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<title>劇団あるといる・市川のブログ。</title>
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<description>劇団あるといる・市川のブログです。日々のことや公演情報を掲載していきます。</description>
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<title>あそびから、とおくはなれて。</title>
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<![CDATA[ <p>遊びから、遠く離れて。</p><p>&nbsp;</p><p>記事あとで書く。</p>
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<pubDate>Mon, 17 Apr 2017 23:20:20 +0900</pubDate>
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<title>とんぐ、ほしい。</title>
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<![CDATA[ <br>最近、ポテトチップを食べる時、箸を使って食べることをおぼえた。<br><br><br>こうすると、手が汚れないので、本を読みながらでも食べられる。<br><br>箸じゃなくて、袋の底まで届く細いトングのようなものでもいいかもしれない、と思う。<br><br><br>こんな簡単なことなのに気づかなかった、今まで。<br><br><br>多くの人が気づくことで、ポテチトング（仮称）なる商品が発売されるといい……便利。<br><br><br>（いや、もうあった。売り出されてた。でも使ってる人見たことないよ。電車の中でも、映画館の中でも）<br><br><br>……恥ずかしいから、使えないんだなと思う。<br><br>じゃあ、その恥ずかしさはどこから来るのか。<br><br><br>トングを使って、口まで運ぶということが、あいつ気取ってる、とか思われそう、とかそういうことが気になって、人前で使えないんだな、という気がする。
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<pubDate>Tue, 13 Oct 2015 11:05:58 +0900</pubDate>
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<title>うれしい、ひびき。</title>
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<![CDATA[ 「うれしい響き」<br><br><br>喫茶店で、一人、じっとして周囲から耳に入ってくる会話を聞いていると、気づくことがある。<br><br><br>会話の内容に耳を傾けるのではなくて、その音声の抑揚だけで、内容がある程度わかってしまうようなのである。<br><br><br>うれしい時の会話って、女性に限らず、男性も、何であんなに音が高くて、ロングトーンになるんだろう。<br><br>「えー！」<br>「ほんとにー！」<br>「まじでー！」<br>「すごーい」<br><br><br>たーん。たん、たーん。<br><br><br>みたいな響き。<br><br><br>逆に、沈殿した内容の会話は、本当に、川底で石にぶつかり滞りながら、ゆっくり流れるような響きがある。<br><br>「あ、そう……」<br>「へぇ……」<br>「やっぱり、ダメかもしれない……」<br><br><br>ごそ、ごつ、ごそごそ、ごつ……ごす……。<br><br><br>みたいな響き。<br><br><br>このように会話から意味を省き、単純な音に置き換えても、人というのは、だいたいその内容がこういうことを話しているらしいと、わかってしまうのではないだろうか。<br><br><br>そういう実験とかしている人は、すでにいそう。<br>たぶんいる。いなきゃ、わたくしが、やりたい。<br><br><br>あちこちの席で、ぽつぽつ浮かんでは消えていく泡のような会話の中で一番目立つのが、どういう会話かと言うと、<br><br>ぐじぐじ、じゅくじゅく、ぐじゅる、ぐじゅる……とした会話です。<br><br><br>こういう音を伴う会話は長くなる傾向があるようだ。<br><br><br>一巡して、また、<br><br>ぐじ、ぐじゅ、ぐじゅる、じゅる……。ぐじゅ……。<br><br><br>内容については、あえて触れませんけど（実際、ほとんど聞いてない）。<br><br><br>できることなら、ノイズしか発せない人にはなりたくないな、と思う。<br>いや、自分なりがちなんですけど。<br><br><br>たん、たーん。
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<pubDate>Thu, 18 Dec 2014 23:07:10 +0900</pubDate>
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<title>うつくしさの、おきどころ。</title>
