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<title>建築あれこれ</title>
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<description>建築を修了しながらも不動産業界に就職した社会人の日記。建築と不動産のはざまで思うことをつらつらはき出します。</description>
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<title>Budapest in Hungary　①</title>
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<![CDATA[ <p>９月４日 <br>朝７時起床。 <br>シャワーを浴びて７時半から朝食。 <br>昨日時間予約させられたのだが、時間通りに出てきた。 <br>３０人ほど入れる食堂だが、客は僕を含めて４人。 <br>食事は、パン４つにハム、サラミ、スクランブルエッグにオレンジジュース。 <br><br>食後、宿の人にチェックアウト後も荷物を預けられるかと聞いて、市内を散策する。 <br>だが、朝のせいか、それとも単に観光都市ではないせいか、街の景観や雰囲気に魅かれるわけでもなく面白みに欠ける。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/a7/c0/10123979600.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/a7/c0/10123979600_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/1d/b8/10123979720.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/1d/b8/10123979720_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>午後３時前にコシツェを立つ予定を早めて、午前１１時前の電車でブダペストに行くことを決める。 <br><br>午前１０時にチェックアウトして、そのままコシツェ駅へ。 <br><br>午前１０時４４分発の電車を探すもないとのことなので、ブダペスト行きの違う電車に乗る。 <br><br>午後３時半前、ブダペスト東駅（Keleti pu.）に到着。 <br><br>ブダペストはハンガリーの首都で人口約２００万人、通貨はフォリント（Ft）で１Ft＝約０.６５円。 <br><br>ホームに降りると今までの２カ国と違って蒸し暑い。 <br>そして、駅構内で日本人を数人見かけた。 <br><br>地下鉄、バス、トラムが乗り放題の１週間券（Hetijegy）を４０００Ftで購入。 <br>ちょっと高い気がする。 <br><br>便意を催すのを我慢しつつ、午後４時、HomePlus Hostelにチェックイン。 <br><br>５人部屋で１泊１６ユーロ。 <br><br>しかし、チェックインするときに受付のお姉ちゃんに「ブダペストのこと知ってる？」と言われ、「よくは知らない。」と答えたのがいけなかった。 <br><br>お姉ちゃんは地図やガイドブックを取り出して、簡単に説明してくれると思いきや、 <br>しゃべるしゃべる。 <br><br>結局、最後まで我慢できず、途中でトイレに駆け込んでしまったが正解だった。 <br><br>その後も説明が続き、時計を見れば１６時半を回っていた。 <br><br>荷物を置いて、西駅（Nyugati pu.）横のWestend City Centerに入っているお店で夕食を済ませてから、宿のマスターが夜景のおすすめスポットとして教えてくれたゲッレールトの丘（Gellrt-hegy）に向かう。 <br><br>ちょうど日の入りの時間帯だったの橋を渡りながら、ブダ側とペスト側を分けている５００ｍ近い幅のドナウ川とそれを架けるくさり橋（Szechenyi Lanchid）の色合いが変化していく光景の美しさにシャッターを何回も切る。 <br><br>ゲッレールトの丘は標高２３５ｍ、マスターは「全然危なくないから。」と言ったので暗い一本道を登るはじめるが、周りに人の気配はなく、そして照明がほとんどないので恐怖感にかられながら上を急ぎ足で進む。 <br><br>ようやく頂上付近に到着すると人がたくさんいた。 <br>どうやら車道が頂上まで来られるようで、観光バスが何台も止まっていた。 <br><br>頂上から市内を眺める夜景はたしかにきれいだった。 <br><br>むしろ、香港のように夜景が映えるように照明がコントロールされているかのように連続的に灯りがつながっているようにも見えた。 <br><br>市内を眺めていると、ふと旅先で知り合ったとおぼしき日本人が数十円単位のお金の清算でもめている声が聞こえてきて、気分が悪くなった。 <br><br>こういう所にきているんだから寛容になってほしいものだ。 <br><br>個人の見物客はすくないのか、帰りも人がまばらで足元が見えないくらい灯りのない道を降りていった。 <br><br>宿に戻ると、気だるさを覚える。 <br>山に登った疲れかなと思いながらも、薬を飲んで早めに寝る。 <br><br>９月５日 <br>朝起きるも体が熱っぽく、お腹の調子も良くないのでもう少し寝ることにした。 <br><br>幸い部屋には誰もおらず、どうやら昨日は５人部屋に僕だけだったみたいだ。 <br><br>１０時過ぎにまずは王宮（Budavari palota）に向かうべく地下鉄に乗り、最寄りのモスクワ広場駅（Moszkva ter）で降りると地上に出る長いエレベータにびっくりする。 <br><br>おそらく１００ｍはあるのではないだろうか。 <br><br>その後、王宮に入り漁夫の砦（Halaszbastya）から今度は昼の市内を一望する。 <br><br>ふと３年前に訪れで感動を受けたプラハ市内の景観を思い出すが、ブダペストの景観と共通点があることに気づく。 <br>それは広い川、坂、大きなモニュメントの３つが揃うと壮大な景観が創出されるということだ。 <br><br>王宮を後にしてブダペスト一の繁華街、ヴァーツィ通り（Vaci utca）を歩く。 <br><br>しかし、通りを歩いたところで体調がやはり思わしくなく、今日は宿に戻って安静することを決める。 <br><br>午後２時過ぎに戻り、夕食を近くで取った以外は寝て一日を過ごす。 </p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10183969191.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Sep 2008 20:20:30 +0900</pubDate>
