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<title>anmitsu0のブログ</title>
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<title>新年の挨拶</title>
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<![CDATA[ <p>1年の始まりに、普段よく利用しているお店に知人・友人と同様、「今年もよろしくお願いします」と挨拶することはとても良いことだと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>普通はお店のほうが年賀状を届けたりポスターを張って挨拶をするものだけど、反対のお客側がする習慣。</p><p>&nbsp;</p><p>ほかに日頃お世話になっているものを探してみると、電化製品や道具、電気、ガス、水道といったライフラインなどがあり、これらはすべて生活に欠かせない大切なもの。</p><p>&nbsp;</p><p>想いは相手に伝わるものなので、こうすると一年間安定した供給を得ることができる。それと清々しい気分になれる。</p><p>&nbsp;</p><p>誰も一人で生きることはできず、みんな多くの人や物に支えられている。</p><p>&nbsp;</p><p>人間、いつだって謙虚でいることが大事で、このような感謝の気持ちがある人が神にとって好ましく、味方になってくれる。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12835715318.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jan 2024 00:51:29 +0900</pubDate>
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<title>ウクライナ侵攻</title>
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<![CDATA[ <p>繰り返しますが、戦争を最速で終わらせるには、被害を最小限に抑えるには、敵が攻めて来ても迎え撃たないこと。</p><p>&nbsp;</p><p>一日でも早く終戦を迎え、敵の攻撃におびえることがない以前の平穏な暮らしを取り戻したいのであれば、ウクライナはロシアの属国になるほかに選択肢はありません。</p><p>&nbsp;</p><p>この決断はウクライナの人たちにとって身を裂くほど辛く、悔しいものであることは十分承知しています。しかし、国民の多くの尊い命を犠牲にし、困難な避難生活を強いてまで自国を敵の侵攻から守り、存続させる価値は果たしてあるのでしょうか。一番大切なことはいったい何なのか。そもそも自分たちにとって国家とは何か。</p><p>&nbsp;</p><p>本当に国民の安全と国の平和を思っているのであれば、決心するまでに時間は要しないはず。</p><p>&nbsp;</p><p>「それはいくらなんでも極端だ」と反対の声も多いことでしょう。そう思う人は、これに代わるウクライナが救われる名案を教えてほしい。反論することは簡単で、誰にだってできます。じゃあ、自分はどう考えているのか。それをセットにして出てきてほしい。</p><p>&nbsp;</p><p>本当に平和を望んでいるのであれば、戦わない立場を貫くこと。一貫した非戦主義。</p><p>&nbsp;</p><p>アメリカとドイツは正義感と親切心から積極的な軍事支援を行っていて、これは一見すると終戦を早める有効な手助けのように思われますが、実際は逆に戦争が長期化し、死傷者を増加させる間違った行動。</p><p>&nbsp;</p><p>攻撃に対して攻撃をしても、よほど軍事力が勝ってない限り終わりは見えてきません。</p><p>&nbsp;</p><p>火を消すには火を使うのではなく、正反対の性質を持った水をあてる。戦いは戦いで解決することはありません。</p><p>&nbsp;</p><p>ウクライナの指導者はここで一度立ち止まり、市民は本当にこれ以上の抗戦を望んでいるのか耳を傾ける必要がある。</p><p>&nbsp;</p><p>この問題の根本にあるもの、大元となっているのは自国愛の強さ、国家主義に基づくアイデンティティーだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>この偏愛ゆえに「独立は認めない。我が国の一部であるべきだ」という相手の人権を無視した自分勝手でわがままなことを言い始める。</p><p>&nbsp;</p><p>自分自身を確立できていない空虚な人間だから祖国の誇りを胸に生きる。そんなものは幻想にすぎない。</p><p>&nbsp;</p><p>石油一滴の価値もないプライドを捨て、国際人としての自覚を持たなければ世界から戦争が無くなることはありません。人は国家という狭く限られたところに居るのではなく、地球というもっと広い惑星に住んでいる。他国の文化を尊重することも大切。心の国境を破壊するのです。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12790435298.html</link>
<pubDate>Tue, 21 Feb 2023 23:17:52 +0900</pubDate>
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<title>運気</title>
