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<title>介護認定と高齢者</title>
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<description>介護・手続き・病院や高齢者について。参考程度です。</description>
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<title>ネットとリアルの混沌</title>
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<![CDATA[ <p>　その昔、後にBIGタイトルになるファミコンのRPGソフトが販売された際、子供が自身を勇者と思い込み現実社会から乖離するという現象が見られました。</p><p>　この現象の新しかった特徴として、それまでのヒーローやキャラになりきる遊びとは異なり、自らがRPG世界の中で行動する視覚的認識を脳の中で重ねてしまった点がありました。</p><p>　この現象は2023年となった現代において、ゲーム空間のみならずネット空間が第二世界となり、時にそれは学校や親と接する時間を大きく超えて現代人が得る情報の礎になっていたりします。</p><p>　ここは元々介護認定などの補足的記事から始まっていますが、今自分が行政や福祉、医療などから聞く部分に、前述した部分と関連する価値観の転換が存在するのではと感じています。</p><p>&nbsp;</p><p>　ネット空間の文体には現在『いわゆる正論』が通用しません。</p><p>リアル社会の情報や法、秩序は、SNSなどにおいて常に逆張りと匿名による錯誤された言論の自由が一般化しています。</p><p>大衆論は時として犯罪行為を正論で文体の暴力に置き換えたりもしますが、この場合の正論についてもユーザーを個別に掘り下げてログを見た場合、日常からまっとうなモラルを持っているかどうかの判断は半々だと感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>　現在のネット空間の本質は束になっている個人。という状況がはっきり見えています。</p><p>どのような指摘であれ、他者からの正論や指摘は攻撃と扱われるケースが多く、これはSNSの大半を占める趣味のジャンルなどでも同様と感じます。</p><p>皆で○○しようね、といった部分はイベントなどの参加者らも同調しますが、個人への指摘はその限りに見えません。</p><p>　ネット空間での匿名個人はストレスフリーである反面、リアル社会のモラルや秩序といった部分での指摘に対してはアレルギー的な防衛反応を見せるユーザーも多く存在します。</p><p>&nbsp;</p><p>　ネットのノリ、と称されるこうした部分は既に現代社会において、現実の社会秩序やモラル、時に法からの指摘や遵守においても同様のアレルギー反応を見せることが増加していると感じます。</p><p>　お役所や行政、医療、教育などは性質上、利用者への指摘や指示、審査などが多いですが、ここ近年見えているのはそうした部分への不可解な独自ルールを掲げる利用者、手続きにおける法的根拠の一文までの提示要求、誰がどの指示にどの程度受け入れを示しているか数字の提示要求、はたまた正しく提示したとしても、その根拠の正当性を認めないなど、その論調にはネット空間で定番の『ソースを示せ』『自分がそうする根拠を示せ』が、はっきりと透けていたりします。</p><p>&nbsp;</p><p>　こうしたネット空間の価値観の染まってしまった人たちは気がついていませんが、これは昭和時代のヤクザが因縁をつける手口と同様だったりします。対応には複数の人間が必要となり、実際にそうであったように、そうした因縁をつける人間、集団は社会から遠ざける流れになってしまいます。</p><p>　もう一つ酷似しているのは、企業や他者を無法的に暴露したり、名を貶める行為をして金銭を得る点でしょう。</p><p>ネット空間での個人認識と価値観は既に言論の自由やモラルを錯誤しているため、悪意を持った情報発信者との相性は元々極めて高いものになっています。</p><p>　</p><p>　具体例にリアル社会の引用を述べるとキリがありませんが、ネット空間での『おらが大将』の域は既に経過しており、現在はSNSや配信収益などによる利益に強く結びついています。</p><p>　他者の共感や収益は自らの体感になり、その認識は個人の価値観へ直結します。それが間違っていたとしても認識は指摘を受け入れることは無いでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>　日本の憲法はもちろんネット時代に制定されておらず、個人の電子的な情報発信を想定していません。個人のネット放送、配信における法も存在せず、アプリの条件、国家のFWも存在していません。</p><p>　現代国家における秩序と自由、この部分に第二世界であるネット空間を定め、情報と認識における取得バランスを再構築しなければ、文頭に記述したような誰もが勇者である社会が形成されてしまうと自分は見ています。</p><p>&nbsp;</p><p>　パンデミック下で痛感したのは医療や行政の側に立つ人間が、これほどまでネット空間の価値観に毒されていた事実、悪意を堂々と流布しながら活動し、そこに抑止を持たない行政と医師会、それは次第に不可解なネット政党や、自身をネット空間の中で完全に勇者にしてしまった元総理襲撃者、追従する現実社会の認識を失った多くのネット空間のユーザーなどは、既に放置する域を大きく逸脱しているのではないでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>　現在の状況が修正無きまま経過していくと、社会形成は教育も指導も、指摘もモラルも水準を失っていくと自分は確信しています。個人の自由が遵守されるのではなく、混沌したネット空間の個人主義だけが加速していくことになるでしょう。それだけ現在の人間がネット空間に関わっている時間が膨大であるという点です。</p><p>&nbsp;</p><p>　文頭のたとえに戻りますが、過去の対応はゲームを一日1時間、といったフレーズで現実との乖離にバランスを取りました。現代では不可能です。誰もがネット空間、SNSでは主役であり勇者です。悪意ですらお金になり信仰者は後を絶ちません。幼稚な価値観が更新されないまま大人になる層、本当にネット空間から勇者になろうと武器を手にする層、既に政府、行政ですらその側に堕ちている層もいますが、はたしてどうなのでしょうか？</p><p>&nbsp;</p><p>　この流れが現代、人の進むべき方向なのか、それとも改善しなくてはいけないものなのか？</p><p>　自分は後者を選択したいと考えます。現実社会において。</p><p>　</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12793906255.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Mar 2023 01:49:41 +0900</pubDate>
