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<title>やわらかき　ことも無き世を　やわらかく　すみなすものは　心なりけり</title>
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<description>身体という視点からの気付きや思うところを徒然なるままに。そして、やわらかい（会）の活動の報告の場として。</description>
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<title>常識を破ってみたら面白い事が起こってきたｗ</title>
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<![CDATA[ <br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150121/17/anbai-seitai/69/a8/j/o0480040813195643756.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150121/17/anbai-seitai/69/a8/j/t02200187_0480040813195643756.jpg" style="width:220px; height:187px; border:none;" ratio="1.1764705882352942"></a></p><p></p>ちょっと研究が過ぎてしまい<br>世間一般の常識を覆す面白い理論が現れました。<br><br><a href="https://www.youtube.com/watch?v=aWa8umFoxdc" target="" title="">これ</a><br><br>ちょっと動画の埋め込み方がよくわからんので<br>直接飛んでみて下さい。<br><br><br>この動画の中で語られているのは<br>要は、自分の人生を生きるための方法、についてです。<br><br><br>僕らってのは<br>どうしても親の影響を受けざるを得ない。<br><br>んで、それは<br>親も同じ事が言えるわけです。<br><br><br>親もまた、その親の影響を受けざるを得ない。<br><br>じゃあ、例えば<br>親の環境で創り上げられた価値観は<br>その子供にインプットされるわけです。<br><br><br>それが正しかろうが間違っていようが。<br><br><br>そして、それは自分の常識として<br>またその子供に伝えられていきます。<br><br><br><br>んでね、<br>そういう常識の受け継ぎによって<br>苦しんでる人が、すっごく多いんですよ。<br><br><br>親の価値観をそっくりそのまま受け継ぐことで<br>自分自身を生きれずに悩んでる人、<br><br>今目の前に現れている問題が、<br>親から引き継いだ価値観で起こっている人<br><br><br>親の傷を子供が受け継いで行ってしまう負の連鎖とでも<br>呼ぶような、そういう不要な鎖を受け継いでしまってる人、多いです。<br><br><br>これって、でも<br>部活の先輩にいじめられたから<br>後輩に同じ事する、ってのと変わらないですよね？<br><br><br>自分が苦労したから子供には<br>とか<br>自分がかなえられなかったから子供には<br><br><br>それによって、子供に自分の人生の続きを<br>押しつけてしまってはいませんか？<br><br>そしてまた、親から人生の続きを<br>押しつけられてしまってはいませんか？<br><br><br><br>そっからはもう自由になっていいんだと思います。<br><br>あなたの人生は、あなたの人生なんだから。<br><br><br><br>ってことで<br><br>ここら辺に関する情報を<br>今後ここや、本家のブログで展開していきますので<br>どうぞお楽しみに～（＾ω＾）ﾉｼ<br><br>本家ブログは<a href="http://blog.ii-anbai.net/" target="" title="">こちら</a><br><p><br></p><p></p>
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<pubDate>Wed, 21 Jan 2015 17:37:51 +0900</pubDate>
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<title>精一杯生きるって？？</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px;"><br></span><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121120/12/anbai-seitai/59/df/p/o0800056612294494846.png"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121120/12/anbai-seitai/59/df/p/t02200156_0800056612294494846.png" style="width:220px; height:156px; border:none;" ratio="1.4102564102564104"></a></p><p></p><span style="font-size: 18px;"><br><br>どうもこんにちは(｀・ω・´)<br><br><br>昨日たまたま、テレビのニュースで<br>メジャーリーグのニューヨークヤンキース<br>黒田投手のインタビューを観ました。<br><br><br>今シーズンは大変活躍をされたそうで<br>それについての感想を求められた黒田投手は<br>こう答えていました。<br><br><br><b>「厳しい環境の中で、悩み抜いた結果<br><br>ひと試合ごとに、いつ野球ができなくなってもいい<br><br>今日が最後だ、という気持ちで投げました。」</b><br><br><br><br>僕は正直、野球は素人ですので<br>そこまで詳しい事は知りません<br><br>ですが、インタビュー中で流れた<br>黒田投手の投球の映像の中で彼が放った球は<br>まるで生き物のように鋭いキレと変化で<br>打者のバットをすり抜けていました。<br><br><br>ああ、<br>魂を込めるとは、こういうことなんだな<br></span><span style="font-size: 18px;">理屈でなくそう感じた気がしました。</span><span style="font-size: 18px;"><br></span><span style="font-size: 18px;"><br><br><br>何事でもそうだと思うのですが<br>表の面と裏の面があります。<br><br>ですがそれらは別々に別れているものではなく<br>ひとつのものの側面が目に見えて現れているだけで<br>その裏側には反対の面がくっついています。