<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>小説を書いてみる</title>
<link>https://ameblo.jp/ami-blackside/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/ami-blackside/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>主人公が書いているという設定です</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>建前　１</title>
<description>
<![CDATA[ <p>　私は小学３年生の時に大きくて最低の嘘をついた。</p><p>　私には償っていない罪が沢山有る。上の空で信号をきちんと見ておらず赤信号の時に横断歩道を渡ってしまった事や、急いでいてロータリーを横切ってしまった事が何度もある。小さい頃母が入っていると思って開けた試着室の扉の向こうに着替え中の見知らぬ女性が居た事がある。今考えれば母が入っている試着室の扉も開けてはいけないが、そんな事はこの際どうでも良い。何をそんな事、と思われるかも知れない。しかし私は真面目な性格だから罪を感じてしまうのだ。というのは建前で、罪を感じているふりをして真面目な性格だと思われたい、装いたい、若しくはそれを演じて真面目だと思われている自分が好きだ。というのが本音なのかも知れない。私の心は汚い。この嘘もその償っていない罪の一つである。こちらはそんな事、では済まされないものだが。</p><p>　いつもの様にお風呂に入った。そしてあの時の事を思い出した。いつもの事だろうと思った。私は考え事をする時間があるとしばしばあの時の事を思い出す。中学や高校の時は夜中一人で心細く試験勉強をしている時によく思い出したものだ。今では専らお風呂の中で考え事をする時に思い出す。いつもの事だろうと思った。思い出す度申し訳ない事をした、謝りたいと思う。しかし謝る機会を逃し続けてきた。そして所謂成人というものになってしまった。二十歳になる前は二十歳になるまでには、若しくは二十歳になったら謝ろうと思っていた。でも二十歳になっても謝れなかった。そうして月日は経った。いつもの事だろうと思った。しかし違った。謝ろうと思った。いつもの事だろうと思った。しかしその決心はいつもより鮮明なものだった。お風呂に入ってから三十分から一時間位経ったであろう時だった。</p><p>　最初は真摯にただ謝ろうと思った。つもりだった。謝ってその一連の流れをいつもの日記に書こうかと思った。いつもの日記に。しかしそれは私がいつも建前であろう事を並べている日記だ。大人の事情日記だ。そこにこれを書くのは違う気がした。違う所に書きたいという衝動に駆られた。インターネットか本に書きたいと思った。最低である。ただでさえこの嘘により多くの人に迷惑どころでないものを掛けてしまっているのに、ましてそれを公の目に晒される所に書いて利用する様な事を考えてしまうなんて私の心はどれだけ醜いのだろう。と思った。というのも建前かも知れない。インターネットで書けば話題になるかも知れない、本として書けば売れるかも知れない。これは良い話になるかも知れない。と思ってしまった。私の心は汚い。それだけでなくこういった自意識過剰、傲慢、自惚れの部分もある。私の心はどれだけ深い汚さを持っているのだろう。自分に呆れる。そう思ったというのも建前なのかも知れない。もう何が本音で何が建前なのか分からない。私は小さい時から建前としている事を本音だと自分に言い聞かせて生きてきた様な気がする。きっとそのせいだ。だから今私はこういう状況に陥っているのだ。</p><p>　私はお風呂の中でおかしくなってしまった。というよりは本物の自分が出てきたという方が適切かも知れない。おかしいのは今までの自分の方かも知れない。こういう事を公の目に晒される所に書いてはいけないという建前を他所に着想はどんどん浮かんできた。普段ものを書く時、着想が次々と浮かんで全体像が一瞬にして頭の中で構築された場合、大抵良いものが出来る。今回は状況が違うがそれと似た感覚だった。それをもっと強烈にした感覚だった。着想の浮かぶ速度は普段その感覚になる時以上なのに全体像が構築されない。頭の中を駆け巡った情報が膨大過ぎるのだ。