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<title>ウヰスキーの消えた風景</title>
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<description>かつて、これに似た名のブログを持っていた存在の生存報告またはレゾン・デートルのような何か</description>
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<title>光明が辻</title>
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<![CDATA[ <p>蒙（もう）を啓（ひら）くと書いて啓蒙（けいもう）と読む。</p><p>無知蒙昧という言葉があるが、無知という暗闇に囚われている状態をいう。</p><p>無知から解放するというのが啓蒙となる。</p><p>しかし、物々しいものだなと思わなくもない。</p><p>それに、この言葉を子供の頃から聞いて育った。</p><p>どういう家か疑問に思われるだろうが、使っていた親も辞典で引いて意味をしかと理解して使っていたかは分らない。</p><p>啓蒙の前に「新聞」を付けて「新聞啓蒙」と言っていた以外に聞いた覚えはないのだから。</p><p>勧誘と言わずに啓蒙と語る。実に宗教だなと思わざるを得ない。</p><p>何の宗教か語ると面倒な事になる（上の単語を知っている人なら既に分かるだろうが）ので言わないが、30年近く連立与党を組んでいた党の支持母体と書けば伝わるだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>啓蒙という言葉を使っていたかは分からないが、そういう信条を持つ思想や、類した名を持つ組織が世にはある。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば共産主義。</p><p>かつて熱烈に広まった時、彼らはこのように考えていたと聞く。</p><p>「理性の光で世の中の闇を全て照らし出す事が出来る」と。</p><p>理性云々は一時期の熱病の様なもので、今でこそ批判的に見られている科学というのも理性の塊な訳で、昔は科学万能という風潮が当たり前だった。</p><p>証拠が確実に出る科学と違い、頭の中だけの話（共産主義に限らないが）は、時と場合によっては感染症のように広まったり、根強く残っていたりする。</p><p>かつてのペストや近年の話を持ち出すまでもないが、こじらせた風邪が長引いて咳が止まらないかのようである。</p><p>&nbsp;</p><p>ただの風邪なら風邪でいいのだが、それを腸チフスだヒ素中毒だと、あさっての診断をして、荒唐無稽の治療を施す。</p><p>今も昔も変わらない有様を、怪しげな話を持ち出しつつ書く。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>啓蒙を宗とした思想については上述した通り。</p><p>では類した意味の名を持つ組織とは何か？</p><p>陰謀論者がよく語る「イルミナティ」がそうなる。</p><p>この言葉は「光を掲げる」だとか「明かりを灯す」という意味で、悪意を微塵も感じないが、皮肉めいて書いた共産主義の信条と似てはいる。</p><p>しかし、現代では悪の結社の名として流布している。</p><p>この名称を最初に公式に掲げたと考えられるのが、西暦の１７００年代だったか、アダム・ヴァイスハウプトという人物がドイツのババリアで結成した時だった。紀元前まで遡れば他にもあるかもしれないが、主眼ではない。</p><p>中身も世に理性の力を広めようという知識人が集まった思想集団だったので、看板に偽りなしだったと言えよう。</p><p>しかし、当時のキリスト教会全体かは不明だが、科学的な理性というのは都合が悪いと思ったのだろう、会派の一つのイエズス会の神父が「彼らは悪の組織だ」とプロパガンダを行なったり、内部分裂の工作を計ったという。</p><p>イエズス会の働きかけについては日本語版のウィキには記述がなく、英語版では確認できるとは何年か前に聞いたものだが、今はどうなっているかは分からない。</p><p>ババリアのイルミナティなのでババリアン・イルミナティと呼ばれる。</p><p>バーバリアンと表記しているのもあった気がするが、それでは野蛮人の集まりかと勘違いしようもの。</p><p>世論工作に分断で崩壊し、消えたか地下に潜ったらしいが、それが現代で罵られる「イルミナティ」に繋がっているのかは怪しい所である。</p><p>これは聞いただけの話だが、ラテン語の知識があれば陰謀論に触れていなくても「イルミナティl」という言葉に惹かれる一般人はいる。</p><p>なので、「イルミナティ」を称する組織は数多ある。</p><p>&nbsp;</p><p>どいつもこいつもドイツから繋がっているのだ陰謀結社だ、とするのだろうか。無理がある。</p><p>大学のサークルがそう名乗っていたとして、中身はシュタイナーの読書会なら、悪の秘密組織とどう繋がるのか考え難いものである。</p><p>シュタイナーはルシファーを肯定的に書いているので悪党だという、知性をかなぐり捨てたような批判もできなくはないが、キリスト教というより教会原理主義レベルの批判というより信仰の押しつけである。</p><p>ヤクザが慈善事業的な事をしていたりするというのもあるので十把一絡げには出来ないとしても、ただのサークルまで巻き込むのは想像力が豊かですなとしか言えない所ではある。</p><p>これは正にただの風邪を腸チフスだヒ素中毒だと言い募るのと似ている。</p><p>それは本当にヒ素中毒なのか？と問うても聞く耳を持たなくなっている。</p><p>中毒しているのはどちらかと、首を傾げる事しきりである。</p><p>&nbsp;</p><p>最近の陰謀組織の名称としては、これらの上にあるのだ！的な存在として、ニンテンドーではないD.Sというのがある。</p><p>つい最近できた言葉なのかと思ったが、なんと、昭和の戦時中の新聞に「地下政府」などと書かれていたそうな。敵国へのプロパガンダだったのかは分からない。</p><p>当時の井戸端会議で「米国の地下政府が」とか「ユダヤの秘密組織が」と言った会話がなされていたとかなんとか。</p><p>当時の新聞も嘘っぱちが多かったので、新聞に書いてあるから本当だとは言い切れないが、どこからかそういう情報が出回っていたのだろうと考えられる。</p><p>ただ、終戦後にはこの手の話は新聞にまったく書かれなくなったという。</p><p>デマだから消えたのか、真実だから消えたのか。</p><p>その辺りは分からないが、不審を感じられてもおかしくはない。</p><p>&nbsp;</p><p>と、長々と書いて来たが、組織がどうこうというのは余り関心がない。</p><p>そういうのは専門家？に任せておくのがよい。</p><p>医者でも風邪を誤診する時があるので、自称専門家とやらは眉に唾して見る程度でよいのは言うまでもない。</p><p>&nbsp;</p><p>それより気になるのは心理構造やその動きである。</p><p>&nbsp;</p><p>ユダヤ人が陰謀を働いていると言い出したのは誰か？</p><p>特定個人なら某総統になるが、これらはずっと昔からある。</p><p>個人ではどうしようもない状況で出来上がった憤懣を、直接関係ない対象にぶつけるというのは現代でもあるが、大昔のヨーロッパではそれがユダヤ人に向けられた。</p><p>こういう憤懣の原因は大抵は経済事情から来るもので、なおかつ近年までの日本と同様、大昔の欧州人も金銭は汚い物と考えさせられていたので、金融業はユダヤ人に押し付けていた。</p><p>そんな大半のバカより遥かに賢いユダヤ人が成功しない訳もなく、自分の愚かさを棚に上げて（一概には言えないだろうが）不満解消のためにでっち上げられた、という経緯があるという。</p><p>「それでも、そう思われる程ユダヤ人にひどい所があったに違いない」という、言いがかりに近い話を某物理学者が開陳していたものだが、現代人ですら視野狭窄で妄言を吐くのだから、もっと視野が狭かったと考えても差し支えない中世人なら燎原の火の如く広まってもおかしくはないだろう。</p><p>「そういう酷い事を言う日本人がいるのだから、日本は悪い人の国だな」と言われたら、反論の余地が無くなるだろう。</p><p>といっても、ユダヤ人には奇妙な選民意識があって、他者を見下す意識が強いのは事実ではある。全員ではないだろうが。</p><p>&nbsp;</p><p>さて。啓蒙やらイルミナティやらで話が散らかってきたが、組織に関心がない、という話に戻る。</p><p>&nbsp;</p><p>戻るのだが戻らない話をするが、共産主義の歴史観というものをご存じだろうか。</p><p>階級闘争史といって、民衆は支配者に常に抑圧されてきて、それに反抗し続けてきたのだと、歴史をそう見ている。</p><p>実際、戦後にマルクス主義的な学者ばかり残された（公職追放で国粋的な思想の学者は追放された）ので、日本史もその見方のみで解釈されてきたという批判がある。</p><p>民衆だとか庶民というと具体性に欠けるので、全部に当てはめるのは馬鹿馬鹿しいという実例を書く。</p><p>昔、欧米では黒人を奴隷としてこき使ってきたというのが歴史的事実としてあるのは周知の話。</p><p>では、彼らはどうやって連れてこられたのか？</p><p>そりゃ船で、という話ではなく。</p><p>力づくでかっさらったのか？そういうのもあったろうが、全員捕まえるのは当時の航海技術では後悔するだろう。</p><p>現地で取引をしていたのである。</p><p>そして、「仕入れ」を担当していたのも現地人である黒人だった。</p><p>これだけで階級闘争史は瓦解しようもの。</p><p>だというのにこういう話は無視され、「黒人は皆辛い目に遭ってきた」という話ばかり流布されてきた。</p><p>この話も深入りすると面倒になるが、飽くまで例として挙げたに過ぎない事をお断りしておく。</p><p>&nbsp;</p><p>階級闘争史の話に戻る。</p><p>&nbsp;</p><p>要約すると、支配者が常にいて、民衆は常に支配と抑圧を受けていると考える。</p><p>この理屈。どこかで見た覚えはないだろうか？</p><p>&nbsp;</p><p>まるっきり陰謀論者の理屈である。</p><p>&nbsp;</p><p>共産主義者は陰謀論者だった？という話ではないが、多分変わらない。</p><p>&nbsp;</p><p>先日書いた、某翻訳者。</p><p>&nbsp;</p><p>そ奴の卒論は「共産党（思想？）が世界を裏から支配している」という内容のものだったと、その概要をＨＰに書いていた。</p><p>今ではそれを「イルミナティ」としたらピッタリ当てはまると。</p><p>起点と結論以外は賛同できるかなと、今では思う。</p><p>&nbsp;</p><p>起点と結論に何故賛同しないのか？</p><p>&nbsp;</p><p>彼奴の翻訳書に書いていたはずだ。</p><p>&nbsp;</p><p>その翻訳書の原著者は先日ぶ書いたデーヴィッド・アイクだが、彼はこう述べている。</p><p>曰く「イルミナティは組織ではない」と。</p><p>ロスチャイルド・シオニストだったか、そういう支配者層が指令を下す時に使うネットワークの名称であって、特定組織を指してはいないのだと。</p><p>&nbsp;</p><p>また戻るが、陰謀論者の理屈が階級闘争史、つまり共産主義者と変わらないと書いた。</p><p>こういう考えを持つ人間が全て共産主義者だとは言い切れまい？</p><p>なのに同じ思考回路を持つ。何故か？</p><p>&nbsp;</p><p>昔のヨーロッパ人が己で解消のしようがない不満をユダヤ人にぶつけたように、困り果てた人は似たり寄ったりの行動をする。</p><p>貧すれば鈍する、という奴である。</p><p>&nbsp;</p><p>どこかの誰かが指令しなくても、もしくは直接そう仕向けなくても貧させて鈍させれば、皆同じ事をしでかす。全員でなくてもそうなる人は一定出る。</p><p>&nbsp;</p><p>これは近年構築されたネットワークではなく、人が常に陥る可能性のある隘路であって、秘密結社がどうこうという話ではなく、本能の迷走が起こしているのである。</p><p>&nbsp;</p><p>秘密結社がいようがいまいが、人は本能の、本能に沿った感情の刺激を常に受けている。</p><p>つまり感情に流されているのだが、その感情を見つめて制御するか乗りこなすかをしない者は自身と見なす物以外の何かのせいにするのが世の常である。</p><p>弘法も筆の誤りというように常に乗りこなせるものではないが、失敗するのと最初から考えもしないのとではまるで違う。</p><p>&nbsp;</p><p>アイクの言う「イルミナティ」は、どこかの誰かが指令に使うネットワークではない。</p><p>貴方の中に元から備わる光明、つまり「イルミナティ」に対して目を背けているから、他者の「イルミナティ」に乗っ取られているのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>人は皆「イルミナティ」である。</p><p>自身の身を自身で照らすか、他人に照らしてもらうかの違いでしかない。</p><p>他者の光は時としてありがたいし、また己の光で他者を照らすのは実に有意義である。</p><p>だが間違えないでほしい。</p><p>光が反射しなければその物体を認識できない。</p><p>つまり反射も含めて光を出せなければ、それは全てを暗闇に閉ざす、無明の闇なのである。</p><p>貴方の「イルミナティ」はどちらかな？</p><p>それはどちらでも結構。結社のせいで結構だ。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976994237.html</link>
<pubDate>Fri, 28 Aug 2026 02:04:08 +0900</pubDate>
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<title>華麗なる邪霊の嘉例</title>
