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<title>ＫＥＩ ノート</title>
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<description>日々の想った事・日々の子育て　～空をみながら～　</description>
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<title>長男が後輩に</title>
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<![CDATA[ 一年前から始まった受験が終わりました。<div>３年生になる前にセンター試験を受けるために調べて購入した参考書の山、何度も受けた模試の問題冊子、授業のプリントの束、数１０校も取り寄せた大学のパンフレット、塾の参考書やプリント</div><div>全て破棄できる！</div><div><br></div><div>塾の薦めで秋に併願推薦で地元の中堅の私大を２校受けました。資格をもってAOで受けたC大学に合格！国社英の試験で受けたA大学は不合格。</div><div><br></div><div>昨年に受けた進学説明会で、</div><div>「親御さんがするべきことは、進学先の口出しや勉強やれやれ！と急かすことではなく、入学金や授業料の準備です！」</div><div>この現実を見ていなかったことに恐怖を感じたくらいでした。</div><div><br></div><div>安易に入学金は親が借りて、後は自分で奨学金を借りて卒業したらいい！お金の無い家にはこれしかない！でした。</div><div><br></div><div>実際は入学金と前期の分は用意しておかないとダメだと分かり、親にお願いして用意するしかないことに気付きました。</div><div><br></div><div>それに子供に400万円近い借金を負わすことの惨さも。</div><div><br></div><div>それでも進学をしたいと長男はいい、何とか国公立に行くと彼なりに励んでいました。</div><div><br></div><div>ちょうどC大学やA大学の出願の頃に届いたダイレクトメール。それは自分の母校のもので特別奨学生入試でした。</div><div><br></div><div>自分が進学していた時より偏差値が10近く落ちていた母校だけど、もとからある学部は歴史があり、まして留学先はとても多く公費留学もかなり補助があって良いことも分かっていたので、眼中外ではあっただろうけど、受けてみて！と勧めました。</div><div><br></div><div>今年に入り合格通知が来て、本人より私や主人が喜びました。何とか無借金で大学に行かせてあげられる！と。</div><div><br></div><div>センター試験の結果はD判定。前期で80%近い得点が必要と出ました。２月は私学を受ける必要がないため、みっちり前期試験に向けてやりこんだ長男ですが、昨日不合格になり、私の母校へ進学が決まりました。</div><div><br></div><div>同級生に早稲田や慶応、低くても地元の難関私大に入学するなか、これだけ偏差値の差があるところへ進学する長男を想うと心が落ち着かず、せめてC大学に行かせてあげれば良かったのかと悔やんだりして、ここで吐露している次第です。</div><div><br></div><div>３年前、高校受験も公立を落ちて私学へ進学し、今回も国公立がダメでさらに金銭的事情からC大学より偏差値が13低い大学へ入ることで、同窓会に胸を張って出られるように、今回も努力するだろう長男をただただ応援したいと思います。</div><div><br></div><div>４年間授業料全額免除。これを維持するための成績を取ると、春からの進学に向けてTOEICの問題集を取り組む長男に、心の中で「ごめんね&nbsp; ありがとう」を繰り返しながら、日々パートにでて私が出来ることをしてこれからの四年間を生きます。</div><div><br></div><div>そしてこれとは対照に全く勉強に励まない次男は地元の工業高校受験を控えてもなおswitchに張り付いてる。</div><div><br></div><div>少しやれば出来る次男はやらない！</div><div>ガリガリやらないと出来ない長男は自分ペースでコツコツとやり続ける！</div><div><br></div><div>うさぎとかめ 的な兄弟でした。</div><div>親としての忍耐と度量を試され続けるこの修行はいつまで続くのか、、、</div><div><br></div><div>それでもこの４月から二人とも進学し、また大きな１歩を踏み出します！</div><div>これからの３年は次男に目を配ります。</div><div>どう成長してくれるか！楽しみです。</div>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12445593158.html</link>
<pubDate>Sat, 09 Mar 2019 21:58:27 +0900</pubDate>
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<title>子離れの修行</title>
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<![CDATA[ とうとう、この日が来ました！<br>長男が40日間弱の短期留学に旅立つ日です。<br><br>高校の交換留学なので持ち物や服装も登校スタイル。つまりは前日まで使っていた制服を洗って翌日来ていく、体操服を洗って持っていく、鞄も中身を全部出して荷造りするなどです。<br><br>なかなか準備が進まず、とりあえず必要なものを買ったり、詰めれるものを圧縮袋に入れたり、準備したものを寄せておく、そのまま３日前まできました。<br><br>従兄から借りたスーツケースはMサイズ。それ１つだけを見ていたら小さいとは思わず、まさか小さすぎるとは思わず来てしまいました。<br><br>更にホームスティ先の情報も来ないままで何となく本当に行くのかな？なんてのほほんとしてました。<br><br>４日前の夜、帰宅した長男が<br>「お母さん、寮になった！」<br>なんじゃそれ！？ホストファミリーに民芸品のお土産まで買ったのに？<br><br>担任から電話も入り事の状況説明と謝罪。<br>「ではこちらのホームスティは受け入れなくていいんですね？」と聞くと<br>「ギブアンドテイクで、寮費はあちらの学校が持ちます。こちらには寮が在りませんし、、、男子が来るのであれば是非受け入れをお願いしたいところです。」<br><br>そうなの？うーん、私はともかく旦那が良いとは言わないな、、、もめるわ、これは、、、と頭が痛いわ。迷惑な話たけど、人様にお世話になるより寮の方が気楽だわ！私は呑気なので良かった良かった！だけでした。<br><br>出発２日前の夜、集めておいた荷物を詰めてみたら、、、3分の2で満タンに！<br>えーーー！？とスーツケースを測ると、Mサイズより少し小さい物でした。<br><br>長男の乗る飛行機の許容が３辺の合計157cmで重さ30㎏まで。<br>借り物は120ちょっとで、満タンで重さは14㎏。<br><br>(;ﾟ∇ﾟ)小さすぎる！<br>買わなくちゃ！！明日１日でどうする？<br>ネットの方が安いのに、、、まずったわでした。<br><br>翌日、パート中もずっとスーツケースを何処で買う？国際線の荒々しさに耐えれるものでリーズナブルなやつは、、、<br><br>４時に仕事を終えてからイオン巡り。<br>かばん専門店で型落ちの150cm弱のを購入。<br>40%offでした🍀助かりました。<br><br>出発する週に入ってから長男が喜ぶメニューにして、前日は荷造りで大変かと外食にしました。<br><br>長男が帰ってきて<br>さぁ外に食べに行くよ！と促すと<br>「ホームスティが決まった。」<br><br>うーん、うーん、振り回されてます。<br>寮だと着替えもタオルも沢山要ると詰める準備してたし、毎週末に夕食と１泊ステイをさせてもらうことになっていたから、安物だけど４組の手土産も用意したのに、、、<br><br>外食先で担任から着信。<br>また謝罪。明日がフライトなんですけど、、、やたら不安になりました。<br><br>まっ、、、残り物には福があるというし、これで良かったんだ(^_^;)そう思うことにしました。<br><br>帰ってからの荷造り。<br>何だかんだで夜中の１時までかかりました。寝付いたのは２時半。<br><br>そしてとうとうこの日が来ました。<br>三連休の初日、道が混んでるから、、、と仕事に出ている旦那から連絡があり<br>担任から間違った時間の集合の連絡も入り、落ち着かず早く出ることにしました。<br><br>空港まで高速を使って１時間２０分弱。<br>予定通りに駐車場に着いたものの、駐車場が遠方の予備しか空いてなくて、シャトルバスでターミナルビルに連れていってもらいました。<br><br>フライトの４時間前に着いちゃいました、、、疲れるわ、、、これは。<br><br>予約してあったモバイルWiFiを受け取りに行き、携帯の設定を変えて、フードコートやフードエリアに行きました。<br><br>お昼時で並んで待ちました！時間はたっぷりなので( ´∀`)<br><br>長男の好物の親子丼、次男は手羽先。<br>しばらくはお米も日本食もない生活になるので良いメニューでした。<br><br>さて、集合は２時だよね？と資料を見ると、、、あれ？３時前？２時じゃなかったの？見間違えていた、私と長男。<br><br>果てしない時間がある、、、暇すぎる、、、次男がぶつぶつ。<br><br>時間を潰して、いざ旅行会社カウンターへ。担任と担当者が居ました。<br><br>そこには他の生徒の姿がなく、、、<br>あれ？長男と気の合わない女子が居ないわ。？？？何故？<br><br>長男は香港経由で目的地の隣の国際空港で入国し、国内線に乗り換えて目的地となる２回も乗り換えのある複雑な経路。<br><br>担当者がコピーを持って説明し先生も念を押す。それを見ている間にも次男は「もうよくねぇ？帰ろ！」のボソボソ連発。<br>面倒くさい子だわ。私は心配で仕方がないのに。<br><br>そしてやはり長男は初の海外で一人旅。<br><br>まさか、全員一人ずつの出発だったの？<br>いや、二人ずつで香港に行くと説明を受けたはず。なんで？<br><br>どうやら、その女子は先にチェックインし、出国審査をして行ったようでした。<br>長男はそれを聞くとホッとしていました。<br>そんなに嫌いな女子だったのね、、、<br><br>説明が長く、更に２回の乗り継ぎで３番目の飛行機はその国の国内線なのでチケット発行も少し手間がかかりました。あっという間に５０分が過ぎ、出国審査へ向かって入っていきました。<br><br>なみだ(*T^T)涙の別れになるどころか<br>直前に担任が私と長男、次男に写真を撮ろうと提案し嫌がる次男を入れたら、ぶちギレてしまいました。<br><br>お陰さまで泣かずに済みましたが、<br>緊張した面持ちで金属類を外して入って行く長男の背中を見ていたら、こんな短期留学に申込ませて良かったのか？大丈夫なのか？不安で潰されそうになりながらも、担任や担当者にお礼をのべて、飛行機が飛び立つのを待たず帰ってきました。<br><br>涙が込み上げてきて苦しかった帰り道。<br>なんて子離れの出来てない親だろうと呆れるくらい、離れたことが怖くて寂しくて仕方なかったです。<br><br>家についてからも<br>長男の部屋のシーツを外したりしながら<br>声をあげてワンワン泣きました。<br>こんなに泣くとは、、、泣きつかれて寝てしまったくらいです。<br><br>薄暗くなった部屋で目を覚まし、残ったカレーでカレーうどんを作りながら、これは本当はお昼ごはんにする予定だったのに慌てて出掛けて外で疲れさせちゃったな、、、なんて思いながら次男に出しました。<br><br><br>慌てて荷造りした残骸が溢れるリビングを片付ける気力もなく、今度は飛行機がちゃんと運行しているのか気になってネットで追って確認し、香港に到着するのは７時過ぎだからそろそろWiFiに繋いでLINEが来るかな？とかそわそわ。<br><br>着いたよ<br>絵文字もスタンプでもなく淡々とこれだけ。<br><br>時差が１時間あることを伝えて、１時間半もあるから小籠包でも食べておいで！