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<title>ameri416のブログ</title>
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<title>幸せとは何かを考える</title>
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<![CDATA[ さて、先程の記事ですが、字数が足りなくなったので、本エントリーにて感想をば。 <br><br>まず、書いていて思ったのは、私、近代と現代の違い分かってないよな～ということです笑<br>これで社会学社会学言っているんだから爆笑というか失笑というか…。<br><br>あとは、社会学の基本中の基本的な知識だとか書いたけれど、実際どこまでが社会学者の間で共有されている一般的な認識で、どこからがこの本だけの視点なのか、私にはまだそのボーダーが分かっていないなぁ、と。 <br><br>まぁ、まだ初心者なので、大目に見てやって下さい汗 <br><br>この本に関しては、ノートを取りながら読んでいるんですけど、このぐらいの内容が書けるぐらいには読んだ内容が頭に入ったということは、ノートとる意味ありそうですね。<br><br>もっと記憶できることに越したことはないですけどね。 <br><br><br>‐‐‐‐‐<br><br>さて、別件。 <br>私が社会学に興味を持つのは、『幸せ』が何か、どう生きたら『幸せ』になれるかをいつも考えているから、というのがひとつにあります。 <br>私が幸福について考える背景には、老後を迎えつつある母が幸せそうではないこと(自分が老いたときに幸せな人生だったと思いたい)や『コレ！』と決められた定型的な生き方がない時代に生きていることがあると思われます。 <br>働き始めて一年が経ちますが、生きることとは、働くということで、生きる為には働き続けないといけないから、生きるって難しいよなぁ、と思います。<br>でも、ただただ働いていれば幸せになれるかどうかというとそうではなく。 <br>生きるためにまず働き、その上で、自分が幸せになるためには、どう生きれば良いかを考え実践していかなくてはならない。幸せには、この二重のハードルがあるんですね。どちらが欠けても幸せにはなれない。<br><br>私は毎日飽きもせず自分の人生について考え、今後の生き方について模索し、逐次計画を脳内修正していく、どんだけ自分の人生にこだわりがあるの!と言われそうな女です。 <br><br>私の夢とは一見関係なさそうに見える今の会社も、いつかはやめる計画でいるけれど、あと数年は勤めるつもりです。 <br><br>自分の夢を諦めるつもり毛頭ないけれど(そこに私の幸せがあると考えるのでそちらに向かって突っ走ります)、でも大前提として、仕事にあぶれることのない生き方をしたいと思います。 <br><br>今の会社をやめるまでの数年間や20代の過ごし方が、今後の人生に大きく影響してくると思うので今を頑張りたいです。
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<link>https://ameblo.jp/ameri416/entry-11465996383.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Feb 2013 02:09:05 +0900</pubDate>
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<title>近代社会の基礎知識</title>
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<![CDATA[ せっかくブログを始めたので、アカデミックな内容を書くことを試みてみます。<br>最近、社会学入門的な本を読んでいます。社会学を研究する者が持つべき基本中の基本的な現代社会に対する認識というか理解というか…それをまとめてみます。間違っているかもしれないので、参考にはしないで下さい。<br>読んでいるのは『社会学入門』塩原良和・竹ノ下弘久編、弘文堂、2010です。<br><br>‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐<br><br>かつて、人々はムラに住み、共同体のなかで、生活をしていた。<br>家族生活の場と職業生活の場は、しばし、重なってることが多かった。<br>生産能力が高くなく、天災などの自然災害に生活が左右されやすかった時代において、血縁者以外の人々が助け合い生きていくことは必至であった。<br>子供は親だけでなく、共同体のなかのさまざまな大人が関わりながら、育てられていった。<br><br>イギリスより始まった産業革命は、家族生活の場と職業生活の場を分離させたという点において、特徴的であった。時代が進むと、女が家庭を守り、男が外で働くという<br>性別による分業が良しとされた。近代家族の誕生である。<br>かつては、共同体のなかで、血縁者以外の人々と共に行われていた子育てが、近代家族においては、子育ての責任のその殆どが母親だけに集中することになった。科学技術の向上により、日々の生活が便利になっていると考えられる現代においても、子育てが大変であるとされるのは、昔と違い、その大部分を母親ひとりが担っているからと考えられる。<br>また、60年代、70年代に入ると、女性の解放運動が盛んになり、その後、女性の社会進出は進んでいく。<br><br>近代化は、個人に職業選択の自由、居住地を選ぶ自由を与えたが、それは、裏返せば、人生における選択肢の増大を意味した。<br>人生の選択肢の増大は、人々に、自己のアイデンティティの模索を強いらせた。<br>幅広い選択肢の中から、どのような生き方を選ぼうと、最終的にもたらされた結果は、自己責任となるため、必然的に、人々は、人生の選択において、慎重にならざる終えない。<br>先が見通せない時代になればなる程、就職活動においては、「自己分析」が流行り、また、職を得た後も、「自分探し」を続ける若者が増えているといった現象には、こういった背景がある。<br><br>‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐‐<br><br>これとりあえず自分の理解度を試すかたちで、本を見返さずに記憶だけで書きました。思っていたよりは頭に入っているようで安心しました。
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<link>https://ameblo.jp/ameri416/entry-11465987427.html</link>
<pubDate>Fri, 08 Feb 2013 01:43:08 +0900</pubDate>
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<title>やつれました</title>