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<title>このblogについて（記事一覧）</title>
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<![CDATA[ <p>介護認定の申請、主に新規、初めて向けへ参考になればいいな程度のものです。</p><p>認定の運用は２０１６年８月時点で書いたものです。</p><p>&nbsp;</p><p>介護認定の新規は、お役所に行って様式へ書いて主治医名を記載すれば良いのですが、</p><p>実際はそれですんなり行く事が無い場合があります。</p><p>それは運用を扱う行政や医療の他の機関や、いくつか経由した方が良い手順を利用者が知らない点が存在しているからと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>扱う側が知っていて、利用者が知らないことは多くあります。</p><p>ここが介護認定の申請で混乱を発生させている１つの原因とも思います。</p><p>詳細や専門用語、法的な部分には触れないようにして、さらっと書いておきたいと思います。</p><p>他、病院や看取りの事などについて、思い出した時に追記していきます。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="text-decoration: underline;"><span style="font-weight: bold;">〇介護申請について</span></span></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12217674070.html">１．介護認定しようと判断したらまず包括センターへの相談活用を</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12217678635.html">２．介護認定（新規）は、医師への説明が申請よりも先</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12217689764.html">３．入院中や他院での介護認定について</a>&nbsp;</p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12217703253.html">４．包括ケア病棟について</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12221732128.html">５．介護認定調査員への対応</a>&nbsp;</p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12226363533.html">６．認定が決まったら ～ケアプラン作成の依頼～</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12324789757.html">７．在宅医療・介護連携推進事業について</a></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-weight: bold;"><span style="text-decoration: underline;">〇その他・雑記</span></span></p><p><a aria-current="page" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12618886774.html" rel="bookmark">自立と早期退院の問題</a></p><p><a aria-current="page" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12438009829.html" rel="bookmark">行政との対応のコツ</a></p><p><a class="skinArticleTitle" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12406907835.html" rel="bookmark">老害と呼ばれる高齢者</a></p><p><a class="skinArticleTitle" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12402614862.html" rel="bookmark">老後の住環境を描くこと</a></p><p><a class="skinArticleTitle" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12402602440.html" rel="bookmark">認知症サポーターキャラバンについて</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12399736782.html">認知症による危険行動への理解とは（地域社会）</a></p><p><a class="skinArticleTitle" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12397674818.html" rel="bookmark">認知症と病院の選択</a></p><p><a class="skinArticleTitle" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12397266043.html" rel="bookmark">認知症について</a></p><p><a class="skinArticleTitle" href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12394678890.html" rel="bookmark">怒ったり人が変わったようになる高齢者</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12247770536.html">高齢者と医療の現在</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12247772274.html">在宅か施設か</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12247773713.html">終末期か要医療か</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12257959619.html">病院と医師の見極め、あれこれ</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