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<title>アナザーサイド.オブ.ライフ</title>
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<title>私のレコードは今日も回る</title>
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<![CDATA[ <p>78年以降、レコード購入枚数は極端に減りました。これは実に83年くらいまで続くのですが、その理由はハッキリしています。特に音楽鑑賞に興味が無くなったという訳ではありません。</p><p>他に猛烈に関心が向けられたためです。それは読書です。77年の秋頃から私はそれまで本一冊読んだものは、2,3冊くらいだったのですが、猛烈な読書の虫になってしまったのです。そのジャンルは、ほとんどが宗教とかスピリチュアル(こういう呼び名は当時は無かった）ばかりで、何だかこの世の住人でなくなったような感もあります。その辺りのことは、私のもう一つのはてなブログ「人生の裏側」に譲りますが、貧しい貧乏学生だった故、とてもレコードには お金が回らなかったのです。</p><p>枚数が少ないので、印象に残っているレコードはすぐ思いつきます。というより78年については衝撃的過ぎて、“これ一択“しかない！...いや、それまで聴いて来たどのレコードよりも衝撃を受けたと言っていいかもしれません。それは、シャンソン歌手マリー.デュバの仏patheから出ていた2枚組で、詳しいことは2016年10月8日「幻覚のタンゴ」の記事に書いてあります。</p><p>他では、フォルクローレのアタウアルパ.ユパンキのビクター録音初期の演唱を集めた「インディオの道」など。このジャンルのものは初めて買ったのですが、前年だったか前記マリー.デュバと共に大学の音楽視聴室で聴いていたのです。前年あれほど夢中になっていたオールド.ジャズはこの年は、三枚くらいしかありません。翌79年も2枚くらい。その内ではジャンゴ.ラインハルトのクインテット による30年代後半の録音のもの(様々な形で復刻CDが出ている）が気に入りました。この年ではこれ一択！</p><p>それにしても思い返せば、70年代後半からは、ずっと古い音源のものにドップリ浸かって来て、それが今日にまで及んでいる訳なのですが...現実離れしているのかなあ、と改めて思います。ものすごーく特定の音源に熱を上げるようでいて、他ジャンルにも触手を伸ばすなどそうでも無いよう(ここに私の性格の顕著な特長があるようです）...</p><p>ただこの頃はラジオを毎夜聴く習慣があったから別ですが、現在巷でどういう音楽が聴かれているのかについては全く関心が無いのです。ラジオで勝手に入って来るもの以外、ずっとずっと流行とは無縁なのでした。</p><p>要するに、それが私の現実世界であったのです。世の中の現実世界と共には生きていないかのようです。</p><p>“私のレコード“には、(ややこしい言い方になりますが、私のレコード史の上でのレコードのことですよ）そういう私の歴史が刻まれており、ターンテーブルにはそれが繰り返し回っているのです(最近の音楽視聴の形からみると、ピンと来ない表現であるのはご了承を！）。今それを聴いていると、私が夢中になっていた70年代のことを超えて、それと合わさって今の現実世界のものとなります。エッ、20年代、30年代！...ふ、古っ！...しかしそれは今よみがえる！...それが今日の活力になる...かな？</p><p>かくして私のレコードは今日も回る...(え？、CD?、配信サービス？...段々“アカシック.レコード“のように見えないものになってゆくようであります！）</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12962732398.html</link>
<pubDate>Sun, 12 Apr 2026 06:58:29 +0900</pubDate>
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<title>初めての中南米系レコード</title>
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<![CDATA[ <p>77年の私の音楽鑑賞の歴史で忘れることが出来ないことは、初めて中南米系のレコードを買ったことです。</p><p>80年代の中頃から本格的に中南米系のものにのめり込むことになって、今日までに至っている訳で、 それは特筆すべきことなのですが、その時はそういうことになろうとは思ってもいませんでした。</p><p>それは、ブラジルのベテラン女性 歌手「エリゼッチ.カルドーソ」の「ディスコ.ジ.オーロ」という英語でゴールド.ディスクという意味のベスト盤でした。その年の初秋、「ニューミュージック.マガジン」 誌で、ブラジル音楽特集が載っており、そのレコードの 紹介もあって、何となく、これはホンの一時の興味から聴いてみたくなったのでした。</p><p>それで初めて聴いた印象は、ある音楽評論家が言っていたことと全く同じものなのでした。何か場違いなものを聴いているという感じなのです。ああいうロック専門の雑誌に関係している者からしたら、どうもそういうことになるらしい。例えば、そのコンサートにTシャツとジーパンという格好で行っていたものが、ワイシャツと背広の正調で行かなければならなくなるような、そんな場違いな感じ...要するに大人向きの音楽という印象なのです。当時の邦楽関係で例えると、“細野晴臣“とか“ムーン.ライダース“とかを聴いていたものが、突然“ちあきなおみ“とかを聴き出したようなものと言ったら分かりやすいかもしれません。これは当時オールド.ジャズにのめり込んでいた私の耳にもそうだったのです。まあそのジャズもその雑誌で積極的に取り上げられたことで、一部で一定数のジャンルを形成するようになった、“ブルース“音楽を聴くような感覚だったのでしょう。</p><p>そんな訳で最初はあまりピンと来なかったのですが、聞き込むにつれてジワジワと良さが分かって来て、今でも愛聴していますよ。</p><p>ブラジル音楽というと、今ではその中南米、ラテンのジャンル全体の大半以上を占めるまで大きくなりましたが、これはその又大半以上は、“ボサノバ“の異常とも言える人気に負うところが大きいでしょう。私には不勉強ながら何故60年代初め辺りから流行り出し、その後 ブームは過ぎ、過去の音楽となった感のあるボサノバが近年、かくもわが国でリバイバルするようになったのかが分かりません。又ブルース初め、“レゲエ“とか“サルサ“など、ロック以外の周辺音楽ブームの火付け役だった、“マガジン“誌で、よく取り上げ、 推していたのはもっと古い伝統を持つ、“サンバ“であったはずです。