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<title>世界を再構築してみよう!</title>
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<description>引き寄せの法則?  思考の現実化? なりたい自分になれるか?実践してみましょう!</description>
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<title>結論ありきで考えない</title>
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<![CDATA[ 犯罪捜査などでも「予断捜査は禁物」と言う言葉があります。<br><br>あらかじめ「コイツが犯人だ」と決めてかかると、<br>全ての証拠が、そこに結びついているようにしか見えなくなり、<br>他の選択肢が見えなくなったり、都合の悪い事からは目をそらしてしまいます。<br><br>つまり、正しい判断ができなくなってしまうのですね。<br><br>これは結局「思い込みによるバイアス」ですから、<br>余計な解釈を加えず、<br>ありのまま、淡々と事実がどうなのかだけを見ましょうと言う事なのですが、<br>人は過去に縛られる傾向がありますので、<br>経験則にしろ、偏見や思い込みにしろ、<br>それらは結局は「過去に囚われてる」と言う事ですので、<br>過去がどうであろうと、今は違うかもしれない～と言う事で、<br>あくまでニュートラルに、何も考えずに「観察」に徹して見ましょう。<br><br>そして、アミダクジのように、<br>事の成り行きがどうなるのか、<br>どの様に展開し、どこへたどり着くのか、<br>楽しみに観察してみましょう。<br><br>結論先にありきだから、<br>結果に対していちいちと「失敗だ、成功だ」との判断が生じて、<br>そこに感情が揺さぶられて一喜一憂し、疲れてしまいます。<br><br>そうではなく<br>「今ここを通過した。さて、次はどこへ行くのだろう?」と、<br>ただ流れを追うだけで、行き先を楽しみにするだけで良いのです。<br><br>そこには失敗も成功もありません。<br>ただ流れがあるだけです。<br><br>なんとなく、これまでと流れが変わると、<br>抵抗感も生まれがちですが、<br>これまでと同じ流れのままだと、<br>その後の展開も同じかもしれません。<br><br>陰鬱になりやすい環境と言うのは、<br>同じ流れ、同じ展開に「飽きてしまう」と言う事もひとつです。<br><br>予測可能な状況で、細胞も活性化しなくなってしまいます。<br><br>流れが変わる時、<br>その先の予測不能な展開は、<br>不安や疲れもありますが、<br>新しい展開、新たな出会い、未知の可能性やチャンスの余地もあります。<br>そこへ期待を寄せ、<br>闇雲に抵抗して流れを途絶えさせず、ただ成り行きを見守りましょう。<br><br>結論を持って、そこに向かうかどうかで判断するのではなく、<br>ただ「この流れはどこへ私を連れていってくれるのかな?」と、<br>ミステリートレインに乗るようなワクワク感に任せて、<br>その流れに乗ってみましょう。<br><br>今日とは違う明日を楽しみに眠りましょう。<br>きっとあなたの1日1日が活き活きとしてきます。<br><br><br><br><br><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html"><img width="88" border="0" height="31" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif"></a><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/alchemizm/entry-12006858354.html</link>
<pubDate>Fri, 27 Mar 2015 19:33:45 +0900</pubDate>
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<title>死ぬ瞬間の為に</title>
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<![CDATA[ 死ぬ瞬間、死んだ後、<br>世界を認識している「私」はどうなるのか?と言う疑問は、<br>誰しもある事でしょう。<br><br>意識と言うのは肉体的な化学反応であり、<br>物理的なものですから、<br>肉体が滅びれば消失すると考えられます。<br><br>当然、ここではないどこかに死後の世界がある訳でもありません。<br><br>しかし、肉体と言うのは全体が同時にスイッチが切れる訳ではなく、<br>心臓や呼吸が止まっても、爪や髪はしばらく伸びるようですし、<br>頭を切り落とされた鶏が、その後も首の断面からスポイトで水などを補給され、<br>数ヶ月生きていた記録などもあり、<br>以前にも書いた通り、脳は本体ではない為、<br>脳死=死とも言えず、<br>そうすると「どの時点で意識は消滅するのか?」と言う疑問が残ります。<br><br>老衰や病気などで、既に意識が無い場合などは、<br>認識している「私」の死と、肉体としての「私」の死の境界が曖昧であり、<br>客観的にも判断が難しい所ですが、<br>昔であれば、ギロチンにかかる死刑囚に、<br>「首が切れた後も意識があるのか合図するように」<br>～と言うようなやりとりもあったようで、<br>瞬きしたのしないので、意識を確認したような話もあるようです。<br><br>そもそも生きている事と死んでいる事の明確な違いは何かと言えば、<br>変化がある事、変化が無くなる事。<br>それは言い換えれば「時間が流れている事」「時間が止まる事」とも取れます。<br><br>つまり、死ぬ事と言うのは、<br>時間が止まり、その瞬間が永遠になる事と考える事もできます。<br><br>そこで、意識は消失するのではなく「時間が止まる」と考えてみましょう。<br><br>すると、死ぬ事や、死後の世界と言うのは、<br>その瞬間をどう生きるのかと同義になります。