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<title>anidocbaoのブログ</title>
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<title>動物医療とお金</title>
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<![CDATA[ <p>2017年　あけましておめでとうございます。<br><br>ここのところ、このブログは年1ペースになってますね 苦笑<br><br>少し思うところを書かせて下さい。<br><br>表題の「動物医療とお金」に関しては、似たようなテーマで今までも何回か書いたと思います。<br><br>私が動物医療にも皆保険制度的なものを、と訴え続けているのも、その事と非常に密接に関係しています。<br><br>我々開業獣医師は、大学で経営学は全く学びません。<br>獣医学関連の学術的なことのみです。<br>大学を出て、それぞれの研修先のノウハウなどを直接身をもって学び取っていく形です。<br>これではちゃんとした経営が出来るわけはありません。<br><br>人のお医者さんは、世界に誇る国民皆保険制度そして優遇税制が守ってくれますから、ちゃんと診療していれば、食べていけるようになっているのではないでしょうか?<br>我々開業獣医師は、商店街の他の商店さんと同じです。税制も何もかも。保険も企業がそれぞれやっているものを利用している状況。企業に不利な条件はその都度見直されています。<br><br>この病気には、こういう検査をして、こういう治療をする、というスタンダードがあったとして、そのお金が払えないとするご家族には、支払い可能範囲の治療をすることになります。それの是非はまたの機会、あるいは過去のブログにあるかもしれませんが、人の医療との大きく違う点だと思います。<br><br>我々開業獣医師は、常にそうした医療費のことを考えつつ、診療を進めていく必要があるということなのです。<br><br>診断を考えながら、治療を考えながら、治療費のことも考えなければならないのです。<br><br>さて、これに仮に皆保険制度が導入されたとしますと、我々開業獣医師は、診断・治療に専念できるわけです。余計なことを考えなくてすむわけです。<br><br>きちっとしたスタンダードがあれば、患者さんも、どこの病院へ行っても、おおむね同じような治療を受けられるわけです。人の医療がそうであるように、それでも病院の差別化はなされ、わざわざ遠くの病院へ行く人はいるでしょうが。。。<br>それでも大きな差はなくなるのではないでしょうか。<br><br>あそこの病院は高いだとか安いだとか、八百屋さんなどと同じように語られるのももう疲れましたし、若い始めたばかりの先生が高いと言われて安くするようなことがあってもいけないと思いますし。<br><br>決めちゃえばいいんですよ、注射はいくら、お薬はいくらって。<br>と、私は思います。<br><br>何か特殊な治療やお薬が保険対象外になって、お金のある人だけが治療を受けられるという、人の医療でも現在起こっている矛盾点などもあります。ただ、何もスタンダードがない、動物医療よりは何倍も何十倍もマシです。<br><br>ちゃんとしたスタンダードを作り、皆保険制度的なものを作ることが、普通に一般の治療を地道に行っている開業獣医師と患者さん方にとって、両方にメリットがあると、私Dr.BAOは考えるのですが、皆様はどう思われますでしょうか?<br><br>こういうお正月休みみたいな時くらいしか、このブログに来れませんで すみませんm(_ _)m<br><br>ホームページからはDr.BAOのいろんなサイトに行けるようになっていますので、気軽におこしやす。<br><br><a href="http://www.bao.jp" target="_blank">http://www.bao.jp</a><br><br>ではまたいつか(^_^)ﾉﾉ゛</p>
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085329.html</link>
<pubDate>Tue, 03 Jan 2017 00:22:50 +0900</pubDate>
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<title>徒弟制度とブラック企業</title>
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<![CDATA[ つづれなるままに、、、<br><br>少しお酒も入っている。<br><br><br>最近、患者様方との間のストレスは本当に減ったと思う。<br>一方、スタッフとの間のストレスは増加するばかりである。<br><br>何故か。<br><br>どこかのエステティックサロンオーナーがブラックな発言をしてつるし上げられていた。<br>労働基準法をきっちり守っていては仕事にならない、というような内容だったような。<br><br><br>確かに、明日、明後日、明明後日のビジョンを描けないまま、しんどい仕事をやり続けることは苦渋でしかないだろう。<br><br>例えば、親方が、こうこうこういうビジョンで仕事をしていく。