12269918950.html">バイタル測定機器など</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12269919635.html">一度目の入院の後は、特にお大事に</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12269922075.html">癌・告知・医療との関わり</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12269922984.html">生きるエネルギー・生きがい</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12275428855.html">高齢者と病気の抵抗力</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12291661147.html">病院の待ち時間</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12294058365.html">高齢者と薬と指針について</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12319160786.html">病院（医療）と介護（要介護）と高齢者</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12333408195.html">病院の使い方（一次・二次・三次）</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12333409032.html">情報を病院へ伝える手段（救急）</a></p><p><a href="https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12337106191.html">インフルエンザ流行時の入院と高齢者</a></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 19 Aug 2020 15:16:29 +0900</pubDate>
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<title>自立と早期退院の問題</title>
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<![CDATA[ <p>　ある病院のリハビリルームで、長いこと知り合いの医師はふと「いよいよおかしくなってきた」とぼやきました。</p><p>&nbsp;</p><p>　最近の高齢者における政府方針は早期自立、早期退院、在宅介護の３つが柱です。要は社会義務支出抑制がその理由です。それ以外でも病院はとかく入院患者にベッドを長く使わせないことが収入増へ繋がる仕組みになっているため、近年では何故か早期退院のために患者が尻を叩かれる、治療を受けに通院しているはずが叱責されたりなんだりという状況が日常で見られるようになりました。</p><p>　早期〇〇、という方針が定まっているので他に選択肢はなく、定められた方針には猪突猛進ならぬ盲信になってしまうのが日本の行政、医療などのサービスだったりします。中間はありえないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>　病院のリハビリルームでは既に自立など見込めない高齢者達が、日々無理やり形だけのリハビリを受けている現場を目にします。その光景は患者に言わせれば地獄、医師に言わせれば追い出しリハビリ、atc。。。の場合も多くあります。</p><p>&nbsp;</p><p>　本来であればもうベッドの上で介護生活に入るべき高齢者であっても、<span style="color:#ff7f00;">居場所を間違えるとそこは言葉通りに地獄となります</span>。定時に鬼が無理やりやってきて棒の間を渡らせられたりします。しないと駄目だから、早期退院しないと駄目だから、早く、早く、と追われていきます。</p><p>　その鬼たち、というか医療もまた政府から早期自立、早期退院を常に急かされています。</p><p>&nbsp;</p><p>　病院も介護施設も、ときには福祉の担当者すらも、よく目を開いてそれらを利用しなくてはならない時代です。</p><p>それは命の選択です。いよいよおかしくなってきました。本当に。</p>
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<pubDate>Wed, 19 Aug 2020 15:14:29 +0900</pubDate>
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<title>行政との対応のコツ</title>
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<![CDATA[ <p>　過去記事の中で、行政が提供するサービスについて、行政担当者が分かっている事の大半を利用者は知らない。という点に触れました。<br>　実際に福祉行政というのは申請を受けてサービスを審査し提供するという部分が主流ですが、利用者は介護一つについても、どのような審査条件があり何を提供しているのか？それを利用するにあたって利用者が何をしなくてはいけないのか？という部分については知る場がありません。学ぶ場もありません。<br>　対して行政は法に基づき長時間の研修や資格を得ているので当然に熟知しています。<br>　こうした知識の差が行政とサービス利用者において時にトラブルを起こすのは日常だったりします。<br><br>　これは介護福祉のみならず、お役所のサービスを利用する場合に様々な時間の浪費を生む事が慣習になっています。窓口のたらい回し、説明不足による利用者の二度手間、本来受ける事が出来るサービスを知らない事によるジレンマ、何故そうしなくてはいけないかという説明不足から発生する行政と利用者の衝突や法廷による解決、などなどです。<br>　仮に利用者が知識を有し、行政の説明不足や対応のNGを指摘したとしても、行政側は行き違いがあって申し訳ありませんでした、としてそれは処理されてしまいます。その原因が組織として改善される事はまずありえず、世論になるような事態でも発生してからやっと重い腰が上がるのは解る通りです。<br><br>　ただ、最近のお役所も少しではありますが、こうした問題に視点を置き始めており、自治体ごとのサービスを公表する冊子や、WEBなどでも条例や詳細を公開する動きがあります。<br>　それにしてもまだまだ利用者の視点と現状においては、知っている側の行政と知らない側の利用者という問題は多く見られ、多くの人は行政のサービス利用時に手間を取られているのが実態です。<br><br>　医療におけるソーシャルワーカーや介護のケアマネ、はたまた生活支援のケースワーカーなどは本来こうした問題のコンサル的役割を担い、利用者が必要とするサービスの詳細や手続きなどを仲介する役割があります。