<br><br>「自殺すると地獄に落ちる」などと良く言われますが、<br>苦しみから逃れる為に死を選んだ結果、<br>死の苦しみで時が止まって、その瞬間が永遠になってしまう。<br><br>まさに地獄ですね。<br><br>そう考えると、<br>いつ死んでも良いように、<br>一瞬一瞬を大事に「幸せに生きておく」と言う事は、<br>単に生きてる間の事だけでなく、とても重要な事かもしれません。<br><br>今この瞬間「このまま時が止まれば良いのに...」<br>そう思えるような至福の時を過ごしてるでしょうか?<br><br>まさに、いつでもその瞬間で時が止まっても良いように、<br>至福のひとときを大事にしましょう。<br><br>苦痛の時間を選択せず、至福の時間を選択して下さい。<br>生きる時も死ぬ時もです。<br>それは同じ事なのです。<br><br><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html"><img width="88" border="0" height="31" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif"></a><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/alchemizm/entry-12004402082.html</link>
<pubDate>Sat, 21 Mar 2015 20:39:27 +0900</pubDate>
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<title>Spring has come</title>
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<![CDATA[ 先週は真冬の寒さだったのが、<br>今週は一転して春の暖かさですね。<br><br>雨上がりの朝も春の香りです。<br><br>寒さも緩んで陽も長くなると、<br>積極的に外を歩きたくなりますね。<br><br>冬の終わりを告げるモクレンや、<br>春の訪れを告げる沈丁花を求めて、<br>ブラブラと散歩してみましょう。<br><br>犬も歩けば棒に当たると言いますが、<br>人も歩けば出会いに当たります。<br><br>人かもしれません。<br>景色かもしれません。<br>気づきかもしれません。<br>インスピレーションや閃きかもしれません。<br>チャンスかもしれません。<br><br>外には色んな出会いがそこかしこにあります。<br><br>そのつもりで心のアンテナを済ませて、<br>たまには行く宛てもも時間も決めず、<br>ただウロウロと散歩してみましょう。<br><br>気分転換にもなるでしょうし、<br>そこから始まる運命もあるでしょう。<br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html" target="_blank"><img src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif" width="88" height="31" border="0" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/alchemizm/entry-12003358409.html</link>
<pubDate>Thu, 19 Mar 2015 08:10:05 +0900</pubDate>
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<title>思い込む力</title>
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<![CDATA[ 人は必ずしも正しい判断を下すわけではありません。<br><br>とりわけ「直感的に...」なんてのは、<br>正確にデータを精査した訳でもなく、<br>分析の結果、正しい、間違い～なんてものですらありません。<br><br>「食わず嫌い」なんてものがありますが、<br>食べた事もないのに「嫌い」と判断を下すぐらい、<br>我々の判断は無根拠で漠然としたものだったりします。<br><br>当然、それだって「食べてみたら意外と美味しかった」<br>なんて事はよくありますね。<br><br>実際にやってみた結果と、<br>頭でシミュレーションした結果では違うと言う事です。<br><br>しかし、正誤は無関係に、<br>思い込みと言うのは物理的に干渉し得る事です。<br><br>例えば、ストレスによって、物理的に「胃に穴が開く」なんて事がありますね?<br>ストレスと言うのも、原因となる出来事は色々あるにせよ、<br>自分の内部のメカニズムとしては、自分自身の思い込みから発生します。<br>つまり、捉え方の問題と言う事ですね。<br><br>もしかしたら、本当はなんでもない事であったり、<br>自分自身の能力からすればそれは容易く乗り越えたり、やりくり出来る事だったり、<br>或いは、ただの勘違い、思い違いかもしれませんが、<br>あなた自身がストレスフルに思い込む事によって、<br>あなたにとっての、その出来事の見え方も、捉え方も、感じ方も、<br>全てがストレスとして作用するようになり、<br>その思い込みは、やがてあなたの肉体に物理的に影響する。<br><br>それは胃に穴が開いたり、髪が抜けたり、肌が荒れたりと言う、<br>能動的ではないような影響から、<br>自傷行為や自殺などへの「行為」にしても、<br>突き動かされてやる以上、同じ事なのです。<br><br>当然、それらの事から派生して、<br>病院に行ったり、仕事を休んだり、辞めたり、人間関係が破綻したり...<br>現実の環境も展開していきますね。<br><br>まずは自分の肉体から始まって、<br>小さな連鎖反応の積み重ねによって、<br>実際に「物理世界へ干渉している」と言う事なのです。<br><br>さて、これらは、おおよそ「望まぬ事」なはずですから、<br>あなたにとっては避けたいネガティブな展開でしょう。<br><br>しかし、構造としてみるには、別にポジティブやネガティブがある訳ではありません。<br>言い換えれば「ポジティブな干渉」だって作っていける訳です。