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<title>バンビのブログ</title>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2414　ワーテルローの戦いとネイサン・ロスチャイル</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2414　2026.08.12　　ワーテルローの戦いとネイサン・ロスチャイルド</p><p>イギリス政府が「ナポレオン戦争（1803年～1815年）」と「米英戦争（1812年～1815年）」を戦うために発行した国債の約半分は、NMロスチャイルド銀行が引き受けました。ワーテルローの戦いがおこなわれていたある日、ネイサン・ロスチャイルドは独自のネットワークでナポレオン敗退の情報をいち早く知ると、イギリスの国債をわざと売り始めます。ネイサンが持つ独自のネットワークでいち早く情報を入手できることは知られていたため、それを見た投資家たちはイギリスが負けたのだと憶測で思い、イギリス国債を我先にと売り始め、最終的に大暴落します。その裏でネイサンは秘密の代理人を使って紙くず同然になったイギリス国債を買い占めました。翌日にイギリスが勝利したという情報が入るとイギリス国債が暴騰しますが、その時はネイサンがイギリス国債を大量に買いあさった後でした。これにより多くの投資家と、ほぼすべての名門家系は破産したのに対して、ネイサンは100万ポンドという当時としては天文学的な利益を得て、この日の儲けだけで財産が2500倍に増えたといいます。これをネイサンの逆売りといいます。</p><p>また1814年には、ネイサンとパリ支店のジェームスは、フランス南方のピレネー山脈を越えたイベリア半島でナポレオン軍と交戦中だった初代ウェリントン公爵アーサー・ウェルズリーの下まで、遠く離れたロンドンからイギリス軍兵への支給金として金塊を輸送して、イギリス軍の勝利に貢献します。</p><p>これらの功績によりネイサンは、イギリス政府やウェリントン公爵に大きな恩を売ることができて、政治的にも「大きな影響力」を持つ銀行家となります。</p><p>1820年代には各国の大蔵大臣がロスチャイルドの５人兄弟に買収され、国の借金をつくり公債を発行してその2倍近い金額をロスチャイルド商会に支払ったといいます。こうしてヨーロッパ諸国のすべてがロスチャイルド商会をあてにして、ヨーロッパ全王室がロスチャイルド家に金を借りに来たといいます。</p><p>ロスチャイルド商会の資産総額は1815年に333フランから、10年後には１億6500万フランになると、これを契機にネイサン・ロスチャイルドのイングランド銀行支配がはじまります。</p><p>ナンバー2415　2026.08.16　に続く予定です</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12975554653.html</link>
<pubDate>Wed, 12 Aug 2026 21:00:12 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2413　ナポレオンと対仏大同盟</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2413　2026.08.08　　ナポレオンと対仏大同盟</p><p>&nbsp;</p><p>1806年11月にナポレオンは大陸封鎖令（ベルリン勅令）を出したにもかかわらず、ロシアがイギリスに穀物を輸出したことを知ると、その制裁として1812年に60万の大軍でモスクワ遠征をします。ロシア軍はわざと敗北を重ねて後退する作戦で、広大なロシアの大地にナポレオンをおびき寄せて冬の寒さの中で大反撃すると、ナポレオンの60万の軍隊は戦死と凍傷で５千人にまで敗北します。</p><p>ナポレオンがロシア遠征に大敗すると、このチャンスにつけこもうとする反ナポレオンの動きが急速に強まり、「革命の拡大を防ぐ」という共通の目標のもとにヨーロッパ各国が集まり対仏大同盟を結成しますが、これは利害まみれの多国籍連合でした。</p><p>1813年10月ドイツ東部のライプツィヒ郊外で戦いが起こり、19万のナポレオン軍が25万のプロイセン・オーストリア・ロシア、スウェーデンの連合軍に攻撃を仕掛けますが、ナポレオン軍は阻止されたため休戦を申し入れます。