</p><p>エリゼッチ.カルドーソもその系統の歌手なのです。サンバと言ってももっと分ければ“サンバ.カンソン“ということになります。こういう呼称でブラジルで流行したのは50年代のことで、単なるサンバよりも、スローで暗い曲想をもち、“純歌謡“調と言ったらいいのでしょうか、こんなところが正に“ちあきなおみ“の味なのでして、そう、ジワッと来る感じなのです。</p><p>私の趣味傾向は、実はブラジル音楽が主流では無いのですが、このジャンルが一番好きなのでして、このナイトクラブ的な大人のくらーい歌謡調音楽からよりジャズ(スタン.ゲッツの影響が絶大！）の要素を取り入れて、 明るい若者向けの感じにして生まれた音楽がボサノバであったのです。ブラジルの下層階級で生まれたサンバも、中流、上流階級的な洗練されたものへと変化して行ったという訳です。その中間をつなぐ役割をしたサンバ.カンソンの時代は、ごく短かったのでした。</p><p>この純歌謡調のラテン音楽と言えば、ラテンアメリカで普遍的に広がり、親しまれ、わが国でも60年代を中心に持てはやされたもので、“ボレロ“がありますが、これがサンバ.カンソンにも影響を与えているのは間違いありません。</p><p>このボレロこそは、私にはタンゴと並ぶ中南米音楽の二大主流に他ならないのです！</p><p>このサンバ.カンソンとかボレロなど、純歌謡調音楽への私の傾倒というのは、元々私に内在していたと言ってもいいのです。それは、先にも触れたように私が育った60年代、幼いなりに知らずに、巷で普通に流れていたその曲調に馴染んでいたことに依るのでしょう。</p><p>ただ、それが今日のように私の音楽視聴の主流を占めるようになろうとは、当時は知る由も無かったのでした。</p><p><br></p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12961238002.html</link>
<pubDate>Sun, 29 Mar 2026 07:33:01 +0900</pubDate>
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<title>悲劇のジャズ王キング.オリヴァー②</title>
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<![CDATA[ <p>@確か77年五月の連休の頃、当時JR水道橋にあった、オールド.ジャズ専門という得難いジャズ喫茶「スイング」で、私はリクエストしてキング.オリヴァーの1926～28年の「ディキシー.シンコペーターズ」の演奏を収録した「パパ.ジョー」というタイトルのレコードを聴いたのでした。そして、もう大感激して気に入ってしまい、すぐ「あそこなら売っているに違いない！」と 見当を付けて、高円寺にあった小さな中古レコード屋さんで買い求め、毎日のように聴きまくったのでした。私がこれまで一番数多く聴いたジャズのレコードは、前年のデューク.エリントンの初期の演奏を 収めた「ザ.ビキニング」とこれであったと言っていいのです。どちらも同じ「デッカ.ヘリテージ.シリーズ」。録音期間も全く同じ。初期のエリントン楽団は、NYの「コットン.クラブ」を拠点にしていたのは有名なことでしたが、それまではこのオリヴァーの楽団が専属だったという因縁もあります。27年頃までこの楽団は、シカゴを拠点にしていましたが、不幸にも専属していた クラブが火災に見舞われ、移って行ったという経緯があったのでした。</p><p>それにしても、その26年からのシカゴ時代の演奏が聴ける、「Black Snake&nbsp; Blues」までの9曲はどれも素晴らしい！...キッド.オリー(tb）はじめ、アルバート.ニコラス(cl）、過小評価されているオマー.シメオン(cl～特筆すべきはソプラノサックスだ！）など他のメンバーも充実している。同時期の名演とされるエリントン、ルイ.アームストロングやジェリー.ロール.モートンのコンボと比べても遜色は無いと私は確信しています。それなのに、この業績は全くジャズの歴史でそのように語られることはほとんど無いとキテる。(オリヴァーなら 前回書いた「クレオール.ジャズ.バンド」があれば良い、という認識なのでしょうが、それもちゃんと聴かれているのかどうかは疑問です）</p><p>この頃のオリヴァー楽団の魅力は、一口に言えば、ジャズ創成期のニューオーリンズ.スタイルが持っていたプリミティヴな味と、続くこの頃主としてNYで台頭した、ビッグバンド.スタイルの洗練さを合わせたような感じと言っていいでしょう。つまりはここで聴ける記録は、その過渡期の模様を伝えているという貴重なものだったのです。その典型的な例は「Wa Wa Wa」という曲で聴けます。始めはニューオーリンズ特有の集団合奏がすごい音圧でグイグイ迫り、文字通りリーダー、オリヴァーの代名詞ともいうべき、「ワーワー」ミュートによるコルネット.ソロを挟んで、各メンバーのソロが交代して、アンサンブルとの掛け合いへと移行してゆくという展開です。当時のシカゴのサウス サイドではこのソロを重視するコンボによるスタイルが流行っていたのでした。ただ一聴して分かるのは、メンバーの数が多い(特にサックス.セクションが多い）ということ。この面でもビッグバンドとはやや小ぶりで、その中間という感じなのです。</p><p>いやあ、この9曲で聴けるオリヴァーのソロはすべて良い！...というかそのオリヴァーの魅力的なソロを 徹底的に聴けるのは、ここでしかないと言っても過言ではないのです。前回にも触れたようにオリヴァーは、歯を痛めており、全盛期は既に過ぎていましたが、何かそれがかえって枯れた哀愁を呼ぶような味わいがあります。27年の「Willie The Weeper」でのソロ(この各メンバーのソロはすべて良い！）は、その持てる力を振り絞ったような、オリヴァー最後の偉容を伝えているようです。というのも28年からのNY時代のオリヴァーは、もう痛々しいほどヨレヨレ状態になってしまっていたからです。</p><p>そこに私には長年の謎があります。28年の「Aunt Hagars&nbsp; Blues」で聴けるその何とも形容し難い感動的なコルネットソロのことです。その直前のオリヴァーの状態を考えれば、これが彼のものとは考えられません。セカンド.コルネットとして「エド.アンダーソン」の記名がありますが、私はその名前はここに記されているもの以外知りません(通なんである！）。そんな無名の奏者によるものなのか？...この当時のオリヴァー楽団は、実質的にはクラレンス.ウィリアムス(p）がリーダーだった(楽団経営難により前記したようにコットン.クラブを追われていた）ようで、当時のウィリアムス楽団とメンバーも重複しており、その看板に「エド.