<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>夢と希望のあまぞう日記</title>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/amazonoamazou/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>やばい。書くことがない。でも、がんばります。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>知らない人は損をする！本当のお金「価値」　②コメントありがとうございます</title>
<description>
<![CDATA[ コメントありがとうございます！<br><br>そうですね、確かに紙切れに価値があるということはおかしいですね(ﾟ∀ﾟ)ﾉ <br><br><br><br><br>さて、話を戻しますが、<br><br>物々交換の延長上にお金というものがあります。<br><br><br>説明が下手なので一気に話をとばしてしまいますが、<br><br>石やめずらしい貝殻、金や銀、紙幣や硬貨とお金は形を変えていきます。<br><br>(金本位制や銀行の意義をよく調べるとぼくより詳しくなれます Σ(ﾟдﾟ；)　)<br><br><br>現在世界各国は管理通貨制度。<br><br>政府(中央銀行を含む)が、権限をもち、裁量の範囲内で自由にお金を刷ることができます。<br><br>実質的にお金の担保となるものは、国家の信頼や、国民のお金に対する信頼ということにもなります。<br><br><br>漠然とみなさんが知っていることと思いますが、<br><br>やはり「お金」は、「みんなが価値があると思うから価値がある」ということになりますね。<br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11257231463.html</link>
<pubDate>Mon, 21 May 2012 23:51:57 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>知らない人は損をする！本当のお金「価値」　①お金の起源</title>
<description>
<![CDATA[ 普段みなさんが扱っているお金。<br><br>そのお金の価値や、存在の意味を知らない人が多いことに大きな疑問を持つことがあります。<br><br><br>私たちの預貯金は、政府の負債。<br><br>人を信用しないとお金も信用できない。<br><br>「不況だねー」というと本当に不況になる。<br><br>お金は循環することで、量が増す。<br><br>国民全員が銀行にお金を預けないと、銀行は全てつぶれ国家が破たんする、<br><br>もしくはお金の価値が激変する。<br><br>ユーロ解体しないとまじやべー。<br><br><br>一見「え？マジで？」と思うこともあるかもしれませんが、すべて本当のことです。<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120521/17/amazonoamazou/16/4e/j/o0640042711985606969.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120521/17/amazonoamazou/16/4e/j/t02200147_0640042711985606969.jpg" alt="$夢と希望のあまぞう日記" border="0"></a><br><br><br>そもそも、お金が必要な理由とは何だろう。<br><br>お金がない時代は、いわゆる物々交換でのみモノやサービスの受け渡しができませんでした。<br><br><br>だだし、物々交換の際には問題があります。<br><br>①交換するモノの価値が合わないと交換が成立しない<br><br>②交換するモノの価値に保存がきかない場合がある<br>(食べ物、生ものなど)<br><br>③交換するモノの移動が難しい場合、その労力が無駄になる<br><br>それらの問題を解決したのが「お金」なのです。<br><br><br>今回の記事の説明は以上です Σ(ﾟдﾟ；)<br><br>毎度のことながら気ままに書くため、次いつ書くかはわかりません・・<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11256820763.html</link>
<pubDate>Mon, 21 May 2012 18:40:25 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>スキップしながら落ち込むことは難しい</title>
<description>
<![CDATA[ 気分が乗らない時、<br><br>誰にでもありますよね(ﾟ∀ﾟ)ﾉ <br><br>そんな時に思い出してほしい言葉があります。<br><br><br>「スキップしながら落ち込むことは難しい」ということを。<br><br><br>落ち込んでしまったとき、気分がよらない時は、<br><br>体が気分の乗ることをやれば気持ちも変わります。<br><br><br>落ち込んでしまった時は、<br><br>スキップをするなり、ダンスをするなりしてみて下さい。<br><br><br>きっと、気持ちも変わるはずです。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11256301934.html</link>
<pubDate>Mon, 21 May 2012 06:15:33 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>産業革命、IT革命、その次の革命とは？</title>
<description>