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<![CDATA[ <p>投手と打者の対決に例えるとよくわかる。今日は○球目の運気が悪いからといって甘い球をやすやす見逃すなんてこんな馬鹿な話ってない。打てる球を振らないでいたら打率は下がる一方でクビになることは目に見えている。これでは打者として失格。</p><p>&nbsp;</p><p>運気を恐れて躊躇するのではなく、チャンスは二度とやって来ないと肝に銘じ、見えない存在からの貴重なご厚意を確実にものにする。好球必打。</p><p>&nbsp;</p><p>「不幸」は運気の影響などではなく、人生にはつきもの。この世界は楽しいことに満ちあふれた天国ではない。簡単ではないからこそ生きがいがあるというもの。</p><p>&nbsp;</p><p>面白くないことをすべて運気のせいにしていたらそこから得られるものを見過ごしてしまうし、反省をする習慣がつかなくなるので同じ失敗を繰り返すことになり、これではダメ人間と化してしまう。</p><p>&nbsp;</p><p>有名人が過去に経験した災難ばかり強調しているけど、逆に良い運気の年に幸運は訪れたのか。データとして不十分で信ぴょう性に欠ける。</p><p>&nbsp;</p><p>人間は弱いので数例の災難を見せつけられるだけで怖くなって何かにすがりつきたくなるもの。</p><p>&nbsp;</p><p>確かに自然には一定のサイクルがある。しかし、気温が低下すると活動ができなくなる変温動物や生産能力がないため仕方なく冬眠せざるを得ない哺乳類と人間を一括りにするのはこじつけであってこれは根拠にはなっていない。他の生物に比べ脳が発達している人間は環境の変化に対応して生きていくことができる。光と水があれば勝手に成長していく植物とも違う。</p><p>&nbsp;</p><p>自然に生かされているから自然のリズムに合わせるのではなく、そこは感謝。日本で多くの支持を集め大勢の人に信仰されているこの自称「幸運の手引書」は大きなな勘違いをしていて、生きるうえで上位に位置する大切な事柄が抜け落ちている。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、今日に至るまで企業のトップが立ち止まっていたら同業他社のライバルに淘汰されるだけでなく、今みんなの身の周りにあるさまざまな便利で不可欠なものは生まれていなかったことになる。これららの恩恵を享受できているのは彼らが何年にも渡って積極的に行動してきたからこそ。考える頭を持ち動くための足が付いている人間の半分を否定している。</p><p>&nbsp;</p><p>自由が人類の文化、文明を進歩させ感動や喜びを生むのに対して束縛はストレスを生み、周囲の人を怒り散らすはた迷惑な人間を形成する。これは他人の行動を制限する側にも同じことがいえる。幸せとは心が乱れておらず湖のごとく静かで穏やかな精神状態にあることをいう。幸せが何かをわかっていない者が人を幸せに導くことなどできない。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>あともう一息</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それと、何をやっても大丈夫な安心できる年と注意が必要な危険な年の割合を見ると、人為的に調整された印象を受ける。</p><p>&nbsp;</p><p>安全な年の数を1周期12年の半分よりひとつだけ多くして最低限の安心を与える。そして残りの年がすべて危険な年。これ以上安心させると怖がらないので売れない。これ以上脅すと疑問を抱かせるのでこれもまた売れない。じわじわと湧き出てくる恐怖感。</p><p>&nbsp;</p><p>１周期の変動を四季に例えて活動を控え休むべき期間を冬というのであれば、危険な年の数は5つではなく3つが本当。提唱者の策略と汚い笑みが見えてくる7：5の不自然なバランス。</p><p>&nbsp;</p><p>限りなく増え続けるける生年月日をわずか数タイプに当てはめ行動を統一させることにいったい何の意味があるのだろう。人がいればその数だけそれぞれの人生があるというのに。</p><p>&nbsp;</p><p>新型コロナに罹って亡くなった人や重症化した人の運気を調べてみれば一目瞭然なはず。化けの皮をはがし隠していたものを暴き出すこのウイルスは、考えようによっては正義の使者ともいえる。</p><p>&nbsp;</p><p>落とし穴を掘って誰かがはまるのを待ちそれを見て喜ぶのは神ではなく悪魔。</p><p>&nbsp;</p><p>最も多くの人をだまし、そうやって最も多くのお金を巻き上げた不名誉な世界記録。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12699152956.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Sep 2021 23:48:41 +0900</pubDate>
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<title>自殺</title>