アレン」という紛らわしい名前の奏者が居ましたが、明らかにスタイルが違います。私はこれは当時NYで「フレッチャー.ヘンダーソン」楽団に在籍していた、「往時の オリヴァーはかくや！」ともいうべき、よりパワフルなスタイルの、「トミー.ラドニア」の変名ではないかと勘ぐってもみたのでした。いずれにしても オリヴァーのスタイルであるのは間違いありません。それとも...奇跡的に歯痛が癒えたのだろうか？...そう信じたいのではあるが！...だとしたら私には当時の すべてのラッパ奏者を蹴散らしていた、あのサッチモにも匹敵するであろう(少なくとも私は、そのデカイ音量で圧倒するスタイルよりも魅力を感じる）ジャズ王の名に恥じない存在のように思えるのだが！...</p><p>しかし、たとえそうだとしても、ジャズ史では埋もれ、忘れられた存在であるのは変わらないでしょう。どうも大方のオリヴァーに対する認識は、古いスタイルから抜けられず、新しいジャズの流れに乗り遅れ、お人よしの性格が災いして楽団リーダーとしての資質にも欠けていた、といったところではないでしょうか。おまけに当時のすべてのジャズ. ミュージシャンに大打撃を与えたであろう、29年に始まる大恐慌にも見舞われるなど、オリヴァーのジャズ人生は数々のご難続きで、何とも悲劇的であったようで す。38年に物故した時は、ほとんど一文無しの状態だったそうです。</p><p>その悲劇性は、あの「ワー、ワー」と泣いているような(笑っているのではない！）ミュート奏法に醸し出されているようです。</p><p>&nbsp;その数少ない、このレコードに聴かれるソロは、すべて(少ないからなのであるが）今でも頭の中で覚えています。</p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12960506562.html</link>
<pubDate>Sun, 22 Mar 2026 07:41:43 +0900</pubDate>
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<title>悲劇のジャズ王キング.オリヴァー①</title>
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<![CDATA[ <p>/1977年は、前年にも増して多くのレコードを買いました。それもやはりオールド.ジャズばかりという マニアックぶり。</p><p>ところで、ジャズのいわゆる歴史的名盤というのは、昔から色々な評論家を通じて選ばれて来ましたが、その中でも定番(盤）というレコードがあります。大体その一番最初に...ということは、もっとも古い音盤として選ばれているものは、1923年録音の“キング.オリヴァー＆ヒス.クレオール.ジャズ.バンド“にとどめを差すと言ってもいいでしょう。これには大手のレーベル、“オーケー“とマイナーの“ジェネット“での吹き込みがメンバーも同じで二種類あって、どちらかが選ばれるのが普通です。私は二月頃後者の方を買い、聴いてみたのですが、さすがに古色蒼然としていて、最初はあまりピンと来ませんでした。</p><p>&nbsp;このレコードは、サッチモことルイ.アームストロングのデビュー録音として有名なのですが、そのコルネットの音があまりにデカすぎるので、マイクから離れて録音したというエピソードは、実際聴いてもすぐ確認出来ます。</p><p>ジョー.“キング“.オリヴァーは、サッチモ以前のジャズ王として称えられ、そのコルネットの師匠なのでしたが、コルネット奏者としては、この頃既に全盛期は過ぎていたと言われています。だからその真価 を発揮している曲は、数えるほどしかありません。その中で歴史的名演として知られる、“ディパー.マウス.ブルース“は、先の両レーベルに残されていますが、私は最初この有名なコルネット.ソロは、サッチモが吹いているものと勘違いしたくらいよく似ています。ただそのパワーは段違いだった。...パワーは抑えられていたけどよく分かります。もっともオリヴァーは、この頃既に歯を痛めていて、デカい音は出せなかったという理由もあったでしょうが、元々がその抑制が効いた、リリカルなフィーリングが持ち味だったと言われています。</p><p>とにかくこのオリヴァーのスタイルは、この20年代を通じて、多くのコルネット奏法に影響を与えており、サッチモの他にも前回書いた、エリントン楽団の“ババー.マイリー“(ミュート奏法は、オリヴァーがオリジナルと言われ、彼はそれをより大胆に進化させた）、同じくセカンド.コルネットの“アーサー.ウオッツェル“、“ J.R.モートン“の“レッド.ホット.ペパーズ“の歴史的録音で吹いていた“ジョージ.ミッチェル“、エリントン楽団と並ぶ、ビッグバンド.ジャズのパイオニア、“フレッチャー.ヘンダーソン“楽団の二大看板、“トミー.ラドニア“と“ジョー.スミス“...このように、この時代のコルネットの主流は、オリヴァーに色づけられていたと言っても 過言ではありません。</p><p>しかし、それもすぐサッチモのよりパワーフルで、個性的な影響力の前に霞んでしまうのでした。 ジャズの歴史を通じて彼こそがジャズ王に相応しいというのが衆目の一致するところでしょう。</p><p>しかし！...私は誰が何と言っても、“王様“かどうかはともかく、抑制の効いたオリヴァーのスタイルの方に魅力を感じているのです。 有名なジャズ評論家油井正一さんは、サッチモの25～26年録音の“ホット.ファイブ“のレコードの解説で、“他のメンバー、クラリネットのジョニー.ドッ ズもトロンボーンのキッド.オリー も、サッチモにもはやついて行けない“、などと書いていますが、私はパワーで押しのけられ、蹴散らされているように聞こえてなりません。各メンバーのソロを取り入れたグループ演奏(20年代中頃主流となった）では、こういう在り方は、モートン楽団など他楽団と比べてどうなのかと思えてならないのです。この点オリヴァーは違っていた。このレコードで一際目立つのは実は、前記ジョニー.ドッズのその個性的なグロウルな音色のソロだったりして、先のホット.ファイブのものと比べると、より本領を発揮しています。</p><p>それにしても、このレコードが各評論家筋の間でジャズの名盤として始めに選ばれているらしいのですが、その音楽性について、どれだけ触れているのかどうかは疑わしいものがあります。大体名盤たる魅力を感じて聴かれているのかどうか？...どうもこれは骨董品的な価値としてしか認識されていないような気がしてなりません。ある評論家などは、“これはとても古くさすぎて、ちんどん屋さんみたいで、今日の感覚にはとても耐えられない！“と言い切っていたのには、呆れてしまいました。ハッキリ言って、そういう言い分で名盤云々と評論する資格など無いと私は思います。</p><p>好みというのは誰にもあって当然ですが、だったら最初からそのレコードは選出しなければいいのです。