と促すと喜んで食べに行き、<br>それから10時間半もフライトが待ち受けてるからジャージとサンダルに替えておいで！とLINEすると、今度は時間が足りないと言う。<br><br>ネットでも１時間遅れるとあるのに何を見ているのか、、、こうやって手を掛けてきたから、自立のない子にしてしまい、私はやたら不安で心配になるわけだわ。<br><br>反省です。猛反省です。<br><br>私はその昔短期留学に２ヶ月行きました。大学から１５人も一緒に先生も現地まで同行だったので心配はなかったものの、今みたいにメールもLINEもない時代に親たちはどんな心境だったのか？と。<br><br>その時の私は楽しみで仕方なくて何も不安がっていなかったことを思い出しました。<br><br>長男も普段はキツく対応する担任が<br>「お前なら出来る！一人で行くことも、ホームスティして留学生活を全うすることも！出来ると判断されたから選ばれたんだから、先生たちは信じてるし何も心配していない。何かあればラインしてこい！」<br>そう言ってお尻や背中をポンポンとした担任を見てホッとしたのは、長男でなく私でした。私がそう信じなくてどうする？と。<br><br>それでも離れる寂しさがあって車や家で泣き崩れてましたが、、、<br><br><br>翌朝、朝早くLINEが入っていて経由先に着いて機内で待っていること、それから２番目の乗り換えとなる目的地まで着いたとLINEも来たのに、午後２時ころに到着してホストファミリーに迎えにきてもらってるはずなのに、一向に連絡なし。<br><br>２時間半がたち、出先から担任に電話をしました。<br>私も連絡待ちです。連絡入れてみます。<br><br>そうしたら国際電話をしてくれました。<br>ホストパパが“彼は到着して部屋で片付けをしているよ(^∇^)”と笑っていたそうです。<br><br>人騒がせな長男です。<br>慌ててライン電話してきました。<br>声が聞けて嬉しくてウレシくて(///∇///)<br><br>こんなに離れているのにライン電話も出来るんだから、本当に便利な世の中です。<br><br>直前に申し出てくれたホストファミリーはステーキで歓迎会をしてくれたと聞いて、有り難いばかりです。<br><br>海辺が近いホームスティ先から見える夕日<br><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20170717/21/angel-greensky/c9/fc/j/o0960054013984696213.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20170717/21/angel-greensky/c9/fc/j/o0960054013984696213.jpg" width="100%"></a><br><br>素敵な田舎町にホームスティできて長男としては嬉しい限りだと思います。<br><br><br>子離れの修行でこの１週間で痩せて、更に胃まで痛くなって、、、世話のやける母親です(´-ω-`) しかも少し元気もないし、、、<br><br>旦那はいつも通りパチンコだし、<br>次男は「しばらく一人っ子！」だって。<br>なんて薄情な奴らだ！<br><br>後３５日←数えてます∩(´∀｀)∩<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12293531432.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Jul 2017 20:25:53 +0900</pubDate>
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<title>学びの多い日々が続く年みたい</title>
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<![CDATA[ <font color="#052290">勤めていたお店が閉店し、他の店舗に移籍して年末を迎えました。</font><br><font color="#052290">年末は実家の晩餐、三が日は仕事、元旦の夜は主人の実家で新年を祝い、３日の夜は初詣。</font><br><font color="#052290">睡眠不足が４日連続続いた１月４日</font><br><font color="#052290">お墓参りを済ませての帰り道、車の移動中ずっと寝ていて、晩ご飯の買い物をしにスーパーへ。おトイレにいきました。</font><br><font color="#052290">用を足したそのままの姿勢で寝てしまいました。</font><br><font color="#052290">どのくらい寝ていたのか、無音だったトイレのドアを開けた女子高生「キャアーすみませんでした！」そう叫んで走り去りました。</font><br><font color="#052290">疲れていたとはいえ、鍵もかけず、用を足したそのスタイルのまま寝てしまうとは、、、ごめんね、驚かせて。</font><br><font color="#052290">こんな一年の始まりでした。</font><br><br><font color="#052290">１月半ば、主人がインフルエンザにかかりました。最近の薬は一回吸い込むだけの処方。これはすぐに熱を下げるタイプでなく、高熱が３日くらい続きました。私には移らないだろうとタカをくくっていました。一度だけ37.8になってヤバい！と思いましたが、それ以降は平熱でした。ただ気管支炎なような症状がありました、</font><br><font color="#052290">次は次男の番！家庭内感染。</font><br><font color="#052290">熱はないけど、咳をすると気管支が痛い感じで、次男と病院へ。</font><br><font color="#052290">高熱の次男はもとより、私は37℃で</font><font color="#052290">インフルエンザ、、</font><br><font color="#052290">仕事出勤しちゃったんですけど、、</font><br><font color="#052290">３日後、、、４人一緒に仕事して、1人だけ移してしまった模様。言えなかったです、私のせいだとは。その時点で治っていた私は彼女の代わりに仕事に出て懺悔しました。</font><br><br><font color="#052290">２月は母親のいない甥の高校入学準備に休日を使い、３月も甥の卒業式へ。</font><br><font color="#052290">もちろん４月も甥の入学式。</font><br><br><font color="#052290">やっと落ち着いたかと思いきや、家庭訪問、引き続き授業参観とPTA総会。</font><br><br><font color="#052290">週4～5日ある</font><font color="#052290">パートと週一で自営の親の事務作業の合間にある休みが子供たちの用事で追われて、、、</font><br><font color="#052290">何が困るって家が汚くなること。</font><br><br><font color="#052290">GW明けに４か月ぶりに親友S子ちゃんとランチ！と喜ぶのもつかの間、S子ちゃんから前日の晩に「11時から2時までね。下の子の家庭訪問があるから。」なんだか府に落ちず悶々としたまま会ってランチしました。</font><br><br><font color="#052290">このランチの約束は４月頭にしたよね、、後から家庭訪問の用紙が来て同日にしたまではいいけど、なぜに３時にしたのかな？４時や４時半でもよくないかな？そんなこと思ったまま会うものだから、前みたいに話も盛り上がらず３時間で充分でした。</font><br><br><font color="#052290">長男が帰宅するやいなや、「お母さん！交換留学の選考に通ったよ！」よかったね！と言いながら、内心「まずい、、、通るとは思わなかったし、費用がない。義父にお願いしにいかなくちゃ、、、」でした。義母には打診してあったので出してもらえることは分かっていたもののいざ主人に話すとなると、、一悶着あるよね、、、とドヨーンとしました。</font><br><font color="#052290">そして交換留学の意味は長男が留学する学校から後日留学生が家にホームステイしにくる、それが条件の一つでもありました。</font><br><br><font color="#052290">ただでさえ忙しいのに外国からやってくるBOYのお世話とは。ご飯が一番悩めるわ。そして家に２ヶ月は居ることを主人や次男に話してないし、</font>、<font color="#052290">、胃がぎゅぅとなりました。</font><br><br><font color="#052290">そして大モメに。でも長男の通う科の90％近くは短期・長期留学の経験者になるのに、うちの子</font><font color="#052290">は行かせてあげられないのかと、両親が働いても行けない経済状況って、、、私立に行かせては行けない年収世帯ってバレバレです</font><font color="#052290">。</font><br><font color="#052290">親として不甲斐ないです。</font><br><br><font color="#052290">この短期留学は渡航費だけ。約４０日間で24万って破格です。それすら用意できてませんが、、、</font><br><br><font color="#052290">義理の両親にお願いしに行くまでの１週間いたたまれず、お願いしに行くときも主人と私は変な汗がでて、いざ行って話しをすると、あっという間の快諾で力が抜けました。義父に感謝です。</font><br><br><font color="#052290">そんな中、急に湧いて出た話が。</font><br><font color="#052290">父「お父さんが昔面倒を見た台湾の学生２人覚えてるか？その1人がお父さんを探してて材料商の海外事業部にお父さんを知ってる人がたまたまその学生がお父さんの名前を出してさ、日本に会いに来るって連絡が来たんだぞ、よく覚えていたなぁと思って、、」</font><br><br><font color="#052290">確か私が小６だったかな、中国人の２人が近くのアパートに住んで、父の作業場で学び、家にご飯を食べに来てたっけ、、、帰国後、片方のEさんがお礼にと記念切手を２年近く送ってくれて、最後に台湾メノウのペンダントを贈ってくれたっけ。</font><br><br><font color="#052290">昨年、掃除していたらそれらの切手セットとペンダントが出てきて、壁に掛けて飾ってありました。１年後にはそのEさんが父を探し続けていてやっとたどり着き、日本に会いに来るとは、、、</font><br><br><font color="#052290">３０年以上も前のこと。３ヶ月間父が仕事を教え、母がお昼と夜のご飯の世話をした、それだけなのにわざわざ来日するなんて。</font><br><br><font color="#052290">その話を聞いた４日後、FAXが届きました。書き出しは〇〇先生、大変ご無沙汰しています、、、でした。</font><br><font color="#052290">そして翌日、その材料商の営業マンから電話が入り、「E先生が〇〇先生（父のこと）に会いたいそうです。新商品セミナーで来日しますが、滞在期間を伸ばしどうしても会いに行きたいと言ってみえます。木曜日の晩はご都合つきませんか？」 </font><br><font color="#052290">父は「仕事の目処がつくのは午後８時くらいなので９時くらいにホテルのロビーへ行きます。」そう答えたようです。</font><br><br><font color="#052290">台湾の彼が来た頃は父の会社もまだまだ作業場でした。バブル時期に会社に成り上がり、その頃は従業員が４０人弱までになり、支店も２ヶ所と提携会社が１ヶ所あったくらいです。</font><br><br><font color="#052290">左腕の遣い込み、右腕や数名の役員の裏切りで、多額の負債を残したまま、彼らは得意先を言いくるめて持ち去り、会社に残ったのは身内と数件の得意先だけ。支店は閉鎖、売却。作業場へと転落、借金だけ会社なみ。すっかり落ちぶれて、日々食べていくだけでやっと、、という父たちに会いたいという大成功しているEさん。