><br>当時の施設長にも、個別に呼ばれ恫喝されたんだけど、仕事の話から僕の人格を全面否定された時は悲しくなり、『お前はこの仕事向いてないんじゃないか？辞めた方がいいんじゃないか？』と言われた時は、『辞めることを前提に考えてみます』と売り言葉に買い言葉で答えてしまいました…<br><br><br>でも、結局は勇気がなく辞めれなかったです。<br><br><br>異動して3年目の後半に入り、当時僕と一緒に陶芸部門を担当していた女性職員が、体調を崩して休職することになりました。<br><br><br>すると…<br><br><br>それまでの精神的不安定が嘘のように、吹っ切ることが出来たのです。<br><br><br>今思うと、やらないといけない気持ちが 必然的に強くなったからかも知れません。<br><br><br>しかし、吹っ切れたとはいえ、周囲の職員からの信頼はありませんでした。<br>それを打破しなければならなかったのです。<br><br><br>続きは自分録14にて<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11448413272.html</link>
<pubDate>Sun, 13 Jan 2013 22:46:49 +0900</pubDate>
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<title>自分録12</title>
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<![CDATA[ 人事異動に関しては、当時の職場が3年だったこともあり、新しい環境に移りたい気持ちが強かったため、元々異動希望を出していました。<br><br><br>まさか、通るとは思っていなかったけど(笑)<br><br><br>まあ、そんなこんなで異動が決まりました。<br><br><br>異動先の施設は、障害の重たい方、障害の軽い方達の両方を対象とした施設で、僕の担当部署は利用者に陶芸作業を教えるというものでした…<br><br><br>正直、陶芸なんてやったことがないので、めちゃめちゃ不安でしたよ。<br><br><br>でも、陶芸といっても、粘土を練ったり、成形したりする工程は、全部機械を使っているので、慣れれば出来るものです。<br><br><br>主に作っていたものは、石膏の型に粘土をはめて、それを成形機で回して『お皿』を作っていました。<br><br><br>出来上がりは、既製品と同様な仕上がりで、とあるお土産屋さんに定期的に卸していました。<br><br><br>僕自身、福祉の世界に入って、自主生産品の担当になるのが初めてだったので、今思うと大変勉強になりましたね。<br><br><br>さて、話をその時代に戻したいと思います。<br><br><br>当時、そこの施設はベテラン職員ばかりの環境でした。<br><br><br>ある意味、大人の環境でしたが、その反面、ずっとそこの施設にしかいなかったり、そこに長くいることで僕のような異動で入った『外様』に対して冷たいという状況でもありました。<br><br><br>福祉関係の施設は、同じ法人の施設でも環境が変われば、全く違うものであり、その都度『一からのスタート』という気持ちでいなければだめなんですが、異動経験者は誰もが戸惑います。<br><br><br>でも、何年もキャリアがあれば、それくらい出来るだろうという姿勢で周りは見るため、それが正直、辛かったです。<br><br><br>聞いても冷たかったり、聞かずにやれば文句を言われたり…<br><br><br>僕自身に問題があるのでは？とぐじぐじ悩みましたね。<br><br><br>続きは自分録13にて<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11447356032.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Jan 2013 13:02:11 +0900</pubDate>
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<title>自分録11</title>
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<![CDATA[ 僕自身、以前の自分録でも書いた通り、人間関係が下手くそでいじめられっ子だったこともあり、ヒステリックな環境に対して、必要以上に敏感でした。<br><br><br>職場環境が悪かったこともあり、『自分が怒られないようにしないと』『前の作業所所長の顔を潰さないように』…などと考えていました。<br><br><br>だから中途半端に相手の顔色ばかり伺っていたように思います。<br><br><br>しかし、仕事が出来なかったこともあり、周囲からは見下されたりしていましたね。<br><br><br>おまけに会議等で自分の意見を伝えるのが下手くそだったから、叩く上で格好の存在でした。<br><br><br>途中で辞めようと思ったことは何度もあり、自殺未遂も図ったりしました。<br><br><br>自殺未遂では、市販の風邪薬を大量に口の中に含み、ビールで流し込みました。<br><br><br>当然死ねるはずもなく、ただただ気持ちが悪くなり、数日間寝込んだだけでしたね。<br><br><br>今思うとバカでしたよ(笑)<br><br><br>そんな状況でも、結局は辞めずに三年間がんばりました。正直、作業所所長の顔を潰しちゃいけないという思いだけだったと思います。<br><br><br>4年目に突入しようとした時、同じ法人内の他施設へ異動内示を受けたのです。<br><br><br>続きは自分録12で<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11440445480.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Jan 2013 10:36:04 +0900</pubDate>
