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<title>憲法学者を目指せ！</title>
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<description>文科一類のアモードが歩む、憲法学者への道まあ特にこだわらず、色々書いていきます。コメントくだされば泣いて喜びます！</description>
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<title>ドイツ語中間試験、終了</title>
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<![CDATA[ 昨日あれだけ大学の批判をしたのですが、身に付いた癖はいかんともしがたく、普通にドイツ語の試験を乗り切ってしまいました・・・<br><br>試験問題と解答については、来年までにはどこかにアップしておこうと思います。<br>リスクが怖いのか、自分たちはネット上にある過去問の恩恵を受けているのにも関わらず、アップロードをしたくないという人が多いらしいので。<br><br>ところで、いつも一人だけ授業にもテストにも来ないやつがいて、まあそれは人の勝手だと思うのですが、<font color="#FF0000">そいつの存在が精神的な支え</font>だと、皆が言うんですよ。<br><br>おかしくないですか？<br><br>いや、その感覚はよく理解できるんです。<br>自分自身、東大に来て自信喪失気味ですから。<br><br>けど、<font color="#0000FF">いつも自分より下の人が必要とされるような社会</font>ってどうなんだろうな？と思います。これは東大に限った話なのか？<br><br>何か、社会の病理を身にしみて感じました。<br>
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<link>https://ameblo.jp/amode-tcoj/entry-11562691001.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Jun 2013 23:12:59 +0900</pubDate>
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<title>社会の闇</title>
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<![CDATA[ 日本では、<font color="#FF1493"><font size="3">年間約3万人が自殺</font></font>しています。<br>今年も既に1万人以上が自殺している。<br><br>日本では、<font color="#FF0000"><font size="3">250万人以上が精神病にかかっている</font></font>。<br>東大でも、抗うつ剤を服用している人が周りに数人います。<br><br>この社会はどうかしている。何かがおかしい。冷たい。落とし穴が多い。<br>最近、特に強く感じるようになりました。<br><br><br>僕自身、近頃疲れています。<br><br>具体的に言うと、ゼミや授業のプレゼンとか、ボランティアの準備とか、中間・期末試験の対策とか色々ある訳ですが、そういうことだけではなくて・・・<br><br><font color="#0000FF"><font size="3">社会のレールに沿って生きるのに疲れた</font></font><br><br>とでも言うのでしょうか。<br><br>・もし何らかの理由で大学に行けなくなったら、どうなるのか？<br><br>・どうして大学を中退したら、まともな（？）就職ができないのか？<br><br>・何で僕は遅刻せずに授業に出席して、課題を出して、テストでいい成績をとって、要領よく生きなければならないのか？<br><br>・何で憲法学者になるには、大学を卒業して、大学院に進まなければならないのか？<br><br>勉強するのは楽しいんです。楽しいから大学に行っているんです。<br>けど、明らかな違和感を感じている。<br><br><font color="#FF0000">それは、自分の好きなことを勉強するために大学に行っているのに、実際は要領よく過ごして、規則に服従することを求められているから</font>です。<br><br>原因の一つは進振り制度にあります。<br><br>幅広い教養を身につけた後、専門課程に進む。<br>聞こえはいいですが、実際は<font color="#0000FF">易しそうな授業を選び、教授の偏った授業を丸呑みし、テストで点数を取れるように勉強し、周りの学生を蹴り落とす</font>。という実態が生じています。<br><br>大学生に勉強させるには手っ取り早い方法かもしれませんが、何で東大に行ってまで競争しなきゃいけないのか？<font color="#0000FF"><font size="3">どうして、いつもいつも蹴落とされる人が必要なのか？</font></font><br><br><font color="#FF0000"><font size="4">個人主義を徹底するのなら、なぜ社会は、ほとんど画一的な方法で個人を評価するのか？<br>責任は個人に押し付けるくせに、個人の価値は尊重しないし、一度失敗した者には容赦ない</font>。<br></font><br>社会のそういう部分に、怒りを感じています。