<br><br>だからこそ「いい気分で居る事」が推奨されてる訳ですね。<br>そして、思い込みの力を発揮しましょう...と言うのが、<br>イメージングであったり、アファメーションであったりと言うメソッドになっていると言う事です。<br><br>ただ、多くの人の場合は、<br>ポジティブな出来事よりも、ネガティブな出来事の方が印象に残りやすく、<br>いいイメージでポジティブに展開していく事は、イマイチ信じきれなくても、<br>ストレスがネガティブに展開していく事は、経験的にも得心しやすいと思います。<br><br>そこで冒頭の話に戻ると、<br>そもそも人間の判断なんて曖昧でいい加減なものなのです。<br><br>ですから「本当にそれがあなたにとってネガティブなもの」だと断定できたものか、<br>ちょっと疑ってみましょう。<br>追求して結論を出す必要はありません。<br>「もしかしたら、単なる思い込みかもしれないな～」<br>その程度の曖昧さで充分です。<br><br>その曖昧な状態から、<br>どうせなら「ポジティブな方へ思い込みましょう」と言う事ですね。<br><br>手も使わず、思い込みだけで胃に穴を開けるほどの力があるのですから、<br>「私はただ世の中に動かされるだけで、動かす力なんて何もない」<br>～なんて思い込みを採用するんじゃなく、<br>「自分で動かせる事」の思い込みを採用しましょう。<br><br>今あるあなたの思い込みは、<br>過去のあなたが定めたものですが、<br>別に今後もそれを採用し続ける必要はないのです。<br><br>「これまでそうだった」からと言って、<br>「これからもそうだ」と言うのも、ただの思い込みに過ぎません。<br>「これまでこうだったから、これからは違う」～と言う選択と同等のものです。<br><br>これまでもそうだった事が、<br>あなたにとって満足なものであれば、<br>「これからもそう」と言う選択を採用するのは正しい判断ですが、<br>それが不満なものであるのに、<br>「これからもそうである」と言う選択を採用するのは間違った判断ですね?<br><br>さっさと損切りしましょう。<br>「これまでの私」に拘るのは経済用語で「埋没費用」と言い、<br>機会損失にも繋がります。<br><br>自分を「連続したもの」と考える必要は無いのです。<br>それすら思い込みに過ぎません。<br><br>今の自分は過去の延長上であると言うのも思い込みであれば、<br>今の自分は過去とは無関係の真新しい存在と言うのも思い込みです。<br>所詮は全て思い込みなのですから、<br>自分にとって、<br>自分の未来にとって、<br>都合のいい選択をしてください。<br><br>その観点に立てれば、<br>過去の自分と言うのも、<br>思い出したくない苦い経験ですら、単なる「参考資料」でしかありません。<br>以後はそこを「回避する」と言うデータとして活用出来るものですね。<br><br>そして、目指す方向へ向かって、<br>歩き出した「自覚」をしっかり持って、<br>思い込みの力を存分に発揮し、<br>あなたの物語を正しい方向へ展開していって下さい。<br><br><br><br><br><br><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html"><img width="88" border="0" height="31" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif"></a><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/alchemizm/entry-12002122986.html</link>
<pubDate>Mon, 16 Mar 2015 09:43:33 +0900</pubDate>
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<title>自分への投資?</title>
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<![CDATA[ いつ頃からか、そんな言葉がよく聞かれるようになりました。<br><br>主に消費を促す為の宣伝文句からですが、<br>実際に、その言葉を自分に言い聞かせるように、<br>消費行動に走る人も居ますね。<br><br>本当にそれは投資になっていますか?<br>それとも単なる、その時ばかりの消費行動の言い訳になっていませんか?<br><br>あなたはどこに向かっているのでしょう?<br>その為に本当に必要なものでしょうか?<br><br>企業経営や投資家などが、財務諸表を分析するのは、<br>馴染みがなくても、聞いた事ぐらいはあるかもしれません。<br>経営の健全性や、将来性など、<br>数値として把握する為のものですね。<br><br>その中で、バランスシートと呼ばれるものは、<br>自分の手持ち資産の構成や、それがどの様に使われているか、<br>お金を産む体制になっているのか、身を削って先細りする体制なのか、<br>一目でわかるようになっています。<br>（勿論、実際にはキャッシュフローや、その他いろいろな要素を絡めますが)<br><br>お金と言うのは、価値の代数ですから、<br>基本的には何にでも当てはめて考えられます。<br><br>バランスシートの読み方などは、検索すればいくらでも出てきますから、<br>何も企業分析レベルでキッチリとは言わなくとも、<br>ザックリとした概念だけ掴んで頂いて、<br>自分自身の現状や行動に当てはめてみて下さい。<br><br>あなたの現在は何で構成されているのでしょう?<br>(それは、あなたの求めるもの。或いは求める未来から外れていませんか?)<br>そして、あなたの消費や行動は、将来投資額を上回る回収見込みのあるものですか?<br><br>そもそも、それには、<br>あなたが未来へどんなビジョンを描いているのかが定まっていないと、<br>判断もつかないと思います。<br><br>事業計画書を書くように、<br>ビジョンや、その為に必要な事、大胆にカットすべき事、<br>明確にしてみた上で、バランスシート的に、<br>今それが、そのビジョンに向かえているのか見直し、<br>その行動はすべきなのか、辞めるべきなのか、<br>他にどんなアプローチがあるのか?