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<![CDATA[ <p>エナジー・ヴァンパイアという概念がある。</p><p>西洋の心理学で研究されていると聞くが、内容は「いじめっ子がいじめるのは、いじめた相手から生命エネルギーを吸収するため」というもの。</p><p>まさかそんな話を、と思われるかもしれない。</p><p>日本では当たり前すぎて気にしない現象を、外国人が気になって研究して名を付けたというものの一つに、ラポールというのがある。</p><p>お茶が飲みたいと思ったら丁度出されたとか、言ってもないのに通じてたといった具合の現象を、日本語では名を付けて言い表していない（気が合った、という程度）が、そういう現象に付けられたという。</p><p>&nbsp;</p><p>では冒頭の他人のエナジーをドリンクする奴も無いのかというと実はあって、生霊（いきりょう）がそれに当たると言っている人がいた。</p><p>生霊とは生きている人間が思念体を飛ばして対象に憑りつかせて、といった具合である。</p><p>憑りついて肩もみするとかそんな呑気な話ではなく、対象の精力を削ぐという剣呑な話である。</p><p>恨みをぶつけて晴れ晴れとしたから生霊を飛ばした方は元気になるのか、相手の元気を奪っているから元気になっているのかは分かりにくいが、恐らく奪っているからだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>前にも書いたが、「たまげる」は魂消えるで、驚いたりするような衝撃を受けると魂が飛び出して身体から消えるという意味合いから来ており、約まってたまげるになったと言う。</p><p>生霊にしろ社会問題になっている意味でのいじめも、相手に衝撃を与えて「魂消え」させて、飛び出た魂を、もしくはその魂から掠め取っていると言える。</p><p>&nbsp;</p><p>腹は満たせても生命力は満たされない。</p><p>これが人の難儀な点の一つと言える。</p><p>&nbsp;</p><p>オカルト染みた話でさらに続けるが、気功でいう気。</p><p>これも生命エネルギーと解釈されており、生まれ持った気と後天的に獲得できる気の二種に大別される。</p><p>前述の気は寿命と同じである。無くなれば生命体の死であり、人によって総量が異なる上に増やせない。</p><p>後述の気は訓練で伸ばせるという。しかし、訓練しなくてもこの気を伸ばせる人がいる。</p><p>それは女性。トランス女性は却下。</p><p>差別ではなく、正確に言えば女性の体内にある子宮が理由だからである。</p><p>男性の場合は呼吸法などの訓練で作り出すか、人から貰うしかない。</p><p>女性の尻を追いかける好色漢は、実はこれかもしれない。</p><p>女性の子宮は月の物と言ったりするように、常々生命誕生に関わる動きを日々行っている。</p><p>では呼吸法では意味がないのでは？と思われるかもしれないが、呼吸法とはその方法や用途によるが、肺腑にのみ息を入れる事ではなく、五臓六腑に刺激を与える事によって熱を産生し、気を発する方法である。</p><p>その意味ではほっといても動く子宮も他の内臓も同じと言える。</p><p>暑いからと冷房に当たり続けて冷たい物ばかり食えば、食欲が減って元気がなくなるだろう。</p><p>手足もだが、内臓が冷えて動きが鈍くなっている。元「気」がなくなっているのである。</p><p>&nbsp;</p><p>と訳の分らん話を続けた。</p><p>&nbsp;</p><p>エナジーなんたらの話に戻る。</p><p>&nbsp;</p><p>いじめっ子＝エナジー・ヴァンパイアとなる訳だが、物語の吸血鬼が腹を空かせば人の生き血をすするのと同様、いじめっ子の腹の中の生命力がなくなったのですすりに来ると言う訳である。</p><p>気も生命エネルギーだと書いたが、自分で作れるのに人から奪うだけの、野党ではなく野盗の如くになっていると。</p><p>ただ、彼らの品性が下劣だからそうなったとは言い切れない。</p><p>いじめっ子の正体が暴かれた時、どういう事を耳にするか？</p><p>曰く「成績優秀でまじめな子だった」などという評価が飛び出ることがある。</p><p>実際にそんな証言を当事者から聞いたことがあるものだ。</p><p>あからさまに悪そうな奴という例が無いわけではないだろうが、親や環境に「いじめられた」が故の生命力の枯渇が要因となっている点では、あからさまに悪そうなのがいじめるのと見た目優等生のいじめっ子も本質的には同じとなる。</p><p>これに対して教育では生命の尊さをしっかり教えていくことが大事だ、と語る事が多い。</p><p>しかし、これまた矛盾するようだが、「いじめっ子」の内では自身の生命の危機を感じているから、寧ろ生命の尊さを教えるのはいじめを助長する事になるという意見すらある。</p><p>ではどうするのか？</p><p>&nbsp;</p><p>いじめっ子がいじめの対象に言ったりするものだ。</p><p>「お前なんか死んでしまえ」と。</p><p>それをそっくりそのまま返して教え込むのがよかろう。</p><p>別の方面にねじくれるが、その時はその時である。</p><p>「お前はいじめている奴に無価値だと罵っているな？それはその通りだ。無価値な物を見てはしゃげるのは、お前もそれと同等に無価値だから出来るのだ。お前は地を這うアリを見ては生きる価値無しと罵りながら道を歩くのか？」と。</p><p>どんな子供に育つか。恐ろしい結末を迎えそうな気もするが、こうなる。</p><p>命は尊いという響きはもっともらしく聞こえるが、そう聞こえるだけで実は何も響いていないのである。</p><p>&nbsp;</p><p>命の尊さという偏重教育は戦後からずっと続いている。</p><p>そういうのがしみ込んでいるから、しつこいが「インチキ霊媒師」の如くだったり、周りを無視した「映え」狙いの奇行だとか、いいね！やフォロワーの増減に一喜一憂したりだとかも、恐らく同じ理由だろう。</p><p>いいね！やフォロワーの増減という点から書くとすれば、あれは数字が増えれば生命力が増えたのと同義である。</p><p>実際は見せかけだが、文字通り命を賭けているからそう見える。</p><p>減れば生命力の減退。命の危機である。</p><p>増やそう増やそうと躍起になり、そしておかしなことをしでかす。</p><p>炎上狙いの奇行も変わらない。数が増える事で己の生命力が溢れ返っていると勘違いする。</p><p>そうして勘違いが過ぎて、世間が（呆れてだが）ひっくり返るような事をしでかすのである。奇行の件は前者のフォロワー数の件と軌を一にするところがあるが、全てが同じではないとは推測できよう。</p><p>&nbsp;</p><p>先ほどいじめっ子への躾の文句に「お前も無価値だ」と書いた。</p><p>かなり語弊があるので付け足しておく。</p><p>家で正坐するなり椅子に座るなりしてリラックスするとしよう。</p><p>スマホもPCも何も持たず見ず、ただぼんやりとし給え。</p><p>その時に覚える表現しがたい感覚。貴方の価値はそこにしかないのである。</p><p>それ以外の価値だと世間が押し付けてくるものは、まがい物かよくておまけである。</p><p>おまけが欲しいからと食べもしない量のお菓子を買い込むのと同じである。</p><p>食べられるならまだいいが、賞味期限の短い、例えば刺身の如くなら正気を疑われるだろう。</p><p>そういえば、（主に）外国籍のが子供のおまけつきのを買い込んで転売というのが問題になっていたものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>貴方は法外な値を付けた転売というような鼻つまみ者の行いをしていないだけで、「おまけ」を躍起になって集めている点ではそれらに負けるとも劣らないのである。</p><p>&nbsp;</p><p>おっとこれでは社会につかれた人々へのいじめになるな。</p><p>こちとら邪霊に憑りつかれて疲れているので何を言っているのかもう分からない。そもそも邪霊かもしれぬ。</p><p>&nbsp;</p><p>これまたしつこく書くが、件の「インチキ霊媒師」がこのようにこちらを罵ってきた、とは前にも書いたが再度書く。</p><p>「話もまともに出来ないのだから友人などおるまい？」とこの様に。話もまともに、の行りは実際に言ってきた。</p><p>その後、質問を改めて投げかけても一切無視の、話もまともに出来ないのはどちらか？という奇妙な具合になったもので、誰に向かって言っているのか今でもよく分からないほど笑える話ではある。</p><p>すかさず「お前は言い負かされると「お前はだからモテない」と泣きながらほざくオナゴか」と返したものだがさて。この言葉から指摘できることは一つ。</p><p>「わたしの価値は友人がいることにある」という自己紹介である。</p><p>家族も友人も掛け替えのないものではあるが、いずれ消え去る「おまけ」である。</p><p>人をモノ扱いするのか！と怒られそうだが、勘違いしないでもらいたい。</p><p>貴方の親の死を貴方が代わる事が出来ないのと同様、親が貴方の死を代わる事は出来ない。</p><p>親の死の間際、その傍らにいる貴方は親の生の「おまけ」である。</p><p>逆もまた然り。</p><p>そういう冷淡とも感じれる、人というより存在の有様。</p><p>こんな空恐ろしさを少しも考えた事がないか、もしくは無視し続けると、「おまけ」集めがついでの趣味ではなく人生そのものとなる。</p><p>貴方は他の誰かの「おまけ」かもしれないが、貴方が貴方自身を「おまけ」として扱っていては生命に対する冒涜であり、それこそ邪霊とやらに付け入れられることになるだろう。</p><p>※邪霊云々は件の「インチキ霊媒師」が実際に使っていた言葉。</p><p>世には邪霊に魂を抜かれた生ける屍がたんまりおる！</p><p>とこのような芝居がかった台詞で語ってはいなかったが、それを語る当人が邪霊使いか邪霊そのものだったという話である。</p><p>パワースポット巡りをしているだとか宇宙人や守護天使やマンデラがどうこうだとか神社の参拝の仕方を知っているだとか自然環境を崇拝しているだとかは決してスピリチュアルではない。</p><p>そのものではない、というべきだろうが、ともかく。</p><p>人の内にある自然を知ろうとするのが本当のスピリチュアルだろう。</p><p>それを忘れるから、他人はおろか己自身までも「おまけ」として不自然に扱っているのを省みる事がない。</p><p>そのくせ、社会に向かって邪霊だのと上っ面の言葉を吐く。</p><p>魂が抜けているから目の前の人間もそうだと決めて、「友人はいるか？」などとほざく。</p><p>お前はお前自身も、友人と呼んでいるつもりの他人すらも「おまけ」そのものとして扱っているから、そんな言葉が口を突いて出るのだ。</p><p>&nbsp;</p><p>邪霊にも邪霊なりに嘉例（かれい：めでたい先例の意）がある。嘉例というより前例踏襲というべきものだ。</p><p>それは実に退屈でありきたりな華麗さで、古色蒼然というより旧套墨守といった趣の、つまり昔から何度も見せられた上に、見せかけだけで中身はいつも空っぽというのが見え透いていて見苦しいと言う外にないものである。</p><p>そうなるのは加齢臭故か、などと言うとこちらも痛いな。</p><p>片腹痛くなるのでここで仕舞とする。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976857463.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 16:07:29 +0900</pubDate>
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<title>天のピク民</title>
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<![CDATA[ <p>『荘子』の外典だったと思うが、孔子がこう語っている。</p><p>「丘（孔子の名。姓は孔で孔丘となる）は天の戮民（りくみん）なり」と。</p><p>戮民の時点で「天の刑罰を受ける人」という意味になるそうで、天の、とつくと余計な意味になりそうだが、荘子のこの一節がある箇所には、天に愛される人は世間からバカにされる、ともある。</p><p>つまり、本当の意味で天から罰を受ける立場なのだと語っている事になる。</p><p>飽くまで『荘子』で書かれた話で、孔子自身が語った訳ではない。</p><p>孔子が当時から世間にチヤホヤされるだけだったかは定かではないが、後の大陸の歴史を見れば、長らく影響を保ってきた姿はそう捉えられても仕方がないとは言える。</p><p>&nbsp;</p><p>というわけで、引っこ抜かれる話をする。</p><p>&nbsp;</p><p>移民問題が大きな話題となっている。</p><p>飽くまで日本政府は移民政策ではないと語っているが、海外と日本での移民の定義がかなり違いさらに曖昧なので、その実態は移民政策なのだという指摘がある。</p><p>&nbsp;</p><p>その話はさておき。</p><p>&nbsp;</p><p>海外である著名人が、「うちで移民を引き取ってやる」と豪語していた。</p><p>そこで俳優たちに移民の演技を仕込んでバスに満載し、アポなしでその方の家にカメラクルーと共に突撃するというイタズラ企画を行った。</p><p>「連れてきましたよ。引き取るって言ってましたよね？」とリポーターがマイクを向けると、その著名人はしどろもどろになって家に引きこもった、などというのがあるそうな。</p><p>&nbsp;</p><p>限度はあるし、仮に一人だったとしても困る事には違いないが、威勢のいい言葉を吐くのは実に危ういものである。</p><p>&nbsp;</p><p>移民ではないが、人身売買も問題となっている。</p><p>特に海外では昔から問題となっており、よくはないが取引の元で連れていかれるならまだしも、かっさらって奴隷やらにするというのが横行しているという。