<br><br>自分がこうやって生きていることは、奇跡的です。<br>だから自殺なんてする気はないし、精神病でも（まだ）ないですが、明日には社会の闇に消えるかもしれない。<br><br>誰でもそういう可能性を持っています。<br><br>だから、自分はできるだけ、希望を提供する存在でありたい。<br>人権の考えにもそれを反映できないか、と思っています。<br><br><br>何か理路整然としない文章ですが、読んでくださってありがとうございました。<br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/amode-tcoj/entry-11561945808.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Jun 2013 20:51:38 +0900</pubDate>
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<title>夜間中学行ってきた！</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130607/22/amode-tcoj/9f/ed/j/o0800106712567748716.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130607/22/amode-tcoj/9f/ed/j/t02200293_0800106712567748716.jpg" alt="$憲法学者を目指せ！" border="0"></a><br><br>スカイツリー見に行った訳じゃないです。<br>そういや今日発売された俺妹の最終巻にもスカイツリー出てきましたね。<br>魂がイデア界を完全に想起するような、最高の作品でした。<br><br>それはいいとして、夜間中学ってのは、おおざっぱに言えば色んな事情で義務教育課程を終えられなかった人とか、（主に仕事のため）来日した外国人の生徒が、日本語の習得を目指して来る学校です。<br><br>今回は、地理と日本語の授業を見学させてもらいました。<br><br>いやー面白かった。<br><br>最近は体験によって先入観を覆されることが多いんですけど、とにかく楽しかった。<br>少人数のクラスに分かれてるんですが、クラス内の雰囲気が明るくて、教師も生徒も楽しそうで、俺もこういう環境で育ちたかったなあ・・・と、ふと思ってしまうほどでした。<br>もちろん、その陰では、双方の苦悩があるのでしょうが。<br><br>思ったより外人の生徒が多かったです。老人の方も何人か見ました。<br><br>日本語の習得は難しいですね。日本語力で分けられたクラス内でも、力にかなり差があるのに気づきました。もちろん個人個人の境遇が全く違うので、それは当然ですが。<br><br>例えば、<br><br>私はイタリアに（　　）みたい。　（‘行く’を活用させなさい）<br><br>のような問題が出されて、行くを‘行って’にしなければならないのですが、これは外人にとっては相当厳しいでしょうね。瞬間的に出来る子もいましたが。ある生徒に、君はどっか行きたい？と先生が聞いたとき、その子が「みたくない」と答えたのが印象的でした。<br><br>日本語の習得は、彼らにとっては最大の悩み事らしいです。<br>高校に進学したとしても、就職するにしても、日常つきまとう問題ですからね。<br>今日は別の機会で脱北者の人の話を聞いたのですが、やっぱり<font color="#FF0000">日本語が流暢じゃないと、職場も限られてしまう</font>とか・・・<br>僕は日本語の文化が好きなんで、悩ましい所ですね。ちなみに日本語の難しさは、アラビア語と同格らしいです。<br><br>以上、簡単な感想です。何か不思議な体験でした。<br><br>最後に、<font color="#FF0000">北海道や東北、中部、四国、九州には公立の夜間中学校が一つもない！</font>らしいですね。<br>ボランティア団体の活躍によって、ある程度はカバーされるらしいですが、不十分なことです・・・<br><br><br>ついでに、東大も夜間制とか導入してくれないですかね・・・<br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/amode-tcoj/entry-11547176703.html</link>
<pubDate>Fri, 07 Jun 2013 22:46:26 +0900</pubDate>
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<title>家族と教育</title>
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<![CDATA[ 憲法26条【教育を受ける権利、教育の義務】<br>①すべて国民は、法律の定めるところにより、その能力に応じて、ひとしく教育を受ける権利を有する<br>②すべて国民は、法律の定めるところにより、その保護する子女に普通教育を受けさせる義務を負ふ。義務教育は、これを無償とする<br><br><br>最近は激務が続き、まともにブログを書く暇がありませんでした。<br>しかも今更ながら五月病が発病、先週は月火水木金すべて遅刻してしまった・・・<br>まあ、それはどうでもいいですけど。