しかしナポレオンは連合軍に休戦を拒否されて敗退すると、ナポレオンのドイツ支配が崩れます。翌年、連合軍はパリに進撃して占領すると、ナポレオンの没落は決定的となります。ナポレオン軍と戦うロシアとオーストリア・プロイセンの同盟軍がパリに入城すると、1814年４月２日にナポレオンは退位させられてエルバ島に追放されます。ナポレオン戦争の戦後処理のための会議が1814年9月からウィーンで開かれ、フランス革命以前の支配体制と王室を正当にし、各国の力のバランスをとろうとしますが、各国の利害の対立や連携不足から「会議は踊る、されど進まず」の状態が続きます。その間にナポレオンは、1815年２月にエルバ島を脱出して３月にパリに戻ります。会議中だったイギリスやプロイセンなどはあわてて結束を固めると、ワーテルローの戦いが同年６月に勃発し戦争に突入しますが、ナポレオン皇帝の復権を賭けて挑んだナポレオンは完敗します。</p><p>ナポレオンに対抗する同盟諸国にイギリスが資金援助をするにあたり、ネイサン・ロスチャイルはイギリスの国債を大量に発行することで戦争の費用を調達しますが、もしもイギリスが負ければ、イギリスの国債は大暴落する状況でした。</p><p>ナンバー2414　2026.08.12　に続く予定です</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12975160000.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2026 20:59:53 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2412　ネイサン・ロスチャイルの閨閥について</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2412　2026.08.04　　ネイサン・ロスチャイルドの閨閥について</p><p>&nbsp;</p><p>1806年にネイサン（29歳）は、ロンドンで有名な国際的ダイヤモンド商人のリーヴァイ・ベアレント・コーエンの長女のハンナ・コーエンと結婚します。ハンナの妹ジュディス・コーエンは英国ユダヤ人委員会の会長職を1835年～1874年の39年間も務めた銀行家モーゼス・モンテフィオーレと1812年に結婚します。ネイサンの義弟となったモーゼス・モンテフィオーレの母親は、1684年設立の「モカッタ&amp;ゴールドスミッド（Mocatta&amp;Goldsmid）社」（金・銀・ダイヤモンドを扱い、製錬業者も兼ねて18～19世紀にかけてイングランド銀行および東インド会社の仲介業者だった）を経営する世界有数のモカッタ家出身でした。</p><p>ネイサンはこの閨閥（けいばつ＝婚姻や親族関係を通じて形成される家系や人脈）によって広がったユダヤ商人のネットワークをフルに活用して、金塊や貴金属の投資でも莫大な利益をあげます。なおハンナのいとこの孫にはカール・マルクス（1818年～1883年　科学的社会主義（マルクス主義）の創始者、代表作に『資本論』）と、オランダの世界的な総合電機メーカーフィリップス（Philips、1891年創業）の共同設立者の一人アントン・フィリップスの長男フレデリック・フィリップス（Frederik&nbsp;Jacques&nbsp;Philips、1905年～2005年）がいて、どちらもロスチャイルド家の閨閥といえます。</p><p>ネイサン（37歳）は、1814年にハンブルグを拠点とする「M.M.ウォーバーグ銀行」をNMロスチャイルド銀行の傘下に収めて以降、ウォーバーグ一族はロスチャイルド家の「代理人」として大活躍します。なおポール・ウォーバーグは1914年にアメリカのＦＲＢ設立の立役者として、初代ニューヨーク連銀理事になります。また、エリック・ウォーバーグが1966年にウォーバーグ・ピンカスというＰＥファンドを設立したとき、バイデン民主党政権の国務長官アントニー・ブリンケンの父ドナルドも創設者の１人として名を連ね、後に取締役会長にもなります。</p><p>ほかにもロスチャイルド家の閨閥は、銀行業だけでなく首脳、王室、巨大メディア、主要産業などにまで連なることで、軍需産業といくつもの戦争に関わり世界に影響を与えながら、富を支配します。</p><p>ナンバー2413　2026.08.08　に続く予定です</p>
