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<title>建築・都市論グループ</title>
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<description>藤枝と栗林が中心となった、建築と都市論を考えるグループ。読書会や勉強会を随時開催していく予定。</description>
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<title>第二回「坂口恭平新政府展と『SD2012ーー構築へ向かうエレメント』」</title>
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<![CDATA[ 詳細決まり次第、、ここで告知します。
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<pubDate>Wed, 12 Dec 2012 23:46:39 +0900</pubDate>
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<title>第一回　「鶴ヶ島プロジェクトと『団地の空間政治学』」</title>
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<![CDATA[ <div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121127/03/architlab/fa/05/j/o0382040412304988481.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121127/03/architlab/fa/05/j/o0382040412304988481.jpg" alt="建築・都市論グループ" border="0"></a></div><br><br>「建築・都市論を考えるグループ」の第一回読書会として、<br>原武史さんの『団地の空間政治学』（NHKブックス）を取り上げました。<br><br><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121212/23/architlab/fe/16/j/o0800106712327799784.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121212/23/architlab/fe/16/j/o0800106712327799784.jpg" alt="建築・都市論グループ" border="0"></a></div><div align="center"><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20121212/23/architlab/7b/53/j/o0800060012327799783.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20121212/23/architlab/7b/53/j/o0800060012327799783.jpg" alt="建築・都市論グループ" border="0"></a></div><br><br><br>（レジュメ）<br><br>建築・都市論グループ　第１回読書会<br>２０１２．１２．３<br>栗林新太<br><br>要約：原武史『団地の空間政治学』2012　NHK出版<br><br>原武史（はら たけし、1962年8月29日 - ）は、日本の政治学者、明治学院大学教授。専攻は、日本政治思想史。東京都渋谷区出身。西東京市のひばりが丘団地、東村山市の久米川団地、東久留米市の滝山団地を転々とする。<br>近現代の天皇・皇室・神道の研究を専門とする。また、「鉄道」や「団地」や「広場」の研究を進めるなかで、抽象的な言説ではなく、具体的な場所に着目する「空間政治学」を提唱している。阪急電鉄の小林一三、東急電鉄の五島慶太、西武鉄道の堤康次郎といった鉄道事業家たちに強い関心を示している。主な著書に『「民都」大阪対「帝都」東京』(講談社選書メチエ、サントリー学芸賞)、『大正天皇』(朝日選書、毎日出版文化賞)、『昭和天皇』(岩波新書、司馬遼太郎賞)、『滝山コミューン一九七四』(講談社文庫、講談社ノンフィクション賞)、ほか多数。<br><br>第一章　「理想の時代」と団地<br>1－1　団地＝アメリカか？<br><br>1960年、皇太子夫妻が訪米と同時期にひばりヶ丘団地を訪問したように、新興の公団団地はアメリカ型ライフスタイルの先端を行くものであった。団地は家電普及率が極めて高いことやプライバシーが確保されていることから70年前後までの「理想の時代」の象徴的住空間であった。しかし、当時の団地住民の声を拾う限り、保育所が無い事、家賃の値上げ問題、スーパーの価格つり上げ問題など理想との落差による苦情が多くみられ、そういった人々の不満は団地自治会の結成につながった。<br><br>1－2　社会主義と団地<br><br>戦災のほぼなかったアメリカには郊外に集合住宅を大量建設する必要が無く、アメリカには団地はない。むしろ、日本の団地に近い風景は旧社会主義国の郊外都市にみられる。日本住宅公団は標準設計制度を志向し、国交回復直後にソ連視察まで行っている。日本で最も多かった中層フラットタイプはフルシチョフ以降のロシア郊外都市の住宅そのものであり、団地＝アメリカの図式は間違っている。また団地住民の政治意識も革新、社会主義に共感的であった。<br><br>第二章　大阪―香里団地<br>2－1　香里ヶ丘文化会議の発足<br><br>香里団地では『香里めざまし新聞』が定期発行され、文化会議が作られた。主要メンバーは丸山眞男や鶴見俊輔らの研究会会員や日本共産党党員もいた。新聞発行や編集は主婦が努めたが、中には新日本婦人の会会員もいた。<br><br>2－2　民主主義の追求<br><br>香里団地には政治的関心の高い住民が多かった。投票率、テレビ討論の視聴率は平均より軒並み高かった。また文化会議のメンバーは男性がほとんどであったが、男女同権思想が共有されており、保育所開設なども行っている。<br><br>2－3　民主主義の変質<br><br>50年以降停滞していた日本共産党がソフト路線化により60年代以降、武装闘争から選挙による議会進出を目指す。党勢拡大に使われたのが団地であった。流動性を宿命づけられた団地においては、文化会議のような個人主体の運動体は活動を続けることができなくなり、次第に組織体の力に勝てなくなった。<br><br>第三章　東京多摩―多摩平団地とひばりヶ丘団地<br>3－1　60年安保闘争と中央・西武沿線<br><br>両沿線には突出して主に60年安保を機に誕生した居住地組織が多い。