<br><br>さて、最近は大学のゼミで学力問題をテーマに色々と調べてるんですが、学力が二極化していると言われる今、その下の極の生徒を相手に教えている身としては、<font color="#FF0000"><font color="#FF0000"><font size="3">学力ってテストの点だけじゃない</font></font></font>（例えば、勉強しようと思う姿勢とかも含む）し、制度や教師の問題とかもありますが、<font size="3"><font color="#FF0000">家族が教育に果たす役割</font></font>が注目されるべきなんじゃないかと思っています。<br><br>現代社会では、<font color="#0000FF">核家族化</font>が進み、<font color="#0000FF">地域社会の交流は減少</font>し、<font color="#0000FF">多様な価値観が認められる反面、社会規範が動揺</font>している社会です。<br>そうすると、良くも悪くも<font color="#FF0000"><font size="3"><font color="#0000FF"><font color="#FF1493"><font color="#FF0000">親の教育が子供に及ぼす影響は、より一層強まっている</font></font></font></font><font size="3"></font></font>と言えます。<br>子供は親を通じて社会の一般的ルールを身につけていきますが、その社会ルール自体が自明ではなくなっているのが現代です。ということは、<font color="#0000FF">親以外の人間と関わる機会をあまり持たないまま、親独自の価値観が子供の規範意識になってしまう可能性</font>が高いのです。<br><br>判例は親の教育の自由を認めていますが、家庭用の教育マニュアルなんてものはないし、国は基本的に介入できませんから、ここでものすごい差がついてしまう。家庭の収入や文化環境が、子供のテストの点数に直結するという統計も出てますし、点がとれない子を見ていると、自分はどうせできないんだ、と思い込んでる生徒が多い。多分、それは家庭での教育の仕方も影響しているんでしょう。<br><br>ところで、家庭の機能不全の典型例と言えば虐待ですが、虐待は<br><font color="#9370DB">①身体的虐待<br>②性的虐待<br>③精神的虐待<br>④ネグレクト</font><br>の４つに分けられます。<br>②については、子供に売春させるとかを含みます。③は子供の意思を無視して色々押し付ける等で、④は子供に食事を与えなかったり、無視する等です。<br><br>虐待は、当然ですが、子供の成長に悪影響を及ぼします。<br>気をつけたいのは、<font size="3"><font color="#FF0000">虐待には軽度だったり、無自覚なものがある</font></font>ということです。軽度なものには、中々国家は介入できません。<br>おとなしい赤子だからと放っておいて、母親が内職に専念した結果、子供の言語発達に遅れが生じた例とかもあります。<br><br><br>うーん、教育というと制度の面を考えてしまいがちですが、家庭の教育のことも、強い問題意識として持つ必要を感じます。憲法が親に教育の自由を認めているといっても、<font color="#0000FF">それは子供の教育を受ける権利を保証する限り</font>ですし、子供の人権は守られる必要がある訳ですから、そこら辺の意識を広める必要はあるんでしょうが、果たして僕がこう言ったところで、何の意味があるのか・・・<br>例えば、親の文化環境なんて、法律で規制することはできませんからね・・・<br>あえて言うなら、公共の場をもっと拡張して、色んな人と関わる機会を作ることでしょうか。<br><br><br><br><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/amode-tcoj/entry-11541429216.html</link>
<pubDate>Thu, 30 May 2013 22:38:50 +0900</pubDate>
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<title>五月祭とは何だったのか？</title>
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<![CDATA[ えー、18・19日は五月祭でしたね。<br>うちのクラスも店を出してました。<br>来場された方、楽しんでいただけたでしょうか？<br><br>あー、疲れたけど楽しかったーとか書くのが普通なんでしょうが、全然そうならなかった・・・<br><font color="#FF0000"><font size="3">もう接客は無理</font></font>です。ヘコヘコ頭を下げて、お客様を敬うなんてことができない。全くしたくないとか言うわけでもないんですけど、何か嘘ついてるみたいで嫌というか・・・<br><br>人余ってるし、生き生きしてる皆の邪魔をしたくないんで、シフト途中で抜け出しちゃいました・・・<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130519/23/amode-tcoj/0f/29/j/o0800106712545295341.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130519/23/amode-tcoj/0f/29/j/t02200293_0800106712545295341.jpg" alt="憲法学者を目指せ！"></a><br><br>不忍池で、俺ホント何やってるんだろうと、ずっと考えてました。<br>ああ、アヒルボートに乗ってる人たちは、たいていペアで乗ってるけど、俺は独りだなあ・・・とか。<br>今更そんなこと悩んでも仕方ないですが。何か吹っ切れたので、片付けは真面目に参加しました。<br><font color="#FF0000"><font size="3"><font color="#0000FF">自分がいる目的っていうのは、自分で作っていかなきゃダメですしね。</font></font></font><br>それでも五月祭とは何だったのか、全くわからないんですが（笑）