<br>だからみんなはそれについてきてくれ、こうこうこういうふうに仕事をしていこうと言い、職人がそれを踏襲し、徒弟達に様々なことを覚えさせ、仕事をさせる。<br>徒弟は職人達の技術を見て覚え、自分のモノにしていく。<br><br>はっきり言って30年前の私の研修時代は徒弟制度そのものだった。<br>そう自嘲気味に他人に話していたが、自分の中では なにくその気持ちしかなかった。いつかは。。それだけを支えに頑張った。<br>そんなモノだと思っていた。<br>労働基準法は当時からあったが、基準局に訴えようなどという気はさらさらなかった。<br><br>10年20年前は、獣医師だけでなく看護士さんたちも、日々行っている仕事の内容に誇りを持ち、しんどい仕事もさほど文句をいわず頑張ってくれていた気がする。<br><br><br>昨今は違う。<br><br>ウチの病院がブラック だからではないと思う。<br><br>徒弟制度には、闇の部分もあっただろう。搾取的なことも横行していたのだろう。<br>良いことばかりではないのはわかっている。<br><br>ただ、技術職は、9時5時仕事だけでは成り立たないのではないだろうか。<br>私達の業界だけではない。<br>ヒトの医療もそうだろう。<br>命は24時間365日だから。<br><br>どこかに徒弟制度的なモノは残っているはずだ。<br>善し悪しは別として、そうでなくてはどうしようもない部分が。<br><br>しんどい仕事にはそれに見合った報酬が必要だ。<br><br>私達の業界は正にピンキリ。技術的にも料金的にも。<br>そのことの是非に関しては過去にも書いたが、私はできるだけ料金を統一した方が良いと思っている。<br>そしてそれをできる限り何らかの公的なあるいは互助的な保険制度(民間のではなく)に昇華させる。<br>そうできた方が利用する方々の利便性が圧倒的に上昇すると思っている。<br><br>我々業界の仕組みは、なんかまだまだバラバラで統一感がない。<br>そんなものだとの了解の下、医療提供側もされる側もきちんとしたとはいえない暗黙の契約の下、日々の診療が行われている。<br>診察内容だけを考えて診療行為ができないのは、ヒトの医療のはるか彼方の領域である。<br>料金のこと、ご家族動物の様々な負担のこと、気持ちのカウンセリング、諸々そういったことを日常の診療の中で処理しているわけである。<br>謂われのない誹謗中傷を受けることもある。<br>獣医師になることが案外大変で、偏差値も一部は人の医学部とかぶるくらいだということはじわじわ知られるようになり、ケチョンケチョンな扱いを受けることは少なくなったが、ご自分の動物に対する意識が低い人ほどそういう態度であるような気が私はしている。<br><br><br>動物病院で仕事をする人達が、ある程度理にかなった条件で、しんどい作業にはそれに見合った報酬も得られるようにしたいと経営者として思う。強く思っている。<br>それには、まだまだ我々動物医療に対しての一般の皆様の意識向上へ向けての地道な診療活動、啓蒙活動、お金儲けだけでない公益に関する奉仕的な活動、等々を推し進めていくしかないのだろう。<br><br>ブラックな病院と呼ばれないように、就労条件もどんどん改善できることは改善していきたい。<br><br>それにはやはり、一般の利用者の方々に、納得していただける動物医療をご提供していくしかない。<br><br>そして話はグルグルと続く。。。<br><br>日々是精進。<br><br>落ちもまとまりもない文章にお付き合いいただいて、誠に恐悦至極に存じます。<br><br>では、また。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085326.html</link>
<pubDate>Mon, 19 Jan 2015 00:49:25 +0900</pubDate>
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<title>『信頼関係』ということ</title>
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<![CDATA[ "患者様との信頼関係で成り立っている。"<br><br>我々の仕事を説明する際に、必ず入る一文。<br><br>『信頼関係』『信頼』とは、、、?<br><br>Wikipediaでは<br>「信頼（しんらい）とは、相手を信用し、頼りにすること。信用が、「悪いようにはしないだろう」程度の消極的な人間関係であるのに対し、「自分の味方になってくれる」との、積極的な意味合いがある。」<br>広辞苑でも同様のことが書いてある。<br><br>我々側の気持ち、スタンスは正にその信頼を得ようと努力を続けることにある。<br><br><br>仕事には失敗はつきもの。<br>ビジネス書などにはそんな文言が踊る。<br><br>実際、完璧な人間など居ないだろう。<br><br>しかし、医師や獣医師には、その完璧が求められているのではないだろうか。<br><br>そんなこと無理です、と言いたいのではない。<br><br>失敗してもおかしくない人間が、極限まで突き詰めて、それを限りなく排除したところで作業する。<br><br>その場が病院だと言いたい。<br><br>そして、それを己にも突きつけたい。いつも。<br><br><br>病院は、砂上の楼閣、でもある。<br>『信頼』という形のないものの上に成り立っているものだから。<br><br>それだけに、人の気持ち、我々獣医師だと、人の気持ちと動物の気持ち両方を常に考えた医療を心がけていかなければならない。<br><br><br>病気が治ってなんぼの世界。<br>現在はそうではない。<br><br>病気が治り、ご家族の納得・安堵が得られ、さらに信頼されてなんぼのもの。<br><br><br>病気を治すことの、遙か彼方の信頼の塔。<br><br><br>それを目指して、今日も進み続ける。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085324.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Apr 2014 11:36:08 +0900</pubDate>
