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<title>ゆらりくらり</title>
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<description>わりと書きにくいことも書きますふーんくらいに読めば良い感じ！(・∇・)</description>
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<title>感謝</title>
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<![CDATA[ 今日は良い天気だ<div>風も柔らかで、朗らかな日。</div><div>深く息を吸い込めば爽やかな空気が身体中を満たす。そんな日。</div><div><br></div><div>そんな日だからこそ明るく伝えたい</div><div>ごめんなさい、そして、ありがとう</div><div><br></div><div>出会ってからケンカ別れした人、気持ちがすれ違って別れた親友、笑顔で別れた人、静かに別れた人</div><div>色んな人と別れたけれど、そういう人にこそ伝えたいことはもう伝えられない。</div><div>でもこの気持ちは変わらない</div><div><br></div><div>ごめんなさい、そして、心からありがとう</div><div><br></div><div>今日は良い天気だね</div>
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12280152589.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Jun 2017 15:45:34 +0900</pubDate>
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<title>その8</title>
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<![CDATA[ アイデンティティーを失った<br><br>ナルシストな自分は弱まりつつある<br>泣ける映画で泣けない自分も弱まりつつある<br>弱さを見せられない自分も弱まりつつある<br>消えてなくなるわけじゃないけど、薄く、淡くなりつつある自分<br>まだ新しい自分もいない。自分はいない<br><br><br>心を開きたいと思ってしまった<br>でも開ききれない。開こうと思うと恐い。<br>素直じゃない部分がある。きっと素直でいいのに。もっと頼っていいのだろうに。<br>自分だって頼りたい、そんなときに私は身近な人に頼れない癖がある。<br>浮気をしたことはないが、浮気症がある気がする。セックス依存症の傾向もある。まだ他人の者にこそ頼れてしまう、そんな自分がいた。<br><br><br>私は親に精神的に頼れなかった。親が弱く脆い精神だからだ。不安、心配、焦り、そういったものを伝えると崩れてしまう母親なのだ。<br>例えば学業の成績が悪いとする。それは私自身、本心では恐い。しかしそれを親には悟られてはいけないのだ。<br>だから私は私を頼りにした。根拠の無い自信を持ち、なんとかなる、と思えるようになった。本当は不安なのに。<br>心は常に孤独になってしまった<br><br><br>愛する人を愛せない。愛せた試しがない。心を開けない。浮気をする。幸せになれない。<br>その原因がここにあるのだろう。<br>たぶん私はまだ愛する人の前で涙も流せない。怒ることも出来ない。<br><br><br>どうしたらいいのかはまだわからない<br>しかし既に変わり初めてしまっている<br>変わりたいと思ったのだ<br>愛を恐がる自分に気付いたのだ。愛を受け取って返せない自分に。<br><br>そして過去の自分は弱まりつつある<br><br>そう、勝手に心は開き初めている<br>突然。世界が恐くなった。サークルの飲み会に行っても本当に気の知れた人とではないと恐い。新しい人に会うのも恐い<br>ましてや恋愛をするのはもっと恐い<br>急に難しくなったし、そういうのを意識するとすぐに逃げ出したくなる。<br><br>今まで私を支えていた私を失った、今の私は、不安定だし、脆い。正直、恐怖心でいっぱい。<br><br>でもなんとなく、心は孤独ではなくなった。<br>まだまだ、時間がかかりそうだ
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<pubDate>Fri, 31 Mar 2017 11:31:11 +0900</pubDate>