おそらくは大方の“歴史的名盤“という“ケンイ“におもねって、選んだりするのでしょょうが、私にはそういうのは、ギマンにしか感じられないのです。こういう選出は、油井正一さんとか大和明さんのように、オールド.ジャズから前衛ジャズ、フュージョン(油井さんは、故人となられて多分ご存じ無かったでしょう）に至るまで、広く 味わって聴け られる感性の持ち主にこそ相応しいと言えるでしょう。</p><p>私は、さすがに最初はピンと来なかったもののこの両レーベルに残された、“クレオール.ジャズ.バンド“のレコードは今でも(CDの登場で格段と音質がよくなった）愛聴しているのは 言うまでもありません。</p><p>しかしです！...その油井正一さんですら、このレコードは古色蒼然としていて聴きづらいので、 オリヴァーを聴くなら、20 年代後半の、 主としてヴォキャリオン.レーベルに残した、“オリヴァー＆ヒス.ディキシー.シンコペーターズ“のものがおすすめ... “ とか書いておられるではありませんか？...“うううっ！“、そりゃあね、私もそう思います！...しかしこの録音がジャズの歴史的名盤として語られることはまず無い、というのだから、そういう権威づけなど大したことないのですよ！</p><p>このジャズの歴史から埋もれた、過小評価されているレコードこそは、誰が何と言っても私にはジャズ史に残る名盤に他ならないのです！</p><p>おおっと！...キング.オリヴァーのことを語ると熱くなってどうもいけない！...そんな訳で続きは次回で...</p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12959765251.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Mar 2026 06:58:01 +0900</pubDate>
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<title>デューク.エリントンのジャングルスタイル</title>
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<![CDATA[ <p>1976年は、これまででもっとも多くレコードを買いました。バイトで得た給料のほとんどをそれにつぎ込んでいたのです。それくらいその魅力に取りつかれてしまった訳なのですが、そのジャンルはほとんどがジャズでした。その又ほとんどが戦前の、主流のモダン.ジャズ以前のものという徹底ぶり。そのきっかけは前にも書いたとおり、家でレコードを聴けない事態に見舞われた間、大学の音楽試聴室やラジオで聴いたことが大きかったのです。</p><p>世間ではジャズと言えば、“ダンモ“のことを指すのが当たり前で、 ジャズのほぼ一世紀に渡る長い歴史から観ると、この偏重はちょっと異常だと思います。古いジャズはジャズと見なされていないようで、大手のレコード屋さんへ行ってもオイソレと手に入れられない始末だったのです。そんな中偶然買えたのが、ジェリー.ロール.モートンの主として1920年代後半の名演を収めた、「オリジナル.ベスト.コレクション」という二枚組でした。内容の素晴らしさは、先の理由でもう聴いて知っています。ただこの解説で 油井正一先生が書いていたことに注目しました。それによると、そのモートンの26年のレッド.ホット.ペパーズの演奏を含めて、26年という年にジャズ史上に残る演奏が集められたとあるではないか！...そのうち「ルイ.アームストロング」、「デューク.エリントン」は、ジャズファンならずとも皆知ってるビッグネームでしたが(もう一人挙げられていた「フレッチャー.ヘンダーソン」はずっと後年になってから聴いた）、“よおし、これを次々に聴いてみよう！“、ということになったのですが、さすがにエリントンのものはすぐ手に入ることが出来ました。「ザ.ビキニングVol.1」。あまり有名なものは期待出来ないなんて 歪んだ先入観もあったのですが...これはいい！、文句なし！、一聴してノックアウト！...特にA面を毎日のように聴きました。長いエリントンのキャリアで(74年に亡くなるまで、第一線で活躍していた！）そのすべてを知っている訳ではありませんが、私が聴いた範囲でそのどの時代のものが好きか？、と訊かれたら(大方の40年代頃という声は退けられ）、私は躊躇なくこのもっとも初期の時代と答えます。この時代の特色は、何と言ってもその存在は、ジャズ史で忘れられている(現にその名を検索しても出て来ない！）コルネット奏者、「バッバー.マイレー」の、大胆なミュート奏法によって彩られていたと言っても過言ではありません。トロンボーンもこれに追従し、その主導となるアンサンブル共々「ジャングル.スタイル」と言われていました。しかしこのマイレーの勇姿は、この時代のエリントン作品でしか知られていません。30年代の初めに夭折してしまうからです。このレコードに収録されている「イースト.セントルイス.トゥードゥル.オー」、「黒と茶の幻想」初め、「ザ.ムーチ」はエリントンのスタンダードとしてよく知られています。</p><p>ところで、エリントンは、この頃ちょっと考えられないような離れワザをやって のけていました。このレコードは、 米国のレコード会社ブランズウィック傘下のヴォカリオン.レーベルに残されたものでしたが、同時にビクター傘下のブルーバード、オデオン傘下のオーケーにも録音していたのです！...(ブランズウィック、ビクター、オデオンというのは、米国の大手三大レーベルと言えるのですが、傘下にあるのは黒人専用のマイナー.レーベルのことです）</p><p>しかも、曲目、アレンジをちょっとずつ変えているのが憎い！...どれも甲乙つけ難いですが、私はやっぱり最初に聴いたヴォカリオン盤が忘れられません。続いてサッチモの20年代後半のホット.ファイブの名演を収めた、「ルイ.アームスロング傑作集Vol.1」、 サッチモと並ぶ、この時代の白人コルネット奏者「ビックス.バイダーベック」のフランキー.トランバウアー楽団の演奏を収めた、「B IX and TRAM」なども聴きましたが、私にとってこの時代のもっとも好きなコルネット、トランペット奏者はバッバー.マイレーなのでした。しかし彼の名前はジャズ史では忘れられているし、実際にほとんど聴かれることもないでしょう。あの強烈な個性はどこから来るのか、誰の影響なのか？...(サッチモの圧倒的な影響力、それに続く ビックスのことは色々なところで語られるけれど...）それもあまり語られることもありません。</p><p>それはともかく、ジャングルスタイルだけでなく、オープンなコルネットも、ことにアルト.サックスのソロもいい！...リーダーのピアノ.ソロはよく聞こえないが...ソロとアンサンブルの個と全体との対比、呼応、コール.アンド.レスポンスこそがジャズの魅力なのです。これがジャングルスタイル…そうでないジャズなど無いのではないか！</p><p>こんな訳で私はオールド.ジャズの魅力にすっかり取りつかれしまったのでした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12956756593.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Feb 2026 05:36:41 +0900</pubDate>