<br><br><br>「生きる」ということを考える時<br>それは同時に「死ぬ」ということについても考えている<br><br><br><br>黒田投手が<br><b>「野球選手として生きる」</b><br>を考え抜いた時<br><br>同時に<br><b>「いつ野球ができなくなる＝いつ野球選手として死ぬ」</b><br>かもしれない、という現実に気づき<br><br>そうなのであれば<br>いつ終わりが来ても後悔の無い様に<br><b style="color: rgb(255, 0, 0);">「いま、という一瞬一瞬を全力で投げる」</b><br>という答えに行き着いたのだと<br>僕はそう解釈しています。<br><br>そして、その結果が今シーズンに現れたのだと。<br><br><br><br>人間、いつ死ぬかなんて誰にも分らない<br><br>僕だってもしかすると今日死んでしまうかもしれない<br><br><br><br>そう考えたとき<br>僕はその死を笑って迎える事ができるだろうか？<br>死の瞬間までの人生を<br><b>「自分は自分の人生を生き切った」</b><br>そう思えるだろうか？<br><br><br>「笑って死ぬ」<br>という表現は、少々誤解を招いてしまうかもしれませんが<br>要は<br><b>「いまこの瞬間、<br>自分の人生が終わりを迎えたとして<br>それまでの人生に後悔する事はないか？」</b><br>ということです。<br><br><br>そりゃあ、僕だってまだまだやりたい事があり<br>目指している事があります<br>喜んで死を受け入れるつもりなんてサラサラありません。<br><br>ですが、仮に、やむを得ず<br>もし何かによって、僕がいま死ぬとしたら<br><b>「わあーー！！どうしよう！！」</b><br><b>「あれやっときゃよかった、あの時こうしときゃよかった！！」</b><br><br><br>なんていう、後悔の念のオンパレードに<br>押しつぶされるような事は無いだろう、と言い切れます。<br><br><br>それは何をもってして<br>そこまで言い切れるのか、というと<br><b>「納得して生きているから」</b>なんだと思っているのですが<br><br><br>僕は、紆余曲折を経て<br>いま、整体という仕事をしています<br><br>はたから見れば<br>まだまだ成功と呼べるような代物でもないし<br>そこまでの結果を出しているとは<br>お世辞にもいえません。<br><br><br>ですが、僕自身はこの仕事をする事で<br>人の助けになる事ができたし<br>不十分ではありますが親孝行もできたと思っています。<br><br><br>この仕事を通して<br>なんにも無くて絶望した自分の人生の中に<br>価値を見出し<br>そして、外の世界に伝えたい言葉ができました。<br><br>だから<br>僕はこの仕事を続けるにあたって<br>そこに起こる全てのいい事も悪い事も<br>全部納得して受け入れる覚悟でいます。<br><br><br><b style="color: rgb(255, 0, 0);">「これは、僕が進むと決めた道だ<br><br>その道の上でたとえ、何が起ころうとも<br><br>それは僕の人生だ」<br></b><br><br><br>だから<br>厳しい修行時代に<br>どん臭くて怒鳴られながら<br>悔しくて１人部屋で泣きながら<br>歯を喰いしばりながらも<br><br>この道を、辛くてやめようと考えた事は１度もありません。<br><br><br>納得の意味を調べると<br></span><span style="font-size: 18px; font-family: 'ヒラギノ角ゴ Pro W3', 'Hiragino Kaku Gothic Pro W3', 'ＭＳ Ｐゴシック', 'MS P Gothic', sans-serif; line-height: 24.46666717529297px;"><span style="color: rgb(17, 17, 17);">よくわかって、承知すること</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">という文章に辿り着きました。</span><br><br><b style="color: rgb(17, 17, 17);">承知とは事情を理解して許す事。</b><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そう、僕は</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">自分の人生を自分で決め</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">その人生で起こる事を全て承知しているのです</span><br><br><b style="color: rgb(17, 17, 17);">そこで起こる全ては<br>誰のせいでもない<br>僕の意思と選択の結果</b><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そういう風に承知しているからこそ</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そこで起こってきた何もかもが</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">後悔には繋がらないのです。</span><br><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">僕の解釈する精一杯生きる</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">とは後悔の無い人生を生きる事</span><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そして</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">後悔のない人生とは</span><br><b style="color: rgb(255, 0, 0);">誰の言葉でも意見でもなく<br>自分の意思で決め、<br>その人生に自分で納得し<br>その全てを承知すること。</b><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">これが出来ていないのだとしたら</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">もしかすると</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">自分を抑え込んで</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">誰かの言葉に従っていたり</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">確かめもせず「常識」という言葉を</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">鵜呑みにしてしまっているのかもしれません。