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<title>Kosice in Slovakia</title>
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<![CDATA[ <p>９月３日 <br>朝７時、起床。 <br><br>昨夜チェックインしていた女の子は明け方にチェックアウトし、２日前から泊まっていたメルボルン出身の子も朝６時頃チェックアウトをしていたので、すでに１人だった。 <br><br>朝食後、旧市街を散策しながら、午前を過ごす。 <br><br>１２時１０分発の電車に乗り、次はスロバキアのKosice（コシツェ）を目指す。 <br>本来クラクフの次は一気にハンガリーのブダペストに行く予定だったのだが、電車で１０時間余りかかるので、それならばとせっかくスロバキアを通るのならと途中下車して１泊過ごすことにしたのだ。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/93/53/10123977291.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/93/53/10123977291_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>ワルシャワ→クラクフ間と同じ６人掛けのコンパートメントで、今回はワルシャワから１０日間の休暇を利用してルーマニアに向かう途中の３０歳くらいのポーランド人としばらく話した。 <br><br>ワルシャワでＳＥをしているそうなのだが、ワルシャワは住むには退屈な街とかポーランド語とスロヴァキア語はほとんど同じとか言っていた。 <br><br>中でも僕がこれからブダペストに行くことを話すと、「ハンガリー人はアジアだよ。」という言葉が印象的だった。 <br><br>１８時ちょうど、コシツェ駅に到着。 <br>彼も今夜はコシツェの友人宅で１泊するというのでホームで別れる。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/0f/5c/10123977761.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/0f/5c/10123977761_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>その後すぐさま翌日のブダペスト行きのチケットを６２０ＳＫ（約３３００円）で購入。 <br>ワルシャワ→クラクフ、クラクフ→コシツェがそれぞれ約５０００円だったので、 <br>距離がそれほど変わらないことを考えると安いのでは、と思った。 <br><br>コシツェはスロバキア第２の都市で人口約２０万人、通貨はスロバキア・コルナ（ＳＫ）で１ＳＫ＝約５.２円。 <br><br>駅を出て、中心部へ向かうも建物の状態からポーランドよりは経済的に豊かでないことにすぐ気づく。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/02/5e/10123978155.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/02/5e/10123978155_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>そして、Guesthouse nad Bankouにチェックイン。 <br><a href="http://www.penzionnadbankou.holiday.sk/" target="_blank">http://<wbr>www.pe<wbr>nzionn<wbr>adbank<wbr>ou.hol<wbr>iday.s<wbr>k/</a> <br><br>どうやら個人経営の宿のようで、英語の話せる息子らしき若者が応対してくれた。 <br><br>シングルの１人部屋で１泊１２００ＳＫ、朝食は別途１５０ＳＫ。 <br>物価から考えるとちょっと高いような気もするが、観光の街ではないためか事前調査では宿自体が少なく、いわゆる安宿もなかったのでここを予約していた。 <br><br>荷物を置いて外に出るも、日が暮れていて灯りも少ないので暗い。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/f1/39/10123978483.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/f1/39/10123978483_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>広場でやている演劇に数百人が集まっている以外は、にぎやかな場所がなくお店自体もほとんどないのでTESCOで飲み物と食べ物を調達して早々に部屋に戻って寝る。 </p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10183968230.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Sep 2008 20:18:18 +0900</pubDate>
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<title>Oswiecim(Auschwitz) in Poland</title>
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<![CDATA[ <p>９月２日 <br>朝６時半、起床。 <br><br>前日の酒が頭に残りながらも準備をして８時発のアウシュビッツツアーのバスに乗り込む。 <br><br>乗客は約４０人、僕ともう一人以外は欧米人。 <br><br>クラクフ市内からアウシュビッツまでの１時間半余り、バスの中でアウシュビッツに関するビデオを見る。 <br>そして、今回のガイドの語学力に驚嘆する。 <br>どうみてもその辺にいる若い兄ちゃんなのだが、英語だけでなくスペイン語、ドイツ語を操って質問に答えていた。 <br><br>９時半、オシフィエンチムに到着。 <br><br>最初にアウシュビッツ強制収容所に入る。 <br>朝早いのにもかかわらず、見学者でごった返していてポーランド人の中高生と思われる集団もたくさんいる。 <br><br>“ARBEIT MACHT FREI”（働けば自由になる）とかかれた門をくぐると３階建ての囚人棟が規則正しく並んでいた。 <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/a8/38/10123973035.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/a8/38/10123973035_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/40/91/10123973717.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/40/91/10123973717_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>ガイドに連れられて、主だった囚人棟に入って説明を受ける。 <br><br>内部には強制連行され剃髪された何千人もの頭髪が部屋一杯に飾られている光景には言葉を失った。 <br><br>これらは頭髪でカーペットを織るのに使用されたそうだ。 <br><br>他にも何千何万という人々の靴やカバン、食器などが展示されていて、いかに多くの人々が連行されてきたのかを物語っていた。 <br><br>そしてそういった展示する棟の廊下には連行されてきた人々の写真が壁を覆いつくすように並べられていいた。 <br><br>もちろん悲惨さをあえて見せているのもあるかもしれないが、この場所で約１５０万人もの命が奪われたことに変わりはない。 <br><br>他にも銃殺に使われた壁やチクロンＢという劇薬を使ってガス殺人に使われた地下室を見学。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/6f/40/10123974196.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/6f/40/10123974196_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>引き続きアウシュビッツから約２ｋｍ離れたビルケナウ強制収容所にいく。 <br><br>ここでは当時の囚人施設が保存されていて劣悪な環境での生活を送っていたことを示していた。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/6f/1f/10123974915.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/6f/1f/10123974915_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/7e/8a/10123975219.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/7e/8a/10123975219_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/35/49/10123975599.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/35/49/10123975599_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>ビルケナウの見学後、バスで再びクラクフに戻ったのは午後１時半。 <br><br>その後、市バスに乗り『シンドラーのリスト』の舞台にもなったカジミエーシュ地区に向かう。 <br><br>ここはかつてユダヤ人のゲットーがあった場所で、シナゴーグや共同墓地などユダヤ人コミュニティの面影を感じることができる。 <br><br>ただ、戦争でユダヤ人が減ったこともあり、地区の中央市は活気がなく、ひっそりとしている。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/52/db/10123976614.jpg"><img height="165" alt="建築あれこれ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/52/db/10123976614_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>その後、旧市街まであてもなく歩き、街の雰囲気を味わう。 <br><br>夜は洗濯や宿にあるプレイステーションに興じて過ごす。 </p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10183967692.html</link>
<pubDate>Tue, 23 Sep 2008 20:16:37 +0900</pubDate>
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<title>Krakow in Poland</title>
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<![CDATA[ <p>９月１日 <br>７時半起床。 <br><br>同じ部屋に泊まっている人と話しているとメキシコから来ているとか。 <br>昨日はペルーからだったし、南米人には人気があるのだろうか。 <br><br>ＭＤＭ地区に行き、社会主義時代に建てられた建物を見て回る。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/d8/81/10095192568.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/d8/81/10095192568_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p><br>１０時半すぎにチェックアウトをしてワルシャワ中央駅に向かう。 <br><br>１１時５分、クラクフ行きの電車に乗る。 <br>６人がけのコンパートメントに３人。 <br>今までにありがちな話しかけられることもなく、１４時前、クラクフ本駅（Krakow Glowny）に着く。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/af/c4/10095193020.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/af/c4/10095193020_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p><br>クラクフでの宿は駅から２００ｍのところにあるGreg Tom Hostel。 <br><a href="http://www.gregtomhostel.com/" target="_blank">http://<wbr>www.gr<wbr>egtomh<wbr>ostel.<wbr>com/</a> <br><br>４人部屋で１泊６０złoty。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/24/8e/10095193319.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/24/8e/10095193319_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p><br>受付の兄ちゃんは、２０歳くらい。チェックインでパスポートを見せると「ニホンジン！」と日本語で言うので「話せるの？」と聞くと、ヤギェヴォ大学（後で調べてみるとポーランド一の進学校らしい）の文学部で日本語を勉強しているみたい。 <br><br>おかげでこの宿に滞在中はいろいろと親切にしてもらうことになる。 <br><br>「地球の歩き方」に載っていない宿なので、日本人の滞在は少なく月に３人くらいだとか。 <br><br>でも、Hostelworldの評価で世界第一位になったこともあるホステルだけに、今まで泊まった中でもベストといっていいくらい快適だ。 <br><br>インターネットフリー、タオル完備、洗濯フリー、朝食・夕食フリー、大部屋にはＤＶＤ・ＰＳ２があって、これもフリー。 <br><br>至れり尽くせりだ。 <br><br>その後、クラクフ本駅でスロヴァキアのコシツェ行きのチケットを購入。２等で１０8złoty、約５３００円。 <br><br>その足でクラクフ市内を歩く。 <br><br>クラクフはワルシャワと異なり、ドイツ軍の司令部が置かれたことで第二次世界大戦での戦災を免れており、建物も古くクラクフ歴史地区は世界遺産に登録されている。 <br><br>歴史地区の外は、かつては城壁があって今は緑地となっているので緑地に囲まれてコンパクトに建物が密集している。 <br></p><p>そして、歴史地区の中心、中央市場広場は総面積４万㎡。中世から残っている広場としてはヨーロッパ最大で、広場から軸を振っている教会と広場で並んでいる馬車との光景が何ともいえない美しさを演出している。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/4c/09/10095194002.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/4c/09/10095194002_s.jpg" width="220" border="0"></a>  <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/61/a0/10095195723.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/61/a0/10095195723_s.jpg" width="220" border="0"></a><br><br></p><p><br>広場で少し休んでから、ヴァヴェル城まで歩き、城の丘からヴィスワ川と対岸を眺めるも、これもまた美しい。 <br></p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/84/b2/10095194933.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/84/b2/10095194933_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><p><br>対岸には磯崎新設計の日本美術・技術センター「マンガ館」があり、驚く。 <br></p><br><p><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/84/b2/10095194933.jpg"><br></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/81/ab/10095195543.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/81/ab/10095195543_s.jpg" width="220" border="0"></a><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/84/b2/10095194933.jpg"></a><br></p><p><br>宿の兄ちゃんが７時から夕食というので、７時前に戻りポーランド料理を振舞ってもらい、他の宿泊客とともにお酒を片手に食べる。 <br><br>食後、忘れないうちにアウシュビッツの英語ガイドツアーに申し込む。９０złoty。 <br><br>すると今夜は宿の人が地元のお店を巡るウォッカツアーを開催してくれるというので、何も考えずに乗っかることを決め、宿泊客７人が参加。 <br><br>一軒目でウォッカを飲み、二軒目で筒状の約６リトルのビールを飲み、三軒目でクラブへ。 <br><br>僕以外は、アメリカから３人とヨーロッパから３人だったので話は当然かもしれないが英語。 <br><br>二軒目のお店当たりから周りがうるさくて聞こえないのか、単に聞き取れないのかわからない状態で、宿に帰ったのは深夜１時。 <br><br>お酒の酔いも回り、そのまますぐ寝る。</p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10142945965.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Sep 2008 21:10:00 +0900</pubDate>
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<title>Warsaw in Poland</title>
