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<title>書かない作家は単なる遊び人なのか？</title>
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<description>今年になってとうとう１３冊目の著作を出版した。５年ぶりの復活である。今年はあと３冊出版予定だ。「書かない作家」のフレーズが嘘になってしまったが、またいつ「書かなくなる」かわからないので、このままのブログタイトルにしておくのである。</description>
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<title>たまにはまじめな</title>
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<![CDATA[ 「ある日の真実が永遠の真実ではない」<br><br>こう言ったのは、かの革命家、チェ・ゲバラである。<br>味わい深い言葉ではないか。<br><br>ゲバラにはいわゆる「名言」と呼ばれるものが星の数ほどあり（星の数なんて数えたことないけど）、どれもこれもピリリと心に刺激を与えてくれる言葉ばかりだ。<br>俺にとってはね。<br><br>人は、「自分が知っている事柄」を「絶対的な事実で真実」だと思いがちだけど、絶対的真実なんて世の中のどこを探してもありゃしないじゃん、と、俺は昔から思っていた。<br><br>そういう俺の考え方をこっそりと盛り込んだ本を書いたこともある。（この本、スマッシュ・ヒットですよ！…と編集者の言葉）<br><br>あ、ちなみに俺はペンネームを使って本を書いてるからさ。名前は秘密だけど(秘密にする意味は……別にない。なんか売名行為みたいで落ち着かないだけ）<br><br>閑話休題。<br><br>ゲバラの言葉である。<br><br>俺が思っていたことをゲバラが格調高い言葉で言っていることを知り、俺はこれだよこれ！と、３メートルほど飛び上がりましたとさ。（いや、うそだけど）<br><br>真実は時とともに変わるし、それを語る人とともに変わるものである。<br><br>俺たちは、ちょっと油断すると、俺たちが生きている世界の常識のみを「真実」だと信じ込んでしまいがちになるが、これはものすごく危険なことだと思う。<br><br>ちょっと目線をずらすと、思いこんでいる真実とは別の真実が現れ、真実同士の相剋がはじまって、どうにもならない状態に陥ってしまうものだ。<br><br>俺は、自分の頭で考えることが大事だと、ことあるごとにいろんな場所で発言してきた。<br>自分の著書の中でも、頼まれて開いたいくつかの講演会でも、雑誌やラジオの取材を受けたときにも、ずっと同じことを言い続けてきた。<br><br>なぜなら、自分の頭で考え判断することを放棄すると、目の前に提示された情報だけを無批判に受け入れてしまい、それ以外の価値観を排除してしまうことになってしまうからだ。<br><br>これは、怖い。<br><br>常識は、人間の生きるあらゆる世界に存在していて、それぞれがそれぞれの真実を内包しているものなのだ。<br>他人の真実が自分の真実と異なっていることは、実は当たり前のはなしであり、お互いの真実を照らし合わせた時、そこで新しい驚きや固定観念を打破するなにかが生まれ、少しだけ世界が広がっていく。<br><br>自分の人生を考えたとき、他人から提示された真実を絶対的な常識だと信じて生きるより、常に己の世界を広げながら作り上げる、自分だけの真実で生きる方が、たぶん楽しい。<br><br>俺はそう生きてるつもりだし、そう生きたい。<br><br><br>もし私たちが空想家のようだといわれるならば、救いがたい理想主義者だといわれるならば、できもしないことを考えているといわれるならば、何千回でも答えよう。「その通りだ」と。（チェ・ゲバラ）<br><br><br><br>そういやあ、日曜日に個別握手会に行ってきた。<br>りのちゃん、かわゆす！<br>「さっしーが頑張ってる姿を見て、作家として復活することができた」<br>と言ったら、<br>「ホントですか？がんばってください！」と、逆に言われて、あたふたしてしまった。<br>本当は、その後に、「ありがとう。さっしーのおかげです」と言うつもりだったのだが、言いそびれたような気がする。<br>ううむ。まあ、いいか。<br><br>来月はギンガムチェックの個別。<br>楽しみである。<br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/aratkou/entry-11346719270.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Sep 2012 12:19:00 +0900</pubDate>