中央線沿線には次々と革新区政が誕生し、アナーキスト運動家も選挙当選を果たしている。無名の市民が運動を起こし、時に自治体や政府とも闘う姿勢も辞さない。ほとんどが無党派ないし超党派であった。一方で西武線沿線は団地主体の組織であり、西部という独占資本に対する搾取というわかりやすい構図ゆえに共産党の議席が伸びた。<br><br>3－2　自治体と闘う―多摩平団地<br><br>中央線沿線の多摩平団地では自治会が生まれ、下水道料金不払い運動などを展開。また「多摩平声なき声の会」、「多摩平平和の会」を結成。いずれも彼らは革新だが共産党ではない、というスタイルをとった。<br><br>3－3　社会主義の広がり―ひばりヶ丘団地<br><br>ひばりヶ丘団では共産党不破哲三を中心に「ひばりヶ丘民主主義を守る会」が発足。いくつかの自治会運動を不破らが指導するという体制をとるようになった。この会を中心に西武線運賃値上げ反対運動や反西武ストアー、西友からの牛乳共同購入運動などが起こった。しかし中央線沿線に比べ住民の地域政治への関心が薄かった。また中央線のように映画館や古本屋、喫茶店が駅前にできることなく、時代とともに団地のイメージが悪化、人口は減り続けた。また自治会は共産党、社会党に占拠された。<br><br>第四章　千葉―常盤平団地と高根台団地<br>4－1　公団と闘う―常盤平団地<br><br>不破哲三の兄の上田耕一郎を中心に「常盤平市民の会」が発足、続いて「ときわ平保育の会」などの自治会ができた。また住民の最大の懸案事項は通勤問題であり、混雑対策や乗換の簡略化、値上げ反対運動が展開された。自治会は会員が減少していく中で家賃値上げに対する裁判などを起こし公団と闘った。<br><br>4－2　女性の活躍―高根台団地<br><br>高根台団地では自治会は新日本婦人の会出身者など主に女性が要職を担っていた。牛乳の共同購入などを行う。<br><br>第五章　団地の時代は終わったか<br>5‐1　私化とコミューン化と―70年代の団地<br><br>72年にできた高島平団地は、巨大化、高層化し、団地というよりはむしろ高層マンションに近かった。そこではかつてのようにコミュニティをいかに維持していくかという問題は薄れ、際だってきていたのが性の問題であり、団地は急速に私化していった。個人主義は社会主義と根本的に相容れないため、自民党は持ち家政策の推進を急いだ。一方で、滝山団地は日本共産党が小学校を核に地域コミュニティを組織化し滝山団地はコミューン化、続いて創価学会が「私化」にあらがう形で「団地部」を作った。これらを可能にした一つの要因は滝山団地が分譲主体であったことである。<br><br>5‐2　団地の衰退、団地の誕生<br><br>70年代以降、自家用車が普及すると、鉄道網に全面的に依存しない点で団地とは明らかに異なるニュータウンが建設されるようになった。そこでは住民たちの「共通の場」、「共通の文脈」が失われ、疑似故郷的なコミュニティが完全に崩壊した。同時に質を重視する民間マンションが台頭、公団も量から質への転換を迫られた。もはやそこには自治会運動など存続しえない。山本理顕は団地が「一住宅＝一家族」モデルを行き渡らせたとして、それに代わるものとして、家族を必ずしも前提とせず、外に向かってガラス張りの「見世」とプライバシー重視の「イエ」に変え、トイレなどを共有する「地域社会圏」モデルを提唱する。しかし、かつての団地住民自身は決してプライベートの守られた「一住宅＝一家族」モデルに満足してきたわけではない。「政治」が「空間」を作り出したのが旧ソ連や東欧だったとすれば、逆に「空間」が「政治」を作り出したのが日本の団地だったのだ。<br><br><br><br>（資料）<br><br>【『団地の空間政治学』紹介文】<br>知られざるもうひとつの戦後思想史<br><br>高度成長期に燦然と輝いていた団地文化とは何だったのか？　大阪・香里団地から多摩ニュータウンまで東西の団地を俎上にのせ、歴史的成り立ちや住民意識、さらに沿線の鉄道の影響などを仔細に検討し、躍動する団地自治の実態とその政治性を明らかにする。フィールドワークを重ね資史料を渉猟した著者が、団地の栄光と挫折の歴史を描く渾身の一書。<br>http://www.nhk-book.co.jp/engei/qa/shop/main.jsp?trxID=C5010101&amp;webCode=00911952012<br><br>【関連する原武史さんのインタビュー】<br>http://article.researchmap.jp/tsunagaru/2012/04/<br><br>【団地が生んだ政治とは 原武史「滝山コミューン」続編 （朝日新聞）】<br>http://www.asahi.com/news/intro/TKY201210160264.html<br><br>【浅子佳英さんによる「鶴ヶ島プロジェクト」の紹介記事】<br>http://d.hatena.ne.jp/superficial-ch/20120922<br><br>【ゲンロン編集部・松山直希による『「建築」という手法ー「公共建築から鶴ヶ島の将来像を考える」シンポジウムレポート』】　http://genron.co.jp/2012/12/07/%E3%80%8C%E9%B6%B4%E3%83%B6%E5%B3%B6%E3%83%97%E3%83%AD%E3%82%B8%E3%82%A7%E3%82%AF%E3%83%88%E3%80%8D%E3%83%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%88%E5%85%A8%E6%96%87%E5%85%AC%E9%96%8B%EF%BC%81/<br><br>【シノドスジャーナルvol.113　原武史×速水健朗「団地から考える」】<br>http://webronza.asahi.com/synodos/2012120700002.html?iref=webronza<br><br>【「公共建築から考えるソーシャルデザイン・鶴ヶ島プロジェクト2012」感想まとめ - Togetter】<br>http://togetter.com/li/420789<br><br>【乾久美子さん、津田大介さんほか「鶴ヶ島プロジェクト」シンポジウムのシンポジウムムービー】　http://www.facebook.com/photo.php?v=380546515366495&amp;set=vb.100002334490842&amp;type=2&amp;theater
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<pubDate>Wed, 21 Nov 2012 00:56:48 +0900</pubDate>
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