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<![CDATA[ <p>ちょっとＵＰが遅れましたが、8/30（土）～9/8（月）まで夏休みを利用して旅行してきたポーランド、スロヴァキア、ハンガリーのことを書き留めたいと思います。</p><br><p>８月３０日 <br></p><p>成田線に乗って９時半、成田空港着。 <br>ＡＮＡのカウンターは大混雑でびっくりする。 <br></p><br><p>チェックイン後、すぐにいくつか忘れ物に気づく。 <br>時計、電子辞書、非常薬、洗剤。 <br>やはり前日に会社の部内の人の異動発表があり、帰りが遅かったこともあって、準備不足は否めず。 <br>１１時３０分出発のはずが飛行機の混雑で１時間余り遅れて離陸。 <br></p><p>現地時間１６時前、Londo Heathrow Airport（ロンドン・ヒースロー空港）に到着。 <br>すぐさま乗り継いで１８時、ポーランド航空で第一目的地のワルシャワ行きに乗る。 <br>２１時２０分、定刻通りWarsaw Frederic Chopin Airportに到着。 <br><br>ポーランドは人口約３８００万人、ＧＤＰは約２０位、通貨はズウォティ (złoty) で１złoty＝約４８円。 <br><br>ちょうど４年前は １złoty＝約３０円だったらしいので、相当インフレが進んでいる。 <br><br>今回が４回目の乗り継ぎで過去３回はいずれも荷物を受け取れず、Baggage Claim対応だったが、今回も荷物が来ず。 <br><br>ホントついてない。 <br>と思いつつ、荷物が来ない可能性を想定して持つ込み荷物に洗面用具やタオル、着替えを詰め込んでいたのでそこまで影響はせず。 <br><br>Baggage Claimで荷物登録を済ませ、２２時すぎ、市内行きのバスに乗り込む。約３０分で２.８złoty。中央駅近くで降り、２３時前、Oki Doki Hostelにチェックイン。 </p><p><br><a href="http://www.okidoki.pl/" target="_blank">http://<wbr>www.ok<wbr>idoki.<wbr>pl/</a> <br>６人部屋で１泊５５złoty。 <br></p><p>今回の旅行で泊まるワルシャワとクラクフの宿は、いずれもHostelworld.comの評価で世界のベスト１０に入るところなのだが、設備やスタッフの対応、立地などをみると頷ける気もする。</p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/da/2f/10095176828.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/da/2f/10095176828_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p><br>すでに寝ている人もいるし、荷物もないのですぐに寝る。 <br></p><p><br>８月３１日 <br></p><p>７時頃、起床してシャワーを浴びて朝食を食べに、部屋を出る。 <br><br>そして朝食中に荷物が届くも、部屋に戻って荷物を確認すると、鍵が壊されていた。どうやら荷物の中をチェックされたようだ。 <br>幸い何も取られていなかったが、鍵を壊されたのは初めてだったのでちょっとショック。 <br></p><p>気を取り直して、９時過ぎから観光に出るも気温が低く、半袖では肌寒いくらいだ。 <br>まずはワルシャワ一の高さを誇る文化科学宮殿に昇る。 <br>これは約５０年前にスターリンからの贈り物として建設され、約２３０ｍある。 <br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/12/4f/10095174791.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/12/4f/10095174791_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><br><p>ワルシャワは面積の２５％が緑で覆われているのが自慢とのことで上からもその様子がよくわかる。 <br>駅前は経済発展の影響で高層ビルがにょきにょき建っているが、旧市街地は変化していない。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/ed/42/10095175191.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/ed/42/10095175191_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br></p><p><br>駅でクラクフ行きのチケットを購入。２等で１０２złoty、約５０００円。 <br><br>その後、世界遺産に指定されている旧市街のワルシャワ歴史地区へ。 <br>第二次世界大戦で一度は廃墟になりながらも、戦後、瓦礫を修復してひびわれまで再現して元通りの姿をよみがえらせたというからすごい。 <br></p><p><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/f6/32/10095176348.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/f6/32/10095176348_s.jpg" width="220" border="0"></a> 　<a href="http://stat.ameba.jp/user_images/a9/66/10095175786.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/a9/66/10095175786_s.jpg" width="220" border="0"></a> 　<br></p><p><br>そのまま広場に面しているワルシャワ歴史博物館に入り、戦争時のドキュメンタリー映像を英語で見て、当時の様子を垣間見た。 <br><br>その後ワルシャワ歴史地区を闊歩して王宮広場からクラクフ郊外通り、新世界通りをビールやピエロギ（Pierogi、ポーランドの餃子）を飲食しながら歩く。 <br><br>今日は日曜日なので、フリーマーケットも開催されていて通りはにぎやか。 <br><br>そして、移民が少ないことに気づく。 <br>今まで行った国ではだいたい、チャイナタウンやリトルインディア、リトルイタリアがありアフリカ系の人を目にするのだが、ワルシャワにはそういった光景を見ない。 <br><br>おそらく先進国ではなく、言語も難しいからであろう。 <br><br>その後、市内のワジェンキ公園やワルシャワ・ゲットー記念碑、プラガ地区をめぐる。</p><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/cf/d8/10095196955.jpg"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/cf/d8/10095196955_s.jpg" width="220" border="0"></a><br></p><br><p>夜は宿近くをぶらつき、１２時前に寝る。</p>
