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<title>私の履歴書</title>
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<description>これまでの楽しかった事、辛かった事、充実してた事、不満だった事、等々覚えている事をダラダラと。</description>
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<title>カミさんと俺</title>
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<![CDATA[ <p><br>　カミさんと結婚後を振り返ると、最初の10年くらいは結構幸せだった。</p><br><p><br>　2009年に下の子が保育園に入りカミさんが仕事に復帰した辺りからかな。毎日イライラしてるのが分かるようになって「子育てと仕事で疲れているんだろう。そっとしておこう」と思ったのが逆に悪かったのかも知れない。毎日のように俺を罵倒するようになり2011年の東日本大震災の前辺りからかな？業務連絡以外の会話がなくなった。しかも家ではテレビ、外では子供の様子を見ながら会話をするのでもうずっとカミさんの顔を正視していない(笑)。「カミさんは俺を愛している」とはまったく思えない。俺も「カミさんを愛している」とは思わなくなってしばらく経つ。</p><br><p><br>　確かに前々から素地はあった。結婚当初からカミさんの御両親が俺の両親を「田舎者」「常識が無い」と小バカにしていると言う話は度々聞いていたし、俺の事も良くは思ってなかったと聞く。横浜に家を買い10年経った今も子供を連れて名古屋に帰って来いと言っているそうだし事実俺がいる前でも平気で子供たちに「名古屋の家の子になるか？」とかカミさんに向かって「名古屋に戻ってこの子達（孫達）をウチの養子にしよう」なんて言ってるし。我慢して笑ってるけど相当不愉快。<br>　それでも新婚当時は俺達二人の間が上手く行っていれば親なんて関係ないと思っていたし結婚式が終われば俺の両親と向こうの両親が顔を合わせるのなんて誰かの葬式まで無いと思っていた。<br>　でも孫が生まれてから向こうの親は少し俺を受け入れるようになって「だんだん関係が改善してきたな」と思っていたが今度はカミさんが俺を疎ましく思っている様子で(笑)、非常に残念。</p><br><p><br>　2011年の東日本大震災ではカミさんは横浜市内の会社で被災し、6時間かけて俺の実家まで歩いたらしいが、その頃俺はまったく被災せず遠く豊橋でのんびりと仕入先と飲んでいたのが相当気に入らなかったようだ。しかもまだ余震も多いその後の日々に家族を放り出して仕事に行っていたのも許せないらしい。だが俺からすれば震災翌日朝のラッシュ並みの新幹線で帰ってきて、上司命令で翌日から3週間全く休みなく仕事をさせられていた訳で。もちろん本音は家族と居たかったが許される状況では無かったのだが理解してもらえないようだ。</p><br><p><br>　2011年の夏には「別の部屋で寝てくれ」と言われカミさんと子供が2階の寝室。俺は客間として使っていた1階の和室で寝るようになった。</p><br><p><br>　さらに2012年には俺の晩飯は基本週末しか用意されなくなり平日は外で食べて来いと言われる。俺の帰りが遅い上に飲み会が多いので晩飯の準備なんかしてられないと言うのが理由だ。もともと朝飯は食べないので平日は家では全く食べる事が無く、週末や休日だけはなんとかカミさんの作った料理を食べているがその内俺の分だけは作ってもらえなくなるのではないかと心配している。</p><br><p><br>　2014年の秋に俺がノックアウト強盗にやられた時も「ふーん」とだけ言って、5分くらいしてから「スーツ破けちゃったから買っていいよ。」だけだった。交番で「家族に迎えに来てもらえ」と言われたが「小さな子供がいるので」とタクシーで帰ったんだが、たぶん電話しても出なかっただろうな(笑)。</p><br><p><br>　2014年の初冬には「あなたが早く帰ってくるとゆっくりできなくて迷惑」とまで言われる。結婚して15年目だったが初めてカミさんに殺意が湧いたよ。だがさすがにどうする事も出来ずに現在に至る。</p><br><p><br>　もちろん関係改善の努力をしなかった訳ではない。今でも家の部屋とトイレの掃除、洗濯物を洗う、洗濯物を干す、食事後の食器洗いは俺が行っていてカミさんの家事は洗濯物をたたむ、食事の支度、子供の世話、それに町内会だけだ。それでもカミさんには俺と関係改善しようと言う様子は見られない。</p><br><p><br>　それでも離婚しない理由は俺にそこそこ稼ぎがあるからだろう。曲がりなりにも一部上場企業の課長の年収を失うのが惜しいので離婚をためらっているに違いない。俺とカミさんの給料を合わせると年収1200万を超えるので世間一般的にはそこそこな家庭になるからな。俺も子供は本当に可愛いと思うので離婚の決心をする事ができない。「子はかすがい」とはよく言ったものだ。それにまだ子供が小さいので今離婚となれば親権はカミさんに奪われるだろう。たぶんこのままの生活を続けて行き、下の子供の就職か俺の定年退職のどちらかのタイミングで離婚を切り出すつもりなんだろうな。<br>　それまでに関係改善が出来ると良いのだが、どうだろう(笑)。</p><br><br><br><p><br>　ひとまず生まれてから今現在まで一通り書いたので、「私の履歴書」はここまでとする。また何年かしたら追記する事もあるかも知れない。以上。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12072119051.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Sep 2015 00:14:40 +0900</pubDate>
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<title>焼け木杭</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2013年12月。毎年恒例の仲間達との忘年会に彼女が来ていた。</p><br><p><br>　元カノ。カミさんの前に付き合っていた人なんだが<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12024346455.html" target="_blank">1997年から確か一年半近く付き合って翌年俺が名古屋に転勤になると遠距離恋愛が不満だったらしく、まだ25歳なのに親が勧める銀行員とお見合いすると言い出してフラれてしまった。</a> <br>　それから15年近く会ってなかったんだがこの年の忘年会にまさかの参加をしてきた。あの時俺達が出会った日とほぼ同じメンバー(笑)。先輩が「今夜はスペシャルゲストがいるよー(笑)、エヌちゃん誰だか分かるかい？」と俺に振ってくる(笑)。こちらは店に入った瞬間に気付いてそれでも驚いた顔はなんとか隠して彼女に目配せで挨拶していたんだが一応先輩の顔を立てて「え？いやーまさかとは思うんですけど、やっぱりあの人ですか？」なんて少しばかり場を暖めて「おいー！○○っ！なんでいるの？」とおどけて見せて周りの笑いを誘ってみせた。友人が隣の席を譲ってくれて、その夜は別れた後、お互いにどんな人生を歩んだのかを語りあったよ。なんか元カノと話すと言うより同窓会みたいな感じだったな。</p><br><p><br>　なんでもお見合い相手の銀行員とは結婚してすぐに和歌山、その後名古屋で暮らしていたが彼女が妊娠して実家に帰っている間に旦那が浮気して離婚したそうだ。その日久しぶりに腹ボテの妻と妻の両親がはるばる名古屋まで来てる所へ夫の浮気相手が登場だと(笑)。悪夢だな。おそらく浮気をする男に取ってベッドインの現場を押さえられるパターンの次に最悪のシチュエーションだな(笑)。<br>　夫の気が弱かったのかそれとも弁護士が優秀だったのか分からないが慰謝料は相場の2倍くらいの破格値を勝ち取ったそうだ。だがさすが銀行マンの男はスゴいな、毎月の養育費も相場より高いのにもう自分は再婚して子供もいるそうな。俺の給料では絶対に無理だな(笑)。彼女とは結婚しなくて良かったと思ったよ(笑)。</p><p><br>　その後10年以上横浜市内の実家で子供と暮らしているそうだ。