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<![CDATA[ 独り暮らしを始めて今日でちょうど１ヶ月。まだ１ヶ月しか経っていないことに驚く長い長い１ヶ月で御座いました。 <br>ブログを更新していなかったこの１週間なにをやっていたかというと…やつれてました笑<br><br>簡単に言うと風邪をひいていたのですが、風邪と言ってもメインは胃炎で、スープさえももたれて戻してました。というか水やお茶さえも受け付けないから口にできるものがなくて…<br><br>こんなの小学校以来はじめてです！<br><br>はじめての独り暮らしで、毎日熱心に自炊＋お弁当作りをしていたものの衛生管理がなってなかったのかな～と考えています。 <br><br>けれど、お医者さんに話したら、お腹を下していないなら、食中毒ではないとのこと。 <br><br>じゃあ普段丈夫な私が小学校以来に経験するこの胃炎は一体なんなのでしょうか。<br><br>ちなみに食材は肉も野菜も全てカットした上で、一回茹でて、冷凍庫で１ヶ月分保存し、ちまちま使っていました。肉の保存方法が悪かったのかなぁ。 <br><br>元気になったため昨日から１週間ぶり冷凍庫の食材でご飯作りを再開したら本日また胃もたれが…<br><br>しかしながら、原因がわからんけん、とりあえずは冷凍庫の食材を食べ続けようと思います。 <br><br>はぁ…<br>アカデミックさのかけらもない日記でごめんなさい涙<br>次の日記ではなにか進展あるといいなぁ。
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<link>https://ameblo.jp/ameri416/entry-11463966588.html</link>
<pubDate>Tue, 05 Feb 2013 01:29:04 +0900</pubDate>
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<title>今後の展望</title>
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<![CDATA[ １週間に一度の頻度を目標に、ゆる～く更新していきたいと思います。 <br><br>上野千鶴子さんと湯山さんの対談である「快楽上等」を読みました。<br><br>湯山さんのことはこの本で、はじめて知ったのですが、上野千鶴子さんのことは「女ぎらい～日本のミソジニー～」を昨年読んで以来、今私が一番気になる学者さんで御座います。私が社会学に興味を持ったのは、上野さんのこの本を読んだことと、若き社会学者古市憲寿さんの「絶望の国の幸福な若者たち」を読んだからです。<br><br>社会学を学問として捉えてしまうと、学問のお固～いイメージがつきまとって、ほんの一握りの人間しかこのジャンルの本を読むことに興味を持たないけれど、実は社会学って、大衆に好んで読まれる可能性を秘めた、出し方を考えればいくらでもホットになる可能性の高いジャンルなのではないのでしょうか？また、何よりも、社会について考えること、それ自体大衆で共用されるべき作業なので、私はこの二点の理由により、社会学系の本の出版団体創設を試みてみたいな～と思います。 <br><br>ただ、すぐにはやりません。料理には手順と下ごしらえが大事なように、そこまでたどり着くまでには、長い長い道のりがあります。<br><br>現在平日は、会社員をしながら、週３で１回につき三時間副業もしていますが、これはお金を貯めるためと、社会を実際に体感するため。また、土日は仕事をせず社会学の専門書を読み、講演会に出席する。<br><br>更に、加えて４月からは、週３で各回二時間、夜間のグラフィックデザインの専門学校に二年間通います。これは社会学を大衆化するために必要な技術の習得と考えます。<br><br>目下、今後二年間は上記の生活を行うつもり。二年経ったら、会社を辞めて東京に引っ越して、次の動きを考えます。転職した先の仕事をしながら社会学の大学院に通うのも良いかもしれない。 <br><br>とりあえず前に前に進んでいかないといけない。お金はかかるし、人より回り道もしてると思う。そして時間を残酷なぐらい要する計画であるにもかかわらず、出版自体は時代と逆行している。そんななかどういった形で出版団体を創設するか、それが一番の頭のひねどころ。 <br><br>でも先のことは置いといて、とりあえずは目の前にあることをひとつひとつこなしていこうと思います。
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<link>https://ameblo.jp/ameri416/entry-11457585466.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Jan 2013 00:53:45 +0900</pubDate>
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<title>目標は空高く</title>
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<![CDATA[ 出身大学の現役学生が書いているブログを読んで触発され、ブログを始めてみることにしました。<br><br>私の拙い言語能力と思考力（あと記憶力）では、彼女のような高尚な文章はとても書けないだろうけれど、私は、私が生まれついた能力で、最大限自分の人生を精一杯生きてみようと思います。変えられないことを受け入れて、変えれることは全て変えていく。そうすることで、最高の生を生きることができ、奇跡さえも起こすこともできる。ちなみに運命というものは、この奇跡のことを指していて、それは最高の生を生きようと必死になることで手にはいるもので、もしあがかなければ手に入るはずだったあらゆるもの、すなわち用意されていた運命たちが、どんどん逃げていくわけです。運命は確かに自分の生きる先に用意されているものだけど、手にはいるかどうかは、自分のあがき次第。 <br><br>そんな風に考えています。 <br><br>初っぱなから何を語っているのでしょうね(笑) <br>しかもハウツー本とか、啓蒙書とか、そういうのの類いみたい。全くそんな宗教じみたものではないのでご安心ください。 <br><br>自己紹介が遅れました。私は変人だとはよく言われますがステータス的に至って普通の20代女性です。地方の平凡な公立大学を卒業し、地元の従業員500名程度の会社で、毎日事務に終われながら会社員をしています。年収も同年代の平均値。ね、至って普通でしょ？<br><br>そんな私が社会学に興味を持ちました。より良い社会のあり方を考えること、人がより良い生を生きる術を、幸せとは何かを、私たちが生きる時代の先に何があるのかを、見極めたいと思っています。<br><br>このブログでは、私の思考や社会学の諸テーマについて、論ずることができればいいです。 <br><br>ちなみに25歳です。もうカウントダウン始まってます。頑張るから、どうか私が探しているもの、求めているものに、生きているうちに到達できるように願ってやみません。
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<link>https://ameblo.jp/ameri416/entry-11454830667.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Jan 2013 00:05:44 +0900</pubDate>
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