<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>アリ＠チャピ堂　お気楽本のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/alichapi-book/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>日々の読書記録を勝手きままに書き記す</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>ミステリランキング5冠なんだね</title>
<description>
<![CDATA[ <p><span style="font-size:18px;"><strong>気持ちよくだまされました</strong></span><br><br><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/f2/16/j/o0270037715615866550.jpg"><br><strong>「medium 霊媒探偵城塚翡翠」相沢沙呼著　講談社　2019年</strong><br><br>小説も読まず本屋にも寄らない<br>店頭で平積みになっている本を手に取るなどということはなくなって<br>巷でどんな本が読まれているか<br>随分と知らないまま過ごしてきた<br><br>新しく始まるテレビドラマの予告を見て<br>この小説の存在を知った<br>主演が清原果耶でなかったら関心も持たなかったかもしれない<br>気になってググってみたら原作は「ミステリランキング５冠」とある<br>ならば読んでからドラマを見ようと<br>手っ取り早くKindle版をぽちっとして読み始める<br>おいおい、ほんとに５冠？などと疑いを持ちつつ読み進む<br>そこで著者の罠にはまっているわけだが・・<br>ネタバレになってはいけないので書けないが<br>読み終えた時には５冠なんだねと納得する<br><br><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/fb/12/j/o0250035915615866552.jpg"><br><strong>「invert 城塚翡翠倒叙集」　相沢沙呼著　講談社　2021年</strong><br>　＜収録作品＞<br>　　雲上（うんじょう）の晴れ間<br>　　泡沫（ほうまつ）の審判<br>　　信用ならない目撃者<br><br><img border="0" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/e1/ac/j/o0250035915615866558.jpg"><br><strong>「invert II 覗き窓の死角」　相沢沙呼著　講談社　2022年</strong><br>　＜収録作品＞<br>　　生者の言伝（ことづて）<br>　　覗き窓（ファインダー）の死角<br><br>テレビドラマは「霊媒探偵城塚翡翠」５話と「invert 城塚翡翠倒叙集」５話<br>それと伏線回収解説のための「特別版」が放映された<br>ドラマでどの話が取り上げられるのかわからないので<br>「invert城塚翡翠倒叙集」と「invert II 覗き窓の死角」も読まなければならない（こともなかろうが）<br>放映された順番は違うが「覗き窓（ファインダー）の死角」以外の話がドラマ化されている<br><br>著者は「倒叙式ミステリ」に思い入れがあるらしい<br>倒叙式と言えば「刑事コロンボ」となるが<br>むしろテレビドラマにこそ適したスタイルであるように思う<br>ならばドラマ化されてより面白味が増すはずだが<br>必ずしもそうなっていない印象がある<br>小説が先なのかドラマが先なのか<br>時間が限られたドラマでは<br>原作の面白さを伝えることが難しいのではないか<br>ミステリランキング５冠なのに視聴率が今一つだったのは<br>そういうことが原因ではないか<br>清原果耶と小柴風花はなかなかはまっていたと思うのだけれど<br>和製コロンボの古畑任三郎のようにシリーズ化は<br>ちょっと難しいか<br>？本の話なのかドラマの話なのか<br>「倒叙式」がテレビ向きだということを<br>もう少しきちんと書きたい気もするが<br>ここまで</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229768.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Jan 2023 23:32:55 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>様々な物語の源泉がここにある</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>デューン・シリーズの思い出</strong></span><br><br>映画「ブレードランナー2049」の監督、ドゥニ・ヴィルヌーヴが「DUNE」を映画化した<br>映画を見に行きたかったが<br>世情も私情も映画館に出かける環境になくネット配信でようやく見ることができた<br>そして映画館で観たかったと悔やまれる<br>これから先可能性がないわけではないが・・再映はあるだろうか<br><br>ジョージ・ルーカスが映画化を諦め<br>あのデイヴィッド・リンチが果敢に取り組んだが<br>その完成度に自ら失望したというほど<br>その世界観を映像化するのが困難と言われた原作だが<br>この時代のSFXをフルに動員し<br>映像は原作のイメージを損なうこと少なく<br>37年前の映画を凌ぐものとなっていた<br>大画面で見ることができたらその思いをもっと強くしただろう<br>しかし、読者でない者にとってどうだったんだろう<br>スケールや映像の質に感嘆する以上に<br>ハーバートの世界を楽しめただろうか<br>長編を、特にその設定が重要な物語を<br>せいぜい2時間半の映画で表現することの難しさ、限界がそこにある<br>そう2時間半では無理なので今回はpart１だった！