<br>ただ漠然と「こうなれば良いなあ～」と思ってただけの所から、<br>現実的に精査してみて下さい。<br><br>一度やり出せば、とめどもなく点が見つかっては線に結びついていくと思います。<br>それはまさに「引き寄せの法則」でよく言われる展開と同じです。<br><br>シンクロニシティーだったり、<br>奇跡と思えるような偶然の巡り合わせだったり...<br><br>それらは、元々そこかしこに漂っていましたが、<br>あなたが焦点を定めた事で、あなた自身が結びつけたのです。<br><br>自分自身が漠然としていては、<br>未来が現在になっていくのも漠然としたままです。<br><br>あなたの進みたい道が曖昧では、投資も何もありません。<br><br>逆に道が定まれば、<br>「自己投資の為に～」なんて他人の売り文句に振り回される事なく、<br>あなたの未来の為に必要な投資と言うのが明確になるでしょう。<br><br>つまり「何をすべきか」がはっきりし、<br>あとはそれをやるだけになります。<br><br>あなたに必要な投資は、<br>証券会社や、企業のCM、雑誌の広告が決めるのではなく、<br>あなたが求める未来によって決定されるべきなのです。<br><br>そして、あなたの未来は、<br>あなたが今以上に幸せになる為でなくてはなりません。<br>経済的にであれ、男女関係であれ、健康面であれ、<br>なんであろうとも、そこだけは絶対的なものです。<br><br>その為に今を使いましょう。<br>明日はもっと幸せに。<br>来年はもっともっと幸せに。<br>10年後はう～んと幸せになる為にです。<br><br>今が不幸な人は、<br>その分、目先のハードルが低いと考えれば、気も楽になります。<br>大逆転ホームランを夢見て、All or Nothingで考えていると、<br>何も進まず、結果的jにずーっと今のままの不幸が続いてしまいますが、<br>人より小さいハードルでも、少しずつ乗り越えていければ、<br>未来をよりよいものにしていく事は充分可能です。<br>人より不幸な時間を耐えてこられたなら、<br>そんな小さな幸せの積み重ねでも、充分に満足を感じていく感性も養われています。<br>だって「あの時より全然マシ」なんですからね。<br><br>そして、先への希望や自身もついていくでしょう。<br>振り返れば「あそこから、ここまで這い上がってこれた」と言う日も訪れるものです。<br><br>その為にこそ投資してください。<br>人の力も借りて下さい。<br><br>あなたが明確なビジョンに向かって前向きであれば、<br>それを応援してくれる人は、あなたが思っている以上に存在するものです。<br><br>いざ、その気になって動き出してみれば、<br>意外と道はあるものです。<br><br>そしてあなたは感じるかもしれません。<br>「引き寄せの法則は本当にあるのかもしれないな」と。<br><br><br><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html"><img width="88" border="0" height="31" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif"></a><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/alchemizm/entry-12001035962.html</link>
<pubDate>Fri, 13 Mar 2015 15:19:59 +0900</pubDate>
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<title>何故、執着を手放すべきか?</title>
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<![CDATA[ あなたがあらゆる面において今より良くなるチャンスと言うのは、<br>絶え間なくあなたの周りに訪れています。<br><br>しかし、あなたがそれを「チャンス」だと認識しない限り、<br>あなたにとってそれはチャンスではないまま、<br>過ぎ去って行ってしまいます。<br><br>目標であれ、手段であれ、<br>あなたが何かに執着し、こだわっている限り、<br>そこにしか目線が行かず、他の事に目が向きませんし、<br>目にしても、一旦受け止めたり、重視する事もありません。<br><br>しかし、あなたの拘るその目標や手段も、<br>「過去のあなた」が定めたものです。<br>つまり、あなたは今も「過去のあなた」に囚われているに過ぎません。<br><br>実際には、過去のあなたよりも、<br>今のあなたの方が「より良いもの」を目指せるのかもしれませんが、<br>あなたが過去に囚われている限り、<br>あなた自身がアップデートされないままなのです。<br><br>人の行動は過去を踏襲しがちです。<br>例えば仕事の転職などでも、<br>本来は、今までと違った未来を目指して転職を志したはずなのに、<br>気づけば「経験を活かした」、これまでの路線を踏襲したラインに戻っていませんか?<br><br>未練を断ち切って、新しいパートナーを求めたはずなのに、<br>気づけば前の恋人と似たタイプを選んでいませんか?<br><br>今に至るまでの過去は取り敢えずそれで良かった。<br>しかし、未来はその延長である必要はありません。<br><br>その都度、常にニュートラル、ゼロベースに立って、<br>自分の望むもの、進みたい方向、やりたい事を見直してみましょう。<br>「これまでの自分がどうだったか」と言うのは一旦捨てて、<br>文字通り「今生まれたばかりの、新しい人生ならば」と考えてみて下さい。<br><br>「もしも生まれ変わったら、次の人生は?」なんて考えてる人は、<br>今からやれば良いじゃないですか。<br>あなたはまだ死んでないのです。<br><br>執着と言うのは、結局過去のあなたのまま延長すると言う事なのです。<br>今日終えるべき事を今日終えてしまわなければ、<br>明日はやってきません。<br>今日と同じ日を繰り返すだけなのです。<br><br>もちろん、それが満足な日々であれば、<br>明日もその延長を望むと言うのもひとつです。