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<title>AKB48東京ドームコンサートに行ってきた</title>
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<![CDATA[ AKB48東京ドームコンサート、終わったなあ。<br><br>俺は初日のチケットが当選したので、ほくほくと行ってきたのだが、いやあ、開演前から疲れ果てた。<br><br>AKB48にとって目標であった夢の東京ドームだから、せっかくだいつもは興味のないグッズでも購入してみようかと、グッズ購入の列に並んだのだが、いやはや恐ろしい結果となってしまった。<br><br>炎天下、２時間並んでも列は半分も進んでいない。その段階ですでに午後５時。開演まで１時間を切っていた。<br><br>もう無理だと、列を離れ、日陰になっているところを探して座り込んだら、とたんにぐったりしてしまった。<br><br>コンサート前に疲労困憊。<br>大丈夫かよ、これから盛り上がれるのかよ、俺！…と、自らを鼓舞しましたとさ。<br><br>会場内に入り、指定の座席につくと、目の前にはサブステージが。<br>おお、結構サブステージに近いじゃないか。メインステージはちょっと遠いけど。でも、まあ、それほど悪くはない席だ。<br><br>と、疲れも忘れ、徐々に盛り上がってきました。<br><br>で、開演。<br><br>一言で言うと、あー楽しかった＆驚いた！、であった。<br><br><br>MIXもテキトーなやつを、周囲に合わせてやっちゃったりして、あー面白かった。みんなで一緒に盛り上がるのは、本当に楽しいね。<br><br>特に、チームＢ推しとか、君のことが好きだからとか、楽しすぎて声が枯れてしまったわい。<br><br>で、終盤のサプライズには、いやいや、のけぞりまくりであった。<br><br>ジャカルタへの移籍、上海への移籍、博多への移籍、栄と難波への兼任。<br><br>誰も予想してなかったメンバーシャッフルで、会場中はほとんど呆然自失の状態だった。<br><br>でも、会場に映し出されるモニター画面を観るかぎり、兼任を除く移籍組本人は、誰も驚いていなかったから、ああ、事前にこれは了解済みだな、と、俺は思った。<br>唯一、あきちゃ（高城亜紀）だけは一瞬驚いた顔をしていたけど、映像を見直すと、あれは会場の歓声に驚いただけだろう。<br><br>らぶたん、はるごんに至っては、笑顔だったし。<br><br>このふたりは、自分から移籍を願い出たようだね。<br><br><br>なにはともあれ、東京ドームコンサート、楽しかった！<br><br><br>というわけで、俺もちゃんとしなきゃなと、なんだか改めて思ったのであった。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/aratkou/entry-11339065295.html</link>
<pubDate>Mon, 27 Aug 2012 11:42:00 +0900</pubDate>
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<title>どうやら俺はスランプになってしまったらしい…</title>
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<![CDATA[ スランプなんてもんは、必死で自分自身を追い込んだ人間だけに起こる停滞現象であって、断じて俺のような怠け者な人間に起こるものではない。単に脳が執筆モードになってないか心が怠けたがっているか、どちらかだ。<br><div align="left"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20120820/18/aratkou/40/b4/j/o0480048012145958307.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20120820/18/aratkou/40/b4/j/o0480048012145958307.jpg" width="300" height="300"></a></div><br>