ボロボロの車で中心部にあるホテルへとても行けない、行きたくない、、父は隣の県に住む私に「木曜日の夜家に来て、お父さんたちをホテルまで連れていって同席して欲しいって、お父さんが。」父は基本、人には頭を下げないので、すべての申し出は母から。私は嫌みを言っても断らないだろうと分かっての打診。ズルすぎる、本当に。</font><br><br><font color="#052290">パートを終え、主人にご飯と子供たちをお願いして、両親を迎えに行き、ホテルへ元学生さんに会いに行きました。</font><br><br><font color="#052290">夜の９時すぎ、元学生のEさん、Eさんのご友人で台湾の材料商社長のWさん、日本の材料商の営業マンと中国担当の女性が私たちの到着を待っていました。</font><br><br><font color="#052290">懐かしい顔でした。私はしっかり覚えていました。両親もああっ！と声をあげて近寄り握手を交わして、ロビーのソファに座り話始めました。</font><br><font color="#052290">営業マンと女性が通訳となり、</font><br><font color="#052290">これまでの経緯やEさんが現在あるのは父のお陰だと感謝している、</font><br><font color="#052290">成功した今どうしても父に会い、感謝の意を伝えたかったなど、</font><br><font color="#052290">日本での生活の思出話やお互いの子供たちの話、日本での父の職業界の動向など、積もる話はあれど、細かいニュアンスはなかなか届かないので、通訳してくれたお二人は骨を折り頑張ってくれました。</font><br><br><font color="#052290">そこで今度は父の作業場を見に行きたい！あの時の従業員にも会いたいとなりました。右腕と左腕の二人のことです。会えるわけない、会わせたくもない。その場では話しませんでした。すっかり落ちぶれてしまっていることも。</font><br><br><font color="#052290">日曜日の午前１０時に来られることになりました。私がたまたま休日だと知っていたかのように。休みがぁ、、、無いまま来週に突入なのね、、。私ももちろん日曜日の朝、寝坊することなく、１０時に父の作業場へ行きました。</font><br><br><font color="#052290">タクシーで営業マンとEさん、Wさんが見えました。作業場を見てもらう間に、私と母は買い物に行き昼食の支度をしました。</font><br><font color="#052290">メニューはカツ丼。</font><br><font color="#052290">来てくれたEさんに父や母はこれまで何があったのか？今はどんな規模になり３人でやっていることなどを話すと、営業マンもそのお二人も驚き涙ぐんで話を聞いていました。</font><br><font color="#052290">だからあの時の従業員に我々は連絡を取らないので会わせてあげられないこと、どんなに行きたくても台湾に行けない状況であることなど。</font><br><br><font color="#052290">母のカツ丼を食べたEさんは「この味だ！懐かしい！」と声をあげ、初めてカツ丼を食べたWさんは堪能してました。</font><br><font color="#052290">色んな思出話をし始め、皆さん、ずっと目が潤んでました。</font><br><br><font color="#052290">帰る前に何度も集合写真を撮り、作業場で仕事していた兄も参加。涙なみだの再会と別れでした。</font><br><font color="#052290">私とEさんはLINEを繋げて今後の連絡は私を通してすることになりました。もちろんLINEアプリの日中翻訳をいれて。</font><br><br><font color="#052290">ホテルまで送る車の中、運転する私の隣に営業マン、後ろにお二人。今回の件で初めて会った営業さんに英語と中国語が話せるようになった勉強方法を教えてもらい、この出会いは長男の今後に繋がるものになると思いました。</font><br><br><font color="#052290">そしてEさんとの再会は両親の生きる糧になりました。</font><br><font color="#052290">何人も学校を出してあげて面倒を見てきたものの、父の性格が災いとなり、恩を仇で返されることばかり。</font><font color="#052290">これまでの両親の苦労を労うものとなりました。</font><br><br><font color="#052290">あの父がEさんの言葉に涙し、ハグして涙の別れ、そしてしばらく作業場で泣いていたことを母から聞きました。</font><br><br><font color="#052290">両親は二人で仕事を始め、寝るのも惜しんで働き続けて苦労して会社までもっていきました。母はずっと給食のおばさんをして支えてきました。それが砂の城だったかのように、、、あれよあれよで崩れて去り、裏切りの連続。</font><br><font color="#052290">この狭い職業界で悪口、陰口を叩かれ、父は色んな集まりに出ることができなくなり、得意先だった先方や同業者、材料商、金融機関に蔑まれ、辛酸を舐めてきました。</font><br><br><font color="#052290">７０を過ぎても現役で働かざるを得ず、夜も日曜日も働き続け、、、が何年も続く中、今回の再会。３０年以上も前のことを感謝し続けてくれて会いに来てくれて。</font><br><br><font color="#052290">両親は「私たちがやって来たことがこれまでの結果なんだと苦しんできたけど、こんな風に感謝してくれる人もいたなんて、、、頑張ってやって生きてきてよかった」そう感じて涙が止まらなかったようです。</font><br><br><font color="#052290">私も両親がまだまだ頑張って生きていきたいと思える力を与えてくれたことに感謝しました。</font><br><br><font color="#052290">この奇跡にしばらくは夢を見たかのようででした。</font><br><br><font color="#052290">バタバタと５月が過ぎていきました。</font><br><font color="#052290">５月最終日、長男の担任から慌てたようすで連絡が入りました。</font><br><font color="#052290">「</font><font color="#052290">パスポート持っていなかったなんて、、、取りに行ってないのですか？」</font><br><br><font color="#052290">私</font><font color="#052290">「</font><font color="#052290">あーうっかりしてました！すぐ手配します！」すごく慌てました、、すっかり抜け落ちてました、留学のこと。</font><br><br><font color="#052290">本籍が市外で翌日すぐには申請に行けなくて、更に発行の早い県の旅券センターは遠くて、市内の申請、受け取りは４時半で、、仕方なく隣の市が受け取りが６時まで可能なので隣の市まで申請に行きました。平日で８日間かかります。取得時は必ず本人のみなので隣の県へ通う長男を学校まで迎えに行き、高速で戻り隣の市まで行きました。バタバタです！</font><br><br><font color="#052290">そして出発１ヶ月前になりやっと説明会がありました。説明を聞いてまたまた驚き、不安になりました。</font><br><br><font color="#052290">各校へ1人ずつしか行かないこと。渡航は二人ずつで、乗り換えがあること。国際線を降りたら、相手の子は目的地になるためそこでさようなら！長男は国内線に乗り換えして、日本を出発して２４時間後にホストファミリーと高校の先生に引き取られる。ものすごく不安です。</font><br><br><font color="#052290">携帯は持っていってもいい許可が出てるので、海外WiFiを借りることにしました。</font><br><br><font color="#052290">子離れ出来てない私と自立が出来てない長男。かわいい子には旅をさせよ！と私、嫌でも自立しなくてはならない環境になる長男にとって学びの夏になりそうです。</font><br><br><br><font color="#052290">そして、、友人の死。</font><br><font color="#052290">１０日前に突然アメリカにいる友人からメールが来ました。</font><br><font color="#052290">「〇ちゃんとS子さんに話したいことがあります。Mちゃんが末期の胃ガンです。」</font><br><br><font color="#052290">仕事が終わり</font><font color="#052290">お店を出て、車に乗って何気に開いたメール。</font><br><font color="#052290">しばらくは茫然とし、次第に涙が出て運転が危うくなりました。顔を歪めて運転し、早く家に着いてS子さんに連絡しなくては、、と。</font><br><br><font color="#052290">S子さんに</font><br><font color="#052290">誰も失いたくないから、健康診断を受けて元気でいて、、、</font><br><font color="#052290">とメールしたら夜になって返信が来ました。</font><br><font color="#052290">ショックすぎて誰にも返信できなかった、、本当だね、受けないとね、、と。</font><br><br><font color="#052290">私たちは大学の仲間で、私は後から仲間入りさせてもらったので、大学での皆との思い出はほとんどありませんでした。</font><br><br><font color="#052290">第２外国語クラスも違い、短期留学も別の時期だったし、私は主人になった彼といつも一緒だったし、、、</font><br><br><font color="#052290">他の子を介して</font><font color="#052290">S子さんと仲良くなり、このグループに卒業前に入れてもらった、そんな友人関係でしたが、卒業後も集まって食事やアメリカへ嫁いだMさんの日本での結婚式へ一緒に出て、私の結婚式の二次会に来てくれたり、、、友人が少ない私にとってはとても有難い大切な友人たちでした。</font><br><br><font color="#052290">最近では４年前に集まったのが最後で、そろそろ会いたいな、、と思ってました。</font><br><br><font color="#052290">嘘みたいな現実として到底受け入れられないような話。いつもいつも満面の笑みで頬を膨らませて笑うMちゃんが末期のガン？４年前は何ともなかったのに。</font><br><br><font color="#052290">一番仲が良かったEちゃんが夢で、Mちゃんからガンを打ち明けられ、それが余りにもリアルで目が覚めたこと。その後味が悪くて、久々にLINEして元気かどうか確かめたときの返信に不安になり会いに行って初めて打ち明けられた辛い現実の話。</font><br><br><font color="#052290">そして私たちにこの話が回ってきました。彼女の容態を聞いてから、私は体調を崩してしまいました。私はその事に気がつかずにいるくらいでした。</font><br><br><font color="#052290">１９</font><font color="#052290">日の夜、帰らぬ人になったと訃報が入りました。病気だと聞いてから１週間。嘘だ、、、そればかりで、涙はあまり出ませんでした。</font><br><br><font color="#052290">故人の家族も色んな手配に追われて悲しんでいる場合でないくらいに多忙になっているだろう頃に、私たちも悲しみつつも色々考えなくてはならなくて、お通夜に行ける？お葬式は？そもそもいつなの？家族葬なの？どうやって行くの？そんな感じで、LINEやメールがその当日夜中まで、そして翌日もパートの出勤前、休憩時間、退勤後も続き、なんとも言えない疲労を感じました。