<br>　しかしながら、こうした職の人材も仕事としてサービスを提供するという行政システムが現状のため、結局は分かっている側としての行政対応を利用者へ展開しがちだったりします。</p><p>　行政マンというのも人間であるため、例えば実際に家族などが福祉を利用した経験などがあり、職務においてもそこを理解し利用者へ熱意的に動く担当者もいれば、そのあたりは認識になくシステム的に行政サービスを処理する人もいます。ひどい人材になると福祉利用は国益にならないという認識の行政マンもまた一定に存在します。</p><p>　行政の担当者には他にも知識や経験の差において、いわゆる当たり外れが存在します。これは行政だけではなく全ての職にも言える事なので、ひとくくりに行政マンの質を求めるのは難しいでしょう。<br><br>　なので、こうした行政との対応において利用者の知識として何が必要なのかについて少し触れます。<br><br>　行政サービスにおいては、まず<span style="color:#ff7f00;">どのような支援サービスを該当の自治体が提供しているのか</span>を、ざっと知る事が必要です。介護にしろ他福祉にしろ、お住まいのエリアで、どのような行政サービスがあるかを知っておく事が知識になります。<br>　お役所のみならず、社会福祉協議会やボランティアなど、関連の行政組織なども多くのサービスを展開しているので、WEBなどでリンクを辿ってみるのも良いでしょう。他にも医師会や地域の医療包括事業、相談先などもいざという時に知っておいて知識になるものがあります。<br><br>　次に実際に福祉サービスが必要となり、行政などの担当やソーシャル、ケースワーカーなどと対話が必要となった場合ですが、<span style="color:#ff7f00;">お役所行政のサービスというのはほぼ基準とフローチャート式で流れが決まっている</span>ので、そのサービスを利用するまでに必要な行程を書き留める事が良いでしょう。<br>　その行程表の中で、必要な書類や他の窓口へ行かなければならないものなども書き加え、二度手間を回避することが必要となります。<br>　なぜならば、行政サービスは前述の通りにサービス提供における条件を含めたフローとマニュアル、システムを持っているためです。加えてこの内容は利用者に公表されず説明される事もありません。<br>　なのでサービスの説明を行いはするものの、利用者の認識で手続きミスが生じると行政側はそれをはじきます。<br>　それは最初から違う窓口であったとか、この説明でそれは言うまでもない事だったから、という認識を時に行政側は利用者へ正当化したりもします。行政側は分かっている側だからです。いわゆるお役所対応で、多くの人は経験があると思います。<br>　ここを対話だけで進めてしまうと、知っている側の行政と知らない側の利用者間において、言った言わないのトラブルや、認識違い、説明不足の見落としなどが生じるリスクが高くなります。<br>　特に福祉申請の対話というのは、利用者の申し入れや状況などの会話が多く盛り込まれるため、行政担当者側のトークにおいても横道に逸れる事が多くあります。その中で本来伝えておくべき事が欠落してしまうというのは、行政といえど対話においては人間であるという事です。<br><br>　ここを回避するために、<span style="color:#ff7f00;">利用者は行政との対話の中で簡単に行程表をフローとし書きまとめ、必要なものを追記し双方で確認しておく</span>と良いでしょう。<span style="color:#ff7f00;">その時に行政側がそのフローに欠落しているものは気がつくはず</span>です。<br>　対話だけはなく、<span style="color:#ff7f00;">可視化</span>、という点が行政との対応において有効な部分です。<br><br>　<span style="color:#ff7f00;">行政サービスを利用する知識として、まず地域でどのような窓口とサービスがあるのかを知っておく事、利用時には行政担当者と対話し、行程フローと必要な用意を書きまとめ、それを双方で確認しておくこと</span>。<br>　これが最低限必要かと思います。<br><br>　<span style="color:#ff7f00;">対話による不足を補うために行程やフローチャートを可視化し、双方でチェックする</span>。といった部分が複雑な行政サービスを利用者が円滑に利用するための手法の一つだと思います。<br><br>　こうした流れの中で、もし行政サービスが受けられないといった場合は、何故それが受けられないのか？といった部分について行政へ説明を求める事も必要です。そして、他の選択肢のアドバイスを求める事も時には必要になるでしょう。<br>　<br>　余談ですが、行政サービスというのは申請しなくては受ける事が出来ません。<br>　その手続きにおいても行政のフローチャートに沿わなければ受ける事は出来ません。<br>　手続きミスから行政が却下した場合でも、利用者がそこで辞退すれば行政はそれ以上アドバイスもコンサルもしません。<br>　必要なのは、行政へ求める事です。求める事については対応してくれます。言わなければ対応してくれません。<br>　何かと難しい、お役所との対応ですが、少しでも参考になれば幸いです。<br>　<br><br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12438009829.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Feb 2019 17:36:27 +0900</pubDate>
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<title>老害と呼ばれる高齢者</title>
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<![CDATA[ <p>　老害と呼ばれる高齢者は主にネットで扱われることが多いです。<br>　その呼び名の通りに、若者から見て害をなす高齢者を指していると思います。スラング的な言葉なので定義は曖昧です。傍若無人に振る舞う高齢者は現代においてほぼ間違いなく老害と呼ばれるでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>　認知症による症状や他の精神疾患、人格障害なども老害と呼ばれることがあります。</p><p>　若者や年下へ害をなしていなければ老害とは呼ばれません。<br>　特徴としては、やはり高齢であることを優位にして理不尽な行動を行うといったものでしょう。</p><p>　会社や自治会などでも若者や年下への理不尽な慣習の強要、自身の年齢が上であることを優位と認識しているような性格の持ち主などは当然に老害と扱われるので注意です。</p><p>&nbsp;</p><p>　<span style="color: rgb(255, 127, 0);">現代の日本では年下が年上を無条件に敬うという価値観はありません。