</p><p>日本にも似たような話があって、養子縁組を介するある組織でもらわれていった子供の行き先が不明になっており、人身売買の疑いが持ち上がっている。</p><p>見た目は正当な取引だが、実態は犯罪に繋がっている可能性があると。</p><p>&nbsp;</p><p>日本の技能習得での外国人受け入れも、安くこき使うための人身売買だという非難の声もあるし、嫌気がさした外国人が逃亡して犯罪に手を染めるというのが起こっている。</p><p>&nbsp;</p><p>企業の如くが安く働かせたいのは、社長さんが貧乏だから、という話になるかは分らんが、道徳的な貶し方なら「心が貧しい」と言えなくもない。</p><p>日本も昭和のある程度までは人身売買が横行していた。</p><p>「口減らし」という奴である。これもまごうかたなき人身売買である。</p><p>原因は言うまでもなく、貧困にある。</p><p>&nbsp;</p><p>国内外で人さらいが横行しているというのは広く知られ始めているが、そこで陰謀論者は支配者層が子供をさらって生贄にしている！と騒ぐ。</p><p>絶対にそんな事をしていないと言うつもりはないが、では何故あらゆる形の「人さらい」が起こるのか？</p><p>&nbsp;</p><p>現代の日本で往事のと同じ意味での「口減らし」がなくなったのは、豊かになったからである。</p><p>&nbsp;</p><p>人さらいや人身売買が横行するのはどのような地域か？と問うまでもないだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>仮に支配者層が指令してさらっているとして、下手人は「貧乏人」である。</p><p>貧乏というより貧富の差が激しい地域の人間、と言い換えた方が正確か。手配する人間は貧乏でなかったりするだろうから。</p><p>そういう格差のある社会を生んだ奴らが悪い、と言えば悪いのかもしれないが、貧困でも子を売らない人々もいれば、それ故に子供をさらって売り飛ばす人々もいる。外国籍の犯罪者が出たらその国籍の人全員を犯罪者としてしょっぴくわけにはいかないのと同様に、一括りには出来ない。</p><p>いきなり変えるのも難しい（物資を配れば怠ける人というより国が実際あるだろう）話ではあるので、憤りを覚えても誰かだけが悪いとも言い切れない、やり切れない気持ちを抱くものである。</p><p>&nbsp;</p><p>と、もったいぶった書き方をしていたら何を言いたいのか分からなくなってきた。</p><p>&nbsp;</p><p>子供をさらうのは（子供でなくてもだが）非道な行いである。</p><p>しかしその原因が貧困にあるとしたら、貴方は請け負うのだろうか。</p><p>国がなんとかしろ！と言うのがせいぜいだろう。</p><p>国にも限度がある。もし仮にさらわれた子供が日本国内で見つかって行き場がなかったとしたら、貴方の家で養うおつもりか？とつい思ってしまうのである。</p><p>&nbsp;</p><p>移民問題で腹を立てて来るなと言うなら、さらわれた海外の子供が日本で見つかった場合（上でも書いたが仮の話である）も追い出すようにするべきである。</p><p>何せさらわれた子供の振りをした工作員や足掛かりにする可能性も皆無ではないだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>断っておくが、可哀そうな目に遭っている人々を無下にしろと言っているのではない。</p><p>無論、移民を今まで通り受け入れろでもない。</p><p>移民については少々厳しくなったらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>さらわれて救出されても行き場がないならわたしが引き取る！と豪語する陰謀論者は見た事がない。いるのかもしれないが、そんな想像をする人も稀だろうとは思う。</p><p>もしそういう口だけは世界規模な事を語っておられる方がいたら、上に書いたイタズラ企画を差し向けてみたい所である。</p><p>もし、上述の海外の著名人と同じ反応をするなら、ただほだされて騒いでいるだけの事を金科玉条とするのは止すがいい。</p><p>それでは冒頭に書いた天の戮民というよりピク○ンだろう。</p><p>引っこ抜かれてあなただけについていく♪</p><p>&nbsp;</p><p>人の世、というのはその人が見渡せる限りを指す。</p><p>だから地域や国ごと、そして人それぞれに天があるとも言える。</p><p>普く通ずる人の世という部分があれば、通じない部分もある。</p><p>すぐ上で謂った天も同じである。</p><p>普く通ずる天と呼べるものがあるのならば、貴方はそのような天に愛されていると思いあがっているだけで、人の世に迎合するに過ぎない天の戮民であり、その中身はピク○ンである。</p><p>&nbsp;</p><p>これを天のピク民とは呼ばないが、そう呼びたくもなる。</p><p>引っこ抜かれてあなただけについていくのが人の性かね？</p><p>&nbsp;</p><p>余談だが、上に書いた格差の出る社会が云々というのにちなんだ話で、大雑把に言えば人種ごとに国力の差が出る理由として、「食べている物の差」という話がある。</p><p>肉食っているから西洋人は強い、というような単純な話ではなく、違いの一つとして税制の問題がある。</p><p>穀物は税を取りやすい。日本でも太閤検地といって、度量衡の統一を図り豊臣政権は強大になった。</p><p>隠しにくく運びやすいので、兵糧としても災害などでも役に立つからである。</p><p>江戸時代の実質の貨幣は米だったという指摘すらある。</p><p>&nbsp;</p><p>一方主食が芋の場合はどうなるか。アイルランドの過去についてはおくとして、芋は税にしづらい。</p><p>そもそも必要な時に必要なだけ埋まっている芋を掘り出して食う生活をするので、天地がひっくり返るような災害でもなければ余り困らないのである。</p><p>税を取り立てて国力増強というのが物理的に困難故に、そういう国は目覚ましい発展をとげなかった、もしくはその必要性が薄かったという説がある。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう前提が違う人々を同じに扱おうというのは、混乱を招くだけだろうとは思う。</p><p>若いころは清廉で慎ましい生活をしていたが、歳を食って遊びにはまって身を持ち崩す、というのはよく聞く話だが、国家や（生活環境の違いとしての）人種でも同じ事が起きるとは考えられるだろう。</p><p>歳食って身を持ち崩すのが人の歴史なら、人々の歴史が国家を形作っているのだから、その歴史がどの辺りになるかは千差万別。身を持ち崩した経験がない、もしくは覚えていないか我が身に即して考えたことがない人（国家）がどうなるかは想像に難くないだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>というわけで、本当に天に愛されるような存在（人の世には嫌われる）と言うのは、米や麦を食っているのでなければ芋を食っているのでもない。</p><p>人を食ったような奴、である。</p><p>物理的に食べる事ではない事をお断りしておく。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976842436.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 12:52:30 +0900</pubDate>
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<title>難破船にしがみつく猿</title>
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<![CDATA[ <p>頽落（たいらく）という、聞きなれない言葉がある。</p><p>聞きなれないというようりは見慣れないだが、その意味するところも原因があるか。</p><p>くどい説明になるが、例えば樹木。</p><p>樹木は天に向かって伸びて、樹皮もつられて高い位置に向かう。</p><p>高い位置限定ではないが、その樹皮がはがれて地面に落ちる様、またはそれに似た状態を指す。葉っぱでもいい。</p><p>この言葉はドイツの精神病理学の病状だか心理状態を指す用語の邦訳にあてられており、原語の直訳は「登り損なう」を意味する。</p><p>変な言い換えをすれば「猿も木から落ちる」となる、かは分からない。</p><p>&nbsp;</p><p>人間は猿から進化してきた、とは定説として語られている。</p><p>それを否定する人々もいるにはいるが、学説と言うよりは「聖書に書いてないから」という具合の感情的としか受け取れない反発が主と思われる。</p><p>進化論の是非をここで問う気はないが、使い古された指摘を一つしておく。</p><p>依然と違う状態に変化しただけの事を「進化」と呼び、文明などについても同じく「進歩」と呼ぶ。</p><p>こういう態度は持て囃されている意味での「進歩」と呼ぶには値しないものだと。</p><p>&nbsp;</p><p>人は何故その所謂進化をして来たのか？という話に、二足歩行を始めたから、と前々から言われている。</p><p>それでかつて前足だった部分が空いたので手に変化し、脳に刺激が云々などと言われている。</p><p>二足歩行は契機の一つではあるが、全てではないと思われる。もしくは結果と原因が入れ替わっている可能性がある。</p><p>昔、親を亡くして保護したチンパンジーに文字を教えるという実験があった。</p><p>その猿は画面に映った文字を理解して言葉を選んで表現及び意思疎通ができるようになり、後にこう語ったと伝わる。</p><p>「わたしの親は人間に殺された」と。</p><p>古い話なので嘘の可能性もあるが、嘘でない可能性と進化に纏わる話をする。</p><p>&nbsp;</p><p>野生のチンパンジーの咀嚼時間は一日平均５時間前後という観測結果がある。</p><p>現代人の平均は凡そ３０分ほどで、大きな開きがある。</p><p>何故チンパンジーが５時間もかけているのか。</p><p>それは食を大切にしているから、などといった道徳染みた話ではなく、野生の生野菜は細胞壁が頑丈で、徹底的に歯ですり潰さないことには消化できないからである。</p><p>そのまま消化器官に入れればたちまち消化不良を起こす。</p><p>野生の猿はそんな生活をしているのである。</p><p>一方人間はというと、火を使って煮炊きしたり、食品の醗酵でもって食べやすくしているので、歯を石臼のように酷使する必要がなくなった。</p><p>これを「体外消化」と呼ぶ。</p><p>消化器官の仕事を外注化しているのである。</p><p>野生動物の消化については、コアラの話が有名か。</p><p>コアラが寝てばかりなのは、ユーカリの葉が食物繊維だらけで栄養価も極度に低く、なおかつ毒があるため消化に全精力を傾けるしかないので寝ている。</p><p>なお、比較的毒素の少ないユーカリが生えている地域のコアラは、想像以上にはしゃいで動き回っていて、その映像を某国営放送の昔の番組で流していたのを記憶している。</p><p>&nbsp;</p><p>現代人でも「食うに困る」とか「食うので精一杯」と表現するし、そういう状況が身近な世相だが、野生動物は二重の意味で「食うので精一杯」で、他へ脳のリソースを割くことが出来ないからである。</p><p>&nbsp;</p><p>そうすると、上述の人語を覚えたチンパンジーの件が事実ならば、動物園などの保護下にあったので、キャベツや長ネギどころではない野生の食物繊維が豊富というより食べるのが大変なものを常食していたわけではないから、文字を覚える余裕が出来たのだと推測できるだろう。</p><p>自然に帰れ、という言葉を聞くたびに疑問に思っていたが、上記の人間の進化に纏わる一説を聞けば、なおさら無意味だと思えてくる。習う所はない、ではなく、巷間で聞くこれらは、綺麗ごとだけ抽出して話をしているのがよく分かる。</p><p>現代人でも今のキャベツの如きを食べるのが大変だと言う人も確実にいるのだから、自然に帰れ、などと宣うのは空念仏のお題目に過ぎないだろう。</p><p>そう謳う人々は、野生のチンパンジーと同じく、５時間咀嚼耐久レースをやっているのだろうか？</p><p>チンパンジーが納豆ご飯を作って食うのか？</p><p>是非とも自然とやらに戻ってからお答えいただきたいものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>そういう自然回帰の主張に、森に住んでいた人間の先祖は果物を食べていたから脳が大きくなり、それが進化の理由となったというのが、主にフルータリアンが引用する話にある。ならチンパンジーも棍棒を担いで整列行進を始めてもらわなければ嘘になるだろう。</p><p>「登り損なった」話はお辞めになるがよい。</p><p>&nbsp;</p><p>さて。その「登り損なった」人の話をしようと思ったら、前提というか枕の話が長くなった。</p><p>&nbsp;</p><p>冒頭の頽落といい「登り損なう」というのは、のぼせ上がった状態とも言えるのだったか。</p><p>かような人物を、名前は伏せるがバレるレベルの話を書いていく。</p><p>&nbsp;</p><p>いきなり別人の話だが、スピリチュアル系陰謀論者と呼べばいいのか、デーヴィッド・アイクという海外の御仁がいる。</p><p>彼が現代の所謂文明的な諸物を危険だと最初に言い始めたわけではないが、著作で網羅していてその道では有名である。</p><p>覚えている限りで挙げれば、５Ｇ、ワクチン、アスパルテーム、大きくは社会構造や政治手法である。</p><p>政治手法というのは、イニシャルでP.R.Sと表現されるもので、三つの段階を示す。</p><p>マッチポンプを自作自演と言い換えられるが、これに一段階加わった、さらに誘導を促す仕組みを指摘している。</p><p>実際の社会でそういう事が全世界規模で行われているのかは分からないが、そういう戦略を組み込んで世論を誘導している可能性については考えておく必要はあるだろう。