<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>akore111のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/akore111/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/akore111/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>記憶に残っている光景②</title>
<description>
<![CDATA[ <p>あの日は確か、当時通っていた教室の仲間と広島に旅行に行っていました。旅行と言っても日帰りです。小学生だった私は、母を保護者として参加していました。</p><p><br></p><p>本場のお好み焼きを食べたり、原爆の歴史を学んだり、呉の戦艦を見学したり、広島といえば…といった体験･経験をしました。</p><p><br></p><p>朝早くから夜割と遅くまで母と出ていて、家に帰った時には仕事帰りの父が不機嫌で酒を飲んでいました。</p><p><br></p><p>うちのあるあるで、「言わなきゃよかった」「やらなきゃよかった」「見なきゃよかった」「近付かなきゃよかった」…など、いろいろな「○○しなければよかった」という後悔が多々あり、この日もまさにそうでした。</p><p><br></p><p>家に帰った瞬間、いやなニオイがしました。玄関までアルコール臭が漂って、重々しい空気でした。</p><p><br></p><p>あ、これはダメだ。</p><p>触らぬ父に祟りなし。<br></p><p><br></p><p>そう思った私は、息を飲んで帰宅後直ぐにお風呂に入りに行きました。</p><p><br></p><p>家に入った瞬間の重たい空気感に押されて父の顔も見ずお風呂に直行し、ただいまも言わなかった私。まずいかもと思いつつ、今にも何か怒鳴られそうな雰囲気から逃げました。</p><p>母は母で、父が食べたであろう夜ご飯後の食器の片付けをもくもくとしていました。<br></p><p><br></p><p>私の後に母もお風呂から出て、リビングでのんびりしていた時に事は起こりました。</p><p><br></p><p>父が自分の飲んでいた酒を私達にかけてきました。</p><p><br></p><p>何も言わず、凄い形相で。</p><p><br></p><p>「なにするん！？！？！？」</p><p><br></p><p>ビックリして呆気に取られっぱなしの私でしたが、母は応戦していました。</p><p><br></p><p>父は、私と母が楽しんできたのが気に食わなかったのです。その憂さ晴らしをダイレクトにこちらに向けてきました。</p><p><br></p><p>そもそも、１日を最高の気分で、ハッピーで終われる事なんて、基本はありません。</p><p><br></p><p>良い事があればその倍で悪い事がある。</p><p>これは私が今でも本気で思っている事です。身をもっていろんな場面でそうなってきた気がするので、この考え方は幼い頃からずっと拭えません。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12764532170.html</link>
<pubDate>Fri, 16 Sep 2022 00:35:46 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>結婚の意味②</title>
<description>
<![CDATA[ <p>そもそも何で結婚しないといけないのか…。</p><p><br></p><p>夫婦仲の最悪な両親の元で育って、家庭の良さとか安心感とか心強さみたいなものは無かった私に「なんで結婚しないの？」と聞かれても…というのが正直な気持ちです。</p><p><br></p><p>幸せになる為に結婚すると皆んな言うけれど、私はそうではないと思っています。<br></p><p><br></p><p>結婚できるならした方が良いのかもしれないけれど、結婚しなくても彼と今まで通りこれからも居られればそれで良い。半分半分の気持ちです。</p><p><br></p><p>これまで26年間、いろんな事がありました。恐らく同年代の人達が経験していないような事もあったと思います。軽度の障害持ちに始まり、親関係では散々な事がありました。更に、ここでは書けない様な長期にわたる戦いもありました。</p><p><br></p><p>私の人生、26年生きてきてこれなのだから、この先もこんな感じでその都度悩まされながら歳をとっていくのだと半ば諦めています。</p><p><br></p><p>彼はいつも話を聞いてくれて、助けてくれて、本当に感謝しか無く、今以上の関係になりたいなんてもうおこがましいにも程があるなという思いがあります。現に彼は独身主義みたいなので、だったらそれで全然良いと感じます。</p><p><br></p><p>私にとって結婚の意味は「大変な事を一緒に乗り越える為にするもの」という解釈です。別に幸せになる為ではありません。</p><p>するともう既に、私は自分の大変な事を彼の手を借りて乗り越えさせてもらっているので、なんだか充分なのです笑<br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12763864730.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Sep 2022 05:53:17 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>結婚の意味①</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昔の話から一旦現在に飛びます。</p><p><br></p><p>26歳になった私はというと、今でも両親に悩まさていますが、それ以外は自分の中で充実した日々だと思っています。