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<title>その７</title>
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<![CDATA[ 私はあまり怒らない人だ。<br>怒っても仕方のないことを身体が覚えているからだ。<br><br>小学生の頃、私は自分のおばあちゃんがぶっ殺してやりたいくらいには嫌いだった。彼女のせいで家族が不幸になっている部分が多かったようにみえたからだったり、お節介で余計なお世話ばかりするし、全く反省しない、その上被害者ぶる人だったから嫌いだった。<br>小学校低学年の時におばあちゃんとケンカした。うんざり仕切って、一時間、反論を許さず暴言をひたすら浴びせた。本気でキレた。力の限り怒った。暴力はしてないけどね。<br>それでも、全くおばあちゃんは変わらなかった。わかりきってたけれど、何も変わらなかった。むしろ自分が悪いように感じた。<br>それでとにかくなぜか、怒っても仕方ないと悟った。<br><br><br>他にも、怒らない理由として何もかもを許してしまう癖がある。それこそが人を変える術になると考えているからかもしれない。そして自分の気が楽だから。<br>人間が怒られて変わるのは、愛を感じる人から怒られたときくらいだ。<br>他の人から怒られたって、それを受け止める気がほとんどの人はないのだ。愛を感じてこそ人は変わる。逆に言えば愛を感じさせなければ人は変えられない。と考えてる。<br><br>他人を変えたいと思うことはある。しかし、相手が自分を必要としていない、信頼していないと、基本的に、言葉が届かないのだ。だから変えられる人間は限られてしまう。<br>誰がどうみてもわかる、この人間はここを直すべきだという部分も、その言葉が本人に伝えられる人間は決まっている。<br><br>そう、もしイラッとする人がいても、変えられるのは私ではないと悟れば怒りは静まる。結局その人間性で今後も苦悩するのは相手なのだ。かわいそうだが、私には今どうもできない。<br>そうすると、今は、許してやることが彼に対して出来る私の最大の最善とわかる。<br>愛を持って許すのだ。<br>そうすると、良くも悪くもどうでもよくなる。心が乱されなくなる。<br><br>小さい頃からそうしてきたので無意識的にこのような思考プロセスを得るようになった。<br>そんなこんなで私はあまり怒らないようだ
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12257243029.html</link>
<pubDate>Tue, 07 Mar 2017 00:07:21 +0900</pubDate>
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<title>その６</title>
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<![CDATA[ ある日コミュニケーションの授業で、『コミュニケーションとは何か？』という問いを男子だけのグループで話すことになり、私は『コミュニケーションの頂点らへんにあるのってセックスじゃないかな。』と言い、場を凍らせた。「えっ、どういうこと」と引かれ、異端者を見る目を向けられた記憶がある。<br>引かれたのは結構悲しかったが、それもまぁしょうがないかな<br><br>たぶん一般的にはセックスは生殖行為であり、愛し合うことであり、契りといったイメージなのだろう。<br>結論を先に言うとこれが一番普通で、『コミュニケーション』というイメージは一般から外れる要素が含まれてしまう。<br><br>一般から外れるが、セックスが生殖行為でなく、愛を交換するものでもなく、契りでもないときにも行われることもある。つまりセックスが単なるコミュニケーションにもなりえて、実際にそのように使う人もいるのだ。<br>例えば様々な欲求解消として行われる。性欲、承認欲求とかね。<br>これを一般的な思考だけで理解しようとしても無理なのだ。生殖行為でも契りでも愛し合ってもないのだから『悪』と考えてしまうかもしれない。<br>だがそれは価値観の違いなのだ。仲良くて好きでハグするように同性とセックスをする人もいる。お互いがどのようにセックスをとらえているか、そもそもそれによってセックスという行為の意味が決定されている。第三者が見て決めるものではない。<br><br>そう、性欲、承認欲求を満たすこと自体は全く悪くない。お互いが理解しているのならばそれをセックスで満たす、あるいは満たしてあげるのもあるだろう。 <br>そういった意味で、お互いの深い理解の上に成り立つ高度なコミュニケーションだと言いたい。