自分が再婚した場合は養育費が終了してしまうのであえて再婚はしないそうだ。さらに子供が就職せずに大学に進学した場合は20歳まで分かれた旦那から養育費が貰えると。実家暮らしで家賃も無いので仕事はパートで後はスポーツジムに行ったりカルチャースクールに行ったりホットヨガやったりで毎日悠々自適に遊び暮らしているらしい。<br>　「息子が二十歳になるまできっちり搾り取ってやる」と言ってるので「10年以上も前の事なのにまだ恨んでるんだな、女の執念深さってこう言う時恐いな」と思ったよ(笑)。それと<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12029936438.html" target="_blank">名古屋で半年くらいカブってた事に驚き(笑)。</a> もちろんもし知っていたとしてもさすがに会うことは無かっただろうけど、ちょっとした運命を感じたよ(笑)。</p><br><p><br>　でまぁその夜彼女の携帯の番号を聞いたので早速翌週に連絡してみた。この夜の感触で彼女にもたぶんそう言う下心がありそうだと感じたからだ。アイツの真面目な性格からして離婚してから男を取っ替え引っ替えって事はないだろう。だから俺の顔を見た瞬間から俺との思い出が頭の中にグルグル浮かんでは消えしてるに違いあるまい。かなりのセックス好きだったからパブロフの犬状態で俺の顔を見たらジュンジョワーかもな(笑)。さすがにそれは無いか。なんて事を考えながら「会える？子供がいるから無理かな？」と聞くと「ジジババがいるからいつでも大丈夫だよ」と。「そもそもスポーツジムに行く日は一緒に晩御飯食べてないしジムの人達とそのまま食事に行くことも多いし」と言うので「育児放棄かよ？」と言うと「もうすぐ中学生だもん、うるさい親と一緒よりテレビゲームやってる方が楽しいのよ」と(笑)。そう言うものかなと思いながら平日の夜彼女のスポーツジムが終わった後に会う約束をした。昔みたいに飲酒運転する訳には行かないから電車だよと言うと「私車通勤だから送り迎えはいらないよ」と言ってくれた。</p><br><p><br>　その夜は大和駅まで来てもらいあの辺りの飲み屋街で飲んだ。彼女は車なのでアルコールは最初の一杯だけ。「しかしこないだは良く来たね。前から先輩達とは会ってたの？」「ううん、今回が初めて。年賀状のやり取りは続いてたからあなたが結婚した事も横浜市内に家を買った事も知ってたし先輩には私が離婚して実家に戻ってる事も報告してた。でも先輩から電話もらったのは私が離婚してから今回が初めてで、あなたが奥さんと上手く行って無いこともその時聞いた(笑)。でもね、それ抜きにしてもずっと前から気になってたからいつか連絡取りたいなとは思ってたよ。」「へぇそうなんだ、俺の携帯番号は変わって無いんだから一言連絡くれれば良かったのに。」「さすがにねー、元カノが電話しちゃまずいでしょ(笑)？」なんて感じで二人でかなり盛り上がった(笑)。気が付けばもうすぐ日付が変わる時間。<br>　近くまで送ってくれると言うので遠慮無く助手席に座った。「すごく楽しかった。全然話し足りないよぉ、次も会ってくれるよね？」と言うので本当は今回はそのまま帰って次回誘おうと思っていたのだが「彼女も若干興奮気味だし、これはイケそうだな」と思い直して「良かったらもう少し話す？二人になれる所で」と思いきって直球勝負をしかけてみた。「やっちょっ？それって、えー本当？でもでもうーんホントに？でも奥さんいるんでしょもうっ！でもでもやーんどぅしよぅ」とかなり面白い反応だ(笑)。<br>　拒絶の様子は確実に無いし口では迷ってるけど顔がニコニコ笑ってる。好感触だな、たぶんOKだろう。なんと言っても元カレだからな、他の男に比べたらはるかにハードルは低い(笑)。「ゆっくり話そうよ、あの時みたいに。」ともう一押しすると「、、、うん。どこ行けば良い？」とかなり恥ずかしそうに言って来たので東名横浜インターのホテル街に道案内してその中の一つに入った。</p><br><p><br>　それ以来彼女とは会うと必ずしてる。と言うよりするために会っている感じだ。今聞くとやっぱり彼女も最初から「少しだけ」期待してたそうだ(笑)。彼女は子供が二十歳になるまで再婚する気は無いし俺もカミさんと別れる気は無い。まさにお互いの利害関係が一致した感じだ。一度だけ「子供が二十歳になったら結婚してよ」と言われて真意を計りかねて一瞬固まった事があるが「俺の下の子が二十歳になったら考えるよ」と返したら「そんなに待てない、くっそー」と言ってその話しは終わった。<br>　前も一度書いたが彼女の体質なのか相性が良いのか分からないが俺が一度イクまでに何度もイッてくれるので俺的にも頑張り甲斐のある人だ(笑)。最近は「お願いですからしてください、私は欲しくて欲しくてたまらない淫乱女です」って言ってごらん？とか、「こんなに黒ずんじゃって。ここはなんて言う所？大きな声で言ってごらん」「ん？聞こえないよ、もっと大きな声で」「やらしい女だなそんな大きな声で言うなんて、息子が聞いたらどう思うかな？」とか言葉責めをして良い歳をした女が恥じらっている様子を楽しんでる(笑)。</p><br><p><br>　2015年8月現在も1ヶ月に1度か2ヶ月に1度程度の頻度で続いているがいつまで続くのか正直分からない。本当は情が移らない様にもうそろそろ別れるべきなんだと思うが別れるタイミングを無くしてしまった感じだ(笑)。本当に会社の同僚とでも飲みに行く感覚で待ち合わせて軽くスポーツでもする様な感覚でセックスしてる。我ながら「女房子供がいるのに何やってんだろ？」と思う。<br>　だが彼女もかなりの好き者なのに長らくご無沙汰だったので今を思い切り楽しんでいるのだろう。今だけ、長い人生の中でほんの短い間だけだ。そう思うとこれはこれで良いのかな？とも思う。そう遠くない将来別れる日が来るだろう。どんな形で別れるのか分からないが、カミさんに知れて修羅場とか情が移って泥沼化とか、なんとなくバッドエンドな予感はしてる。でも何であれそれを受け入れようと思っている（笑）。</p><br><br>
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<pubDate>Sat, 05 Sep 2015 00:25:02 +0900</pubDate>
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<title>ピンロー</title>
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<![CDATA[ <p><br>　<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12040912457.html" target="_blank">2001年冬、当時新入社員の彼女がいる職場に俺が転勤して</a>きて彼女が俺の下についた。部下と言うよりアシスタント的な業務で、今思い出すと上司と部下と言う関係ではなく仲の良いパートナーと言った感じだったな。俺は「○ちゃん」と名字の一文字に「ちゃん」付けで、彼女は「エヌさん」と名字ではなく下の名前にさん付けで呼び合ってたし俺が転勤して来てから転勤で出ていくまでの間、月曜から金曜、朝9時から夜9時くらいまで一日のほとんどを一緒に過ごしていたと言っても過言ではない。はっきり言ってカミさんよりも一緒にいる時間が長かったな(笑)。<br>　つり目で顔の輪郭は下ぶくれ、鼻は団子で低いし歯並びも悪い。お世辞にも「可愛い」とか「美しい」とかの形容詞は使えない顔だったがどことなく愛嬌はあった。例えるならまんが日本むかし話のおっかぁ(笑)。それでも愛想がよくて慕われていると感じていたので、俺も公私ともに良く面倒を見ていたと思う。</p><br><p><br>　その後、彼女の同期から彼女が俺に好意を持っている事を聞いていたが、当時の俺は結婚して2年目、まだ新婚気分の抜けないラブラブ夫婦だったので彼女の好意に応える事は無かった。そうして2004年の秋にはまた俺が転勤になり言葉を交わす機会もなくなった。後から聞いた話では2007年だか2008年に寿退社したようだ。</p><br><p><br>　その後彼女の事はずっと忘れていたんだが2013年7月、当時一緒の職場だった人の定年送別会に顔を出してきて再開。話している内に俺が毎月一回定例会議で出掛けている町田に住んでいる事が分かり、酒の勢いも手伝って次回町田に行ったら会おうと約束を取り付けて携帯の番号とメアドの交換をした。