<br><br>しかし、そうでないならば、<br>それは今終わりにしてしまって、<br>明日からは違う人生を選ぶならば、<br>一旦、何もかも捨ててしまいましょう。<br><br>過去から延長した未来を選ぶのではなく、<br>過去は全て捨て去った上で、「今」やりたい事から未来を選択しましょう。<br><br>すると、今まで無駄に見過ごしてきた沢山のチャンスが、<br>あなたの視野に入ってくるはずです。<br><br>過去を基準にして選ぶのではなく、<br>未来を基準にして選びましょう。<br><br>その時、あなたはいつも中立的です。<br>過去に何も無いのですからね。<br><br>あなたが望むなら、<br>今、あなたは生まれ変われます。<br><br>それはただ、これまでに至る過去の人生を捨て去る事だけです。<br>執着を手放し、過去に向いていた視線を未来に向けましょう。<br><br>少しでも違った未来が見えますか?<br>それは、あなたの未来が変わる最初の一歩です。<br><br><br><br><br><br><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html"><img width="88" border="0" height="31" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif"></a><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html">にほんブログ村</a>
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<pubDate>Thu, 12 Mar 2015 09:59:18 +0900</pubDate>
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<title>体力をつけるには?</title>
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<![CDATA[ 「体力」とはなんでしょうか？<br><br>医学的、科学的に「体力」と言うものの明確な定義はありませんが、<br>一般的な解釈では「筋持久力」や「心肺能力」を指すと思います。<br><br>体力が無い～と言うのは、<br>やはり「長く続かない」と言う事から感じるものですね。<br>体力の無さは、集中力、気力、いろんな方面での持久力にも繋がってると思います。<br><br>何をやるにも身体が資本で、<br>健全な精神は健全な身体に宿るのです。<br><br>さて、身体と言うのは鍛えて強くなる機能があるのですから、<br>じゃぁ身体鍛えましょうかとなる訳ですが、<br>身体を鍛えると一言で言っても、<br>目的に応じて様々な鍛え方があります。<br><br>まず筋肉量を増やして身体を大きくするには、<br>筋肥大目的のウエイトトレーニングでしょう。<br>筋肉量が増えれば基礎代謝も上がって、<br>ダイエットも捗ります。<br><br>これは「速筋」と呼ばれる筋肉を鍛え、<br>糖質によるエネルギーをメインに、<br>斬新性過負荷の法則に沿って、ウエイト量を少しずつ上げて、<br>筋肉量自体を増やしていきます。<br><br>いわゆるボディービルダーのやり方ですね。<br><br>一方、ウオーキングや息が切れない程度のジョギング、<br>ヨガなど、重力に対して負荷がかかる不安定なポーズで固定する事で、<br>「遅筋」を鍛えると、速筋のように目に見えて筋肉が肥大はしませんが、<br>毛細血管やミトコンドリアが増え、<br>酸素や脂肪をエネルギーとする仕組みも強化されます。<br>これは糖質をエネルギーとする解糖系よりもエネルギー量が大きく、<br>日常生活に対して「鍛える」と言うには、こちらの方が必要性は高いでしょう。<br><br>当然、心肺能力や呼吸器が強化され、<br>毛細血管やミトコンドリアの増加によって、<br>体内の酸素供給が改善され、そのエネルギー利用が強化されれば、<br>疲れにくくなり、何かに「取り組んでいられる時間=持久力」が、<br>体力的にも、気力的にも、集中力的にも高まります。<br><br>もちろん、総合的には日照時間や、睡眠のとり方、栄養など、<br>複合的に多くの要素が絡まって結実していく訳ですから、<br>ただ身体だけ鍛えれば良いと言う訳ではありません。<br><br>ボディービルディングなどでも、<br>トレーニング自体は身体を再合成モードにする為の「トリガー」であって、<br>メインはあくまで食事と睡眠だとよく言われます。<br>実際に体内の変化と言うのは化学反応ですから、<br>トレーニングそのもので体内に化学反応が起こる訳ではありませんからね。<br>（もちろん、それはトレーニングを疎かにして良いと言う意味ではありません。<br>トリガーとして機能する程度の、<br>筋繊維の破壊を伴うトレーニングでなければ意味がありませんからね)<br><br>生体の現象としての日々の生活サイクルを見直し、<br>運動し、栄養補給し、休息する...<br>その基本的なサイクルを中心にして立て直してみて下さい。<br><br>あなたの身体が健康的であれば、出来る事も増えますから、<br>自らの行動で不安を解消していける事がひとつずつでも増えれば、<br>より行動もアクティブになり、<br>何も出来ないまま、ただ精神的に押しつぶされるだけの時間も減り、<br>日々の生活も快活になっていきます。<br><br>何はともあれ、続ける事です。<br>その為には生活のサイクルに組み込んでしまう事です。<br><br>人を動かしたり、社会を変える事に比べれば、<br>自分の肉体と言うのは、極めて素直に反応してくれます。<br><br>元気があればなんでも出来るかどうかは解りませんが、<br>元気が無ければ何も出来ません。<br><br><br><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html"><img width="88" border="0" height="31" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif"></a><br><a target="_blank" href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html">にほんブログ村</a>