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<pubDate>Tue, 04 Aug 2026 20:59:59 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2411　ロスチャイルド家の戦略</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2411　2026.07.30　　ロスチャイルド家の戦略</p><p>&nbsp;</p><p>ロスチャイルド家の長男アムシェルはフランクフルトの本店、次男ザロモンはオーストリアのウィーン、四男カールがイタリアのナポリ、五男ジェームスはフランスのパリと、ヨーロッパの主要な都市に支店を開くと、この４人の支店によって囲まれている国がスイスです。</p><p>スイスは永世中立国であり、大金持ちたちの秘密の金庫があることで有名ですし、各国の中央銀行の中央銀行である国際決済銀行（BIS）がありますから、スイスがロスチャイルド・ネットワークの中心地といえます。</p><p>また1810年にロンドン証券取引所の支配者フランシス・ペアリングが亡くなると、ネイサンが新しい支配者になり、ペアリング家とロスチャイルド家は二人三脚で国際金融取引の中心地のロンドンシティを支配します。</p><p>1812年に初代マイヤー・アムシュ・ロスチャイルドが亡くなる直前、５人の兄弟にタルムードを読み聞かせ「常に結束して事に当たり、独断的な行動をおこなわない」と誓わせて、次のような遺書を残します。</p><p>『１．ロスチャイルド家の家督は長男のみが相続するものとし、一族からの同意を得ない限り、本家も分家も長男が「家業」を継いでゆくこと。</p><p>２．親族同士で結婚することによって、ロスチャイルド家の財産が一族の外に分散・流出しないようにすること。</p><p>３．ロスチャイルド家の事業内容は秘密厳守にして、その資産額を決して外部には漏らさないこと。</p><p>４．ロスチャイルド一族は間断なく連携し、一族の財産は統一的に管理してゆくこと。』</p><p>この４つの遺言とアジェンダ25（ナンバー2346～2349）によって独占的に世界を支配し成功するための戦略を立てると、５人兄弟はヨーロッパ中に交通ネットワーク網を張り巡らせて、緊急時には各国の兄弟たちとすぐに連絡ができるように伝書鳩も飼育して活用します。</p><p>こうして父のマイアーが亡くなった後も、５人兄弟がヨーロッパの５大金融センターを設置して事業を行い、金融機関を発展させて彼らの帝国を広めます。また1814年に東インド会社のインド貿易独占権が廃止になると、ロスチャイルド家が利権を受け継いで植民地支配を続けてきたため、現在の支配者層の多くはこの東インド会社の幹部の末裔だといいます。</p><p>ナンバー2412　2026.08.04　に続く予定です</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12974250584.html</link>
<pubDate>Thu, 30 Jul 2026 20:59:32 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2410　ロスチャイルド銀行設立とナポレオン帝国</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2410　2026.07.26　　ロスチャイルド銀行設立とナポレオン帝国</p><p>皇帝になったナポレオンは革命の精神を輸出すると称して、ヨーロッパ征服を目指して周辺国を侵略し1810年頃にはフランスの直轄地としてフランス本国、ベルギー、オランダ、イタリアの一部など、そして従属国（衛星国）としてライン同盟（ドイツ諸邦）、ワルシャワ公国、ウエストファリア王国、スペイン王国などの親フランスの政権が置かれます。またオーストリアやプロイセンなどが一時的に同盟を結ぶとヨーロッパの大部分がナポレオン帝国の影響下に入いり、1812年はナポレオン帝国の最盛期でヨーロッパ大陸をほぼ制圧します。</p><p>ロスチャイルド家では1810年にマイアー（66歳）と長男アムシェル（37歳）、次男ザロモン（36歳）、四男カール（32歳）、五男ジェームス（18歳）の５人が、マイアー・アムシェル・ロスチャイルドとその息子達という名前の銀行「N・M・ロスチャイルド&amp;サンズ（N M Rothschild &amp; Sons）」を設立します。