</p><p><br></p><p>仕事は忙しく(有難い)、高校からの親友と日々たわいもない連絡を取り(これまた有難い)、付き合って1年半以上の彼氏がいて(奇跡)……。</p><p><br></p><p><br></p><p>ただ最近、両親の事と併せてモヤモヤする事があります。自分の中では割り切っているはずなのですが、周りから言われることによってまたモヤモヤが再燃するのです💭💭💭💭💭</p><p><br></p><p>それは、結婚についてです。たしかに彼氏がいて仲良く付き合っているのであれば、その次は結婚だと思う人も多いでしょう。</p><p><br></p><p>でも、彼と私はたぶん結婚しません。</p><p>前に一度だけ、二人で電話をしていた時にその話が出た事がありました。</p><p><br></p><p>私「結婚したい気持ちはあるけど、一番肝心なの、はなるべく永く貴方と一緒に居たい。それさえ叶うなら別に結婚しなくても良い。」</p><p><br></p><p>彼「周りの友人が家族に縛られて好きな事も出来ない様を見ているから、結婚はしたくない。趣味にも時間が取れなくなるのは辛い。あと、子供ができたとして責任が重くのしかかってくるのに耐えれそうにない。」</p><p><br></p><p>といった感じでした。彼は「結婚は人生の墓場」と思っているタイプでした笑</p><p><br></p><p>親からも、友人からも、なんだったらアルバイト先の上司、個人でやっている仕事のお客様からも「良い加減進展無いわけ？」「彼氏が居るんだったら、結婚は？」「子供の事もあるし早めにした方が良いよ」「付き合ってどのくらい？いつ結婚するの？」などなど……😵‍💫</p><p><br></p><p>そんな事言われたって！自分一人でする訳じゃないし！相手が居る事なんだからさ！！！と気持ちの中で言い返しています💦</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12763716680.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Sep 2022 09:44:38 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>記憶に残っている光景①</title>
<description>
<![CDATA[ <p>小学校低学年の頃の記憶で、今でもよく覚えている光景がいくつかあります。</p><p><br></p><p>それは、両親の喧嘩シーン。</p><p><br></p><p>たしかあの日は、珍しく家族で朝から出かけていました。ちょうど春休み中で「子供をどこかに連れて行ってやる」という家族サービスの日だったのでしょう。</p><p><br></p><p>でも、どこに行ったかは覚えていません。</p><p>それぐらいその日の終盤の出来事が強烈だったのです。</p><p><br></p><p>家に帰り、夜ご飯を済ませてしばらく経ったあたりで両親が喧嘩を始めました。(何がきっかけだったのかは今も謎です。)</p><p><br></p><p>段々と声が大きく、怒号が飛び交い、父が母に暴力を奮っていました。次第に母の怒り声が悲鳴に変わりました。</p><p><br></p><p>それまで私は別の部屋で身を潜めていましたが、母を助けなければと咄嗟に思い、当時持っていたぬいぐるみを脇いっぱいに携えて、両親が喧嘩をしている部屋に行きました。</p><p><br></p><p>母は部屋の角に追いやられ、うずくまり、ひたすら暴力を受けていました。</p><p>私がいくらやめてと叫んでも、父の背中をドンドンと小さい拳で叩いても、全く効きませんでした。</p><p><br></p><p>父は狂っていました。</p><p><br></p><p>恐らく、生まれて初めて見た父の姿のひとつでした。</p><p><br></p><p>泣き過ぎて涙は枯れ果て、叫びすぎてなんだか喉も痛かった。必死で脇に携えていたイルカのぬいぐるみは、少々形が歪んでいました。</p><p><br></p><p><br></p><p>その後どのようにその日を終えたかは全く覚えていません。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12763481242.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Sep 2022 22:13:52 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>情緒不安定な家庭</title>
<description>
<![CDATA[ <p>小学生にもなると、周りの友達や学校の先生との、親を抜いた繋がりが増えました。</p><p><br></p><p>障害を持っているのが原因でいじめられた事もありましたが、それは一時の事で、友達が庇ってくれたりしたのであまり長く辛いとは感じませんでした。当時親友と呼べる様な友達もできて、学校生活はまあまあ平凡に充実していたと思います。</p><p><br></p><p>問題は、家です。両親は段々と不仲になり、喧嘩が増え、父親の飲酒量もこの時から右肩上がりになりました。何が原因かといえばこれといったものは思い当たりませんが、よくある性格の不一致が一番影響していたのだと思います。</p><p>頑固で男尊女卑の思想が入っている父。(誰のお陰で生活出来ていると思ってるんだ、と普通に言えるタイプ)<br></p><p>かんしゃく持ちなのかと思うぐらいピークに達した時はヒステリックになり、手がつけられなくなる自己中心的な母。<br></p><p><br></p><p>父親が酒を飲まない日はありませんでした。仕事から帰ってきたら、自分の定位置でテレビを見ながら焼酎をひたすら飲みます。母はそれを後ろの台所から怪訝そうな表情で睨んでいます。</p><p><br></p><p>私は何とかこの状況を打開しようと、父と母の間を行ったり来たりして、それぞれの機嫌を取る事をしていました。父の膝の上にちょこんと座ったり、父が得意な将棋を教えて欲しいと頼んだり、母の家事を手伝ったり、聞かれてもないのに母に学校での出来事を延々と楽しそうに話したり…時には子供ぽくトランプで遊びたいとおねだりして、距離感はありつつ3人でババ抜きや神経衰弱をしたりもしました。