</font><br><br><font color="#052290">私たちも隣の県、２つ向こうの市、と住んでる場所がバラバラで、そしてMちゃんの住んでいる町まで私の自宅から250キロ弱。高速を使って３時間半。そんな距離どうでもよくてただ駆けつけたかった。</font><br><br><font color="#052290">お通夜の日、出発は遅れ、高速は案内板を目にできなくて、突然の工事通行止めなどのトラブルにあいながら、夜中の１２時半過ぎに到着。明日も仕事があるS子さんのことを考えて早く退散するつもりでした。</font><br><br><font color="#052290">到着して目にした葬儀の案内板に皆で現実を突きつけられた感じでもう既に涙が込み上げてきていました。</font><br><br><font color="#052290">遺族控え室に入れてもらい、遺影を前にして声をあげて泣き出すEちゃん、無言で肩を震わす私と、ハンカチで目をおおうS子さん。</font><br><font color="#052290">旦那さんは疲れきって奥の和室で寝息をたてて寝てみえました。</font><br><br><font color="#052290">Mちゃんの弟さんがずっとこれまでのことを話してくれて、それを聞いては泣いて、黙って遺影を見つめ続けて、また話を聞いてはを何度も繰り返し、やっとご遺体と対面しなくては、、、と立ち上がりました。</font><br><br><font color="#052290">結局２時間たっても離れがたく、私から「そろそろ行こうか、、、」と切り出しました。時間があったらそのままそこに朝まで居たと思います。</font><br><br><br><font color="#052290">帰り道、この２日間の気負いと無事お別れに来れたことの安堵から眠気がじわじわ来ていました。</font><br><br><font color="#052290">通行止めを避けるために遠回りだけど山道を通らなくて住むルートで帰ることにしました。300キロ近い数値がナビに表示されました。</font><br><br><font color="#052290">三回もトイレ休憩をし、コーヒーを飲んで、ブラックガムをかんで、窓を全開にしたり。</font><br><br><font color="#052290">私は三回も目を開けてハンドルを握ったまま、意識が飛びました。友達の命を預かっているのに。</font><br><br><font color="#052290">でもその度にはっ！となることが起きました。助手席で爆睡するわけにはいかないからとタクシー状態で帰ってきました。後部座席にいるS子さんが</font><br><font color="#052290">「あー、、Mちゃん、、、」とか</font><br><font color="#052290">「〇ちゃんさ、、」とか</font><br><font color="#052290">「うん！？」</font><br><font color="#052290">と起きては声をあげました。</font><br><font color="#052290">私がふっと寝てしまい、怖い運転したから目が覚めてしまったのかと寝ぼけた頭で</font><br><font color="#052290">「ごめんね、起きちゃった？」と聞いたら</font><br><font color="#052290">S子さんは「いやぁ、、目を閉じてふっと寝落ちそうになると目の前にMちゃんの遺影が現れるの、、」 これを２回ほど言っていました。</font><br><br><font color="#052290">頭が寝に入ってしまったいた私はそうなの？で終わっていました。でもまたまた寝そうになったときにふと目に入った案内表示がサービスエリアに見えて入っていきました。</font><br><br><font color="#052290">高速をおりてしまいました。でもそれにより目が覚めて、そこからは下道で自宅へ戻りました。</font><br><br><font color="#052290">自宅へ戻り３時間くらい寝て起きたときにやっと気がつきました。私が寝そうになり二人の命が危なくなる度に、友達を起こして私に刺激を与えていたこと。最後は見間違いも引き起こしてくれて結果オーライだったこと。</font><br><br><font color="#052290">２４時間起き続けることになる私に遺族の皆さんはすごく心配して仮眠していきなさいと何度も言われましたが、私は遺影を見つめ、「私たちを無事送り届けてね」そう話しかけました。</font><br><br><font color="#052290">心配かけちゃったね、Mちゃん。</font><font color="#052290">守ってくれたんだね、ありがとう。</font><br><br><br><font color="#052290">私の半年間、、濃すぎて重すぎて既に一年分って感じがします。読み返しても他人事のように感じるくらいです。</font><br><br><br><font color="#052290">残りの半年はどんな感じだろう、、、</font>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12286953279.html</link>
<pubDate>Fri, 23 Jun 2017 16:54:54 +0900</pubDate>
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<title>着ぐるみ位の皮がむけたような年でした</title>
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<![CDATA[ 余りにも多忙で<br>余りにも苦しくて<br>そんな月日を過ごしてきたからこそ<br><br>多忙でも &nbsp;今はとても安堵した日々になりました<br><br>長男の受験は２月の第一志望が落ちたときに既に決まっていました<br>｢僕 &nbsp;私立に行ってもいいだろうか？｣<br><br>本当は公立の英語科に行きたかったのだけど<br>内申も偏差値も足りず諦め<br>幼い頃から行ってみたかった高校を受験<br>その高校は特殊で全国的に有名<br><br>｢行ってみたかった｣では覚悟が足りず１１人しか落ちない枠に入りました<br><br>そして英語科のある私立に合格していたのでそこに行きたい！という流れ<br><br>それなら推薦にしておけば特待生も狙えたのかも、、、<br><br>受験結果は２勝３敗 &nbsp;結果は分かっていても『落ちる』痛みは思いの外あったようです<br><br>桜の咲く頃通学時間１時間の高校に入学しました &nbsp;息子はめでたし<br><br>私は、、、<br>私立、、、侮ってはいけなかった<br>入学金から制服を含めた準備金、１回目の授業料までの費用 &nbsp;ここでビビるなら私立はダメだったのだと悟りました<br><br>事すでに遅し<br><br>私立へ進学が濃厚になった頃からパート探しをしていましたが都合のよい時間帯の仕事はなく４月まできていました<br><br>やっと今の仕事を見つけネットで申し込みしました<br>すぐに人事部から連絡が入り<br>矢継ぎ早で質問攻めにあい<br>ひたすら｢はい！｣｢大丈夫です｣｢承知しています｣と答え &nbsp;面接となりました<br><br>私は卒業してからこの四十路半まで<br>自営業の親元で事務雑務をしてきただけなので &nbsp;外で働くことということが &nbsp;新しい世界へ出るような感じがしてワクワクしていました<br><br>面接 &nbsp;暗算･漢字･言葉の小テストを受けて帰宅<br>数日後入社用書類が届き &nbsp;店長から電話が入り &nbsp;１週間後からの勤務となりました<br><br>今までしてきた事務雑務は平日の休みに出向き処理する！と両親に念押しし &nbsp;外で働くことを嫌がる旦那を説き伏せることに疲弊し &nbsp;なんとか入社しました<br><br>不安だったのは 今までの事務雑務と家の中のこととパートの両立であって &nbsp;新しい仕事内容や人間関係ではありませんでした<br><br>新入パート研修が１０日ほどで済んでからは 人が変わったように冷たく接する午前レジパートナーにとまどい通り越して恐怖を感じるようになりました<br><br>シフト２０日間の内半分はその人と組んできたこの７ヶ月間 &nbsp; <br>今となっては細かくは思い出せないものの 午前二人きりの時間が本当に辛かった、、、それだけです<br><br>怒り失笑しながら嫌みっぽく未完成の仕事をなじったり<br>お客さんの前で失敗を叱咤されたり<br>とにかく５つ上の彼女に子供に激怒するような感じで &nbsp;年の近い赤の他人の私をなじる<br><br>もう一人のパートナーは見ていないし 午後からのパートの前ではここまでひどい言動は無いため知らない<br>ましてたまにしか来ない店長は仕事は完璧で信頼をおいていた彼女を新人の私が訴えることは出来なかったのです<br><br>仕事の覚えが悪く &nbsp;ミスの多かった私がベテラン衆の中に入ってペースを乱したから嫌がられても仕方ないと思い続けてきました<br><br>ある日やっと気付きました<br><br>「嫌われてる」ただ私というパートが目障りだっただけだったのだと<br>どんなに下手に出ても何をやっても嫌で仕方ないんだ、、、と<br><br>散々な思いして何故辞めなかったのか？皆に聞かれました<br>理由は一つ &nbsp;長男の学費という現実とあの人達に負けたくなかった &nbsp;ただそれだけです<br><br>途中で辞めさせたいんだな、、、と何度も思いました &nbsp;でも働く条件は悪くない &nbsp;ただ５人中２人がネックだっただけ &nbsp;何故私が逃げなくちゃならないの？と踏ん張ってきました<br><br>朝「おはようございます」と挨拶以外は仕事上の会話のみ &nbsp;仕事を一緒にすらしてもらうこともなく &nbsp;ただ淡々と５時間半やり過ごす &nbsp;他の人たちは一緒に作業したり雑談したりするのを横目にほぼ一人でした<br><br>たまに風当たりの強くない日があると心地よく感じたりして &nbsp;まさしくDVにあってる人と同じ感覚になっていました<br><br>このまま １年、２年、と勤めあげれるのか？悩むのは日々でした<br><br>そんな中突然転機が訪れました<br><br>上司が突然やって来て面談を一人ずつし始めました<br><br>私の番が来て何だろう、、、と休憩室に入ってすぐに<br>「この店舗の閉店が決定してます」<br>この言葉にかなり仰天している私が上司たちの目には写ったはずです<br><br>でも心の中では凪いでいました<br>「自然な形でこの人たちと離れられる」<br>前々から近くの店舗に移れないかな？と望んでいたので &nbsp;上司が「空きがある店舗に希望するなら移籍することも可能です &nbsp;来週までに返答してください」ときたので即答「移籍希望します」<br><br>閉店まで１ヶ月と１０日<br>この１０日間は皆さん失業することで動揺していました<br><br>私はレジの過不足や処理のミスなど結構あったので移籍は無理かも？ベテランがとってもらえるだろう、、、でも離れられるから幸せ！でした<br><br>閉店まで１ヶ月となった頃私の移籍は決定しました &nbsp;その頃からです &nbsp;例の２人が今まで以上に私に辛く当たってきました<br><br>閉店作業も押し付けられ &nbsp;ミスしたら「それで移籍しようだなんて虫が良くないか」 や「他の店舗の人たちはもっとキツいよ &nbsp;教えてもらえないよ」など投げ台詞 <br><br>優しかった人ですら失業する不安定さから冷たかったりしました<br><br>半年間も耐えたのにこの１ヶ月で折れそうになりました &nbsp;本当に辛くて日を送るので精一杯でした &nbsp;長い１ヶ月間でした<br><br>閉店後作業は移籍するパート２人と本部や他の店舗の店長などが応援に入り &nbsp;お店が空っぽになるまで作業をしました<br><br>３日間休みが入ってから移籍店舗へ出勤しました &nbsp;ここの店舗の人たちも酷かったら今度は我慢しないで転職しよう！と心に決めて<br><br>店長は合理的で無理難題を押し付け無いタイプ &nbsp;自分の成績重視だった前の店長とは真逆でした<br><br>それにスタッフ６人とも穏やかで優しく &nbsp;皆仲良しで &nbsp;お互いをフォローしあって和気あいあいの店舗でした<br><br>これだけスタッフ一丸と成っていれば売上が前の店舗の２倍は有るはずだと感心しました<br><br>たった数日で仲間にいれてもらえて本当に楽しくて忙しくて &nbsp;最高の年末になりました<br><br>しかもあの７ヶ月のお陰で私は強くなり &nbsp;あの２人の悪いところは私の中にもやはりあった部分で &nbsp;あんな先輩にはならない！と反面教師にもなりました<br>スパルタで仕事を教えられ &nbsp;やらせてもらえない分は盗み見してメモして学習したので &nbsp;こちらの店舗では１年目の人より仕事が出来ると私の存在を喜んでもらえました<br><br>私はダメな人間なんだ、、、人間関係もキチンと育めないんだ、、、と自信もプライドもズタズタになっていたのでこの職場との出会いは本当に有り難く &nbsp;前の店舗とは天と地ほどの差があると感じました<br><br>この１年間は人間関係を学ばせてもらい<br>外で仕事する意味を少しだけですが知ることができ本当に良かったと心から思えるものになりました<br><br>多分人として少し成長できてる！そう思える年になりました<br><br>長々読んでくれてありがとうございました(^-^)<br><br>追伸 &nbsp;2016年の終わりに書いたブログを新年明けてからアップしました
