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<title>介護哲学日誌</title>
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<description>寝たきり、認知症の「要介護５」の８５歳の母を、自宅で介護する決意をした、６０歳の市議会議員である息子の波乱万丈日誌</description>
<language>ja</language>
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<title>平成２２年６月１２日</title>
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<![CDATA[ <p>やはり「活発期」に突入である。</p><br><p>昨夜も全く眠っていない。</p><br><p>朝、昼、夕の介護ヘルパー来訪時もずっと話している。</p><p>冷静に考えると、凄い体力である。</p><br><p>「時計がない。」</p><p>「財布がない。」</p><p>「家に帰らなければならない。」</p><p>「ご飯を食べていない。」</p><p>「お父さんが帰ってくる。」</p><p>「おこしてくれ。」</p><br><p>本日は、夜にとある会合に出席しなければならない。</p><p>秘書も同じ会合に出席とのこと。</p><br><p>活発期の母が、一人になる。</p><br><p>不安の中、外出。</p><br><p>会合を終え、帰宅してみると、母は昔の人のことを独り言で元気に話していた。</p><br><p>電気を消すと、消すなという態度をするので消すのをやめた。<br><br></p>
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<pubDate>Sat, 12 Jun 2010 16:12:18 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月１１日</title>
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<![CDATA[ <p>本日も、私は出張中である。</p><p>本日の午後、帰宅予定である。</p><br><p>本日の母は、昨日に引き続き「静か」である。</p><br><p>午前８時半、介護ヘルパー来訪。</p><p>やはり排便がない。ヘルパーが簡単なお腹のマッサージを施す。</p><p>少しであれば、口からも食べ物を取れるので、ヨーグルトを食べさせてもらう。</p><br><p>正午、介護ヘルパー来訪。</p><p>排便があった。</p><p>よかった。</p><br><p>私は、午後３時ごろ帰宅。</p><p>その足で、市役所へ出向く。</p><p>市議会での一般質問のためのヒヤリングに応じるためである。</p><br><p>午後５時、介護ヘルパー来訪。</p><p>ヘルパーが母の手を摩っていると「痛いよ！」と突然言う。</p><p>それまで「静か」だった母が言葉を発した。</p><br><p>「活発期」に差し掛かったのか。</p><br>
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<pubDate>Fri, 11 Jun 2010 15:58:27 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月１０日</title>
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<![CDATA[ <p>私は、出張中である。</p><br><p>母のことが心配ではあるが、介護ヘルパーにお任せするしかない。</p><br><p>朝、昼、夕の流動食は、秘書にお願いしてある。</p><p>秘書も、介護ヘルパー２級の所持者だが、復調しつつあると言っても病中であるので不安は尽きない。</p><br><p>母の様子は、昨日と同様「静か」であるとのこと。</p><p>静かな時と、活発になる時が一定の周期で訪れているのではないかと思う。</p><br><p>午前８時半、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>正午、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>午後５時、介護ヘルパー来訪。</p><p>足がかさついている様子なので、保湿クリームを塗ってもらう。</p><br><p>昨日のお昼から、今日まで便通がない。便秘か。心配である。</p><br>
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<pubDate>Thu, 10 Jun 2010 15:39:07 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月９日</title>
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<![CDATA[ <p>本日は、午後から出張である。</p><p>家は、母一人となる。</p><p>胃ろうチューブを引っ張り出したり、ベッドから降りようとしたりしないか心配であったが、私の介護の補助を手伝ってもらっている胸膜炎の秘書も、なんとか復調しつつあるので、任せて出張へ行くことにする。</p><br><p>母はというと、今日も「静か」である。</p><p>話しかけても頷くだけで、声は出さない。</p><br><p>午前８時半、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>正午、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>出張へ出掛ける。</p><br><p>午後５時、介護ヘルパー来訪。</p><p>やはり「静か」であったとのこと。</p><br><p>夕食を秘書に依頼しておいたので、秘書が夕食のお世話をする。</p><br><p>夜中の１２時ごろ、心配した秘書が一度様子を見に来てくれたようである。</p><p>おとなしく寝ていた。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/arayataizou/entry-10562896123.html</link>
