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<title>マヨラサーティーン　土方の始末書</title>
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<description>ネットでしか出来ないやり方で皆に励まし続けたい、希望を綴りたい。</description>
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<title>個性と才能の差</title>
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こういう声もあります。「私の友人には、スポーツや勉強ができる人など、個性的な人がいます。でも自分には、これといった取り柄もなく、自分が本当につまらない人間だと思ってしまいます。個性には才能が必要なのでしょうか」とただ、個性と才能は別問題です。個性は一生のものであり、人格や生き方も含めた「全人間的」なもんです。人生と社会の荒波と戦うなかで磨かれていくもんです。自分らしく貫いていく生き方のなかに、個性は光、強まっていく。スポーツがよくできる人や、勉強がよくできる人は華やかでしょう。地道に努力していて
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<dc:date>2011-03-26T01:35:55+09:00</dc:date>
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<title>個性的ってどんな人</title>
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今回のテーマは個性です。個性的というと「人と違った格好が堂々とできる人」「面白い人。人と違うことをする人」「周りの人の意見に流されないで、自分らしさを知っている人」「個性とは外見ではなく、その人の生命からにじみ出てくるもの」人それぞれですが、だれもが「個性的」ということは良いことだと考えていると思います。その一方で「個性的だといじめられる」という傾向性もあるようです。矛盾しているようですが、みんなと同じ格好をして、みんなと同じ物を持っていないと「あいつは違う、変だ」とか言われる。だから、自分の個
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<dc:date>2011-03-24T02:20:11+09:00</dc:date>
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<title>市に虎有り</title>
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むかしむかしのお話です。中国の魏という国に龐葱（ホウソウ）という立派な家来がいました。名前は広く知られており、王様からも大事にされていました。 多くの家来の中には、正しいことを真っ直ぐに行うホウソウをねたんだり、煙たく思うものもいました。 あるとき、魏の王子様が他の国に預けられることになりました。 王様は信頼するホウソウにお供をするよう命じました。「おい、聞いたか。ホウソウがいなくなるぞ」「これでうるさいことを言われなくてすむ」 「まったくだ。これからが楽しみだ」国のことよりも自分のことばかりを
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<dc:date>2011-03-23T00:57:19+09:00</dc:date>
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<title>自分の夢を親が理解しない</title>
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自分の将来の夢を、親が理解してくれない。自分の将来だから自分で自由に決めたい！という意見もあるが、これはケース・バイ・ケース。親のほうが、経験のうえからも、社会を見る目からも、正しい考え方、見分け方をしている場合もある。未経験の人が、経験ある人に相談・指導を受けながら、安全な、価値ある方向に行ったほうが賢明な場合も多々ある。とくに、東洋的な思想には、そのような傾向が強くある。親の言うとおりにして、順調に進んでいる場合も多い。だが、若干、親が古い考え方である場合とか親の思いやりの過重さが災いとなっ
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<dc:date>2011-03-22T00:29:07+09:00</dc:date>
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<title>自分を支配できる人が自由人</title>
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「一番苦しい時が、一番楽しい」いい言葉だ、自由とは、不自由と表裏一体です。いちばん多忙な人は、いちばん不自由なようで、いちばん本当の自由を謳歌している。時間的な自由というのは「空（くう）」です。時間の長さは基準にならない。時間がたくさんあるから自由とは言えない。問題は、中身です。同じ時間でも、自由を満喫している人もいれば、不自由を感じて文句を言う人もいる。同じ一時間でも、テレビを見て、あっという間に過ごしてしまうこともあれば、勉強をして充実して過ごすこともある。その一時間で、人生の大きな転機を迎
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<dc:date>2011-03-21T17:44:58+09:00</dc:date>
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<title>自分自身からは逃げられない</title>
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やるべきことから「逃げる」のは「自由」ではないのか。もちろん「逃げる自由」もある。 しかし、それは小さな自由だ。最後は、何の力もない、ひ弱な自分になり、行き詰まり、最大の不自由の人生になってしまう。小さな自由に対して、大きな自由もある。「苦に徹すれば珠となる」という吉川英治（小説家）の言葉がある。苦しんで苦しんで自分を磨きぬいていけば、珠のように厳然と輝く自分になれるんです。「珠」となれば、何ものにも負けない。自由で勝利です。それを自覚していれば「苦労」でさえ楽しみです。自分が決めて、あえて苦労
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<dc:date>2011-03-21T13:34:45+09:00</dc:date>
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<title>自由とは、どんな境遇にも負けない強さ</title>
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今回のテーマは「自由」についてです。「君は自由か？不自由か？」と聞かれると、大半の人は「不自由だ」と感じる時がある。「学校の規則が厳しすぎる。携帯ダメ、茶髪ダメ、靴下もうるさい、指定以外のカバンもダメ。」「スカートは、ひざが隠れてないとダメ。そんな学校はイヤだ。」との声もよく聞く。また、親の干渉がイヤだという意見もあります。家で自分あてに電話がかかってくると「誰から？」と聞かれる。夜、行き先を告げて外出しても、何度も携帯で呼び出される。「愛情と取ることができない場合があります」と。不満がいっぱい
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<dc:date>2011-03-21T03:07:25+09:00</dc:date>
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<title>青春の語源</title>
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ところで「青春」の語源は何だろうか？それは昔、中国で「春」の色を「青」としたことに由来する。春夏秋冬の四季に、それぞれの色があるとして「青春」「朱夏（しゅか）」「白秋（はくしゅう）」「玄冬（げんとう）」と呼んだ。詩人の北原白秋は、この白秋です。朱夏の朱は赤いこと。玄冬の玄は黒いということ。それぞれ季節の感じがよく出ている。人の一生で言えば、幼少年時代は玄冬。万物が萌え出ずる春に備えて、大地の下にエネルギーを蓄えている。そして、時来たり、青春の季節になれば、生命は一斉に「伸びよう！」「花開こう！」
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<dc:date>2011-03-20T02:32:39+09:00</dc:date>
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<title>正義</title>
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正義について、一番の問題は「正義なんて気恥かしい」という風潮だと思います。「正義というと、何か偽善のようで嫌いです」という人もいるようです。ただそれは、よく解釈すれば、青春の潔癖さの現れとも言えるかもしれない。太宰治に「正義と微笑み」という小説がある。十六歳の俳優志望の青年の日記です。彼は書く。「僕はひどい偽善者なのかも知れん。よくよく気をつけなければならぬ。十六から二十までの間に人格が決定されるといふ説もある事だ」「けれども、あまり固くなって『重厚』になりすぎてもいけない。微笑をもて正義を為せ
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<dc:date>2011-03-19T03:35:07+09:00</dc:date>
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<title>１、夢を掴んだやつより夢を追ってる奴の方が時に力を発揮するもんでさァ</title>
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お久ぶりです、こんばんは、マヨラ１３です。今日は「芸術との語らい」がテーマです。ただ、「芸術」と言うと、どうしても堅苦しい感じがしてしまう。 でも、鳥の歌を堅苦しいとは、だれも思わないでしょう。野原一面の花たちを堅苦しいとは、だれも思わないでしょう。月の光に爛漫の桜が浮かび上がっていれば、だれもが、はっとするでしょうし見とれてしまうでしょう。 青空を見て「ああ、すばらしいな」と思う。川のせせれぎに聞きほれて、耳が洗われたような気持ちになる。その心が「美」を愛する心であり、芸術・文化の心なんです。
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<dc:date>2010-09-21T00:50:39+09:00</dc:date>
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