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<link>https://ameblo.jp/amode-tcoj/entry-11533901906.html</link>
<pubDate>Sun, 19 May 2013 23:58:03 +0900</pubDate>
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<title>『死刑廃止論』団藤重光</title>
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<![CDATA[ 今日は、<font color="#FF0000">自分が死刑廃止論者となるきっかけ</font>を作った本について書きます。<br>なんせ頑に死刑存置論を説き続けてきた自分を、一読の内に真逆の立場にさせたのですから、この本の凄まじさは言葉にできないほどです。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130517/23/amode-tcoj/9b/c0/j/o0500050012542610074.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130517/23/amode-tcoj/9b/c0/j/t02200220_0500050012542610074.jpg" alt="憲法学者を目指せ！"></a><br><br>この本の主な主張は、<br><br>・<font size="3"><font color="#FF0000">誤判が絶対に起きないという確実性は無く、誤判の場合、死刑は取り返しのつかない刑罰となる。</font></font><br>・<font size="3"><font color="#0000FF">死刑囚にも、人格形成の可能性はあり、立ち直ることが出来る。<font size="3"></font></font></font><br><br>という感じなのですが、特に前者は<font color="#0000FF">団藤先生が最高裁判事を経験したからこその</font>、説得力のある主張です。いやいや他の刑罰だって取り返しがつかないじゃないかとか論じる人もいますけど、死刑は権利の享有主体そのものを破壊する刑罰ですから、訳が違いますよね。<br>後者については先生の素晴らしい人格のあらわれでしょう。<br><br>もちろんこの本には色んなことが書いてあるんですが、僕にはこれ以上紹介する力も人徳も無いです。<br>ぜひとも市民の皆さんに読んでほしい本ですね。<br><br>いやー、それにしても団藤先生はすごいなー。<br>彼の言うことは、心に響くというか・・・<br>ここまで人格的に優れた、正義感に強い学者は中々いないですからね。<br>こういう学者を目指したいものです。<br>
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<pubDate>Fri, 17 May 2013 23:13:58 +0900</pubDate>
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<title>東大近くの散歩</title>
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<![CDATA[ 大学生になると、空きコマの使い方で悩む人も多いと思います。<br>2コマも3コマも空くと、絶望的に暇になりますよね？<br><br>僕はたいてい図書館で本でも読んでるんですが（暗い・・・）、今日みたいに天気のよい日は、無性に散歩したくなります。<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20130515/23/amode-tcoj/36/ab/j/o0800106712540262693.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20130515/23/amode-tcoj/36/ab/j/t02200293_0800106712540262693.jpg" alt="憲法学者を目指せ！" border="0"></a><br><br>周りに公園が多いのも、東大のいいところですね。<br>おかげで今日はかなり本が読めました。近いうちに感想でも書きます。
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<link>https://ameblo.jp/amode-tcoj/entry-11531260861.html</link>
<pubDate>Wed, 15 May 2013 23:04:21 +0900</pubDate>