<pubDate>Wed, 09 Jun 2010 15:26:25 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月８日</title>
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<![CDATA[ <p>市議会議員の私は、本日から開会の６月議会へ出席となる。</p><p>日中、家を空けることとなる。母一人である。</p><br><p>母はというと、昨日とはうって変わって「静か」である。</p><p>話しかけても頷くだけで、声は出さない。</p><br><p>午前８時半、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>午前１０時、退院後初めてとなる「訪問看護」、看護師が来訪。</p><p>体調は、良好であるとのこと。</p><p>足に拘縮があるため、屈曲マッサージの処置をしてもらう。</p><br><p>正午、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>午後５時、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>議会から戻ったあとも、母は静かに過ごしている。<br><br></p>
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<pubDate>Tue, 08 Jun 2010 15:09:04 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月７日</title>
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<![CDATA[ <p>私は、びっくりした。</p><p>午前５時ごろである。</p><p>母は、胸をはだけて、流動食の胃ろうチューブを引っ張り出し、いじっている。</p><br><p>「布団を取れ、おしっこしたい、トイレに行く。」</p><p>と言う。</p><br><p>胃ろうチューブが外れてしまうと、再度の手術が必要となってしまうため、やむを得ずミトン（手袋）を付ける。</p><p>しかし、嫌がってミトンを「外せ。」と言う。</p><br><p>午前６時ごろ、自分でミトンを外していたので、再度、ミトンを付ける。</p><br><p>午前６時半ごろ、食事を流す。</p><br><p>午前８時半、介護ヘルパー来訪。介護をしてもらう。</p><p>介護ヘルパーと元気に会話をしている。</p><br><p>午前１０時、退院してからはじめての入浴。訪問入浴の介護員が来訪。</p><p>元気に会話しながら入浴する。</p><br><p>正午、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>午後４時ごろ、様子を見に行くと、本日２回目のびっくり。</p><p>ベッドから一人で降りようとし、ベッドの上で横向きになり、足をベッドの下に降ろそうとしている。</p><p>元の位置に戻し、「ベッドから落ちてしまうだろ。」、冗談で「ベッドから落とすよ。」と言うと「いやだ。」と答える。</p><p>訪問看護師にこのことを相談すると、ベッドガード（柵）を足元から頭のほうへ移動することと、万が一の転落に備えて、ベッドを一番低くすることをアドバイスしてもらい、その通りにする。</p><br><p>午後５時、介護ヘルパー来訪。</p><br><p>午後８時ごろ、おとなしくなったので、ミトンを外す。独り言を言っている。</p><br><p>午前２時ごろ、またもやびっくり３回目。</p><p>また胸をはだけて、胃ろうチューブを引っ張り出している。</p><p>「血が出ていないか。」と私に問いかける。血は出ていなかった。</p><p>元へ戻そうとして母の体に触ろうとすると「落とせば駄目だ。」と言う。</p><p>夕方に冗談で「ベッドから落とすよ。」と言ったことが頭に残っていたのであろうか。</p><p>認知症の患者には、冗談でも脅すようなことを言っては駄目だということを思い出した。</p><br><p>私が「大変だ、このままだとまた病院に行かなければならなくなるよ。」と言うと、母は「ここで寝る。ここは落ち着くから。」と言う。</p><p>「じゃあ、我慢して手袋付けなさい。」と言って、ミトンを付ける。</p><p>母は「ここで寝れるのか。」と言い、安心したのか静かになる。</p><br><p>電気を消す。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/arayataizou/entry-10562881862.html</link>
<pubDate>Mon, 07 Jun 2010 14:36:37 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月６日</title>
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<![CDATA[ <p>午前６時ごろ、「何か旨いものをたべたいなぁ。」と言う。</p><br><p>午前９時３０分ごろ、介護ヘルパーに「髪が長いなぁ。切ったほうがいいよ。」と話しかける。</p><br><p>午後４時ごろ、私の友人が来訪。</p><p>母は、今までになく、話したり、歌ったりする。</p><br><p>母は、「父親、母親、兄弟姉妹みんなにかわいがられて、わがままに育ったが、自分だけ頭が悪い。」と言う。</p><br><p>夜８時ごろ、「布団を取れ、おしっこしにトイレに行くから、ベッドから降ろせ。」と言う。</p><p>何とか宥めて、テレビを消し、電気を消すと、また、</p><p>「布団を取れ、おしっこしにトイレに行くから、ベッドから降ろせ。」</p><p>電気をつけたままにする。</p><br><p>夜中２時ごろ、様子を見に行くと、母は「世話になるなぁ。」と笑顔で言う。</p><br><p>やっと、眠りにつく。</p><br>
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<link>https://ameblo.jp/arayataizou/entry-10561090076.html</link>
<pubDate>Sun, 06 Jun 2010 16:13:09 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月５日</title>