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12229693298.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Dec 2016 12:35:42 +0900</pubDate>
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<title>イイことばかり（＾ｖ＾）</title>
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<![CDATA[ <p align="center">「　イイことばかり（＾ｖ＾）　」　なんてタイトルにしたけど<br><br><br><br>振り返ってみれば・・・<br><br>今年に入って　まだ３週間とちょっとだけなのに<br><br><br><br>盛りだくさんです<br><br><br><br>先々週末は　あーーーっという間に過ぎ去った<br><br>樫木先生のカーヴィレッスン<br><br><br><br>１年半近く　サボラーだったので　きつくてきつくて<br><br>呼吸がうまく取れなくて　苦しくて　むくんでしまった<br><br><br><br>３年ぶりに再会したコウコウちゃんと撮った写真<br><br>ひどい顔をしていました<br><br><br><br>まっ　そんなことより　少しでもやり続ける大切さを<br><br>思いだしました<br><br><br><br>また　再開したい！　そう思いました<br><br><br><br>それからは　主人の入院準備と　仕事の代役のための引継ぎ<br><br><br><br>入院当日は　爆弾寒波で　雪の中　ノロノロ運転で<br><br>病院に　たどり着きました<br><br><br><br>病気の主人は　自分が　主人公で　ヒロイン状態<br><br>潔癖で　神経質　面倒な人です<br><br><br><br>アルコール入りのウェットティッシュで　病室をふきまくり<br><br>二日で　一つなくなりました<br><br><br><br>１週間ほどの入院の予定なのに・・・<br><br>快適に過ごすため　大荷物<br><br>その荷物を抱えて<br><br>大病院の駐車場から　病棟まで運んだその腕は<br><br>筋肉痛になったくらい<br><br><br><br>ベッドが狭い　ロッカーが小さい　荷物が置けない<br><br><br>文句ばかり<br><br><br>しかも　遠い入院先だったので　手術の説明などは<br><br>入院当日にしました<br><br>その為　先生の都合に合わせての説明となり<br><br><br><br>入院手続き時刻が　午前１０時<br><br><br>手術説明が　午後５時<br><br><br>・・・・・<br><br><br>私は　一旦１時間ちょっとの距離を戻り　仕事を済ませて<br><br>また　夕方に戻ってきました<br><br><br><br>その日の帰宅は　午後８時　就寝午前１時<br><br><br><br>翌日　手術が正午にだったので　９時に家を出ました<br><br>突如　義父母もかけつけて　正午に旦那を見送り<br><br>病院内レストランに　ランチに行きました<br><br><br><br>二日連続で睡眠不足で　空いた旦那のベッドで<br><br>休んじゃおうかな～なんて思っていたのに<br><br>義父母が突然来ると言いだしたので　残念<br><br>４時間半一緒にいました<br><br><br><br><br>肺の手術って　思っていたより　厄介なようです<br><br>前準備で１時間近くかかると聞き<br><br>びっくり<br><br><br>手術も２時間程度と聞いていたけど　５０分ほどオーバー<br><br><br><br><br>命にかかわらない病気だし　内視鏡手術で済んだので<br><br>ＩＣＵに入る必要ないと　自分のベッドで戻ってきて<br><br>ナースステーションと繋がった部屋で　一晩泊ることに<br><br><br><br><br>麻酔から覚めた旦那は　グロッキーでした<br><br><br>しばらくは　痛みのあまり　うめいていました<br><br><br><br><br>旦那を怖がらせまいと　ネットで得た情報を言わなかったけど<br><br>肺の手術って　術後の痛みと息苦しさは<br><br>相当！と書いてあったんだよね<br><br><br><br><br>ただ　肺を大部分切除したわけではないので<br><br>回復は早いと思うけど・・・　苦しそうでした<br><br><br><br><br>肺の中で占拠していた　風船４つ<br><br>グロイよ　いい？<br><br>&nbsp;<br> <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20160125/20/angel-greensky/2a/9e/j/o0800080013550054712.jpg"><img id="1454401676450" style="border: currentColor; width: 220px; height: 220px;" alt="PhotoGrid_1453555670932.jpg" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20160125/20/angel-greensky/2a/9e/j/t02200220_0800080013550054712.jpg" ratio="1"></a>&nbsp;<br> <br>　<br>病院から見える景色　と　巨大ブラ（正式名称）<br><br><br><br>先生の手が写っているけど　どのくらい大きかったか<br><br>この風船たち　切除されても　風船のまま<br><br><br><br>正常な肺は　これらの風船を取り除いたら<br><br><span style="font-size: 14px;">ボ</span><span style="font-size: 18px;">ン</span>　<span style="font-size: 18px;">ボ</span><span style="font-size: 24px;">ン</span>　と　ふくらんで　元に戻ってきたと<br><br>術後　陽気な先生が　笑いながら話してくれました<br><br><br><br>ほぼ正常サイズまで戻ったと聞いて　涙する義母<br><br>私も　ホッとしました<br><br><br><br>痛い思いして　手術を受けた甲斐があったというものです<br><br><br><br><br>痛がる本人に　先生は<br><br>「　明日の午後には歩いてもらうよ～<br><br>痛くても　上体を起こしておいてもらうよ(#^.^#)　」<br><br><br><br><br>鬼のようです<br><br><br><br><br>本人は　痛みに耐えながら　聞いてないふり<br><br><br><br><br>そんな旦那も　術後１週間で　退院<br><br>荷物も　ボストンバッグ３つ分くらいあったし・・・・<br><br><br><br><br>一応　心臓や肺の入院病棟だったので<br><br>減塩　低カロリー　病院食でした<br><br><br>１週間　味気なくて苦しかったようで<br><br>帰り道　「　ラーメン食べたい！」　塩分ＭＡＸな感じ<br><br>食後　「　やっぱこれだね(*^^)v　」と<br><br>大満足してました<br><br><br><br><br>退院して　自宅療養にはいった旦那の　代役は続きます<br><br><br><br>身体を切ると　しばらくは　疼痛に悩ませれるみたいで<br><br><br>病棟の中が　２６度で保たれ　汗ばむくらいだったのは<br><br>痛みを軽減するためだったと　家に帰ってから<br><br>ぼやいてました<br><br><br><br>うちの室温２０度くらいなので(*^^)<br><br><br><br><br>そして　退院２日後　仕事の集配に出た私に<br><br>８０過ぎの　原付ライダーが　かまをほりました<br><br><br><br><br>２ヶ月経たない新車です・・・・<br><br><br><br><br>冷たい雨が降る中　血圧が上昇しながら　車から降りて<br><br>後ろを見ると　１０センチほどの傷　くぼんでました<br><br><br><br><br>しかも　おばあちゃん　止まっていた私にぶつかっておいて<br><br>自分でコケました<br><br><br><br>事故の説明<br><br><br>片側１車線　信号から　ずら～とつながる渋滞の中<br><br>左の団地から　何度も　割り込みがあり<br><br>なおさら　す<span style="font-size: 18px;">す</span>まな～い<br><br><br><br>数台前のトラックが動き出したけど　１台前の車の前に<br><br>またもや　割り込み<br><br><br><br>それを見ていたら　<span style="font-size: 24px;">どん！</span><br><br><span style="font-size: 24px;">へっ！？　</span>と　ルームミラーを見ると<br><br>原付の人　横転してました<br><br><br><br>私・・・・　悪くないよね？　なんだこれは？<br><br><br><br><br>そんな感じで起きた事故でした<br><br><br><br>初の１１０番　かけちゃいました<br><br>ドキドキした　本当に<br><br><br><br>私も　お相手も　用事があったので<br><br>１時間半後に　警察署で待ち合わせることに<br><br><br><br><br>私は　相手の名前と携帯番号に　写メを撮りました<br><br><br><br><br>それで　うちに帰る途中　旦那に<br><br>「　療養中　悪いけど　警察署まで　ついてきて　」<br><br>と電話　電話の向こうでテンパる旦那<br><br><br><br><br>戻ってから　旦那は　相手が原付だったことに<br><br>「　まず保険に入ってないぞ！！　やっかいだぞ<br><br>相手が　まして高齢なら　もっとだ！　」<br><br><br><br><br>だんだん不安になってきて　こわかった<br><br>車道の事故なんて　２０年ぶりで<br><br>前も　つっこまれて　１０対０で　相手が全部してくれた<br><br><br><br>今回も　私に　非はないはずなのに<br><br>ど－なるの？？<br><br><br><br>警察署に行くと　おばあちゃんと娘さんらしき人がいて<br><br>ペコペコ頭を下げられて　謝られました<br><br><br><br>ですよね・・・・<br><br>私は転んだおばあちゃんの心配ばかりしてたから<br><br>謝られて　正直　ホッとしました<br><br><br><br>しかも　娘さんが　保険の外交員で　保険にも入ってました<br><br>警察官に事情を説明して・・・<br><br><br><br>そのおまわりさん　おばあさんに　やさしく<br><br>注意を促してました　結構ひっつこく<br><br><br><br>青になったから動く！と　早とちりしての事故<br><br>ご老人の事故で　よくあることだと<br><br>話していました<br><br><br><br><br>私もだけど　相手がけがをしなかったことも<br><br>本当に運がよく　よかったぁと<br><br>胸を　なでおろしていました<br><br><br><br><br>だって８０過ぎて　骨折でもしたら<br><br>そのままアウト！って話　結構あると聞きます<br><br><br>私が悪くなくても　それは　嫌です<br><br><br><br><br>不幸中の　大幸い<br><br><br><br><br>しかも　その娘さんご家族も　車を買い替えて<br><br>１年たっていないので<br><br>新車を傷つけられた気持ちまで汲んでくれて<br><br>助かりました<br><br><br><br><br>些細な傷だけど　キチンと直させてもらえるし<br><br>見たら　バンパーもずれてました<br><br><br><br>すみませんが　しっかり直させてもらうことに<br><br>購入元のディーラーに　依頼しました<br><br><br><br><br>こんな感じで１月は過ぎていきました<br><br><br>長男の受験前に　旦那は退院できて<br><br>ホッとするばかり<br><br><br><br><br>いい年になりそうです<br><br><br>いい風にとりすぎだろうか！？(*^^)v</p>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12121494324.html</link>