<br>それでもどうなんだろう<br>まあSF界の必読書なんだから読んできてよねと<br>原作とその設定を知ったうえで評価してよねと<br>そういう映画なのかもしれない<br><br>映画が公開されて新訳版が出ているのを知った<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/a8/6e/j/o0250037215615866503.jpg" border="0"><br><strong>「デューン 砂の惑星 上・中・下」〔新訳版〕(ハヤカワ文庫SF)  2016年発行<br>フランク ハーバート著　酒井 昭伸訳</strong><br><br>本屋に通うことがめっきり少なくなったこともあるが<br>この頃書店の棚から海外ノベルが減り<br>いや書棚そのものが減らされ文具や雑貨が取って代わっている状況で<br>出会う確率も減っている<br>さらに言えば書店が残っているだけでも貴重になってきている<br>結局ググって新しい本が出ているのを知るか<br>おせっかいな押し付けバナーで知らされるという<br>ちょっと切ない出版界の状況がある・・<br><br>70年代、高度成長に浮かれた青春時代<br>私が読んだ文庫は石森章太郎（まだ「石ノ森」と改名する前）のカバーイラストだった<br>その感想はとすぐに書き出すことは難しい<br>なにせ半世紀前の読書体験で記憶の細部は薄れてしまっている<br>徹夜して読み返してみる体力が今はなく<br>棚にあった黄ばんだ文庫本の表紙だけスキャナしアップするところまで<br>この物語もそう安々とは語らない方が良いように思える・・ので<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/fa/a8/j/o0250035715615866508.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂の惑星 １ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1972年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/b2/fd/j/o0250035415615866512.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂の惑星 ２ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1973年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/7f/3d/j/o0250035015615866517.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂の惑星 ３ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1973年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/27/6f/j/o0250035315615866522.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂の惑星 ４ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1973年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/89/c3/j/o0250035715615866527.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂漠の救世主」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1973年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/e0/97/j/o0250034515615866530.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂丘の子供たち １ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1978年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/59/44/j/o0250035015615866534.