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<pubDate>Mon, 09 Mar 2015 09:40:04 +0900</pubDate>
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<title>アウトプットが先</title>
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<![CDATA[ 勉強でも何でも、<br>なんとなく「先にインプットしてから、蓄積したものをアウトプット」と言うイメージがあります。<br><br>インプットしたものが無ければアウトプットするものが無いような気がするのですね。<br>ですから、実践よりもまず勉強してから～と言う行動パターンが多くなりがちです。<br><br>しかし、実際にはアウトプットを先にすべきなのです。<br><br>まずは実践してみた方が、<br>自分に何が足りなくて、何が必要かがすぐに解り、<br>それに応じたインプットを求めるので、<br>闇雲にインプットから始めるよりも、勉強の効率も全く違ってきます。<br><br>これは外国語を習得された方なら、経験されている事と思います。<br>日本で座学で勉強しているよりも、<br>何も判らなくてもいきなり現地に行ってしまって、<br>取り敢えず聞いたり話したりの環境で実践した方が、<br>遥かに早く身についていきますね?<br><br>呼吸なども「先ずは吐ききってしまうと、自然に入ってくる」<br>とよく説明されていると思います。<br><br>食事でも同じ事です。<br>食べるのが先ではなく、<br>運動、代謝、排出などで、アウトプットした分を補給するのです。<br><br>インプットから入ると、本当に自分に必要なものが判らなくなります。<br>何故なら、単にインプット出来るものと言うのは無限の選択肢があるからです。<br>それが未来の未確定なアウトプットの「可能性」に対してだと、<br>どうしても曖昧になってしまいがちです。<br><br>しかし、アウトプットから入ると、<br>インプットする必要性のあるものが、アウトプットに対して決まってきますから、<br>無駄なく取捨選択して、必要なものをインプットする事になるでしょう。<br><br>勉強や情報収集より、まず実践してみてください。<br><br>あなたに必要なのは充分な情報や勉強による保証ではなく、<br>自らの足で一歩踏み出す勇気と行動力です。<br><br>その結果が、次に必要なインプットを教えてくれます。<br><br>そこで必要なものを取り入れ、また一歩一歩進めていきましょう。<br>進んでいく毎に、あなたの器は雪だるま式に大きくなっていきます。<br><br><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html" target="_blank"><img width="88" border="0" height="31" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村</a>
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<link>https://ameblo.jp/alchemizm/entry-11998379197.html</link>
<pubDate>Sun, 08 Mar 2015 15:22:36 +0900</pubDate>
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<title>日本食はヘルシーなのか?</title>
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<![CDATA[ そもそも「ヘルシー」とは「健康的」と言う意味なはずですが、<br>最近は単に「低カロリー」とイコールになっている感が否めません。<br><br>しかしカロリーと言うのは熱量（エネルギー)の単位であって、<br>健康性とは全く関係がありません。<br><br>先進国でガンの死亡率が増加しているのは日本だけだそうですが、<br>医療水準はそれほど大きく変わる事はないにも関わらず、<br>何故、日本だけが増加しているのか?<br><br>それはまず食習慣を疑うべきでしょう。<br><br>日本食はヘルシーであるとよく言われますが、<br>おおよそそれは「日本には神風が吹いてる」並みに全く根拠の無い信仰だったりしますが、<br>日本食に限らず、ベジタリアン、マクロビオティックやローフード、精進料理なども、<br>基本的には「(動物)の殺生を忌避する」と言う事と「健康」が、<br>混同されて成立している感じですね。<br><br>当然、それらは別物であって、<br>前者は単なる「信仰」に過ぎません。<br><br>実際、ベジタリアンやマクロビオティックの権威など、<br>割と若くしてガンで亡くなっています。<br><br>もちろん、ガンの発生そのものや転移などは、<br>必ずしも食事だけでコントロール出来る訳ではありません。<br>しかし、ガンの成長を抑えたり、ガンがあっても元気に生きる生活には、<br>食生活が大きく関わります。<br><br>何故なら、がん細胞は「糖分をエネルギーとしている」からです。<br><br>一方、通常、我々の細胞は、糖質をエネルギーとした解糖系だけでなく、<br>酸素をエネルギーとするミトコンドリアや、<br>低血糖状態でも脂質をエネルギーとするケトン体のメカニズムで、<br>脳以外は必ずしも糖が必要と言う訳ではありません。<br>（もちろん、体全体のメカニズムで言えば、脳も含めて糖質は必要です)<br><br>つまり、過剰な糖はガンの増殖を促進し、<br>逆に必要最低限の糖分に抑える事で、ガンの成長を抑制出来る訳ですね。<br><br>しかし、「自分はそんなに甘いものは摂取してない」と言うつもりでも、<br>以外と糖質を摂っているものです。<br>それが「炭水化物」ですね。<br><br>芋、穀物、野菜、果物、<br>野菜などはヘルシーな代表のように宣伝され、<br>特に根菜や、緑黄色野菜を確り摂りましょうとよく言われますが、<br>根菜や緑黄色野菜ほど炭水化物が多いのです。