<pubDate>Tue, 02 Feb 2016 17:59:58 +0900</pubDate>
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<title>気付いたら・・・年が明けてました</title>
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<![CDATA[ <p align="center">旧年中は　お世話になりました<br><br>そして<br><br>本年も　どうぞ　よろしくお願いいたします<br><br><br><br>バタバタしすぎて　３０日午前に投かんした年賀状<br><br>一言メッセージもつけない　そっけないものにしてしまい<br><br>今更　後悔<br><br><br><br><br>そして今月半ば過ぎに　旦那が入院手術のため<br><br>スケジュールが　いっぱいいっぱい<br><br><br><br>それなのに　その手前に　自分へのご褒美<br><br>カーヴィ　グループレッスン　入れてもらっちゃいました<br><br><br><br><br>旦那と長男には　事後報告<br><br>「　塾があるから　５時過ぎに夕飯食べて<br><br>６時には送って行って　帰りも迎えをお願いね　」　って<br><br><br><br><br>旦那は　文句が言えない立場なので<br><br>楽しんできてください　と笑顔で了承<br><br><br><br><br>長男は　お父さんの送迎が　嫌なので<br><br>まじっすか！！でした<br><br>ぐちぐち小言の多い　お父さんだからね・・・<br><br><br><br><br>ぐちぐちと言えば・・・　お正月　旦那の実家での事<br><br>受験生の　長男の成績が　さえない上に<br><br>「　やりたいこと　なりたいもの　」　がはっきりとしないからか<br><br>義兄が　「　その学校でいいのか！？　」って<br><br>いじる<br><br><br><br><br>小６の次男が　偏差値６０の工科高校を目指して<br><br>なるべく高給取りになりたい　と言ったら<br><br>「　あの高校もね。。。一掴みだけどね　」<br><br><br><br><br>どこの高校でも　出来た子しか　日の目浴びないのに<br><br>何言ってんだか！！と思って聞いてました<br><br><br><br><br>確かに　長男が目指す高校は　全ての高校で<br><br>科がバラバラ<br><br><br><br><br>どこを目指しているのか　全然わかりません<br><br>でも　自分で決めた高校なんです<br><br>母としては　やる気がいまいちな　長男の尻を叩く日々<br><br>これが３月上旬までか　と思うと<br><br>息切れしてきました<br><br><br><br><br>自営みたいなもの仕事で　代わりがいなくて<br><br>２週間は休む旦那の代わりに　業務に就きます<br><br><br><br><br>その間の生活リズムが　見当つかなくて<br><br>イライラしてしまう<br><br><br>その間の　塾の送迎　や　習い事の送迎<br><br>ＰＴＡの集まり<br><br>なにより　私学受験が重なっていて・・・<br><br>電車にほとんど乗らない長男が　受験会場まで<br><br>無事到達できるのか？<br><br><br><br><br>練習しようにも　仕事が入院前日まで　めいいっぱい<br><br>日曜日は　２月まで　模試だらけ<br><br>友達がいれば　一緒に行くんだろうけど<br><br>いないんだ　これが・・・<br><br><br><br><br><span style="font-size: 18px;">まーいっか</span><br><br>最近の私の口癖　「　まーいっか　」　へらへらと笑う<br><br><br><br><br>心配事を並べておいて　一呼吸おいて<br><br><span style="font-size: 18px;">まーいっか<br></span><br><br><br><br>そうすると　大丈夫！　問題なし！<br><br>そんな気分になれるからです<br><br><br>気分だけね＾＾<br><br><br><br><br>仕事も　なんとかなるだろうし<br><br>旦那の仕事も　なんとかなるだろうし<br><br>長男次男の送迎も　なんとかなるだろうし<br><br>中学入学説明会は　欠席することにしたし<br><br>旦那のお見舞いも　週二日にしたし<br><br><br><br><br>旦那の病院　国道走らせて　２時間近くかかるんです<br><br><br>入院当日はお昼過ぎまで<br><br>手術の日だけは　終日いることにして<br><br>あとは　取引先の休業日の日と　土曜日だけ<br><br><br><br><br>もしかしたら　退院日にいけないかも！と言ったら<br><br>そしたら　義理の両親が行ってくれるから<br><br>大丈夫　って<br><br><br><br><br>全部　大丈夫みたい<br><br>大丈夫じゃないのは　術後の本人だけみたい<br><br>私は忙しいけど　<span style="font-size: 18px;">痛くな～い<span style="font-size: 12px;">(*^^)v</span></span><br><br><br><br><br>あとは　長男の受験が<br><br>うまく　うまく　いきますように<br><br><br><br><br>こんな感じで　今年がスタートしてます<br><br><br>１時間ほど　ここで遊んでしまったので<br><br>今から　１時間　気合い入れます<br><br><br><br><br>では　今年も　一年　お願いいたします<br><br></p>
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<pubDate>Thu, 07 Jan 2016 16:49:54 +0900</pubDate>
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<title>自分の心に葛藤中</title>
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<![CDATA[ <p align="center">あと３０日で新年を迎えるなんて・・・<br><br>今年もあっという間でした<br><br><br><br>私の子宮がん検診は　問題なしで済み<br><br><br><br>旦那は　再ＣＴ画像で癌の可能性は<br><br>現時点でない　ということで<br><br>来年　胸の風船を除去する手術を　することになりました<br><br><br><br>受ける本人は　かなりどんより落ち込んでます<br><br>術後は　かなり痛いようです<br><br><br><br>自分が　しでかした結末です　しかと受け止めよ！<br><br><br><br><br>受験生の長男は　結局内申点をあげることが出来ず<br><br>その内申で　受験校を決定する段に来ました<br><br>落ちるのを覚悟で受ける　前期日程<br><br>私立は同じ高校内で　レベルが色々あるので<br><br>中間レベルを受けて引っかかるか　下へスライドするか<br><br>そんな感じ<br><br><br><br><br>そんな中　１１年になろうとしていたマイカーを<br><br>買い換えました　２０万キロ　よう走りました<br><br><br><br><br>私の父や兄と旦那は　数十万のボロ軽<br><br>弟は中古の　５ナンバー<br><br>私はハイブリッドの５ナンバーになりました<br><br><br><br><br>初めての車検で　５万キロ近く走る私は<br><br>かかりすぎているガソリン代を浮かし　サプリをやめて<br><br>なんとか車のローンを捻出する計画で購入したのに<br><br><br><br><br>新車購入が気に入らない　父<br><br><br><br><br>購入したことを告げると　母に「　借りれるな！」と<br><br>言っていた<br><br><br><br><br>軽自動車でも　あちこちぶつけるようになった父に<br><br>やっとの思いで買った新車を　貸せるわけがない<br><br><br><br>やんわりと　「　保険がきかないし・・・」と断ったら<br><br>翌朝　出勤してきた私に<br><br>「　俺が乗れるように　保険をしておけ　」って！！！<br><br><br><br>その日以来　ずっと苦しみ続けて、、、<br><br>老い先長くない　希望もない父に　貸してあげられない<br><br>心の狭い私を　責めてみたり<br><br><br><br><br>借りるという考えは　どこから来るのか？<br><br>旦那名義の車なのに　旦那には一言も言わずに<br><br>あたり前に乗ろうとするなんて・・・　どういうつもりなのか？<br><br><br><br><br>お前ら家族を養ってやっている！と思っているからだろう<br><br>今回の言動に　心が　頭が　パンクしてしまったのです<br><br><br><br><br>お言葉を返します<br><br>私は　すごい親孝行は　出来なくても<br><br>日々できる範疇で　親を優先して　色々しているのに<br><br>それも当たり前なのだろうか？<br><br>自分の家庭を　後回しにして<br><br>本来父がするべきことを　私と母でこなし<br><br>母が老いて出来ないことや　多忙な分を引き受けて<br><br>へとへとになるまで　しているのに・・・<br><br><br><br>だから　嫌なものは嫌だ！と断っても<br><br>親不孝でないよね？　と友人たちに打ち明けてみました<br><br><br><br>身内の恥をさらすのも　おろかですが・・・<br><br><br><br>とりあえずは　納車から数日ですが<br><br>今のところは　父も不機嫌な顔をしながらも<br><br>車には　近づきません<br><br><br><br><br>可愛そうなことをしたのかも・・・とは思わないでおこう<br><br><br><br><br>こんなことばかり　頭が暇になると考えているので<br><br>先月悩ませてくれた低音難聴のメニエールが復活しそう！<br><br>たまにフラフラするから<br><br><br><br>点滴は嫌だから　頭を他事へもっていって<br><br>深呼吸<br><br><br><br><br>さっ　これから　中３の長男　中２の甥　小学生の二男の<br><br>面談があって<br><br>ＰＴＡ行事をこなして<br><br>長男の　冬期講習と自宅学習を　激励し<br><br>お正月<br><br>新年早々　中３の学年末テスト１回目が入り<br><br>旦那の手術を迎え<br><br>私立高校の受験が　３校ほど<br><br>公立高校の前期日程と　ＨＡＲＤです<br><br><br><br>さらに　旦那の入院期間は　旦那の仕事を受け持ちます<br><br>この辺が　家族経営の困ったところ<br><br>代わりの人は　私しかいません<br><br><br><br><br>この辺まで考えると　少し吐きそうです<br><br>どうやってこなすのかと・・・<br><br><br><br><br>手術なんて来年の夏でもいいって　主治医は言ったのに<br><br>旦那は少しでも早くって・・・<br><br>年内は　保険の関係でダメだったので<br><br>こんな忙しい時期になったのでした<br><br><br><br><br>しっかりしろ！　ＫＥＩ<br><br><br><br><br>がんばるよ(^_^.)</p>