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<title>母の四十九日</title>
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<![CDATA[ 　母が亡くなり、四十九日を迎えた。<br><br>　家の宗教である浄土真宗では、故人は臨終と同時に仏になると考えるので、四十九日までの期間は、故人に対する追慕、故人を通して「生と死」について考え、謹慎し求法の生活をする期間であるという。<br><br>　それに従ったわけでもないが、この7週間、私はtwitterもFBもほとんどお休みしていた。<br><br>　静かに、いろいろ考えていたのは事実である。<br><br>　何も書かなかったが、ちゃんと粛々と診療はしていたし、いろいろ活動もしていた。<br><br><br>　さあ、ここから溜め込んだ言葉達を一気に発散させるぞ、というような"充電"をしていたわけではない。<br><br>　本当に静かにしていただけである。<br><br>　だから、これ以降も少しずつ、twitterやFBで話し始めようと思う。<br><br><br>　<br>　<br>　母が亡くなった夜、不思議と、私は泣かなかった。<br>　葬儀社や東京の兄と連絡を取り合ったりしていた。<br>　それからも、泣かなかったわけではないが、想像していたような大泣きは、結局今までしていない。<br><br>　<br><br>　今日、法要の後、五人の兄弟でこれからを話し合った。<br><br>　幸い、父母は大した財産を残さずに逝った。<br><br>　それでも4時間は話し合うことになった。<br><br><br>　母と一緒に暮らし、ずっと介護してきた下の姉に対する感謝の言葉も皆から聞けた。<br>　何かあれば助け合う、そういう気持ちも確認出来たように思う。<br><br>　父と母を亡くした兄弟。<br>　その内生まれ育った家も他人の手に渡るかもしれない。<br>　帰る家を兄弟は失う。<br>　そのような状況で、兄弟であり続ける心の拠り所はどこであるのか。<br>　そもそも兄弟とは何か。<br>　家族とは何なのか。<br><br><br><br>　兄弟や家族とは他人から見れば顔や雰囲気がよく似ている集団だろう。<br>　似ていること、それは親近感につながり、自分を大切に思うように相手も大切に思うようになる。<br>　似ていることとは、自分以外を愛する第一歩かもしれない。<br><br>　<br>　姿形だけでない相似性。<br>　惹かれる条件のひとつかもしれない。<br><br><br><br>　<br>　広い宇宙の芥子粒にもならない星の上の瞬きほどの命たちに幸多からんことを。<br><br><br>　一秒が永遠になる。<br>　そんな気持ちを持ち続けたい。<br><br><br>　<br><br><br>　
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085323.html</link>
<pubDate>Sun, 17 Nov 2013 22:51:49 +0900</pubDate>
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<title>食べるということ</title>
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<![CDATA[ 　「ものの食い方には人間の品性が出るぞ。生きる力がどんだけ強いかは食い方を見れば分かる。生きるとはすなわち食う事だけんな。あの男はええ」と言ったのは朝のテレビ小説「ゲゲゲの女房」ヒロイン布美枝の父源兵衛である。<br><br>　今、私の母はリハビリテーション病院に入院している。<br>　昨日も姉と見舞いに行った。<br>　姉の希望で昼頃に行き、姉が直接母が食べる手伝いをする。<br>　姉は極力母が自らスプーンを手に持って、口にまで運ぶように仕向ける。病院のスタッフさんは時短のためか、安全のためか、母自ら食べる機会が少ないように思えるからだ。<br><br>　リハビリテーション病院の他の患者さんを見ると、母よりも大変そうに見える人も、食べさせてもらいながらしっかり咀嚼し嚥下している。<br>　"食欲"とは生命欲の基本なのだとつくづく思う。<br><br>　母は今年90才になった。<br><br>　リハビリテーション病院の中にも経腸チューブで栄養を取っている人も少なくないらしい。<br><br>　自分の脚で歩く、ということが今の母の課題であるが、リハビリテーションをする毎日、その時間の中でも、母の筋力が日々衰えていくのも見ていてかなしい現実である。