<![CDATA[ <br>産業革命、IT革命、その次の革命とは？<br><br><br>18世紀から起きた産業革命(工業革命)により、<br><br>人は莫大な力・エネルギーを思うように使うことを可能にしてきました。<br><br>1990年代から始まったIT革命により、<br><br>人は膨大な情報の収集、高速に解析、情報の発信を可能にしてきました。<br><br><br>人は、体を持ちますが、<br><br>その体でできないとこは道具を使い可能としてきました。<br><br>人は、自己の能力の向上と、道具の改良により、<br><br>進化をしているともとれます。<br><br><br>今後も、機械や情報機器の改良は進み、<br><br>人はより大きな能力を手に入れるでしょう。<br><br><br>道具の改良は進んでも、それを動かすのは人の体。<br><br><br><br>しかし、10年後には、そうではない可能性があります。<br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11254334770.html</link>
<pubDate>Fri, 18 May 2012 23:22:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オカルト？な話⑦　伝えたいこと</title>
<description>
<![CDATA[ ぼく自身は宗教の信仰はないため、独自の勝手な解釈で死後の世界を扱ってきました。<br><br><br>しかしながら、仏教や他の宗教についても部分的には同じようなことが述べられており、<br><br>それらの考え方を知らず知らずのうちに影響を受けていると思います。<br><br><br><br>実は死後の世界ということについては、あるかないかわからないため、<br><br>ぼく自身にとってはどうでもよいことなのです Σ(ﾟдﾟ；)<br><br>なぜ、ここまで長文で述べてきたかというと、単に書きたかったほかありません(笑)<br><br><br><br>今回の話において人に伝えたいことはあります。<br><br>思考・発想や考えた方というものは、誰からも何からも否定されないということです。<br><br><br><br>思考や発想が自分の頭から現実世界に飛び出た結果を、否定や肯定をされることはあります。<br><br>それは人に判断されることではなく、自分が自分自身に判断することでもあります。<br><br>この判断というものは現実世界に生きる上避けて通ることはできません。<br><br><br>自分で決めた思考や発想、もっと言えば思想や宗教、夢や希望というものは、<br><br>現実世界の行動によって試されているということです。<br><br><br><br><br>自分の心、魂の思うままに思考を巡らせ、<br><br>現実世界に適合する方法を模索していくことが生きる喜びであり、そのものの意味のような気もします。<br><br><br>自分の心というものと、現実世界に通じる手段に耳を傾け、<br><br>それらを磨きあげることができれば、<br><br>それは何物にも代えがたい大きな価値になると考えています。<br><br>うまくいかないこともありますが、それが生きる上での指標なのは間違いないです。<br><br><br><br>概念的なことが多い上、中二病とも取れる内容ばかりですね・・・<br><br>ただ、今のところぼくは、そう信じているため、なんともしようがないことでもあります。<br><br><br><br>最後に、魂次元について。<br><br>改めて言いますが、魂次元は仮定の話であり、<br><br>ぼく自身の感じる4次元の一部なのかもしれないし、そうじゃないのかもしれません。<br><br>ぼくの感じる4次元というものも、よく分からないものをすべて別次元の仕業と考えているだけに過ぎません。<br><br>魂次元の存在は、生の次元に点として存在する「魂・精神」をひも解くとこが重要になります。<br><br><br>今後の科学や他の概念が「魂・精神」についてひも解くことができるようになった場合には、<br><br>魂次元の有無がはっきりする可能性が高いです。<br><br>魂次元の先までわかれば、死後の世界の有無やどのようなものかもわかるようになります。<br><br>おそらく、そこまで行ってしまうと世界は・・<br><br><br><br><br>なんにせよ、世の中は、<br><br>分からないからこそ面白いんですよね(ﾟ∀ﾟ)ﾉ <br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11251909759.html</link>
<pubDate>Wed, 16 May 2012 19:37:30 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オカルト？な話⑥　魂次元は存在するか</title>
<description>
<![CDATA[ 最後に、魂次元は存在するかどうかに述べたいと思います。<br><br><br>ここまで、魂次元について述べてきたことは、<br><br>魂主体の、魂という概念に都合のいい仮定から導いた一番しっくりくるだけの考え方です。<br><br><br>ぼくのいう「魂」と「次元」という言葉の概念をちゃんと共有することができれば、<br><br>おのずと同じ結論にたどりつくハズです。<br><br>これにはまる、いい言葉や、概念があれば教えていただきたいぐらいです(ﾉД｀)<br><br>分かりにく説明ばかりだと思うので、もっと国語力を身に着けなければいけないですね。<br><br><br>少なくとも今使っている「言葉」というものも、生の次元のツールであり、<br><br>人と人とが心を通わすために「感情」や「感覚」「概念」を便宜上、計量化したものということになります。<br><br>言葉を超えた感情・感覚・概念でなければ魂次元を説明できないことにもなります。<br><br><br><br>結論は、<br><br><br>始めに言ってしまいましたが魂次元も同じように、<br><br>存在するかもしれないし、存在しないかもしれないものであるということです。<br><br><br><br>頭の中で想像した瞬間、魂次元も死後の世界も存在することになります。<br><br>しかし、それは生きている時だけの話であって、死んでしまったらその思考すら残らない可能性もあります。<br><br>死後の世界というものは、生の世界では存在は確認できず、概念に止まるということです。<br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11251872106.html</link>
