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<title>父のALS記録 / 2018年〜現在まで</title>
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<description>2018年11月、父がALSと診断されました。当時を振り返りながら、診断された日のこと、参加した治験、役立ったアイテム、現在までの進行、家族としての気持ちを記録します。</description>
<language>ja</language>
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<title>ALSを知ってから、障害を見る自分の感覚が変わってしまった</title>
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<![CDATA[ <p>ALSを知ってから、<br>自分の中で変わってしまった感覚がある。<br><br>こんなことを書くのは、少し怖い。<br><br>誰かを傷つけてしまうかもしれないし、<br>自分でも「こんなふうに考えるのはよくない」と思うから。<br><br>それでも、父がALSになってから、<br>私は時々こんなことを思ってしまう。<br><br><br>片腕が使えなくても、もう片方の腕が使えるなら。<br><br>両腕が使えなくても、足が動くなら。<br><br>歩けなくても、手が自由に動くなら。<br><br>「それなら、全然いいじゃん」<br><br>そんなふうに思ってしまう自分がいる。<br><br><br>もちろん、実際に腕や足を失ったり、身体の一部が動かなくなったりすることが「大したことではない」なんて、まったく思っていない。<br><br><br>その人にしか分からない苦しさや不便さ、<br>喪失感があることも分かっている。<br><br>障害に優劣をつけたいわけでもない。<br><br><br>それなのに、ALSを知ってしまってから、<br>私の中の「身体が動かなくなること」に対する基準のようなものが、変わってしまった。<br><br>父にALSの疑いが出た頃。<br><br>まだ父は歩けていた。<br>自分で食べることもできた。<br>身体を自分で動かすことができていた。<br><br>それでも当時の私は、怖くて仕方がなかった。<br><br>腕が少し上がりにくい。<br><br>それだけでも、これから先に起こるかもしれないことを考えて、ものすごい恐怖と絶望を感じていた。<br><br><br>でも今は、あの頃に戻りたいと思う。<br><br>戻ってほしい。<br><br>あの状態が、<br>ずっと続いてくれていたらよかったのにと思う。<br><br>今の私から見れば、<br>「腕が少し上がらないくらい、全然よかった」<br>と思ってしまう。<br><br>あの頃の私が聞いたら、<br>きっと信じられないと思う。<br><br>あんなに怖くて、<br>あんなに絶望していた状態なのに。<br><br>今は、その頃の父に戻ってほしいと願っている。<br><br>ALSの残酷さのひとつは、<br>「今日が一番いい状態かもしれない」ということなのだと思う。<br><br>父の場合、進行はゆっくりだった。<br><br>それでも、止まったわけではなかった。<br><br>ゆっくりでも、少しずつ。<br>年月をかけて、確実に進行してきた。<br><br>「これ以上、進まないでほしい」<br><br>何度そう思っても、<br>ずっと同じ状態でいてくれるわけではない。<br><br>だから私は、いつの間にか「できなくなったこと」だけではなく、「まだできていること」を見るようになった。<br><br>ALSは、手足が動かなくなるだけの病気ではない。<br><br>進行すれば、話すことや飲み込むこと、自分で呼吸することまで難しくなる可能性がある。<br><br>父は今も、自分の口から食事をとることができている。<br>飲み込むこともできる。<br>呼吸もできている。</p><p>&nbsp;</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260908/14/als2018/51/eb/j/o2816153615820143987.jpg"><img alt="" height="229" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260908/14/als2018/51/eb/j/o2816153615820143987.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p><p><br>だからこそ、それがこのままずっと続いてほしいと思う。<br><br>今ある機能を、これ以上ひとつも失ってほしくない。<br><br>そんな経験をしてきたからなのかもしれない。<br><br>身体のどこかに不自由があっても、それ以外の機能が保たれている人を見ると、<br><br>「そこがずっと残るなら……」<br><br>「それだけなら、全然いいじゃん」<br><br>と考えてしまうことがある。<br><br>そして、そのたびに自己嫌悪になる。<br><br>その人にはその人にしか分からない苦しさがある。