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<link>https://ameblo.jp/aratkou/entry-11333469776.html</link>
<pubDate>Mon, 20 Aug 2012 18:41:00 +0900</pubDate>
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<title>８月の濡れた砂はエンドレス・サマー的な情景の中で俺に懺悔を迫るのである。（本文とは関係ない）</title>
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<![CDATA[ おいおい、８月だよ。<br>ぼんやりしながらオリンピックばかり観てたら、仕事がちっとも進んじゃいないよ。<br><br>あー、俺って基本的にダメ人間だなあ。<br>と、いまさらながら実感する、８月の濡れた砂、なのである。<br><br><br>８月の濡れた砂、なんてこと書いても、意味わかる人いないんだろうなあ。<br>いや、映画の題名なんですけどね。<br>３０年ぐらい前のATG（Art Theater Guild）映画で製作された、藤田敏八監督の1970年代的青春映画のタイトル名。<br><br>映画の内容は、あまり俺好みじゃないんだけど、タイトルがすごく個人的には気に入ってるので、つい使ってみたのである(･∀･)<br><br>そういやあ、藤田敏八監督には「スローなブギにしてくれ」という題名の映画もあった。<br>これは片岡義男原作の小説を映画化したものだから、映画の題名がオリジナルなわけじゃないが、藤田監督にはシャレたタイトルの作品が多く、やはりそういうのは記憶に残りやすいね。<br><br>映画の内容そのものは、まあ、あれだ(笑)<br>デビューしたての浅野温子が、野良猫のような美人で、とても17歳には見えないエロかっこ美しい姿にのけぞるのが、一番の見所ではある（個人的な感想ね、あくまでも）。<br>ベッドシーンもレイプシーンもあって、デビューで思い切り身体張ってるが、エロチックではあるが、扇情的ではないと思ったものだ。はじめて観たとき。<br><br><br>印象的なタイトルの作品は、映画に限らず、後々まで記憶に残りやすいものだ。<br><br>スポーツ・ノンフィクションの分野を開拓した故・山際淳司さんには、センスのあるタイトルの作品が多かった。<br><br>「スローカーブをもう一球」「ナックルボールを風に」「江夏の21球」「逃げろ、ボクサー」「エンドレス・サマー」「バットマンに栄冠を」「ニューヨークは笑わない」「みんな山が大好きだった」<br><br>ちょっと思い出すだけでこれだけ印象的な題名が出てくる。<br><br>俺、生前の山際さんには、多少の縁があって、２０代前半の頃、鼻っ柱ばかり強くて何者でもなかった学生の俺に、「仕事手伝ってみる気ある？取材とか資料整理なんかの手伝いを」と誘っていただいたことがあったのだ。<br><br>ところが、俺のバカ！<br>いけしゃあしゃあと、「そういう仕事、俺、向いてないと思うんすよね」と、薄ら笑いを浮かべて断りやがった！<br>本当に昔の俺って鼻持ちならないぐらいバカで世の中を舐めていたよなあ。<br><br>その節は申し訳ありませんでした、山際さん。<br>せっかく誘っていただいたのに、失礼な態度を取ってしまって。<br>それにも関わらず、それからも度々ご飯とお酒を奢っていただいて、心から感謝しています。<br>山際さんが亡くなったとき、本当にショックでした。<br>お仕事のお手伝いをさせてもらっていればよかったと、心から後悔したものです…<br><br>と、思わず過去に懺悔する俺であった。<br><br><br>えーと、はなしがとっちらかってしまったが（いつものことだけど）、もう8月で、呆然としているうちに、八月の狂想曲的日々が通り過ぎてしまうので、しゃっきりと心を引き締めて、オリンピック観戦にいそしもうではないか、というおはなしでした。<br><br>いや、ちがう。<br>そうじゃなくて、仕事もがんばろー、というはなしだ！<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Thu, 02 Aug 2012 14:53:00 +0900</pubDate>
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<title>どうせならスーパーサイヤ人になりたいものだ。</title>