</span><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">僕が使う整体の技術を生み出した先生が残した言葉に</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">「ウソかホントかやってみなさい」</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">っていうのがあります。</span><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">その人の言葉はウソですかホントですか？</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">その常識はウソですかホントですか？</span><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">でもそれは結局</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">自分でやってみないと</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">本当の意味で理解する事は出来ない</span><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そして</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">自分がやってみて</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">それがウソだと感じたんであれば</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">自分に正直に生きましょう</span><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そこを抑え込んだって</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">納得なんかできるわけが無いんだから。</span><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">そうやって生きる事ができた時</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">自分の人生にいつ終わりが来たとしても</span><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);"><b><span style="font-size: 24px;">「我が人生に一片の悔い無し」</span></b></span><br><br><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">という</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">知る人ぞ知る、あの言葉を</span><br><span style="color: rgb(17, 17, 17);">言う事ができるのかもしれないです。</span></span><br>
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<pubDate>Tue, 20 Nov 2012 10:09:41 +0900</pubDate>
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<title>考えている事あれこれ</title>
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<![CDATA[ <p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121112/19/anbai-seitai/04/6a/j/o0800049812282837549.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121112/19/anbai-seitai/04/6a/j/t02200137_0800049812282837549.jpg" style="width:220px; height:137px; border:none;" ratio="1.6058394160583942"></a></p><p></p><span style="font-size: 18px;"><br><br>最近<br>「僕は整体をしています」<br>っていうのは、なんか自分の目指すところと<br>少しズレを感じています。<br><br>究極の話<br>もしも整体をせずとも<br>体の痛みで困っている人<br>疲れ切って笑顔が消えてしまった人の<br>痛みが消え、笑顔が戻るなら<br><br>なんでもいいんじゃないの？<br><br><br>最近特によくそう思います。<br>「整体師」という【ことば】が<br>「整体の技術を使って人の辛さを改善しなければならない」<br>という意識の枠を作っているように感じるのです。<br><br><br>最近聞いたおもしろい対談音声がありまして<br>「論理」について話されていたその内容がおもしろかったので<br>早速その人の書いた本を読んでみました。<br><br>そこには<br>「人間が思考するには言語が必要不可欠である」<br>とありました。<br>逆に言うと「人間は言語無しには思考できない」<br><br>それはつまり<br>「言語、言葉というものの影響力はとても強い」<br>とも言うことができます。<br><br><br><br>整体師の話に戻ると<br>「整体師という言葉」が<br>その言葉を使う人間に<br>「整体師なんだから整体の技術で改善させないと！！」<br>という無意識の行動の制限を引き起こしてしまっている<br><br>ように思う。<br><br><br><br>最近、ことばひとつ、認識ひとつで<br>体の緊張が緩和する事例を多く見てきたことで<br>「じゃあ、今まで格闘してきた体の固さって一体なんやねん？？(´・ω・`)」<br>「人間ってどうなってるねん？？(´・ω・`)」<br>という疑問が湧き上がっていましたが<br><br><br>要は<br>言葉やイメージ、経験によって<br>本人の中の認識が変化する事で<br>人間の体は変化する<br>ということ<br><br>つまり<br>今のその体の状態は<br>外的要因もあるにせよ<br>内的要因（本人の認識）が深く関係しているという事<br><br><br>もっと飛躍するならば<br>今認識している現実は<br>自分の認識の仕方ひとつで変化するということ<br><br><br>うふふふふふふふふ(´∀｀)<br><br>実におもしろい。<br><br><br><br><br>その認識の変化に<br>言葉は深く関与している<br><br>だから、言葉について<br>もっと深く知る必要があるし<br>人間はその言葉によって支配されている<br>そういう意識で言葉に接してみよう<br><br>言葉に制限されている自分を知れば<br>その制限から開放されるかな？<br><br><br>などと考えているのでした。<br><br><br>だから僕は<br>「整体をしている」のではなくて<br>「いいあんばい」のお手伝いをしているのですね</span><span style="font-size: 18px;">(´∀｀)</span><br>