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<![CDATA[ 「美しさの、置きどころ」<br><br><br>「美しさ」というものはつくづく扱いが難しいものなんだな、と思う。<br><br><br>例えとして、<br><br>美しく生まれついたはずの女性なのに、遠くから見ていて、不思議と、何処かしら所在無げな感じ、何か落ちつかない感じを受ける、ということがある。<br><br><br>それは本人が他人に見られていることを意識しているからだよ、という人もいるが、それほど生易しいものでもないだろう、という気もする。<br><br><br>思うに、あまりに美しく生まれついてしまった人というのは、鏡を見るたび、高い自己効力感が得られるようなことの引き換えとして、<br><br>自分自身でさえ、一体何処に身を置いたらいいのかわからない状況に陥る、ということもあるのではないだろうか（なったことないんで、正確にはわかりませんけど）。<br><br><br>要は、自分自身でさえ、その「美しさ」を上手く扱いきれない、ということだ。<br><br><br>それだけに、<br>美しく生まれついたはずの女性が、<br>あれ、おかしいな？<br>どうしたのかな！？　<br>というくらい身を持ち崩していく様を見聞きすると、<br>他人事ながらも、声を失う。<br><br><br>こういうことは、何も容姿に限ったことじゃなく、<br><br>何かを作り出される方にとっても、あてはまるように思う。<br><br><br>何かを作り出される方は、自分の理解のずっと先の物を作ろうとする傾向があるように思うので、<br><br><br>作ってしまったその結果として、<br><br>「おいおい、自分でもとんでもなく『美しいもの』を作り出してしまったな……」<br><br><br>そんな感慨に耽る間もないままに、<br><br><br>「一体、これ、この物をどうやって扱っていいのか……自分でさえ、わからん」<br><br><br>という恐れにも似た思いに駆られることも、稀に起こるのではないかと推察する。<br><br><br><br>そういった場合、うっかり、すっかり取り囲まれている状況によっては、<br><br><br>本人が気づいているところ、気づいていないところで、<br><br><br>のっかられたり、<br><br>持ち上げられたり、<br><br>借り物の狂気を持ち寄られたり、<br><br>いたずらに善悪に結びつけられてしまったり、<br><br><br>何かが大きく損なわれてしまう大変な思いをされることも、少なくないのではないか。<br><br>（個人的に「美しさ」は、人が持つ観念的なものと、およそ結びつけられるような領域じゃない気がする。ただただ慄然とそこにあって、どうしたらいいかわからないもの（当の本人でさえ、扱いがわからなくなるという状況を思えば尚更に）。それだけに強引に観念的なものと結びつけられている様子を目にした時には、かえって違和感が際だって見えたりする。あ、そっちに寄せちゃったんだな……とか）<br><br><br>「わたしも、あんな風に美しく生まれついていたらな……」<br><br>「僕も、あいつみたいに格好良かったらな……」<br><br>「俺も、あれほどまでに偉大な作品を……」<br><br><br>そんな単純なことではないよな……とも思うし、<br><br>深く考えると、けっこう身震いがする。<br><br><br>美しく生まれついたこと、<br><br>美しいものを産み出せること、<br><br>（幸い、わたくしにはどちらも縁遠い……う、う～む、よかった）<br><br><br>そういうことと、幸せになれるかどうかは、全くの別問題だと思うのである。<br><br><br>置きどころによっては。<br><br><br><br><br>2014.3.26　first draft<br>2014.4.01　polished<br>2014.6.09　polished<br>
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<link>https://ameblo.jp/arutoiru/entry-11805635432.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Mar 2014 00:04:08 +0900</pubDate>
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<title>えき。</title>
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<![CDATA[ <a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140303/23/arutoiru/0b/84/j/o0320024012864361129.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140303/23/arutoiru/0b/84/j/t02200165_0320024012864361129.jpg" alt="えき。" width="220" height="165" border="0"></a><br>
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<link>https://ameblo.jp/arutoiru/entry-11786719775.html</link>
<pubDate>Mon, 03 Mar 2014 23:14:18 +0900</pubDate>
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<title>はつもうでず。</title>