</p><br><p><br>　一度目は普通に飲んで帰ったが、その時に酔ってくると向こうからエロ話をしてくるしボディタッチも多かったので「もしかしてイケるかな？次回はちょっと誘ってみようかな？」なんて考えていた。で二度目に会って飲んだ時、店を出た所で「今日は町田駅まで車で来てるから酔いを覚ますまで帰れない」と言いだした。「なんだか行けそうな気がするー」と思わず吟じてしまいそうになったが(笑)、念のため一歩前に出て軽く腕を引き寄せて普通なら恋人でもない異性にここまで近づかないだろうと言う距離まで彼女に近づいて耳元で「じゃ酔いがさめるまでデニーズでも行くか？」って言ったら「うーーん、もっと他にないです？」と彼女も俺の耳元にささやいてきた。<br>　「これはもう間違いないだろう」と思い腰に手をまわして見つめたら向こうも目を閉じてキス待ち顔になったのでキスしてそのままＪＲ線の向こう側のホテル街へ。</p><br><p><br>　それ以降は毎月一回、俺が町田に行くたびに会っていた。</p><br><p><br>　付き合ってみると性に対してあっけらかんとしていてしかも好奇心旺盛。ホテルの部屋にある大人のおもちゃの自販機を指差して「これ、試して欲しいです。」と言われた時はこっちがちょっと引いた。<br>　さらに別の日、目をキラキラさせて「前立腺ってかなり良いみたいですよ？試してみません？」と言ってきた時は「それってナニするか分かってるの？」って丁重にお断りしたけど（笑）。</p><br><p><br>　でもまぁその時、俺も女性に対してこういう道具を使った事はなかったので大人のおもちゃを買ってみた。ピンク色でウズラの卵にコードが付いてるようなヤツ（笑）。5千円もした。インターネット通販だと1,980円とかで売ってるのにな(笑)。実際に使ってみた感想だが音が結構大きくて淫靡なムードを壊すような機械音なので個人的にはあまり良いとは思えないけど、女性はイクね。イキまくってた（笑）。<br>　人によるのかも知れないが彼女の場合アソコに入れるよりクリを周辺から刺激するのが良い見たい。Ｍ字の状態でクリに直接当たらないよう気を付けながらしてあげるとトロトロに濡らして腰と太ももの辺りがプルプル震え始めて、それから数十秒もすると小さい声で「ァァァァァァッ」って言いながら腰がビックンとなる。なんだかんだで俺もそれなりに楽しんでいたな。</p><br><p><br>　旦那と自分で2台車があるそうで、普段は自分の車の中に隠してるらしい（笑）。「俺と会う時は必ず持って来てよ」って言ったら律義に毎回持ってきてくれた。ああいう道具も自分でするより誰かにしてもらった方が気持ち良いらしい。<br>　大抵は前戯の後、おもちゃで弄んで一度イカせてから休憩を兼ねて口でしてもらい、それから普通のセックスになるパターン。</p><br><p><br>　彼女にはタクシードライバーの旦那がいるため、いわゆるＷ不倫だった。なのでもし関係がばれたら彼女の家庭も壊してしまうのが怖かった。それだけでなく「もしかしたら彼女の旦那に殺されるかも知れないなぁ」などと考えていたのだが、半年ほど経った2014年の3月に「私もそろそろ子供が欲しいので・・・ごめんなさいっ！」と言われフラれてしまった。</p><br><br><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12067503263.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Aug 2015 17:16:05 +0900</pubDate>
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<title>本当の浮気</title>
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<![CDATA[ <p><br>　<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12051707085.html" target="_blank">東京の前職場に勤務してる時</a>に同じビルの別のフロアに勤務していた人で、その頃週に何度も二人で飲みに行ったり軽くデートをしたり、ちょっと良い関係になりかけた女性がいた。2011年に初めて会った時はは30前後だと思ってた。見た目は若いのだが彼女のFacebookを見たら1974年生まれと書いてあったので5つ下のようだ。</p><br><p><br>　だが俺もその時は真面目だったと言うか、カミさんと上手く行っていないにも関わらず妻子ある男が妻以外の女性と関係を持つなんてとんでも無い、いやそれどころか結婚したら風俗で遊ぶのもダメだと思っているくらい固い人間で、結婚している以上他の女性とそう言うことがあってはいけないと考えていたので、彼女の気持ちには気付いていたがついに一線を越える事はなかった。<br>　すごく気持ちが合う人で、カミさんには申し訳ないが「もし人生やり直せるならこの人と結婚したい」と思っているくらいの人だ。</p><br><p><br>　でまぁ<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12051707085.html" target="_blank">2013年の3月、神奈川県に転勤が決まった</a>際に「奥さんがいる事は知ってたけど、やっぱり好きでした。私本当はそういう関係になりたかった。」と告白されて泣かれてしまい、心の中にかなりモヤモヤした感じが残ったまま彼女とお別れをした。<br>　でもその後、<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12059350644.html" target="_blank">転勤してすぐの5月にベッキーナと肉体関係を持って</a>から、なんだかあの時彼女に何もしなかった事をすごく後悔するようになり、彼女に会いたい気持ちが日々大きくなっていった。ベッキーナとの事がきっかけで「一人と関係を持つのも二人と関係を持つのも一緒」みたいな感じになっていたのも事実だし「俺もまだイケるんだな」見たいな変な自信が出てしまったのかも知れない。</p><br><p><br>　2013年6月のある日、約三ヶ月振りに呼び出して池袋で会った。食事の後、腰に手を回して歩きながら「転勤してからずっとキミの事ばかり思っていた。キミが欲しいんだ」とかなんとかくさいセリフを吐いてかなり強引にホテルへ連れ込んだ。引っぱり込んだと言った方が正確かも知れない（笑）。<br>　完全にベッキーナとの関係を持った事が呼び水になったと言うか、あの経験が背中を押す形になった事は間違いない。ただいかんせん彼女はさいたま市民で都内勤務、俺は横浜市民で神奈川県内勤務と言うことで、これからどうやって会う機会を増やそうかと考えていたんだが数週間後に二度目の逢引でホテルで愛し合った後、「こう言う時間を持てた事は本当にうれしいけれど、将来一緒になれないのなら終わりにしたい。良く考えてください」と言われた。</p><br><p><br>　俺の方はカミさんとの関係も相当悪い状態が続いていたのでかなり真剣に考えた。だがやはり子供の事を考えるとどうしても今の家庭を捨てる気になれず、残念ながらお別れした。ベッキーナとは完全に遊び、もしカミさんと別れて家庭を失っても彼女と再婚する事は無いと思う。しかしこの人にはかなり気持ちが動いた。まさに浮気だ。あのまま彼女と付き合いを続けていたら遊びが浮気になり浮気が本気になり、泥沼の愛憎劇に発展していたかもしれない。</p><br><p><br>　今思うと俺の転勤が決まった時の彼女の告白。あれを言葉にして口にするのにどれほどの勇気が必要だっただろうかと思う。</p><br><p><br>　あの時、俺の方からも彼女の勇気に応えて「俺も家庭を捨てるから一緒に生きよう」と伝えるか、さもなければはっきりと別れの言葉を伝えるかどちらかを選ぶべきだった。それなのに俺はふがいなくただ彼女の頭をなでただけ。<br>　しかも数ヵ月後には自分の性欲のために彼女に近づきその気持ちを利用してしまった。彼女には本当に悪い事をしたと思う。</p><br><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12062145832.html</link>
<pubDate>Sat, 15 Aug 2015 21:33:24 +0900</pubDate>