</p><p><br></p><p>私のこうした努力は案外功を成していたと思います。</p><p>ただ、両親とも機嫌良さそうになりますが、父のアルコール摂取量は増える一方でした。<br></p><p><br></p><p><br></p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12762912266.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Sep 2022 18:51:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>長い長い葛藤の始まり</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私が幼稚園生の頃、うちの両親は今ほど夫婦仲は悪くありませんでした。家での会話もありましたし、喧嘩も頻繁にしている記憶もほとんどありません。</p><p><br></p><p>ただ、記憶に残っているのは、親戚達と集まった時にやたらと私の事を蔑んで発言するのです。謙虚といえば謙虚だったのかもしれませんが、周りの従兄弟達と比べては「この子は何も出来ない」といったような感じです。今となっては、幼稚園児が小･中･高生のお兄さんお姉さんと同じ中身な訳が無かったのに、と思いますが…。</p><p><br></p><p>両親が高齢出産だった為に、私の従兄弟周りは全員歳が離れて歳上です。中にはふた周り以上離れている従兄弟も居ます。当時の心境としては、「自分は全然良い子じゃないから皆に嫌われている。好かれるようにならなければ。」と思っていました。皆んなから何とか好感を持たれるように頑張ろうと、空気を読む事を意識して立ち振る舞っていました。でも、それがまた「子供らしくない」「生意気」という感じだったのかもしれません。私が幼い頃は割と親戚付き合いが活発でしたが、帰りの車内や家に帰ってからは孤独を感じていたのを覚えています。</p><p><br></p><p>「冷たく当たられるのは自分がちゃんとしていないからだ。」と幼ながらによく自分を責めていました。そしてこの頃からずっと、何かある度に自分を責めるのが癖になって行きました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12762853108.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Sep 2022 12:20:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>物心着いた頃</title>
<description>
<![CDATA[ <p>今から20数年前、私は当時40代と30代後半の両親の元に生まれました。</p><p><br></p><p>これは自分が大人になってきてから感覚的に「そうじゃないのかなぁ」と思った事なのですが、歳を取ってからの子育ては精神的にも体力的にもなかなかキツいと感じる人も居ますよね。</p><p><br></p><p>まず、長年独身で自分1人で好きなようにやってきた者同士(自分勝手同士)、家族･子供に縛られるとなるとキツいのだと思います。自分の事を棚に上げて、目の前の何も出来ない子供の世話をするという事は、きっと今までの生活から一変してとてもストレスがかかる事です。</p><p><br></p><p>そして、今まで子供という生き物との接触が無い分、理解が十分でない事。声のかけ方、力加減、遊び方、…完全に大人になりきったうちの両親には苦痛にすら感じたかもしれません。周りの友達の両親が自分の親よりだいぶ歳下なのですが、一緒に遊んでくれる皆のお父さんお母さんが羨ましいと思う事が多々ありました。そして私の場合は軽度ですが障害持ちという事もありましたので、それはそれは気が張った時もあったと思います。</p><p><br></p><p>うちの両親はプライドが非常に高く、今でも世間様に向ける表向きは取り繕って基本良いのですが、家の中での態度が無茶苦茶なのです。</p><p><br></p><p>物心着いた頃には、私は両親の顔色を伺って生活するようになっていました。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12762764305.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Sep 2022 22:50:50 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>私の事</title>
<description>
<![CDATA[ <p>はじめまして。</p><p>これから、私の過去から今までの事を書いていきたいと思います。</p><p><br></p><p>私は現在26歳の社会人です。</p><p>このブログで登場するのは、主に現在70代の父親と60代の母親です。</p><p><br></p><p>私はひとりっ子で、両親の高齢出産で生まれました。私自身も生まれつき軽度の障害などがありその面でも振り返ると色々とありましたが、ここでは主に両親(特に父親)の事について書いていきたいと思います。</p><p><br></p><p>私の父親はアルコール依存性です。</p><p>母親は自己中心的な性格で、感情の起伏が激しいです。</p><p><br></p><p>既にお分かりかと思いますが、メインは私の愚痴ブログとなります。それでも、どなたかの共感や励みになれば良いなと思っております。よろしくお願いいたします。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/akore111/entry-12762711873.html</link>
<pubDate>Mon, 05 Sep 2022 18:00:37 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