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<pubDate>Wed, 02 Dec 2015 17:44:28 +0900</pubDate>
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<title>健康管理始まる！</title>
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<![CDATA[ <p align="center">グ～ンと寒くなって　お布団の冬支度やら<br><br><br><br>冬物をチェックしたり　ＰＴＡ行事だったり　大忙しだった１０月<br><br><br><br>旦那の肺は　今は経過観察中<br><br><br><br>その間に　ガン保険に加入しました　生きるがん保険ってやつ<br><br><br><br>そんなこんなからか　耳鳴りが酷いし　肩や背中のコリもひどい<br><br><br><br>なんとなく　クラクラする気がしました<br><br><br><br>週末に　高校の学校体験に連れて行かなくてはならず<br>（　気に入った学科でも　通うのに２時間の高校　）<br><br><br><br>万が一を考えて　耳鼻科へ　「　耳がボーンとして・・・」<br><br><br><br><br>聴力検査で　低温難聴型のメニエールって言われ<br><br>ステロイド点滴を受けて　血圧も高いということから<br><br>血圧の薬や　血管を広げる薬　末梢神経の薬も<br><br><br><br><br>このステロイド点滴と　ステロイド薬で　不眠に<br><br>睡眠導入剤まで　処方<br><br><br><br>メニエール！？めまいないけど・・・<br><br>そう思っていたら　後頭部で重い感じで回ってました<br><br><br><br>点滴も　高校見学以外の日に　あと３回受けて<br><br>聴力が回復し　終了<br><br><br><br>何が嫌だったって　点滴が天敵！！<br><br>最新の極細チューブで　血管を傷つけないタイプでなく<br><br>針の点滴で　血管が細いので刺しても血管に当たって<br><br>液漏れしてしまい　当日は６回も刺され<br><br>１時間半で終わるところを　２時間以上かかり<br><br>さらに　腕は青あざでひどいことに<br><br><br><br>２日後に再診したときに　点滴連続３日間と言われて<br><br>先生に　「　この腕　点滴に向かないようで・・・　」と見せたら<br><br>　「　ひどい目にあったね　ごめんね　〇〇さんにやらすわ　」<br><br><br><br>耳鼻科にいるベテランそうなおばちゃんナースが来て<br><br>迷うことなく　あまり見えてない血管をめがけて　深めにブスッ<br><br>一発でＯＫで　１時間半問題なく終わり<br><br>さすが！ベテランだわ　っと感心し感謝しました<br><br><br><br>だって当日の液漏れで　腕が痛くて大変だったから<br><br><br><br>耳はひと段落したけど　血圧は・・・<br><br>降圧剤や他の薬は　慣れるまでが　大変でした<br><br>のぼせたり　気分がよくなかったりと<br><br><br><br>やっと　１２８／８５　と落ち着き始めて<br><br>１０月に兆候のあった　胸のチクチクもなくなり<br><br>高血圧の頭重感も消えて　やっと眠れるようになりました<br><br><br><br>私は　降圧剤以外に何を飲んでるのかと調べたら<br><br>末梢神経を改善していく薬と　狭心症の薬でした<br><br>ちょっと　びっくり<br><br><br><br>胸がチクチクしてるだなんて　言わなかったのに<br><br><br><br>飲みたくなかった　降圧剤<br><br>でも血圧が高い状態で　４年経過してしまったので<br><br>タイミングとしては　今だったのかもしれません<br><br><br><br><br>背中が異常にこって　鼻が詰まって　息苦しい<br><br>こんな症状が出たときは　さすがに怖かったので<br><br>これでよかったのかも・・・と　毎朝血圧計で測ってます<br><br><br><br><br>起きてすぐの血圧がこの２～３日落ち着いてきて<br><br>やっと自分の体が　本調子になってきたと感じました<br><br><br><br><br>健康管理<br><br>いろんな面で　本気を出して取り組む時期に来たと<br><br>感じるこの頃です<br><br><br><br><br>もちろん　子宮がん検診にも　行きました<br><br>検査結果はまだだけど　エコーでは筋腫が一つ見られたくらいで<br><br>体癌は行わず　頸部だけになりました<br><br>やることはやったぞ！と　ホッとしました<br><br><br><br><br>御身ご自愛ください<br><br><br><br><br>今月下旬に　旦那の肺は再度ＣＴを撮って<br><br>今後の治療方針が　決まります<br><br>肺活量がますます減ったようで　ちょっとかわいそうです<br><br><br><br><br>タバコはやっぱり　百害あって一利なし　です</p>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12092904627.html</link>
<pubDate>Sat, 07 Nov 2015 16:04:29 +0900</pubDate>
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<title>巨大な試練</title>
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<![CDATA[ <p align="center">朝夕すっかり秋の空気　寒く感じるくらい冷たい<br><br><br><br>試練とは　旦那が病気　それも重篤かも？です<br><br><br><br><br>お盆過ぎにひいた風邪の治りが悪いのか長く続く咳<br><br><br><br><br>その時は　３８度を超す熱と咳で　市販薬で済ませました<br><br>病院に行け！　と言っても聞かなかったから<br><br><br><br><br>それから先週月曜日まで　咳止め系の市販薬を４種類<br><br>しまいに　肺をきれいにするとやらの　漢方薬までしても<br><br>すっきり治らない咳<br><br><br><br><br>私は　『　間質性肺炎　』　を疑いました<br><br>ただの肺炎ではないこの病気　一生の持病となる肺炎<br><br><br><br><br>微熱も続いていたことから<br><br>いい加減に病院に行きなさい！　怒ってみたら<br><br>本人も　咳が続くことが気になって　行くとなりました<br><br><br><br><br>先週月曜日　パチンコによる日ではないのに　遅い<br><br>８時過ぎに　青ざめた顔の旦那が帰宅しました<br><br><br><br><br>「　肺に影が映った　気胸の手前だって　」<br><br>レントゲンの結果が出て　再度診察室に入った時に<br><br>先生が放った一言で　頭が真っ白になったために<br><br>病名などを聞いてこれなかったという　アンポンタン<br><br><br><br><br>「　これは大変なことになってるよ　よくほっておいたね　」<br><br><br><br><br>『気胸の手前』　これしかＫＥＹワードがなくて<br><br>ネットで調べていたら　出てきたのが<br><br>気腫性肺のう胞症　これか？？<br><br><br><br><br>しかも　呼吸器科があると思っていった病院に<br><br>その日は専門医が来ていなくて　ただの内科医で診断が出来ず<br><br><br><br><br>「　（一般道走ること３０分のところにある）県外になるけど<br><br>総合病院があるので　そこに紹介状を書きますが　僕でなくて<br><br>１０日後に来る　呼吸器の専門の先生に書いてもらって　」<br><br><br><br><br>もちろん　旦那が１０日も待てるわけがなく<br><br>夕診初診料や画像代に抗生剤などの薬代を払って<br><br>ただ帰ってきた　全く治療につながらない状態で<br><br><br><br><br>そしてその日から旦那は　不安定になってきました<br><br><br><br><br>２日後<br><br>市内の大きめの病院に　呼吸器内科の先生がいるからと<br><br>かかることにしました　今度は付添いしました<br><br><br><br>改めてレントゲン　詳しくＣＴ　血液検査をうけて　出た結果<br><br>『　巨大ブラ気腫性肺のう胞　』<br><br>やっぱり！ネットで調べたとおり！<br><br><br><br><br>後日みえる胸部外科の先生に今後の治療方針について<br><br>相談しましょう　となって診察終了となる時に<br><br>「　癌の可能性はありますか？　」　ときく旦那<br><br><br><br><br>先生は　「私の所見では　こういう画像は違うと思います」<br><br><br><br><br>癌？　そんなこと想像もしていなかったので<br><br>何を聞くんだ！！と思っていたのが　先週水曜日<br><br><br><br><br>翌日　大学病院から出向の胸部外科医に診てもらいました<br><br>前日のレントゲンやＣＴを見ながら病気の説明<br><br>そして　これをほっておくと膿胸になってしまう恐れのあること<br><br>膿胸になると左肺が全滅するだろうこと<br><br>それから　巨大ブラ（肺胞が膨らんだ風船になっている状態）の<br><br>壁と圧迫されている肺の隣接面にできやすい癌の話<br><br>そしてそれは押しつぶされているために　判明できないこと<br><br><br><br><br>そんな話を教授である先生が分かりやすく説明をしてくれて<br><br>大学病院で細かいＣＴを撮り　専門医たちでで診よっか<br><br>その場で　教授が直接医局や　手術中の専門医と話をし<br><br>６日後に行くことになりました<br><br><br><br>この間　私は　旦那をからかいまくり　いびりまくり<br><br>「　この胸に巨ブラができちゃって　だから言わんこった<br><br>禁煙したと嘘をつき続けたこの６年間の　成果です　」とか<br><br><br><br>６年前　このブラのでき始めが写ったので<br><br>大騒ぎしてＣＴをとったりして　禁煙することになった旦那<br><br>禁煙の薬などの費用援助をもらっていながら<br><br>結局　やめれずタバコ代に回して　６年間親に嘘をつき<br><br>３年前の痔の入院時に　禁煙したと私に嘘をついてきた旦那<br><br><br><br><br>近所での家屋火災の時に　近所のおじさんに<br><br>「　お宅は家の外で吸ってるから　寝タバコとかならんもんな　」<br><br>そう言われて　私が笑い飛ばしながら　「　禁煙しましたよ　」<br><br>そう言うと　おじさんは　あわてた様子で　「　そうやったか　」って<br><br>それから数日後　旦那の肩に張られた禁煙パッチを見て<br><br>嘘が判明したのでした<br><br>幻滅もいいところ・・・<br><br><br><br><br>それから１カ月後の話なんです<br><br>私が　旦那をいじるネタになるわけです<br><br>こういう病気になるってわかっていたのに吸っとったんやろ？<br><br>うろたえるな！