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<pubDate>Sat, 20 Sep 2008 20:21:33 +0900</pubDate>
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<title>ワーク・ライフ・バランス</title>
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<![CDATA[ <p>今月一ヶ月は毎週水曜日が「ノー残業デー」ということで、１８時３０分に強制退社。</p><br><p>正確にはコアタイムが９時～１７時３０分なので、１７時３０分～１８時３０分は「残業」なのですが・・・。</p><br><p>そんなわけで今日は１８時３０分に退社後、自宅に直帰して向かったのは地元の“ジム”。</p><br><p>こんなときしかできないだろうと思って、２０時から汗をかいてきました。</p><br><p>いつもとは違い、酒で水分補給ではなく、スポーツドリンクで水分補給。</p><br><p>いつもジムは週末にいっているのですが、平日の夜、しかも仕事帰りに行くのは初めてでした。</p><br><p>平日夜でもフィットネスに励んでいるおじさまおばさまが多く、びっくりでした。</p><br><p>「昼間は仕事、夜はフィットネス」。</p><br><p>こんなワーク・ライフ・バランスの取れた健康的な生活を日々送れるとなんていいのだろう、と思った一日でした。</p><br><p>願わくは９月以降も実施してほしいものです。</p>
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<pubDate>Wed, 06 Aug 2008 21:42:47 +0900</pubDate>
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<title>終わりました！</title>
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<![CDATA[ <p>５月のモロッコ・南欧旅行から帰国後、仕事の半分以上の時間を注力してきたプロジェクトが</p><p>なんとか先週フィナーレを迎えました。</p><br><p>２年目ということで、今回ははじめて全体（というか社内）のまとめ役として</p><p>各社と交渉・折衝してきました。</p><br><p>仕事の難易度、裁量権とも今までではありえない高レベルだったので</p><p>途中何度もくじけそうになりましたが、いろいろな方のご協力があって無事クリアできました。</p><br><p>「建築じゃないけど、不動産も面白いじゃん！」</p><br><p>と、もしかしたら初めて思えたプロジェクトでした。</p><br><p>やっぱり自分で考えながら、シナリオを作って、積み上げながら最後をクローズするってのは</p><p>建築設計や論文と通じるところもあって楽しいです。</p><br><p>仕事のやりがいがあると、自分の成長にもなるし、満足感も高くなるなって思いました。</p><br><p>そんなわけで気が緩んだのか、それとも今シーズンは未だにエアコンなして夜を寝汗をかきながら</p><p>過ごしていたせいか、昨日から風邪を引いてしまいました。。。</p><br><p>今年の夏休みは今月末を予定！</p><br><p>あと１ヶ月、早くこい！！！</p>
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<pubDate>Sun, 03 Aug 2008 09:26:18 +0900</pubDate>
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<title>ポルトガル（リスボン～シントラ）</title>
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<![CDATA[ <p>５月５日 <br>朝５時すぎ、リスボンのバスターミナルに到着。 <br>予定より１時間早く到着したものの、交通機関は走っておらず、チェックインする宿も時間外というありがた迷惑な状況だ。 <br>しかも気温は低く、15度くらいか。 <br><br>リスボンはポルトガルの首都で人口約55万人。セビーリャとの時差は１時間。言語はポルトガル語で、リスボンはLisboaと書くらしい。 <br><br>ターミナルで始発のメトロを待って、宿にチェックイン。 <br>荷物は置かせてくれたけど、やはり部屋には入れず。 <br><br>宿近くで朝食を取りながら、当初諦めていたユーラシア大陸の最西端、ロカ岬に行くことを決める。 <br><br>午前８時過ぎの電車に乗り込み、40分でバスに乗り換えるシントラに着く。 <br>それと同時に去年買い換えた携帯（N904iμ）がつながることに気づく。 <br>手続きなしで切り替わることに驚くとともに、もはやどこでも連絡をたつことが出来ないくらいグローバル化していることを痛感する。 <br><br>シントラは小さな町だが、緑と別荘が多く町の景観が世界遺産になっている。１時間あまりだったが、町を回る。 <br><br>その後、バスに乗ること約30分、ロカ岬に到着。 <br>沢木耕太郎は著書「深夜特急」の最後に、同じくユーラシア大陸の最南端、ポルトガルのサグレス岬で、そこでの眺めを目に焼き付けて旅をやめようとしたが、ここロカ岬もそんなところなのだろうか。 <br></p><p>眼前に大西洋が広がっているが、遥か先にはアメリカ大陸があるとはとても思え、ない。 <br>それにしても「ユーラシア大陸の最西端まで来ちゃったんだ。」と感慨に耽った。行き着くとこまで来ちゃうと、世界って果てしなくはないと思わざるをえない。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/9a/8e/10065328951.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/9a/8e/10065328951_s.jpg" width="220" border="0"></a> </p><br><p>ロカ岬を後にして、再び午後１時半、リスボン市内へ戻る。 <br>シアード地区（Chiado）やバイシャ地区（Baixa）、コメルシオ広場を回り、オリエンテ駅（Oriente）まで行ってポルトガル唯一の国際建築家アルヴァロ・シザのポルトガル・パヴィリオンを見たりして宿に戻る。