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<pubDate>Mon, 12 Nov 2012 13:51:13 +0900</pubDate>
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<title>再開</title>
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<![CDATA[ ここひと月ほど<br>自分の仕事の根っこの部分をどうしていくべきか<br>頭をひねっていました。<br><br><br>他にもいろいろ作業をしていて<br>更新ほったらかしでした(´・ω&lt;`)ﾃﾍﾍﾟﾛ<br><br>僕は整体師という職業に就いています。<br>仕事は痛みや不調で困っている人が<br>元気になる、その改善をお手伝いすること<br>そして、体が動かなくなる前に、予防する意識を広めること<br><br>他には？？<br><br>僕の手の届く範囲の人には<br>僕が施術できます<br>その人たちにもっと自分の存在を知ってもらうのは当然として<br><br>手の届かない範囲に対しても<br>何か出来ないだろうか？？<br><br><br><br>僕は長くこの仕事をやってきて<br>いろんな常識や習慣、考え方の枠が<br>体に対して悪影響を与えているということに気づきました。<br><br>考え方一つで楽になる体もあるんです。<br><br>そういうものがあるということを<br>もっと沢山の不調に悩んでいる人に聞いて欲しい<br><br>そして<br>そういうものを伝えていくには<br>インターネットは非常に適しているということを学びました。<br><br><br>だから<br>僕が学んできたこと、経験してきたことから取り出した<br>楽な体で生きるための方法を<br>伝えていきたいです。<br><br><br>さぁ、何からいきましょうかねぇ～？？<br>
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<pubDate>Mon, 12 Nov 2012 02:09:04 +0900</pubDate>
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<title>私的神輿（みこし）論</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px; ">先週末に<br>地元の秋祭りの<br>神輿の担ぎ手で初参加してきました(｀・ω・´)<br><br>おみこしワッショイ！という感じのアレです。<br><br><br>僕も昔、その神輿の乗り手として<br>神輿に乗り込み、太鼓をドンドコ叩いていたのですが<br>いつの間にやらそれを担ぐ側になったんだな～<br>と<br><br>少々感慨深かったのですが<br><br><br>いざ、神輿を担ぐと<br>この神輿が重いのなんの(((( ;°Д°))))<br>全力で担いでも<br>担ぎ棒が肩に喰い込み悲鳴を上げそうになります<br><br>若干脳裏をよぎる後悔の念・・・<br><br>でも<br>ここで手を抜くことは<br>その分の重さを他の人に与えてしまうことになるし<br><br>何より僕の性分で手を抜くことは気持ち悪い<br><br>え～い！！<br>こうなりゃ気合だぁ～～～～！！！！！！<br>ヽ(;´Д｀)ノわっしょ～い！！<br><br><br>てな感じで<br>必死に担いでは<br>休憩所ではゼーゼーハーハーと<br>グロッキー状態<br><br>それを大体４～５時間くらいでしょうか？<br><br><br>帰りには<br>体中痛くてヨチヨチ歩きになっていました<br>～～ヽ(;´ω｀)ノ　ﾋｰﾋｰ<br><br><br>で、これが２日間<br>２日目が終わった頃には<br>昔のブリキの歩くロボットみたいな<br>非常にぎこちない動きになっていました<br>～～ヽ(;°皿°)ノ　ｷﾞｷﾞｷﾞｷﾞｷﾞｷﾞ<br><br><br><br>でも<br>ここで<br><br>「もう来年は担ぐもんかっ！！」<br></span><span style="font-size: 18px; line-height: 18px; ">・°・(ノД｀)・°・<br><br>とは<br>ならなかったんですよね<br><br><br>それは何故かというと<br>凄くシンプルで<br><br>「精一杯神輿を担ぎきったから」<br>なんです<br><br><br>もちろん<br>僕１人で担げるものではありません<br><br>他の大勢の皆さんも<br>同様に大変な思いを共有して<br>みんなで一緒に担ぎ切った<br><br>自分自身が<br>目の前のしんどい事に対して<br>全身全霊手抜きなしでやりきった事により<br><br>そのあと、凄く充実感に満たされていたのです<br></span><span style="font-size: 18px; ">:*:・(￣∀￣)・:*:やったった～♪<br></span><span style="font-size: 18px; line-height: 18px; "><br><br><br>あとで思い返してみると<br>この「神輿を担ぐ」って<br><br>今の日本を縮小したもののようにも見えるよな<br>と思ったのです。<br><br>「日本」という神輿を担ぐ僕ら日本人<br>少子高齢化によって<br>担ぎ手も若い世代は減っていて<br>担ぎ手ひとりひとりに掛かる重さが年々増えていく<br><br><br>実際の祭りの現場でもそうだったんですが<br>そんな苦しい現状の中で<br>担ぐことを放棄する人間や<br>真剣に担がず<br>うまーいこと手を抜く人間も現れてきます。<br><br><br>資本主義、個人主義が主流になっている現代で<br>その行為は実に「効率的」で「かしこい」行動なんだろう、と<br>そう思います。<br><br><br>だって神輿を担いだって一円の利益も出ませんからね<br>ただただひたすらしんどい<br>じゃあ、そんなことせずに<br>うまいことやり過ごせばいいじゃん<br><br><br>何のために？<br>誰のために？<br>なぜ自分はそんなしんどい思いをしているんだろう？<br><br><br><br>地域という付き合いの中で<br>参加する必要性がある<br>という側面もあるにはあるのですが<br><br>僕は今回、この苦行とも思える神輿担ぎを体験して<br><br>すご～く<br>自分のタメになりました。<br><br><br><br>ひとつ質問です<br><br><br>「生きる」って<br><br><br>「楽をすること」でしょうか？