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<title>(何だか分からない）年間ベスト10(2026）ー補遺ー</title>
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<![CDATA[ <p>えっ！...記事をアップして読み返して気付いた！</p><p>必ず入れるべきと思っていたレコードについて書くの忘れていたのです！...心残りがしてしょうがないので、◎印は換えられないので、どっかに 差し換えで入るので、加えさせて下さい。</p><p>○Felipe Rodriguez/ vol.4/(marvera）＊</p><p>私の独断で選ぶプエルトリコの三大ボレロ歌手(後はジョニー.アルビーノとチェイート.ゴンザレス）の一人ですよ！　これを外すとは！...多くの読者にはどうでもいいことでも、私には一大事なんだ。思いつく ままに選んでみようという考えが甘かった！...</p><p>米国のラテン人向けレー ベルから数種出てる、フェリーぺ.ロドリゲスは、これでちょうど四枚揃えたことになります。いずれも素晴らしい！...何がって、レキント.ギターですよ。多分これは、ミゲール.アイカルデでしょうが、別のレコードで聴けるラファエル.シャローンと共に、私はあらゆるギター奏者のベスト10に入れてみたいくらいですよ！...実は本人の歌は、可も無く不可も無いという感じなんですが...</p><p>何はともあれ、これでスウーッとしましたわ！</p><p>いい一日を！...</p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12954543956.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Jan 2026 13:28:59 +0900</pubDate>
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<title>(何だか分からない）年間ベスト10(2025）</title>
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<![CDATA[ <p>前回で書いた通り、76年古いジャズの魅力に取りつかれ、それから次第に中南米の方へとシフトしたりという変遷はありましたが、以降ずっとこういったレトロな音源の発掘に精を出し続けているのでした。我ながら驚いてしまうのですが、最初は、“よし、皆が知らないような音楽を聴いてやれ！“、みたいな邪念がちらつくこともありましたが、ここまで来るともう、そういうことでは片付けられません。私はとにかく、一度何かにハマると、それを掘り下げようと深入りしないと気が済まない質 なんだ、って言うことに尽きてしまうでしょう。</p><p>そして、それからの23年くらいに渡ってそれまで聴いていた、ロック.ポップス関係はほとんど聴いていないという徹底ぶりなのです。ということは現在ではそういうジャンルのものも聴いているってことなのか？...勿論ですとも！</p><p>じゃ、私が音楽にハマるきっかけとなったが、離れて行ったストーンズ始めザ.フーとかは？...勿論、それは解禁なった99年当たりから復活して、新たにザ.キンクスも加えて、ブリティッシュ三大バンドとして、その重要な一角を占めるようにもなっているのです。</p><p>要するに、その頃から聴きたい、好きな音楽はあまり拘らずに、自分の感性に素直に何でも聴くようになったという訳です。とは 言うものの主流はやっぱり古いタンゴとかラテン系であるのは譲れないですけどね。</p><p>という訳で、最近はどんなものを聴いているのか？、参考までにちょっとマニアックかもしれませんが、忖度無しで昨年聴いた(順位は付けられませんが）ベスト10を選んでみたいと思います。</p><p>まずは 拾いもの(つまりはよく知らないアーティストということ）から...(＊印はLP盤、以外はCD）</p><p>○Jose Bohr(1926）/(CTA）</p><p>アルゼンチンタンゴの貴重な音源を発掘し続けている、我が国のコレクター.レーベルCT Aから。ホセ.ボール楽団は、メンバーもよく分からず実体もよく分からない謎の楽団で、タンゴ以外のパソドブレとかの形式が三分の一くらいあって、苦心の選曲が伺い知れますが、ここで聞かれるタンゴはすべていい！...26 年の時点で、こんなにアンサンブル、リズム感が素晴らしいとは！...</p><p>○Pijuan ＆Sextet/Sabor A Pueblo/(hit　paredo）＊</p><p>ニューヨークのラテン.コミュニティを中心に70年代初頭に新感覚のラテン音楽“サルサ“が興る前夜の69年に出されたブーガルー系の音楽。サルサもブーガルーも大体、プエルトリコ系移民の間で盛んであったが、この何ともイナたい、 B級のサックスが全面に炸裂するところがプエルトリコっぽいのである。サルサ隆盛を予告するような、“俺のサルサ(ソースの効いた？）料理で...“、という曲もあるが、このB級バンドは、サルサ隆盛と共に消えてしまうのであった！...</p><p>○E l Boy Y Su Combo/Si&nbsp; Tu Quieres A La Mujer/(spanoramic）</p><p>こちらは多分、60年代初期の録音だろう。前記よりも正調？なラテン音楽である。エル.ボーイというのは多分歌手なんだろうけど、かなり上手い。演奏もかなりしっかりしている。やっぱりプエルトリコ系であるのは間違いない。60年代にはこういう無名のラテンバンドがゴロゴロ していたのである。</p><p>○Trio Delfines/Folklore Andino/(orfeon）</p><p>メキシコのトリオ.デルフィネスは、名前は聞き覚えがあるが、普段はボレロなどのラテン歌謡を聴かせるトリオだと思うのだが、ここでは南米のフォルクローレの有名曲ばかり取り上げている。メンバーに上手いハープ奏者が居るのが強みで、パラグアイの「鐘つき鳥」 、ベネズエラの「平原魂」などの定番曲をソツなくこなしている。