<br>しかし少しでも価値観がズレていたら大変である。契りだと思ったら相手はそんなつもりではなかったとか、ただ満たされたいだけだったが相手は愛し合っていると思ってたとか。<br>ほんとに頻繁に価値観の違いでセックスは事故が起こる。価値観が違うのがわかっている上で欲求から理性がきかずセックスしてしまう身勝手な人もいる。<br><br>その他、妊娠や病気の可能性などとにかく危険なセックス。これらのお互いの価値観もあるし、当然行為中、相手から伝わるもの、自分が伝えているものが多く、情報の交換量はえげつない。<br>そういった意味でもやはり高度なコミュニケーションだと思う。<br><br>と、まぁ色々と書いたが高度というかわりと危険なので普通のイメージのセックスをオススメします。<br><br>あ、私はノーマル派です。
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12254020425.html</link>
<pubDate>Sun, 05 Mar 2017 01:33:01 +0900</pubDate>
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<title>その５</title>
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<![CDATA[ 「上司を立てる」という社会的マナーのようなものがある。<br><br>実は私はそれがいまいち理解できずにバイトを始めたり、サークルの飲み会に出たりしていた。<br>先輩とは偉いのか？上司とは偉いのか？偉いとしてそれでなぜサービスをしなければならないのか？<br><br>私は上下関係は意識出来ない人だ。齢が上にも下にも、誰もが尊敬出来る部分を持っている。だから誰しもを人間的に立てている。しかし私は「上司として立てる」といった行動には多いに疑問があるのだ。<br><br>例えば飲み会の場。上司の杯が空になったら酒を注ぐというマナーがあるらしい。<br>これは自分が先輩になってやられるようになって初めて知り、心底驚いた。<br>これはつまり相手が私のことを先輩として神経を使っているのである。これで後輩は飲み会が楽しめるというのか？？<br>私(先輩)が楽しめれば飲み会は良いのか。誕生日パーティーの主役じゃないぞ先輩は。飲み会の主役は全員だと思うぞ。<br><br>皆が気楽に楽しんでいる空間が好きなので、正直この様なマナーは先輩の私には申し訳ない気持ちになる。後輩よ、私に先輩として気を使っているのだな、と。崩しきれない距離を感じる。少しさびしい。<br>今は相手にやりたいようにやらせれば良いかなと思うようになり、自分も身構えることがなくなったと思う。<br><br>しかし問題は私が下で、相手が上の時である。<br>私が上に対して何もしなくて、怒りだしたり、拍子抜けなんかされたりしたら…。<br>んー、大変だな。<br><br>気付いたのだが、そもそも社会的な場でマナー的なことをしなければならないのが当然なので<br>たぶん私の柔軟さが足りていなかった<br>マナーを求める者にはやってやるべきで、与えた分は返ってくるはず。マナーは自分に損な話にはならないはずなのだ。<br>私がマナーを求めていないだけなのだ。<br><br>そこまで理解はした。しかしやはり、現代のマナーは嫌いだ。仕事で残業があり、上司が残ってたら部下は帰らないのがマナーらしい。なんでだろう、みんな悩むことなんだろうなぁ<br>私はそれは間違っていると思うのでやらないと思う。帰る。<br>そして、そういった個人の価値観がある程度理解される職場を選ぶつもり(笑)<br><br><br>マナーという固定観念に縛られると、世渡りは上手くなるかもしれないが、将来柔軟さに欠けて相手にマナーを強要してしまうかもしれない。しかしマナー知らずでは世間知らずで受け入れられず孤立しやすいよね。<br><br>めんどくさいし嫌いだけど、よく知った上で判断してマナー破りしようかな
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12251241240.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Feb 2017 21:36:55 +0900</pubDate>
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<title>その④</title>