<br><br>「効率よく賢く立ち回ること」でしょうか？<br><br>「誰かに負担を負わせて自分は良い思いをする」ことでしょうか？<br><br><br><br>手を抜くこと<br>嘘をつくこと<br>他人の大変さを尻目に自分だけ楽をすること<br>人をだますこと<br>不誠実であること<br>目の前の事に向き合わないこと<br>ペース配分して過ごすこと<br><br><br><br>誰だってしんどいことはしんどいんです<br>めんどくさいことはめんどくさい<br><br>厄介ごとは他人に押し付けて<br>自分はしんどいことをしたくない<br><br>僕にだってそんな気持ちはあります<br>聖人君子じゃないんだから<br><br><br><br>でも<br>僕は学生時代<br>目の前の厄介ごとや、向き合わないといけない問題<br>しんどいこと、考えないといけないこと<br>めんどくさいこと、嫌なこと<br><br>あらゆるものから逃げて、逃げて、逃げて<br>逃げ続けた結果<br><br>そんな逃げる自分に<br>言い訳をして、言い訳をして、言い訳をして<br>自分を正当化し続けた結果<br><br><br><br>生きている意味が解らなくなりました。<br><br><br><br>そんな経験から僕は<br>効率的に生きること、賢く立ち回ること<br>しんどいことから逃げること<br>誰かに厄介ごとを押し付けて楽をすること<br><br>それらでは<br>生きていることを実感できないんだと<br>そう結論付けました。<br><br><br><br><br>そして<br>そういう自分を曲げて生きることは<br>なるべくしたくない<br><br><br>だから<br>足がフラフラになっても<br>肩が痛くてしょうがなくても<br>投げ出したくなっても<br><br>僕は必死に神輿を担いで<br>声を振り絞って掛け声を掛け続けました<br><br><br>これが、僕の思う「生きる」ということだからです。<br><br><br><br><br>手を抜いてしまうと<br>逃げてしまうと<br>誰かに厄介ごとを押し付けてしまうと<br><br><br>それが誰かに見られていなくても<br>「自分自身」にはちゃ～んとバレているんです<br>どんな上手な嘘をついても<br>自分自身は嘘をついたことを知っている<br><br><br>だから<br>少しでもやましいことを抱えていると<br><br>例えば、最後まで神輿を担いだとしても<br>どこかで手を抜いてしまっては<br>祭りが終わったときに<br>心から充実感を味わうことは出来ないんです。<br><br><br>手を抜いたことを、自分だけは知っているから。<br><br><br><br><br>この人生<br>というのは一度きりです・・・たぶん<br><br>だったら<br>スッキリしない気持ちで生きるのと<br><br>心からの充実感を味わって生きるのと<br><br><br><br>僕は<br>充実感を味わいたい<br><br>今までずーーーーーっと<br>それを味わえない生き方をしてきたからなおのこと<br><br><br><br><br>だから<br>願わくばそういう<br>生き方の人が増えれば<br><br>みこしの担ぎ手の負担も軽減して<br>より充実した祭りにできるんじゃないか<br><br>今の日本についても同じことが言えるんじゃないか<br><br><br><br>苦しいからこそ<br>そこから逃げ出さずに<br>声を張り上げて日本をみんなが担いで<br><br>立て直すことができれば<br>そこから得られる経験値は計り知れないんじゃないだろうか？<br><br><br><br>そうやって<br>神輿を担ぎながら<br>なぜか、最後にはガンバレにっぽん！<br>的なテンションで<br>おみこしワッショイしていたのでした。</span><br>
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<pubDate>Thu, 25 Oct 2012 16:21:16 +0900</pubDate>
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<title>「戦う」ということ</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px; ">学生時代<br><br>いや、さかのぼるともっと昔<br>僕が小学校低学年の頃から<br><br>自分の体が貧弱なのが嫌でした<br>テレビで活躍する正義の味方は<br>筋肉隆々でとても力強い姿をしていたので<br><br>そういう姿に憧れていました<br><br>高校時代に<br>映画俳優で武術家で哲学家で芸術家<br>という、物凄く濃い<br>ブルース･リーという人物を知りました。<br><br>彼の書き残したメモを集めた書籍には<br>彼の濃い人生をうかがわせる言葉が<br>数多く残されていました。<br><br>ですが、学生時代は強さというものを<br>凄く表面的に捉えていて<br><br>単純に競って優れているものが強い<br><br>だから強くなるには<br>武術を習って体を鍛えればいいんだ！<br>という極々短絡的な思考と憧れで<br>道場の門を叩きます<br><br><br><br>ブルース･リーも言っている事ですが<br>「ただ強くなりたいのなら、銃を持ちなさい」<br>「どれだけ鍛えたところで、人間は銃には敵わないのだから」<br><br><br>同様の問いを<br>道場の先生に問われた時<br>僕は答えられませんでした<br><br>「ただ強くなりたいのであれば<br>空手や、ボクシングや、総合格闘技でも習えば？」<br><br>・・・<br>何のために強くなりたいのか？<br><br><br>今、当時を振り返ると<br>僕は自分の劣等感を覆い隠す手段として<br>「強くなりたい」と考えていたのだと思います。<br><br>だから<br>自分の劣等感と向き合えなかった当時<br>僕は問いに対する答えを答えられなかった。<br><br><br><br>それから１０数年<br>これも最初の動機は<br>劣等感を補うという目的からではありましたが<br>整体の道を志して学んでいく中で<br><br>自分の中に<br>以前の問いに対する答えのようなものが<br>形成されてきたように感じています。<br><br><br>今僕が欲する「強さ」というのは<br>誰かと競争して自分の優位を証明する<br>といった類のものではなく<br>自分が大切にするもの（考え方や生き方、人間）を<br>守ったり、支える事のできる力の事<br><br><br>だから<br>僕にとっての「戦う」とは<br>そういう守れる、支えられる力をつける事と<br>守る事、支える事<br><br>なんだと思います。<br><br><br><br>で<br>僕が好きな</span><span style="font-size: 18px; line-height: 27px; ">修羅の門という</span><span style="font-size: 18px; ">漫画のセリフに<br>作中の主人公が<br>こう言ったものがあります<br><br><br>「戦う、とは怖い事だ」<br>「そして、そこから逃げない事だ」<br><br><br><br>僕の思う<br>「戦う」とは<br>誰かを攻撃したり、害する意図のものではなく<br><br>自分や自分の意思、生き方、信念、美学、こだわり<br>自分の大切な人間<br><br>そういうものを「守ろうとすること」<br>なんだと。