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂丘の子供たち ２ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1979年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/3a/43/j/o0250035715615866542.jpg" border="0"><br><strong>「デューン　砂丘の子供たち ３ 」 (ハヤカワ文庫SF)<br>フランク ハーバート著　矢野徹訳　1979年発行</strong>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229758.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Jan 2022 23:38:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>こんな風にビストロに通えたらいいのに</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>重いテーマもあるけれど楽しく読めました</strong></span><br><br><strong>近藤史恵（著）「ビストロ・パ・マル」シリーズ</strong><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/cf/de/j/o0250035115615866485.jpg" border="0"><br><strong>「タルト・タタンの夢」　 近藤 史恵  (著)　東京創元社(創元推理文庫)  2014年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/15/77/j/o0250035115615866489.jpg" border="0"><br><strong>「ヴァン・ショーをあなたに」　近藤 史恵  (著)　東京創元社 (創元推理文庫) 　 2015年発行</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/ef/bb/j/o0250035115615866494.jpg" border="0"><br><strong>「マカロンはマカロン」　近藤 史恵  (著)　東京創元社 (創元推理文庫) 　 2020年発行</strong><br><br>書評をちら読みしたら同じ動機で読み始めた人が結構いるようだ<br>テレビ東京で放映が始まったドラマ「シェフは名探偵」の原作で<br>ほぼビストロ・パ・マルの店内で進行する<br>いわゆる「ワンシチュエーションドラマ」が<br>西島秀俊、濱田岳、神尾佑、石井杏奈のキャストと<br>堤幸彦のトリックシリーズに携わった木村 ひさし総監督の演出の妙もあり<br>なかなか面白く原作も読んでみようと思った<br>小説も基本的には「ビストロ・パ・マル」を舞台としたシェフと客たちが織りなすドラマで<br>それぞれ7、8編の短編が収められ<br>同じ登場人物で綴られるオムニバス作品となっている<br>（小説の場合はシリーズ短編集ということで良いのか）<br><br>料理とミステリと言えば美食探偵「ネロ・ウルフ」や健康志向の「スペンサー・シリーズ」など<br>レシピ本が出ているものも少なくない<br>このシリーズは「死体」も出てこないし「大事件」も起きない<br>フランス家庭料理や違う国の食文化を「メインディッシュ」として<br>主な4人の登場人物の個性で楽しく読ませる<br>作品解説で著者が「クレイグ・ライスのような軽妙でキャラクターが立っているようなものがすごく好き」<br>とインタビューに答えて話していることを紹介している<br>そう知って物語に好感を持ち楽しく読めたことが納得できる<br>どんなに完璧なトリックであろうと偶然に勝る完全犯罪はない<br>こういうミステリーが私は好きなのだと改めて思いました<br><br>ビストロに限らず外食は苦手で<br>結構好き嫌いもあり美食家にはなれない<br>ワインは好きだがコース料理より高いフルボトルワインを注文する勇気と金も持ち合わせない<br>シェフと粋に言葉を交わし季節の美味しい料理を堪能できる<br>そんな常連客になれたら楽しいだろうが難しい<br>せめて小説の中の「ビストロ・パ・マル」に今少し通いたいと思う<br>シリーズはまだ続いているらしいので続編の出版が待ち遠しい<br>そして同じ著者の「サクリファイス」シリーズも読んでみたくなった<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/8c/18/p/o0150015015615866496.png" border="0"><br><strong>一読し、もう一度料理本を片手に精読しても楽しめそう</strong>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229725.