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<title>倫理観大転換</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2013年。俺の人生と倫理観を大きく変えた人がいる。</p><br><p><br>　その人、彼女は短大卒で2003年入社なので逆算すると1982年生まれだろう。顔が物すごく可愛くて、恐らく自分の人生の中で知り合いになった女性全員と比較してもベスト10に入る可愛さだと思う。ガリガリで「気をつけ」して立っている所を横から見ると一番厚みがある部分がおでこから後頭部にかけての部分と言う本当に痩せている娘だった。初対面の第一印象は「色黒のベッキー」だったが付き合いだしてからは「目の大きなアッキーナかな？」とか思うようになった。要するにちょっと南方系の顔。唯一この事を正直に話している高校時代からの親友と彼女の話をする際は「ベッキーナ」と呼んでいる(笑)。</p><br><p><br>　それは2013年のゴールデンウィークだった。4月1日付で転勤して来たばかりで前職場の京大卒の後任に対する引継書が完成してなくて、やむを得ず会社に休日出勤した日に彼女も出てきていた。<br>　午前中は特に何事もなく最初に「大変だね、お疲れーっす。」くらいの会話だけで過ごしたが、お昼少し前になって彼女が「私、車で来ているのでよろしければお弁当買って来ましょうか？」って聞いてきた。「お、ありがとう、なんでもかまわないからよろしく。」と遠慮なく買って来てもらい、応接室のソファーに向かい合いテレビを見ながら二人で弁当を食べていた。<br>　彼女とはこの職場で一緒になる前から何度も仕事で絡んだ事があり新入社員の頃から知り合いだったので職場の中でも話しやすい相手だった。その時も彼女が前の夫の事を少し話題にして、俺は彼女が26歳だか27歳の時に11歳も上の人と結婚し一年続かず離婚していた事は知っていたので「○○さんがそんなに歳上OKなら、俺にもチャンスがあったんだなー、残念。」なんて軽い気持ちで言ったら急に会話が途絶えてしまって。<br>　少しして「お茶いれてきます」と弁当の空箱を持って出ていった。「冗談のつもりだったんだがヤバかったかな？彼女が自分で離婚相手をネタにするのは良いけど俺がそれに乗ったのはマズかったか？後でセクハラで訴えるなんて言わなきゃ良いけど」などと考えているとお茶を持って戻ってきた。</p><br><p><br>　すると今度は前のソファーでなく俺の隣に座って来た。その時は「まぁこっちに座った方が首を曲げなくてもテレビが見えるからだろう」と思ったんだが、そう言うことではなかったようでお茶を一口飲むと俺の方へ向き直り「エヌさん」と声を掛けながら俺の首に手をまわしてきて、「え？」っと思った瞬間キスされた。<br>　一瞬固まった。さらに頭が真っ白になってどう対応して良いか分からず「なっナニ？どうしたの？」なんて動揺しまくりだったんだが言葉とは裏腹に俺も彼女の背中に手をまわしてた。彼女は少し照れながら「私、前からエヌさんのこといいなって思ってたんです」と言ってもう一度キスをしてきた。<br>　俺はちょうどその頃カミさんとの関係が最悪で、仕事もまるで左遷の様に東京の本社から異動して来たばかり。自分に自信をなくしかけていた所だった。毎晩飲みまくって自暴自棄な所もあったと思う。<br>　そんな状況で女性が30人以上いるこの職場の中でも1、2を争う人気のかなり可愛い女性にコクられ「どうする俺？いや、もうどうにでもなれ」とか「こんな可愛い娘の誘いを断るなんてあり得ない」と言う気持ちと「イヤ待て冷静になれそんな訳が無い。これはワナだ。」とか「会社の娘に手を出したら泥沼だぞ」と言う気持ちが入り混ざり一瞬の間に相当な量を頭の中で考えた。だが元々深く考えずに勢いで動くタチなので、すぐに俺の中で何か糸が切れたと言うか、何かがはじけてしまった。<br>　少し強めの力でとても痩せてる彼女を抱きしめ、彼女の口に舌を入れて絡ませた。しばらく彼女の舌の味を楽しんだが頭の中では「しまったこれどうやって終わらせるんだ？」と考えていた。キスして舌絡ませたあげく「じゃ仕事に戻ろう」って言いだすのも何だよな。せっかく向こうから告白してくれたんだし。<br>　でも会社の中であまり長い時間こういう事をしているのはマズイよな。もうやめないと。などと冷静に考えては見たものの、頭での思考に行動が伴わずそのままソファに彼女を押し倒してしまった（笑）。彼女をソファにあおむけに寝かせ、俺はソファ横の床にひざまずく形で彼女の上から唇を重ねた。</p><br><p><br>　「あーぁ押し倒しちゃった。ますます終わらせ方が難しくなったんじゃないか？」と思いつつも身体は正直だ。と言うかこれが人間の本能、男の性（さが）なのかも知れない。　気がつけば彼女の小さめの胸に手を這わせていた。「ダメだダメだ、誰か来たらどうすんだ、身の破滅だぁおしまいだ」と思う一方で「休日なのでビル清掃のオバちゃんは来る心配はない。会社の他の人も午前中誰も来ていないのだから恐らく午後から来る人もいないだろう。もし来ても応接室の中だからすぐに見つかる事は無い」と冷静に考える自分がいた。<br>　結局頭の中では迷いながらも手は勝手にドンドン事を進めていく。気がつけばもう彼女のＴシャツの中に手を入れ、後ろに手をまわしてブラのホックを外しにかかっている。ホックを外し、そのままＴシャツの中で手を這わせて自由に動くようになったブラの下へ手を滑り込ませた。<br>　「あぁっ俺のバカとうとうここまでやってしまった」と思いつつも手はしっかりと彼女の小さめなふくらみを包んでた。「頂上のアレは固くなって立ってる。この娘もこの状況を受け入れているんだな」と勝手に都合のよい解釈をして強く揉んでしまった。だが確かに彼女も反応している。頂上のアレを軽くつまむと小さな声を上げてくる。</p><br><p><br>　「どうする俺？もう本当にここらへんでやめないと」「いや待て、ここでやめてしまったら彼女に失礼なのではないか？」などと葛藤しながら彼女のスカートの中に手を入れるとストッキングを履いてない。「良いのか？こんなことして本当に良いのか？」と考えつつも指は勝手に動き彼女の下着の中に手を入れ手マンを始めてしまった。応接室にせつない声が小さく響く。<br>　しばらくして、彼女が小さな声で「大丈夫」と言っている。もう俺の中の良心も止めようとはしなかった。彼女のＴシャツを胸の上までめくり、下着を脱がした。俺もズボンとパンツを脱いでとうとう一線を越えてしまった。もちろんコンドームなど持っていないのでナマだ。「もうどうにでもなれ」と言う気持ちで彼女の胸に舌を這わせて腰を振っていると昼休みの終わりを告げるチャイムが鳴り始めた。</p><br><p><br>　これだ、ここまでしておいて少々無理があるかも知れないがこのチャイムを終わらせるきっかけにしなければこのまま何時間もここにいる事になってしまう。そう思い、チャイムの音に我にかえったような振りをして腰を振るのをやめ、つとめてやさしくキスをした。そして「誰か来ちゃうかも知れないね。仕事に戻ろう」と言って彼女が小さく「はい」と言うのを確認して中に入ったままの物を抜いた。<br>　その後は正直言って仕事どころではなく、まったく手につかなかったが一応夕方まで仕事をした後、「良ければ食事して行こう」と誘いお互いの車で国道246沿いのパスタレストランまで行き食事をして帰った。<br>　この日の出来事。カミさんとは下の子を妊娠してからずっとしていなかったのでたぶん5～6年振りくらいのセックスだった。その夜は久しぶりに性交できた喜びと会社でこんな事をしてしまった興奮と配偶者以外の女性としてしまった罪悪感とが混ざり合って眠れなかったな。</p><br><p><br>　この日をきっかけに週に1度か2週に1度程度二人で食事に行ったり飲みに行ったりして、月に1～3度くらいホテルに行くようになった。俺は妻子ある身なので彼女が嫌になったらすぐに距離を置く事ができるよう、こちらから誘う事の無いようにしていたし本気で惚れたりすることの無いよう気を付けていたな。気を付けてはいたけれど世間一般的にかなり可愛い顔で『こんな可愛い女性が自分になびいてくれるなんて！』って感じでいけない事と知りつつも一気にのめりこんでしまった。まさに「ドハマリした」と言う奴だろう。キスが大好きでベッドの上にいる間はかなりの時間キスしてる感じ。たまにあの日の事が話題になると「まさか会社であそこまでされるとは思わなかった」と笑ってる。</p><br><p><br>　その後だいぶ経って気付いたが、どうも俺以外にも他にそういう相手がいるようだ。