</p><p>これを小さいレベルで考えれば、個人間の心理操作にもまるまる適用できるのだから。</p><p>それでアイクは、５Ｇやワクチンや食品添加物や現代に至る社会構造は何を目指しているのかと言うと、人々の精神を肉体レベルに留める為にあると語る。</p><p>人の本質は肉体にのみ留まった存在ではなく、宇宙の根源意識的なものなので本質的には人に上下は無い。それに気付かせないように社会の仕組みが作られているので、それ知ってほしいと、そのような旨を著作で語っていた。</p><p>一読しただけでこの様に書いているのが分かる書き方なのだが、不思議な人もいるもので、書いている通りに読めない人もいる。</p><p>&nbsp;</p><p>その代表例に、アイクの著作を邦訳した御仁がいる。</p><p>&nbsp;</p><p>彼は自然だ縄文ぐらいの暮らしが正しいんだこれが本当の日本文化だヴィーガンだフルータリアンだとＨＰで語っていた。</p><p>別に主張は好きにしてくれとしか言えないが、あろう事かこう語った、というより人に語らせた。</p><p>「ヴィーガンをやっているのでアイクより上だ」と。</p><p>こういう語り口ではないが、本当にこの主旨の言葉を述べていた。</p><p>&nbsp;</p><p>はて。アイクという人物の心境を詳しく聞いたことも彼と語り合った事もないので分からないが、いつ彼が「陰謀を暴露している俺は偉い」などと語っていたか。</p><p>「後から来る人々のために掃除をしている」と当人は語っていたそうだが、掃除しているから偉い、とも語っていなかったと記憶している。</p><p>アイクの現時点での食生活やら環境に対する態度については分からないが、少なくともかつての著作で「空腹過ぎて仕方がなかったからドミノピザに入った」というエピソードを書いていた。</p><p>そこで子供にトイレを使わせてくれと頼んだら、マニュアル対応で断わられ、マニュアル社会は危険だ！という話だったかは忘れた。マニュアル社会が云々は実際に書いている。</p><p>&nbsp;</p><p>現代文明の危険性（真偽は別として）から離れるというのは、飽くまで手段である。</p><p>散々深読みの引用をされて監督は困惑しているという、映画『マトリックス』と上記は同じ流れなのだが、カプセルを飲んで（劇中でカプセルを飲むか飲まないかの選択を迫るシーンがある）脱出したお前はダメな奴だ、と言っているぐらい変な話なのである。</p><p>目的は「マトリックス」脱出だろうに。</p><p>&nbsp;</p><p>アイクの主張を強引に解釈（同じ事を著書内にも書いていたかもしれないが）すれば、５Gやワクチンがあろうが、それが毒だと知って「マトリックス」を抜けているのであれば関係ない事になる。</p><p>逆に、例えばワクチンの是非はともかく、「俺はワクチンを打っていないから「マトリックス」を抜けている。だから俺は偉い」と誇らしげに語るのを聞いたら、意味のある言葉に思えるだろうか？</p><p>そういう思考回路の時点で現代社会の「マトリックス」に囚われていることの証左でしかないし、現代社会はそういう次元に人を陥れ留める構造なのだと何度も書いていたはずである。</p><p>一読ならまだしも、読み込んで翻訳したはずの人間が主旨を理解しないか無視して己を誇っているのである。</p><p>&nbsp;</p><p>この事（俺の方が上云々）を昔、知人に例えを以って説明した。以下である。</p><p>&nbsp;</p><p>「人類皆平等と、その理論や証拠を並べて主張する人間に向かって、「俺はこういうことをしているから俺の方が上だ」と言っているのだ」と。</p><p>これを聞いた知人は腹を抱えて笑い出したものである。</p><p>知人はこの手の情報（陰謀論）には一切手を出していないが、某邦訳者の発言のおかしさが伝わったから笑っている。</p><p>何せ、陰謀論だからではなく、頭の働かせ方のおかしさの話だからである。</p><p>&nbsp;</p><p>先日書いたが、「インチキ霊媒師」が、「気になる女性はいますか？」という質問にニヤニヤしながら答えていたという話にも繋がる。</p><p>そもそも現代（だけではないだろうが）社会は、人の生存への不安を掻き立てる手法で成り立っている。</p><p>芸能人の不倫の話なんぞが売れるのも同じ事。</p><p>海外の話では偏るきらいがあるが、例えば中世ヨーロッパの免罪符も同じ。</p><p>現代社会のそういう構造を否定する立場（こちらも全部肯定はしないが）の人間に話を聞くなら、大同小異で同じ立場の可能性が高いだろう。もしくはそういう話を聞きかじった程度でも知っているから関わるはず。</p><p>それでいて否定している構造そのままの質問を投げかける。</p><p>受けた方もピシャリと注意せずにやけ顔で答える。</p><p>聞く方も浅はかだが、指摘もしないで嬉々として答える方も浅はかである。</p><p>その程度の理解や認識で人や社会や異次元やらネルソンじゃなくてマンデラやらスピめいた戯言を語る。</p><p>&nbsp;</p><p>話を某翻訳者に戻そう。</p><p>&nbsp;</p><p>彼の者と出会った頃のHPは今は消えている。当時のやり取りだったかHPに書いていたのかは忘れたが、閉鎖前に言っていた。</p><p>「誰もまともに理解しようとしないし、こちらも命の危険に繋がるから、馬鹿らしいので閉鎖する」と、このような主旨の言葉を吐いていた。</p><p>余談だが、陰謀論（以外もだが）では、ほぼ洩れなく某「化学調味料」の危険を訴えているが、翻訳出版をするほどのプロがそのような話をHPに書いている訳で、ふと訊ねた。</p><p>「例の会社から訴えられたり文句を言われたりしたか？」と。</p><p>彼は答えた。</p><p>「一切なかった」と。</p><p>果たして命の危険とは？</p><p>&nbsp;</p><p>某国営放送が料金滞納している個人や組織に法的措置云々という話があるが、もしすべての滞納者に一斉に措置を行ったとすると、その裁判自体の費用も含めた諸々で天文学的金額になる。そして人手も時間も圧倒的に足りない。</p><p>余程影響力のある人物があからさまなデマを流したというレベルでなければ無視されるのが関の山である。</p><p>&nbsp;</p><p>件の調味料の話を続けるが、権威ある海外の科学雑誌に「中華レストラン症候群」の原因として挙げられている！と言うのでかつて話題になった。</p><p>実際の所、その文章は論文でもなんでもない感想文の如きもので、はっきりとした科学的根拠で指摘したのではなく、原因かもしれないと挙げた程度の話だったという。</p><p>その後マスコミが部分的には事実（権威ある科学雑誌に掲載されたのは確かに事実）であるが詳細を語り切れないか語らないいつもの報道をし、世間は騒然となった。</p><p>その後の話は聞いていなかったのだが、最近聞いたところによると国連まで動き出して世界中の科学者が検証をし、「普通に使う分には問題なし」という結論に至ったという。</p><p>国連は結社の息が！と臭い息を吐きながら言い出したらキリがないが、発端からしてアヤフヤなものをさも事実として言いふらすのは風説の流布という奴だろう。</p><p>&nbsp;</p><p>マスコミは８割の真実に２割の嘘で人を騙すと言われているが、指摘及び非難する方もまったく同じ事をしているのである。</p><p>上に書いた「インチキ霊媒師」の件ではないが、根本的な構造を見ずに上っ面を語るのである。</p><p>その皮相な姿を下記で解説する。</p><p>&nbsp;</p><p>まず、人を上か下かで見るというのは、野生動物の域を出ていない。</p><p>上にいるというのは生存率が高くなることだからである。</p><p>また、「インチキ霊媒師」のニヤニヤ話も同様で、性に纏わる話は全く以って生存に関わる話であり、なおかつ自身に興味を持ってくれるというのは承認欲求の充足に至る。</p><p>増えれば増える程「上」になるからだ。</p><p>つまり、どちらも猿山のボス猿と変わらず、人の域にないのである。</p><p>このようなのが人とはと語る姿は、何と評せばよいのだろうか。</p><p>おぞましい、以外で適切な言葉は…あるだろうがどうでもいい。</p><p>&nbsp;</p><p>野生の猿が木に登るのは生きる為であり、その木が切り倒されてもなお愛着を抱くというのはおかしな話ではない。実際に抱くのかは分からないが。</p><p>文明の猿というのは、海洋の真ん中で航行不能かつ船底に穴が空いたが沈み切らずに漂う船のマストに昇ってしがみついている、とでも言おうか。曳航して直せるなら直すだけだが、そういう実際問題の話ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>野生の猿が文字通りの意味で「登り損なう」ことはあるだろう。</p><p>しかし、文明の猿は、ただ難破船にしがみついて漂っているのを大海を渡っているのだと「登り損なって」いる。</p><p>&nbsp;</p><p>後者の猿はそもそも登る物を見損なっている。</p><p>というより、船は昇ってしがみつくものではなく、海を渡る物というのを忘れているからだ。</p><p>立派な船でも渡り切れないのなら、それは失敗したか、ただの飾りであり、大仰な言葉と空疎な賛辞で難破船を豪華客船の如く飾り立てるその有様は、「登り損ない」の猿の姿そのものなのである。</p><p>&nbsp;</p><p>かつて例のボス猿の醜態を見て、後にこう思うようになった。</p><p>「陰謀があるだとか人が言う事を聞いてくれないだとか関係ない。自分がどうしたいかしかないのだ」と。</p><p>人の祖先は森を出た。理由は分からないが、木にしがみつくのをやめた。</p><p>人が話を聞いてくれないのは相手の理解力の問題もあるだろうが、聞かせるのが目的になっているなら、そもそも間違いである。他人にしがみついているからだ。</p><p>野生の猿も実が生えぬ木には興味を示さないだろう。</p><p>天敵から逃げるのには使うとしても。</p><p>幽霊船にしか見えない難破船の如くの「幻想の木」にしがみつく姿は、狂人というよりは狂った猿と言った方が正確である。</p><p>「幻想の木」はどうあがいても「登り損なう」ものだ。</p><p>せめて猿を卒業してから話を始めるがいい。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976831251.html</link>
<pubDate>Wed, 26 Aug 2026 10:26:39 +0900</pubDate>
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<title>頓でもない話</title>
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<![CDATA[ <p>今どきの書店で、小さい所はともかく大きな書店に行くと書棚にこう書かれているのが目に入るかもしれない。</p><p>「スピリチュアル」と。</p><p>本棚よりはネット通販の書籍ジャンルの方が分かりやすいところだが、それはともかく。</p><p>何時の頃からそうなったのか詳しくは分らんが、かつては「精神世界」と書かれていたのが、このような表記になっている。</p><p>少なくとも住んでいる町の大きめな書店では、二十数年ぐらい前には「精神世界」と書かれていたような気がするが、こちらも流石に正確には思い出せない。</p><p>&nbsp;</p><p>精神世界に分類される書籍がすべて同じ事を指しているとは言い切れないが、「スピリチュアル」と言うよりは厳密な定義で物を書いていそうではある。</p><p>人の精神を扱うのだから、心理学も入るだろうか。</p><p>心理学を疑似科学とする評もあるので、思想や哲学に片足を突っ込んでいるか、そのものとも言える。</p><p>さて、そのスピリチュアル。</p><p>これは英語スピリットの派生語である。</p><p>酒にスピリタスというのがあるが、これも同じ語源である。</p><p>ブランデーの初期の名前が「命の水」を意味するラテン語で呼ばれていたというのは有名な話である。</p><p>つまり、精神に作用するというのは命に作用するのと同義だからその流れでスピリタス、なのだろうと。</p><p>&nbsp;</p><p>英語のスピリットに似た言葉にソウルがある。</p><p>どちらも魂と訳されることが多いが、精神を意味しているという。</p><p>ゲームに「サムライスピリッツ」というのがある。</p><p>日本語に「大和魂」というのもあるが、スピリットや魂を妖怪漫画のふわふわ墓場で浮かぶアレだけを指すとどちらも意味が通じないのが分かるかと思われる。</p><p>日本語の霊も同じで、全身全霊を込めるという表現があるように、こちらも精神を指す。</p><p>では心霊だとか魂魄だとかはどうなるのか？</p><p>これは大陸由来の権威付け表現が原因だろう。</p><p>皮膚という言葉があるが、これはどちらも日本語では皮革の意味の「かわ」を指す。</p><p>実際は皮膚科をかわ科と看板に書いても差し支えないのだが、古式に則ってありがたい舶来表記にしているのだ、とある作家が評していたものだ。</p><p>そのノリで「心霊」と言っているのだろうと推測できる。</p><p>魂魄の方はWikiによると「魂は精神を支える気、魄は身体を支える気を指した」とある。どちらも気なので、皮膚と同じ流れと言えなくもない。</p><p>&nbsp;</p><p>つまり、というにはいささか強引だが、精神と霊と魂は皮膚の皮と膚ぐらいの差と言える。</p><p>つまりはほぼ同じものを指している。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで精神世界と言えばどうなるか？</p><p>人の精神のありようや、それが物をどう見ているのか？はたまた物事に影響を与えるのか与えないのか？と言った事を考察する、と考えられる。</p><p>オカルトというより超常現象（うちゅーじんや守護天使がどうこう）の話が主題ではないと想像がつくだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>それを上述した程度の定義すらない曖昧な定義の「スピリチュアル」に名札を取り替えたらどうなるか？