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<![CDATA[ <p>自ら命を絶つことは基本、人生の敗者を意味します。長距離レースを途中で諦めて放棄するようなもの。一人だけゴールまでたどり着けなかった孤独感と敗北感。後悔の念に苛なまれる日々は、ある意味地獄といえるのかもしれません。その苦しみから逃れることができても結局は何も解決されないまま。現実はそう甘くなく、リセットして次の新たな希望に満ちた人生を歩むことはできないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>物事にはすべて例外があると思います。中にはその選択をすることによって救われる人がいることも事実でしょう。しかし、このような後戻りのできない不幸な結果を生む負の側面のほうがずっと大きいということを知っておいたほうがよいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>人によっては何らかの因果を背負い、それを解消する目的を特って生を受けた人もいます。ですが、まったく面識がない人に対して「前世での自分自身の行為が関係している」とか「特別な意味がある」などといって、気安くその人の人生に触れるような真似はしたくありません。それはよけいなお世話というもの。</p><p>&nbsp;</p><p>この世界の存在目的は、自分とは異なるさまざまな性格、能力、主義、思想、立場を特つ人が混在する中で多くの経験を積める貴重な場であること。煩わしい身体を使って生きることによって生じる怪我や病気から学べることもあります。生きていればいずれ何らかの形で援助者が現れるーーこのように考えます。</p><p>&nbsp;</p><p>試練を乗り越えられず挫折してしまうほど人間年齢が幼く未熟な者は試練を避けることはできないのか。自殺は罪なのか、許されないのか。そうだとすればそれはなぜなのか。なぜ苦しみがあるのか。そもそもなぜ生命は誕生したのか。</p><p>&nbsp;</p><p>これらの問い、疑問はどの教科書を広げても答えが記されていない人類最大のテーマ。いわば神への挑戦。</p><p>&nbsp;</p><p>生と死の真意を明確に代弁でき、それぞれの違いを正しく理解している者はこの世に一人としていないのかもしれない。行きつくことのない永久性。神非ざる者、神のみぞ知る、神の領域。</p><p>&nbsp;</p><p>できることは、ただ生きるだけで生きるしかない。いつまでもいつまでも、終わりが来ることはない。これが命ある者の定め。</p><p>&nbsp;</p><p>「知る必要はない」のでしょう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12673348417.html</link>
<pubDate>Sat, 08 May 2021 23:34:45 +0900</pubDate>
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<title>都市封鎖</title>
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<![CDATA[ <p>気づいたことがひとつ。就労者全員が禁止事を行うとどうなるのか。もし実行するとなると経済がストップして、向こうの人たちを含んだ国民の全員が収入を得られなくなるという生活を続けていく上でとても困る事態となってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>これは、コロナ禍で要不要を問わず全国民に外出禁止令を発令し、完全な都市封鎖体制をしいた結果、経営が行き詰まり失業者があふれだす状況と酷似しています。疫病の流行は、今まで“平穏”な日々で隠れて見えなかった法治国家の危うい本当の姿をあぶり出しているとみることもできます。</p><p>&nbsp;</p><p>完全と思われている法制度も実は隙があるということ。これは向こうにとっては生存と権威に関わる致命的な問題点。</p><p>&nbsp;</p><p>なぜこうも自分たちの思惑どおりうまくいかないのかというと、それには当然の理由があります。不正義と完全との距離は無限でどこまで行っても永遠にその差を縮めることはできません。完全は正義にのみ宿るもの。</p><p>&nbsp;</p><p>人は法の上にいるのではなく真理の中にいるのです。この絶対的で不変の真理とは、すなわち神。神を上回るものなど存在しません。この当たり前を理解できていない者というのが世界には一定数存在します。自分ではそんなつもりはないだけで。人類が悩んでいる問題のほとんどを引き起こしているのは、このような多くの勘違いをしている人たちのように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>「見えない」は支配が国民に及ぼす弊害と負としての政治家の姿が見えていないことを、「戦い」は支配との戦いを意味します。人類の敵は味方であるはずの同じ人間だったという悲しい事実。人間は知的生命体を誇っていても実態はこの程度なのです。人間だけが事あるごとに騒ぎ立て、ちょっとやそっとでは動じない動物のほうがよほど立派に見えます。「進化論」が正しいことを前提にすると、“初心”を忘れてしまっている。</p><p>&nbsp;</p><p>もうそう長くはないであろう環境状態を根拠に、このタイミングでの発生は偶然のひと言では片づけられないと思います。このコロナ騒動から何を学び、いかに今後に役立てるのか。未来を決定するのはほかでもない自分自身の心の有り様で、2020年代はこれまでのようにただ毎日を生きればいいというのではなく、一人一人の行動が問われる年代になるのではないかと考えます。大袈裟ではなく、人類はここにきて重要な局面を迎えているように思います。</p><p>&nbsp;</p><p>ワクチンはあてにならず、世間は自然界に存在するものだから仕方がないと諦めて、ウイルスとの共存の道を探る方向に決めたようですが、この問題点から目を背けて逃げているように映る妥協策は不可能で、生きるか死ぬかのどちらか。