<pubDate>Wed, 16 May 2012 06:24:31 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オカルト？な話⑤　4次元目の感覚</title>
<description>
<![CDATA[ <br>今日起きたら、全身の筋肉痛は和らいでました(ﾟ∀ﾟ)ﾉ <br><br>大丈夫そうです。<br><br><br><br><br><br>ここまで来ると、あとは仮定の魂次元が存在するかどうかだけが問題となってきます。<br><br><br>繰り返し言う必要がありますが、<br><br>仮定の上での一番しっくりする考え方を述べているだけで、おそらくぼくはヤバい奴では無いハズです・・・<br><br>たぶん。<br><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120515/21/amazonoamazou/1d/60/j/o0800060011974990617.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120515/21/amazonoamazou/1d/60/j/t02200165_0800060011974990617.jpg" alt="$夢と希望のあまぞう日記" border="0"></a><br><br><br>この図は、簡易的に魂次元を1次元で表しているため、<br><br>実在するかもしれない魂次元は多次元の可能性もあります。<br><br><br>魂次元は、この世のすべての時間、すべての空間、すべての物質と接しています。<br><br><br>今、この瞬間も、私たちの全身の肌と接しており、しかも肌の内側、全身の全ての物質・空間とも接していることにもなります。<br><br><br>魂次元の中に、生の次元が存在していることにもなるので、<br><br>私たちは、魂次元の中に「生きている」ということにもなります。<br><br><br>「生きている」ということは、<br><br>魂があるということ、生の次元において生命活動をしていることが条件になります。<br><br><br>この話を聞くと、<br><br>生き物は魂という点から、無限に広がる宇宙のような魂次元へとつながることができ、<br><br>魂自体は3次元に縛られることなく、自由に移動できる可能性を持っていることにもなります。<br><br><br>ひとりひとりの中に大きな宇宙が存在しているようにも取れます。<br><br><br><br>さらに、オカルト度の増すことを言わなければいけません。<br><br><br><br>実はぼく自身、4次元目を感じることができるんです。<br><br><br><br><br>これは、ヤバいやつと思われる可能性があるため、あまり口にすることはないです。<br><br>前記事にも書きましたが、霊が見えるとかそういった類のことではありません。<br><br><br><br>近い感覚でいうと、<br><br>オウム真理教の脱洗脳をしたことでも有名な苫米地英人さんの言う「A次元・情報次元」や、<br><br>スラムダンク・リアルなどを書かれている井上雄彦さんの、バガボンド内の宮本武蔵の発言<br>「天としっかりつながるほど剣は、そうか、自由で、無限だ。」<br><br>という感覚に似ています。<br><br><br>かなり平たく言うと、<br><br>なんだかよく分からない想像力や情報(生次元にも通じる)が無限に、しかも完全自由に扱うことができるようになる感覚、またその存在をなんとなく感じることです。<br><br><br>部屋に閉じ込められていても、魂や精神、心は閉じ込められることなく、<br><br>自由に動かす、考えることのできる感覚とも近いです。<br><br><br>3次元的に閉じ込められていても、閉じ込められない状態というものは、<br><br>まさしく4次元目の存在の実感にもなります。<br><br><br>しかも、この感覚や概念は誰かが勝手に存在していると思えば、その人の中には存在していることになります。<br><br>だれからも、何からも否定されることはありません。<br><br>現在の物理法則や、科学の見地から見ても何の問題もないことになります。<br><br><br>ただし、<br><br><br><br><br>注意しなければならないことがひとつだけあります。<br><br><br><br>客観的に読んでいる方は分かるとは思いますが、<br><br>この4次元の感覚は単なるぼくの想像であり、存在自体を否定することはできないが、<br><br>その4次元空間には何も存在しない可能性もあるということです。<br><br><br>ぼくはそれでも全く構いません。<br><br>むしろ、この4次元目が存在するとしたら、想像や精神活動の中にしか存在しない上、<br><br>それを証明するために必要なものや4次元との接点は、感覚や概念以外にありえないと考えているためです。<br><br>想像や情報の否定、どこからともなく湧き出る想像や情報を科学的に説明できるようになった場合は、<br><br>その概念こそが、ぼくの考える4次元でもあるため、なんにせよ「ある」ということに変わりはないのです。<br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11251866492.html</link>
<pubDate>Wed, 16 May 2012 06:16:36 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オカルト？な話　コメントありがとうございます</title>
<description>