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<![CDATA[ 追記:この記事は過激な内容が含まれます。アダルトな内容が苦手な人はご遠慮下さい。<br><br><br>私は現在、そこそこに健康な心身を手に入れている。浪人のころに毎日していた瞑想で心の波に乗れるようになった気がする。<br>自分が望むように自分の体が反応してくれる状態だ。<br>素直に幸せになるためのひとつに健康はあると思うので、自分は瞑想だけはやるようにしてる。<br><br>そういえば一時期、私は寝るときに催眠音声というのを聴いていた。一般向けなものから成人向けまで色々と試したことがある。<br>利用すると全身の脱力、脳も休めてリラックスし、深い睡眠が出来るのである。<br>水の音を聞くと心が和らぐ暗示はかけてから2年間くらい続いた。今はもうほとんど暗示が切れているけどね。<br><br>ここだけの話、成人向けの催眠音声はめちゃくちゃ気持ちが良い。快楽は身体を擦るから気持ちが良いわけじゃなくて、脳が気持ちが良いと思うから気持ちが良いのだというのが良く理解出来る。<br>催眠オナニーというジャンルも確立するわけだな。<br><br><br>ところで私は性癖がかなり広い。広いというかもはや全ての性癖が理解が出来る人間のようなのだ。アブノーマルなことに興奮するような人間に感覚や思考を一時的にリンクさせれば、その気になれば私も興奮出来るブッチ切れでヤバい奴である。でも興奮出来るのは当たり前だ感覚や思考を近くするのだから。<br>ちなみにアブノーマルっていうのは例えば、SM、獣姦、機械姦、異種姦、幼女熟女、ペド、ﾚｲﾌﾟ願望、ｽﾜｯﾌﾟ、死姦、ﾌｨｷﾞｭｱぶっかけ、二次元三次元問わず。もうｵｰﾙｼﾞｬﾝﾙ。<br><br>だがそれらを現実に実行することはまぁない。<br>もう一度言う、やることはない。<br>私のベースの感覚と思考があるのでね。あ、私は女性が性的対象なのが基本なので、ホモの方はお願いですから襲わないで下さい。たぶんトラウマになります。<br><br>良く言えば人の気持ちが理解出来るのだ。<br>しかしどうしてこうも広い性癖になったか。<br><br>私がいじめによるストレスに襲われていた中学の頃、そのストレスの逃避行動として無意識に始めたが自慰行為だったんだろうと思う。オナニーは不満足感があるとき、現実逃避、自傷行為としてやると、頻度や時間が増える。なので私は当時1日に3、4回、長いときは8時間続けていた。高3のとき、やり過ぎて口から少し血を吐いたりするほど、身体に負担はかかっていた。そういえば心臓も乱れがちだったりした。こんな状態が自身がメンヘラだと認めるまで続いてた。今は落ち着いている。その期間に感覚と思考を一時的にリンクさせる能力を鍛えたのだろう。<br><br>なのでわりと意図せずして広い性癖になった。こんな過去だがこれもまた今の自分を作ったごく一部だなぁとしみじみ感じる。<br><br>なんかここまで書くと断っておきたいが、日常で危険思想や性的妄想はしていない。私のベースにその思考はないのだ。自分でもその考えはなくてよかったと思う。<br>私のベースはお互いが幸せになれるコミュニケーションをしたいと思っているので、ノーマルが好きみたいだ。そのより高度なコミュニケーションとしてアブノーマルがあると捉えている。<br><br><br>あくまで、アブノーマルに対する理解がある。そんな感じ。<br><br>思想の理解は出来ても持ってない。
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12250135414.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Feb 2017 09:30:47 +0900</pubDate>
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<title>その③</title>
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<![CDATA[ 惹かれる異性とか好きになる異性っているじゃない？<br>それも基本的には１人ってわけじゃないと思うんだが、常々思うのはその相手を知れば知るほど自分自身がわかる<br>恋愛は自分を映す鏡とか昔の私は表現してたけど、その人を好きになるのはちゃんと理由がある。<br>でもなかなか難しい、好きな食べ物がなぜ好きなのか考えるくらいに難しい<br><br>そもそも私はなぜ「恋愛は自分を映す鏡」だと思ったのか。<br><br>話は私が高校三年、受験生の頃になる。<br>その頃、私は私史上最高潮に心身不健康だったのだ。当時の写真は死んだ魚の様な目をしてる。微熱が常にあり、手足が痺れていて、微妙に真っ直ぐ歩けてなかったらしい。頭痛がして、何もかもが面倒に感じてた。ちなみに病気ではない。<br><br>そんな状態ながら、惹かれる人がいた。