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<title>argentのブログ</title>
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<title>江戸時代</title>
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<![CDATA[ <font size="3">　江戸の人口はどれくらいいたのだろう。1457年に太田道灌が江戸城を築き城下町が誕生する。しかし、翌年、主君の怨みをかって殺されることに。その後1590年、秀吉に領地替えを命じられた徳川家康が江戸城へとやってくる。江戸は起伏が多く平地が少なかったためお堀を掘り、そこから出た土で埋め立て地を造っていったのである。埋め立て地には運河を通し、人や物の輸送を行うばかりではなく防火や防災にも重要な役割を果たしたと言われる。このようにして出来た江戸には、1743年の調査で、町は1,618町、家屋は128,570軒、人口が515,122人もいたとある。しかもこの数字には武家が含まれておらず、武家と参勤交代で江戸に入った者たちを加えれば1,000,000人を超えていた。その後、1787年、天明の飢饉の際に幕府が調査した数字では、武家も含めて1,626,500人にものぼったという。まさに江戸は世界最大の都市だったのである。<br><br>　しかしながら、こんなに人口が集中してメリットがあったのだろうか。実は武家の屋敷や町人の家が密集することで、家康は砦としての役割を持たせようと考えていたようだ。つまり、人口が増えれば増えるほど江戸の防御は堅くなるという訳だ。とは言え、家が密集すれば火災のときは大変だ。江戸の大火は歴史に何度もお目見えする。人が集まることの善し悪しはどちらに軍配が上がるのか。あなたの考えはいかに。<br></font>
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<pubDate>Tue, 25 Sep 2012 15:31:58 +0900</pubDate>
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<title>ペルー</title>
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<![CDATA[ <font size="3">　ペルーのナスカと言えば、知る人ぞ知る地上絵である。高さ500ｍの台地に描かれた絵は、ハチドリ・トカゲ・クモ・サル、そして宇宙飛行士のようなものまで30体ほど。ハチドリの絵は100ｍもあり、上空300ｍまで上がったセスナからではないと見えなかった。驚いたことに、これらの絵は白い線で描いたのではなく、表面を覆う黒い小石を退け白い石を露出させることによって描いたのである。地上に降り立つとただの黒ずんだ岩石砂漠だった。<br></font>
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<pubDate>Sat, 15 Sep 2012 19:15:59 +0900</pubDate>
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<title>戦国時代</title>
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<![CDATA[ <font size="3">戦国時代、なぜあれほどまでに戦国の武将たちは戦いに明け暮れたのだろう。1467年、応仁の乱から始まった戦国の世は、裏切り裏切られ血で血を洗う時代。下克上の名の下に次々と誕生した戦国大名たちは、全国で150余りにもなる。彼らは領地を広げるため戦ったのは言うまでもない。あの武田信玄曰く「家臣たちに知行を加増し、立身させるため」。つまり、家臣を思えばこそと言うわけである。しかし、当然これだけの理由ではない。天下平定という大儀。戦という緊張状態を利用した下克上の阻止。さらに、好戦的家臣たちの不満の封印などいくつも理由があったのである。またその一方で、家臣たちにも戦に参加する理由があった。それは家名をあげるためである。戦では軍目付といって戦いぶりを見ている者がいた。その軍目付の目に留まるように、家紋を入れた旗をたて、大声で名乗りを上げ必死に戦ったのである。恩賞に与ることはもちろん後々の家のことを考え従軍していたのだ。<br>　戦には、戦に向かう正の力と避けようとする負の力が存在する。正の力が勝れば自ずと戦になる。ならばその正の力を理解しそれを負の力に置き換えることができれば無用な戦いはせずに済む。さて、あなたが戦国大名ならどうやって戦を回避するだろう。<br></font>
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<link>https://ameblo.jp/argentbox/entry-11347549404.html</link>
<pubDate>Thu, 06 Sep 2012 13:12:44 +0900</pubDate>
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<title>インド</title>
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<![CDATA[ <font size="3">インドのカジュラーホでは、町のいたるところにシヴァ神の象徴リンガ（男根）とヨーニ（女陰）が見られる。ヒンドゥー教では万物の生成の原点は性の営みにあると考え、両方が合体したものが本尊として崇拝され、信仰されている。男女の交合を神々しいものととらえ、寺院の壁にはミトウナ（男女交合）の像が何百と刻まれている。最初は気まずい感じもしたが、確かにリンガもヨーニも共に美しく、その行為が愛おしいものに見えた。</font>
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<link>https://ameblo.jp/argentbox/entry-11346789510.html</link>
<pubDate>Wed, 05 Sep 2012 14:46:09 +0900</pubDate>
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