</p><p>同年４月にナポレオンは家柄に箔をつけようと、オーストリア・ハプスブルク家の皇女マリア・ルイーザと結婚します。このナポレオンの結婚にロスチャイルドは多額の資金を提供した見返りとして「パリへの定住許可」を得たことから、1811年（1817年という説もあり）にマイアー（67歳）は五男ジェームス（19歳）をフランスに送ってパリ支店を開設します。そして翌1812年には、英仏の対立に配慮して表向きにはN・M・ロスチャイルド銀行に参加していなかったロンドン支店のネイサン（34歳）も、ロンドンシティに「N・M・ロスチャイルド&amp;サンズ（N M Rothschild &amp; Sons）」を設立すると、現在まで続く世界最古の投資銀行となります。1820年に次男ザロモンはオーストリアのウィーンで、1821年には四男カールがイタリアのナポリで支店を開き、長男アムシェルはフランクフルトの本店を継ぎます。</p><p>ヨーロッパ各国にいるロスチャイルドの５人兄弟は、緊急連絡用の伝書鳩や快速艇、専用の馬車を所持していて、毎日各国の情勢を手紙で情報交換する情報ネットワークを駆使して、イギリスから密輸した製品を大陸諸国で売りさばき、ナポレオン戦争でヨーロッパ全体が大混乱に陥ると、敵味方関係なく各国に戦争の資金を融通する金融取引で巧みに富を蓄えます。</p><p>ナンバー2411　2026.07.30　に続く予定です</p>
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<pubDate>Sun, 26 Jul 2026 20:59:37 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2409　大陸封鎖令で儲けるネイサン・ロスチャイル</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2409　2026.07.22　　大陸封鎖令で儲けるネイサン・ロスチャイルド</p><p>&nbsp;</p><p>ナポレオンは1806年10月にプロイセン軍を撃破するとベルリンを占拠して、11月に大陸封鎖令を出します。これは産業革命が進んで工業製品の重要な供給国のイギリスとヨーロッパ大陸の貿易を禁止することで、イギリスを兵糧攻めにして全面的に打撃を与えて弱体化しようとします。</p><p>すると大陸封鎖令によってイギリスから工業製品を輸入できなくなると、ヨーロッパの国々は綿製品などの工業製品の価格が高騰することになります。逆にイギリスでは供給が過剰になって市場を失ったために価格が暴落した綿製品・毛糸・煙草・コーヒー・砂糖・染料などをネイサンが安値で買い漁ると、ヨーロッパ大陸まで高速艇で秘密裏に輸送し、それらを父のマイアー達が築いた通商ルートや情報網を駆使して、ヨーロッパ各地に高値で売り捌くという命懸けの密貿易システムによって次々と稼ぎます。</p><p>大陸封鎖令によってイギリスで価格が安くなった製品を、品不足のために値段が高くなっているヨーロッパで売るという、価格差を利用した稼ぎを鞘取りや裁定取引といいます。このネイサンがおこなった鞘取りや裁定取引を、非生産的な経済活動だと批判する人もいますが、市場の不完全性を克服するためには重要なもので、ネイサンの取引は物資不足にあえいでいた大陸の人々から感謝されながら、彼は莫大な利益を上げることができますから、彼の富はナポレオンの政策によって築かれたといえます。ただナポレオンの影響が一方的にネイサンに及んだわけではなく、イギリスを兵糧攻めにして打撃を与えようとしたナポレオンの大陸封鎖の効果が弱められたことで、ネイサンはナポレオンの邪魔をしています。</p><p>ナポレオンが1806年11月に大陸封鎖令を出して、イギリスを兵糧攻めにしたナポレオンを恐れたヨーロッパ大陸の各国は、表面上はナポレオンの命令に従います。しかし裏でロシアがイギリスに穀物を輸出したため、イギリスに対して大陸封鎖を徹底することが困難になります。ロシアが裏で裏切ったことを知ったナポレオンは、ロシアに支配されているポーランドに侵攻してロシア軍を破ると、大陸封鎖令への参加を強要して、1807年にナポレオンのヨーロッパ大陸支配が成立します。</p><p>ナンバー2410　2026.07.26　に続く予定です</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12973403542.