ただ自分の経験を基盤としたものだから着想の浮かぶ速度が速いというだけかも知れない。しかしやはり自分の中でただならぬ事態が起こっているのを感じた。</p><p>　お風呂からあがり、つけっぱなしのパソコンの時計を見て自分がお風呂に四、五時間居た事を知った。私は潔癖症で、体の洗浄に時間をかける。同じ所を何回も洗ってしまう癖がある。それはお風呂でしている考え事が深ければ深い程酷くなる。お風呂であの時の事を思い出した時なんかは特に長い間入っている。でも今回ばかりは異常だ。いつもなら長くても三時間である。しかも時間をかけた割には洗浄を疎かにした気がする。普段ならどんなに精神に異常をきたしていても疎かにしない洗浄を。やはり今回はおかしい。いやおかしくない。これが本当なのだ。でもおかしい。でも本当だ。</p><p>　このまま文章を書き始めると私の人生の歯車が狂ってしまう様な気がした。私は時々自殺したくなるという、人に冗談でしか話した事のない、ほぼ自分に思い込ませるだけの為の建前がある。だが今回は本当に自殺してしまいかねない気がした。まだこのまま平穏な人生を歩みたいと思う理性と建前の雑種が私の中にあったので、私が文章を書いている途中で本当におかしくなった時に歯止めをかけてくれる人を作っておきたいと思った。全ての事情を話して歯止めをかけて貰う様誰かに頼みたいと思った。その全てというのだって建前として言える範囲の全てに過ぎないかも知れないが。</p><p>　最初は親にしようと思った。私は親に心の内を全て話すのが恥ずかしい性格であるにも関わらず親にしようと思った。それが建前上適切かと思ったのだ。しかし母は心配性で体も弱いので、この事を話してしまうのは危険だと思った。自分の子供が急にそんな事を話し出したら心配するに決まっている。親にもこの嘘は貫いているので、嘘を付いている事事態はいずれ話さなければならないが、建前として言える範囲の全てというものを話すのは危険だと思った。というのは親孝行を装う建前なのかも知れない。</p><p>　だから友人にしようと思った。今一番身近で、一番しっかりしていて、一番信頼していて、親友だと思っているという建前かも知れない感情を抱いている友人だ。その友人とは前日の夕方、私がまだ正常だった時に話していた。その時は友人の悩みを聞いていた。今度は私が悩みを話す。建前として言える範囲の。友人の悩みに比べて遥かに聞くのに体力が要る悩みを。電話した。友人は出ない。当たり前だ。真夜中なのだ。規則正しい生活を送っているしっかりした友人は寝ていて電話に気付かないに決まっている。だから翌朝また電話しようと思った。</p><p>　私は歯止めを待たずして着想を実行に移さずにはいられなかった。歯止めが無ければ私はこのまま死に向かってしまうかも知れない。だが準備をするだけならまだ大丈夫だろうと思った。私はブログを作る為の登録をした。仮名も考えた。文体や漢字、仮名の使い方も変えようと思った。完全犯罪の気分だ。だが如何せん今の私はおかしい。何処に穴が有るか分からない。最初は何重にもフリーアドレスを取って足がつきにくい様にしようと思っていたのに、元々持っているアドレスで登録してしまった。頭の容量が他の事に使われていて出来なかった。というのも建前かも知れない。本当は自分だとばれて欲しいのかも知れない。これを書いたのが自分だと知られればもしかしたら好感度が上がるかも知れない。という自惚れだ。痛い考えだ。心の汚さだ。</p><p>　準備が終わりとうとう書き始めてしまった。投稿フォームに五、六行書いた頃友人から電話がかかってきた。トイレへ行くのに起きたという。夜が明ける少し前の事だった。私は建前を全て話し、歯止めのお願いをした。友人はいつもの様に優しかった。私は泣きながら話をした。涙は自然と出たつもりだが、これだって私が心の汚さによって身につけた高等技術の賜物である可能性がある。電話を切った後心が少し落ち着いた気がした。というのも建前かも知れない。友人を良く思っているという建前かも知れない。いや、本当かも知れない。分からない。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ami-blackside/entry-10210338830.html</link>
<pubDate>Wed, 18 Feb 2009 00:03:42 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