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<![CDATA[ 面白い映画を最近観てないような気がする。<br>面白い本をここ数ヶ月読んでないような気がする。<br><br>いや、覚えてないだけか。<br><br>この一年、映画は月に（DVDやスカパー！で）３～４本（おお！少ないなあ）、本は月に（平均すると）２０冊（もっと読みたい本はあるけど）、ギャンブルは月に２回ぐらい（これでも減ったのだ。数年前から去年前半までは毎日だったからね）、ライブやコンサートは月に１回ペース（Superfly、B'z、いきものがかりがメインでAKB48関係は毎回劇場公演に申し込んでいるのに当たらないのである。あ、この前ゆび祭りは当たって行ったぞ。あと、来月の東京ドーム、わはは、初日が当たったのだ）、観劇は月に…ほぼなし（昔は月に５回ぐらい劇場で演劇を観ていたのに）、えーとあとは、ああ、落語だ。新宿の末廣亭に時々行くが、ここ数ヶ月行ってないなあ。<br><br>こうやって記してみると、俺、意外といろんなものに首を突っ込んでるけど、印象に残っている作品が、本当に少ない。<br><br>ところで、<br><br>俺には得意技というのがあって、例えどれほどつまらない映画でも、どれほど昔に観た映画でも、一度でも観た映画なら、そのどのシーン、どのカットでも１秒流れていれば、何の映画か答えることができるのである。<br><br>答えるだけじゃなく、ファーストシーンからラストシーンまで、ほぼ、記憶を蘇らせて語ることができるという、特殊能力の持ち主なのである（特殊だとは本人は思ってないが、昔からみんなにすげえええ！と、驚かれているので、特殊能力ということにしておく）。<br><br>なんでそんなことできるの？<br>てなことを、たまに聞かれるが、知らねえよ。意識なんかしなくたって、一瞬でもシーンが出りゃ、自動的に記憶が蘇ってくるんだよ。<br>というしかいいようがないのである。<br><br>だからといって、俺の記憶力はものすごくいいのかというと、実は、その反対で、記憶力の悪さには自信を持っているのだ。<br>いや、威張ることじゃないけどね。<br><br>実際、俺はたぶん、能力の平均というものが計れるなら、記憶力に関しては確実に平均以下の能力しかないはずだ。<br><br>だからといって、他の能力が飛び抜けてすげええええってわけじゃありませんがね。<br><br>唯一、映画に関する「映像的な記憶」だけはすごいのかもしれない。<br><br>残念なのは、その能力が、まったく俺の人生で活かされてないところにあるのだが。<br><br><br>いや、待てよ。<br>ひょっとしたら俺の発想の根元には、無意識の中にストックされた映画のシーンとストーリーの断片があるのではないのか？<br>それらの断片を脳の中で組み立て、新しいものにしていっているのか？<br><br>ああ、なんだかそんな気がしてきた。<br><br>ということは、映画を瞬間的に思い出す能力というのは、俺にとってはとても意味のある能力だったのか？<br><br>うーむ。<br><br>どうせなら、どんな女の子でも１秒で口説き落とせる能力とか、どんなに締め切りに追われていても、１時間で単行本一冊分の原稿が書ける能力とか、カードの裏が透けて見える能力とか、いやいや同じ透けるなら自分が透明人間になってしまえる能力とか、一瞬で宇宙の端から端まで移動できる能力とか、スーパーサイヤ人になる能力とか、失われた古代文明を透視できる能力とか、<br><br>そんな能力がほしかったなあ。<br><br>さあ、今日も真面目に仕事しましょう。<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Wed, 18 Jul 2012 10:57:00 +0900</pubDate>
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<title>いろいろあるけど、とりあえず暑い夏には熱いイベントで。</title>