</span>その価値観は既に古いだけではなく、理不尽な強要でしかありません。高齢者を大切にという部分とは別物となっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　人間は高齢になるほどに精神も身体も衰えます。若者のほうが優れているのが正解です。経験という部分で年を重ねた人間の蓄積が多いという認識もあるでしょうが、実際はこれも年齢はあまり関係がありません。<br>　人間の仕組みとして能力や経験といった部分では、高齢者も若者も関係がなく、素質や才能といった部分での能力には年齢が関係なく個人差としてそれが存在します。</p><p>&nbsp;</p><p>　但し、会社や組織などでは当然に新規参入者よりも長く務めている人間が経験を有しています。労働社会が基礎であった過去の流れからは、そうした箱の中でどうしても年齢を積み重ねた人間が若者よりも優位に立ってきた経緯なども実態としてあります。</p><p>　そうした層が今になってその価値観を若者へ行使し、<span style="color: rgb(255, 127, 0);">年上は無条件で若者よりも優位であると認識していたり、過去の会社や組織で経験してきた年功序列慣習を現代にミスマッチさせて行動したりしているのが老害と呼ばれているのかもしれません。</span></p><p>&nbsp;</p><p>　いずれにせよ、そうした高齢者を説得したりすることは数十年前のコンピューターへ最新のOSをインストールするのと同じであるため、規格もキャパも無理があるでしょう。<br>　もしそうした高齢者に認知症や精神症状が存在することが分かっていれば良いのですが、多くの場合そうではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>　対応としてはネットなどでも書かれているとおり、関わらないことが最良です。<br>　会社や組織などでやむなくスルーできない場合では、特に若い人は現在の価値観を貫くことが最良の方法です。よほど人格的に問題が無い限りは、老害と呼ばれる高齢者でも自身の価値観が現代社会に沿わないこと、おかしな価値観であることを一定に認めていくでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>　また、高齢者でも誰でも、ハラスメントや暴力などの危害を行っているような場合は速やかに警察へ通報することも対応の選択です。現代ではスマホの普及から画像や映像、音声記録は簡易に行うことが出来ることや、そうした内容も簡易に可視化することが出来ます。</p><p>&nbsp;</p><p>　認知症の理解も必要なことですが、現代の高齢者に対しても老害と呼ばれる理不尽な価値観について、それが既にミスマッチであるという理解を広めていくことが必要と思います。<br>　高齢者だけではなく、若者も大切にしていくことが必要でしょう。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12406907835.html</link>
<pubDate>Sun, 23 Sep 2018 05:14:16 +0900</pubDate>
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<title>老後の住環境を描くこと</title>
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<![CDATA[ <p>　雑記でも多く触れましたが、いずれ必ずやってくる人生の終末を見据えた場合、どのようなライフスタイルを描くのが良いのか？という点で、ここでは現在の情勢で住居の選択について触れます。</p><p>&nbsp;</p><p>　老後にいずれ必要となるのはどうしても医療と介護です。これは現在の社会で誰もが避けて通ることの出来ない部分でしょう。そして他者のサポートが必ず必要となります。</p><p>&nbsp;</p><p>　持ち家やマンションで主に子が親の老後を看取るまで対応するのであれば問題がありません。<br>　そうであっても子が仕事などで日中は不在であったりすると、やはり大変なケースは多いです。</p><p>&nbsp;</p><p>　こうした部分で老後の選択に有効となる一つに、介護サポートの対応がある住宅があります。<br>　いわゆる<span style="color: rgb(255, 127, 0);">サービス付き高齢者住宅（サ高住）</span>などです。</p><p>&nbsp;</p><p>　退職後の高齢者世帯などでも、自立しているうちにこうした住宅へ転居する層は増加しています。<br>　ポイントは自立しているうちにということです。サ高住は基本的に一般の住宅と同様なので、老後の生活においても特に不自由となる部分はありません。<br>　趣味や第二の人生を過ごし、いずれ到来する介護のサポートが必要になった時にも専門的な支援を先に繋げることが出来ます。</p><p>&nbsp;</p><p>　サ高住の多くは６０歳以上、要支援または要介護が条件となっている物件の他、介護認定が無くとも入居可能な物件も多くあります。<br>　サ高住は身体症状が一定に悪化した場合は住むことが出来なくなります。その場合は介護施設へとなりますが、そこにおいても在宅から急遽施設探しに奔走するといった部分とは異なり、転居を含めてサポートを受けることや、他にも様々なケアやサービスを受けることが出来ます。</p><p>　また、家族の方もこうしたサ高住のような住居に親族が入居していることで、負担の軽減や専門の相談先を得ることが出来ると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　高齢者を取り巻くリスクの一つは孤立です。<br>　ここには一見して家族が対応しているという見落としもあります。同居していても朝晩以外は孤立している高齢者は多く、時間的な孤立というのも問題の一つとなっています。<br>　サポート付きの住居というのは、そうした部分で役に立つ部分は多いとも思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　余談と私見になりますが、高齢者が終末を迎えるまでの期間というのは、突然死を除けば子どもから誕生までの逆方向へ進むのと似ていると自分は感じています。<br>　その過程には他者の支援が必要となり、やがて介助や医療が必要になっていきます。住居や周囲の環境というのも大人が自立しているソレからは離れていき、終末にはベッドや布団が必要になってきます。<br>　なので、住環境についても高齢者はそこを見据えて対応していくことが良い老後の選択になるとも思っています。<br>　<br>　今回触れた部分は、あくまで一つの話でしかありませんが、サ高住→介護施設or医療施設→看取り　という老後の住まいのライフスタイルを描くことも現代の社会では選択肢でもあると思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12402614862.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Sep 2018 16:25:08 +0900</pubDate>