もちろん本人ははっきりとは言わないし俺も聞かないが「明日どうですか？」とか「ちょっと相談があって」とか言ってくるのにだいたい決まった周期があって、その日が都合が悪いのでその翌日とかを提案すると「その日はちょっと他の人と会う約束があって」とか言葉を濁すので男かどうかははっきりしないが俺以外の誰かとも定期的に会っている事は間違いない様だった。俺以外にも相手がいるとなると性病を伝染されないか心配だが、カミさんとはもう何年もそう言うことはないのでピンポン感染の心配もないと思い気にしないようにした(笑)。金を貢がせようとする様子も無いし、結婚を迫る訳でもないので、恐らく彼女にとって俺は、会えば食事をご馳走してくれて、仕事上の相談にも乗ってくれて、その後は気持ち良くしてくれるやさしい先輩と言った位置づけなのだろう。歳上好きなのも間違いない様だな(笑)。</p><br><p><br>　でまぁ結局、彼女が会社を辞めるまで1年半も関係が続いてしまった。2014年の夏くらいからホテルに行く頻度が減り食事だけで帰る事が増えてきて「少し飽きられてきたのかも知れないな(笑)」なんて考えていたら突然総務担当から彼女の送別会の案内が。事前に俺にそういう話しがなかったと言う事はそういう事なんだろうと思い、それっきり二人で会う事はしなかったし、辞める理由も聞かなかったし彼女が会社を辞めてからはこちらから連絡を取ることもしなかった。当然向こうからも来なくなって自然消滅となった。<br>　実の所、彼女との事が終わって振り返ると「俺って結構すごい人生歩んでるんじゃないか？」と半生をどこかに残してみようと思ったのがこのブログを始めるきっかけだ。<br>　で、さらに彼女との事がきっかけで「一人とヤるのも二人とヤるのも一緒」みたいな感じで完全にタガが外れた状態になり、2013年は他の女性数人にも手を出して背徳の快楽に溺れる事になる。</p><br><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12059350644.html</link>
<pubDate>Sat, 08 Aug 2015 00:41:20 +0900</pubDate>
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<title>三たび神奈川</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2013年4月、神奈川県に転勤になった。</p><br><p><br>　東京の本社で仕入担当をしている時に大ポカをやらかして、上司は一応俺のミスでは無い事を分かってくれたがそうは言っても社内的には誰かが責任を取らなければならない。　「たぶん追い出されるだろうな」と思っていたら案の定転勤になった。正規従業員10人とか15人の地方の子会社に流罪かも知れないと怯えていたが幸いにも地元の神奈川県だった。拾ってくれた部長は<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12015629598.html" target="_blank">品川に勤務していた頃の上司だ。あの地獄の残業150時間生活の時</a> 、一緒に地獄にいた先輩と課長の間で主任だった人なんだが、あの時の頑張りを近くで見ていてくれて良く飲みに連れて行ってくれたので俺に良い印象を持ってくれていたのかも知れない。はっきりとは言わないが全国の事業所長など一部の人だけが見ることができる人事部の放出者リストに俺の名前があるのを見つけて気の毒に思い引き取ってくれたのだろう。そうでなくてもあの事件は全国的に話題になっただろうし悪い意味で俺の名前が知れ渡ってしまったからな。捨てる神あれば拾う神ありだ(笑)。</p><br><p><br>　<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12004140530.html" target="_blank">新入社員の時</a> と<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12040912457.html" target="_blank">その後営業の内勤</a> で勤めた所と同じ勤務地なので顔見知りが大勢いて正直そこはホッとした。仕事は誰かの後任で来たわけではなく予定外の増員だったのでちゃんとした仕事も無くヒマだった。最初の半年間は仕事らしい仕事もなくその日その時に忙しい誰かのお手伝いをしたり、プロジェクトチームにオブザーバーとして参加したりで毎日定時で帰る日々(笑)。現職場なので詳細は書かないがあれから2年半経った今でも部下では無い若手(俺の部下はいないので他の人の部下)の仕事のチェックが仕事。適当な表現が浮かばないが課長のアシスタント職のような感じだ。おかげで今も毎日18時前には会社を出ている。まさに窓際族で部長の夜の酒席のお供がメインの仕事みたいになってる(笑)。</p><br><p><br>　プライベートでは<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12054958245.html" target="_blank">東日本大震災</a>の前、カミさんとは離婚秒読み段階と思っていた。今離婚すれば大切な子供達の親権は間違いなくカミさんに奪われ、しかもカミさんは横浜市内で正社員として働いているので名古屋に帰る事もせずに慰謝料代わりに家を取られるだろう。その上俺の会社での評価も間違いなく下がるので俺の方から離婚を言い出すにはあまり得策でない状態だったが、カミさんもあの震災で何か思い直す事があったのか？ヒステリックに俺に当たり散らす事は減った。ただし夫婦の会話はまったく無く、子供の事以外で言葉を交わすことは皆無だ。恐らく俺と同じで別れない方が今は得策だと思っているのだろう。</p><br><p><br>　だが、それより何よりここに転勤してから俺の人生観や価値観を大きく変える事件が次々と起きた。</p><br><p><br>　2013年の一年間でカミさん以外の人、それも4人もの女性と関係を持ってしまった。現職場の同僚、前職場で別のフロアにいた同僚、10数年前の部下、そして元カノ。彼女達については今後書ける範囲で書こうと思う。自分はそっち方面に関してはかなり真面目な方だと自負していたのだが、完全にどうかしてしまったのだと思う。その内の一人とは今も続いている。ただ浮気とか不倫とか言うよりは完全な遊び、最近の言葉で言うとセフレと言う関係なのがまだ救いかも知れないが。</p><br><p><br>　2014年の秋にはノックアウト強盗に会って財布とカバンを奪われた。かなり酔っ払ってフラフラ帰る途中、突然頭をバットかこん棒みたいな棒状の物で叩かれ倒れた所を数人でボコボコに。最初の頭への一撃で意識がもうろうとしてまったく抵抗できなくて、気付いたら誰もいなくなってカバンと財布が無くなってた。しばらく仰向けになって呻いていると通り掛かった人が声を掛けてくれて警察を呼んでくれた。だが背後からいきなりでその後倒れていたので顔も見ていないし目撃者もいないしで何も手がかりになるものが無い。警察もこれじゃたぶん捕まらないでしょうと。あげくにそんなに酔っ払ってるから狙われるんだみたいな感じでやんわり説教を食らった。翌朝家に帰り服を脱ぐと身体中青アザと擦り傷だらけ。幸い命に別状無かったが犯人はその気になれば俺を殺せたんだなと思うとゾッとした。おかげでそれまでも疑り深い性格だったが益々他人を信用しなくなった。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12056779450.html</link>
<pubDate>Sat, 01 Aug 2015 00:17:41 +0900</pubDate>
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<title>東日本大震災と左遷</title>