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Jun 2021 10:24:56 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>原点回帰</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>「壁」を意識することは「内部」と「外部」の同質性に気づくこと</strong></span><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/12/15/j/o0250035715615866467.jpg" border="0"><br><strong>「壁」　安倍公房（著）　新潮社　新潮文庫　1969年発行</strong><br>　収録作品<br>　　＜序＞　石川淳<br>　　Ｓ・カルマ氏の犯罪<br>　　赤い繭<br>　　洪水<br>　　魔法のチョーク<br>　　事業<br>　　バベルの塔の狸<br>　　＜解説＞　佐々木基一<br><br>先に紹介した「読書嫌いのための図書室案内」で「赤い繭」が登場する<br>高校の教科書に載っているらしい<br>「壁」は読んだはずだが・・なにせ40年以上前の話である<br>文庫本があるはずだと探し始めたがみつからない<br>何年か前に文庫本をまとめて処分した中にいれてしまったのだろうか<br>1時間以上探して廊下に押し出した息子のマンガ本の棚の最下段でやっと発見する<br>我が家にあったのは1972年9月第5刷で読んだのは当然それ以降<br>ちょうど「読書嫌いのための図書室案内」の主人公と同じ年齢の頃だ<br>ぱらぱらとめくり思い起こすなどできない話で読み直すはめになる<br>今の文庫より活字が小さく紙は黄変しとてとても読みづらかったが<br>読書が新鮮な体験であった頃の懐かしい匂いが蘇ってきた<br>と同時に村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」を想起する<br>村上のいくつかの作品に登場する「穴」のイメージが「壁」に重なる<br><br>「壁」を読んでから半世紀近く「主観性」という壁の中で生きてきた<br>世界を見ているようで「間主観性」という鏡に映る自分とその世界を受け入れてきた<br>「外」は自己感覚世界の「内」にしかない<br>しかし「内」なるものは紛れもなく（であれば良いが）世界に所属する「外」に晒されているはずだ<br>読んだ当時は「意味不明」ながら社会の不条理や矛盾と自己の透明性（という思い込み）の狭間で<br>いかにして生きて行くかなどと悩んでいたかもしれない<br>歳を重ねてから青春時代に読んだ本を読み返すのは<br>なかなか楽しい体験であると気づかされる<br><br>「読書嫌いのための図書室案内」では安倍公房の「箱男」と「砂の女」も題名だけ出てくる<br>「砂の女」は読んだ後、部屋中ざらざらと砂の手触りがして<br>口の中にまでその感覚が残るぞわぞわする作品だった<br>文字通り「文学体験」をした貴重な一冊だった<br>なので安倍公房の新刊「箱男」が出ると知り発売を待って買ったのを覚えている<br>我が家にあるのは1973年発行の初版本である<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/b3/a5/j/o0250035715615866472.jpg" border="0"><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/8d/e3/j/o0250035715615866477.jpg" border="0"><br><br>新潮社の「純文学書下ろし特別作品」は箱入りで重々しく<br>大江健三郎、倉橋由美子等々の作品も発売されると買っていた<br>これが本棚にあるだけで文学少年（青年）であるのだという気分に酔っていた<br>そういえば村上春樹の「世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド」も<br>この書下ろし作品として発表されている<br><br>体験が新鮮さを欠く歳となって<br>昔日の体験をよみがえらせてくれる原点回帰的読書も<br>なかなか捨てたものではないなと感慨深い<br>ふと手に取った「読書嫌いのための図書室案内」がそのきっかけを作ってくれたわけで<br>好き嫌いなくいろんな本を読むことで得られる出会いや発見の楽しさを思い出させてくれた<br>だから本屋に行かなければね<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229712.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Jun 2021 13:34:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ビブリオミステリーというジャンルがあるのか</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>読書嫌いでも図書室は利用するが</strong></span><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/83/08/j/o0250037015615866448.jpg" border="0"><br><strong>「読書嫌いのための図書室案内」　青谷 真未  (著)　早川書房（ハヤカワ文庫JA）　