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<title>ameliejlgさんのﾌﾞﾛｸﾞ</title>
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<title>さて、あなたの意見は?</title>
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<![CDATA[ ほとんどの人間は、その他大勢である。<br>彼らの考えていることは、どこかから引っ張ってきた他人の意見だ。<br>彼らの人生はすべて受け売りなんだ。<br>情熱にしたって、いわば引用文みたいなものである。<br><br>オスカー・ワイルドより<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/061.gif" alt="チューリップ赤"><br><br><br>でもきっと、人って誰でも自分は特別だと思っているはず。（オスカーワイルドも実際、主語を彼ら、としているし。創作者はそうではないとでもいうのか。）それは生きる上での基本みたいなものだ。それがなきゃ、健康ではいられない。それに、引用文だって言っても、その出所はまさか一つではない。自分の気持ちが取捨選択していくんだから。そしたらそれは参考文献になるから、書き上げれば立派な論文にもなり得るよ。とか小さく反論してみる<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/014.gif" alt="にゃー"><br>それでもワイルドの言葉を忘れられないのは、確かに心当たりがあるからなのかな。<br><br><br>以下、励ましの言葉、ゴダールさまより。<br><br><br>どこから持ってきたかは大事じゃない。どこに向けて使うのかが大事なんだ。<br><br><br>はあおなかすいた<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/014.gif" alt="にゃー"><br>
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<link>https://ameblo.jp/ameliejlg/entry-10946871196.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Jul 2011 03:07:23 +0900</pubDate>
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<title>安藤忠雄からの連鎖</title>
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<![CDATA[ 仕事の流儀というようなテーマ。安藤忠雄の特集を立ち読み。<br>彼は大学に行かず、独学で建築を学び、今では世界的な建築家、というくらいの知識しかない。高校の英語の教科書で、初めて知った人だ。<br><br>学びに決まったかたちはない。<br>彼が一線を画しているのは、その独自性だと思う。<br>仕事のやり方も、何もかも、自分ルール。<br>なぜなんだ�納得せざるを得ず、さらにそれが結果を生むのは。<br><br>私たち現代の人間は、時間を切り売りするのになれている。バイトも派遣も社員も、なにもかも。<br>でも仕事はお金じゃない。やりがいというありふれた言葉も、それに帰結させたくないから違うことにする。やりがいを感じないものが仕事でないわけない。仕事は、学問だ。<br><br><br>人はどういう道であれ社会と切れると（リストラ、うつ、引きこもりなど）、その時点で死んだようになってしまうらしい。（香山リカ、現代の悩み）<br><br>その意味で仕事場は学校、仕事は勉強、また、社会参加。社会参加…人との距離感、義務、責任、権利…結局イコールは成り立たないのか<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/089.gif" alt="ひらめき電球"><br><br>なんて言葉を散らかしたまんま、おやすみなさい<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/014.gif" alt="にゃー"><br>お片付けはまたこんど。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ameliejlg/entry-10942868445.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 03:01:08 +0900</pubDate>
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<title>バイトにて</title>
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<![CDATA[ 仕事と学問を問う。<br><br>ここにはフリーター、主婦、おじさん（社員）…などなど、年齢が違う人ばかりが集まっている<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/075.gif" alt="ナイフとフォーク"><br>学生があまりいない。<br><br>その人たちはまず、大学にいかない人生の可能性を示唆する。<br>また、その中の一部は、生きがいとしてではない仕事の存在を考えさせる。<br>彼らの多くはバイトと同じ時給だ。そしてほとんど休みがない。<br>はて、仕事とは�<br>生活の糧、責任、…<br><br><br>比較になるかわからないけど、<br>大学の人達は、仕事に幅を持たせることに必死。<br>公務員、教職、保育士、学芸員、また、それをいくつか組み合わせる強者も。<br>大学は資格の学校なのか�<br>大学卒も、資格なのか。<br>資格はそもそも何なのか。<br><br>高等教育は結局、人生になんの意味を持たせるんだろ。<br>仕事は早ければ早いほど、自立も早くなる。短絡的だけど、そうすれば老人を多く抱える日本政府も、都合がいいんじゃないのかな�<br>その中でもやっぱり、学問を志すと決めた人は、安易に大卒の資格を得るだけでなく、革新者であらねばならん。教育こそよりよき未来への近道だ。とかいって、政治家みたい。<br><br><br>バイト休憩中の頭の中、以上<img class="m" src="https://stat.ameba.jp/blog/ucs/img/char/char2/014.gif" alt="にゃー"><br>
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<link>https://ameblo.jp/ameliejlg/entry-10942862253.html</link>
<pubDate>Mon, 04 Jul 2011 02:37:09 +0900</pubDate>
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