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<title>認知症サポーターキャラバンについて</title>
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<![CDATA[ <p>　ここ数年の認知症対策への地域取り組みとして、行政が展開している施策の一つに<span style="color: rgb(255, 127, 0);">認知症サポーターキャラバン</span>というものがあります。各自治体ののホームページなどでも多く公表されています。</p><p>&nbsp;</p><p>　仕組みとしては、説明会に参加することにより認知症サポーターとしての参加意志が認められることになり、その後登録や研修を受けるのであればキャラバンメイトという役割を担うことになります。</p><p><br>　キャラバンメイトは自治会や地域で認知症サポートの研修や広報を行うことが出来ます。</p><p>　ただ現在はあくまでサポーター参加とキャラバンの展開という段階にあり、実際に認知症を抱える家族や、そこに対して何を行えるのか？という部分については法的整備が追いついていません。</p><p>&nbsp;</p><p>　ここを見据えて、登録されている認知症サポーターと認知症患者や家族との橋渡しを行うコーディネーターを置き、実際にサポーターを活動させようという動きが開始されます。<br>　この事業はオレンジリンク事業という仮称になっていますが、認知症患者や家族と認知症サポーターをコーディネーターが繋げ、身の回りの簡単なサポートを実際に行ってもらうというものです。</p><p>&nbsp;</p><p>　このような施策や、認知症施策推進に政府で提案と役割を持ち、舵を取っているのは公明党です。<br>　一部の声ではやはり新興宗教を母体に抱える政党という視点から、関わりを持ちたくないという人もいます。</p><p>　こうした福祉系ボランティアはどうしても家族の情報などが必要となるため、そうした家の中の話をなるべく外の人には伝えたくないというのもあると思います。</p><p>　人の噂話などでも、あの人の家は認知症で大変で……　という部分も、どうしても出てくるからです。</p><p>&nbsp;</p><p>　しかしながら、行政の施策を推進する政党というのはいかなる場合でも当然にそれを選挙の票や、自らの政党の利点とするのはやむを得ないと思います。彼らもまたタダでは仕事をしない為です。</p><p>　そのあたりを踏まえて、こうした認知症サポーターや地域の取り組みについて、活用出来るものは活用し、地域の理解を得ていくという選択も必要になっていくと思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12402602440.html</link>
<pubDate>Tue, 04 Sep 2018 15:23:59 +0900</pubDate>
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<title>認知症による危険行動への理解とは（地域社会）</title>
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<![CDATA[ <p>　認知症について理解しましょう、という部分は今後の社会において必要な部分です。<br>　しかしながらここを間違えて認識してしまうのは良くありません。</p><p>&nbsp;</p><p>　結論から言うのであれば、<span style="color: rgb(255, 127, 0);">認知症において他者や地域社会生活へ及ぶ危険行動がある場合はそれを容認してはいけません</span>。これが認知症への理解の一つです。</p><p>&nbsp;</p><p>　社会的な理解という側面では、レストランや公共施設で認知症患者を差別しない、優先利用があれば支えてあげるなど、現在の身体障害者や高齢者と同じ部分で理解していけば良いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>　但し、他者へ攻撃を行ったり徘徊してしまったり、他にも社会生活そのものに対する異常行動が見られる認知症、あるいはそれが疑われるような場合では、容認という理解を用いてはいけません。<br>　<span style="color: rgb(255, 127, 0);">その場合は速やかに地域や行政と連携して対応すること、それが正しい理解となります。</span></p><p>&nbsp;</p><p>　特に徘徊行動などでも、最近ではGPSを活用して認知症患者が一人で散歩に出ていたりもするようですが、自分は徘徊行動が確認された認知症患者を、屋外で一人で歩かせるのは危険行動であると理解しています。<br>　徘徊する側に巻き込まれてしまう事故やトラブルを含め、他者と社会が受けるリスクが必ずそこに存在するためです。しかもケースは予測不可能です。<br>　もしも信号無視や道路横断で誰かが轢いてしまったら、もしも誰かの家の敷地でトラブルを起こしてしまったら、などなど、<span style="color: rgb(255, 127, 0);">認知症の行動においては特に家の外において他者へのリスクを様々に想定しなければなりません。</span><br>　<span style="color: rgb(255, 127, 0);">ここを勘違いして認知症の徘徊を理解してあげましょう、として「容認」するのならそれは間違いです。</span><br>　一人で徘徊している認知症患者には声をかけ、一人で出歩くことの危険を家族へ伝えてあげることが必要です。</p><p>&nbsp;</p><p>　徘徊は一つのケースですが、何が認知症患者への正しい「理解」であるのか？、家族が理解しなくてはならない社会責任が何であるかという事、その理解こそが必要と思います。</p><p>　患者や家族はもちろんのこと、<span style="color: rgb(255, 127, 0);">他者や周辺生活、社会生活もまた守って生活しなくてはなりません。それは認知症であっても同様であること、その理解が必要です。</span></p><p>&nbsp;</p><p>　他にも車の運転や職業のミスマッチ、あえて治療させない家族の元で生活する高齢者、正しい病院を選択しないままで症状の悪化を招くケース、孤立した生活の認知症患者などなど、診断すら行われていない高齢者は未知数になっており、それは日々増加しています。</p><p>&nbsp;</p><p>　国民全体として見れば、生活の中で認知症へ関わることというのはまだ限定的です。<br>　しかしながら、もしも関わることになった場合、その知識の範囲において選択が大きく変化するのも認知症です。<br>　ここで書いたのは特に危険行動と社会生活の部分ですが、参考になればと思います。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12399736782.html</link>
