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<title>aromaxのブログ</title>
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<description>なんでも思ったことを書いて見たくなりました。　本当は思っているテーマがあるのですが、まずは、その予告編ということで、ウオーミングアップのつもりでかいてみます。</description>
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<title>イチバン</title>
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<![CDATA[ 人生生きていると色んな事がある、<br>嬉しいこと、悲しいこと、恐い事。<br>でも最近は悲しいことは3・11以来<br>テレビを見て涙を流しぱなしだった<br>ので涙腺は馬鹿になってしまった。<br>恐い事はやはり原発の放射能汚染で<br>あろう。<br>しかし目に見える怖さでないので<br><br><br><br><br>Android携帯からの投稿
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<pubDate>Tue, 26 Jul 2011 15:34:00 +0900</pubDate>
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<title>私の避暑術</title>
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<![CDATA[ で，その寒い北海道から急用で暑い東京に帰ってきてしまった<br>私の避暑術といえば東京での涼しい場所を見つけてそこで過ごす<br>こと、いわば東京でのホットスポットならぬクールスポットを<br>見つけてそこで過ごすこと。<br>特に午後の一番熱い時間帯の２時－５時を映画館で過ごすという<br>のが先ずのお勧め、次に夏休みの講習会場昔はデパートに行って<br>過ごすというのが定番だったが最近はどうだか？<br>、<br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20110630/13/aromax1/34/fe/j/o0800062211321395948.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20110630/13/aromax1/34/fe/j/t02200171_0800062211321395948.jpg" alt="$aromaxのブログ" border="0"></a><br>
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<pubDate>Thu, 30 Jun 2011 12:45:45 +0900</pubDate>
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<title>一年ぶりのブログ</title>
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<![CDATA[ 暑い夏が再びやってきたので思い出した訳ではないが一年ぶりにこのブログの<br>書き込みをやっている、まだ六月だというのに昨日は山梨県で３８℃、すでに<br>あちこちで熱中症で病院に担ぎ込まれる人が出ている始末だ。<br>一方同じ日本列島でも北海道では二三日前までは寒さでストーブを焚いている<br>人がいて、テレビが暑さ対策の番組をやっているのを不思議な顔をしてみていた。<br>　　　
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<pubDate>Thu, 30 Jun 2011 11:22:13 +0900</pubDate>
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<title>Brian Coe の映画技術の歴史</title>
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<![CDATA[ 映画技術の歴史<br><br><br><br>スクリーンに映し出された影<br><br><br><br>影絵芝居は東洋の生活圏の中で、数千年に渡って存在してきたと信じられている。<br><br>それはインドで始まったか、ジャワで始まったか知ることはできない、しかし影絵人形は極東を通じて現在に於いても基本的に同じ様な構造を持っている。<br><br>しばしばそれらは薄い硬いレザーから出来ていて、例えばジャワのワーヤン・プールワ影絵芝居に見られるごとくである。<br><br>演じらる出し物は多くの場合、宗教的英雄や民話の中からとり挙げられたもので、人形には入り組んだ穴が空けられており、彩色され表面に金箔が施されている。<br><br>それぞれの人形は細長く削った棒で支えられ、対象の形に従って曲がるよう腕は肩と肘の箇所で繋がっている。<br><br>この関節は人形の手首に付けられている細い支柱によって動かすことが出来る。<br><br>人形は直ちに半透明な紙の前で操作され、ランプはその少し離れたところに置かれる。<br><br>人形使いが台詞を喋り、オーケストラが音楽を伴奏する。<br><br>伝統的に男はスクリーンのランプ側の観衆の中に座り、白い背景に色彩に彩られた像を見、その間女はスクリーンの後ろ側に座り出し物の動く影を見ている。<br><br><br>影絵芝居は中世紀の末には中東を経てヨーロッパに広がっていた。そして１８世紀の後半には大変な成功を納めた。     1776年には影絵芝居の劇場がベルサイユのセラフィンでオープンし、また1784年にはパリのパレ・ロワイヤルで開場した。<br><br>両方とも人気があり成功を納めた、叉革命後も内容を幾らか変えて存続し、19世紀末まで上演されていた。<br><br>それらは1850年代後期までも継続し上演されていた。<br><br>もう一つの展開として支那の影絵と呼ばれ、中でもパリの黒猫影絵劇場での公演が世紀を通して人気を博し有名だった。 これらヨーロッパの影絵芝居は、金属製で東洋の先人たちのもの比べると、精巧な関節の動きが出来た上、小さく強力なランプを使って影絵をより鮮明なものにした。<br>
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<link>https://ameblo.jp/aromax1/entry-10648365660.html</link>
<pubDate>Tue, 14 Sep 2010 16:38:13 +0900</pubDate>
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<title>現代文明の夏</title>
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<![CDATA[ 現代文明の夏<br><br>酷暑である。そればかりではない。地球的規模で気候がおかしくなっている、大雨、洪水、地滑り、火山の噴火、チリ鉱山の地盤沈下ももしかしたら気候変動と関係あるかも知れない。<br>このような地球環境の変化を人は地球温暖化という原因不明の言葉で呼び、多くの人がこのような状態を人間が引き起こしたという。　で、もしそうなら人間自身の手でその原因を矯正すれば良いと一部の人はすでに行動している。<br>しかしここまで来てしまったこの現代文明を人間の手で後戻りさせることが出来るのだろうか？<br>歴史を振り返って、過去の文明、失われた文明をかんがえる時、その原因として気候変動、干ばつが上げられる。<br>忽然と歴史から姿を消したマヤ文明なども、その原因は干ばつではないかといわれる。<br>とすれば、この暑さもこの行き過ぎた現代文明を終わらせる前兆として歓迎すべきかどうか？<br>とりあえず暑さは続く。