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<![CDATA[ 猛暑の夏が、今年もやってくるわけだ。<br>あー、暑い。暑い。暑い。<br><br>暑いと言えば、熱いロンドン・オリンピックがもうすぐ開幕ではないか。<br>俺は、オリンピックヲタクでもあるので、もうすぐ仕事が手につかなくなるであろうことは、ほぼ確実であろう。<br>自慢するわけじゃないが、オリンピックヲタクとしては、どんな競技にも興味津々で、見逃してもいい競技はひとつもないのである。<br><br>困ったことに、俺は、夏のオリンピックだけに興奮するのではない。<br>冬のオリンピックはもとより、サッカーワールドカップにも、血が騒ぐ俺がいて、大変困っているのだ。<br><br>血が騒ぐだけではない。<br>思わず現地にまで応援に行こうとする俺を制御するのに、いつも苦労しているのだ。<br>こうやって、ビッグイベントがあるたび、俺の生産性は著しく下がり、とてもたくさんの人に迷惑をかけることになって、ついと目線をはずし、心の中で面目ねえと謝る日々が続くのであった。<br><br>そして今年も、そうなるのだろうなあ。<br>困ったもんだよなあ。<br>ヲタク気質というのは。<br><br><br>ビッグイベントといえば、AKB48念願の東京ドームコンサート、おお！初日分が当選したぞ！<br>嬉しいなあ。<br>最近、これまでのくじ運の悪さが嘘のように、立て続けに当たって、ひょっとしたら俺はこのまま人生が終わってしまうのかもしれない、というぐらいの幸運に恵まれ始めたみたいで、なんだかどきどきしてしまう。<br><br>まあね、いままでのくじ運が悪すぎたから、くじ運の神様が帳尻合わせしてくれているのでしょう。<br>そういうことにしておきます。<br><br><br>それにしても、イベントが多すぎて、仕事が手につかないという状態だけは、正しい大人としては是非とも避けたいところであるが、毎日数時間は集中して執筆し、あとはのんびりイベントを楽しむ方向性で、今年の夏はいきたいものである。<br><br>やればできる。<br>…と、思い続けてこれまで生きてきましたが、これまで一度もオリンピックの年に、<br>やればできる。<br>を体現することはありませんでした。<br><br>今年こそ、<br>やればできる！<br>…を本当にしたいものである。<br><br>やればできる。<br>たぶん。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Tue, 17 Jul 2012 13:37:00 +0900</pubDate>
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<title>地球は回るけど、人の運だって回っているもんだ。さっしー若い子ばかり周りにいて若返ったか？</title>
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<![CDATA[ 昔の人はえらかった。<br><br>何がえらいのかというと、諺や言い伝えの中には、確かにそのとおりだよなあ、と、深く頷いてしまうものが少なくないのだ。科学的な根拠とかではなく、実体験に基づいた経験則から導き出した生活の知恵、もしくは、人生の綾。そういう言い伝えや諺は、バカにできたものではない。<br><br>例えば、最近ではこんな言葉にしみじみ感じ入ってしまう。<br><br>「人間万事塞翁が馬（にんげんばんじさいおうがうま）」<br><br>運が悪い出来事に遭遇して失意の淵に落ち込んだとしても、結果的にそれが、より大きな幸運の前触れになり、それまで以上の幸福をもたらす…大雑把に説明すると、そんな意味を持つ中国の諺である。<br><br>つまんない暴露話によるスキャンダル疑惑で、AKB48から福岡のHKT48に移籍した、指原莉乃のことだ。<br><br>誰もが（たぶん多くの人が）指原莉乃はもう終わりだと考えたことだろう。<br>ところが、移籍して一ヶ月で、すでに彼女は、HKTのメンバーにものすごい刺激を与え、公演のクオリティ（特にMC）が格段にアップ。結果、多くのメンバーとの間に友好的で信頼感のある関係を築いている。そのことは、メンバーたちの劇場での発言やぐぐたすの投稿から伺える。<br><br>おまけに、福岡のテレビ局が争奪戦を繰り広げ、レギュラー番組２本がはやくもスタート、水面下であと何本かのレギュラーが進行中との情報も小耳に挟んでいる。<br><br>博多での人気と影響を受けて、東京でも新しい仕事が進んでいるらしい。<br>少なくとも、各出版社、テレビ局、企業スポンサー周辺では、りのちゃんは以前に増してタレントとしての魅力と影響力を再評価されることになった。<br><br>その結果…<br><br>移籍前より忙しくなってるじゃん！<br><br>この先どうなるか、それこそ誰にもわからないが、少なくとも現段階において、指原莉乃が博多に移籍したのは、間違いなく正解だったと思う。<br>スキャンダル・アイドルのレッテルを貼られたことで、かえってタレントとしての魅力と凄みが出てきている。<br><br>人間万事塞翁が馬だよなあ。<br>りのちゃんを見て、俺が最初に思ったのが、この言葉であった。