<pubDate>Thu, 23 Aug 2018 03:38:09 +0900</pubDate>
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<title>認知症と病院の選択</title>
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<![CDATA[ <p>　前回の記事で認知症について簡単に触れました。<br>　では、どんな病院を選択するのか？　という部分について触れたいと思います。</p><p>　あくまで一つの参考として読んで頂けると幸いです。</p><p>&nbsp;</p><p>　認知症で病院にかかるには、そのニーズがいくつかに分かれています。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: rgb(255, 127, 0);">・初期または初めて病院にかかる場合</span><br>　このケースでは本人が一定に自覚している場合、または家族などの意向に本人が納得していることがあります。<br>　周辺症状が発生しており、本人の行動が高度に問題化している場合は次の項目で触れます。<br>　MCIのような軽度を含め、初診で認知症を疑って病院にかかる場合は、大学病院あるいは地域の基幹病院のような病院が選択となります。<br>　画像診断に必要な設備が必要なこと、<span style="color: rgb(255, 127, 0);">心理や様々な診断を行う臨床心理士、専門医が必要であること、他の疾患についての確認や検査が必要</span>であることが理由です。<br>　最近ではこのような初診予約でも、ワンストップで画像診断までを一日で行う大学病院もあります。</p><p>　<span style="color: rgb(255, 127, 0);">専門医については、日本認知症学会のHPに一覧</span>があります。そうした医師がどの規模の病院にいるのかも分かると思います。そして、地方によっては認知症専門医が不在傾向であるということも分かると思います。<br>　</p><p>　物忘れ外来という診療科を持つ病院で注意しなくてはいけないのが、認知症の鑑別を行えるかどうか？という部分です。画像診断のみ行っても認知症の鑑別が行えないと、結局は別の病院へ行くこととなります。その後の選択を誤って精神科へ行き投薬を受けた場合、症状が悪化というするケースもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>　認知症の診断には適切な病院を選択し、まずは必要な検査を全て行い診断を得て、その後の治療に繋げることが良いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: rgb(255, 127, 0);">・周辺症状の改善を重視しなくてはならない場合</span><br>　認知症や精神症状が疑われる場合で、優先して問題行動の沈静化が必要な場合は精神科の受診が必要となります。</p><p>　この場合、上記で触れた大学病院などを選択出来る場合はまだ良いのですが、そうもいかないケースがあることによります。<br>　可能であれば認知症を扱い、認知症専門の病棟を持つ病院を選択することが必要です。<br>　精神科においては薬による沈静化や問題行動の改善を扱います。また認知症の場合で入院が必要であれば認知症病棟を持つ病院を選択するのが良いでしょう。即時入院となるケースがあるからです。<br>　一般の精神科などで認知症患者を急性期病棟に入院させてしまった場合は、どうしても他の精神症状で入院している患者さんとの扱いを分けなくてはならない場合があります。そうなると結果的に隔離病棟で拘束されてしまい、入院も長期化することがあります。なので、このようなケースの場合は認知症を扱う病院、認知症病棟を持つ病院を選択することが良いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: rgb(255, 127, 0);">・既往症と認知症が合併している場合</span><br>　一番難しいケースです。通院で治療を行っている場合はまだ良いのですが、いざ入院が必要となると、認知症を抱える高齢者の合併症治療を受け入れてくれる病院の選択は一気に少なくなります。<br>　受け入れしてくれたとしても２４時間の付き添いや、身体拘束の条件などが求められることも多いでしょう。<br>　もしこのような状況で病院の選択が困難になる場合は、地域の包括センターや医師会へ相談し、受け入れを行ってくれる病院を探す方が良いと思われます。<br>　また、がんや繰り返しの入退院で身体の症状が不可逆であり、かつ認知症を抱えているために病院の受け入れが困難の場合は、最後の判断として在宅による看取りや医療による緩和ケア対応を判断することも時には必要となります。<br>　病院に入院させ拘束を行ってでも治療を行うか？それとも本人の環境を優先するか？この判断は時に必要となってくるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color: rgb(255, 127, 0);">※その他</span><br>　いずれのケースにしても、可能であれば地域包括や医師会が提供するサービスへ相談しておくと良いでしょう。<br>　その上で、どのようなニーズで病院を探しているのか？どの診療科を受診するのかなどについても情報を得ておくと良いと思われます。</p><p>　また、受診の際には病院側でも問診票があると思いますが、</p><p>&nbsp;</p><p>・本人歴（これまでの経歴、病歴、事故、通院と薬、他病因と医師名、性格の特徴など）<br>・家族歴（家族構成、亡くなった方の病因、家族の病歴）</p><p>&nbsp;</p><p>などについては、簡単にメモを用意しておくと受診時に思い出さなくても良いでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>　受診の際に家族が付き沿うことも多いですが、本人が意識障害などで話せない場合を除き、基本は医師と本人を対話させることを心がけた方が良いです。家族の方は本人の後ろに座るなどすることが良いでしょう。<br>　家族が中心に医師と対話してしまうと、本人の状況を医師が把握しきれないことがあります。また、本人の症状と家族の所見が異なっている場合も多くあります。<br>　家族から医師へ話したいことがある場合は、本人と医師の対話や診察が終わったあとにすることが良いでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>　また、家族の今後や介護のお話などは、医師ではなく病院側で対応することも多いので、そのあたりも理解しておくことが必要です。医師は治療を担うのが役割であるためです。