ゲーセンで見かけてたが、たまたま同級生のカラオケについていったらその人がいて、話すようになった。後日、惹かれるがまま告白をし、嬉しいことに付き合えることに。<br>三日後に、珍しいことを告げられる。「私は普通あり得ないような、アニメみたいな部分があるの」<br>そのとき何故か私は言い当ててしまう。<br>「二重人格とか…？」<br>その通りだった。もし興味がある人は解離性同一性障害で調べてみるといい。<br>色々なことがあったが、端的に言って彼女は魅力的ながら、性格はわりと悪かった。別れたいと告げる時には既に他の男と付き合っていたことを後で知った。そしてSNSで早く気づけ別れろよ関わるな氏ね等々いつも言ってたことも知った。<br><br>そんな人ながら、私は彼女に心底惹かれてたのだ。<br>何故か？<br><br>それは本当に悩んだ。こちらを好きではないと悟り、悩み、別れた後も、私自身は好きだった。他の彼氏がいても、SNSで悪口を言われても惹かれていた。それが何故なのか、どうして好きでいてしまうのか。好きになぞなりたくもない。でも心は正直で、やはりまだ惹かれているのだった。<br><br>あるとき、「メンヘラ女に惹かれる男」という感じのネットのページを読んだ。そこには「メンヘラ女に惹かれるのは、その男自身もメンヘラだから」と書かれていた。色々、色々考えたが、どうやらそれ以外に惹かれる理由は見当たらなかった。<br>彼女は自分に嘘をついて、人格を増やし、元の弱い自分を守っている。私も自分に嘘をついて、「具合が悪い」と自己暗示し、様々な体調不良を引き起こし、学校を休んだりしていた。<br><br>当時私は、自分がメンヘラだと認めていなかった。だから好きな理由がわからないでいた。でもこれでわかった。私はメンヘラで、だから磁石のように惹かれた。単純なことだった。似た者同士が惹かれるのは当然。<br>この時、「恋愛は自分を映す鏡だ」と私は認めざるを得なくなったのだった。<br><br>そして、変えるべきは「彼女」ではなく、その前の原因である「自分」だと悟った。<br>「自分」を変えれば結果として「彼女」が変わるのだ。と。<br><br>そんなこんなで、私の一緒に居たい人は変わっていった。
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<pubDate>Mon, 20 Feb 2017 08:47:43 +0900</pubDate>
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<title>その②</title>
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<![CDATA[ 最近本を読むようにしてる<br><br>「さびしすぎてレズ風俗に行きましたレポ」を読んで、自分を表現してしまう勇気を見た。私の経験なんかよりも表現したくもないであろうことを表現してしまう勇気に驚いた。<br>そんなわけでそのうち私の経験も別に隠さず表現することにしよう。知人も見るだろうけど、いいのよ、見ちゃえ見ちゃえ(笑)<br>いや、なに書くんだろうね私は？<br><br>「原因と結果の法則」という本。<br>物質的な原因と結果が当然な様に、精神的な原因と結果も当然であるという本。<br>とってもお金を得ている人が結果を出しているわけじゃなくて、結果っていうのはもっと実感のある幸福みたい？。苦悩が少ないとかね。<br>この間、自己中心的な人が対人関係で苦悩してて、「優しく接すれば、優しいものが返ってくるよ」と言ってあげたら<br>「そんなことはない」と全力否定されたので、彼は苦悩が続きそうだなぁと思いました(なんの話や)<br><br>すごく当たり前だけど、その人が求めるものが、その人の周囲には集まると思うのね。でも何故か、人によっては素直に求めないモノもあって、求めてはいけないと思ってるものがある。自分にはおそれ多いといった具合だったり。ちょっとしたことで言えばスタバ行くの恐い人とか多いよね。叙々苑とかもそう。<br>それに気付いていて、かつ原因を理解していて、かつその原因を認められれば、踏み出せるはず。<br><br><br>私は浪人の4月の時、全然勉強ができなかった。1日中暇で、1時間勉強するかどうか。寝てるか、ゲーセン行くか、トイレの個室に入ってるか。正直、辛かった。勉強しない自分にとてつもない自己嫌悪、無力感。<br>出来るようになりたい、強くなりたいと心から思っていた私は、考え抜いた末に閃いた。<br><br>自分は出来てないわけじゃない、1時間勉強が「出来ている」と。<br>積み重ねていけばそれ相応のものが返ってくる。原因と結果。因果応報。<br>自分がやれるペースでやって、期限までそれを積み重ねる。