2020年発行</strong><br><br>今どきの履歴書に「趣味」などは書かないのだろうか<br>最も無難な趣味は「音楽鑑賞」、「映画鑑賞」と「読書」だと思うが<br>逆にそれでは今どきアピールにならない<br>「読書」と言う場合、科学や技術系の本ではなく<br>「文学」あるいは「小説」を読むことを想起することが多いと思うが<br>「趣味」として扱われるのだからこれは「嗜好」の問題で<br>好き嫌いだから、強いて読めと勧めるものではない<br>いつのまにか親しみ好きになっているものだと思う・・<br>タイトルの「図書室案内」はそうした講釈を踏まえて「適切」だと思う<br>こんなメリットがあるから「読書好き」になったらというものではないと思うが<br>図書室にはいろいろ利用法がある<br>今頃のレポート作成はググってコピペになるのだろうが<br>デートの場としてはまだいいんじゃないか・・これも昭和か？<br><br>閑話休題<br>ディックの新刊や装丁変更がないかと定期的に書店に出向き<br>ハヤカワ文庫と創元SF文庫の棚を点検していたらこの本が目についた<br>「刊行前から大反響！」と腰巻にあり読んでみることにした<br>読書嫌いを好きにさせるのに<br>安倍公房読ませるのか？と突っ込もうと思ったら<br>いろいろ伏線のためのガジェットであり<br>他の作品は教科書がらみで<br>とてもまっとうに読書の効能を語る国語の授業を思わせる<br>ストーリーとしてはちょっと違和感が拭えない部分もあるが<br>「伏線回収」の妙があり最後まで飽きずに読むことができた<br><br>「ビブリオミステリー」というジャンル名があるというのを今さらながら知った<br>読書好きは「本」が好きなので「本」が題材となっている物語が好きであり<br>（このブログにも「本の本」というカテゴリ設定をさせていただいている）<br>作者も当然に「本」を生業とするためにこれをネタとするのは至極当然<br>直接出てこないが「薔薇の名前」も広義ではビブリオミステリーであり<br>何より「図書室」が舞台の物語だ<br>「『バラの名前』便覧」が蔵書として閉架書庫に配架されている設定だが<br>「便覧」以前に「薔薇の名前」が選書されるのだろうか？<br>安倍公房を始め著者の読書傾向が表れているのかと想像し<br>「読書メーター」ランキングで第1位になった「君の嘘と、やさしい死神」と<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/37/67/j/o0250035915615866454.jpg" border="0"><br>タイトルに惹かれて「ショパンの心臓」も読んでみた<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/c0/6c/j/o0250036915615866458.jpg" border="0"><br>（いずれもポプラ文庫）<br>3作品ともに主人公のキャラクター設定が類似し<br>それが若干無理筋のストーリーの伏線となっていること<br>伏線をちりばめてそれを丹念に拾っていく作風が窺い知れる<br>「ショパンの心臓」は着想は面白いのに<br>活かしきれていないようで残念というか<br>途中から読むのが苦痛になってしまったが<br>久しぶりに「読書」に浸ることができ<br>続けて買いためた本に取り掛かる機会となった気がする<br>さらに「赤い繭」読んだかな～<br>ということで本棚に埋もれていた文庫版の「壁」を読み返すという<br>これは読書再開への良いリハビリになった<br>「壁」については別項としたい
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229702.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jun 2021 16:01:51 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>逆まわりの世界　改訳版</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>ディック幻の傑作</strong></span><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/03/ba/j/o0251037015615866433.jpg" border="0"><br><strong>「逆まわりの世界」“COUNTER-CLOCK WORLD ”　 (ハヤカワ文庫SF) 文庫 – 2020/7<br>フィリップ・Ｋ・ディック (著)、小尾芙佐（訳）1967年作品</strong><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/58/50/j/o0510011015615866438.jpg" border="0"><br><br>これも「幻」の傑作だそうな<br>同じ訳者による旧訳版（聖書じゃないですが）は1983年にハヤカワ文庫ＳＦで出版されている<br>解説は神林長平でこれは旧版のままのように思われる<br>同じ訳者でどう違うのか<br>最初の数ページでかなりの部分が割愛されていた<br>前の訳の方が訳に一貫性がないようで<br>「カー無線」、「ビドフォン」とわずかな紙数の中で混乱がある<br>そういうものが直されている<br><br>文字の級数が大きくなり1ページ当たりの字数が減って<br>ページ数が増えるはずだが8ページ多いだけで<br>冒頭あたりだけでなく簡略化されているように思う<br>暇になったらいちいち調べても楽しいかもしれない<br><br>1983年の文庫は酸性紙で褐色化し<br>文字も小さく読みづらい<br>若いころはまったく平気だったけれど<br><br>ディックを読み直す<br>トールキンもですが<br>そういう日が近づいてきたけれど<br>根気と視力が保たれているか不安になってきた<br>時間が逆まわりしてくれると良いが<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229697.html</link>