<br><br>また、玄米信仰なども一部で根強いのですが、<br>日本の玄米信仰は明治以降の割と新しいもので、<br>（それ以前は、そもそも米よりも、きびや粟などの雑穀が中心だった)<br>そのキッカケは「脚気」なのです。<br>脚気がまだ致死率の高い病気だった時に、<br>ビタミン不足を玄米で補えたと言う事なのですが、<br>例に漏れず、この信仰も「その意味は忘れ去られ、形だけが残った」状態でして、<br>現代のように、豊富な食材がある環境では、<br>わざわざ玄米を食べる必要はありません。<br><br>そもそも、実の外殻と言うのは「動物に食べられない為」にあるのですから、<br>食べるようには出来ていません。<br>殻ごと食べた方が栄養価が高いと言うのは、<br>そりゃ当然そうですから、メロンでも栗でもスイカでも、<br>皮ごと食べた方が栄養価自体は高くなります。<br>しかし、そんなもの食べないでしょう?(笑)<br><br>稲穂からわざわざ脱穀して、研いで、炊いて食べる～と言うのは、<br>非常に複雑な工程が開発されたものですが、<br>やはりそれなりに理由があるのです。<br><br>メロンを皮ごと食べる事を考えれば解る事ですが、<br>恐らくそんなものは美味しくないでしょうし、<br>「消化に時間がかかる」=「内臓に負担がかかる」と言う事です。<br><br>通常の白米は2時間ぐらいで消化するのが、<br>玄米だと6時間ぐらいかかるそうですが、<br>その間、血流もそちらに集中し、末端が冷え性になりますし、<br>それだけ内臓が休息する時間が短くなり、負担はかかる上に、<br>自律神経のバランスもおかしくなります。<br>1日2食玄米食べたとしたら、<br>単純計算で1日の半分は未消化の状態で消化器系に残ってると言う事ですからね。<br><br><br>かつて穀物は「大量生産して貯蔵出来る」と言う最大のメリットを活かし、<br>長い歴史の多くの地域で主食として君臨してきました。<br><br>食料が豊富でなく、常に飢餓との戦いだった時代においては、<br>「手っ取り早くカロリーが取れる」と言う意味でも重要でした。<br><br>しかし、現在のように、豊富な食材が手軽にあると、<br>必ずしもカロリーを穀物に頼る必要はありません。<br><br>つまり、普通の食生活において、<br>タンパク質メインで食事をするなら、<br>必ずしもご飯も必要ないのです。<br><br>自然な食材を摂取している限り「完全な断糖」と言うのはあり得ませんから、<br>ビタミンやミネラルを補給する上で、野菜などに含まれる糖質を摂るだけで十分なのです。<br>そこに炭水化物である穀物を増やすと、むしろ糖質過剰になって、<br>ガン患者ではなくても、メタボになりやすいと言う事ですね。<br><br>「日本人は肉食ではない」と言う信仰も同様です。<br><br>これは、明治以降、<br>豚や牛、鶏を食べるようになった時に、<br>外国からそれらの文化が流入して、<br>これらの食文化はそれ以降のもので、<br>以前はそんなものは食べなかったと言う話だけが解釈され、<br>現代の我々の食文化ではそれらが主要な肉料理ですから、<br>「豚や牛や鶏が明治以降の食文化なら、それ以前は魚しか食べてなかった」と誤解したのですが、<br>昔話を見ればわかるように、<br>それ以前は、イノシシやキジ、クマや鹿などを食べており、<br>単に「種類」が違うだけであって、肉は食べていたのです。<br><br>つまり、現代で言われている「日本食文化信仰」と言うのは、<br>そうした事が忘れられた昭和以降(特に戦後)の食習慣から生まれた、<br>ごく最近の信仰に過ぎないのです。<br><br>そして、その信仰上で作られた日本食と言うのは、<br>「低タンパク、高炭水化物」になりやすいのです。<br>「日本食」とは言えなくても、現代の食生活を見てみると、<br>例えばラーメンにチャーハンのセットなんて炭水化物ばっかりのメニューですね(笑)<br>これはつまり、肉体の素材は少なく、エネルギーだけ過剰に摂取している状態ですね。<br>それで運動不足となると、筋肉量や骨密度は落ちて、<br>相対的に体脂肪率は上がって、痩せていても軽肥満などになりやすい訳です。<br><br>そして、この食習慣から考えると、<br>先進国で日本だけがガンの死亡率が増加している理由も辻褄は合います。<br>カロリーを穀物に依存せざるを得ない地域などと同様に、<br>栄養バランスが著しく炭水化物に偏っているのですね。<br>つまり、その自覚が無くても、割合として糖分が多くなっているのです。<br><br>糖分と言うのは中毒性もありますから、<br>炭水化物を減らす事で、物凄い飢餓感が表れる人もいます。<br>ニコチン中毒と同じ感じですね。<br>単純に食習慣として「ご飯が無いと、おかずが喉を通らん」って方も居ます。<br><br>また、末期ガン患者などは、<br>酸味などを受け付けず、甘味だけに反応し、<br>甘いものを食べたがります。<br><br>これらはもはや「体を乗っ取られた状態」と同じですね。<br>自分の意思とは無関係に、糖分を欲してしまうのです。<br>薬物中毒と同じです。<br><br>それはもはや「健全、健康」とは言えないでしょう。<br><br>とはいえ、これも「信仰」になってしまってはいけません。<br>徹底的に「糖分を断つ」と言う事ではなく、<br>自分の身体や状態に見合った、糖分摂取量を「コントロールしましょう」と言う事なのです。<br><br>あくまで体の素材であるタンパク質をメインに考えた食事とし、<br>例えば筋肉量を増やすには、糖分やカロリーが必要ですから、<br>筋トレ直後には、炭水化物や糖分を補給する。<br>そうでない日は糖分を減らし、脂質を多めにする。<br>脂質も、ホルモンの分泌には重要ですので、減らせば良いと言うものではありません。<br><br>また、肝臓が悪いのか、膵臓が悪いのかで、<br>糖質メイン、脂質メインを切り替える必要など、<br>それぞれの体の具合に応じて、必要な献立を調整していくべきなのです。<br><br>「あなたの食べたものが、今のあなたの肉体」なのです。<br><br>この先、どの様な自分を目指すのか、<br>今の自分がどの様な体で、どの様な生活環境なのか、<br>「自分自身」をきちんと把握して、<br>適切な食事で過不足なく補給していきましょう。