ただエクアドルのパシージョ「Ave&nbsp; Negra」という曲は、本場エクアドルのアーティストのものでも、その筋のツー？を自認している私でも聴いたことが無い。</p><p><br></p><p>以下は私にはおなじみのアーティストのものから</p><p>◎オスバルド.フレセド楽団/エポカ.デ.オロ第21集/(CTA）＊</p><p>前記CTAからオデオンに吹き込んだ、20年代後半から30年代初期のアルゼンチンタンゴの黄金時代を担った五大楽団だけで組んだシリーズのうちの一枚。このシリーズは85年からお世話になっているくらいなので、言うことなし！...ディスク.オブ.ジ.イアーはこれで決まり！◎</p><p>○Machito/Mucho Macho/(pablo）</p><p>ラテン 音楽ファンなら言わずと知れたキューバのマチート楽団の最高傑作の声も高い名盤を今頃聴いたりしている。良いものは後に取っておこうという習性があるもんで！</p><p>○Carlos Di Sarli /Canta Roberto Rufino/(BMG）</p><p>おっと、アルゼンチンタンゴをもう一枚。カルロス.ディサルリは、前記フレセドに影響を受け、40 年代のタンゴ第二次黄金時代を築いたリーダーの一人で、専属歌手ロベルト.ルフィーノの何ともクセのある歌がたまらない！...これも後に取っておいたクチである。</p><p>○Garzon&nbsp; Y Collazos/Mejores Canciones Jorge Villamil/(sonolux）</p><p>南米コロンビアのフォルクローレの有名な男性デュオ。この国は何故か男性デュオがやたらと多い。作曲家ホルヘ.ビジャミールの作品集。ワルツ、パシージョ、バンブーコなどの形式で、オルガン伴奏がとてもよく合う！</p><p>○Hnas&nbsp; Lopes Ron/La Felicidad Del Indio/(?）</p><p>こちらは、エクアドルの姉妹デュオ。こちらの方が ずっと我々がなじんでいる、フォルクローレの味が強い。この国でもパシージョが歌われているが、 コロンビアでは忘れられた懐メロ扱いになっているのと違って、ずっと国民歌謡として定着したようなのだが、最近はどうなのかは分からない。とにかく私はこのテのものには目が無いのだ！</p><p>○ロニー.レインとスリム.チャンス/(アイランド原盤）</p><p>やっと出て来たロック.ポップス！...元スモール.フェイセズのメンバー、ロニー.レインの自身のバンドの二枚目。その音楽性は、キンクスの71年作「マスウェル.ヒルビリーズ」辺りに通ずる、アメリカン.ルーツ音楽の英国的解釈と言えるが、彼はフーのピート.タウンゼンドと親交があったのでした。この中で異色なのは、「ストリート.ギャング」という曲で、これはカリブ海のアンティル諸島で昔(30年代頃）流行した、サックスがそれっぼい、“ビギン“によく似たリズムのインストなのです。何故 、唐突にこんなのが入っているのかよく分からない。</p><p><br></p><p>とまあ、このような具合なのです。こんな調子で、かれこれ25年以上も続けている次第。</p><p>他に例年だとジャズとかハワイアン 、そうそうブリティッシュ三羽烏なんかも入ったりしています。しかし世にはまだまだ聴きたい音楽は沢山ありますねえ。ちょっと貪欲なのかもしれないけれど...それにしても日本人のクセに、これまで“和もの“が予算とか収納の関係で極端に少ないのが悔やまれます。そういう訳でか、今は戦前からの古い音源を集めた「日本ラテン 傑作選」( ビクター）というのを聴いていたりします。</p><p>やっぱりそっちかあ！...こりゃ、飽きまへんわ！</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12954526479.html</link>
<pubDate>Sun, 25 Jan 2026 10:30:08 +0900</pubDate>
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<title>古きを訪ねて...ハマりそうろう</title>
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<![CDATA[ <p>1975年の秋、私のレコード鑑賞する上で由々しき大問題が発生しました！</p><p>突然 音が鳴らなくなってしまったのです。レコード.プレーヤーは回るのだけど、これでは聴くことが出来ない。翌年初春、一時的に復活したことはありましたが、実質約半年間、自宅でのレコード鑑賞は断念せざるを得なくなってしまったのです。</p><p>それで、しばしば利用させてもらったのが、大学の図書館にあった音楽室なのでした。そこでそれまで愛聴していたちょっとマニアックなロック.ポップスを聴いていたのかというと...そうじゃない！...私の中で何が覚醒したのか、私の長い音楽鑑賞の歴史において革命的なことが進行していたのです。とにかく何でも聴きたい音楽を聴いてみようということで、古い1920年代当たりの古い ジャズを中心に、やはり古い30年代頃のシャンソンなども聴きました。これは明らかにそれまで聴いていた、アメリカン.ルーツ音楽、ノスタルジック音楽を指向するロック.ポップスの影響ということは言えます(何故か、少しフランス系もあるが、古き街の音楽ということになるとこれも外せない）。その本当のルーツネタを探ろうという意図があったのです。だからといって、こんなに大幅なシフトということに転じてしまうものなのか？...いや、最初はそういう古い音源というのも何かの 参考にはなるだろう、という 程度だったのですが、何が革命的と言って、その古きを訪ねて...という傾向はその後の四十 数年以上も続く音楽生活の主流となり、ロック.ポップスは傍流に追いやられてしまうというくらいなんだから尋常ではないですよ。(これは世の中で普通に起きていた流れの逆をゆく道を辿ることとなったのです）。そうして76年の初夏の頃、バイトで貯めたお金で新しくプレーヤーを買い換え、初めて針を下ろしたレコードは、忘れもしないジャズ史に残るジェリー.ロール.モートンの1926年の彼のレッド.ホット.ペバーズという楽団演奏を収めたものでした。とにかく76～77年は古いジャズを中心に聴きまくりました。この二年間はそれまで以上にレコードを買い漁ったものです。(それにしてもこの私の一時の変調では済まない、何かに取り憑かれてしまうような&nbsp; 熱中ぶりと来たら！...思い返すと我ながら恐れ入ってしまう！）。その資金集めにバイト(製本、本の整理とビル清掃しかしたことが無い）もよくしました。その音楽の興味も少し多様化し、80年代中頃には、古いジャズと来れば、古い アルゼンチン.タンゴも参考までに押さえときゃなければならぬ！、とばかりに少し手を伸ばしてみたら...