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<title>わたし色を残す場所</title>
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<description>JK(肩書きのみ)が語り散らかします。新たな価値観に触れると思って覗いてくださったら嬉しいです☁︎</description>
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<title>自分に酔うだけで終わりたくない</title>
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<![CDATA[ 最近このブログでありふれた言葉は論外みたいなことを言ったけれど(言ってない)、言葉に限らず私はありふれたもの、他の人と同じものが全体的に好きじゃない。<br>それ自分じゃなくね、と思ってしまう。<br>かくいう私も自分も気に入ったら普通に流行のやつとかも取り入れるけど。(主張ボロボロ)<br><br>好きな言葉は｢唯一無二｣で、基本人がやり尽くしていることはしたくない。誰でも出来る仕事はしたくない。<br>そういう仕事をやってる人がいるから成り立つ世界なわけだけど。<br>ちなみに私がやりたくないとワガママを言った仕事が大好きで誇りを持ってやってる人もいるんですという意見には、｢そりゃそうだろう｣となる。<br>価値観なんて違うに決まってんだからそれが大好きなのは素敵だし、好きなことできてよかったね、じゃないか。これが需要と供給？？？世界平和。(違う)<br><br>なんでだろう。なんでこんな風に育っちゃったかな。<br>自分でもわからないけど、きっと｢ちょっと人と違うこと主張していく自分かっけー｣みたいな次元は卒業済みな気がしている。<br>小学生の頃とかはそういう気持ちもあったけど、自分がなりたい仕事をみつけて、将来やりたいと思ったことをトータルでみてみると、やっぱり私は自分を表現したい。 <br><br>自分のことを知ってほしい、、って承認欲求強いのかなあ。寂しい人では無いつもりだけど。<br>でもきっと自分が自覚していない所で弱い自分がもっと認めてほしがってるんだなあと思うと、あれ、私って可愛くないか？<br>
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<link>https://ameblo.jp/ange-1718/entry-12656378485.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Feb 2021 10:45:07 +0900</pubDate>
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<title>青春ど真ん中からアオハルは見えない</title>
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<![CDATA[ 大人はよく、今を楽しめとか今が一番楽しいとか言うし、高校生になった今、中学時代の記憶に思いを馳せることも増えた。<br>それはあの時を愛しいと思っているからだし、今の中学生にはその普通(時には面倒くさかったり)の毎日は物凄く尊いものなんだぞと言いたい。<br>大人の気持ちもわかっている。と思う。<br><br>でも今の自分がよく言うかけがえのない毎日を送れているとは全く思わない。<br>それでも今の自分は毎日飽きもせず疲れるし、休憩時間には友達とも話さず一人で突っ伏したりしてるし。<br>アニメや音楽、漫画でみるような教室から遠そうな非常階段に座りに行ったりしないし(というか場所を知らない)、もちろん体調が悪くなって行った保健室の隣のベッドに｢同じクラスだけどなんとなく近寄りがたいイケメン｣がいてお近づきになったりはしない。なんなら入学してから体調を崩していないしそもそも同じクラスにイケメンはいない。完。<br><br>それでも、どんな人も高校生活には少なからず期待を抱くものだと思う。<br>非常階段で、保健室で運命の出会いは無くとも、隣の席の子とささやかな恋が始まるとか。勉強に目覚めて学年一位になるとか。バレンタインに友達とこっそりチョコを交換するとか。<br><br>正直今のところ何一つ無いけど、中学時代と比べて一つ成長したと思うことは、｢未来から見た今はかけがえのないものだ｣と理解しているところ。<br>理解しているだけで今を尊い日々だとは思っていない。<br>でも理解できているだけでもマシだと思う。<br>昔だってそうだったから、今の内に今をちゃんと尊いと思える日なんてきっと遠い。<br>同年代で思えている人は、人生五周目か過去に相当ななにかがあった人だろうと思う。<br>尊さや愛しさはリアルタイムでは見えない。<br>後から深く理解して後悔したりもどかしくなったりして初めてなんとか今をちゃんと見つめようと奮闘するし、<br>真っ只中から見えないところに本当の青春がある。<br>そういう風にできているのではないかと思うようになった。<br>青春ど真ん中からアオハルは見えない。多分。<br>
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<link>https://ameblo.jp/ange-1718/entry-12656346136.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Feb 2021 07:11:05 +0900</pubDate>
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<title>その言葉は世界に必要か</title>
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<![CDATA[ 言葉はありふれたものでは何の意味も無い、というのが私の持論なのだけど、世の中にある言葉はありふれたものばかりだと思う。<br><br>ありふれているからありふれていると言われるんだけど(複雑すぎる)、それでは意味がない、、、んじゃないかなあ。<br><br>言葉は届けるためにあるのであって、どんな些細なことでも何かしら人の心に響いて作用するんだろうから、それならより伝わった方が、印象に残ったほうが良くないだろうか。<br><br>私が言う意味のない言葉というのは、無駄に整えすぎた言葉であったり、よく耳にする言葉のこと。<br>堅い定型文のような言葉が求められる時以外、言葉は自分を表現するためのものだから、自分色が出ていたほうがいい。<br>だから過剰に綺麗にしすぎたり整え過ぎたり、というのは何も響かない。<br>なんなら私のような卑屈な人間から見るとちょっとイラつく。いいやつぶってんじゃねえぞ。(そのマインド直せ2021)<br><br>だからなるべく自分の言葉選びは他の人とちょっと違うものにしたいなあと思うんだけど、それが100％人の心にひっかかってくれるわけでもないのが難しい。<br>極端に個性的だと自分にしかわからないから自己満で終わるし、よくて小規模のファンコミュニティにしかならない。<br><br>その人にしか出せない良い色を出しつつ、それが他の人の心にも気持ちよく残るっていうのは至難の業な気がしてきた。<br><br>｢どこからこんな言葉出てくるんだろう、いいよね｣って思われる書き手は、個性と大衆性のバランスが綺麗にとれていて本当に素晴らしいなと思う。<br>みんながみんな好きな言葉は全員に響いてるかもしれないけど、もしかしたら当たり障りのないものかもしれないし、そこの塩梅は死ぬほど難しい。<br>人の心に響くってなんだ？どうしたら響くんだ？って考えた時、やっぱり綺麗事みたいなのはハイハイとなってしまうんじゃないかなあという所に落ち着く。<br>そして個性と大衆性との無限ループ、、、、<br><br>もう一つは需要なのかなあ。今世の中の人がどんな言葉を摂取したいのか。<br>どんな語り口に安心や面白さを感じて、どんな知識がほしいのか。<br>すぐ実践できるようなものなのか哲学的なものなのか。<br>はたまた中身がないものなのか。<br>それは多分時代背景によって変わっていくし、そこについていく力は必要だと思う。<br>社会勉強をしていってなんとか置いていかれないようにするってことなのかな。<br>そう思うと、何十年も愛されている書き手はすごい。<br>自分のスタイルが、変わっていく時代の中で愛され続けるっていうのはその人自身に魅力がなければきっと出来ないんじゃないかと思う。<br>なにごとも心磨きから。<br>結局ここ。。。
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<link>https://ameblo.jp/ange-1718/entry-12656345934.html</link>
<pubDate>Sat, 13 Feb 2021 07:09:14 +0900</pubDate>
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