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<![CDATA[ <p><br>　<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12051707085.html" target="_blank">東京の本社に転勤になり、いわゆるバイヤーと呼ばれる仕事に着いた。</a>友人達に話すと結構人気の職種らしく羨ましがられたが、実際にやってみるとそれほど楽しい物では無かったな。仕入先の原場視察や提案商品を見に客先へ行くかで毎月だいたい半分は出張で出歩いていた。会社にいる日は既存の仕入先や売り込みに来た企業と一時間置きに30分～40分づつ商談室で商談。自分の席に一時間以上座っていられるのは夕方からだったな。転勤当初から帰るのはだいたい毎日21時過ぎ、その後岡山大出身の女性が転勤して四つ下の派遣さんが辞めてどちらの仕事も俺が引き継ぐ事になってからは毎日23過ぎが当たり前で0時近くまで会社にいるのもざらだった。</p><br><p><br>　どこかに出掛けても新幹線は東京駅まで繋がってるし羽田からも近い。外出先から直帰せずに会社に戻るのが当たり前になって、外出先から帰ってから部下たちの報告や進捗の確認をする毎日だった。</p><br><p><br>　2008年には職場にいた課長が転勤になり部長の次が課長代理の俺になってしまった。で俺が課長でも無いのに課長の名刺を持たされて課長の役目を果たすことに(笑)。「課長代理」なんだから代理で課長の仕事もできるしわざわざ課長の名刺じゃ無くても、と思ったが(笑)。もちろん社内的には別に珍しい話では無いのだが、なぜかこの事が若手達の反感を買って結構な負担だったな。でもまぁ翌春にはちゃんと課長になった。</p><br><p><br>　2011年3月11日、俺は豊橋にいた。仕入先と商談中だったのだが、それほど大きな地震だと言う感じは無かったな。ただ揺れ幅が結構大きくて「ユーラユーラ」と言う感じで時間も長かったので「机の下入った方が良いですかねぇ」なんて話してた。当然東北でそんな大地震が起きてるなんてまったく気付かずに揺れが収まった後は普通に商談を続けていたし。商談も一段落して帰り支度をしてる時に先方の従業員のおばちゃんが「大変な事になってますよ。帰れないんじゃ無いですか？」と声をかけながらテレビをつけてくれて愕然。慌てて携帯からカミさんに電話するが繋がらない。当然会社も繋がらない。メールは「送信しました」と表示されるがたぶん届いてはいないだろう。名古屋のカミさんの実家に電話したら繋がったのでカミさんと連絡が付いたら自分は豊橋にいて無事だと伝言をお願いした。もうこの頃には夫婦関係は冷めきっていたのでカミさんが俺を心配しているとは思わなかったがまぁ夫としての義務だ。</p><br><p><br>　仕入先の社長が「新幹線止まってますから。取りあえず豊橋駅の近くまで行って動くまで一緒に食事でも」と誘ってくれたので社長の車で駅へ向かった。その後たしか19時か20時くらいに大量のメールが届いた。どうやら地震後ずっとメールが止まっていて、ようやく溜まっていたメールが届いたらしい。その中から子供たちは俺の実家にいる事、カミさんは無事で会社から家に向かって歩いている事が分かるメールを見つけてひとまずホッとする。</p><br><p><br>　俺の実家の両親が地震の20分後には下の子の保育園に向かって車を出してくれて、その後上の子の小学校にも寄って実家に連れ帰ったらしい。この時ほど我が両親の決断の早さと行動力に感服し、実家と同じ相鉄沿線に家を買っておいて良かったと思った事はない。本当に感謝だ。結局新幹線は今日は動かないとの事で、仕入先の社長がホテルも手配してくれてそこに泊まる事になった。翌朝はぎゅうぎゅうで朝の東海道線のような状態の新幹線で帰って来た。デッキにいたんだが幸い外の景色が見える所だったのでまだ気晴らしになったが奥の方にいる人は空気も悪かったんだろうな。吐いてしまった人がいるみたいでデッキ内にゲロ臭が充満して相当気分が滅入ったよ。こんな状況なので誰も文句を言うヤツはいなかったのが救いだな。昼前に新横浜に着いたのだが、JRも相鉄線も間引き運転で普段より家に着くまで時間がかかった。ようやく家族がそろってそこで安心してどっと疲れたのを覚えてる。でも翌日には会社に呼び出されてしばらく休みなしで仕事をするハメになった。</p><br><br><p>　さらに翌年2012年の冬、我が人生最大のトラブルに遭遇する。詳しくは書けないが俺が仕入れたある商品の約9割に欠陥があり商品を回収する騒ぎになった。もちろん一番責任があるのは仕入先なので回収にかかった費用はもちろん俺の会社の先にある取次店の利益補償金もすべて仕入先が出したので金銭的な被害は無かったが社内は大混乱。全国の営業マンは取次店に謝罪行脚だし注文いただいた最終消費者にも代わりの品とお詫びの文書を付けたし、なにより会社の信用をかなり落としてしまった。</p><br><p><br>　でまぁそれが落ち着くと対外的な責任は業者で良いが社内的な責任は誰が取るんだと言う話しになった。当然仕入の責任者である俺の責任だ。降格も覚悟したが上司から「社内の規約として降格と言う制度は無いので課長のままだよ。そもそもお前のミスではないしな。だがあの商品を仕入れると決める立場であった以上、残念だがこのまま今の仕事を続けさせる事は出来ない。」と言われて事態収束の翌月には京大卒の後任が来て引き継ぎを始めた。このまま京大卒の下について二人で仕事をする訳では無いだろう、どこかに左遷だろうなと考えていたら案の定2013年4月に転勤の辞令が出た。誰の目から見ても先日の一件の責任を負わされての異動と言うのは明白だった。実に約5年半の勤務だった。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12054958245.html</link>
<pubDate>Sun, 26 Jul 2015 23:56:45 +0900</pubDate>
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<title>エルグランド</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2010年、下の子供が保育園に入り家族全員で車に乗るようになると、カミさんが車が使いにくいので買い換えたいと言い出した。<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12049043135.html" target="_blank">だがハリアーは俺もカミさんも非常に気に入っていたはずだし、約4年乗った所で走行距離は2万9千キロとかなり少なく</a>、買い換えなどとうてい考えられない状態だった。</p><br><p><br>　最初は下の子とカミさんが後ろに座り上の子を助手席に座らせようとしたのだがまだ早すぎた様でかなり嫌がった。かと言ってカミさんが助手席だと下の子供の面倒を見ることが出来ないので仕方無く後ろの座席にチャイルドシートとベビーシートを置いてその間にカミさんが座ると言う苦行僧のような我慢を強いられて居たので気の毒だなとは思っていたのだが、さすがに買い換えまでは頭に浮かばなかったので「そこまで苦労かけていたのか」と申し訳ない気持ちになったものだ。話を聞くと子供達を並べて座らせ、自分は後ろに座って世話をしたいと言う。「そうなると3列シートだな」と俺が言うと「うん、格好悪いけど背に腹は代えられない」とカミさんが言う。以前から俺もカミさんも車の買い換えの話になると「ワンボックスは格好悪い、我が家は乗りたく無いね」とお互いに言い合っていた。ワンボックスにネガティブイメージの夫婦がまさかワンボックスを買うことになるとは皮肉な物だな(笑)。</p><br><p><br>　だが良く考えるとこれからジジババと一緒に出掛ける機会も増えるだろうしハリアーだと5人しか乗れないので二台になる所がワンボックスなら全員一緒に移動も可能だし、しばらくの間は何かと便利かも知れない。</p><br><p><br>　そんな感じで次はワンボックスを買う前提で車選びを始めた。ネットで調べてみるとハリアーからワンボックスに買い換えるならトヨタのアルファードか日産のエルグランド、ホンダのエリシオンくらいが良いようだ。ブログなんかを見てても同じ理由で買い換える人が多いこと(笑)。子育ての悩みはどこも一緒なんだなぁと感心(笑)。メーカーのホームページを見ているとアルファードもエリシオンもオヤジ臭いゴテゴテしたデザイン(特にグリルが)でどうにも良いとは思えない(笑)。俺的にはエルグランドのデザインがワンボックス嫌いな俺でもまだ我慢できるかな？と言う感じだったのでひとまず自分の中でエルグランドを第一目標に決めた。同時に下取り価格も調べたがさすがにハリアーは超人気車種なので4年落ちでも170万～180万近くは付くようだ。ガリバーなどの買取り専門店に持ち込めばさらにプラスアルファがあるらしいが友人達の話を聞くとあまり信用できない業者が多いようなのでやめておく事にした。