<pubDate>Thu, 17 Sep 2020 13:00:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>市に虎声あらん</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>幻の第一長編、待望の文庫化</strong></span><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/a5/4d/j/o0257037015615866417.jpg" border="0"><br><strong>「市に虎声あらん！」“VOICES FROM THE STREET ”　 (ハヤカワ文庫SF) 文庫 – 2020/6<br>フィリップ・Ｋ・ディック (著)、阿部重夫（訳）1952年作品</strong><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/48/a1/j/o0537011015615866425.jpg" border="0"><br><br>2013年発行に平凡社から発行された単行本の文庫化<br>1952年、23歳で書いた長編処女作で<br>この後に続くディックのＳＦ作品に散りばめられる<br>数々の主題のエッセンス、作品を彩るギミックの原型が確かにこの作品に見て取れる<br>平凡社版の紹介はこちら<a href="https://blog.goo.ne.jp/book_dog/e/595c4cc35ebad3426e5b8a0a34c0dd6e" target="_blank">→〇</a><br>「幻の第一長編」と腰巻に謳われている<br>ディックの再刊、再版にはやたらと「幻」と書かれている<br>作者自体が幻化しているのかもしれない<br><br>早川書房としてはディック作品の完全文庫化を目論んでいるのだろう<br>紙媒体が衰退する中で<br>ディックの本は一定数売れるという読みがある？<br>初刷何冊刷ったんだろう<br>そうい話に関心が移っていく<br><br>7月には「逆わまりの世界」の改訳版が出ている<br>月一では書店を覗かないと買い損ねてしまう<br>老後の楽しみだね
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229691.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Sep 2020 10:00:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>タイタンのゲーム・プレーヤー再刊さる</title>
<description>
<![CDATA[ <span style="font-size:18px;"><strong>「悪く言えば書き飛ばしの作品だ」</strong></span><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/08/01/j/o0250037015615866394.jpg" border="0"><br><strong>「タイタンのゲーム・プレーヤー」“The Game Players Of Titan ”<br>1963年作品 大森望訳　 (ハヤカワ文庫SF) 文庫 – 2020/3</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/df/f5/j/o0505010115615866402.jpg" border="0"><br>1990年に出版された創元SF文庫の再文庫化ですと<br>奥付の前に但し書きがある<br><br>昨年８月に再文庫化された「フロリクス8から来た友人」同様に<br>巻末にあった著作リストが省かれている<br>それとSF研究家牧眞司氏の解説がかなり短くなっている<br>省略されたのはディックの書誌的な解説部分で<br>“The World Jones Made“、“The Man Who Japed”はまだ未訳と書かれていたり<br>邦訳本の紹介はサンリオ文庫が多数であるなど<br>3０年前（！！）の解説なので書き直すには骨が折れそう<br>しかし、そういう事情を断って残しておいてほしかった<br>日本での年ごとの出版数がグラフで示されていて<br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/d7/0e/j/o0160045515615866409.jpg" border="0"><br>この表の後にさらに出版社が変わり新訳が見つかりと<br>修正が必要なことがわかるが<br>日本でのディックの評価や人気度が視覚的にわかる<br>面白い資料だと思う<br>私が「アンドロイドは電気羊の夢を見るか？」