と<br><br><br><br><br>そして　昨日大学病院へ行ってきました<br><br>教授の権限で<br><br>無理やり初診担当でない先生に予約を入れたようで<br><br>実際の予約時間と３０分のずれはあるは<br><br>そこから更に５０分待たされ　大きい病院はだから嫌よ！って<br><br>旦那の病気を説明して文句もたれたメールを友人にし<br><br><br><br><br>やっと診てもらって　ＣＴも撮って　採血もして<br><br>出来たばかりの病院内レストランで　ランチ<br><br><br><br><br>この時点で３時間半経過　すごい疲労感でした<br><br>午後診の時間帯になり　検査結果を聞きに行きました<br><br>先生は　巨ブラと押しつぶされた肺の間の　白い影<br><br>これが　炎症の陰でなかったようだと　話し<br><br>巨ブラの壁と隣接するこの白い影の中に　悪い物がないとは<br><br>言い切れないので　数か月後にもう一度ＣＴを撮って<br><br>その時の診断で　今後の治療計画が一歩進みます<br><br><br><br><br>そんな話でした<br><br>私たち夫婦は　この巨ブラをいつ除去するのか？<br><br>万が一だけど　癌はあるのか？　を聞きに来たはずなのに<br><br>癌の疑いがあるかも　ってことを聞き<br><br>旦那　一気に　この世の終わり　のような表情になり<br><br><br>私は　「　潰されているから分からないので　一か月半後に<br><br>撮るＣＴと比べて変化があるかどうかで　疑い濃厚にして<br><br>その次の検査にうつるって話をしたんですね？　」<br><br>至ってその場は冷静でした<br><br><br>まさか( ´艸｀) だったので<br><br><br><br><br>帰り道　旦那はシートを倒して　上を見たままボーっとし<br><br>私は　「　ＣＡＦＥしよう！」と　ナビをいじりながら走り<br><br>帰ってきました<br><br><br><br><br>すっかり疲れて　ソファで寝てしまった内に　旦那は<br><br>仕事の集配に出かけ<br><br>私は　それを見計らって　ネットで調べ始めました<br><br><br><br><br>今回の診察であった３人の医師が言う内容に<br><br>疑問がわいたからです<br><br>ネットの検索ワード　「　巨大ブラ気腫性肺のう胞　肺がん　」<br><br>そうしたら　文献がいくつか出てきました<br><br><br><br><br>巨ブラ除去後　数年で発がんし　１年持たなかった資料<br><br>巨ブラは　肺がんの危険因子で　３２倍にアップすること<br><br>巨ブラを除去することで　癌を誘発する恐れがあると書いてもあり<br><br><br><br><br>呼吸器内科の先生と　胸部外科の先生は<br><br>時期を見て　除去手術を受けた方がよい　と言ったのに対し<br><br>呼吸器外科の先生は<br><br>「　日常生活での支障（肺炎を繰り返すなど）や<br><br>破れて気胸になった時に　手術を適用します　」と言いました<br><br><br><br><br>押しつぶされた肺が少しでも戻すためには<br><br>早くこの風船を取り除かないと・・・と素人考えで思うところ<br><br>それなのに　癌があるかどうかの検査に重点を置く先生<br><br><br><br><br>その疑問がネットの検索で分かりました<br><br>こんな説明までしてしまうと　本人は１００％癌だと思ってしまう<br><br>実際　私もこれを読んだ後　身が震えたのだから<br><br><br><br><br>配達を終えて帰ってきた旦那はもちろん死んだような目で<br><br>子供に話しかけて　子供に　「　大丈夫だって！！<br><br>そんなに怖がるのなら　タバコ吸うなよ　パチンコ行くなよ　」って<br><br>一蹴されて<br><br><br><br><br>子供たちがお風呂に入っているときに<br><br>食卓で　震えて嗚咽して泣き出す旦那<br><br>自分のしたこととはいえ　怖くて仕方ない<br><br>こんな年で　死ぬことになるかもしれないなんて　と<br><br><br><br><br>前日までの私なら　あーあ　また悲劇のヒロインだわ<br><br>そうあきれるところだけど　ちょっとだけ分かったために<br><br>不安でいっぱいになってしまっていました<br><br><br><br><br>今　ご主人が癌闘病中の友人の心境が少し分かった<br><br>そして　強いな　と感じました<br><br><br><br><br>子供たちが出てきて　子供たちの顔を見たら<br><br>キッチンで嗚咽して泣き崩れてしまいました<br><br><br><br><br>私に嫌われている愛されていないと思い続けている旦那に<br><br>この様子は　目から鱗だったのだと思います<br><br>愛されていなくとも　いなくなってもいいとまでは<br><br>思われていなかったんだと　やっと思い直してくれたようで<br><br>不安を掻き立ててごめんね　と泣きはらした顔で<br><br>頭をなでに来ました<br><br><br><br><br>子供たちは　パパに　本当に大丈夫だって<br><br>お母さんまで泣かしてどおするの！？って叱る始末<br><br>こういう時の　子供の単純さ　助かります<br><br><br><br><br>愛はなくても　家族愛はあって<br><br>別れるにしても　死別より生き別れだと思っていただけに<br><br>怖かった　本当に怖かった<br><br><br><br><br>心の中の思いは　現実となる<br><br>私はそんなこと思っていなかったのに<br><br>ただ一家の柱として４０代の現役として　しっかり仕事をして<br><br>生きてほしかっただけなのに<br><br><br><br><br>この病気のおかげで　パチンコに行かなくなり<br><br>もちろんタバコはやめて　暇な分家の事をしてくれて<br><br>嬉しい反面　怖かった<br><br><br><br><br>癌ではないだろうと思います<br><br>でも　巨ブラが出来るこの肺の癌のリスクはかなり高く<br><br>今後も要注意になったことは　間違いないです<br><br><br><br><br>すごい試練がやってきた・・・そう感じました</p>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12081866413.html</link>
<pubDate>Thu, 08 Oct 2015 12:11:21 +0900</pubDate>
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<title>あれから一ヶ月</title>
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<![CDATA[ <p align="center">母の妹　叔母さんは　８月２０日午後６時ごろ<br><br>永眠しました　６６歳<br><br><br><br>当日　午後４時過ぎに　看護師の従妹から<br><br>ＬＩＮＥ<br><br>「　お母さんの呼吸が遠くなってきています　」<br><br><br><br><br>このラインに気付いたのが　５時過ぎで<br><br>母は夕飯の支度を済ませ　私は旦那に夕飯のお願いをし<br><br>慌てて　高速使って４０分の距離を　向かいました<br><br><br><br><br>到着したのが　７時少し前<br><br>玄関を開けたら　おじさんが首を振りながら<br><br>私たちを出迎え<br><br><br><br><br>「　伯母さん！　お母さんが冷たくなってきた<img alt="泣" src="https://emoji.ameba.jp/img/user/na/namida-egao/89011.gif" amebaid="namida-egao" emojiid="89011"> 　」<br><br>看護師の従妹<br><br><br><br><br>「　間に合わなかったの？？　」<br><br>って　声をあげて　横たわる叔母さんにかけよって<br><br><br><br><br>「　なんでもう少し待っててくれなかったの？<br><br>今朝は自分で用をたせたって聞いて安心してたのに　」<br><br><br><br><br><br>叔母さんは　息を引き取る数時間前まで　話も出来ていました<br><br><br>すい臓がんで　何も食べれなくなった叔母さんに<br><br><br>母が　一口だけでも食べて　と二日前に持ってきた桃を<br><br><br>前日の夕方に　叔母さんは<br><br><br>「　姉ちゃんが持ってきてくれた桃　食べたい　」<br><br><br>それが　最期の食事となりました<br><br><br><br><br>医師である従妹の旦那さんが　死亡確認を取ったのは<br><br>午後７時２９分<br><br><br><br>到着してから３０分近く　叔母さんと話をし<br><br>髪をなでて　手を握って　想い出話を　従妹にして<br><br><br><br>母はずっと泣いてました<br><br><br><br>肩を落とす　心臓の悪い叔父さんと<br><br>自分だけでもしっかりしなくちゃとガンバる　従弟<br><br>赤ちゃんと　かけつけた義理の両親の相手をする　従妹<br><br>９年勤めた仕事をやめて　母親の看護をしていた　従妹<br><br><br><br><br>その姿をずっと見ていて　自分がこの立場なら。。。<br><br><br>そう思うと　空恐ろしく<br><br><br>どこか母に似ている叔母さんを見つめることが苦しかったです<br><br><br><br><br>白い光導かれ　天に上るだろう　叔母さんの魂<br><br>叔母さんの魂がまだいるだろう部屋で<br><br><br>心の中で　一つだけお願いをしました<br><br><br><br><br>「　母と旅行に行きたい　母を姉を守って　」と<br><br><br><br><br>心労が重なり　兄弟姉妹の中で　一番仲の良かった妹の死<br><br>この心痛は　母の狭心症にどんな影響をするのかと<br><br>不安でした<br><br><br><br><br>翌日の通夜には　行けず<br><br>土曜日のお葬式に参列　１０年以上ぶりの従姉にも会い<br><br>初七日まで　叔母さんを悼み送ってきました<br><br><br><br><br>それからは　時間に追われる様に　１か月がすぎ<br><br>もうすぐ４９日<br><br><br><br><br>年に一回ある　母方のお盆集まり<br><br>そこで妹の顔を見て　年に数回電話して声を聞く<br><br><br><br><br>その距離だったからこそ　忙しさにまぎれれたんだと<br><br>母は　思いだして　淋しそうに言いました<br><br><br><br><br>身近な人がいなくなる<br><br>この淋しさは　過ぎ去ってから　もっと感じるもの<br><br><br><br><br>私は　その辛さを味わったことがないから<br><br>ただ想像だけ<br><br><br><br><br>祖父母の家に行けば　いたはずの　祖父母がいない<br><br>　あっ　そうだ　亡くなったんだ<br><br><br><br><br>叔母さんのお見舞いは？<br><br><br>そっか　亡くなったんだよね<br><br><br><br><br>叔父さんちは・・・　亡くなった後　ひきはらったんだっけ？<br><br><br><br><br>こんな風に　普段は　「　亡くなったこと　」を<br><br>外しておける<br><br><br><br><br>でも<br><br><br>近くにいることが当たり前だった存在の人だった場合は<br><br><br>絶対無理なこと<br><br><br><br><br><br>それでも　いつかは　分かれが来る<br><br><br><br>出来たら　それは　思い残すことのない頃に<br><br><br>年功序列で<br><br><br><br><br>いつも　そう思っています<br><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/angel-greensky/entry-12076855098.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Sep 2015 22:15:35 +0900</pubDate>
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