<br><br>負けちゃいけないんだ。どんな状況に陥ろうとも、無理してでも前を向き、希望さえ捨てなければ、そこには必ず新しい道が開けている。<br><br>彼女を見ていると、本当にわくわくする。<br>飽きない。<br><br>応援しているこっちも辛くなるときもあるけど、それでも頑張って這い上がっていこうとする姿を見ていると、力が湧いてくる。俺も頑張ろうと思えてくる。<br><br>この先、まだどうなるかわからないけど、俺は、りのちゃんが絶望して諦めないかぎり、ずっと応援していく。<br><br>とりあえずは、博多の劇場に行かねば！ねば！<br>そして、公演終了後は、鳥鍋を食いながら博多の夜を満喫するのである。<br><br>あー、昔、博多で食った鳥鍋がうますぎて忘れられない。<br>福岡在住の友人に、しばらくぶりで連絡しておこうっと。<br><br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/aratkou/entry-11302342694.html</link>
<pubDate>Sat, 14 Jul 2012 17:05:00 +0900</pubDate>
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<title>ギャンブルをなめんじゃないよ！（あまり本文とは関係ありません(･∀･)）</title>
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<![CDATA[ ありゃりゃ。<br>パチンコAKBのプレス発表イベント、当選してしまった。<br>特別選抜メンバーが出席して、ライブやったり、いろんなイベントやるらしいが、うーむ、当たるとは思わなかった。<br><br>無料で楽しめる。<br>芸能人が関わったパチンコ機械のプレス発表は、いろいろ豪華だからなあ。（昔、招待されて行ったことが一度だけある。某有名演歌歌手とのタイアップ機種で。本人と事務所の他のタレントも登場して派手だった）<br><br>楽しみだ。<br><br>一部では、「パチンコアイドル」は辞めろ恥ずかしい、なんて言われているようだが、別にいいと思うけどね。大体、JRKのガチ馬企画が良くて、パチンコがダメだという基準が、俺にはわからん。ギャンブルというくくりでは（表向き両方ともギャンブルとは言ってないが実質ギャンブルだろ）同じじゃないか。競馬が良くてパチンコはダメだという考え方が、理解できん。<br><br>ああ、パチンコ＝日本人ではない、というレッテルか。<br><br>そもそもそういう考え方による反対なら、言語道断。このグローバルな時代に（この言い方嫌いなんだけど、こういうときに使うと便利だな(･∀･)）何言ってやがる、と、思ってしまう。<br><br>日本人至上主義というのは、決して愛国主義、民族主義ではない。断じて違う。<br><br>本物の愛国者は、日本という国とそこに住む国民の利益のために、他国や他民族の（いろんな）力を積極的に活用し、文化の融合を試みる種類の人のことを言う。<br>嘘だと思ったら、日本書紀における上宮太子の項を読んでみるといい。<br>上宮太子とは、聖徳太子のことだ。<br><br>冠位１２階、17条憲法の制定、随との国交樹立、仏典の注釈書を記す…など、後の社会の基礎となるものを次々と作った正真正銘の愛国者である。<br><br>遣随使として小野妹子を派遣したり、そもそも、聖徳太子が行ったとされる業績のほぼすべては、渡来人（いまで言う在日外国人ですね）や随（中国のことね）から導入したものが基礎になって、それを、ヤマト（大和）風にアレンジしたものである。<br><br>まさか、と、憤る人がいるかもしれないから言っておくが、そのあたりのこと、ちゃんと日本書記や聖徳太子の事績を辿ってまとめた平安時代の書「上宮聖徳法王帝説」というものに、はっきりと書かれているのだ。<br><br>聖徳太子は、渡来人テクノクラートによる技術・文化と随との「国家貿易」によって得た政（まつりごと）の仕組みで、大和朝廷における国家基盤を整備した…と。<br><br>で、これを継承して、大化の改新が起こったわけである。<br><br>日本史の勉強か！<br><br><br>偏狭な思考は、硬直した視野を作り出すものだ。<br>硬直した視野からは、優れた魂は生まれない。<br><br>まあね、俺はパチンコ・パチスロ・競馬・競輪・ボートレースに麻雀、（海外カジノでの）ＢＪ、ポーカー、その他モロモロに浸りきって、ほとんど人間のクズになりかけたオトコだから、偏見が一切ないのだが、そういうことを経験してないある種「純粋」な人間からすれば、アイドルがギャンブル産業の広告塔になるのが、どうしても許せないんだろうな。