を買った１９７７年以降<br>最初のブームが訪れ<br>忘れたころに（ファンは忘れているつもりはないが）主に映画化などと連動して<br>ブームが再燃するという現象を視覚化するために<br>このグラフをぜひ作り直して欲しかった<br><br>さて、以前どうアップしていたのかはこちら<a href="https://blog.goo.ne.jp/book_dog/e/578721eaba69a391a4ab2759d4c08ca1" target="_blank">「タイタンのゲーム・プレーヤー」</a><br>メタメタ小説だったらしい？<br>それは読んでいる方の能力がメタメタだったのか訳の分からない文章だ<br>牧氏の解説には「悪く言えば書き飛ばしの作品だ」と書かれている<br>それもこれもディック<br>裏表紙の紹介末尾には<br>「ゲームが支配するディストピアを描く長編小説」とあり<br>「フロリクス8から来た友人」の紹介にも「鬼才のディストピアSF」と書かれている<br>今どきのSFはユートピアを描かないので<br>だいたいみんなディストピアになるのだろうが・・<br><br>出版文化を守るため<br>ぜひ文庫版を買って未読の方はお読みください<br>すでに旧版を持っている方も記念にお買い求めください<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229680.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Apr 2020 11:57:59 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>フロリクス8から来た友人　ハヤカワ文庫から</title>
<description>
<![CDATA[ <font size="4"><strong>92年創元SF文庫版は650円税込　ハヤカワ文庫SF版は1350円+税</strong></font><br><br>購入費用は倍以上になっている<br>これまであまり価格に目がいかなかったが<br>文庫が1,000円を超えるようになったころ<br>時代がかわったなあと思った覚えがある<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/39/cd/j/o0250037015615866380.jpg" border="0"><br><strong>フロリクス8から来た友人 (ハヤカワ文庫SF) 文庫 – 2019/8<br>フィリップ・K・ディック(著)、大森望 (訳)</strong><br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/ff/5a/j/o0640013515615866388.jpg" border="0"><br>これは新訳版ではなく<br>「1992年創元SF文庫版を再文庫化したものです」とある<br>が著作リストは省かれている<br>2015年にだされた4版と同じということか<br>2015年の時点で1,200円+税と<br>初版からほぼ倍の価格になっていた<br><br>年老いて時間ができたら<br>みな読み返してみたいなと思っているけれど<br>ディックを読み切る知的体力が残っているか怪しい<br>「こんな雑で乱暴でつまらない小説だったのか？！」<br>ということにならないように<br>脳に十分な栄養補給を忘れないようにしたい<br>好奇心を失うなと・・
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229663.html</link>
<pubDate>Wed, 27 Nov 2019 16:52:29 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ワダツミの木の物語</title>
<description>
<![CDATA[ 元ちとせ「ワダツミの木」<br><br><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20250613/14/alichapi-book/76/69/j/o0354060015615866371.jpg" border="0"><br><br>以上の部分はCDを聞きながらの聞き取りなので<br>歌詞カード通りではありません<br><br>さて、この歌ほど物語を感じさせた歌は<br>過去なかったように思うのです<br>歌詞とヴォーカルの両方がそうさせるのだと思いますが<br><br>どんな物語なのか<br>だんだんと脚色されふくらんでいきましたが<br>こんな話なのです<br><br>わだつみの木の物語<br>－島の国の王子と娘の物語－<br><br>南の島の国に美しい娘がいた<br>まだ若い王子がその娘に恋をした<br>娘も王子に恋をしたが<br>それは添い遂げられぬ恋だった<br><br>人目をしのび二人は浜辺を歩いた<br>娘の頭には赤い花がいつもさしてある<br>はるか西に赤い花の咲く島があるという<br>そこでなら二人の恋は実るだろうか<br>いつしか二