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Jul 2026 20:57:47 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2408　ヘッセン選帝侯の財産管理と郵便事業の入手</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2408　2026.07.18　　ヘッセン選帝侯の財産管理と郵便事業の入手</p><p>&nbsp;</p><p>ヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世は、フランス軍とイギリス＝オーストリア連合軍の両方の二股をしようとして、ナポレオンに大軍を差し向けられて国外に逃亡したため、ヘッセン選帝侯は残された巨額資産の管理をロスチャイルド（父マイアー 62歳）にまかせます。父マイアーは、長男アムシェル（1773年～1855年）と次男ザロモン（1774年～1855年）と協力しながら、フランス当局の監視を掻い潜って、国外逃亡中のヘッセン選帝侯の「代理人」として、諸侯から債権を回収します。</p><p>しかしマイアーからヘッセン選帝侯に届けられた債権回収代金は一部のみで、フランス当局の監視が厳しくなっていることを理由に、残りはマイアーがそのまま預かり運用しますが、ヘッセン選帝侯の財産の一部を騙し取ったという説もあります。選帝侯から預かった莫大な資産はロンドンのネイサンに送られてイギリス国債で運用しながら、儲かった資金を元手に1809年頃からはゴールドやダイヤモンドなど貴金属への投機で年率20%の利益を稼いだと言われています。このような方法でヘッセン選帝侯の莫大な資産を守りながら、運用することでロスチャイルド家がのし上がる種銭となりますし、合法・非合法を問わず、あらゆる事業に投資して順調に利益を稼ぎ出します。</p><p>また1804年には、長男アムシェル（31歳）が神聖ローマ帝国の国際郵便事業を、世襲によって独占していた郵便長官トゥルン・ウント・タクシス家に賄賂を贈って近づくと、その宮廷商人に任命されるほどに親密な関係を築きます。これ以降、ロスチャイルド家は、タクシス家の郵便ネットワークを利用して、ヨーロッパ各国の重要信書を開封して盗み見たり、内容に応じて意図的に配達を遅めたり早めたりするといったことをおこなって、ビジネスや政治に関わる「重要情報」を自由自在にコントロールする力を手に入れます。</p><p>同時に、オーストリア皇帝フランツ２世やその他の大陸諸侯にも賄賂を贈って便宜を図ると、武器を所持する権利、いくつかの税金免除、領内を自由に移動する権利や各種の勲章を得ます。またフランクフルト大公にも巨額賄賂を贈り、ユダヤ人の市民権を獲得するためにも尽力しています。</p><p>ナンバー2409　2026.07.22　に続く予定です</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12973090474.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jul 2026 20:59:55 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2407　ナポレオンとネイサン・ロスチャイル</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2407　2026.07.14　　ナポレオンとネイサン・ロスチャイルド</p><p>&nbsp;</p><p>ロスチャイルド家は、ヨーロッパ最大級の資産家ヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世の金庫番から始まり、フランス革命では絶対王政の特権を維持しようとする王と、この支配から自由と平等を勝ちとろうとする市民の両方に資金を提供します。</p><p>フランスの王制が倒れて様々な改革がおこなわれることで経済が発展すると、フランス銀行はフランス政府との結びつきが強まり中央銀行としての機能を整えますが、イギリスの産業革命による工業製品がすでにヨーロッパ市場にあふれていたため、フランス製品の市場が大きく圧迫されます。またフランス革命以来、ドイツでは綿製品が不足して価格が高騰していました。