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/b6/23/10065328979.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/b6/23/10065328979_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br><br>夜はたまたまリスボン工科大学に留学している日本人の建築大学院生と会い、少し話す。 <br>リスボンは建築のニーズがなく、かといってリノベーションのニーズもないらしい。 <br>確かに、よく見ると町の中心部なので空き家になっているところが多い。 <br>回っていると人口の割りに街が大きく、セビーリャと比べて街がスプロールしているような気がしたのもあながち正しいのかもしれない。 <br><br>今後、人口が減少していく日本の街も特に地方都市はこれから廃墟になる可能性が否定できないので、他人事ではない。 <br><br>５月６日 <br>午前は宿近くをぷらぷら歩き、今回の旅行最後の半日を過ごす。 <br><br>午後12時過ぎ、リスボン空港に到着。 <br>モロッコから来たため出国手続きで「どうやってヨーロッパに来たの？」と詰問を受けあまり納得してもらえないながらも、なんとか14時45分発のロンドン行きのポルトガル航空の飛行機に乗り込む。 <br><br>午後５時、ロンドン、ヒースロー空港に到着。 <br>サンダルをはいてたにもかかわらず、乗り継ぎの荷物検査で裸足にさせられる。 <br><br>午後７時25分、定刻どおりＡＮＡの日本行きが離陸。 <br>日本時間の５月７日、午後３時半、成田空港到着。 <br><br>今回は問題も発生したが、とても楽しい旅行だった。 <br>誰かが「旅行は何にも代えられない刺激があるからやめられない。」と言ってたが、その通りだ。 <br><br>また休みを取って体力のある20代のうちにいろんな所を見聞しようと思う。</p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10098073149.html</link>
<pubDate>Wed, 14 May 2008 01:27:03 +0900</pubDate>
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<title>スペイン②（セビーリャ）</title>
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<![CDATA[ <p>５月４日 <br>どうも２日前ほどからお腹の調子が悪いとは思っていたが、今日も朝一でトイレに駆け込む。 <br>もはや完全にお腹を下している。Ｓも壊して始めているようなので、モロッコの食のせいなのだろう。 <br>思い当たるものはたくさんあって断定できないが、フレッシュジュース、生野菜、レア肉だろうか。 <br><br>そんな状態でも、朝食は別腹といわんばかりにたらふく平らげる。 <br>部屋に戻ると、昨夜は遅くに帰ってきたイタリア人も目を覚ます。 <br><br>名前はマウロ。ボローニャから５日間の休みを利用して来てるとのこと。 <br>「ボローニャを知っているか？」と聞かれても、何も思いつかなかったので苦渋のあげく「シニョーリ！」とサッカー選手の名前を叫んで話題をつなぐ。 </p><p><br></p><p>打ち解けると陽気で、部屋のテレビからかかっていたPhil CollinsのInvisible Touchに合わせて歌いに歌う。 <br>おかげで約20年前の曲にもかかわらず、旅の思い出となる曲になったことは言うまでもない。 </p><p><br><a href="http://www.youtube.com/watch?v=b4Va-drUxdo" target="_blank">http://<wbr>www.yo<wbr>utube.<wbr>com/wa<wbr>tch?v=<wbr>b4Va-d<wbr>rUxdo</a> <br><br>マウロと別れを告げ、街へ出る。 <br>しかし、今日は日曜日。 <br>店という店はほとんどクローズ。 <br>「スペインと言えばのＺＡＲＡで買い物もできないじゃないの。」と思いながら、すれ違うおばさんが気さくに「オーラ！」と挨拶をしてくる。 <br><br>「それではたまには建築を！」と、遠くに見えるサンティアゴ・カラトラバの橋を見に行こうとしたものの、意外と距離があって途中で断念。 <br><br>そんなツキがない中、闘牛場を見学とでも行くとなんと今夜闘牛があることが判明し、即チケットを購入する。 <br><br>昼はカテドラル近くのレストランで昼食を取るが、ここの店の当たりで今回の旅行で一番をいうくらい、大変おいしい。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/3e/c5/10065328668.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/3e/c5/10065328668_s.jpg" width="220" border="0"></a> </p><br><p>レストランでビールを食らいながら、そのままカテドラル（大聖堂）へ。 <br><br>セビーリャ大聖堂は、イスラム建築とゴシック建築が融合したこの土地だからこそ成しえた希有な聖堂で、西洋建築史にも登場してくる世界遺産だ。 <br><br>聖堂併設の塔の上からセビーリャ市内を望むと、街がとてもコンパクトに凝縮しているのが手に取るように分かった。 <br>隣の日本人団体客のおばさんが「この方向はたししたことないわ。」という方向で、僕は先ほど近くまで行けなかったカラトラバの橋を望んで、 <br>「そりゃ聖堂の高さを越える橋を設計して、物議を醸したわけだ。」と思った。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/d8/67/10065328692.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/d8/67/10065328692_s.jpg" width="220" border="0"></a> </p><br><p>セビーリャ大聖堂を後にして、周辺を歩き倒した後、街を流れるグアダルキビール川沿いで休む。 <br>日差しが強く、どことなく日曜午後の空気が流れている。 <br>時間に追われることのない、スローライフな一時を川を眺めながら過ごす。 <br><br>午後７時、闘牛場で闘牛士と牛の試合がスタート。英語でBullfightingと言うらしい。 <br>１試合約30分で全５試合があったが、想像よりも牛、闘牛士ともにアグレッシブではなかった気がする。