<![CDATA[ コメントありがとうございます！<br><br>そうですね、取りつかれたんでしょう(´∀｀)b<br><br>でも、まあ何とかなると楽観視してます！<br><br>たぶん明日になったら治ってます。<br><br><br>天国、地獄についてですが、<br><br>個人的にはどちらもないと考えています。<br><br><br>少なくとも、3次元的思考というか、人間の都合の良い考え方なのは間違いないです。<br><br><br><br>死後のことは生きている人間には誰もわからないので、<br><br>死んでしまった後に考えればいい気がします。<br><br><br>なんにせよ、一生懸命生きていないと、<br><br>天国地獄があってもいいことないですよね(ﾟ∀ﾟ)ﾉ <br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11251744512.html</link>
<pubDate>Tue, 15 May 2012 23:15:08 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オカルト？な話④　</title>
<description>
<![CDATA[ <br>4次元目というと誤解を多く生みそうなので、これから述べる次元は「魂次元」と呼ぶことにします。<br><br>現世界の3次元(+時間軸、+α)のことを「生次元」を呼ぶことにします。<br><br>さっき勝手に作った言葉ですが、「魂次元」で検索してみるとなかなか面白いブログがありました(ﾟ∀ﾟ)ﾉ <br><br>ぼくの述べる魂次元はおそらくそれらとは違うため、ちゃんと説明します。<br><br><br>ここでの魂(たましい)とは、生き物がもつとされ、死後の世界にも通じるとされるものを指します。<br><br>人に魂が宿る、死後に魂がさまようといったような使い方をされる魂のことです。<br><br>どこからか来た魂が生き物に宿り、死んだ後も魂がどこかへ行くということなので、<br><br>前記事で述べたことと全く同じことです。<br><br><br>そう考えると魂は、生次元上に点として存在する可能性が生まれます。<br><br>生次元を平面２次元で表すとこのようなモデルになります。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120515/21/amazonoamazou/1d/60/j/o0800060011974990617.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120515/21/amazonoamazou/1d/60/j/t02200165_0800060011974990617.jpg" alt="$夢と希望のあまぞう日記" border="0"></a><br><br><br>今までの科学では魂の存在は確認できておらず、質量も形も確認できていません。<br><br>しかし、平面上の座標を示す点のように、そこにあるのは確かだけれど、質量も、面積も、体積もないもののように魂を扱うことも可能になります。<br><br><br>なぜ、この世は3次元なのか。<br><br>それは、物質の運動が3次元に限定されているためです。<br><br>物質が４次元目の運動を手に入れた瞬間、この世界は３次元に制限されることなく４次元空間が広がることになります。<br><br>今のところ、４次元の世界はドラえもんのポケットにしか存在していません。<br><br><br>魂次元が、生次元に作用するときに、物理的な作用は及ぼすことがないため、<br><br>先ほどの説明に加え、存在の可能性が大きくなります。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11251667479.html</link>
<pubDate>Tue, 15 May 2012 20:55:06 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>オカルト？な話③　死後の世界があると仮定すると</title>
<description>
<![CDATA[ <br>死後の世界があるとした場合はどうなるか。<br><br>ここから、考えるのが一気に難しくなります。<br><br>ぼくの考える死後の世界(あると仮定した場合)は、<br><br>ぼくたちの生きている3次元空間・生の世界の理論はほぼ通らない世界である可能性が高いです。<br><br><br>ぼくは幽霊を見たことはありませんし、生まれ変わりを感じたこともありません。<br><br>いわゆる、心霊体験や、スピリチュアル体験には疎い人間です。<br><br>死後の世界を仮定する場合は、その世界自体を4次元目と考えることが妥当な気がします。<br>(ここで述べる4次元目とは、アインシュタインのように時間軸を加えたものでも、「生の世界」に存在するかもしれないとされる次元ではありません。もっとも物理的な空間とは程遠いものの可能性もあります)<br><br>なぜ、そう考えるか。<br><br>3次元空間に死後の世界をいう4次元目が交わっている可能性を誰でも感じることができるためです。<br><br>「生まれる」ということと、「死ぬ」ということの二つです。<br><br>死後の世界ということを仮定しているため、当然といえば当然ですが、<br><br>3次元空間にどこからともなく生まれて、どこへとなく消えていく様は4次元目の存在を強く感じさせてくれます。<br><br>そう考えると「死後の世界」とは「生前の世界」とつながっており、<br><br>生命活動とは3次元世界(時間軸も含む)と結ぶインターフェースに過ぎないということになります。<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/amazonoamazou/entry-11251546279.html</link>
<pubDate>Tue, 15 May 2012 20:23:40 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