</p><p>　例えば、認知症の家族の介護を行えないので、早く診断して介護施設に入れてほしい、という状況などですが、そのあたりも医師ではなく病院の担当などへ伝えることが望ましいでしょう。<br>　ただ、あまりにそこを目的として受診させているような部分であれば、そのあたりは専門医が簡単に見抜きます。<br>　そのようなケースでは認知症患者と家族の状況について問題が強い場合が多く、本質的な問題も家族が隠したままで話を進めてくる場合もまたあります。<br>　なので、どのような意向であっても落ち着いて、お話を医師や病院へ伝えることが必要です。</p><p>&nbsp;</p><p>　認知症の鑑別や診断以降は、やはり通院や介護費用の問題が必ず発生します。<br>　全てを完全に満たすことは難しいため、長期的な視点を家族と本人が持ち、何かを優先にして何かを切っていかなければならないことは普通にあります。<br>　家族会や地域の相談などは最近増えてもいるので、そうしたサービスを活用することも良いと思います。情報が増えるだけでも、その後の選択や判断に力になると自分は思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12397674818.html</link>
<pubDate>Mon, 13 Aug 2018 21:28:44 +0900</pubDate>
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<title>認知症について</title>
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<![CDATA[ <p>認知症について簡単に触れます。例として４大認知症と呼ばれるものは下記です。</p><p>&nbsp;</p><p>・アルツハイマー型（最も多く、記憶、見当識などの症状などが現れる）<br>・脳血管性（脳血管の症状によるもの。起因する病因と認知症が関連する）<br>・レビー小体型（幻視が現れることがある。睡眠障害と一部関連あり）<br>・前頭側頭型（旧ピック病。性格の変化を伴う。悪い方向で変化すると善悪やマナーの判断が失われていくことも）</p><p>&nbsp;</p><p>　これらを見るにしても、どの種類の認知症がこの症状を、といった部分には決めがありませんので注意です。<br>　認知症の鑑別は非常に高度な範囲が必要です。他の疾患や精神、心理、人格、家族や背景などの情報も必要となります。<br>　頭部画像診断についてもCTやMRIのほか、SPECTなどによる脳の活動状況を確認することも視野となるので、病院の設備についても一定水準以上が必要となります。</p><p>　こうした診断を担う病院と専門医の存在が認知症の診断、治療には必要ですが、現在はまだまだ追いついていません。多くは物忘れ外来などで一定の検査を行い、そこから精神科などへ紹介されていくということが多いでしょう。ICDやDSM、NIAと脳の検査が正しく行われていない、ということも時にあります。</p><p>&nbsp;</p><p>　多くの高齢者は認知症の症状が一定に進んでから通院を開始します。現在認知症で受診を受けているのはその中の10％程度でしかないという医学エビデンスもあります。<br>　アルツハイマー型などの認知症でも顕著な通り、脳へ影響を与えるそのたんぱく質は発症の15年～前から蓄積が進んでいます。症状が現れた時には既に進行している状態です。<br>　そして、認知症は現在の医療では完治が不可です。※軽度認知機能障害（MCI）は認知症ではありません。　<br>　現在出来ることは、症状が現れる前に知識を持ち予防を行い、発症後には進行を遅らせる選択を取ることのみです。<br>　<br>　薬についても認知症に効く、というものは現在存在しません。<br>　困っている症状についての対処でしかなく、世界の製薬会社もここに費用効果を見出だせず頓挫しています。認知症は高齢者の一部の病気なので、その限定的な層へ多額の費用をかけて薬を作ることに利益が出ないことが要因となっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　フランスでも認知症の薬に対しては、その効果について現在確たるものが無いとし薬の保険適用外へと動きがあります。高価なわりにエビデンスと価格が、といったジレンマがあるのがその理由となっています。</p><p>&nbsp;</p><p>　このような認知症医療の限界で、世界でも予想が出来ない今後の日本の高齢化社会について、認知症という病にどう対応するか？という部分も課題として残ったままとなっています。</p><p>&nbsp;</p><p>・まずは認知症を知ることが大切です。国民生活としてもここは避けて通れない現状があります。<br>・次に予防として早期に地域の包括センターや医療を活用することが必要となります。症状が現れた場合も、地域連携を活用していた方が連携はスムーズに進みます。居住地ごとの市役所HPなどには認知症に活用出来る情報も多く掲載されているので活用することを勧めます。<br>・そしてもし症状が現れたり、今までと何かが変わったりおかしいなと感じた場合は、速やかに正しい設備による検査と、正しい専門医が居る医療を受診することが必要となります。そうすることで認知症の進行を遅らせることが可能となるかもしれません。また、他の見えていない疾患が見つかるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>　現在、認知症について対応が可能なのはここまでが限界です。</p><p>&nbsp;</p><p>　薬については前述の通り、認知症を治す薬というものは存在しませんが、様々な周辺症状などを緩和させる目的で使用されるものはいくつかあります。<br>　ここで気をつけなければならないのが、認知症であることに気が付かず、かかりつけで向精神薬や睡眠導入剤などを長期で処方されているようなケースです。<br>　現在はかかりつけの認知症への薬についてガイドラインなどもありますが、認知症の場合は薬の使い方に多くの制限があります。処方によっては症状を悪化させることも多いため注意が必要です。</p><p>&nbsp;</p><p>　認知症については未知の部分が現在なお多く、ここ十数年でやっとそれが脳や機能障害であるということが見えてきた段階です。医療や行政の動きは加速しているので今後に期待するより無いですが、先の数年で直面する世界最大の高齢社会を抱える国として、ある程度の知識と判断も今後は国民単位で求められていくでしょう。</p><p>　</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ameame43847387/entry-12397266043.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Aug 2018 23:58:55 +0900</pubDate>
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