それでも牛を少しずつ弱らせながら最後に射止めるのを見届けるのは、なんとも形容しがたい。 <br><br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/87/d7/10065328773.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/87/d7/10065328773_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br><br>闘牛場を後にして夕食を取り、宿でシャワーを浴びてバスターミナルに向かう。 <br><br>かなり早めの出発１時間半前に着いたが、窓口で前のおじさんがずっとゴネていて、やっとの思いでリスボン行きのチケットを買うと窓口はクローズ。 <br>間一髪で買えたみたい。 <br><br>午後23時59分、定刻どおり、リスボン行きのバスは出発。 <br>約５割弱の人ごみだったので座席を３つ使って眠る。</p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10098072843.html</link>
<pubDate>Tue, 13 May 2008 01:25:02 +0900</pubDate>
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<title>スペイン①（アルヘシラス～セビーリャ）</title>
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<![CDATA[ <p>５月３日 <br>朝は昨夜に引き続き、屋上でゆっくりして過ごす。 <br><br>チェックアウト後、午前11時発の船に乗るべく午前10時から出国手続きに入る。 <br><br>不法に出入国する中国人が多いのか、今までの旅行で経験した出入国手続きではじめて次のことを試された。 <br></p><br><p>●ひらがな表を見せられ、いくつか指差したものを読む。 <br>「お」と「を」を同じ発音で言ったら、検査官が怪訝な様子になって焦った。 <br></p><br><p>●紙に書いている文章を読まされる。 <br>引き続き <br>「日本の総理大臣は福田です。」 <br>「私はスペインに行きたいです。」 <br></p><p>と書かれたものを読まれて、やっと出国を許可される。 <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/45/13/10065327746.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/45/13/10065327746_s.jpg" width="220" border="0"></a> </p>手続きに時間を要したため、急いで船に乗ろうとするも船がいくつもある。チケットを見せながら５～６人に聞くも、全員が「あっちだ」「こっちだ」「まだ船は来ていない」などと全く違うことを言うので途方にくれる。 <br><br>ようやく目的に船にたどり着いたときは、まさに出港する寸前だった。 <br>ここタンジェからスペインの港町アルヘシラスまで１時間半。 <br>車も乗る比較的大きな船にもかかわらず、途中、揺れがすごく船内を歩くのも困難なほどだった。 <br><br>アルヘシラスに12時半に到着、と思ったら時差の関係で２時間進んでいてすでに午後2時半だった。 <br>時間があればアルヘシラスを少し楽しもうと思ったが、今日中にスペイン第４の都市セビーシャまで行くことを決めていたので急いでセビーリャ行きバスのチケット売り場を探す。ようやく午後４時に４時半発のチケットを購入してバスに乗り込む。 <br><br>セビーリャまでの約3時間の道中で車窓から見えたのは、草原と畑と馬と牛と風車ばかりだった。 <br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/03/74/10065327781.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/03/74/10065327781_s.jpg" width="220" border="0"></a> </p>午後７時半、セビーリャのバスターミナルに到着。最近出来たのか、『地球の歩き方』には書いていないトラムが市内まで通っていたのですぐに宿にチェックインできた。 <br><br>モロッコから来たせいか、街がやたらと都会に見える。 <br>というかヨーロッパの他の都市と同様にも見える。 <br>また今日は土曜日、気温も夜８時過ぎでも30度あるので、人々の様子はまるでバカンス気分のように見える。 <br><br><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/9f/2e/10065327830.jpg" target="_blank"><img height="165" src="https://stat.ameba.jp/user_images/9f/2e/10065327830_s.jpg" width="220" border="0"></a> <br><br>日の入りも遅く暗くなったのは午後10時前。 <br>サマータイムで１時間早まっているとはいうものの、ちょっと不思議な感覚で、日本でサマータイム導入議論があるけど日本では意味ないと思った。 <br><br>サマータイムは時間を有効活用する目的で欧米実施されているが、これは夏の日照時間が長い欧米だから可能なのだろう。 <br>日本で導入してもせいぜい午後８時までしか明るくなく、早めに仕事を切り上げてジョギングに犬の散歩にトレーニングに時間を割くようなことにはならないと思った。 <br><br>その後、明日乗る予定のリスボン行きのバスが出発するバスターミナルを確かめ、午後11時前から遅めの夕食を取る。 <br><br>モロッコではレストランで飲めなかったお酒を飲みながら、本場スペインのイベリコ豚料理に舌鼓を打つ。 <br></p><p>今夜の宿は３人部屋で、僕ら２人以外の夜中に帰ってきたもう一人は翌朝、イタリア人と知る。</p>
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<link>https://ameblo.jp/archiloper/entry-10098071929.html</link>
<pubDate>Mon, 12 May 2008 01:21:00 +0900</pubDate>
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