<br></p><br><p>　週末、意気揚々とハリアーを買ったトヨタのディーラーへ行きアルファードの見積もりを貰った。トヨタの営業マン、「アルファードですか、そうですね、お客様ならちょうど良い頃合いですね。」などと顧客心理をくすぐる事を言ってくる(笑)。中々の売り上手だなと思ったが、いざふたを開けてみるとトヨタからトヨタへの買い換えで一番有利なはずなのに下取り価格が一番安いと言う茶番劇を演じてくれた(笑)。こちらもかなりイライラして「本当にこの価格で良いのね？長い付き合いだけど本当に他所に決めちゃうよ？」って感じにあおってもまったく乗ってこない。確かにハリアーはライバルがいないので競合させてまで売る車では無いと言うのは理解できたが今回のアルファードはライバルも多いしデビュー直後と言う訳でも無いし、ガチンコで値引き勝負に来る車種のはずなんだが。</p><br><p><br>たぶん営業マンが俺がアルファードを本命にしていると読み違いしているようだ。次に日産に行きエルグランドの見積もりを貰うと値引きも中々。後で知ったがすぐにフルモデルチェンジだった。さらにホンダに行きエリシオンが欲しいと言うと営業マンが驚いてる。これもモデル末期らしくあまり熱心な説明も無い。それどころかエリシオンを見に来ている客に向かって格下のステップワゴンを薦めて来た(笑)。</p><br><p><br>　このクラスの車になると何もかも標準で付いていて欲しいオプションは無いな。ナビですらHDDナビが標準なので特にオプションも付けずに各車3度ほど商談した。ちょっと記憶があいまいな所もあるけど、結果としてだいたいの金額は以下の通り。</p><br><br><p>①日産エルグランド(250ハイウェイスター)<br>　車体本体価格 323万 値引き 38万 下取り 176万<br>　総支払額 132万</p><p>②トヨタアルファード(240Sリミテッド)<br>　車体本体価格 328万 値引き 31万 下取り 161万<br>　総支払額 157万</p><p>③ホンダエリシオン(プレステージS HDDナビスマートセレクション)<br>　車体本体価格 351万 値引き 35万 下取り 190万<br>　総支払額 147万 ガソリン満タン付き</p><br><br><p>　とまぁトヨタからの乗り換えにも関わらずトヨタの支払額が一番大きくなり、今回は当初の狙い通りエルグランドになった。3月に納車され、聞いてはいたがその年の夏にはフルモデルチェンジした。</p><br><p><br>　ネットで拾ったこの写真には無いが左のフェンダーに下を見るためのミラーがあって、これが相当格好悪い。それ以外のデザインはまぁまぁ気に入っていて特に内装のデザインはこの三台の中では一番気に入ってる。カミさんは窮屈な思いから解放されたが上の子が小学校に入るとようやくカミさんの隣で無くても平気になったので、今は上の子が助手席や三列目に座り、二列目に下の子とカミさんが座っている。子供達が中学生になれば家族全員で車に乗る機会も減るだろうし、それより早くジジババのどちらかが他界するかも知れないし、そうなればワンボックスは御約御免になる。それまではこのエルグランドに乗るつもりだ。</p><br><br><br><p>日産エルグランド<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150725/00/aprilcowsmilk/73/39/j/o0640048013375677858.jpg"><img border="0" alt="エルグランド" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150725/00/aprilcowsmilk/73/39/j/t02200165_0640048013375677858.jpg" width="220" height="165"></a> <br></p>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12054236707.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Jul 2015 00:46:29 +0900</pubDate>
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<title>東京</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2007年10月、東京の本社に転勤になった。辞令をもらった時、上司から「先方は前任者がもう辞めちゃっていないので早めに着任してあげて」って言われて辞令の日付より一日早く着任したよ(笑)。なんでも前任者はかなりこの仕事を嫌がっていたそうで後任への引き継ぎを拒否ったそうだ。引き継ぎが無かったおかげで残っている過去の書類から仕事のやり方を想像したり取引先に前任者がどうやっていたかヒアリングしたりとかなり苦労したな(笑)。</p><br><p><br>　仕事は自分に取ってまったく予想外の仕入担当だった。全社的に物を買うのをメインにしている部門はここだけで、部長の下に会社の製品を作るための原材料の仕入担当が18人、仕入れて来た品に利益を乗せてそのまま売る完成品の仕入担当が2人、それに一般職の女性が二人、派遣の女性が三人いた。 </p><p>　俺は完成品の仕入担当。もう一人の完成品の担当が岡山大体育会出身の総合職の女の子、それにアシスタント業務で一般職の51歳未婚のお局様、42歳でやはり未婚の一般職の女性、3人目！の夫と姑と暮らす一つ歳上の派遣女性、東北出身で中々の美人の一つ歳下の派遣女性、千葉から通うおとなしめの性格な四つ歳下の派遣女性の計6人の女性が部下として与えられた。</p><p>　だが岡山大の女の子はまだ入社3年目か4年目なのに15年目の俺になぜか異常な敵対心を露にしてきて(笑)一緒に仕事するのが大変だった。上司として指示した事を無視して勝手に自分の判断で動くことが多くて見かねた部長が半年で彼女を外す事態になった。<br>　はっきり分からないがもしかして俺の出身校を知って「コイツの下なんて冗談じゃない」と思ったのかも知れないな(笑)。俺の方は俺の方で経験上国大卒なんて一部の人を除いてブライドばかりで役に立たない、暗記力はあるが応用力はからきしダメな連中と言う印象だったので彼女は俺から見下されている様な雰囲気を感じ取ったのたかも知れない。</p><br><p><br>　部長との酒席で話を聞くとアシスタントのお局様も要注意人物(笑)。高卒で入社してから四十年近く都内のあちこちの職場でトラブルを起こしているらしい。仕事は問題無く出来るが人格に問題があり他の社員とイザコザばかりとのこと。さらにもう一人40台の正規社員は初めての個人面談で「私は高卒なんだからエクセルもワードもやりたくなんか無いの。若い頃の様にコピー取りやお茶出し、鉢植えに水やりで一日を過ごしたいのよぉー」と言われて唖然(笑)。入社して10年くらいまでは「○○課長はお砂糖二つ」「○○さんはコーヒー苦手だから緑茶を」「○○部長はマイカップ」などをどれだけ覚えられるかが自分の仕事の全てだったそうだ(笑)。話をしていてとにかく仕事に対する自信の無さ、そして異常なモチベーションの低さに閉口したよ。<br>　こう言っちゃなんだがマトモなのは派遣の三人だけ。着任後結構な期間、派遣さんだけが唯一俺の見方となった(笑)。</p><br><p><br>　実は一つ歳上の派遣さん、話していて分かったが<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-11967079497.html" target="_blank">俺が18歳～20歳の間付き合っていた彼女(M女)</a>と同じ高校だ。学年も同じなのでもしかしたら、と言うかたぶん知り合いなんじゃないかと思う。昔の話だし話題にして聞いてみても良いかな？と一瞬考えたが万が一この派遣さんと彼女が今現在も交流があったりするとかなり面倒な事になりそうなので止めておいた。「まったく世の中広いようで狭い物だな」とひたすら感心したよ。</p><br><p><br>　ある日四つ歳下の派遣さんが辞めたいと言いだした。突然だったので部長が俺のボスハラやパワハラを警戒して俺抜きで面談をした所、例のお局様が原因と言う事が分かった。　どうも彼女の事をかなり集中的にいじめていた様で彼女いわく「(お局様に)声をかけられると身体が震えて動悸がするようになってしまった」との事。