人の思いは遥か西の島に<br>二人が結ばれるその地に思いを馳せた<br><br>王子は娘に言った<br>新月の夜舟を出そうと<br>星の明かりだけをたよりに<br>二人だけの小さな舟で漕ぎ出し<br>遥か西の島へ行こう<br>新月の引き潮のとき<br>王子が隠した舟で落ち合おうことを約束した<br><br>許されぬ二人の恋を島中の者が知っていた<br>二人が島を出るかもしれない<br>父王はその話を聞き及ぶと<br>二人を引き離す謀を命じた<br>こどもをに文を持たせ娘のところにやった<br>次の満月のときに出発を早めよう<br>必ず私はいくと<br><br>満月の夜娘は舟のそばに身を隠し<br>王子の現れるのを待った<br>浜辺を歩くものがあり<br>大きな声で話し合っている<br>王子が結婚することになったと<br>隣の島の国から妃がやってくると<br><br>満月が水平線に落ちかかり<br>夜が明けようとするまで<br>何もできず隠れていた<br>そのまま朝を迎えることはできなかった<br>娘は一人小さな舟を海に浮かべ<br>心当てなく櫓を漕いだ<br>いつしか引き潮にのり舟は沖へと流れ<br>娘は一人舟に横たわった<br>すべては波にまかせて<br>一人娘を乗せた船が島を離れようと<br>しかし立ち去りがたく沖を漂った<br><br>王子は娘の行方が知れなくなったと聞く<br>若い島の男と逃げたのだと告げるものがある<br>浜辺をさ迷い跡を求めた<br>隠された舟はなく<br>その満月の夜海を見ながらただ佇んでいた<br><br>島の漁師たちは満月の夜<br>不思議な舟を見た<br>白いほのかな光は満月の光なのか<br>舟を見とめて近づくと娘が眠るように横たわっている<br>近づこうとすると舟は逃げていく<br>離れようとすると舟は追ってくるようである<br>漁師たちは気味悪がって満月の夜<br>舟をだすのをやめた<br><br>沖をさ迷う舟の話が王子の耳にも届いた<br>臣下の者に糾すと<br>その舟には娘と若い男と二人が眠っていたという<br>王子は悲しみに打ちひしがれたが<br>どれだけか満月の日が過ぎ<br>王は隣の国の姫を娶った<br><br>娘を乗せた舟は島から離れながら<br>しかし引き寄せられて漂っていた<br>いつしか舟は朽ちていき<br>娘の体は海の水に守られるように<br>浮かんでいる<br>その体を水面に支える最後の支えを失うと<br>遠く浅い砂の底に静かに降りて行き<br>足が海の底をとらえたとき<br>いつしか白い大きな木の姿に思いを託し<br>漂うことをやめて一本の木となった<br>海に立つ木は満月の夜<br>赤い花を咲かせる<br>その木は漁師たちだけでなく<br>月の明るい夜に浜から西の海の<br>遠い水平線に浮かんで見えた<br><br>島中の人がその木のことを知り<br>何の化身であろうかと噂した<br>新王の耳には入らないようにと<br>周りのものは口をつぐんだが<br>妃がその話を聞き新王に話をした<br>赤い花の咲く海に立つ木の話を<br><br>新王は島人の姿に身をやつして<br>気づかれぬよう城を抜け出した<br>そして西の海の見える浜辺に立ち木を探した<br>気も狂わんばかりに遠くを見入る男に<br>老人が声をかけた<br>何をさがしているのかと<br>私は娘をさがしている<br>舟出をするはずだったのだと<br>老人は舟に漂う娘の話をした<br>あなたが探しているのはその娘なのかと<br>新王はその舟には誰が乗っていたのかと尋ねた<br>老人はただ娘だけが<br>微笑を浮かべて眠っていたと話した<br>娘だけが<br><br>新王は西の海のかなたに眼をやった<br>傾いた満月が水平線に落ちようとする<br>かなたに白い木が見えた<br>遠くおおきささえ見極められそうもないのに<br>そこに一本の木が見えた<br>海が足を洗うのも気にせずに<br>いつしか海へと入っていく<br>すると赤い花が潮に乗せて運ばれてきた<br>紛れもなく娘のあの花飾りのはなである<br><br>新王は海に身を投げるように泳ぎ出した<br>いつの間にか老人の姿は消え<br>浜辺には新王が残した足跡のみが残っている<br>新王は沖へと向かって泳ぎだした<br>どれだけ遠くともその木のもとに泳ぎ着きたい<br>ひとつ泳ぐたびに<br>木が大きく近づいてくるような気がした<br>どこまでも力の限り泳ぎつづけて<br>新王はついに枝の一つ一つがうかがえるほど近くに<br>泳ぎ着いた<br>しかしそこからは泳いでも泳いでも<br>その木に近づくことができなくたった<br>新王の体はいつの間にか水面を割って<br>海の中へと消えていった<br><br>風にそよぐように枝々がざわめき<br>大きな赤い花が満開となって枝々に咲いた<br>そして新王の体は海に立つ木に旅を続けた<br><br>その日から海に立つ木は見えなくなった<br>そして新王の姿を見たものも誰もいない<br><br>了
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/alichapi-book/entry-12910229652.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jul 2019 23:38:18 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
