<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>呪禁師・羽々桐鷹也の徒然なる雑記</title>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/amanohabakiri310/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>かつて歴史の闇に消えたとされる、呪禁道と呼ばれた古代神秘学法術を学ぶ羽々桐鷹也のブログです。魔法、魔術、呪術と呼ばれた古代より続く神秘の術。それらを学び探求した事の体験や思った事などの雑記、師から教えられた話などを徒然と書いていこうと思います。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>久々に。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>お久しぶりです。</p><p>まあなんというかここ数年色々ありました。激動の時代です。</p><p>こういう時に注目されるのが陰謀論と言われるものですね。</p><p>コロナの裏には●●が、ワクチンには●●が、政治の裏に●●が……と。</p><p>そういうものを見るたび哀しくなりますね。ああ、人はどこまで「悲劇を喜び群がるのだろう」と。</p><p>ネットで陰謀論をもてはやしても、陰謀論を叩いても、何も変わらないんですよね。</p><p>そんなことでは人を、自分を救う事は出来ない。</p><p>結局は個人個人が、人の道理、天の道を少しずつ進んでいく事が大事なわけです、地道に。</p><p>&nbsp;</p><p>さて今日も訓練。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12876360673.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Nov 2024 22:51:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>「神の独占」の反響の話</title>
<description>
<![CDATA[ <p>私が原作をした「神の独占」を読んだ読者の方々が、「この話の霊能者の気を吸ったり吸われたりというのに心当たりがありますが、●●という霊能者でしょうか」とメールをくださった。それはは全く別の方だったので「違います」と返答しておいたが、そういう霊能者の話は心当たりある、という反響がいくつか来た。<br>ちなみにその方が言っている霊能者は、誰もが知っている有名霊能者の名前でした。<br>その有名霊能者たちのファンクラブにはいっていたが、やがてそれが怪しい悪質なペテンだと気づいて離れた。しかし霊能者たちからの念などで、自分や家族に悪影響が来ないか心配だ、という相談でした。<br>よほど大金つぎ込んで霊能者から名前を憶えられて親しくしたような、いわゆる「カモネギ」でないならば、いちいち霊能者も覚えて固執しないから大丈夫でしょう、と答え、自身を強化する基本行を伝えておきました。まあそもそも連中に「逃げた金づるに呪いや霊的攻撃をかける力」がそもそも無いのですが。<br>私に対して「死霊を送り付ける」と言ってきた霊能者様も何の力も持ってなかったし。<br><br>ちなみに、ちゃんと作中の「神の名を登録した宗教者」「法術を盗もうとすり寄ってきてた自称安部晴明の子孫」も実在します。いるんですよ、漫画のキャラかっていうような変な霊能者は。<br><br><br><br>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12381339678.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jun 2018 22:13:03 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>水子についてクレームが来た話。</title>
<description>
<![CDATA[ <p><br>十凪先生の作画で、漫画を出させていただいたわけですが、「本当にあった笑える話」にも作品を描かせていただきました。<br>その作中に、「霊能者や僧侶が水子が祟るから供養しろというのは悪質な霊感商法」と言及したのですが、クレームが来ちゃいました。それも出版社を介さず直接に。<br>いわく、「水子で救われている人もいるんですよ」とのことでした。なるほど、何も読んでいないか読解力が無いか。<br>作中で、「亡くなった子の供養は大切、手を合わせて線香の一本でもあげればいい」と言っています。そう、亡くなった赤子の供養を否定しているわけではなく、「わざわざ霊感商法の餌食になって高い金を詐欺師に貢ぐ必要はない」という、ただそれだけなんですよ。<br>そして、水子……亡くなった嬰児の霊はどうあっても親兄弟を呪い祟る事は絶対にありません。<br>「水子が祟る」と発言する霊能者、宗教者、占い師などは例外なく嘘つきか無知、そして偽物です。一人の例外もありません。<br><br>「あなたの子は産まれることが出来なかったという理由で親兄弟を恨み呪い、障りを引き起こすような、身も心も化け物です」<br><br>こう言っているのですよ、彼らは。<br>そしてそれを信じる人も、「うちの子供は化け物だ」と認めているわけです。<br>そして、「この常世と来世の安らぎ、幸せを願い供養する」のではなく、「自分が呪われないために除霊する」となってしまうわけです。これでは赤子は浮かばれないのではないでしょうか。<br><br>「水子で救われている人もいるんですよ」<br><br>これは、「救われている」のは果たして誰なんでしょうね？