<br><br>また、何を食べるかだけでなく、<br>「食べ方」にも注意が必要です。<br><br>野菜ジュースやサプリメントなどでも、<br>単に「栄養価」と言う数値だけで見ていると、見落としが生まれます。<br><br>単純に栄養素を多くブッ込めば身になると言うものではありません。<br><br>これは経済なども同じ事なのですが、<br>「需要のない所に供給だけ増やしても無駄」なのです。<br><br>つまり、運動や代謝などで、<br>使用され、不足した栄養素を「補う」と言う形で摂食はあるべきなのが本来なのです。<br>不要なものを無理やり突っ込んでも、<br>排便や排尿で無駄に排出されるか、メタボに蓄積されるかですが、<br>いずれにしろ、腎臓などに余計な負担がかかります。<br><br>また、消化器系などの活動は、咀嚼なども含めて密接に連動しています。<br>液体化したものや、精製したサプリなどは、<br>一見、消化に時間が掛からず吸収がスムースなようですが、<br>実際には固形物を食べた場合に比べ、唾液の分泌量も少なく、<br>胃や膵臓など、消化に関わる内臓も活発化しませんから、<br>「消化、吸収に使うエネルギー」が少なく、<br>吸収活動もそれほど活発化しません。<br>結果的には大して吸収されず、下痢になりやすいだけだったりします。<br><br>結局の所は、余計な事はあれこれ考えず、<br>しっかり運動して、しっかり食べて、しっかり寝ましょう～と、<br>ごく自然な当たり前の事をやれば良いと言う事でしかありませんが、<br>ごく自然な当たり前の事ってなんだろう?ってぐらい、<br>全てが情報化され、氾濫している中では判らなくなっているものですね。<br><br>冷蔵庫なんて無かったら?<br>電気やガスも無かったら?<br>貨幣による交換も無く、全てが自給自足の原始人のような生活だったら?<br>動物として、どんな活動になるだろうか?<br>それがまず原点です。<br><br>道に迷ったら、自然に帰りましょう。<br>そこに肉があり、植物があり、それを食らう。<br>肉だったものは、植物だったものは、私に食らわれて私になる。<br>私はやがて土に還り、また植物になり、動物に食われ、<br>この地上で永遠に循環し続ける。<br><br>ただ、それだけの事です。<br><br><br><a 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<pubDate>Sat, 07 Mar 2015 08:05:22 +0900</pubDate>
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<title>何をどれだけ食べるべきか?</title>
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<![CDATA[ 好きな献立やメニューと言う観点で食べるものを考えても、<br>栄養バランスとして割合を考える人は少ないかもしれません。<br><br>栄養素は主に「五大栄養素」と呼ばれる、<br>ビタミン、ミネラル、タンパク質、脂質、糖質があります。<br>その中でも「三大栄養素」と呼ばれるのは、<br>タンパク質、脂質、糖質です。<br><br>この中で、身体の主成分となるのは「タンパク質」であり、<br>脂質や糖質はいずれもエネルギーとして使用される為のものですね。<br>そして、ビタミンやミネラルは、<br>タンパク質を、肉体のパーツに変換していく過程で必要なものとなります。<br><br>我々の肉体と言うのは水分を除けば「タンパク質」が基本となります。<br>骨はカルシウムだと思っている人が居ますが、<br>骨も主成分はタンパク質で、<br>タンパク質を骨に合成する過程でカルシウムが必要と言う事なのです。<br><br>従って、水分を確り摂ると言うのは最重要項目ですが、<br>食事メニューとしては「タンパク質」を中心に考えます。<br><br>自分の必要なタンパク質の量と言うのは、<br>体重や運動量によって、おおよその計算式のようなものがありますが、<br>普通の人なら、体重1kg辺り1～2gと言うのが一般的でしょうか。<br><br>主要な品目で大体どれぐらいタンパク質が含まれているのかは、<br>ネットで検索していただいて、好きなものを選んで頂くとして、<br>後は、それに自然についてくる脂質と糖質と言う感じになります。<br><br>体重を増やしたい人は、摂取カロリー&gt;消費カロリーとし、<br>減らしたい人は摂取カロリー&lt;消費カロリーとすると、<br>食事管理だけで、ある程度体型のコントロールは出来るでしょう。<br><br>タンパク質メインとなると、肉がメインになりがちですが、<br>もちろん、野菜や菌類、発酵食品など、<br>ビタミン、ミネラル、酵素などの摂取の為に、<br>バランス良く摂って頂きたいものの、<br>かといって「野菜をたっぷり摂る」とか、<br>野菜ジュース、果物ジュース、あるいはベジタリアンなどは健康面でお勧めしません。<br><br>それは「糖質過剰」になるからですが、<br>これについては、それだけで一本の記事になりますので、また改めて。<br><br><br><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html" target="_blank"><img width="88" border="0" height="31" src="https://img-proxy.blog-video.jp/images?url=http%3A%2F%2Fphilosophy.blogmura.com%2Fhikiyose%2Fimg%2Fhikiyose88_31.gif" alt="にほんブログ村 哲学・思想ブログ 引き寄せの法則へ"></a><br><a href="http://philosophy.blogmura.com/hikiyose/ranking.html" target="_blank">にほんブログ村</a>
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<pubDate>Fri, 06 Mar 2015 10:17:28 +0900</pubDate>
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