<br><br>　生きるとはすなわち食べること。<br><br>　あとはいつまで口から食べてくれるか。。<br><br>　<br>　食欲をなくした動物が、回復にむかい食べるようになってくれる時、我々動物医療の現場の人間はこの上ない喜びを感じる。<br>　命がつながった瞬間ととらえるからだ。<br><br>　命をいつまでもつなげていってほしい。<br><br>　この世に生まれ、やがては去って行くすべての命あるものに。<br><br>　<br>　食べるということ。そして何を食べるかということ。どう食べるかということ。<br>　私はもう一度、限りある命を生きる動物たちの食べるということを単に栄養学からだけではなく、考え直してみたいと思う。<br><br>　「おなかすいた」という感覚があまりない、最近の私ではあるが。。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085320.html</link>
<pubDate>Mon, 10 Dec 2012 12:46:41 +0900</pubDate>
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<title>動物のご家族</title>
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<![CDATA[ 　バオではペットを改め、"動物"、飼い主さんを改め"ご家族"と呼ぶことにした。<br>ただ、私自身もまだ慣れていないので、飼い主さんやペットさんと呼ぶことがあるかも知れない。25,6年、そう呼んできたのだから。<br><br>　さて、動物病院においても様々な問題が起こる。小さなものから大きなものまで。<br><br>　動物のご家族が複数おられる場合に、それはよく起こる。<br><br>　何故か?<br>　説明が行き届かないことが第1の原因だと思う。<br><br>　動物病院における病状の説明というのは、以前にも書いたが、一番大事なところであり、また一番苦労するところでもある。<br>　ご家族は、ご自分のご家族の動物の容体が心配で、我々の話を聞く、あるいは聞いているようで上の空のこともあるだろう。<br>　その方がお家に帰られ、その他のご家族にその内容をどれだけ正確に伝達できるだろうか? あるいは伝達しようとしておられるだろうか?<br><br>　その点、いつも同じ方だけが来られる場合は、そんなに苦労がない。<br>　どんな風に病院側が対応し、話し、診療を進めているか、方針はどうか、繰り返し同じ場所にいていただくことで、言葉だけではないものも多少は伝わっている、と信じて我々は日々診療している。<br><br>　しかし、である。<br>　例えば容体が悪化したり、命に関わってきた時に今までお会いしたこともないその他のご家族が突然登場され、「一体どういうことか?」と問われる。<br>　病院側は、時間の許す限り、はじめからの経過を説明することになる。しかし、それはあくまで言葉による説明であり、ある程度事後報告的でもある。納得度を高く期待するのは難しいと考える。<br>　<br><br>　ウチの病院でも、必要がある時は、できるだけ時間をとってご説明するために、いつも来られている方以外のご家族とも一緒に面談するようにしているが、すべてそうできるわけでもない。<br><br>　電話だと、通常電話口のお一人と話すことになり、効率も良くない。気持ちもあまり伝わらない。<br><br>　<br>　ご家族の構成までは把握せず、診療にあたる事がほとんどである。<br><br>　一方、ご家族に病状の説明をする義務が我々病院側にあることもわかっている。。。<br><br>　<br><br>　結論。いつも来られている方以外の方は、いつもは病院に来られていない、ということを前提に我々に接していただきたいと思う。わからないことがたくさんあって当然なのだから。<br>　我々も、はじめからのことを全力を傾け、ご説明するように努める。少しでも納得度を上げられるように努力する。<br><br>　加えて、病院側からの、これは希望であるが、<br>　ご自分のご家族である動物さんの健康状態の把握を、お忙しくても、離れておられても、極力いつも気にかけていただき、"その都度"、病院となんらかのコンタクトがとれれば、ご家族、病院双方にとって、より良い関係の構築につながるのではないかと、思うのである。<br><br>　<br>　今回は、少し病院サイドに偏った内容に思われたかも知れない。<br><br>　ただ、愚痴に聞こえたなら本意では無いが、我々獣医師は、動物の病気と日々闘っているのであって、ご家族のご協力の下、動物に最善の治療をしたいと願ってやまない者であるということである。<br>　("最善の"治療というのは、何も最新のという意味ではなく、ご家族にとっても、動物自身にとってもさまざまな意味でトータルに"最善の"という意味である。今までにも書いたが。)<br><br>　ご家族のご協力が是非とも必要なのである。<br>　そのための説明などに労を惜しむなどあってはならないことである。<br>　ご家族と言い争ったりしたいとは、ほんの少しも思ってはいないのである。<br>　<br>　<br>　ご家族が納得され、そして、安らかな平穏な日々を動物たちが過ごすことが出来ることを、何より何より希望している者、それが小動物臨床獣医師なのだから。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085319.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Aug 2012 15:53:50 +0900</pubDate>