俺のボスハラパワハラ疑惑は晴れたが、当然お局様に対する監督不行き届きについては部長から強く叱責を受けたよ。もちろん「あの人が部下じゃどうにもならんわな」と同情もしてくれたが(笑)。でも一応俺が責任を取ると言う事になり当面補充なしで彼女の仕事は俺がやることになった。既に岡山大の娘の仕事を引き継いでいる状態だったので俺の前任者の仕事を含め三人分の仕事をやることになり、これ以降残業が増えて毎日退社時刻が23時過ぎになる(笑)。</p><br><p><br>　さらにその数年後、一つ歳下の派遣さんがうつ病になって会社に来なくなってしまった。最後の月は二日しか出勤しない。一つ歳上の派遣さんから間接的に事情を聞くと恋愛沙汰がきっかけらしい。プライベートな事なので下手に口を挟むことも出来ないし困っているとお局様が発狂。まぁ彼女が休んでる分だけ他のメンバーに仕事の負担がかかっているので気持ちは分かる。悩んだが彼女の契約を解約して別の派遣さんを頼む事にした。ただでさえうつ病で不安定なのに契約解除の話しは彼女には辛かったろうな。やはり泣かれてしまい往生したよ。結局本人の希望で送別会も無く十数年勤めた職場を去ることになって、「恨まれても仕方無い、これが上司の仕事だ」と割り切ろうとしたがやはりしばらくは彼女の事が気になって仕方なかったな。<br>　それに一つ歳上の派遣さんが「思い詰めて包丁持ってアンタの所に来るかもよぉー」なんて脅かすのでちょっとびびってもいたな(笑)。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12051707085.html</link>
<pubDate>Sat, 18 Jul 2015 04:00:14 +0900</pubDate>
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<title>ハリアー</title>
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<![CDATA[ <p><br>　2005年初冬、翌年春にはマークIIが二度目の車検という頃、カミさんが次はハリアーにしたいと言って来た。<a href="http://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12038263227.html" target="_blank">俺的にはマークIIは何の問題もないし走行距離も約1万8千キロと全然少ない</a>ので次の車検も通す気でいたのだが、カミさんの意外な提案に戸惑いつつも俺自身ハリアーはかなりカッコイイと思っていたので話しに乗ることにした。</p><br><p><br>　11月の最初の週末、まずは日産に行きムラーノの見積りを取った。実際ムラーノはデビュー当時は中々良いなと思っていたがマイナーチェンジでグリル周りのデザインがおかしな事になって(笑)、俺の中ではまったく魅力薄な車に成り下がっていた。だがハリアーと競合させられる車はこれしか浮かばないのでやむを得ない。ディーラーに行きムラーノが欲しいと言うと営業マンがびっくりしてる(笑)。「やっぱり売れてないんですね？」って聞くと「イエイエ、好きなお客様にはとても人気なんです」と当たり前にも程がある事を言ってその場を取り繕っている(笑)。店には展示車も試乗車もなく、横浜市内の他のディーラーにディーラーの社員が所有しているムラーノがあるのでそこまでご案内しますと言うので断った。ムラーノはあくまでも競合車なので余程の差が付かない限り買うことはないのであまり営業マンに負担をかけても申し訳無いと思ったからだ。だが値引きは頑張ってもらおうと思いハリアーも考えていると伝えると逆に簡単に戦意喪失して「ハリアーは良いですよねー。ムラーノは本当に厳しいんですよ」などと言い出す始末。張り合う気は無さそうだ(笑)。</p><br><p><br>　「これじゃダメだな、もう少し当たってみよう」とその足で二俣川のスバルに行ったんだが店に入っても「いらっしゃいませ」とか「こんにちは」とかの声をかけられない。「おや、営業マンが全員商談中なのかな？」と思いながら店内の展示車をしばらく眺めていたらようやく一人来た。「スミマセンあの、フォレスターを見に来たんですが。」見た感じ俺と同じか少し下くらいのお兄さんに言うと「あそーっすカッ！アザーっす！」見たいな軽薄体育会系のノリで返ってきた(笑)。なんかやる気はあるけど頭悪そうだなぁと思いながら話していると、言葉には勢いがあるのに全然売る気がない。雑談には応じるが肝心の車の説明はあまり無いし、こっちから「見積りして」って言うまで何にも動きがないし(笑)。グイグイ無理に押して来ない方針なのかも知れないが、それにしてもやる気無いなぁと苦笑い。見積り待っている間に展示車をじっくり見たが後ろの座席が狭い。マークIIで室内が狭い車に辟易していたので一気に印象が悪くなった。その後営業マンから聞いた所、フォレスターは車格が下のインプレッサと車台を共有しているので車内はあま<br>り広くないそうだ。確かにずいぶんボディが小さいなぁと思ったよ(笑)。正直もう初回の商談で完全に「欲しい」と言う気持ちは失せた。その後家に帰った後もスバルの営業マンからは一度も電話がかかって来なかった。スバルのディーラーは一生懸命売ることはしないんだな。いわゆるスバリストだけを相手に商売してるので他社の車と比べるような客は客じゃ無いって考えなんだろう。と言う事を悟ったよ。</p><br><p><br>　で翌週ようやくトヨタに行った。横浜に引っ越して来た時に名古屋ナンバーのマークIIを横浜ナンバーに換えてもらったディーラーで最初の車検もここに頼んだ。当然その時の営業マンを指名して見積りを貰う。<br>ハリアー2.4　240G Ｌパッケージ、標準装備がエアバッグ、ＬＳＤ、盗難防止装置、キーレスエントリー、シートリフター、運転席パワーシート、ＡＢＳ、アルミ、ディスチャージドランプ。そんな感じかな？付けるオプションが思い付かないほど充実した装備。結局オプションはＤＶＤナビだけにした。</p><br><br><br><p>　ハリアー<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20150711/03/aprilcowsmilk/5e/01/j/o0580029013362448878.jpg"><img border="0" alt="ハリアー" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20150711/03/aprilcowsmilk/5e/01/j/t02200110_0580029013362448878.jpg" width="220" height="110"></a> <br></p><br><br><p><br>　車両本体価格280万、ナビが15万くらいで最初の見積りが約320万だった。マークⅡは4年7ヶ月で1万8千キロ。走行距離は少ないが球数がある車種でしかもいわゆる「2000のタダグラ」なので不人気車。下取りは56万しか付かなかった。競合もまったく乗ってこなかったな。「ムラーノが○○万なんですがもう少しなんとかなりませんか？」と言っても速答で「これ以上は無理です」と帰ってきてムラーノが眼中に無いのは明白だった。苦し紛れに「ボルボとかも良いと思ってるんです」と言うと向こうに取っても予想外だった様で(笑)意外にも食いついてきて「車種は何ですか」とか「おいくらくらいなんですか？」と聞いてきた。ボルボはステーションワゴンなので本来競合にはならないはずだがトヨタ的にはムラーノよりはライバル視していたのかな？そのやり取りで少し下取りが上がったが、その後もほとんど競合には乗ってこず、完全に向こうペースでやられて最終的に値引き17万下取り60万で決着した。若干不満そうな顔をしていると営業マンが「値引きして買う車じゃ無いんですがねー」とチクリ(笑)。2005年12月に納車された。</p><p><br></p>
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<link>https://ameblo.jp/aprilcowsmilk/entry-12049043135.html</link>
<pubDate>Sat, 11 Jul 2015 03:11:29 +0900</pubDate>
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