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<![CDATA[ 「初詣ず」<br><br><br><br>正月の三が日の街を歩くのが好きだ。<br><br>路地を歩き、外の冷気に身を置いていると、少しだけ頭がすっきりする気がする。<br><br><br>神社近くでは、人がそぞろ歩いており、境内に向かっては参拝客の列がもうできている。<br><br>吐く息白く、身を小刻みに動かし、ときおり談話しながらも、皆、律儀に自分の番を待っている様子だ。<br><br><br>参拝客とは別の人だかりが目につく。立っている人々の隙間から奥を覗いてみる……。<br><br><br>「猿や、猿がおる」<br><br><br>チョッキを着せられた赤ら顔の猿、寒さのせいか同じく赤ら顔した猿回しの男が見えた。<br><br><br>一人、何だかうれしい気持ちになって、そばに近づき、他の立ち見客と同じく足を止める。<br><br><br>猿回しの男より、猿の名前が紹介されたが聞き取れず、何とも残念。<br><br><br>人だかりの輪の中で、猿君は、すくっと背を伸ばし気をつけをして、深々とお辞儀をする。<br><br>竹馬に乗っては、かつかつ２、３歩くが、すぐに、ひょいと降りてしまう。<br><br>そして、赤ら顔の男に、くいっと首にくくりつけられた紐で引き寄せられると、気をつけをして、またお辞儀……。<br><br><br>しばらく見ていると、何だか胸がいっぱいになる。<br><br><br>本殿へと続く参拝客の列に合流しようと思ったが、気をつけとお辞儀ばかりが得意の猿を見てすでに、わたくしの胸はいっぱい。<br><br>身につまされそうな願い事しか、ひねり出せそうにないので、早々にドロップアウト。<br><br><br>こういうことは、やはり気持ちが大事だと思うのである。<br><br>しかし年の初めから神頼みってのも、まぁ、なんだな、と思う。<br><br>慣例だけれども。<br><br><br>そもそも初詣って寺に行けばいいのか、神社に行けばいいのかさえわかっていない、わたくしなのである。<br><br>どちらも受けつけてくれてはいる、のだけれども。<br><br><br>各地では、いろいろな神様がいることになっている。<br><br>人の人生においては、誰の手もくわえられず人智を超えた不思議なこと<br>（例えば、偶然の一致やめぐりあわせのようなもの。それがいい場合で表れることもあれば、悪い場合で表れることもある）は、ごく稀に起こるけれども、<br><br>そういうことを見聞きして、もしやこれは！？ <br>と思ったりすることは、わたくしでさえあるけれども、<br><br>実際は誰にも、そういう不思議なことが起こった時、その事象に対して、<br><br>どう受け止めたらいいのか、<br>そもそも祈ったらいいのか、<br>祈るのであればその祈り方はどうしたらいいのか、<br>一体どこへ祈ったらいいのか、<br>そもそも近づき方さえ、<br>どこへ近づいたらいいのかさえ、<br>何もわからないのではないか、と思ったりもする。<br><br>それは落ち着かせどころなく、少し不安なことであるけれども、<br><br>そうした不安が、具体的な形を帯びた像を対象として作る動機となったり、<br>またその対象となる像の顔も、<br><br>ある地では心静まる穏やかな顔だったり、<br>別の地では身のひきしまる思いがする鬼の形相だったり、<br>という形になるというのは、興味深いと思うのである。<br><br>また同時にそんな落ち着かせどころのない不安を、わからないものはわからないままとして持ち続けることも、とても大事な気がしないでもない、と思ったりもするのである。<br><br><br>わたくしは、幼き頃より甘えん坊な人間として定評をいただいているので、そんな不安をわりと身近な範囲に落ち着かせてしまうところがあるのだけれど、<br><br>神からの目線というか、誰かに見られている（見透かされている）、あるいは見守られているかもしれない、という感覚は、つまるところ、生まれてから始まった親との目線のやりとりの延長線上にあるもののように思えるし、<br>（誰かに見られていることを意識することで、バランスを取り戻す人もいれば、その反対に著しくバランスを崩してしまう人がいることも、おそらくこの辺りに関係があると思う）<br><br>天啓というか、何というか説明がつかないが<br>「天の声が聞こえました。確かに聞こえました」なんていう、その辺りの話（真偽については何とも言えない）も、<br><br>まだ生まれる前のお腹の中、まだ目も半開きの静かなまどろみの中、お腹の皮を隔てて聞いていた、父親や母親の声（どんな声が聞こえていたかは、人による）をたどっているように思えたりもする。<br><br><br>また、わたくしとしては、そのように身近な範囲に帰結させてしまうことが、それほど味気ないことだとも、救いのないことだとも、思えないのである。<br><br><br>もちろん、確かなことなんて、わからないですけれど。<br><br><br>そんなことを境内の砂利を踏みしめながら考えているうち、足は自然に神社を離れ、甘栗の匂い漂う路地へと……。<br><br><br>そんなわけで、まだ初詣ず。<br>（行くかもしれないし、行かないかもしれない）<br><br><br>elaborated 2013.0121<br><br><br><br>P.S<br>その後、ご年配の知人に、初詣というのは神社に行けばいいのか、お寺に行けばいいのか、どちらなのかねぇ、とさりげなく聞く。ご返答としていただいたのは、初詣というのは新年を迎え、信仰というよりは、願い事をするというよりは、住んでいる地元の土着の神様に挨拶に行くようなものなのだそうだ。なるほど。<br>毎年、三が日は、ふらつき歩き、その度、違うところへ初詣していた自分は、何だったのか……とも思う。<br>2013．0204