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<![CDATA[ <p>午前５時ごろ、母は目を開けていた。</p><br><p>「起きるか？」「テレビ診るか？」「ご飯食べるか？」と問いかけても、無表情である。</p><br><p>ストーブをつけ、部屋を暖めてから、午前７時ごろ、流動食の準備をしていると、次男の名前を呼び、</p><p>「まやまやしていないで、早く行って来いと言え。」と突然言う。３度繰り返す。</p><p>私の名前を尋ねると、はっきり答える。自分の名前も答える。</p><br><p>認知症が回復してきているかもしれない・・・</p><br><p>姉、妹、弟に電話して、母と話をさせた。</p><br><p>介護ヘルパーが８時ごろに来訪したが、流動食が予定より１時間ほど長くかかっってしまい、介護時間がずれ込んでしまった。</p><br><p>流動食の後、母が「何か食べたいなぁ。」と言っていたので、オロナミンＣとバニラのアイスクリームを３口ほど食べさせた。</p><p>「おいしいか？」と尋ねると、母はニッコリ笑う。</p><br><p>正午と、夕方５時にも介護ヘルパーが来訪し、介護してもらう。</p><br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/arayataizou/entry-10561015351.html</link>
<pubDate>Sat, 05 Jun 2010 14:10:29 +0900</pubDate>
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<title>平成２２年６月４日</title>
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<![CDATA[ <p>前途多難な介護の船出である。</p><br><p>介護者の私は、１０年ぶりの通風で左足がつけないほど痛い。</p><p>介護の補助を頼んだ私の秘書はというと、脇腹にさしこむ激痛に見舞われ、病院の救急外来へ。胸膜炎とのことである。</p><br><p>８年ほど老健施設で過ごした母が、熱発により入院し、医師より「あと一週間くらいがヤマです。」と宣告を受けていたが、何とか持ちこたえ回復した。</p><p>口から食事をとるのが難しくなったため、胃ろうチューブを挿入した。</p><p>その母を、今後は自宅で介護する決意をし、いよいよ退院するとなった当日の話である。</p><br><p>家の裏に住む美人の知人女性や、ホームヘルパー、訪問看護師の助けにより、なんとか無事に退院、帰宅し、帰宅後の最初の介護は無事終了。</p><br><p>私は、脳出血のため半身不随であった妻を、家の中で一番日当たりのいい部屋で介護をしたかったが、妻に拒絶され、結局、末期の胃がんにして亡くしてしまったので、母は、我が家で一番日当たりのいい部屋で介護することにした。</p><br><p>母の入院中、私が、看護師から流動食の方法を指導されていた時、要介護５、認知症の母は、涙ぐんでいた。</p><p>ほとんど会話はなく、長男である私を息子であると認識できる程度にもかかわらずである。</p><p>看護師は「どうしたのかしら。」と戸惑っている様子である。</p><p>私が、「あんじるべ。」（すまないと思っているんでしょう。）と問いかけると、母は、首を縦に振る。</p><br><p>ここに、母の生きる哲学がある。</p><br><p>母は、子供を叱ったことがない。</p><p>母は、子供の幸せだけを願っていた。</p><br><p>認知症の中においても、長男である６０歳の私に介護されることを「迷惑をかけてすまない。」と思っているのである。</p><br><p>だが、生きたい。</p><br><p>その矛盾が、被介護者である母の涙なのである。</p><br>
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<pubDate>Fri, 04 Jun 2010 10:16:42 +0900</pubDate>
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<title>介護哲学日誌を始めるにあたり</title>
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<![CDATA[ <p>私は、脳出血のため半身不随となった妻を、７年間介護してきたが、一昨年、胃がんのため亡くした。</p><br><p>介護自体は、一生懸命やったつもりなので、後悔はない。</p><br><p>しかし、妻の胃がんが発覚したのが「余命３ヶ月」の末期であったことには反省した。</p><br><p>そこに今回、老健施設で暮らしていた母が、感染症の熱発により入院、「余命１週間」と宣告された。</p><br><p>口からの食事は難しいとのことで、流動食となり、胃ろうの手術を受けたが、そのおかげか、母の病状は劇的に回復したのである。</p><br><p>ところが、そこに新たな問題が生じたのである。</p><br><p>流動食となった母を、以降も施設介護を続けるとなると、経済的負担が増大し、「共倒れ」となる危険があるのである。</p><br><p>さらに、入院中に介護施設が満床となり、待機しなければならなくなったのである。</p><br><p>医師に、自宅での介護が可能か相談したところ、「可能である」との返答を得る。</p><br><p>そこで私は、妻への介護の反省から、「きつい」「汚い」「危険」の３Ｋの介護ではなく、</p><br><p>「介護者の精神的救済」があるという新しい介護哲学で、明るく楽しい介護をしてみようと思ったのである。</p><br><br><br><p>この日記は、現在進行形の介護の日誌である。</p><br><p>少子高齢化社会に新しい道を作るという野心的挑戦の「介護哲学日誌」である。</p><br><p>ご期待いただきたい。</p><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/arayataizou/entry-10562975830.html</link>
<pubDate>Thu, 03 Jun 2010 16:32:38 +0900</pubDate>
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