<br><br>うん、それに関しては、わからないことはない。<br><br>でもさ、例えば、ネットゲームや流通産業での広告塔ならよくて、アミューズメント産業がダメだ、という考え方は、美しくないし差別的でさえある。<br><br>社会は理不尽で不公平で不平等なものだけど、だからといって、差別的な思考はダメだ。<br>そういう中でこそ、堂々と己の魂を公平なものにするという心意気を、持つ必要があるのではないだろうか？<br><br><br>いろいろあるけど、単純に、イベント当たってうれしい、というおはなしでありました。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/aratkou/entry-11299151533.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2012 18:28:00 +0900</pubDate>
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<title>あー、博多の劇場行きたい！とか、やること多すぎて大変なことになっている日々。</title>
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<![CDATA[ 今月もあと２０日である。<br>早いなあ。<br><br><br><br>月日は百代の過客にして<br><br>なんて言葉があるが（あれ、これ何だっけ？…平家物語？…違うなあ、なんだっけっかなあ…奥の細道？…うーむ）、とにかく、ぼんやり生きていようと毎日を必死で汗と涙を流しながら生きていようと、誰の上にも通り過ぎる時間は同じで、一旦通り過ぎてしまった時間は、決して取り戻すこともできず、ふと我に返っては臍を噛み、こぼしたミルクを悔やむばかりなのである。そうやって、百代という永遠の時間の中で、ほんの一瞬だけ訪れる客として、俺たちはこの世の中に生きているわけだ。<br><br><br><br>と、いろんな比喩を使った言い回しをしてみる。<br>すると、どうです、なんだか知らないけど、非常に哲学的な禅問答的な文章になるでしょ？<br>でもさ、この文章を要約すると、<br><br>「なんてこったい！もう一年の半分以上が過ぎて、俺は何にも結果を残してないじゃないか！」<br><br>という、単なる焦りの感情でしかなくなるわけであった。<br><br><br>言葉ってえのはひねくり回すと、いくらでも哲学的に見えてくる。<br>あるいは、いくらでも高尚に見えてくる。難解にも見えてくる。<br><br>簡単に言い表せる言葉を、無理にひねくり回す文章（を書く人間）には、注意した方がいい。<br>大抵、その中身はからっぽだからさ。<br><br>俺もよくやるけど、内容のないことをもったいぶって書くと、いかにも自分自身がエラソーに見えて自己満足してしまうんだよな。<br><br><br>どうも人間ってやつは、他人と自分を比べて、自分の偉さを確かめたくてしょうがないみたいで、そういう基本的な本能って言うんですかねえ、エゴって言うんですかねえ、そういうもののために、他人を貶めたり、こき下ろしたり、要するに悪口三昧で、その相手がいかにどうしようもない人間か、ということを口にすることで、自分が上に立っている錯覚を持ちたがるわけだ。<br><br>まあ、いくら貶めても、自分の方が上にいるというのは、１００％錯覚でしかないんですけどね。<br><br>その具体的な例は、日々、ネット上で起こってますね。<br><br>匿名のとてもエラい人々が、成人さえしていない女の子を、よってたかって貶めけなし人格破壊しようとし、そうすることで「ほら、俺たち（私たち）はこんなに偉いんだよ。あんたよりずっと上等な人間なんだよ。あんたなんかかすみたいなもんだから、俺たち（私たち）にかかれば、あんたがやってることなんか何でもお見通しなんだよ」と、鼻高々でいっぱしのフィクサー気取り。<br><br>バカだよなあ、と、端で見てると思うが、そんな正論が通じるわけもなく、悲しいぐらい偉い人々は、ひたすら自己満足の世界に浸るのであった。<br><br>本当にバカだよなあ(･∀･)<br><br>という感想しか出てこない。<br><br><br>えーと、はなしがずれた。<br><br>俺は、７月もあと１０日しか残ってないことに気づき、オーマイガッ！な焦りが出てしまった、ということを書きたいだけなのであった。