<br><br>そして<br>それは守る対象が自分にとって大切であるが故に<br>守れなかったときの事を考えると<br>非常に怖い<br>でも、それを守りたいのであれば<br>そこから逃げる事はできない<br><br>僕は逃げたくない<br><br><br><br>昔々に散々逃げ倒して<br>挫折感や劣等感はもう充分に味わっているので<br>もういいです<br><br><br>だから<br>整体の修行の時も歯を喰いしばって踏ん張った<br><br>でも<br><br>独立した時<br>自分なりには踏ん張ったけど<br>それでも、自分の甘さや至らなさ力の無さで<br>守りたかったけど守れなかったものもあります<br><br><br>でも、だから<br>もう同じ思いはしたくない<br>というのが率直に僕の思うところでもあります<br><br><br><br>日本では<br>「自分を曲げない事」<br><br>これは<br>本当に、物凄く<br>労力が要るし、難しいことかと思います<br><br><br>例えば、会社というシステムの中では<br>「自分」という個性は煙たがられる<br><br>そういう曲げたくない自分と<br>曲げる事を強いるシステムの間で<br>葛藤を繰り返す人を<br>整体を行う中で数多く見てきました<br><br><br>その中で<br>自分を曲げる事を強いるシステムに抵抗して<br>不満や怒りを抱き<br>システムに対する攻撃的な思考に支配され<br>その感情がどんどん膨れ上がって<br>自分では手がつけられなくなってしまう人<br><br>自分を曲げないことを諦めて<br>システムの中に入って行き<br>苦しんでいる人<br><br>そういう人を多く見てきました<br><br><br><br>「戦う」に話を戻しますが<br>自分の大切な何かを脅かす対象に対して<br>害意を向ける事は<br>問題の根本的な解決に繋がるのだろうか？<br>という疑問が自分の中にはあります<br><br><br>シンプルな例にするならば<br><br>殴られたから殴り返した<br>さらに、もう殴られないように<br>もっと余分に殴っておいた<br><br><br>これではおそらく負の連鎖の始まりにしかならない<br><br><br>ただ殴られるまま、というのでも守れない<br><br><br><br>本当に守るのであれば<br>相手から放たれた害意を受けて<br>同じように反応するのではなく<br>「守る」という意識で<br>害意を「受け流す」必要があるように思う。<br><br><br>この受け流す力が<br>僕は「武」というものなのかな、と。<br><br><br><br>話がどこへ向かっているのか<br>解らなくなりだしましたが<br><br>つまり<br><br>「戦う」とは攻撃に非ず<br>「戦う」とは「守る」ことで<br>「守る」には「受け流す」こと<br><br>僕たちは<br>大切なものを<br>あらゆる理不尽なものから守るために<br>受け流す力を鍛えていかなければならない<br><br>それはとても怖いことだけど<br>それでも守るんだ、という意思で<br>そこから逃げない事<br><br><br>それを実践している人のことを<br>強いひと<br>と言うんだろうなあ<br><br><br>こんな事を<br>なぜか、お祭りの神輿を担ぎながら<br>ぼんやりと考えていました。<br><br></span><br>
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<link>https://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11386930924.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Oct 2012 18:47:47 +0900</pubDate>
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<title>あなたに伝えたい事</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px; ">どうもこんにちは(｀・ω・´)<br><br>ここ最近の僕は<br>トラやウマをぶっちゃけたり<br>松岡修三だったり<br><br>そこだけを見ると<br>「なに？この人、情緒不安定？(´・ω・`)」<br><br>と思われてもしょうがないかも<br><br>というような雰囲気を出していたかもしれません。<br><br>それは<br>自分の中で<br>今僕が行っている事の意味が<br>自分自身の腑に落ちた事により<br><br>僕の「伝えたい！」という気持ちが<br>腹の底から湧き上がって来たんです。<br><br>少々制御しきれていない感もありましたが<br>今現在、その自分の中の気持ちを<br>整理しながらまとめています。<br><br><br>ですが<br>結局は、僕がお伝えしたい事はシンプルで<br><br>僕は僕の人生の中でつくり上げられた理由によって<br>「精一杯生きているあなたを支えたりまもりたい」んです。<br><br>劣等感から始まりはしましたが<br>だからこそここまで踏ん張れました<br><br><br>僕も、自分の人生を精一杯生きたいと願う人間です<br><br>変なしがらみや常識で<br>自分を曲げたくない、諦めたくない<br><br>守りたいものを守れない悔しさや情けなさを<br>もう味わいたくない<br><br>だから<br>同様に生きている人、生きづらい人<br>頑張っている人、踏ん張っている人<br>諦めそうになってしまっている人<br>自分を曲げて生きることに違和感を感じている人<br><br>そういう人達に<br>今の僕の精一杯の「がんばれ！！」<br>という声援を贈るつもりで<br><br>整体師としての枠の中で生きる<br>というよりは<br>そういう想いを持った「僕」として<br>今後の活動を行って生きたい<br>と、そう考える次第です。<br><br>だから<br>「整体師」という肩書きはもう終わりにして<br>もうちょっと今の自分にしっくりくる呼び方を<br>考えている最中です。<br><br><br>でも<br>「整える」<br>っていう言葉は好きなんです。<br><br>これ、英訳すると<br>アジャスト、とかレギュレートとか言うそうですね<br>(｀・ω・´)<br><br>で、これも自分の中で引っ掛かっていた単語<br>「誠意」「誠心誠意」<br>これ、僕の両親を見て育ったからこの言葉が<br>出てきたんだと思うのです<br><br>自分の環境に負けずに<br>ただ愚直に、誠心誠意目の前の事に向かう<br><br>子供の贔屓目（？）かもしれませんが<br>僕が曲がった事が嫌いなのは<br>この両親のおかげなんだとそう思っています。<br><br>で、この「誠心誠意」は<br>「ふぇいすふりー」と言うそうです<br>顔いっぱいで、みたいな意味なんだろうか？？<br><br><br>だから僕は<br>精一杯生きるあなたを<br>誠心誠意を以って整える（支える）存在でありたい<br><br><b>「フェイスフリーレギュレイター」</b><br><br>ってなところでしょうかね(´∀｀)<br><br><br>フェイスフリーレギュレイターのワタクシが<br>今後どんな暴走（？）をしていくのか<br>どうぞ生温かい目で<br>見守ってくださると幸いです。<br><br></span><br>