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<title>模試の採点って大変！</title>
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<![CDATA[ 更新をサボるとブログのアクセスって一気に減るものですね・・・<br>最近はバイトやらボランティアやら五月祭の準備やら宿題で労働時間が多いもので・・・けど僕のブログを見てくれてる人は一定数いるらしいので、僕もちょっとは頑張ります。<br><br>それで本題ですが、とある模試の採点アルバイトが先日始まったんですよ。<br><br><font size="3"><font color="#FF0000">めちゃくちゃ大変だ・・・<font size="3"></font></font><br></font><br><br><font color="#FF0000">模試とはいえ受験生の人生左右するかもしれないですからね</font>。こっちも緊張します。<br><br>そりゃバイトですから、採点基準に従って点数つけるしかないんですけど、<font color="#0000FF">丁寧に答案書いてくれてるし、解答も惜しいなあと思いつつ点数がつけられなくて悔しかったり、適当かつ乱雑に書いてる答案でも加点ポイントがあれば点数をやらねばならぬ悔しさ</font>もあります。<br><br>受験生時代はふざけた採点しやがって！、とよく思ったものですが、実際は相当正確に採点してるので、そこら辺の批判は的外れなことが多いのかな・・・と思います。希望的観測ですが（笑）<br><br>いやもう採点は大変です。だから帰ってきた答案は捨てずに一回くらい目を通してほしいですね。<br><br>たぶん、得るものは多いですよ。<br><br>
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<pubDate>Mon, 13 May 2013 23:29:09 +0900</pubDate>
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<title>裁判員という“苦役”</title>
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<![CDATA[ 最近、裁判員制度の合憲性について思い直す機会があったので、今日はこれを扱います。<br><br>裁判員制度について、おそらく最も熱心に取り組んでいる憲法学者は、柳瀬昇さんでしょう。<br>彼の主張を簡単にまとめると、<br><br>①裁判員制度は<font color="#FF0000">国民主権の原理や単純な民主主義（多数決的民主主義）のために作られたものでは決してなく</font>、裁判員法1条が言う通り、国民の司法に対する理解の増進と信頼の向上が目的である。<br><br>②裁判員制度は<font color="#FF0000">国民を裁判に参加させ、公共的討議の場を作り出す</font>ものであり、<font color="#0000FF">討議民主主義（公共的な事項の検討・決定は十分な情報に基づく個人の熟慮と、他社との討議の過程によって形成されることを重視する民主主義）</font>に基づいて位置づけることができる。<br><br>③裁判員制度は国民を裁判に参加させることで、社会のことを考えさせ、能動的な統治主体として啓発するもので、<font color="#FF0000">国民の公民的徳性を涵養する「陶冶の企て」である</font>と位置づけられるべきである。<br><br>裁判員制度の理念としては、個人的に最も納得できるものだと思っています。<br><br>しかし、最近になって、理念はどうであれ裁判員制度は現実的に違憲で、運用を続けられないのではないかと思うようになったのです。<br><br>それは、憲法18条の問題です。<br>【奴隷的拘束及び苦役からの自由】<br>何人も、いかなる奴隷的拘束も受けない。又、<font color="#FF0000">犯罪に因る処罰の場合を除いては、その意に反する苦役に服させられない。</font><br><br>判例は、裁判員制は司法権の行使に対する国民の参加という点で<font color="#FF0000">参政権と同様の権限を国民に付与</font>するもので、<font color="#FF0000">裁判員法等が辞退に関し柔軟な制度を設けている</font>こと等を考慮すれば、18条には違反しないとしています。<br><br>以下の記事をお読みください。<br><br>福島・死刑判決:元裁判員がストレス障害　遺体画像で<br>毎日新聞　2013年04月18日　02時30分（最終更新　04月18日　02時41分）<br><br>　強盗殺人罪などに問われた被告に死刑を言い渡した今年３月の福島地裁郡山支部の裁判員裁判で、<font color="#FF0000">裁判員を務めた福島県の６０代女性が、証拠調べで見た遺体のカラー画像などが原因で不眠症や食欲不振に陥り、「急性ストレス障害（ＡＳＤ）」と診断された</font>ことが分かった。女性の弁護士によると、裁判員経験者が精神障害と診断されたのは初めてという。女性側は国に制度の見直しを求めるため、慰謝料など計１６０万円を求める国家賠償訴訟を仙台地裁に起こす構え。<br><br>　裁判員の心のケアを巡り、最高裁は昨年２月の有識者懇談会で、遺体の写真など刺激の強い証拠は白黒にしたり、コンピューターで加工した映像にしたりするなど、裁判員の衝撃を和らげる配慮をしていると説明。