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<title>誰かを傷つけてしまったときに見るブログ</title>
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<description>考え事を書き出す場所の一部。人間について、無学で弱い立場から呟こう</description>
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<title>甘え</title>
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<![CDATA[ おはようございます？<div>同じ言葉を立場も関係も全く違う人から同じ日に言われるというよくわからない快挙を成し遂げました。</div><div>はい、タイトルになっている言葉です。</div><div><br></div><div>1度目は「人並みに働けないのはどうしてなのか」という疑問への返答として言われました。</div><div>いい年して、あんまり熱心に働けていないんですよね、私。コンビニでレジ打ってます、高校生がよくやるアレです。</div><div>単純な時間で計測しても「普通の人」の4分の1程度、内容や質を加味するともっと低くなります。</div><div>ですが自分自身では、「自分でも、やれば人の足元程度には動ける」と感動している部分がある（もっとも、仕事量の比較がすぐにできてしまえるほどに、普通の人との差を考えて生きてもいるわけですけど）ので、同級生などの生活を考えるとものすごく、家族への申し訳なさとかで凹んでしまうのです。</div><div><br></div><div>「普通の人以下」という文頭に「自分の子どもは」と付くのが私の親です。家族には家族なりの罪悪感があって、育て方が悪かった、そもそも生んでしまったのがダメだった、などたくさんの言葉を聞いてきたのを、今でもすぐに思い出せます。（おそらく、気にしすぎて私の親も心の健康を損ねている可能性が高いので、そこは非常に申し訳なく思います）</div><div>さて、この度少し仕事量が増えることとなったのですが、私がふと不満を漏らしてしまった時、「無理そうならやめたら？体がついていかないんだろうし」というような内容のことを言われてしまいまして。</div><div>本人からすれば心配してかけた一言だと思うのですが、私には、少し過剰な心配というか「普通じゃないもの」として見られている実感を強く感じてしまうことになりました。いや普通じゃないんですけどね、事実。</div><div>ふと「どうして普通に働けないんだろうね」と投げかけられたので、つい「自分が聞きたいくらいだけどねえ、そういうものなのかも」と返したのです。</div><div>その返事として「甘えなんじゃないの」と。</div><div><br></div><div>たしかに甘えていた…というより「苦労をしていなくて、だらしなくてもなんとか生きていけてしまう」環境に危機感を持たなかったせいというのはあるかも。流されるまま生きてきた感覚。自分で考えることをあまりしなかった気がします。</div><div>親はそれを自分のせいだと強く思って悩んでいる様子ですが、私にはそれがたまらなく辛いです（こればかりは私自身のせいだし）</div><div><br></div><div>2度目は、初記事の件、およびそれよりだいぶ前に自分がしたことと自分の態度に関連して、ですね。</div><div>自分が傷つけてしまった人の恋人さんの言葉（一部）です。</div><div>「（他人を拠り所にする資格が欲しいなら）［普通に考えておかしいこと］に対して、自分はこうなんだ、と主張して自分を正当化することをやめるべき」</div><div>「自分を優先して、他人に負担を押し付けることを、一般的に甘えという」</div><div>現時点で、この言葉が私に向けられたものなのかは不明ですが、高い可能性で私向けだと思われること、そうでなくても、聞いていて考えさせられる言葉だったのでこっそり…。</div><div>どんなに時間をかけてでも、噛み砕いて理解していく必要があると思いました。</div><div><br></div><div><br></div><div>本題（？）ですが、私は甘えという単語が苦手です。</div><div>本当によく言われることだし、じゃあどうすれば良いのか分からなくなってしまうから、出来るなら聞きたくありません（じゃあ甘えるなって話なんです）</div><div>私自身は「自分の内心や本心を全て察してくれる人は家族くらいだから、相手に意図がすべて伝わると考えるのは甘え」と考えている程度ですね。あと、相手の優しさに浸かりこむとか。</div><div><br></div><div>後者なんて、現状自分がしてることなんですけどね…</div><div>昨夜この話を聞いて私がとりあえず感じたことは「自分は、自分しか見えていない人らしい」ことぐらいですからね。あと、確実にその人（私が傷つけてしまった人で、甘えを指摘した人の恋人さん）の負担になっていることを感じた程度でしょうか。</div><div><br></div><div>具体的に「何が」自分勝手で「どの行動が」負担になっているのか、本当にわからないんですよね。言われれば「あーたしかに！それは私でも嫌だ！」ってなるけど、言われるまでわからない。</div><div>連想ができないんですよね、だから似たような失敗ばかり繰り返す。</div><div><br></div><div>自分の精神的到達度がはるかに低いだけな気がします。良い年して子供みたい。</div><div>で、それを受け入れて、これから先どうしようかと考えるわけです。正直これも正当化なのかどうか、検討つきません。正当化って何？</div><div>正当化しないっていうことは、間違いを受け止めて、正すなり反省するなりして次に向かうことだと思うのですが…ううーん…同じに見える…。</div><div>私の態度などから、反省の色が見えなかったりするとか、そういうことなのでしょうか。</div><div><br></div><div>あらゆる言動が「甘え」とか「言い訳」になりそうで、よくわからなくなってきますね…</div><div>あとはその、「そういう気分」の時に殴り書きしてるせいで、どうも乱文になってる気がします…。もっと短くできないのでしょうか！</div><div><br></div>