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<link>https://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11383589188.html</link>
<pubDate>Fri, 19 Oct 2012 19:40:18 +0900</pubDate>
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<title>金沢から戻ってきました</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px; ">週末から<br>金沢の能登半島で行われた<br>のとじま手まつり<br>に参加してきました。<br><br>こういう場への参加は<br>結構なエネルギーを使うのですが<br>相応の収穫もちゃっかりと<br>行ってきましたよ(｀・ω・´)<br><br><br>とりあえずで<br>連絡までに。<br><br><br>毎度長期のお休みで<br>ご迷惑をおかけしていますm(_ _ )m</span><br>
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<link>https://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11380736715.html</link>
<pubDate>Tue, 16 Oct 2012 01:37:03 +0900</pubDate>
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<title>「よわい」ものの持つ「つよさ」</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px; ">毎日毎日<br>足りない脳みそをフル稼働させて<br>僕の伝えたい事をまとめています。<br><br><br>その中で<br>合宿参加後に強く思ったのが<br>今回のこのタイトル<br>「よわい」ものの持つ「つよさ」であります。<br><br><br>数回前のブログでぶっちゃけましたが↓<br><a href="http://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11370775787.html">http://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11370775787.html</a><br><br><br>正直、僕は「よわい」人間です。<br><br>一時期は目の前にある壁から<br>逃げ倒していましたし<br>その言い訳を絶えず頭の中で考えていました。<br><br>行動を起こす事が怖くて仕方がなかったのですが<br>そのくせ現状に常に不満を抱いていました<br><br>現実逃避のために、一日中TVゲームの世界に<br>潜り込んで、目の前にある問題から<br>目をそらし続けていました<br><br><br>そして<br>今でも拭いきる事が出来ないほどの<br>大きな劣等感を育て上げてきたのですが<br><br><br>その巨大な劣等感ゆえに押さえ込んできた<br>本当はそうありたかった生き方<br>言葉にできなかった自分の求めていたもの<br><br>そういうものも<br>同時に僕の心の奥深くに<br>押さえ込み続けていたのです。<br><br><br>大きな穴の中にマグマが充満しているその入り口を<br>劣等感という巨大な岩がフタをしているような<br>そんな感じでしょうか。<br><br><br>だから<br>僕は劣等感にさいなまれている間も<br>ずーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーっと<br><br><span style="font-size: 24px; "><b>認められたい<br>受け入れられたい<br>自分の望むような生き方をしたい<br></b></span><br>こういう気持ちを<br>押し殺して<br>押さえ込み続けていたんだと思います。<br><br><br>だから今回<br>合宿の成果によって<br>奥深くに閉じ込められた気持ちを認識した時<br>劣等感の巨大なフタを押しのけて<br><br>今までため込み続けて<br>押さえ込み続けられた<br>圧縮した物凄い密度の<br>僕の気持ちが噴き出したのです。<br><br><br><br>そして思いました。<br><br>きっと、僕のように<br>色んな事情で「よわい」立場にいた人や<br>ガマンを続けてきた人たちというのは<br><br>きっと<br>心の奥に<br>同様の<br>つよいつよい気持ちを<br>抑え込んでいるんじゃないだろうか？<br><br><br><br>そういう人達の<br>そういう力を<br>どうにかして解放できないだろうか？<br><br><br>抑圧された気持ちは<br>その年月の中で<br>物凄い圧力をかけられていて<br><br><br>それが解放された時の力は<br><br>本当にその人の人生を変えてしまうくらいの<br>それぐらいの力を発揮するように<br>そう思えてなりません。<br><br><br><br><br>その<br>自分の中から湧き上がる<br>つよいつよい力を体感できれば<br>きっとその人のなにかが変わるんではないだろうか？<br><br><br><br>僕は「よわい」人間です。<br><br>本当によわい・・・<br><br><br>「けど」<br><br><br>自分の中に抑え込まれていた強い気持ちに気付いて<br>自分のその「よわさ」も認める事ができそうです。<br><br>僕のような人間でもそう思えるのであれば<br><br>もしもこれを読んでいるあなたも<br>自分のよわさに嫌気がさしているのだとしたら<br>そのよわさの裏側には<br>すごい力が眠っているのかもしれません。<br><br><br></span><br>
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<link>https://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11372460389.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Oct 2012 09:08:43 +0900</pubDate>
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<title>とかくこの世はままならない</title>