ロスチャイルドの5人の息子のなかでも、他の兄弟から最高司令官と呼ばれていた三男のネイサン（1777年～1836年）は、産業革命で綿製品生産の中心地だったイギリスのマンチェスターに1798年21歳の時に移住します。これはナポレオンによるフランスとイギリスの戦争が継続する中で、ヨーロッパ大陸でのイギリス製品の取引が困難になることを見越し、イギリスそのものに拠点を置くことが最善と判断した父マイアーによる戦略的意図でした。ネイサンは綿製品を安く仕入れてドイツで売ることで莫大な利益を上げ、その利益を使って1804年にロンドンに移り金融業を始めます。</p><p>1804年５月に皇帝に即位したナポレオンは、1805年10月には、最強の敵であるイギリス侵攻を目指しますが、トラファルガーの海戦で敗れると、イギリス征服の計画をあきらめて12月オーストリア・ロシア連合軍を撃破します。1805年、ナポレオンは神聖ローマ帝国の皇帝フランツ2世に勝利すると、神聖ローマ帝国は正式に解体されて、オーストリア帝国とプロイセン王国、フランス帝国支配下のライン同盟（ドイツ諸国）に分割されます。</p><p>ヘッセン選帝侯ヴィルヘルム1世は、フランス軍とイギリス＝オーストリア連合軍に二股を掛けようとしますが、日和見を許さないナポレオンがヘッセン選帝侯に大軍を差し向けたため、1806年から1813年まで国外逃亡せざるを得ない状況に追い込まれます。そして自由都市フランクフルトも神聖ローマ帝国領から、ナポレオンの衛星国フランクフルト大公国に置き換えられます。</p><p>ナンバー2408　2026.07.18　に続くと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>これから、ロスチャイルドの5人の息子が活躍し始めるのと同時に、ナポレオンもヨーロッパ各地で戦争をおこなうため、話があちらこちらに飛んでしまい、わかりにくくなるかと思いますが、それだけ様々な手法や作戦がロスチャイルド家によっておこなわれることで、世界的な支配を可能にしたということで、お許しください。</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12972717220.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Jul 2026 20:59:07 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2406　ナポレオン一族によるヨーロッパ統合計画</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2406　2026.07.10　　ナポレオン一族によるヨーロッパ統合計画</p><p>&nbsp;</p><p>ナポレオンがフリーメイソンに入会した確実な記録の証拠はないようですが、彼の兄弟や側近の多くの将軍、行政官といった周囲の人々はフリーメイソンのメンバーで、ナポレオン政権はフリーメイソンを政治的に活用したといわれています。</p><p>ヨーロッパ各地を征服したナポレオンは、その土地の支配者として自分の親族を配置すると、彼自身はフランス皇帝であると同時にイタリア王も兼ね、義理の息子の皇后ジョセフィーヌの連れ子のウジェーヌ・ド・ボーアルネを副王としました。ナポレオンの兄ジョゼフをナポリ国王とした後、スペイン国王にします。二番目の弟ルイはオランダ国王、三番目の弟ジェロームはドイツ西部のウエストファリア国王、妹のエリザはイタリア中部のトスカナ大公の妃になり、三番目の妹のカロリーヌの夫ミュラ元帥はベルク大公の後にナポリ国王になります。</p><p>こうしてナポレオンは自分の一族の力を借りて、ヨーロッパ統合の夢を実現しようとしていることから、明らかにフリーメイソンやイルミナティ、アジェンダ25によって、滅亡したハザール王国の復讐をしようとしていると考えると、ナポレオンもまたロスチャイルドやヴァイスハウプトたちと同じようにハザール王国出身者だったのかもしれません。</p><p>さらに1800年にナポレオンの指示でつくられたフランス銀行は、1803年4月14日には、民間銀行でありながら紙幣の独占発行権が与えられて公的な使命を帯びた銀行になり、他の発券銀行を買収して事業統合をおこないます。またフランス銀行は政府の支援を受ける私的な投資事業として考案されて、理事と監査役にはパリの銀行家および商業界の中枢にいた大立者たちの大半が名前を連ねました。大口投資家としてナポレオン・ボナパルト一家やシェイエスなどが運営して、フランスの産業基盤をつくるうえで大きな役割を担います。</p><p>こうしてナポレオンは国内産業保護政策をおこない、フランス銀行創立だけでなく、通貨・金融・財政改革などもおこなって、実効力のある産業資本育成を目指して、ヨーロッパの政治的な権力と金融、経済などの権力のすべてを手の内におさめ、意のままにすることでハザール王国を滅亡させた国々に復讐しようとしたと思われます。</p><p>ナンバー2407　2026.07.14　に続く予定です</p>