メンタルサポート体制も充実していると述べていたが、裁判員を務めたことによる「被害」が確認されたことで、１２年から進められている裁判員法の見直し論議にも影響を与えそうだ。<br><br>　女性や家族によると、３月１日に同支部で裁判員選任手続きがあり、強盗殺人事件の担当と告げられた直後から不眠症に悩まされるようになった。<br><br>　証拠調べでは、被害者夫婦の遺体や傷口のカラー画像が目の前のモニターに映し出された。評議では、テーブルの真ん中に犯行に使われたとされた凶器のナイフが置かれ、被告の残忍性の説明を受けた。<br><br>　その結果、食事をしても嘔吐（おうと）を繰り返すようになり、判決後も、遺体の画像などがフラッシュバックし、悪夢にさいなまれた。量刑を巡る自らの決定にも悩み続けているという。<br><br>　そのため女性は、最高裁が開設している「裁判員メンタルヘルスサポート窓口」に連絡。しかし、<font color="#FF0000">交通費を自分で負担して東京に行かないと対面カウンセリングが受けられない</font>と告げられ断念した。３月２２日に心療内科で受診したところ、１カ月の休養を要するＡＳＤと診断され、心的外傷後ストレス障害（ＰＴＳＤ）へ移行する恐れがあるとして薬物治療を受けることになった。<br><br>　女性や家族は「裁判員の心のケア制度はあるのかもしれないが、実際には役に立っていない。国賠訴訟を機に裁判員経験者全員に改めて聞き取りするなどして制度の見直しを図ってほしい」と訴えている。【三村泰揮、栗田慎一】<br><br><br><font size="3">これはまさに苦役ではないのでしょうか？</font><br>そもそも重大事件の証拠調べをさせ、量刑を判断させること自体が非常な精神的負荷を強いる苦役でしょう。客観的に司法制度を理解し、考えていくのとは訳が違います。職業裁判官はそこら辺の覚悟をして仕事を始めるんでしょうが、裁判員は普通の市民ですからね。<br><br>しかも判例は裁判員制は参政権と同じような権利だと言いますが、裁判員は<font color="#FF0000">ほとんど義務</font>です。更に現行法では精神上の<font color="#FF0000">重大な不利益</font>が生ずると認められなければ、裁判を辞退することはできません。これが柔軟と言えるのか？<br><br>うーん、もっと配慮して制度設計してほしいですね・・・<font color="#FF0000">カウンセリングのための交通費すら出さないとか、これじゃ司法の信頼獲得という当初の目的も達せられなくなっちゃいますよ</font>。<br><br>個人的には、裁判所お得意の<font color="#0000FF">”一般人の健全な社会常識”</font>とか<font color="#0000FF">“社会通念”</font>を判断してもらうために国民を参加させるべきだと考えてるんですが・・・べつに<font color="#0000FF">重大事件以外でも、裁判員が活躍できる方法はある</font>と思います。<br><br>
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<pubDate>Fri, 10 May 2013 23:16:09 +0900</pubDate>
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<title>お年寄りに席をゆずるかゆずらないか基準</title>
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<![CDATA[ 昨日は記事書くのが結構大変だったので、今日は軽い話題を。<br><br>電車内でお年寄りに席をゆずるときって、かなり悩みませんか？<br>大きく分けて、悩む要素には2つあると思います<br><br><font color="#0000FF">①ゆずる相手の年</font><br>よぼよぼのお年寄りなら何のためらいもなく譲りますが、相手が見た目60前後の年だと結構悩むもの。しかも髪を染めてたりすると年がわかりづらいし、席を譲られたらむしろ残念に思われるんじゃないかと心配でなりません。<br>自分の基準では、白髪か顔にしわがある人には、とりあえずゆずることにしますが、髪を染めていて顔のしわが見えにくい人には敢えてゆずらないことにしてます。（年がわからない！）<br><br><font color="#0000FF">②ゆずる相手の立ち位置</font><br>①の基準を満たした人でも、自分の真正面に立ってるならともかく、満員電車のなかであんまり離れてたりすると中々声がかけられません。満員電車でも自分と両隣の人の正面までなら声がかけられますが、左右に二つ離れた人の正面はグレーゾーンで、三つ離れるとアウトでしょうか。何か自分の助けが及ぶ範囲じゃなくなるというか・・・<br><br><br>法学やってると基準を立てるのが楽になりますね。<br>しかしこの基準は社会一般に通用するものなのでしょうか・・・？<br><br><br>最後に予告ですが、五月祭の準備等でかなり忙しくなってきたので、更新頻度は落ちます。<br>あしからず。<br>
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<pubDate>Thu, 09 May 2013 21:06:06 +0900</pubDate>
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