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<![CDATA[ <span style="font-size: 18px; ">前回の日記では<br>ほぼ自分の内臓をぶちまけたレベルで<br>あれやこれやぶっちゃけてしまいました。<br><br><br>でも<br>僕がうわべだけの<br>ぬる～い覚悟で<br>イイカッコ言っているのでは無いという事を<br>知ってもらうには<br>やはり<br>自分の腹をかっさばいて<br>そこから溢れてくる言葉を使わないと<br><br>誰にも聞いてもらえないし<br>誰にも届かないと思ったので･･･<br><br><br>不快に思われた方いらっしゃったら<br>ごめんなさいね(´・ω・`)<br><br><br>で<br>前回の続きですが<br><br>なんにせよ<br>僕はこの生きづらい世界で<br>ずーーーーーーーーーっと<br>悶々とくすぶっていた訳です。<br><br><br>言いたい事も言えず<br>やりたい事にも目をそらし<br>現実逃避の毎日の積み重ねの結果<br><br><b>それはつまり</b><br><b>「生きる」という事から</b><br><b>目をそむけ続けた結果</b>、とも言い換えれると思うのですが<br><br><br>自分がどう生きていいのか<br>そもそも生きている事自体の価値が<br>よく分からなくなってしまいました。<br><br><br>ひたすらに<br>無感動で<br>無関心で<br>無抵抗で<br>無思考<br>無配慮<br><br><br>そんなことを延々と続けていたら<br>そりゃあ<br>感覚もおかしくなるだろうな、と<br>今振り返ればそう思えるのですが<br><br><br>当時は<br>あらゆる感覚を遮断する事で<br>ままならない世の中で劣等感にさいなまれながら<br>生きていく事の辛さから<br>身をまもろうとしていたのかもしれません<br><br>実際には<br>自分で自分の首を絞める結果になっていたのですが<br><br>とにかく<br>「生きている」という感覚が麻痺していたように<br>そう思います。<br><br><br><br>どうしてこうなった？<br>改めて自分の過去を振り返った時<br><br><br><br>僕は憧れていました<br><br>精一杯何かに打ち込む学生生活<br>友人達との楽しい交流<br><br>毎日たくさんの友人に囲まれながら<br>笑顔でおしゃべりをしている学生を<br><br>遠目から眺めていました。<br><br><br><br>そういう輪に誘われた事もありますが<br><br>憧れているが故に<br>そういう世界で過ごしたいと<br>そう思う気持ちが強いが故に<br><br>その憧れた世界から嫌われてしまったら<br>はじき出されてしまったら･･･<br><br>僕の存在は死んだも同然<br>望んだ世界から拒絶されてしまったら<br>もう行き場所を失ってしまいます<br><br><br>だから<br>望めば望むほど<br>その望んだ世界から遠ざかっていく、という<br><br><br>本当にもう、どうしようもなく<br>とっても矛盾した生き方になっていたんですね。<br><br><br>ほんとうに<br>この世はままならない。<br><br><br><br>だけど<br>ずーーーーーーーーーーーーーーーっと<br>その矛盾した生き方の根底では<br>（当時は自覚できていませんでしたが）<br><br>自分を受け入れて欲しい<br>誰かに認められたい<br>まもりたいものをまもれるような自分でありたい<br><br><br><b><span style="font-size: 24px; ">おもいきり笑いたい<br>おもいきり泣きたい<br>おもいきり汗を流したい<br><br>おもいきり輝きたい<br>おもいきり楽しみたい<br>おもいきり喜びたい<br>おもいきり完全燃焼したい<br>おもいきり全力を出したい<br>おもいきり命を燃やしたい<br>おもいきり自由でいたい</span><br></b><br>つまり<br><br><br><b><span style="font-size: 36px; ">「おもいきり生きたい」</span></b><br><br><br><span style="font-size: 24px; "><b><span style="font-size: 36px; ">「めいいっぱい自分というものを生き切りたい」</span></b></span><br><br><br><br><br>こんな気持ちが噴火寸前のマグマのように<br>グツグツと煮えたぎっていた事に気付きました。<br><br><br><br>今僕は整体という仕事を通して<br><br>ある程度<br>僕の願望を叶えていたと思っていました。<br>役に立てて<br>認められて<br><br>まもりたいものはまだまだ<br>まもれていませんが・・・<br><br><br><br>でも<br></span><span style="font-size: 18px; line-height: 27px; ">「めいいっぱい自分というものを生き切っているか？」<br></span><span style="font-size: 18px; "><br>そう問われたとするなら<br>即座に「はい」<br>とは言い切れない<br><br>そんな、どこか<br>生きる事に対して<br>ペース配分してしまっているような<br>計算してしまっているような<br><br>そんな感覚を覚えます。<br><br><br><br></span><span style="font-size: 18px; line-height: 27px; "><span style="font-size: 24px; "><b>「めいいっぱい自分というものを生き切る」</b></span><br></span><span style="font-size: 18px; "><br><br>これが僕の今後の課題です。<br>そしてこれを実現できるよう<br>今後いろいろやってみたい事があります<br><br><br>そういう活動を<br>この歩く劣等感で引きこもりだった<br>自分が行う事ができたのであれば<br><br><br>「な～んだ、こんなやつができるんなら、自分にもできるよな」<br><br>そんな程度にでも<br><br>僕と同じように<br>生きづらい世の中で<br>ままならない歯がゆさを感じながら<br>くすぶっている人が<br><br><br>一歩を踏み出すきっかけになれれば<br><br>それはとても素晴らしい事なんじゃないだろうかと<br>そう思うのです。</span><br>
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<link>https://ameblo.jp/anbai-seitai/entry-11371857645.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Oct 2012 16:23:47 +0900</pubDate>
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