<br><br>博多の劇場にも行きたいし、面白い本を今年中に４冊書きたいし、定期的にやっている某広告会社での「クリエイター研修」を受けている若手社員たちをレベルアップさせたいし、８月の東京ドーム公演も行きたいし、とにかく俺にはやらねばならぬことがわんさかと山積みなのである。<br><br>そうそう。<br>９月のAKB48の個別握手会、指原莉乃の回が取れたので（！）、それにも行かねばならぬ、のである。<br><br>ぼんやりと時が流れていくのを見守っている暇はないのである。<br><br>よし。<br>と、とりあえず気合いを入れてみる。<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<link>https://ameblo.jp/aratkou/entry-11298891376.html</link>
<pubDate>Tue, 10 Jul 2012 11:10:00 +0900</pubDate>
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<title>一度ぐらいは…</title>
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<![CDATA[ よし、本気を出そう。<br><br><br>「お前の最大の欠点は、本気にならなくてもある一定の水準のものが作れてしまう、という、その器用さにあるんだ。他人が１０の力をかけるところを、お前は、３か４でできてしまうから、常に余力を残してしまう。プロとしては正しいかもしれないが、クリエイターとしてはお前は間違っている」<br><br>昔、俺の（映像クリエイターだった時代の）師匠に言われた言葉。<br><br><br><br>「Aさん（俺のことね）って一種の天才だと思う。作るものはどれも、私たちの想像を超えたものになっている。でも、欲がないというか、自分の作品に淡泊というか、もっとスゴイものが作れる人だと思うのに、決してそこまではいかない。スマートすぎるのよね。だから、物足りなく感じることがある」<br><br>これは、昔、長く仕事上で付き合っていたあるクライアントの担当部長から言われた言葉。<br><br><br><br>ふと思い出してしまった。<br>俺、いろんなところで、同じようなことを言われて生きてきたんだよなあ。<br><br>俺は俺なりに一生懸命努力して、作品を作っていたつもりなのに、俺の作品に接する身近な人間は、なぜか同じことを言う。<br><br>どうすりゃいんだよ<br><br>なんて、いじけたこともあったけど、いまから思えば、（すごく嫌らしい言い方になるが）俺は確かに本気の全力を作品に向けて注入していなかったような気がする。そうじゃなければ、ある映像祭で賞を穫った後、いろんな中傷を受けたとき、「これからは自分の能力を出し惜しみして、これ以上賞を穫ったり有名になったりしないように気をつけよう」なんてこと思わないよなあ。<br><br>たぶん、面倒になったんだろうな、注目を浴びることに。<br>確かにいろんなところから、批評を名乗った中傷は受けたが、あの程度のことでそう思ってしまうというのは、いくらなんでも心が弱すぎる。そうじゃなくて、そういうのを口実にして、適度なところでお茶を濁した方が楽だと考えたのだと思う。<br><br>だけど、いまになって思うのだが、もし俺に多少なりとも表現する才能ってやつがあるのなら、俺はずいぶんと無駄遣いしてきたもんだ。<br><br>申し訳ないと思うレベルの無駄遣いだろう。<br><br><br>で、遅すぎるかもしれんが、俺はいまから本気を出してみようと思ったのである。<br>才能は本当はないのかもしれないし、あったとしても、いまじゃ枯れてしまっているかもしれない。<br>でも、昔出し惜しみしていたものを、いまから本気で出してみる努力をしてみよう。<br>必死になってみよう。<br>第一、何年間も遊び人として暮らしていたんだから、人生の帳尻を合わせるためにも、一度ぐらい本気で打ち込んでみてもいいだろう。<br>俺の人生に申し訳ない。<br><br>というわけで、どうなるかわからんが、これから俺は本気になってみる。<br>本気で本を書いてみる。<br><br><br>昨日のHKT48で指原莉乃が劇場公演デビューを果たしたことを受けて、俺はなんだか、そういう決心をしてしまったのであった。<br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Fri, 06 Jul 2012 19:17:00 +0900</pubDate>
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