ミイラ取りがミイラになった如く、今度はこの米ジャズのライバルとも言える異形の南米音楽に傾き出し、それからやはり古いラテン音楽にまで伸びたりして、以降私の音楽愛好の主流は、中南米のものが主流となり今日にまで 至っているのです。</p><p>そうなると、70年代の始めに聴いて長いレコード蒐集の端緒となった、ストーンズを始め、ザ.フーとか、ロック界一の鬼才ザッパや何がオルタナなのかサッパリ分からない、ヴェルヴェッツ、ザ.バンド、ランディ.ニューマンとか...はた又、古いジャズ音楽とかはすっかり過去のものになってしまったのでしょうか？...そんなこたあない！...ちなみに次回ではウンと時間を飛ばして、昨年聴いて気に入った音盤を紹介してみたいと思うのです。全くマニアックな上に、混然としていて訳が分からなくなりそうではありますが...</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12953787133.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Jan 2026 09:23:20 +0900</pubDate>
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<title>有名と無名の間</title>
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<![CDATA[ <p>私の1975年の音楽鑑賞歴の続きです。</p><p>この年、私の生活環境で目立った変化は、どうにか大学に入学出来たことです。それまでの何か収容所を思わせるような、閉鎖的な男子校と比べてあまりにも違う、自由で開放的な大学生活への変化というものはやはり大きいです。</p><p>その 影響によるのか、それまでちょっと神経衰弱気味で、環境と同様に閉鎖的だった精神状態がいつの間にか改善されるようになりました。</p><p>いやしかし、これはそれだけの理由ではあるまい。その一つ は勿論、好きな音楽を聴くこと。つい先日もラジオで、“自分は音楽によって救われた！“、というようなことを聴きました。最近、物故された音楽評論家、渋谷陽一氏もその頃、どうにかなりそうな精神状態だったようで、それをもっとヘビメタっぼい、攻撃的、先鋭的な表現でしたが、そのようなことを言っていました。&nbsp;</p><p>その頃の私は、渋谷氏がやたらと推していた、ブリティッシュ.ハードロックとかとは全く縁が無く、ひたすら無名のシンガー.ソングライターなんかを漁り続けていたのです。例えば、ビリー.ジョエルとか！...</p><p>いや、それは誰でも知ってるだろう？、と思われるでしょうが、この頃は日本では全く無名の存在だったのです。今のようにネットで試聴出来る訳でもなく、予備知識も無く、私は彼がピアニストであること以外何者で、どういう音楽を演っているのかなど全く知らなかったのです。</p><p>ただ、レコード屋さんで、その彼の74年発表のアルバム、「ストリート.ライフ.セレナーデ」のその、何ともそのタイトル通りの落ち着いた街並みが描かれたジャケットを見て、それが渋谷道玄坂にあったロック喫茶「ブラックホーク」(そう、あの激ウマで値段が張るので、年に数度しかありつけない、ムルギーカレーの隣にあった、私のような趣味の人間の溜まり場だった店のことですよ！ ...つったって誰が知ろうか？）の雑誌「ニューミュージック.マガジン」の広告に載っていたのを思い出し、“これは間違いあるまい！“と思って衝動的に買ってしまったのでした。そして恐る恐る盤に針を落とすと...第一印象、“これはちと間違えた！(笑）“</p><p>私がその頃聴いていたものど比べると、ウンとロック.ポップス寄りであり、ポピュラーな感じなので、私の当時のコレクションの中では浮いてしまう内容なのでした。(なんか、ものすごーくおかしな言い方をしていると思うのですが！...）</p><p>非常に口当たりの良い、ラジオで頻繁に耳にするような在りきたりのそう、ロックポップスと言うのが適当なんだろう？...しかし、これで何で無名なんだろうか？...当時、夏頃全米で大ヒットしていた「キャプテン＆テニール」とか「アン.マレー」とかとの違いはどこにあるのだろう？</p><p>後に知った情報によると、73年にジョエルは「 ピアノマン」という曲が少しヒットして、やや知られるようになったらしいのだが！...いいや、 ここいらで言い方を変えなければならない！...私がそういうことを知ったのは、彼がその77年発表のアルバム「ストレンジャー」と同名の大ヒット曲で、全米、いや世界のロックポップス界で、と言ってもいいくらい、大ブレークをしていた頃だったのです。(「ピアノマン」という曲もそれに便乗してその頃よくラジオで流れていました）この違いは一体どこにあるのか？...その77年作は、プロデューサーのフィル.ラモーンの手腕によるところが大きいのかもしれませんが(まあ、確かに良質の楽曲も多いようですが）、大筋のコンセプトはそんなに変わりは無いように感じます。それとも、この違いはジョエルがLAから NYに拠点(75年頃）を移したことによるのだろうか？</p><p>そうです。ビリー.ジョエルは、ニューヨークのアーティストという印象が強いですが、それ以前ロスで売れない、苦労生活をしていたのです。「ストリート...」は、その時代の最後のアルバムだったのです。</p><p>しかし、最初こそそういう印象だったのですが、こういう口当たりの良い音楽というのも悪くない。というか段々良くなりそう...</p><p>これは、それまでのちょっとマニアックな、ある意味閉鎖的な私の音楽趣味の傾向に変化が生じたとも言えるでしょう。もっと視野を広げねばならないのです。</p><p>という訳で、シンガーソングライターと言うと、その草分け的存在の大御所を忘れてはいないか？...と言っても、今更という気もするが、多分、この時ラジオで私にはお馴染みのザ.バンドとの幻のセッションを収めたという「ベースメント.テープス」を聴いたのがきっかけで、まあ、これは聴かずして、間違いないのだろうけど、これを今、押さえとかなきゃならぬ！...と駆り立てられるように求めたのが、「ボブ.ディラン」の「ハイウェイ61」なのでした。う～ ん、やっぱり悪かろうはずがない！...特にバックのギタリスト、「マイク.ブルームフィールド」の、ブリティッシュ勢と違い、その抑えた感じなのが良い。</p><p>しかし、何でこのディランばかしが大御所扱いなんだろうか？、その功績が大きいってことは勿論分かりますよ。しかし、もちっと知られる、 売れるようになりそうな、ディランになれなかったシンガー.ソングライターは、その辺にゴロゴロ、いっぱい居たんだぞ！...もっと毛色の違う、売れそうなポップス寄りのビリー.ジョエルなんかはどうなんだ？...