<br><br>歩けないことも、<br>腕が動かないことも、<br>身体の一部を失うことも、<br>決して「それだけ」で片づけていいことではない。<br><br>頭では分かっている。<br><br>誰かの苦しみと父のALSを比べても意味がないことも分かっている。<br><br>それでも、心が勝手に比較してしまう。<br><br>ALSを知る前の私だったら、<br>「歩けなくなる」ということだけでも、<br>想像できないほど怖いことだったと思う。<br><br>でも今は、<br><br>歩けなくても、手が動くなら。<br><br>手が動かなくても、自分で呼吸ができるなら。<br><br>自分の口で食べられるなら。<br><br>自分の声で話せるなら。<br><br>そんなふうに、「残っているもの」を見るようになった。<br><br><br>父にALSの疑いが出た頃、<br>私はあの状態を絶望だと思っていた。<br><br>今は、その頃に戻りたい。<br><br>人間は、そのときには分からないのかもしれない。<br><br><br>失って初めて、<br>「あの頃は、まだこんなにたくさんのことができていたんだ」と気づく。<br><br><br>今日できていることが、<br>明日もできるとは限らない。<br><br>だからこそ今は、<br>父が今日できていることが、<br>できるだけ長く続いてほしいと思っている。<br><br><br>ALSを知ったことで、<br>私の「身体が動く」ということへの感覚は、確実に変わった。<br><br>そして時々、<br>そんなふうに変わってしまった自分自身にも戸惑っている。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/als2018/entry-12978125075.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Sep 2026 07:19:22 +0900</pubDate>
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<title>父がALSと診断されて約8年。家族の記録を残します。</title>
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<![CDATA[ <p>はじめまして。ルナです。<br><br>私の父は、2018年11月に難病であるALS<br>（筋萎縮性側索硬化症）と診断されました。<br><br>診断から年月が経ち、父の体や生活、<br>そして家族を取り巻く環境も大きく変わりました。</p><p><br><br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20260908/14/als2018/a9/5f/j/o1408076815820137242.jpg"><img alt="" height="229" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20260908/14/als2018/a9/5f/j/o1408076815820137242.jpg" width="420"></a></p><p><br><br>私は当時、父がALSと診断されてからの出来事や、そのときに感じたことを日記に残していました。<br><br>その記録を新しい形で残しておきたいと思い、<br>noteであらためて書いていくことにしました。<br><br>このブログでは、<br><br>* ALSの可能性を告げられた頃のこと<br>* ALSと診断された日のこと<br>* 治験に参加したこと<br>* 藁にもすがる思いで試したもの<br>* 実際に買ってよかったもの<br>* 2018年から現在までの進行の記録<br>* ALSの父を支える家族としての気持ち<br>* 父と行く国内外の旅行について<br>* 治療や介護にかかるお金のこと<br>* 施設に入るまでのこと、入ってからのこと<br>* 延命治療について<br><br><br>などを、詳しく書いていく予定です。<br><br><br>過去の記録をただ載せ直すだけではなく、<br>年月が経った今だから分かることや、<br>今だから書ける気持ちも加えたいと思っています。<br><br><br>診断されたばかりの頃は、<br>この先どうなるのか分からず、ただ必死でした。<br><br><br>あれからもうすぐ8年。<br><br><br>振り返るのがつらい出来事もありますが、<br>父と家族が歩んできた時間を、<br>少しずつここに残していこうと思います。<br><br><br>同じ病気と向き合っている方や、<br>そのご家族にとって、私たちの経験が<br>少しでも参考になればうれしいです。<br><br><br>よろしくお願いします。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/als2018/entry-12978121487.html</link>
<pubDate>Tue, 08 Sep 2026 14:04:06 +0900</pubDate>
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