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<title>リハビリテーション病院</title>
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<![CDATA[ 今日はセミナー学会の無い日曜だったので、母が入院しているリハビリテーションの病院へ見舞いに行ってきた。<br><br>母は脳梗塞を患っていて、誤嚥性の肺炎も複数回患っている。<br><br>今日行った時、母は昼食中だった。<br>が、いつもと違う。頭をうなだれて、食べていない。<br>看護師さんが声かけをしているが反応が無い。<br>熱があると、朝は食べたと、看護師さん。<br><br>結局そのままベッドへ行って寝込んでしまったので、しばらく付いていて、そして帰宅した。<br><br><br>「リハビリテーション総合実施計画書」なるものを見せてもらった。<br><br>そこには、いろんな職種の方々のコメントが書かれていた。<br><br>医師、看護師、理学療法士、作業療法士、言語聴覚士、ソーシャル・ワーカー、介護士、管理栄養士、薬剤師、合計9種の方々。<br>恥ずかしながら初めて見る職種もあった。<br><br>ひとりの人間の治療・看護にそれだけのチームで取り組んでいる。<br>人間の医療と動物の医療の差をまざまざと感じさせられた。<br>が、しかし、人間の医療のリハビリテーション分野も、まだまだ発展途上なのだろうということも感じた。<br>試行錯誤の結果がより良いものであってほしいと願う。<br><br>我々の動物医療の現場では発展途上どころか、まだまだ始まったばかりである。<br>だが動物のリハビリテーションの学会もできたので、私も入会した。<br>一歩一歩、一頭一頭の動物が毎日を少しでも快適に過ごせるよう、精進していく覚悟である。<br><br>母のことは地元に住む姉が主にみてくれているが、また今日のように時間をつくって見舞いに行こうと思う。<br><br>父の時がそうであったように、母の病と添うことは、自分の動物医療へ向けての新たな闘志へと繋がっていく、とも考えるから。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085317.html</link>
<pubDate>Sun, 15 Jan 2012 17:04:48 +0900</pubDate>
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<title>息子の成人式</title>
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<![CDATA[ 変なタイトル、ではなく、普通の意味である。<br><br>今日、末っ子の長男が成人式を迎えた。<br><br>自分以外の家族、親族、息子の友達、今までいろいろ教育していただいた先生方、現在教育していただいている大学の教員の方々、その他息子の成長に何らかの形で関わっていただいた皆様に、深く、感謝致します。本当にありがとうございました。<br><br>これから彼は正真正銘、日本という国のひとりの成人男子としてのいろいろな責任を負っていくことになるのでしょう。<br><br>善くも悪くも、私の息子、ではなく、息子個人の名において、発言、行動すべてに責任を持たなくてはならなくなる。<br><br>私の二十歳は、バブル前のまだまだ日本イケイケの時代だった。<br>世の中は右肩上がりだったのである。<br><br>今は違う。<br><br>厳しい時代に成人式を迎えた息子や全国の新成人に、私たちは良き国としての日本を受け継いできたのだろうか。来れたのだろうか?<br><br>否。<br>としか言えない。<br><br>日本が、とか言っているが、実は、これからは今まで以上にもっとほんとの意味で全世界的な繋がりや幸せを求めていかなくてはならないのではないかと思っている。<br><br>景気が悪くなり、自分の事だけで精一杯。他の人のことなんて知らない、ましてや他の国のことなんか。<br>と思うようになってしまいがちであろう。<br><br>しかし、そういう偏狭な考えの下には本当の意味での富や幸せは来ないんじゃないか。<br>短期には自分だけ良ければ、みたいな人や国が栄えるであろうが、長期には、自分だけでなくまわりのみんなが幸せになるような考え方の人や国が繁栄するように思う。<br><br>歴史は繰り返す。<br>しかしこれからは繰り返すだけの歴史なら、すぐにでも地球規模で人類は滅亡してしまう。<br><br>もう同じ歴史を決して繰り返さないよう、本当の意味で全体を考えられる大人になってほしい。<br>弱きを助け、強きを挫くのでもなく、弱きはもちろん助け、強きも味方につけて正しい方向へと繋げていく、そういう強さをもった大人になってほしい。<br><br>世界的に不安定な時には、独裁的な人物にいろんな裁量をあずけてしまい、気がつけばとりかえしのつかないことになっているような、そんな事態にならないよう、私たち世代はしっかり見ていかねばならず、必要な時にはちゃんと行動しなくてはならない。