いや、だからビリー.ジョエルなれなかった売れないポップスのシンガー.ソングライターも居たのです。「ランディ.エデルマン(後に映画音楽で有名になったが）」とか「ボイス＆ハート(モンキーズになりそこねたソングライター.デュオ）　」とか、あの私のお気に入り「エリック.カッツ」もそう...とくれば...彼らの中では比較的有名だった「ランディ.ニューマン」を忘れてはならない！(後に映画音楽で大成したところは名前がよく似たエデルマンと似ているが、ずっとこっちの方が個性が際立っている）」</p><p>私には、如何に ディランの「ハイウェイ61」がロックの不朽の名盤と称えられようと、この年の私のアルバム.オブ.ジ.イアーはランディ.ニューマンの「1st」に軍配を上げざるを得ないのでした。ノスタルジックな曲想だけれど、昔の音楽には求められない、新しさがある。クセは強いが、親しみやすい楽曲の数々...それで、何で売れないのだろう？...</p><p>しかししかし、そんなことより、この年の秋、そんな私の音楽趣味に重大な事件が起こってしまったのです！</p><p>いつ、おシャカになるともしれない、安ステレオがついに、輪廻の回転から解かれたか、回らなくなり、聴けなくなってしまったのです！</p><p>約半年間、自宅での音楽鑑賞は出来ない。されど私の音楽探究熱は覚めることは無かったのです！...しかし、この間、その傾向は大きく変わるようになろうとは、当時は知る由も無かったのでした。...</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12952285450.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Jan 2026 09:06:34 +0900</pubDate>
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<title>ボクシングの予想は難しい</title>
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<![CDATA[ <p>いやあ、昨日の中東リャドでのボクシング興業は、まずトリプル世界戦の内、 寺地 拳四郎の試合は、直前の相手の棄権 で中止となり、穴が開けられたようで、モヤモヤ感が払拭出来ませんでした。</p><p>であれば、次のスーパーバンタム級の我が国が誇る二大PFPランキング王者、モンスター井上と ビッグバン中谷がスカッと勝って晴らしてくれるだろうと思っていたのですが...</p><p>実は私は、大アプセットも有り得るだろうと予想していたのです。(こんなこと言うと後出しみたいですけど、これからはなるべく直前予想も書いてみようと思いました）それは中谷の方だった訳ですが、何しろ相手エルナンデスの実力が未知数で、無敗でKO率9割ってところが不気味なのです。参考に試合をちょっと観たけど、ガードが固くて、前進してコツコツ当ててゆくだけという、不器用な選手だな、という印象でした。しかし、フタを開けてみれば、その印象は変わらなかったけど、そのタフネス、突進力、手数は全く予想外なのでした。あんなに強くて何でランキング１０位なのか？...それは名のある選手と戦っていなかったというだけの理由だったのです。とにかく武骨で強かった。</p><p>一方で中谷は結構、課題を残しましたね。ガードが高いので ボディが弱点であること、突進を裁くディフェンス、コーナーワークがあまり上手くないこと...しかし、それにしてもこの豆タンクのようなファイター、井上も苦戦しそうですね。あれでもっと頭から突っ込んで来るようなラフさ、マイク.タイソンのように上体を小刻みに動かして、当てにくいスタイルだったら、井上 も負ける可能性もあるし、中谷は負けていたでしょう。現に私の採点では2,3ポイント中谷が負けていた！...もし前半の明白なポイントが無かったら、良くてドローだった！...う～ん、疑惑の判定の声も多い中、もしエルナンデスが、ランキング上位の選手だったら、ダイレクト.リマッチも有り得るでしょう。そうなると、来年五月に予定されている井上とのドリームマッチの行方は？...いや、この試合で遠のいてしまったか？...気になることは、確定的と思われたその試合、直前に井上サイドが、“どうなるか分からない、フェザーに上げるかもしれない“、ということを漏らしていたことです。そして分かったことは、このエルナンデス、かつて井上のスパーリング.パートナーを務めていたことがあるということです。その発言の裏にはもしかして、その経験からこの試合、アプセットも有り得るよ！、という含みがあったのかもしれません。それが本当だったらすごい読みですね。</p><p>しかし、アプセットは御大の井上に限っては絶対にあるまい！...ただやはり予想は難しいです。</p><p>私は、やさ男で超マジメ人間の挑戦者、ピカソに対して温情が出て(怒らせるとコワいが、根はやさしそうな井上にはそういうところがあると思います）、中盤以降にKOすると予想したのですが...ちょっとそういう余裕ある試合運びが裏目に出たか、KOの機を逸したように感じたのと、やっぱりピカソは予想外にタフで防御も上手かった！...ガードが上中心なので、ボディで決まると思ったのですが、前傾姿勢で当てにくくしてました。</p><p>&nbsp;それでも、やはり井上は盤石。結果は大差の判定勝ち。ピカソはやはりランキング上位のボクサー、序盤で KOという声も多かったようですが、侮っちゃいけないと思いました。</p><p>余談ですが、次は、このピカソとエルナンデスとやったら面白いでしょう。予想は全く分からないですけど、それと、最近鮮烈なKOで 井上との敗戦から復帰したカルデナスを加えてのメキシカン三つ巴が面白そうです。私はカルデナスの一撃のカウンターを買います。井上のダウンも彼がKOのコツを覚えた途上だったことで、決してフロックでは無かったとその試合で感じました。</p><p>そんな外のことより、来年の五月はどうなってしまうのか？...井上のフェザー級で試合が噂されている無敗ののっぽの強豪、エスピノサ。予想は今は全く分からない！...ピカソに劣らないやさ男だけど、こっちは温情は絶対禁物。気を抜いたらダメです。</p><p>ボクシングでは安易な楽勝予想は立てられないもんだ、と改めて感じました。</p><p><br></p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/amateru3535/entry-12951501501.html</link>
<pubDate>Sun, 28 Dec 2025 09:00:32 +0900</pubDate>
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