</p><p>雨後の筍ごとく、宇宙人やら守護天使やらといった話だらけになっていった。</p><p>&nbsp;</p><p>敢えてこのスピリチュアルという名前で進めるが、実の所、初期の釈尊が説法して回っていたころの仏教はスピリチュアルである。</p><p>&nbsp;</p><p>何を馬鹿な？宇宙人やら守護天使やら言っていたのか？</p><p>仏典には帝釈天に乞われたから説法始めました、とはある。</p><p>そうではなく、人の精神、というより心はつかみどころがなく不安定だから如何にして御するか、という話を釈尊は延々語っている。</p><p>己と言う存在は他の人や物事との関連性で浮かび上がるので、それらを度外視した確たる己というものは存在しない、という指摘も仏教由来である。</p><p>&nbsp;</p><p>余談だが、仏法とかつては、後は宗派や教派にもよるが呼ばれていた。</p><p>仏様によるライフハックとかメソッドの教授、と書けば砕け過ぎだが、本来はそういう意味になる。</p><p>一説によると、明治に外国の宗教を解禁したので、相対化するために一宗教へと格下げされた、というのもあるらしいが、これは陰謀論的な話に聞こえるとしても、無きにしも非ずだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>話を戻すが、今もあるかは知らんが「本当の自分を探す」と称する「自分探し」というのが流行っていた。</p><p>その足掛かりに「スピリチュアル」があったものだが、仏法の論からすれば矛盾も甚だしいとなる。</p><p>ありもしない確たる己を探すというのは、砂利の中から石ころを探し出すような無意味さである。</p><p>スピリチュアルというのは、枝葉末節を本筋として人を誑かすのがほとんどだと考えてよいだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>この枝葉末節を本筋だと勘違い、もしくは知ってて行うようなのが、職業としての「インチキ霊媒師」となる。</p><p>先日から書いている方のインチキ霊媒師の話しぶりから、その霊、ではなく例を挙げようか。</p><p>&nbsp;</p><p>彼の者は時々このような言葉を駆る。</p><p>曰く「都会には邪霊に魂を抜かれた人がたんまりいる」と。</p><p>ひどく驚いた事を「たまげる」という。</p><p>これは魂が消えるだったか、それが約まった表現である。</p><p>邪霊さんが人の魂を抜く手法というのは、別名ショック・ドクトリンである。</p><p>脅かして不意を突くだけの話である。</p><p>とても仰々しく、インチキ臭さ満載だろう。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなインチキ霊媒師は、こちらの質問は無視して「人として正しくない事をしていると思っているからだ」とか「友人はいるのか？」などと邪霊さんの手法を踏襲するという、笑い話を展開する。</p><p>他の邪霊が邪魔だから、ああいう評（都会には云々）を述べるのだろうとしか言いようがない。</p><p>精神世界ですらなく、スピもどきの言葉を並べて人を脅すだけの事を、まるで世界を握っているかのように己惚れている。</p><p>この手の人物に遭遇したのは人生で二度目だが、どちらも陰謀論者というのも共通している。</p><p>&nbsp;</p><p>インチキインチキと書いたが、どちらかというと頓智気（トンチキ）である。</p><p>当人たちは頓智を利かせているつもりだが、ただの間抜けである。</p><p>&nbsp;</p><p>ところで、インチキでない霊媒師というのがいるのだろうか？</p><p>一般的なイメージの怨霊を鎮めるだとかはともかく、上に書いた精神と霊と魂の意味を考えてもらえればいいだろう。</p><p>人の精神といったものは、人と共鳴し合い、また物事にも影響を与える。</p><p>量子力学が似たような事を言っている（スピ系による我田引水の可能性アリ）ように、この世と言う物理現象はスクリーンに映った、精神が描く映像の如くである。</p><p>話がずれたが、つまり、人は皆「霊」媒師である。</p><p>インチキでトンチキな事をしているかそうでないかの違いで、際立つと怨霊を調伏したり、昨今馬鹿げた意味に聞こえつつあるが、カリスマとして群衆の中心に立ったりする。</p><p>この流れで前回の「熊被害」の発言を振り返ってみ給え。</p><p>単に町で暮らしていた人が熊に襲われた話を、誰に向かって言っているのか知らんが、自然破壊の報いだ、などと脅し文句を投げる。</p><p>これをインチキでトンチキと呼ばずしてなんと呼ぶ？</p><p>まともな霊媒師は邪霊を払うか倒すものだが、やっていることは邪霊そのもの。</p><p>木乃伊取りが木乃伊になる、というが、そもそも木乃伊だったと言った方が正鵠を得ている。</p><p>邪霊は生きた人の精気が好物である。</p><p>精気が枯渇してきた霊媒師は、邪霊に転向するのである。</p><p>なんやかんや綺麗ごとやら日本の未来がどうののような大仰な言葉で己をごまかさないで、「チヤホヤされたいだけです」と正直に言わんから、邪霊そのものの行動を取るのだ。</p><p>悲しいが、こういう邪霊に心惹かれる人が一定数いるのも、人の世の常である。</p><p>&nbsp;</p><p>思い出した事をもう一つ。</p><p>&nbsp;</p><p>彼の者が、傍から見てて不安になってくるファンから「気になる女性はいますか」などと質問を頂いたそうな。</p><p>そこで何やら嬉しそう（はこちらの印象だが）に語っていた。</p><p>こういう手合いに関わる人は、芸能人のゴシップを追いかけるような一般人はバカだ、と言っているのが大概だが、相手がテレビの芸能人でないだけで、やっている事はまるで同じである。</p><p>「ふざけた事を聞くな」と返してこそ本物だろうに。</p><p>&nbsp;</p><p>インチキでトンチキでスピぶった言葉を吐く、外道霊媒師にはご用心を。</p><p>さもなくば、外道に統率されて地獄にまっしぐらである。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976718238.html</link>
<pubDate>Tue, 25 Aug 2026 06:22:06 +0900</pubDate>
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<title>政治的な、余りに政治的な</title>
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<![CDATA[ <p>ある考古学調査で、農耕が始まるよりも昔の痕跡から野生の大麦を醸造していたのを発見したという。つまりビールを作っていたのである。</p><p>そこからある仮説が提出された。</p><p>人が農耕を始めたのは空腹を満たすためではなく、酒を手に入れたかったからではないかと。</p><p>これはただの思い付きではなく、人に進化する前の猿の行動に端を発する。</p><p>熟した果実というのは、空気中にさらされている内に少々発行して微量のエタノールが発生する。</p><p>この匂いに敏感な個体ほど野生で生き残りやすいというのがある。</p><p>これに適応し、アルコール入りの果物を食べた猿は、脳内で報酬系が構築されていった。</p><p>つまり、食べると気持ちよくなるのである。</p><p>この報酬系というのは辛い食べ物を食べる時も同じで、痛みをドーパミンでごまかしている。</p><p>激辛料理だけでなく、この辺りを上手く刺激して成り立つ飲食業というのはごまんとあるし、また家で作る食事も似たり寄ったりである。食事以外で簡単に思いつくものとしては、承認欲求の権化のようなSNSの利用具合、パチンコや競馬などの賭け事も同じ構造といえる。</p><p>&nbsp;</p><p>人のなす事全てがそうだとは言わないが、気持ちよくなるために生きて行動しているといって差し支えない部分は確実にあると言える。</p><p>&nbsp;</p><p>冒頭の話に戻るが、古来より酒は神に捧げられてきたが、実際は酒自体が神だったので神に返しているのだ、という指摘もある。</p><p>人が酒を皆で酌み交わすのは、皆で気持ちよくなるためである。</p><p>男女のまぐわいで片方のみ気持ちよくなろうとする場合、これは文字通り「独りよがり」となるのと同じで、飲み会で羽目を外すのは「神」への冒涜と言えようか。</p><p>&nbsp;</p><p>政治の政の字の訓読みは「まつりごと」である。</p><p>古来より宗教と政治は密接というより同じ物だった。</p><p>現代では分離している、いや宗教団体の影響があるだろう、と未だに決着を見ない話が続くが、憲法やら法律通りなら分離している事にはなっている。</p><p>&nbsp;</p><p>では政治とは何か？</p><p>&nbsp;</p><p>ハンナ・アーレントの著作に『人間の条件』というのがある。</p><p>日本語でいう労働や仕事を、三つの分類と段階に分けて書いている。</p><p>一つ目は労働。生存のために行われるような行いである。</p><p>二つ目は仕事。生存のみから脱却した、精神的活動をともなう行い。</p><p>三つめは活動。上記二つを超えて、社会的政治的な行動へ至った状態。</p><p>思い出して書いているので細かい事はさっぱり忘れており、内容も不正確かもしれないが、概ねこのように書いていた。</p><p>これらの段階については完全な線引きがされているわけではなく、区分の合間には重なる部分がある事もアーレントは書いているので、どれが正しいかなどという様な話ではない事をご理解いただく。</p><p>六道輪廻のような物と思えばよいだろう。</p><p>この中を日々や年齢で巡っていると。</p><p>&nbsp;</p><p>これを受けてかは忘れたが、己はいつからかこの様に考えていた。</p><p>「人が人に影響を与えんとする事。これ全て政治である」と。</p><p>立っているだけで迷惑な奴は、ある意味政治活動家となる。</p><p>大陸の社会問題で、「寝そべり族」というのがあるだろう。</p><p>経済的に追い詰められて社会にそっぽを向き、何もしなくなった若者たちのことである。</p><p>これも謂わば政治活動である。そんなつもりでしているかはともかく、何もしないという政治的信条を社会に示している。</p><p>かつて、日本の「引きこもり」についても、ある作家が同じような指摘をしていたものだ。</p><p>&nbsp;</p><p>冒頭からの話を援用すれば、こう言える。</p><p>政治も宗教も己のみか皆と共にかは別として、気持ちよくなるために行う事なのだと。</p><p>だから、そもそも政教分離なんぞ行われていない。</p><p>&nbsp;</p><p>それでは、自己陶酔型政治活動及び宗教活動の実例を二つ程挙げよう。</p><p>一つは実際にニュースになった話。</p><p>二つは以前から書いている「インチキ霊媒師」の話である。</p><p>&nbsp;</p><p>去る三月の半ば。沖縄の辺野古で痛ましい事件が起きた事は記憶に新しい。</p><p>辺野古の基地移設反対運動をしている組織の船に何故か乗せられ、天候が悪くて海上警察から「引き返せ」と言われたのにそのまま突っ込み、挙句転覆。</p><p>救助が遅れて二名が死亡。片方は船長、もう一人は女子高生であった。</p><p>と、このような事件である。詳細や発覚した事実などについては割愛するが、事故後、遺族の方が報道に載らない内容を発信していた。</p><p>その心中は察するに余りある。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、その傷を抉り、あまつさえ塩を塗り込むような発言を、事故を起こした当事者側に近い人間がしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>事故現場に献花に来た活動家がこう述べたと伝わる。</p><p>「あの子（犠牲になった女子高生）は辺野古の基地移設に反対するためにここに来て散ったのだ」といった具合の発言を。喧嘩を売りに来たのだろうか。</p><p>これには猛然と反発が出た。</p><p>曰く「人の死を政治的主張に使うな」と。</p><p>一歩、いや百歩譲って、女子高生が「辺野古の未来のために」と船に乗っていたのならまだ分かる。</p><p>しかし、生前の彼女は友達とサンゴを見に行くと言っていただけで、遺品や遺族の証言にもそんな思想を示すような物は存在しなかった。</p><p>&nbsp;</p><p>己らのみが気持ちよくなるための発言に行動。</p><p>熟れた果実を我先にと飛びつき貪るような猿の時代の行動様式からまるで変わっていない。</p><p>政治活動を標榜しているが、カルト宗教なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>ここまで書けばもう一つの件も同じ文脈となるのはご理解いただけよう。</p><p>「熊被害は自然破壊の報いだ」である。</p><p>何度も書いているが、本当に何様のつもりの発言か、書くたびに言葉にならない感情が渦巻いてくる。</p><p>罰点マークのSNSの文字数だから詳細は書けないだろうとして、そ奴はプレミア会員なのでもっと書けただろうが、書く気も、またその能もないのだろう。</p><p>それはともかく。</p><p>&nbsp;</p><p>熊が町に出没した原因を自然破壊とするのは勝手だが、一概に断定できるものではない。</p><p>熊は食べ物を得やすい所に移動しているだけで、「森が破壊されてクマった」などと思ってすらいないだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>自然破壊が原因として、どの自然破壊が原因なのか？</p><p>人が数百人だか数千人集まって暮らすだけで、土壌汚染などの自然破壊は常に起きる。これは古代からの自明の理である。