<br><br>それぞれの世代で、それぞれの立場で、それぞれの地方で、それぞれの国で、みんながみんなのためを思うような、もうそんな時代、いよいよそんな時代なんだと、私は思う。<br><br>優しいだけでは生きていけないが、強いだけではすぐにだめになる。<br>「しぶとさ」が何より必要なのではないだろうか。<br><br>まとまらない文章にお付き合いいただき恐縮である。<br><br>若者は未来そのもの。<br>つまり私は息子の成人を通し、未来への希望を少し書いたのである。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085314.html</link>
<pubDate>Mon, 09 Jan 2012 19:16:07 +0900</pubDate>
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<title>謹賀新年</title>
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<![CDATA[ あけましておめでとうございます。<br><br>どのような新年をお迎えでございましょうか。<br><br>今年の元旦は家族そろって近くの神社に初詣に行ってきました。<br><br>昨年は長男が受験のため神にもすがる思いで拝んでいました。<br>おかげさまで昨年春から北の大地で獣医学の勉強を少しずつ始めております。<br><br>今回帰省して少し話したところ、本人は伴侶動物の方向を目指しているようなことを話していたような、気がします。<br>北の大地に鍛えられながら、しっかり勉強してほしいと願っております。<br><br>もちろん私も息子に負けないくらい勉強しなくてはと決意しております。<br><br>大震災の復興どころか、日本は益々厳しい状況へ向かっていると感じているのは私だけではないと思います。昨年以上に厳しい状況の中、我々臨床獣医師はいかに「良い」診療をしていけばいいのか。経営的な技術などに陥らず、本当に患者様方が望んでおられる診療をとことん追求していかねばならず、そのためには、粉骨砕身努力するしかないとひしひし感じております。<br><br>皆様そして皆様のかわいいパートナーたちにとって、健やかで安らかなる日々が１日も長く続きますよう、心より祈念致し、2012年初のご挨拶とさせていただきます。
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085313.html</link>
<pubDate>Mon, 02 Jan 2012 00:01:49 +0900</pubDate>
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<title>息子の進学</title>
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<![CDATA[ 末っ子で長男が、この春、獣医科大学に進学しました。一浪でしたし、今回もスレスレでした。<br>親は、ヒヤヒヤでした。<br>でも、よかったと思っています。<br>ありがとうございます。<br><br>息子の進路については、何回も本人と話をして、家業というものが負担にならないよう、自由な選択をしてもらうようにしてきました。<br>結果的にいまのところ同じ道を進むことになりましたが、今思うと、自由にしていいよと、ほんの少しさみしい顔でしゃべっていたのかもしれません、ごめん、息子。<br><br>病院の後継者になるかはまだわかりません。<br><br>大学で6年勉強した後、本人の意志にまかせるつもりです。<br>また、少しさみしい顔でたぶんしゃべります。<br><br>私は、これからも、動物医療の現場を、働く側、患者様の側、両方の側にとってより良いものになるよう、これからも努力を続けいてく所存です。<br><br>さて、これを書いている4/12、東日本大地震の余震も続いています。<br>福島原発もレベル最高の7になりました。<br><br>我々がより良い動物医療を進めていく上で、まず日本が元気を取り戻すことが非常に大事なことなのは明白です。平和・平安無くして、我々の仕事はないと思っています。<br><br>ですからひとりの日本人として、復興に向け、これからの長い道のりを、必ず全力挙げて支援していくこともここに誓います。<br>今は後方支援をきっちりして、時が来れば実際に動こうと思っています。<br><br>震災に遭われた方々には心よりお見舞い申しますと共に、同じ国に同じ時を過ごす者として、やれることを最大限やっていきたいと思っています。<br><br>震災に遭わなかった人達!!一緒にがんばりましょう!!<br><br>2011.4.12
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<link>https://ameblo.jp/anidocbao/entry-12535085311.html</link>
<pubDate>Tue, 12 Apr 2011 21:22:38 +0900</pubDate>
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