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<title>ひみつの天使のみるみる元気</title>
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<description>ひみつの天使のみるみる元気です。いろいろ感じたこと、考えたことをブログにします。特定の宗教・宗派・思想の押しつけはしませんが、宗教的なことが多いので注意です⚠️</description>
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<title>「さまよう天使」に改名しました</title>
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<![CDATA[ 最初にこのブログに登録した時点では「はぐれそうな天使」。<br><br>これは岡村孝子さんの曲名にかぶり１回目の改名。<br><br><p>次に「気まぐれな天使」を名のりましたが、これも他の方と混同するため名を改めようと思いました。</p><p><br></p><p>そして、この度「さまよう天使」を名のることにしました。</p><p><br></p><p>みなさま、困惑させて申し訳ありませんでした。</p><p><br></p><p>これから「さまよう天使」よろしくお願いします。</p>
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<link>https://ameblo.jp/angels-lost1111/entry-12958655038.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 18:49:22 +0900</pubDate>
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<title>正信について</title>
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<![CDATA[ <p>要するに「正しい信仰とは何か？」ということらしいですが、これは少林寺拳法の２級の学科試験のテーマの一つです。</p><p><br></p><p>意外に思われるかもしれませんが、少林寺拳法は宗教法人も兼ねていたため（少なくとも私が習っていた時はそうでした。現状どうなっているのかはよく知らないので申し訳ありません）そういう課題もあるのでしょう。</p><p><br></p><p>それで、当時色々な教えを渡り歩いていた私は（現在もですが）、果たして「正しい信仰とは唯一のものなのだろうか？」と疑問に思って、と言えばかっこいいものですが、有り体にいうと試験から逃げてしまいました。</p><p><br></p><p>当時の先生には、せっかく２級の試験を受けるのをご推薦いただいたのに、迷惑をかけてしまい申し訳ないと思っています。</p><p><br></p><p>ちなみに、答え自体は少林寺拳法の読本・言ってみればアンチョコが存在していて、それの通りに書けばまず受かるし、実技試験も先生からご推薦いただけるのであれば、よほど試験でミスしなければ合格するというものなので、正直今にしてみればもったいないことをしたと思っています。</p><p><br></p><p>長々となりましたが、ここからが本題です。前置きが長くて申し訳ありません。</p><p><br></p><p>では「正信とは何か？」</p><p><br></p><p>「中村元の仏教入門」という本を読んでいて、</p><p><br></p><p>諸悪莫作</p><p>衆善奉行</p><p>自浄其意</p><p>是諸仏教</p><p><br></p><p>（すべて悪しきことをなさず</p><p>善いことを行い</p><p>自己の心を浄めること</p><p>―これが諸々の仏の教えである）</p><p>ダンマパダ十四章一八三偈</p><p><br></p><p>という言葉がありました。</p><p><br></p><p>この言葉を一般化すると、</p><p><br></p><p>「すべて悪しきことをなさず</p><p>善いことを行い</p><p>自己の心を浄めること</p><p>―これが諸々の正しい道である」</p><p><br></p><p>となるでしょう。</p><p>つまり、私なりの解釈ではどの神仏に仕える教えであっても、上記の「正しい道」につながる教えであれば、正しい信仰になりうると私は思いいたりました。</p><p><br></p><p>これが、未熟ながらも現時点での私の到達点です。</p><p><br></p><p>長文になりましたが、ここまで読んでくださった方、ありがとうございました。</p>
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<link>https://ameblo.jp/angels-lost1111/entry-12958635447.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Mar 2026 15:20:09 +0900</pubDate>
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<title>スピリチュアルはよくて、宗教は悪なのか？</title>
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<![CDATA[ <p>スピリチュアルブームなるものがはやって久しいですが、一方で宗教はさまざまな事件でとりあげられることもあり、あやしいもの・あぶないものとしてみられることが多いようです。</p><br>また、いわゆるスピリチュアリストがいう決まり文句は、「これは宗教ではないです」ですね。<br><br>ですが、果たして最近の風潮のように「スピリチュアルはよくて、宗教は悪なのか？」ということについて、今回は考えてみたいと思います。<br><br>まず、いわゆるスピリチュアルをもてはやす人たちがなぜ宗教をきらうのかあげてみようと思います。<br><p><br></p><p>それは</p><p>強制されるのはイヤ</p><br><br>ということだと思います。<br><br><p>一方でスピリチュアルは</p><p>自由</p><br>ということでしょう。<br>でも、私はこう思います。<br><p><br></p><p>たしかにスピリチュアルは決まった作法やしきたりがない分自由だといえそうです。</p><p><br></p><p>しかしながら、その「自由」ということにスピリチュアルの落とし穴がありそうです。</p><p><br></p><p>どういうことかというと、決まりごとがない分、誰のいうことをきいていいか分からないということがまず第一点。</p><p><br></p><p>次に自由であるから自分のことしか考えない、いわゆるご利益的な発想になりがちだということです。</p><p><br></p><p>一方で宗教は（まともなものであれば）神仏などの他者に畏敬の念をいだくもの。</p><p><br></p><p>それに伝統宗教には長い間培われたなりの信頼があります。</p><p><br></p><p>怪しいカルト的なものがありますので見極めが大事ですし、必ずしも特定の宗教だけに入信しないといけないと私は思いませんが、本当に宗教は悪いものなのか考えなおしたいところです。</p><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/angels-lost1111/entry-12956400339.html</link>
<pubDate>Wed, 11 Feb 2026 18:21:20 +0900</pubDate>
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<title>スピハラについて考える</title>
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<![CDATA[ <p>私はいろいろな宗教・スピリチュアル(以下スピ）のことを学んできました。</p><p>&nbsp;</p><p>そうした中でスピ独特のパワハラ・モラハラを見聞きしました。</p><p>&nbsp;</p><p>そういうスピ特有のハラスメントを「スピハラ」と定義したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>その例をいくつか挙げていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>①パートナや子どもに自分の信仰の押し付けをする</p><p>&nbsp;</p><p>②心を病むのは心が弱いからだと突き放す</p><p><br></p><p>③大病をするのは信仰心が足りないからだと不安をあおる(お布施を要求する)</p><p>&nbsp;</p><p>④不幸になったり金銭的に貧しいのは信仰心が足りないからだと(以下同)</p><p>&nbsp;</p><p>⑤災害が起こるのは人々の信仰心が足りないからだと勧誘する</p><p>&nbsp;</p><p>⑥災害で多くの被害が出ているのに、「地震は地球がくしゃみしただけ」「台風は龍がパレードしただけ」などと大したことのないように言う</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>他にも様々なケースがあるかもしれませんが、私はこういうものをスピハラだと考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>もともとスピにはまる人は(私もそうですが)自分に自信がなく、精神的に線の細い方が多いと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>またスピの「浄化」体験は経験者には貴重なものかもしれませんが、誰にでもあてはまる一般化できるものではないはずです。</p><p>&nbsp;</p><p>今回とりあげた「スピハラ」はする方には相手を傷つける意図のない、むしろ幸せを願ってしたことでしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、された側はもしかしたら一生の傷になるかもしれない大変な苦痛をともなうものになるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>スピのことは心の領域であるため、より一層相手の立場になって考えることが必要ですね。</p>
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<link>https://ameblo.jp/angels-lost1111/entry-12953508784.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jan 2026 16:53:48 +0900</pubDate>
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