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<pubDate>Wed, 16 Jan 2013 22:54:52 +0900</pubDate>
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<title>いぬのよち。</title>
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<![CDATA[ 犬に予知能力があるかどうかは、わからないが、よくそういう話は耳にすることが多い。<br><br>何か大きなことが起こる前に、何だかわからないがやみくもに吠えていた、とか。<br><br>野良犬達が、群れをなして避難していた、とか。<br><br><br>わたくしが、飼っていた犬はどうだったか……。<br><br>ハナという犬は、おそらく家族の中で一番に父が大好きだったのだろう。<br><br>そういうことは身振りを見てもわかってしまうものである。<br><br><br>このハナという犬は、不思議なことに、父が車で帰ってくる数分前に、<br><br>なぜだか、それがわかっているらしい、ということが一回だけじゃなく、<br><br>たびたびあった。<br><br><br>あれ！？っていう反応があり、ちょっと待ってよ、やっぱり、あれ！？っていう反応がまたあって、<br><br>急にそわそわしだし、何故だか、気持ちうきうきしている様子で、尻尾をしきりにぶんぶん降り始めるのだ。<br><br>そして目の前にいる父以外の家族（わたくし含む）は置いといて、夜の外ばかり気にしている。<br><br>ひぃーん、くぃーん、と甘えなつくような声もあげるのだ。夜の外に向かって。<br><br><br>そんなハナの姿を見ると、はて、どうした？<br><br>と最初の頃は、わたくしも思っていたのだが、ああ、これは、もうまもなくどうやら父が帰ってくるらしい、ということを何度か経験するうちに、思うようなった。<br><br><br>そして数分後に、たいした高い確率で、ガラガラと玄関をあける音がして、<br><br>「ただいまー」と父が帰ってくる。<br><br><br>犬の嗅覚が並みはずれすぐれているから、わかってしまうんじゃないの？　と指摘されればそれまでであるが、<br><br>父が家路をたどる十数キロ先、車を国道に走らせ、幾度となく交差点を曲がり、町内の道へと入り……わが家へとたどりつく、それだけある過程の前に、気づいてしまうというのは、やはり驚異的としか思えないのである。<br><br>また、それは、父が運転席のウィンドウをあけてはいられないであろう真冬の夜の寒空の日にも、たびたび起こっていたのだ。<br><br><br>好きな人が、もうまもなく、帰ってくる。<br><br>ああ、もうまもなく……。<br><br>ひぃーん、くぃーん。<br><br>そんな予知能力もある、みたい。<br><br><br><br>2012.11.10 polished
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<link>https://ameblo.jp/arutoiru/entry-11393233705.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Oct 2012 16:56:37 +0900</pubDate>
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<title>ぴんとこない、こんとん。</title>
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<![CDATA[ 混沌について考える。<br><br>久かたぶりに何度か劇場に足を運ぶ機会があり、気づいたらまた同じことを考えてしまう……。<br>見た演劇が、面白いとかつまらないとか、そういうことではなく……。<br><br>よく話の中に扱われる題材として、信仰の問題とか、人種差別とか、あとはなんだ……同性愛とか近親相姦とか身内殺し、親殺し、とかよくあるんだけれど、誰もが知っている有名な海外の戯曲にさえそういった要素が含まれていたりするんだけど、個人的にはそういうのを見ても全然ぴんと来ない。というか、よくわからない。<br><br>正直な話、少なくとも自分の身近な範囲では、信仰の問題（あからさまな衝突）などほとんど起こっていないし、人種差別（あからさまな衝突）も起こっていないし、同性愛も近親相姦ももちろんないし、身内殺し親殺しももちろんない（普通なかなかそういう体験しないだろう）。<br><br>だから、そういう話が世の中で起こっていることの問題の縮図として見せられても、私にはよくわからない。<br><br>実際、自分には、かなり距離感があるのだ。<br>（今ではテレビもほとんど見なくなってしまったから、そう感じるのかもしれない）<br><br>自分の周囲で起こっていることが、すっきりさっぱりしているとはもちろん言えないけれど、少なくとも自分の周囲で起こっている混沌とは、タイプが違うし、質が違う、と思ってしまう。<br><br>どうしても、ちょっと遠い混沌を性急に引っぱって来られた気がしてしまうのだ。<br><br>もちろん演じている人達にとっては、話の中で扱われる信仰の問題、人種差別、同性愛、近親相姦、身内殺し、親殺しなどの要素がどれだけ身近なものなのか、ふらりと観客として足を運んだだけの自分にはよくわからない。<br><br>ただ演じる側、舞台を企画した側の人達が、そういった要素に無関係な日常を過ごしていながら（おそらく、ほとんどそうだろう。どっぷりだったらすごい）何らかの奥深さを感じて、その上演する話を選んだということはあるのだ、と思う。<br><br>そうすると、また私は考えてしまう。奥深さって一体何なんだ……。<br><br>それは、やっぱり私にとってはかなり距離感のある、奥深さだから。<br><br>（もちろん過去において、そういうものを見て自分自身に共感みたいな心の変化が生まれなかったわけではない。でも浅い共感。どちらかというと、うっかり共感。というより別種の鈍感）<br><br>そして混沌について戻って言うと、<br>自分にとって身近な混沌はどういうものかと言うと、<br><br>「今までも大変な混沌でしたよね」<br><br>「現在も大変な混沌ですよね」<br><br>ってことが、まず強引に前提とされ、その割に、いろんなことが手際よく勝手に押し進められていくような混沌だったりする。<br>