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<link>https://ameblo.jp/alka-tsuki/entry-12568323580.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Jan 2020 07:08:43 +0900</pubDate>
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<title>歩幅</title>
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<![CDATA[ おはようございます。といっても私はこれから寝るんですけどね。<div>思うところがあって、自分の考えを形にする（ついでにそれを発信する）試みとして、ブログなんていうものを始めてみた次第です。</div><div><br></div><div>ブログ自体は何年も前に戯れで始めて、3日くらいしたら忘れ去っていた記憶があるので、もしかしたらここもそうなるのかもしれません。基本的に考え無しですから</div><div>その考え無しのせいで傷を負って、後悔をしているところからこのブログは始まります。</div><div><br></div><div>今日のテーマをお一つ</div><div>「変われない人間、変われていない人間は許されるのか」です</div><div>人は変われるのか、については先達が散々に議論を交わしているところですし、私自身、「難しいが、心折れずに居れば、いつかは変われる、少しずつでも変わっていたことに気付ける」という結論を持っていますので、ここでは割愛させていただきます…。</div><div><br></div><div>さて、変われない人間とは何か、と言うと、ここではそれとなく「何度も同じようなミスを繰り返し、その度に反省している様子を見せるけど、やっぱり同じミスを繰り返す」ような人を思い浮かべてみてください。</div><div>職場の新人でも、間の抜けたような後輩でも、ドジな先輩でも…探せばきっと、いると思います。</div><div>かく言う私も、同じ失敗を繰り返してしまった身なので、実に耳が痛い話なのですが…</div><div><br></div><div>私の場合「自分の判断を信じ込む」とか「相手のことを考えない（もしくは、自分の都合の良いように解釈する）」というような癖が原因だと考えました。</div><div>だいたいの場合は根本的な原因は考え方、心の癖の問題なので、態様と改善に個人差が強い問題です。</div><div>正直言ってしまうと、それなりに距離を置いたり、ダメそうなら関係を断ち切るなど、対策が無いわけではありません。</div><div>ただ、自分自身とは一生付き合わなくてはならないため、そのような対策をとることができないわけですね（一応、世界と縁を切ることで自分自身との「関係を断ち切る」道があるにはありますが、それは可能性の否定になるので選択肢からは外させていただきます）</div><div>少なくとも私は、繰り返したくて繰り返しているわけではないです。本当に悔やんで、申し訳ないと感じるのです。</div><div>と言っても、結局「同じ失敗をした」事実はあるわけで、傍目からは「どうして繰り返すのか、きっと反省していないのだ」という捉え方になるのも当然のことです。</div><div>それはきっとその通りで、私のようなモノは「心の底から反省なんてできていなくて、その場しのぎで反省したフリをしている」とか「心から悔いて、改めようとするけど、何度も躓く」とか、様々なところで解説されているように、頭が良くないんだと思います。</div><div>そういう人たちが身近にいると、この人はどうして繰り返してしまうんだろうと疑問を投げかけることでしょう。不思議なことに、私達も、自分自身に問いかけを繰り返しているのです。</div><div>繰り返したいわけじゃない。それは私なりの本心ですし、嘘偽りはないのですが、周りからすると「じゃあしなければ良い、しないように少しでも変わるべきだし、変わろうとするなら、全く同じことは繰り返さないだろう」となるわけで、結局のところ、言い訳ですね</div><div>犯罪の追及のようなもので、目に見える結果があるのに「そんなつもりはなかった」なんていうのは許されませんよね。</div><div><br></div><div>当然ですが、そのような人たちからは「実害を受ける前に離れる」のが一番賢い方法です。なにせ、無意識に周りを傷つけているようなものですからね。一種のテ○ですよ。</div><div>私も、周りを傷つけて、後になって、気付いて、今に至ります。</div><div>私が過去に傷つけて、そのことを謝って、変わりたい、これから変わると言った相手がいるのですが、その人に呆れられてしまうくらい見事に、同じことを他の人に対して繰り返してしまいました。</div><div>変わろうとする自分を受け入れて、ついていてくれた人の期待を、変われなかったことで損ねたのです。</div><div><br></div><div>視点を変える…というより、自分を否定したくない浅ましい願望の現れでもありますが…</div><div><br></div><div>「いまは変われなかったけど、諦めなければこれから先変われるんじゃないか？」</div><div><br></div><div>と。</div><div>口だけのように見えるけど、口すらも動かさなくなったら本当に「変われなかった」まま終わるような予感がします。</div><div>なので私は「何度繰り返してしまったって大丈夫」だと思います。</div><div>むしろ、「繰り返してしまった」ということに気づけたことが、前に進む可能性になり得るのではないでしょうか。</div><div>今の自分に失望して見限られた。それはどうしようもないことです。だって失望されるようなことしてるんだもん。</div><div>それが辛いと思ったら、辛いと感じたことを受け止める。受け止めて、できれば何かに書き留めるだけでも、大きな一歩だと思います。</div><div>心さえ折れなければ、歩き続けられるんです、私はそう思いたい。歩幅は、人それぞれだから、足踏みのように見えてもこれは先に進んでいるのです。</div><div><br></div>
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<pubDate>Fri, 17 Jan 2020 07:23:23 +0900</pubDate>
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