新型コロナは仲良くできるほど生ぬるい問題ではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>今回の歴史的危機を乗り切るにあたって、悲観的にならず一度ちょっと冷静になって国家の在り方と自分自身を見つめてみることをここに提案しておきます。結果があれば必ず原因もあるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>頼れない政治から確実な神への移行。</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12643083138.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Dec 2020 23:30:38 +0900</pubDate>
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<title>容疑者</title>
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<![CDATA[ <p>まず、容疑者という概念はもともとこの世界にあったわけではありません。この言葉は、支配者が自分たちのものである国を乱されないことと、反乱を起こさせないことを目的に作られた法が整備されたのちに出現したものです。この呼称は、あくまで法治国家内での慣習なのです。法の下では人間は、罪人と非罪人の２種類しかいないことになります。</p><p>&nbsp;</p><p>重い罰を科せれる法の作成を、支配下に置かれていた民衆が自らから望んだはずがありません。ここが重要なポイントです。支配者が自分たちにとって都合のいいように勝手に考えて勝手につくり上げた。</p><p>&nbsp;</p><p>もとをたどれば、罪人を許せないという感情は、実はこの支配者による支配者のための法が起源であり正体なのです。乗せられている。</p><p>&nbsp;</p><p>この暗い呼称を人につけることは、その人を社会から抹殺するだけでなく、人を容疑者という人間ではない別の生物、いわば悪魔に近い存在とみなすことを意味します。そしてこの罪人排除の思想は非常に危険で、このように人間と区別された人に対しては何をやっても構わないと考える者が多数出てきます。それが何かはここに書くまでもでもありません。</p><p>&nbsp;</p><p>国連は世界人権宣言なるものを掲げて世界の人々に安心を与えているつもりですが、そこに書かれていることはどれも笑いたくなるほど当たり前のことばかりで、このような本当の意味での人権に関することには一切言及されておらず、どの国の人々も支配者の管理下の下人権が蹂躙されているのが実情なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>残念のことに、どの国の政治家も真面目を装っているだけの偽善者ということです。支配の上に成り立つ平和、幸福など絶対にあり得ないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>鋭利な刃物ほどの鋭さを持つこの支配者が考え出した差別用語がもたらす傷は、相手の心を通り越して深く魂にまで及びます。</p><p>&nbsp;</p><p>事あるごとにこの心無い政府公認の差別用語を多用するメディアは、中立を基本理念としているといっても、実は政治寄りなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>人間には様々な側面があって総合的に判断されるべきなのに、支配者は小さな子供が好き嫌いをするように自分が気に入らない面だけを見て社会から排除する。このような極端に視野が狭い者たちが国家という巨大な民の集合体の舵取りを行うといずれ必ず転覆します。</p><p>&nbsp;</p><p>法がこの世界に現れた古代以降の人類の歴史は、支配者が決めつけたルールの失敗とその修正の繰り返し。そして、次の人類の課題は、“罪人”差別と行動履歴による偏見。「やってはいけない」（だからといってやっていいというわけではない）という常識として社会に浸透した思い込みにとらわれているうちは克服することはできません。</p><p>&nbsp;</p><p>目指すのは、世間を騒がせてしまった人を異物とみなして排除するのではなく、一人の同じ人間と認めて共存する寛容な社会。新しい時代における、神の視点での多様性とは、人種や性別といった目に見えるものではなく、その人に内在するもの。</p><p>&nbsp;</p><p>テクノロジーを進歩させて悪化した環境を改善しろ、化石燃料に代わる新たなエネルギー源をつくり出せといった無理難題を押し付けているわけではありません。ここで言っているのは意識の改革、すなわち魂の進化。</p><p>&nbsp;</p><p>幸いにもこの世界には世界的宗教の有名な言葉があります。決して不可能なことではありません。経済より人権なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12604963123.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jun 2020 23:11:40 +0900</pubDate>
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<title>大津園児死傷事故</title>