</p><p>ならば人として生きている時点で罪だからこの世から消えて当然だとでも？</p><p>そして当時、そ奴に直接聞いても答えなかったが、何故その人が熊に襲われたのが報いだと断言できるのだ？</p><p>前世の因縁とでもいうのか？ふざけた事を言うのではない。</p><p>&nbsp;</p><p>「熊被害は自然破壊の報いだ」は、謂わば免罪符と同じ。</p><p>人に向かってこれを唱えれば他人より優れた存在であると気持ちよくなれ、罪の意識から逃れられる。</p><p>&nbsp;</p><p>辺野古の活動家の発言に対する非難と同じ意味の言葉をそのまま書こう。</p><p>&nbsp;</p><p>「人の不幸を政治的主張に使うな」</p><p>&nbsp;</p><p>政治的にしろ宗教的にしろ、根本がどちらも表面が違うだけでまったく同じの「気持ちよくなるため」であり、そして熟れた果実に他者を蹴落としながら飛びつく猿とまったく変わっていない所まで同根なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>酒を飲みすぎると、些細な事で怒って暴れる事はあり得る。</p><p>余程犯罪レベルでなければ「迷惑な隣人」止まりではある。</p><p>アパートで暴れると追い出される可能性が高まるが。</p><p>&nbsp;</p><p>我禁断の果実を手に入れり！と己惚れる上述の二者の如くは、酔いすぎて迷惑な隣人を超えて神になったと勘違いしている。いや、神を超えたなどと思っているのか？</p><p>高い次元で物を見ているのではなく、ただ高みに立った（それも「つもり」）に過ぎず、やっている事は本物の酔っ払いの足元にも及ばぬ愚行でしかない。</p><p>&nbsp;</p><p>禁断の果実なんぞありはせん。</p><p>ただ熟れた果実を見つけた猿が他に取られまいと独占している哀れな姿の言い換えなのである。</p><p>宜なるかな宜なるかな。</p><p>&nbsp;</p><p>「独りよがり」はおよしになるがよい。</p><p>禁断の果実を取られまいと必死な姿は哀愁というより腐敗臭が漂う。</p><p>もうその果実は腐っているのだ。さっさと捨て給え。</p><p>人の姿をしていながら独りよがりの猿になるとは、ご先祖も悲しむに違いない、などと言うと、人の不幸を政治的主張に使っている事になるか。</p><p>彼らは人の不幸を使って酔っぱらっているのだ。</p><p>その態度を非難されることになるのは火を見るよりも明らかだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>古来、人は酒に神を見出した。</p><p>酒を飲むとは神を取り込む事と言えるだろうか。</p><p>「インチキ霊媒師」は飲酒に否定的な見解をお持ちだったようで、あとはヴィーガンであるべきだとも言っていたか。</p><p>日本はアニミズムの国と呼ばれる。万物に霊が宿るという世界観である。大昔の他の民族にも大なり小なりあったが、先進国と呼ばれる中で今も根強くあるのは日本ぐらいだろう。</p><p>飲酒を否定するという事は、つまり神を否定する事。</p><p>神と共にある日本を否定するのだから、日本人を否定する発言が飛び出すのは自然の摂理という奴である。</p><p>神と共にあって日本人という人間になったのだ。</p><p>それを否定するという事は？言うまでもないか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976629928.html</link>
<pubDate>Mon, 24 Aug 2026 08:02:13 +0900</pubDate>
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<title>ですます苦</title>
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<![CDATA[ <p>以前、とある歴史解説動画を見ていた。</p><p>そこは三國志専門で、絵と恐らく合成音声ではない音声解説で喋る形のものだった。</p><p>一つ目を見終えてから気付くべきだった、というのは己のいつもの間抜けさなのだが、いくつか見ていた時、ふと締めの挨拶の定型文を聞き逃していたことにようやく気付いた。</p><p>その動画はメインの内容を終えて終了宣言に入る前にこう語っていた。</p><p>「いかがでしたでしょうか？」</p><p>これを聞いて、上にも書いたがいくつか見終えてからやっと意識に入ってきたという情けなさもあって、二度と見るか！とその場で動画を閉じた。</p><p>&nbsp;</p><p>何をそんなに怒っているのか？と思う人は多いかもしれない。</p><p>その話に触れる前に、もう一つ同じ事例を。</p><p>&nbsp;</p><p>もう一つは歴史ではなく海外の時事ニュースを解説する動画。</p><p>内容は政治的に偏りはほぼなく、日本の報道のみでは仕入れにくい内容を、製作者が英語に造詣が深いのもあって、海外の英字報道やサイトなどを直接読んだりして仕入れている、なかなか面白いチャンネルだった。</p><p>しかし、見るのを辞めた。</p><p>報道内容を終えた後、締めに「いかがだったでしょうか？」などと言うからだ。</p><p>挙句、報道時の声色を辞めてこう視聴者に語り掛けるのも見かけた。</p><p>「いやぁ、みなさん。どうですか？」</p><p>こちらはこう問う所だ。</p><p>「どういうつもりなのだ？」と。</p><p>&nbsp;</p><p>「いかがだったでしょうか？」でダメだと思ったのは冒頭の歴史チャンネルと同じで、しばらく聞き逃し続けていたのも同じだが、こちらのチャンネルは視聴者のアドバイスから、英単語の細かなニュアンスを簡単に伝えるミニコーナーなどもしている。</p><p>なら、日本語をもっと勉強してもらいたいものだ、となって見るのを辞めた。</p><p>&nbsp;</p><p>こちらは英語に詳しくはないが、～だったでしょうを英語に無理矢理当てはめたら、was is～と言っているようなものではないのかと思う。</p><p>中学生ぐらいの英語教育だと、be動詞は～です、と当てはめて翻訳させられる。実際は日本語で言う「てにをは」の意味を含むが、そのものではない。Myの直訳は「わたしの」になるように、分かれているというか、日本語と同じ感覚で喋っていないのだから。</p><p>例にI am Japanese.を邦訳するとしよう。</p><p>直訳すると「わたしは日本人」になる。</p><p>これを中学生のテストで提出すると、今は分らんが恐らく不可となる。</p><p>「わたしは日本人です、ですよ！」と注意書きを添えられるかもしれない。</p><p>何故こんな拗れた教育をしているのかというと、国語教育の影響ではある。</p><p>語末にですやますを付ける、ですます調というのがあるが、あれは別に丁寧語ではない。</p><p>朝の挨拶の一言で分かる。</p><p>「おはようございます」というが「おはようございです」（江戸の時代劇にはいそうだが）や「おはようです」と言うのがいたら、面と向かって注意する人は皆無だろうが、「こいつの日本語はどうなっているんだ？」と訝しがられる事必至である。</p><p>後者は定着しつつあるかもしれんが、言葉は使い続けると、腐っていても魂が定着するかのように根付く。</p><p>ますの後にですをつけるという、ギャグマンガのキャラみたいなのもある。</p><p>「おはようございますです」というのは田舎っぽいキャラが喋ったりするだろう。差別でもなんでもなく、使い慣れていない言葉遣いをするからぎこちなくなって、とちっているだけである。</p><p>早いに御をつけて御早い。</p><p>そこから丁寧な言葉を付け足して「おはようございます」となっているのである。</p><p>が、こういうのは昔の老舗の旅館や商店の住み込みで習ったりするレベルであり、しかも個別に表現の変化が違うので学校教育で仕込むのは手間がかかり過ぎる。</p><p>それで、語末に「ですます」とつける形にしたという流れと聞く。</p><p>仮のものと言えるが、本物を教える所は消えていき、これが本物扱いとなっていると。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな国語教育を受けている生徒に、英訳で「わたしは日本人」と書いて来たら不可を付けなくてはいけなくなった。</p><p>本当に英語の直訳で教えたら、生徒から疑問の声が殺到するに決まっている。</p><p>この部分は私見ではあるが、そういう側面があると考えられよう。</p><p>&nbsp;</p><p>「おはようございます」の成り立ちからすれば「いかがだったでしょうか？」はそもそもおかしい言葉遣いで、デタラメもデタラメである。</p><p>&nbsp;</p><p>では冒頭の三國志のチャンネルの方はどうか？</p><p>丁寧な言葉っぽいだけで、元々デタラメなのは言うまでもない。</p><p>これが話す時にうっかり言っただとかならまだいい。</p><p>ずっとこれが正解だと思いなして語っているのだ。</p><p>こちらもコメントを入れる気もないし、こういう話を要約して伝えたところで、相手も「変な奴がコメントしてきた」で流すだろう。</p><p>冒頭で怒っている理由を後で書くとしていたが、後者にも共通していえる事である。</p><p>それは「日本語の歴史を無自覚に蔑ろにしている奴が歴史なんぞを語るとは言語道断だ」と。</p><p>外国の歴史の話を丁寧に作るのに、日本語の歴史には無頓着というのが実に腹立たしく、また実に滑稽に思えたと。</p><p>後者の方は既に書いたが、英語の勉強は出来ても日本語の勉強はあさっての方なのか？と。日本語自体を蔑ろにしているのではないか、というのが共通点である。</p><p>&nbsp;</p><p>このような事を語る己の日本語が常に完璧だとは思わないが、世間とやらで当たり前に使われているように思われるから問題ない言葉だと無自覚に取り込むのは、見ていて気分が良いものではない。</p><p>&nbsp;</p><p>言葉は変わっていくものだからグチグチ煩い事を言うな、というのがある。</p><p>&nbsp;</p><p>では聞こう。</p><p>&nbsp;</p><p>現代唯一の皇帝を日本語でお呼びする時、何と呼称するのが正しいのか。下記の三つのなかから選び給え。</p><p>&nbsp;</p><p>一、天皇</p><p>二、天皇陛下</p><p>三、天皇様</p><p>&nbsp;</p><p>正解は一。天皇は最上級の尊称であり、他に尊称を付ける必要はない。</p><p>二については間違いではないが、尊称過多ではある。陛下のみで通じる。ただし、他の国王や王妃、また皇后も陛下になる。</p><p>三は小耳に挟んだ程度だが、そんな様子のおかしな呼び方をする人がいると聞いた。</p><p>名で呼ぶのは皇族でもなければ不敬と言えるが、様を付けるなら名で呼ぶ時だけだろう。（例：愛子様など）</p><p>天皇は名ではなく、そもそも肩書である。</p><p>お釈迦様とは呼ぶが、仏陀様とは言わない、と思われる。</p><p>仏陀は「目覚めた人」を意味する称号で、それ自体に敬意が込められているからだ。</p><p>貴人に対する敬称で「御前様」というのがあるが、高位の者であって、最高位に対する言葉ではない。</p><p>「御前様」のモジり、午前様のようにからかっているのではないかと邪推する所である。</p><p>歴史も日本語もおかしな人々が増えたか、ネットで可視化されたからなのか。どちらでもかまわないが、憤懣やるかたなしである。</p><p>&nbsp;</p><p>ですますを並べて喋るのは、英語で言えばI am was~と言っているようなもので、時代と共に変化するではなく、日本語というより言語が崩壊しているとした方が正確だろう。</p><p>陰謀論で地球は宇宙人に支配されているというのがあるが、この宇宙人のような言語感覚を当然と思っているのを見ると、その点では真実だろうと首肯したくもなる。</p><p>&nbsp;</p><p>ゲームか何かで見た、人間の言葉を喋るが見た目は幼い少女のような妖精の口調を思い出す。</p><p>「～ますです」と。</p><p>これが「～ますでしょう」や「～ますでしょう？」だと丁寧な喋り方になるらしい。</p><p>どうやら日本は妖精に支配されているようだ。</p><p>下手な悪霊より恐ろしい。</p><p>将来、己のデスマスクは、ですますで苦しめられた、ですます苦に満ちた表情を浮かべている事だろう。</p><p>&nbsp;</p><p>日本は日本人の国である。</p><p>妖精や宇宙人や悪霊は退散するか、さもなくば大人しくしていてもらいたいものだ。</p><p>とはいえ、大人でないから「ますですぅ」と喋るのだろう。</p><p>ますます苦しくなって来た。</p><p>が、言いたいことは言ったので終わる。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976362517.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 12:05:53 +0900</pubDate>
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<title>外道の統率</title>