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<link>https://ameblo.jp/anartman/entry-12972244230.html</link>
<pubDate>Fri, 10 Jul 2026 20:59:02 +0900</pubDate>
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<title>第３章　光とともに　ナンバー2405　ナポレオンと秘密結社</title>
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<![CDATA[ <p>ナンバー2405　2026.07.06　　ナポレオンと秘密結社</p><p>&nbsp;</p><p>ナポレオンはイルミナティやフリーメイソンといった秘密組織によって皇帝に育てられたと『世界の衝撃的な真実』（ヒカルランド発行　佐野美代子著）にあります。しかしネットでフリーメイソンとナポレオンの関係を調べると、『ナポレオンの周囲には多くのフリーメイソンがいたが、ナポレオン自身がフリーメイソンだったという確実な入会記録の証拠はないが、彼自身の兄弟や側近の多くの将軍、行政官がフリーメイソンで、ナポレオン政権はフリーメイソンを政治的に活用していた』とあります。またナポレオンは『フランス国内のフリーメイソンのロッジを再編し、国家の管理下に置くと兄ジョゼフをフランス大東社（Grand Orient de France）」の長に据えて、軍隊内のロッジを奨励し、兵士の結束を強化することで、ナポレオンはフリーメイソンを「政治的ツール」として活用した』とありますから、ナポレオンとフリーメイソンは深く関係していたことがわかります。</p><p>ナポレオンとイルミナティの関係について調べると、『関係があるという説は陰謀論だ』というものと、『イルミナティはナポレオンの地位を上げる為に、まずは霊界に帝国を作りそこで彼を王にした。そしてその後、物質界で同じ事を行った。』というものがありました。実際にナポレオンは1804年5月18日にナポレオン1世として即位して皇帝になると、国民投票で承認されたうえで、12月2日にパリのノートルダム大聖堂でローマ教皇立会いのもと戴冠式を行っていますから、これは真実だと思われます。この物質世界は、霊的な世界の基盤があって成り立ちますから、物質世界の設計図や青写真が霊的世界といえます。「思考は現実化する」という言葉がありますが、私たちがいつも考えたり無意識に思ったりしていることは、現実化しやすい傾向にあります。</p><p>非常に具体的で何の迷いもない明確な意図を持った思考をレーザー光線のように統一すると、その明確な思考は確実に現実化します。イルミナティやフリーメイソンのメンバーたちは、こうした知識を理解していて世界革命行動計画アジェンダ25に基づいて、具体的に軍事や金融・行政などの役割を明確にしたチームで行動することで、世界支配を現実化させていると思われます。</p><p>ナンバー2406　2026.07.10　に続く予定です</p><p>&nbsp;</p><p>明確な意図を持った思考をレーザー光線のように統一して瞑想することで、願いをかなえることができることを、セミナーしているインド人の　シュリ・クリシュナジ　という悟りを開いた聖者がいるようです。</p><p>興味がある方は、ちょっと調べてみてくださいね？</p>
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<pubDate>Mon, 06 Jul 2026 20:59:51 +0900</pubDate>
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