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<link>https://ameblo.jp/aromax1/entry-10632481351.html</link>
<pubDate>Sat, 28 Aug 2010 14:36:35 +0900</pubDate>
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<title>贅沢</title>
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<![CDATA[ 戦時中の標語にぜいたくは敵だ！　というのがあった。<br>今は贅沢という言葉そのものが死語に近いか、逆に<br>豪華といったほめ言葉になってる気がするが、いま<br>流行りのモッタイナイ以上の戒めの言葉であったと思う。<br>贅沢とは、必要以上に金をかけること。<br>分をすぎたおごり。　ものごとが必要な限度を越えて<br>いること。と広辞苑にあるが、突然リーマン・ショックを<br>食らって大不況に見舞われた日本にこの必要な限度を越えたおごり、<br>行き過ぎた流行現象、即ちブームという名の流行はどのように<br>変わるか見ていきたいものである。<br>それについて次回で書いてみたい。<br>
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<pubDate>Thu, 26 Feb 2009 10:05:50 +0900</pubDate>
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<title>画像アップロード</title>
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<![CDATA[ 前回の画像の変更をします<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/bd/d4/10143410700.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/bd/d4/10143410700_s.jpg" alt="aromaxのブログ" width="220" height="293" border="0"></a><br>
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<pubDate>Fri, 20 Feb 2009 12:47:27 +0900</pubDate>
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<title>小さな星の王子さま</title>
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<![CDATA[ 「いま、地球を回っている」確かそんなタイトルでそのとき<br>はじめて人工衛星が当時のソ連によって打ち上げられた新聞の<br>見出しにあったタイトルだった。<br>それから半世紀、先日日本もその得意とする小型化の技術を<br>生かして、同時に三つの小型衛星が相次いで打ち上げられた。<br>そんなわけで、地球上空にはおびただしい数の衛星が、それこそ<br>星の数ほど地球上空を回っている。<br>またそれらに搭載された監視カメラによって、今や地球表面は、<br>それこそ映画「ワールド・オブ・ライズ」の一場面ではないが、<br>キロメートル四方どころか、センチメートル四方単位で巨大<br>スクリーンに映し出すことが出来る。<br>ただそんなに身近になった宇宙空間で、半世紀を経た今でも、<br>木や草などの植物が育ったという話を聞いたことがない。<br>それはもちろん太陽の光や水がないからだろうが、生き物の世界は<br>植物あっての動物だと思っている私には、宇宙はまだ暗黒の世界で<br>あり、ロマンや魅力が感じられ<br>ない。　　　　　　「星の王子さま」（原題「小さな王子」）で、<br>王子と恋人のバラの花との愛の交流は心に残る。<br>私の座右の銘としている言葉がある。アメリカの婦人がくれた<br>小さなパネルだ。<br>Don't Harry Dont' Worry And don't forget to Smell the Flowers<br>せくな！　くよくよするな！　そして花の匂いをかぐのを忘れるな！　<br><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/bd/d4/10143410700.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/bd/d4/10143410700_s.jpg" alt="aromaxのブログ" width="220" height="293" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/aromax1/entry-10200684842.html</link>
<pubDate>Sat, 31 Jan 2009 12:11:54 +0900</pubDate>
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<title>画像の練習</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/77/13/10130773486.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/77/13/10130773486_s.jpg" alt="aromaxのブログ" width="220" height="165" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/aromax1/entry-10199228849.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jan 2009 14:41:14 +0900</pubDate>
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<title>ハケンの悲劇　２</title>
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<![CDATA[ 前回、時間がなく悲劇に至らなかった。以下その続きである；<br>近代文明に於いて、ローマに始まる世界制覇への覇権主義の流れは、<br>東西ローマから西はイギリスを経てアメリカに遡り、東は北上して<br>ロシアに到達した。<br>その方法は力による制服、戦争などの破壊的、悲劇的な手段による<br>ものだった。　一旦破壊が終わると、次にくるのは建設、ローマ人<br>が征服した土地を点と線で結ぶ、都市と道路の建設で、破壊とそれに<br>続く建設で、多くの労働力が喚起され、派遣された。<br>チャップリンのキッドの中のガラス売りの場面で、それは笑えるが、<br>これはやはり悲劇の連鎖といえるさろう。<br>破壊と復興、現代文明がこの同じパターンを繰り返さなければ<br>ならないとしたら、悲劇的である。<br>覇権から派遣につながる見えない糸、単なる語呂合わせにすぎないが、<br>これが現代文明発展の定めとしたら、ここらで考え直すべきだ。<br>いっそ、そういう文明はひと思いに破壊して、新しい文明の構築に<br>向けて、新たな労働力の派遣を考える時ではないだろうか！<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/aromax1/entry-10199163254.html</link>
<pubDate>Wed, 28 Jan 2009 10:46:49 +0900</pubDate>
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