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<title>自分録10</title>
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<![CDATA[ 作業所に就職して4年目、内部で人事異動することになった。<br><br><br>苦しかった人間関係から、解放されたせいか、新しい環境でとても生き生きと仕事が出来ました。<br><br><br>この頃が作業所に入って一番仕事が楽しかった時期かも知れません。<br><br><br>しかし、この年を最後に作業所を辞める決意をしていました。<br><br><br>その理由は、当時僕には付き合っていた彼女がおり、結婚も視野に入れていました。<br><br><br>作業所の給料では生活出来ないと考え、もっと給料の良い施設に移りたいと思ったのです。<br><br><br>そこで、当時の作業所所長のコネで、都内の区の受託施設に異動という形で入ることが出来ました。<br><br><br>ヨッシャ、ステップアップだ！と喜んだのもつかの間、彼女と別れてしまったのです…<br><br><br>しかし、新たな施設で一からのスタートが開始。<br><br><br>その施設では、知的と身体の重複障害を持った方たちを見ることとなり、主に食事介助やトイレ介助といった生活面を支援するのがメインでした。<br><br><br>作業所とは違っていたので、当然戸惑いましたね。<br><br><br>それでも、利用者との関わりは楽しかったです。<br><br><br>しかし、職員間の人間関係はひどかったですね。<br><br><br>病的にヒステリックな施設長、人の好き嫌いが激しい主任、そんな上司に媚びを売り自分を上手に守る奴…<br><br><br>馴染めなかったなあ～…<br><br><br>続きは自分録11にて<br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11439460814.html</link>
<pubDate>Tue, 01 Jan 2013 00:01:30 +0900</pubDate>
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<title>自分録9</title>
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<![CDATA[ 障害者福祉への就職を目指すことになったわけですが…<br><br><br>でも、入所施設は嫌でした。<br><br><br>理由は、夜勤で泊まり込んだり、土日がなかったりするというのが、僕自身どうしても嫌でしたね。<br><br><br>今、振り返ってみても、甘ちゃんですわ(笑)<br><br><br>そのため、土日休みで利用者は自宅から施設に通ってくる通所施設への就職を目指しました。<br><br><br>すると、都内の通所施設で区の公務員に準ずる給料が貰えて、当時としては割と良い額だったところが募集をしていました。<br><br><br>当然、そこを受けたのですが…<br><br><br>残念ながら、二次面接で落ちてしまいました。<br><br><br>ところが、その面接で当時の法人のとある理事が、僕のことを気に入ってくれたようで、その方が運営していた民営作業所の支援員として採用されることになりました。<br><br><br>運良く、無事に就職が決まったものの給料が、とても安かったこともあり、週末には学生時代からやっていたコンビニでのアルバイトをそのまま継続しながら働いた。<br><br><br>民営作業所では、利用者の方たちと一緒に企業から貰った下請けの仕事を一緒に行ったり、教えたりし、その売り上げから利用者に毎月、給料を支払っていくことで、働く喜びなどを伝えていくことが基本的な仕事でした。<br><br><br>しかし、当時僕はとても、社会性に欠けるほど幼かったのです。<br><br><br>一緒働いていた人達も、障害を持った子供のお母さん達だったこともあり、僕自身がアルバイトの延長感覚でこなしていました。<br><br><br>今の僕が当時の僕を見たら、殴りたくなるだろうなあ～というくらいでしたね(笑)<br><br><br>そんな状況で二年くらいすると、当時の上司に厳しく当たられるようになりました。<br><br><br>当時は何で僕をいじめるんだ…僕なりにやってるじゃないか…<br><br><br>そんなふうに捉えていました。<br><br><br>しかし、今振り返ってみると、上司が期待しているポイントと僕の意識の低さも影響し、噛み合ってなかったのだと思います。<br><br><br>当然、次第に距離が出来、お互い顔を見るのも口を聞くのも嫌という感じになりました。<br><br><br>当時、その作業所は三ヶ所あり、上司と僕の関係が限界に達していたため、内部で人事異動し、離れることとなったのです。<br><br><br>続きは自分録10にて<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/akirabonbaie/entry-11439312248.html</link>
<pubDate>Mon, 31 Dec 2012 22:20:20 +0900</pubDate>
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