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<![CDATA[ <p>献花に訪れる人たちを見て、幼くして命を失ったかわいい盛りの子供にはたくさんの同情と愛情を注ぐのに、そうでない大人は悪者扱いにすることが気になりました。まるで大人は価値がないとでもいうように。</p><p>&nbsp;</p><p>運転手と園児の不運の度合いは比べることができません。辛いのは他人を死なせてしまったほうも同じです。なのに生き残ったから、命を失ったからという表面的な理由で勝手に決めつける。</p><p>&nbsp;</p><p>人間の賞味期限は極めて短いということです。そして世間は非常に冷たい。</p><p>&nbsp;</p><p>手を合わせることによって世間的な正義の側に立っている自分を確認しているのです。善人アピールとも見受けられます。</p><p>&nbsp;</p><p>図らずとも、この行為は小さな子供がいる家庭とそうでない家庭の間に深い溝を作ることになりました。「あなたたちにこの悲しみはわからない」。</p><p>&nbsp;</p><p>このニュースは、今まで知ることがなかった普段の人の行動からは決して見ることができない人間というものを見る者に教えてくれるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12600210186.html</link>
<pubDate>Thu, 28 May 2020 23:19:58 +0900</pubDate>
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<title>外出自粛・休業自粛要請</title>
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<![CDATA[ <p>苦に対して苦をもって解決を目指すーー。</p><p>&nbsp;</p><p>負は負で消去することはできません。負は正でしか無くすことはできません。</p><p>&nbsp;</p><p>このつじつまが合わないやり方はおかしいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>この国民に負担を強いる対策は、矛盾がはびこる社会をそのまま表しており、そしてこの社会をつくっているのは言うまでもなく国、政府なのです。</p><p>&nbsp;</p><p>本当にこの困難な状況をなんとかして元の平穏な暮らしに戻りたいのであれば、または、いつか再びやって来ることが予測される今回の規模を上回る可能性がある危機に直面したくなければ、この不条理な社会の仕組みを根低から作り変えるしかないのです（具体的にはTwitter @saisei_hoshiに）。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12593136413.html</link>
<pubDate>Tue, 28 Apr 2020 23:34:14 +0900</pubDate>
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<title>ウイルス</title>
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<![CDATA[ <p>人は「なぜウイルスなんているのだろう」、動物は「なぜ人間なんているのだろう」。</p><p>&nbsp;</p><p>視点を変えてみると主体としての自分が被害者にもなり加害者にもなります。</p><p>&nbsp;</p><p>食物連鎖という依存関係の中ですべての生物は他の生物に迷惑をかけながら生きているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>このような文句を言う人は、自分たち人間が世界の中心で他の生物はおまけのようなものだと勘違いをしている傲慢な人ということです。どの生物も人間と同じように一生懸命生きているのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12584572154.html</link>
<pubDate>Tue, 24 Mar 2020 23:04:47 +0900</pubDate>
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<title>“ゴミ”</title>
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<![CDATA[ <p>ゴミという物はありません。ちゃんと役に立ったわけですから。</p><p>&nbsp;</p><p>人や動物が死んでもそれをゴミと言わないのは、その“存在”が尊いからです。</p><p>&nbsp;</p><p>普段から物に対してありがたみを感じていれば、こうは言えないはずです。人として冷たいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>じゃあ、なんと言えばいいのか。</p><p>&nbsp;</p><p>「使用物」又は「不要物」というのが本当です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/anmitsu0/entry-12573781697.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Feb 2020 23:54:10 +0900</pubDate>
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