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<![CDATA[ <p>「日本のために死んでくれ」</p><p>&nbsp;</p><p>とだけ書くと、特攻隊の話かと思われるだろうか。</p><p>なんと、令和の時代にこちらに向かって投げかけられたという、奇怪としか言いようのない実話である。</p><p>&nbsp;</p><p>余談だが、特攻の命令を兵に下した軍人（名前は忘れた）はこの作戦を「統率の外道」つまり作戦と呼ぶに値しないと非難し、悔やんでいたと言われる。</p><p>&nbsp;</p><p>歴史の話はさておき、何故このような時代錯誤の世迷言を聞かされたのかを軽く。</p><p>&nbsp;</p><p>しばらく前、ある仕事をしていた。</p><p>&nbsp;</p><p>こちらが慣れなくて覚束ないのもあるが、何せ人手も少ないので教わり切ることも出来ない。かといって専門技術がないと出来ない仕事でもないという半端な状況だった。</p><p>&nbsp;</p><p>具体的には清掃作業で、店舗の閉店間際や閉店後に厨房設備の一部を洗浄する。</p><p>二人一組で分担するのだが、いつも組んでいた上司が冒頭の言葉を吐いたという訳である。</p><p>&nbsp;</p><p>週三日程度のアルバイトで入っていたせいなのか、しばらく引きこもっていたので労働自体が辛いのか、それで自身の覚えが悪いのかとも思ったが、そうとだけとも思えない。</p><p>言い訳がましく聞こえるが、ペルシアのある王が、大軍勢を所持していたのに、いざ攻められると兵を放り出して逃げ出すので、寡兵に打ち破られ滅亡したなどとあるように、目に見える事だけが真実ではないだろう。</p><p>&nbsp;</p><p>回りくどい言い方をしたが、その暴言上司は上役の人間がいない時はいつも彼らの陰口を叩き、入社したてのこちらに向かっては「こんな仕事辞めた方がいいぞ」などと言って来る。</p><p>現場に向かう際には「やりたくない」「いきたくない」といった呪いの言葉を日課のようにつぶやき、こちらはまだ見た事もない現場が面倒な所なら、如何に面倒かを語るといった有様である。</p><p>&nbsp;</p><p>社長などの上役や事務方の人間性については、直接相対したことがほとんどないこちらにとっては無意味ではあるが、直に相手をしていた暴言上司の言からすれば事実なのだろうとは思う程度。</p><p>&nbsp;</p><p>それよりも、ペルシアの話を引き合いに出した件で書いていく。</p><p>確定しているのかは不明だが、人は言語を脳で処理する時、主語を理解しないという。</p><p>いや、してるではないか？と思われるが、それは経験による記憶を働かせているからで、本質的には理解しない。</p><p>それで上に書いた「呪いの言葉」を振り返ってみ給え。</p><p>こちらも当人も「仕事自体やその現場に行きたくないのだな」と考えるだろう。</p><p>しかし、飽くまで主語を知識で補っている理性的な働きであって、感情や感覚ではこうなってしまう。</p><p>こちら側からすれば「お前と仕事をしたくない」とか「お前と現場に行きたくない」と言っている事にもなる。</p><p>毎度そんな言葉を浴びせかけられて、こちらも本腰が入ると思えるだろうか？</p><p>試しに毎日の食事の際に「食べたくない」とか「美味くない」などと、腹が減っていてもつぶやいてみるといい。</p><p>好物でも生ごみか砂を噛むような具合になるだろう。</p><p>話を戻すが、そんな具合で言葉にならない違和感を抱いたまま仕事をすれば、慣れていないこちらはミスばかりになる。</p><p>それで暴言野郎はこう言う。「やる気あるのか？」と。</p><p>毎日やる気を削いでいるのは誰かが分かっていないのが実に微笑ましい。</p><p>そして本人のやる気も削いでいるので、いつも疲れたとほざく。自縄自縛という奴である。</p><p>それが続いて三か月ほど。</p><p>帰りの車で暴言野郎は、へらへらと笑いながらとあるアニメのシーンの話を始めた。</p><p>何のアニメかは本題に関係ないので割愛するが、ラスボスと対峙した主人公が、相手に向かって「お前は生きていてはいけない」と吠えるシーンである。</p><p>台詞を間違えているので訂正したりしながら話を続けると、暴言野郎は続けた。</p><p>「お前も同じだ。だから日本のために死んでくれ」と、その話を切り出した時と同じく、へらへらと笑いながら。</p><p>当初はともかく、徐々に薄気味の悪さが強くなっていたとは言え、真に受けずに笑いながら聞いて帰宅した。</p><p>週末で数日仕事が休みだった。その間、日に日に気味の悪さが盛り上がり、週明けの仕事の前日に事務所に赴いて「あんな奴と仕事なんぞ出来ん」と放り出して辞めて来た。</p><p>事務方が暴言野郎の報告でこう聞いていたと語った。</p><p>「彼は将来ここで働く気があるのか分からない」などと。</p><p>毎度辞めた方がいいだの「いやだ。やりたくない」だの、「この会社はクソだ」だのと言うのだが、へらへら笑いながらイカレ切った暴言を吐くだけあって、保身だけはピカ一らしい。</p><p>と、冒頭の台詞を聞いたシチュエーションとあらましである。</p><p>&nbsp;</p><p>当時、Ｘというより罰点マークのＳＮＳにこの事を書いた。</p><p>未確認だが恐らく永久凍結で閲覧も出来ないと思われるので、かつての文の趣旨を書く。</p><p>それはこうである。</p><p>「お前の様なのが日本だというのなら、そんな日本は願い下げだ」と。</p><p>余談だが、彼奴は脱税（競艇の配当金の未納）をしている。</p><p>馬鹿げた金額ではないので税務署も目こぼししている程度ではあるが、それでいて与党の某議員の不記載の件を「奴は裏金をため込んでいるに違いない」などと貶す。</p><p>どの口が言うのか。しかもその議員は書類を再提出した上に党から処分も受けたというのに、その点は無視である。</p><p>話を戻す。</p><p>&nbsp;</p><p>書いてすぐに返信があった。</p><p>一言「わたしならできますよ」と。</p><p>お前は何を言っているんだ？と本当に頭に来たので、「ではそうしてください」と返した。</p><p>ちなみに、半月前だかぐらいにフォローをしてきて、何度かやり取りをしていた人物である。</p><p>&nbsp;</p><p>するとこう続けてきた。</p><p>「日本だとか大きなものだとかじゃなくて、例えば周りの人だとかそういうものです」と言った内容の話を、文字数が足りないのもあって二回に分けて送ってきた。</p><p>ちなみにその返信を見る前に、こちらも少し間をおいて指摘を書いた。</p><p>「あなたは前にも、陰謀論者のおっさんがこういう馬鹿な言動をしていた云々の話を勝手に陰謀論の話として勘違いして誘いをかけるような事をしてきましたね？ちゃんと読まずに条件反射で物を書くのは辞めなさい」と。もっときつい言葉で書いたが。</p><p>&nbsp;</p><p>こちらもヒートアップして延々やりとりを繰り返したが、そのうちに、相手は命をかけられる物としていくつか列挙した。</p><p>その一つにこれまた大仰にも「この世に必要な者」などと。</p><p>それでこちらは聞いた。丁度イランの爆撃が起こった直後である。</p><p>「ハメネイ師が死んで喜ぶイラン人と悲しむイラン人がいるが、どちらかはイランのか？」と駄洒落を交えて。</p><p>返信がこれまた話を読めていないのだろう、しかも陰謀論でよく聞く言葉であった。</p><p>「あいつは操り人形だからいらない。ヴェネズエラも一緒だ」と。</p><p>ヴェネズエラの大統領夫妻はアメリカに連行されて裁判を受ける事になっていたが、そ奴の中では既に死亡していたらしい。</p><p>思い出すと気分が悪くなるのと、細かい部分は忘れたので馬鹿げたやり取りの中間部分は省略する。</p><p>少し飛んで、こう聞いた。</p><p>「この世に必要な者などと一方的に決めるのだったら、それがお前やお前の肉親や知人がそれにそぐわない時、お前は処断するつもりなのか？」と。</p><p>過激な言い方だが、操り人形だからいらない、も十分イカレた発言だろう。</p><p>するとこう来た。</p><p>「なぜそうする必要があるのか？自分がこの世に必要かは他人が決める事だ」と。</p><p>原文は、それまでのやりとりでは使ってこなかった絵文字（('ω')のような奴）を使ってきており、一体何のつもりかと不信感が強まったものだ。</p><p>ついでに思い出した。その喧嘩状態のやり取りのうちでもあったのだが、己が如何にして陰謀論に目覚めたかを語っていた。その内容が実にお粗末というか人として大丈夫かと心配になるものである。</p><p>具体的な内容は省くが、所謂「虫の知らせ」を天啓だと言い張っていた。</p><p>新品の靴を履こうとしたら紐が切れたとか、茶を飲もうとしたら触ってもいないのにカップが割れたとかいう具合の話である。</p><p>それから少し飛んで、と書き始めたやりとりに戻るが、これには数日開いていて、頭に来ていたこちらはしつこく質問を繰り返していた。</p><p>それで向こうは答えに来たのだが、いきなりまた上述の「虫の知らせ」自慢から入って来た。聞いてもいない上に質問の答えはしていなかった。</p><p>「バカみたいに思えるでしょう？」などと自嘲気味に言って抑制している振りをしているが、正直言ってバカである。</p><p>つまり「わたしならできます」は自慢したかっただけと。</p><p>&nbsp;</p><p>埒が明かないのは当初から分かっていたと言うと今さらな感じではあるが、最終兵器としてこう書いた。</p><p>「前に書いた暴言上司の「日本」は、自身が日本を代表しているわけでもないのにごまかしている。少数意見を強訴する時、皆な訳がないのに「皆が言っている」などとごまかす。あなたはあなたの子がこの世にとって必要な者だと言うが、あなたにとって必要というのを上の二つと同じようにごまかしているだけだろう。何故そんな大仰な言葉で飾ろうとするのだ？」と。</p><p>書きそびれていたが、「この世に必要な者」の対象に「あの子」というのがあった。一目見た時からそうだと思っていたと語るが、ただの親バカとしか言いようがない。</p><p>それはともかく、こう返ってきた。</p><p>「あなたのような頭でっかちは嫌いだ」と。</p><p>問い詰めたら逃げだすというのは実にどこかの野党のようだが、続ける。</p><p>「自分は人に迷惑をかけていないのだからほっといてくれ」といった具合の捨て台詞を吐いていった。</p><p>もう既に間違えている。そ奴の馬鹿げた己惚れによる粗忽な発言でこちらが迷惑を被ったから激怒して問い詰めているのに、理屈と言うものがまるでないとしか考えられない。</p><p>その点を指摘してさらに返信をしたが、直後にこちらがブロックしたのでそれに対する返信があったかどうかは確認しておらず、また確認する術も今はない。</p><p>&nbsp;</p><p>罰点マークのSNSにこの事を何度か書いて来たが、とりあえず前回と今回のは書き残しておきたかった。</p><p>寝ようかと思っていた時間から始めたのでかなり乱筆である。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、前回の「インチキ霊媒師」のインチキ発言を見かける事になったのは、この「操り人形」発言の御仁のポストからであった。</p><p>&nbsp;</p><p>操り人形氏は、ある日インチキ霊媒師のポストを連続でリポストしていて、ふとそこからインチキ霊媒師のアカウントを開いてみたら、前回書いた「熊被害は自然破壊の報い」及び「訴訟するぞ」の２コンボ発言を目の当たりにしたのである。</p><p>&nbsp;</p><p>今年の三月は罰点マークで凍結祭りが起きており、インチキ霊媒師も一日だけだが凍結を食らっていた。</p><p>運営が掲げる凍結の基準（BOTの如き連投をしていないか等）や検索で出た推測されている凍結事情と、脅迫罪になり得る上述の発言、そしてそれまでに感じていた違和感を含めて論評した。事実、ＢＯＴのように自身の発言をリポストするという、運営からしたら怪しむに足る行為もあり、だから凍結されたのだろうと。</p><p>すると操り人形氏は自身のポストでこう語っていた。</p><p>「悪口ばかり書くな。彼は真実を語ったから凍結されたんだ。お前みたいなヒョロヒョロの奴なんてもてるわけがない」などと、下手な子供より子供な悪口を書いていた。</p><p>見かけてすかさず「わたしがいつ他人の容姿を貶したか？言動を論評したに過ぎない。そして悪口は投げかける者自身のコンプレックスだという事を知っているのか？」と釘を刺しておいた。</p><p>こういう指摘については、前回のインチキ霊媒師と同様、まったく反応が返ってこなかった。</p><p>似たもの同士というのかなんというのか。</p><p>ついでに、件のインチキは一日で戻って来たのでこうも付け加えておいた。</p><p>「真実を語って消されたと言っていましたが、一日で戻ってこれたというのは大した真実でないか、真実なんぞ語っていなかったか、または界隈で言う工作員なんですかね？」と。</p><p>無論、返事はない。</p><p>&nbsp;</p><p>特攻作戦は統率の外道と、命令を下した軍人ですら罵ったと冒頭に書いた。</p><p>&nbsp;</p><p>陰謀論者限定ではないが、破綻した思想というより思考、いや狂ったパターンに自身を同化させ、それを一顧だにしない人々というのは統率の外道ではなく、外道の統率の元にあると言えよう。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976335959.html</link>
<pubDate>Fri, 21 Aug 2026 06:03:08 +0900</pubDate>
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<title>他人に趣味を貶されて</title>