<br>自分に起きた不幸、不運をすべて水子に押し付けて、自分が救われたいだけではないのか？<br>「祟るから供養する」なら、祟らなければ供養しないのか？<br>水子商売という卑怯でゲスな霊感商法に喜んで飛びつく人たちは、よく考えてほしいものですね。<br>その上で、どちらを選ぶかはあなた次第です。<br><br>亡くなった幼子を化け物として扱い、霊能者や宗教にお金を払って自分の安全を求めるか。<br><br>それとも、真心を込めて手を合わせ、ただ常世と来世での安らぎを願うか。<br><br><br>選ぶのは、あなた自身です。<br>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12367543762.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Apr 2018 14:05:43 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>心は心を離れて認識することは出来ない</title>
<description>
<![CDATA[ <p>その立場にならないと人は理解ができない。｜幡野広志｜note（ノート） <a href="https://note.mu/hatanohiroshi/n/n454ca05522ed">https://note.mu/hatanohiroshi/n/n454ca05522ed</a></p><p><br>　このブログ記事を読んで考えさせられた。法術には、「心は心を離れて認識することは出来ない」というのがある。それはわかりやすくいうならまさに、その立場にならないと人は理解ができない、ということだ。<br>　人間は、知らないことは想像できない。考えることが出来ない。「いやそんなことはない、知らない事も想像できる」という人は、たとえば「ぽげらんししきはっも」について想像してほしい。これがどういうものか、私は知っている。その私の知っている「ぽげらんししきはっも」を想像してほしい。ヒントは一切ない。想像できただろうか。<br>　無理であろう。仮に適当に想像したとして、それは私の知っている、正しい「ぽげらんししきはっも」とは全く別物だ。「貴方が知らないものは貴方は知らない」という当たり前のことが理解できただろう。<br>　ではこれにヒントをいくつか与えたとしよう。</p><p>　そうしたら、そのヒントから連想し、想像できるだろう。<br>　ヒントから連想するという事は、そのヒントの単語から、自分の記憶の断片を引き出し、パッチワークのように構成して、再現するという事だ。</p><p>　つまり、「知っていなければ」想像は出来ない。<br>　これは「ぽげらんししきはっも」に限った事ではない。<br>　人は体験し、理解した事しか知らないのだ。頭で知識情報として知ったつもりになっても、実際に体験し、心から理解し、体得しないと意味が無い。<br>　先のブログ記事に書かれた相談者の方は、自分の身内が「それ」を体験し、そしてそれを通じて自分が当事者になったことで、初めて自分のしてきたことを「体験」した。<br>　それでようやく、自分のしてきたことの重さを心から理解することが出来た。自分が体験したから、「他人の身になる」事が出来たわけだ。<br>　よく「他人の身になって考えましょう」という言葉がある。しかし、それは実践するのは難しい。その他人の立場を「体験」しないと、他人の身になって考える事は難しいからだ。強いイメージ力を有するか、実際に体験しない限り。<br>　体験は宝である。<br>　多くの体験を重ねることで、心は広がる。大きくなり、深くなる。他人の事も考えられるようになる。どうすれば人が喜ぶか、どうすれば嫌がるか、自分の事のように考えられるようになる。<br>　喜びも、悲しみも、怒りも、苦しみも、全ては自分を大きくるための糧だ。教師だ。<br>　殴られた痛みと恐怖と絶望を知らなければ、殴られた痛みと恐怖と絶望を想像できない。殴られた人がどのような痛みと恐怖と絶望を持つのか、知らないし想像できない。故に、考えなしに人を殴ることが出来る人間になれる、というわけだ。</p><p>　良い事も、悪い事も、多くを体験してほしい。ただし、「だから悪事を働いてもいい」という事では決してない。大切なのは、想像力、イメージ力を鍛え、養う事だ。一番いいのは、物語を読むことだ。想像しながら、イメージをえがきながら、主人公たちの人生を自分の出来事のように体験する。頭で読むのではなく、心で読んでいこう。</p><p>　そうすることで、少しでも、自分は、自分の心は広がっていき、自分を変えていけるはずである。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12367007977.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Apr 2018 12:11:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>久々の更新</title>
<description>
<![CDATA[ <p>しばらく更新してませんでした。すみません。</p><p>先日、私が原作・監修をした単行本が発売となりました。</p><p><span style="background-color:#ffcc00;"><a href="https://www.amazon.co.jp/法術師・羽々桐鷹也の怪奇な事件簿-羽々桐-鷹也/dp/4821144654/ref=sr_1_1?s=books&amp;ie=UTF8&amp;qid=1522337136&amp;sr=1-1" target="_blank">法術師・羽々桐鷹也の怪奇な事件簿</a></span></p><p>なんかこれが出てから、法術の入門希望者が増えたという話もあります。それが本当なら貢献できたという事でうれしいですね。</p><p>内容的に結構好き勝手やらせていただいたので、心霊オカルト好きの方には結構嫌われそうだとも思っていたのですが。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12364297144.html</link>