それで得られる結果は当然のものになる。これは紛れもない事実なのだ。<br>そして自分が1日に出来る意志力は当時1時間、これも紛れもない事実なのだ。<br><br>「出来ない」のではない「出来る」<br>積み重ね、改善し、工夫し、時間をかけたものが返ってくる。そして結果として本当に出来る。<br>つまり私は一生＋αくらい時間をかければ東大に入れる、出来るということだ。単純な事実なのだ。<br>出来ないというのはほとんど勘違いだ<br><br>これを理解した自分は、力が抜けた。自らを強張らせ、身動きがとれなくなっていた状態から解放された。心にも余裕が生まれ、意志力を使う余力が増え、勉強時間がなんとなく増えて、、トイレに籠る時間は減らなかった。<br>第一志望もなんとなく早稲田から、相応だから明治にした。でもどこ入ってもその人の人間力で生涯年収って決まってるらしいし個人的にはこだわりはなかった。<br><br><br>経験的にその場所にはそれ相応の資格がある人間が集まると理解してるから、明治に行きたかった。<br><br>「個を強くする」ですって<br>個人的には好きです
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12249417019.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Feb 2017 19:49:30 +0900</pubDate>
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<title>その①</title>
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<![CDATA[ 一人称で悩むことがよくある、実は今もだ。<br>とりあえずここでは「私」にしたいと思う<br><br>私は「安藤ってどうしてそうなったの？」と大変アバウトな質問を受けることが度々ある。<br>ちょっと人とは違う雰囲気なのは自覚しているが、きっと変な人なんだろう<br><br>なぜこうなったか？？<br><br>人それぞれ生まれ育った環境が違うからこそ個性溢れて、一人一人が違った人間なんだと思う。もれなく私もそうです。<br>環境のおかげです。でも環境を作ってきたのは私です。でも生まれたての私に環境を整えたのは家族なんで、家族のおかげです。<br>家族に苦労もしたけど感謝もしてる。今までの環境にも感謝してる。<br><br>そこそこ大きくなってからは逃げに逃げを繰り返す人生をして、弱く脆い人間になって、そこからやり直している途中。<br><br>何をしてきて、何を考えたかを改めて書いてみたくなったので<br>なんでも書くことにしてみようと思う。<br><br>私は表現をしてこなかった人間なので、表現力が拙いのは自覚している。<br>そして表現に「トゲ」があるらしいことにも自覚してきたところだ。<br><br>なぜ私が表現をしてこなかったかというと、自分の頭の中に留め、外に出さないほうが物事が穏便に済むことが多いからだ。<br>しかもいざ、外に表現したいとき拙すぎて「伝わる」表現が出来ないのだ。余計に表現を恐れ、面倒にすら感じる。<br>そんななので私は疲れると「返事」「反応」といった表現すら出来なくなる。これで何度家族とケンカしてるかわからない。<br><br>あるとき「ポプテピピック」というクソマンガに私はとても影響を受けた。ちなみに私は読む本に影響を受けやすい。<br>表現の粗さと、それでも面白いということに衝撃を受けた。表現をする勇気をこんなクソマンガに与えられたのだった。<br>初めて表現を始めた時期はそれはそれは「トゲ」があった。表現というか、思うことを行動にしたときに、だろうか。<br>それを丸くしている途中でもある。<br><br>思うことをノートに書いてたことはある<br>それを見られる場に書くというのは、考えを知られるので当然恥ずかしい。でもその全てが今の自分を作ったものなので恥じてはいない。<br>たぶん読み手が「え…」と受け止めきれないことも書くかもしれないが<br>逆に「面白い」と思う人のことを考え、書いてみよう。<br><br>なんでも書くことにしてみよう。
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<link>https://ameblo.jp/amoeba3205/entry-12249352781.html</link>
<pubDate>Sun, 19 Feb 2017 12:58:47 +0900</pubDate>
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