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<![CDATA[ <p>久方ぶりにブログで記事を書くことにした。</p><p>プロフィールにも書いたが、かつてのgooブログは消滅。</p><p>X（旧称Twitterとか書いてあるのを見るにつけ、この名称変更にはいら立ちが募る）は凍結。</p><p>役人には及ばないが長くて回りくどい書き方をする己にはブログで良いだろうと、数年ぶりに開設することにした。</p><p>自己紹介のような何かはさておき。</p><p>&nbsp;</p><p>初投稿で何やら思わせぶりな題になっているが、故なき事ではない。</p><p>長く書けば書くほど読む人も減って丁度いいので、一体何を主題にしているのか分からなくなっていくであろう話を始める事とする。</p><p>&nbsp;</p><p>題名から話を引き継ぐが、人は己の趣味を貶されるとムッとする。</p><p>場合によってはカッとなって相手をカットすることもあり得るだろう。</p><p>カットで済めばよい（よくはない）が、生命活動をカットすることも起こり得る。</p><p>相対する者の命のカットはいささか冗談だが、人の命は有限なので、楽しく過ごすはずの時間を台無しにされるという事は命を削られているに等しく、冗談とも言い切れないか。</p><p>そんな私見は脇におく。</p><p>取り敢えず、今も思い出す極端で少々危ない話をする。物理的なカットの話ではない。</p><p>&nbsp;</p><p>踏み込んだ話になるが、己は某宗教団体の家系の生まれで、高校までは公立だったが大学はそこに送られた。</p><p>何のどこのとは言ってもいいが、話の主題ではない。</p><p>在学中、一つ上の先輩が、その友人を宗教の集まりに連れて行った話をした。</p><p>彼女は熱心な信徒で、顔からオーラがにじみというよりあふれ出ているという具合の御仁である。といってもそういう話をしてくる方々は皆そのような具合ではある。</p><p>成功した話かと思ったら、連れて行った友人に散々貶されたという。気持ち悪いとまで言われていたか。</p><p>そして彼女はそこまで言われて涙が止まらなかった、などと語った。</p><p>&nbsp;</p><p>元々熱心でないと言うより拒絶していた己には、「大変でしたね」ぐらいの感想しかなかった。</p><p>当時もそう思ったかは忘れたが、今はこう考えている。</p><p>「あなたは宗教団体そのものなのか？」と。</p><p>先ほど本題に入る時に触れた、カッとなるのが外に向かないだけで、起きている事は同じである。</p><p>趣味を貶された人が我を忘れてカッとなるのと同じ現象なのである。</p><p>「宗教団体」と書いたのには理由がある。回りくどいと思われるが、後ほど改めて解説するので、ご承知おきの上、続きをお読みいただきたい。</p><p>&nbsp;</p><p>上述の彼女と趣味を貶されて我を忘れる人の共通点。</p><p>深く考えるまでもなく見当のつく事だが、「趣味」が人格と不可分になっている。</p><p>人格と書くと大仰だが、分かりやすい言葉にすれば「生きがい」と言えばいいだろう。</p><p>それで強い怒りを抱いたり絶望に涙を流しているとなる。</p><p>しかし不思議なものだ。</p><p>同じ大学の別の先輩の話だが、高校までは野球をしていたが怪我で出来なくなった。確か腰を痛めたと言っていたかな。</p><p>「俺はもう生きていけない」と言った具合の気持ちを抱いたと語っていたと記憶する。</p><p>しかし奮起してテコンドー部と茶道部（己も在籍していたので聞いたのだ）を兼部して立ち直り、あの時は辛かったが今ではいい思い出だと、言い方は悪いが、よくある達観を述べていたものである。</p><p>彼は野球に命をかける勢いで打ち込んでいたが、それを完膚なきまで砕かれたのに生きている。</p><p>別に「天に召されよ」と言っている訳ではない。</p><p>先述の「趣味」もしくは「生きがい」を貶されては我を忘れる両名も、その時点で気付かなくてはいけないのである。</p><p>趣味といい生きがいといい、それらは自分自身ではないという事に。</p><p>「趣味」の方を例えばアイドルの押し活の如きとしよう。</p><p>そのアイドルが不祥事で消えたならなんとも言えんが、事故や病気で急死したとしよう。</p><p>推す人々はまるで己の身が引き裂かれたかのように嘆き悲しむだろうとは想像に難くない。</p><p>泣くな、という話ではない。</p><p>しかし己の身が引き裂かれたり、そのアイドルと同じ経緯の死に至る事はまずない。</p><p>一方の「生きがい」はというと、途中で忘れそうになったが、宗教ではなく「宗教団体」と書き分けた理由も添えて書く。</p><p>といっても、すぐ上の「アイドルの死」と同じである。</p><p>そういえばうちの団体のトップが何年か前に…ああいや。</p><p>何らかの要因で宗教団体が消え去ったとしよう。組織の上で起きた不祥事と全体への隠蔽で、末端は善行を働いていたつもりが、悪の片棒を担がされていたと。</p><p>行ないは賛否はあれど善行だったとして、結果は第三次、ではなく大惨事だったと。</p><p>教えは少なくとも表面上は正しかったが、手段がイカレていたと思えばよい。</p><p>ただ、犯罪者として末端がしょっ引かれるような具合ではなかったと。</p><p>それで今まで知らされなかった最悪の顛末を聞かされた末端信者はどう思うだろうか。</p><p>「あの教えはインチキだったんだ！」と、我を忘れて皆怒り狂うだろう。</p><p>果たしてインチキだったのだろうか？</p><p>あなたが信じておられたのは教えだったのでは？</p><p>それとも、帰属意識由来の安心感と、それと裏返しの疎外された時の孤独を恐れたが故の思考停止だったのか？と。</p><p>どこの組織の事とは言わないが、古今も洋の東西も問わずに起きている事ではある。</p><p>現代ならともかく、中世ヨーロッパの場合は、教会から破門されれば死に直結だったのだから。</p><p>話がやたら戻るが、先述の然る先輩が涙ながらに語った、宗教の集まりに友人から否定的な感想を述べられて涙した理由となる。</p><p>&nbsp;</p><p>ハァ。これだから宗教は怖いねぇ、とはならない。</p><p>正確に言えば人のやることなす事は全て狂気を孕んだ凶器に陥り得る。</p><p>&nbsp;</p><p>同じく「趣味」として、己が経験した話を書いておく。</p><p>&nbsp;</p><p>Xというより罰点マークと言いたくなる例のSNSの話しである。</p><p>&nbsp;</p><p>今も大差ないが、己は所謂陰謀論者に近い人間ではある。</p><p>半信半疑を揺れている状態と言うより、本質的に誠実な人間を見た覚えがない上に、持ち出す話もデタラメだったりするので、見るに聞くに堪えない気持ちの方が強い。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも時折、そういうのが気になる時期があって見ていた然る人物。</p><p>納得できる部分もあるような？という具合で見ていたが、ある時にひどく不審な点を多く見出だしたのでしばらく見ていなかった。</p><p>それからしばらくして。</p><p>今年の三月ごろか。</p><p>熊の被害が相次いで報道されていただろう。</p><p>その人物が唐突にネットのニュース記事の引用を貼ってこう述べた。</p><p>「熊被害は自然破壊の報いだ」と。</p><p>被害の内容は、熊被害が頻発している地域住民の怪我か死亡の件であった。</p><p>返信欄にやりとりがあるので覗いてみると、この無神経極まりない発言に腹を立てた人物が猛然と噛みついた。</p><p>すると然る人物が答えた。</p><p>「誹謗中傷だ。訴訟するぞ」と。</p><p>はて。一時期与野党問わず左翼的議員が批判されたら同じ事を返していたような気がするものだな？</p><p>然る人物も妙に反体制的（陰謀論者だから当然か？）で左翼政党の醜聞にはほぼ触れないし、怪しいと思った決定打の一つが、石なんたら前総理の著作の、小学生でも知っている戦時中の兵士が悲惨な目にあった戦略的理由を書いた件を、他の政治家が言わないので「こいつはまともだ」という風な具合で紹介していた点など、符合する所しか思いつかない。</p><p>話が逸れたが、熊被害＝自然破壊というのは短絡に過ぎる。</p><p>荒廃した里山では蝶が暮らせずに余計に数を減らしているという調査報告があるそうだが、熊は賢く狂人、ではなく強靭なので、原生林もなんのその。</p><p>寧ろ弱弱しい人の群れなんぞ鹿より恐ろしくない訳で、（無秩序な）自然回帰が熊被害を呼んでいると言った方がよい。</p><p>仮に、メガソーラーなどの自然破壊で報いを受けたというなら、阿漕な業者や怠慢な役人が襲われなければ嘘になる。</p><p>だから然る人物（以下インチキ霊媒師）に直接問うた。</p><p>「お前は無辜の民が被害を受けた理由を語れるのだな？ならしかと語れ」と。</p><p>飛んできたインチキ霊媒師（以下そ奴）の第一声はなんだったかお分かりになるだろうか？</p><p>それはまったく想像がつかない物だった。</p><p>「会いに来い（鼻笑）」だった。原文である。</p><p>（笑）はそ奴の癖で、今も続いているのか分からないが、チャットなどの文末にｗを付けるのが有るだろう。</p><p>同じ由来のものなのだが、その経緯は話が長くなりすぎるので割愛。</p><p>それから延々、改めて質問を詳細に書いて返信したが、インチキ霊媒師らしく、「人として正しくないと無意識に感じているから怖いと思っているのだ」（これは第一声を受けた時に軽口で「怖いね」と言っただけの話しである）やら、「まともに話できないお前に友人などいないだろう？」などと、悪罵としか言いようのない言葉を畳みかけて来た。</p><p>これらにはこう返した。</p><p>「なら、脅迫罪になり得るような返信やそれの元になった発言は人として正しい行いだと信じているのか？」や、「友人がいるかどうかというのは、論破されたオナゴが相手に向かって「お前はモテない」と言って勝った気になるのとどこが違うのだ？」返しても一言も返ってこない。</p><p>会いに来いの一点張りで、なおかつ質問の返答や反駁に対する反駁もない上に、やたら返信に時間がかかり始める。</p><p>待ちくたびれたので冗談で「我が家に土産を持ってきたら会いましょう。そしたら殴り合いでもしますか？」などと言ったら即座に乗ってくる。</p><p>最後に「どこに行けばいい？」と聞いて来たので、呑みながら（上述の反駁も吞みながらだったが）こう返した。</p><p>「天上界」と。</p><p>すると返事がまるで来ない。</p><p>忙しいのか？寝たのか？と思い、あちらを覗くと「天上界」と書いたのを見たすぐ後ぐらいにこういうつぶやきが残されていた。</p><p>「どうか安らかでありますように」と。</p><p>さらに問いかけたが、どうやら勝利宣言らしく、それから一言も返ってくることはついぞなかった。</p><p>ただ、時折そ奴は、上記のようなインチキ霊媒師らしい謎めいた言葉をつぶやくのを見た事があり、その時も恐らく同じ目に遭っていたのだろう。</p><p>よに平穏のあらんどろん。</p><p>&nbsp;</p><p>と、怒りに任せて書き連ねたが、一連の脅し文句は彼自身の自己紹介である。</p><p>上述の殴り込みをかける前にあちらのポストで件のやり取りを探したが消えていたので、記憶違いの可能性もあるとは言え、消したのだろう。</p><p>勘違いの可能性もあるし証拠も取っていないので言っていないと言えばそれで引き下がるとも言ったのだが、それでも頑なに答えようとしなかった。</p><p>相手の温情を全て悪意と取るというのは、実に陰謀論者というか、インチキ霊媒師仕草と評する他にない。</p><p>そもそも必要な弁明をしない事と言い訳をしない事を一緒くたにする態度は、第三者は騙せても当事者は騙せない。</p><p>ファンネルだけは褒めていた（いいねがついた）の見ていて、痛々しいものを見ている思いが募るばかりであった。</p><p>痛々しさの重ねがけをしておく。</p><p>趣味を貶されると人が怒るのと同様、人が他人を攻撃する時に使う言葉は、攻撃者のコンプレックスから由来する。</p><p>「怖いと思っているのは人として正しい行いと思っていないからだ」というのは、（恐らく）ポストを消した件でありありと見えるし、「友人はおるまい？」も、自身は友人（という名の奴隷）がいないと不安になるから相手もそうに決まっているという先入観があるから出る言葉である。</p><p>霊媒師は人がいようがいまいが、霊に対峙するから霊媒師である。</p><p>インチキ霊媒師は霊がいようがいまいが見えまいが、「ゐきている」人間を食い物にする。</p><p>※昭和の従軍作家、石川達三の著作に『ゐきている兵隊』というのがある。生々しい戦地の日本軍兵士の有様を現地で取材して描いたので発禁処分を食らった。</p><p>戦争を始めるのは権力者だが、犠牲になるのはいつも庶民という言葉があるが、インチキ霊媒師の熊発言もまったく同じ趣旨となっているのである。</p><p>陰謀論者が一番陰謀を働いている。</p><p>&nbsp;</p><p>他人の趣味を貶すものではない。</p><p>そして貶されたので殴ってよいという理屈は成り立たない。</p><p>何故か？「趣味」も「生きがい」もそれぞれの自分自身ではないのだから空を裂くのみ。</p><p>そしてその空は、其方なのである。</p><p>&nbsp;</p><p>わたしはお前を殴っているのではない。</p><p>自分自身を殴っているのだ。</p><p>それが分らんから、お前の吐いた言葉は全てお前に返っているのだ。</p><p>分かったか？インチキ霊媒師。</p><p>&nbsp;</p><p>上述してきたインチキ霊媒師は、書いて来たように特定アカウントについてだが、飽くまで人に現れる人格の一例である。</p><p>陰謀論者であったり政治家であったり詐欺師であったり上司だったり隣人であったり友人であったりと家族であったり、立場や経歴や性別などを問わず、常々誰にも表出しうる、一種の邪霊のようなものと言える。</p><p>ちなみにこの邪霊。件のインチキ霊媒師が使っていた言葉でもある。</p><p>&nbsp;</p><p>と、このような事を昔のブログや罰点マークのSNSに書いて来たのである。</p><p>最後まで読み上げた奇特な方にはねぎらいの言葉を贈る程度しか出来ないが、機会があればまたどこかで。</p><p>&nbsp;</p><p>では、よき終末を。</p><p>※前ブログで使っていた締めの言葉。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anjohhatp/entry-12976273798.html</link>
<pubDate>Thu, 20 Aug 2026 13:12:10 +0900</pubDate>
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