<pubDate>Fri, 30 Mar 2018 00:34:41 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>新年あけましておめでとう</title>
<description>
<![CDATA[ <p>あけましておめでとうございます。</p><p>今年は面白い企画が動いています。今はまだ言えませんが。</p><p>色々とよろしくお願いします。</p><p>今年も頑張らねば。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12234305393.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Jan 2017 17:28:27 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ずっと放置してたので久々に。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ずっと放置してたので久々に。</p><p>相変わらず忙しい訓練の日々です。その中で変なのに絡まれたり、スパイが近づいて来たりとかいろいろありました。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、本日発売の「本当にあった笑える話　世にも奇妙な恐怖体験」に私の話が掲載されました。同社から出た十凪高志先生の「心霊物件に住んじゃった」にも出演させていただきましたが・・・</p><p>&nbsp;</p><p>誰だこのイケメン。</p><p>&nbsp;</p><p>まあ漫画だからね。演出は大事だね。</p><p>んで、漫画に描かれた話ですが、特定されないように色々と変えたり盛ったり削ったりしています。でも起きた事は事実です。</p><p>あの人形を見た時、「ぞわり」と来ました。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12227910677.html</link>
<pubDate>Mon, 12 Dec 2016 10:37:10 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>バーチャルリアリティと法術についての考察（というほどでもないけど）</title>
<description>
<![CDATA[ 先日、サンシャイン60の展望台に行きました。展望台は先月末にリニューアルして、スカイサーカスという新しい展望台になりました。<br>何故、私がそこに行ったかと言うと。<br>バーチャルリアリティを体験できるからです。すでに販売されている「Vive」というVR機器を使った、人間大砲型のマシンに乗り込み、未来の東京の名所をフライトできる「TOKYO弾丸フライト」と、<br>池袋の街を上空から疾走し、風を切ってリズムに乗って滑空するブランコ型体感コースター「スウィングコースター」というものが体験できるのです。<br>単なる遊びではなく、これらはつまり「実際の世界とは違う世界を体感できる」と言う事から、術に役に立つのでは……と。<br><br>んで、体験してきたのですが……改めて、「視覚と聴覚」の凄さを思い知りました。本当に空を飛び、何十メートルも落ちたり跳ねたりしてる感覚がある。<br>弾丸フライトでは、自分が終わった後あらためて次の人達がやっているのを見たのだが、確かに人の載った砲台型の乗り物ががっくんがっくん動いている。しかし、あの動き程度では、あそこまでの感覚は感じるはずがない……それぐらいに本当に「落ちていた」。<br>スウィングコースターでは、ブランコは揺れてもいないのに、体全体が振り回される感覚が確かにあった。<br>視覚がこんなにも全身の感覚を支配するのか……と、改めて「心の言語である映像」の力を思い知ったわけです。<br>そして、これは法術の修行に役に立ちそうだ、とも。<br>法術の通信講座には、ＤＶＤ動画が付属します。玄光と呼ばれる光の玉をイメージし、四魂の存在を心に覚え込ませるための補助として使う映像ですが……<br>それをＶＲで使うとどうなるか。ヘッドマウントディスプレイで視界いっぱいに広がる闇に浮かぶ玄光の玉。あるいは識神。それが単なる平面の映像ではなく、もうひとつの世界として真に至るリアルさで映されるなら……<br>心への浸透効果はもの凄いものだろう。<br>360°動画の薄暗い部屋の中に、光の玉が浮かんでいるというＶＲ動画があれば、それはまさに己の心に玄光を覚え込ませるという行のもの凄いブーストが期待できるのではないか、と。そう思うのです。<br>誰か作ってくれませんかねえ。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12163243729.html</link>
<pubDate>Mon, 23 May 2016 12:21:58 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>聞くだけで効果のあるありがた～～い呪文、お経、祝詞など</title>
<description>
<![CDATA[ 皆さまは、「聞くだけでご利益がある、唱えるだけでご利益がある呪文や祝詞、お経がある」と言われたらどう思いますか？<br>おお、なんと素晴らしいのだ、ありがたいありがたいと思うか、そんなものは無いと思うか。<br>世の中には前者のように思う人が多く、そういう人達をカモにした商売が多々あります。<br>特に、一部……いや、多数の神官僧侶は、「聞くだけでご利益がある」などと言ったりしています。そんなものあるはずないのに。誤解の無いように言っておくと、全ての神職僧侶がそうだと言っているわけではありません。私も神社仏閣を訪れるのは大好きだし、立派な方々も存じている。某神社の某祈願祭とかとても素晴らしいものでした。<br>しかし、そもそも言葉そのものに「力」なんてないのです。呪文を唱える事で波動がうんぬん、とかいう人もいますが単なるバカの妄想です。言葉は「意味が通じる」事で初めて力を持つのです。日本語を知らない外人に、笑顔で「馬鹿、死んでしまえ糞野郎」と言ったところで彼にマイナス効果が起こるでしょうか？<br>言葉とは、「意思を伝えるためのコミニュケーションの方法」だと言う事です。<br>お経や祝詞とて、そこには意味があるのです。そう、意味です。ですが、その意味を伝えることなく、ただ唱えるだけで効果があるという人達がいる。<br>そういう連中は信用に値しない。相手が理解する事が出来ない、様々な状態で理解したくても難しい……そういう時になって初めて、「これを唱える、聞くと神仏が護って下さる、力を貸して下さるよ」と言い、聞かせる。それならいいし、それでいいのです。が、最初から「ありがたい利益」を謳っていたらそりゃ詐欺だろう、と。<br><br>ということを言ったら、こう言ってきた人がいました。<br><br>「意味の解らない言葉を延々と聞かされることで催眠効果があるんです、神社仏閣はその効果を増大させる設計がされているのです」<br><br>……馬鹿？<br><br>お経などは、「教え」なんですよ。仏陀をはじめとした賢者たちが記した教え、それを人々に「教える」ために残されたもの。<br>それを「意味の分からない言葉を聞かせることで催眠状態に」って、教えは何処に行った？<br>それをい言ったらもう怒る怒る。まあ別にいいんですけどね。私は「教えの意味を理解もせず聞くだけで利益があると言って商売してる糞坊主や糞神官」に対して、そういう奴は信用できん、といっただけなのにね。まともな神官僧侶の方からしたら怒る要素無いはずなのに。<br><br>……そしてあとからちょっと調べて見たら、案の定「聞くだけで効果がある」というふれこみで売ってるスピ商売の人と判明。<br>識神の本でも作ろうか、と言ってたらやたら「出たら買います」と言って来ててなんか変だなと思ってたけどそういうことか。<br>怖いねぇ。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12162875598.html</link>
<pubDate>Sun, 22 May 2016 11:09:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>チベット魔法の書を呼んで</title>
<description>
<![CDATA[ 　識神の本を記そうと思った動機の一つが、やはり「タルパ」である。しかし私は実は、タルパを頭から否定するわけではない。私が警鐘を鳴らすのはあくまでも「ネットでねじ曲がって広まったネットタルパ」である。<br>　タルパを日本に紹介した初めての本は「ファウスト博士の超人覚醒法」と思われる人も多い。実際に、タルパが一気に有名になったのはその本である。<br>　だが、そのさらに源流として、アレクサンドラ・デビッドニール女史の「チベット魔法の書」がある。前々より読んでみたかった私は、今回のことを機に資料として取り寄せ、読むことにした。<br>　そこに記されていたタルパは、やはりネットタルパとは違うものだった。白人としての著者の立場から客観的かつ中立的、そして修行者、ラマ僧としての立場からしかと記されていた。<br>　しかしその中で、「守護神イダム」というものが非常に興味深かった。<br>　タルパと同じ想念体であるが、己の設定した守護神をひたすら観想し作り上げる。数ヶ月、数年の間、許された食事と睡眠の時間以外はひたすら、である。そうすることで力在る幻想が生み出される。触り、喋り、行動する、術者にしか見えぬ生きているようにしか見えない幻想。<br>　その生きた幻想を完全に制御するようになれば、悪霊との戦いにおいては自らがそのイダムを纏い、戦うという話まである。<br>　だが、修行者は「これは幻覚でしかない……」と疑う事もある。そうなった時、師はもう一度イダムの行をやり直させるという。<br>　やがて修行者は、イダムが自分の心から作り出されたものであり、それ以外の何者でもない。神々も悪魔も、宇宙さえも心の中より浮かび上がったものである蜃気楼にすぎない」という確信に至るという。それが師が伝えたかった真理である、と。<br>　これは法術の教えそのものだ。神仏もいない、世界の全ては己の心で出来ている。チベット密教には、このような素晴らしい技術と教えが存在するのだ。<br>　……しかし、この本に書かれていた素晴らしい技術と文化はほとんどが失われてしまった。中国によって。<br>　失われたものは戻ってはこない。悲しいことだと思う。<br>　吉田先生が、法術を遺さねばならないと思ったのが、とてもよくわかる。喪われたものは二度と還ってこない。<br>　秘技伝統は、やはり伝え守らねばならないのだ。<br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amanohabakiri310/entry-12153491070.html</link>
<pubDate>Sun, 24 Apr 2016 16:03:26 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