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<link>https://ameblo.jp/arutoiru/entry-11214949444.html</link>
<pubDate>Fri, 06 Apr 2012 01:42:01 +0900</pubDate>
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<title>めうつりしないで。</title>
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<![CDATA[ 「目うつりしないで」　歌詞：いちかわ<br><br><br>夜の街かけてくあの娘は　<br><br>どこに向かっているの<br><br>あの信号が変わらないように　<br><br>履きなれないハイヒールを鳴らして<br><br><br>夜の街たたずむあの娘は　<br><br>誰を待っているの<br><br>ショウウインドウにうつる顔には<br><br>さしなれない　ルージュの色<br><br><br>見知らぬ人の手に引かれて　<br><br>光の渦へ　消えた<br><br>もう目うつりしないって<br><br>あんなに　ちかってたのに<br><br><br><br>薄闇ささやくあの娘は　<br><br>誰にもたれかかるの<br><br>知りたがらない相手と知って　<br><br>うちとけられる　そんな笑顔ひそめて<br><br><br>薄闇ただようあの娘は　<br><br>何を浮かべているの<br><br>部屋の小さな灯りを浴びて　<br><br>心以外の　すべてをさらす<br><br><br>見知らぬ人の手に引かれて　<br><br>夜の淵へ　とけた<br><br>もう目うつりしないって　<br><br>あんなに　ちかってたのに<br><br><br>いつわりばかりの　甘い言葉に<br><br>見せかけばかりの　きらびやかさに　<br><br><br>もう目うつりしないで<br><br><br>もう目うつりしないで<br><br><br><br><br>2012.3.29 elaborated<br>
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<pubDate>Mon, 30 Jan 2012 20:34:20 +0900</pubDate>
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<title>きまらない、ういんどぶれーかー。</title>
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<![CDATA[ 夢を見た。<br><br>おそらく……高校の頃の夢である。<br><br><br>おそらく高校の頃と言ったのは、実際にわたくしが通っていたのは男女共学の高校だからであり、それがなにゆえか、夢の中では男子校になっていたからである。<br><br>（わたくしホモじゃありませんからね。もちろん戦国武将のようなバイでもない）<br><br><br>教室の入り口付近、廊下にたむろしている数人の男子生徒達のほとんどが、不思議と律儀に首までジッパーを上げ、ウインドブレーカーを着こんでいた。<br><br><br>そこに女子生徒の姿は、一人もない。<br><br><br>校舎内であるにもかかわらず、どの男子生徒もみな、寒そうに身動きするたび、ナイロン地のこすれる音をカサカサといわせていた。<br><br><br>そして全員が全員、笑顔を浮かべているのだ。<br><br><br>その笑顔の中、わたくしの目がとまる。<br><br>唯一、むき出しの制服姿（ブレザー）でいたのが、かつての一番の友人だったからだ。<br><br>（友人の顔は、実際に高校時にいた何人かの友人の顔から顔へ2、3回ランダムに変わるが、夢の中では、それでも同一の友人として扱われる）<br><br><br>そこで、わたくしは、はじめて気がつく。<br><br>周囲のほとんどの生徒と同じく、自分がウインドブレーカーを着こんでいることを。<br><br>そのことが、わたくしの気持ちを、ほっとさせるのだ。とても。<br><br><br>わたくしは、再び、唯一ウインドブレーカーを着ていない友人に目をやると、もやもやした（むらむらではなく。ここ重要）感情をおぼえる。<br><br>そして気遣いなのかわからないまま、いつもどおりにその友人に声をかける。<br><br>自分自身に、ほっとした、という感情の動きがあったことだけは、悟られないようにして。<br><br><br>声をかけられた友人は、ウインドブレーカーを着こんでいる他の男子生徒と同じく、ずっと笑顔を浮かべたままだ。<br><br>短く刈り込んだ髪、少し日に焼けた顔に白い歯を見せ、寒さを感じている様子なんて微塵も出さない。<br><br><br><br>そして場面はうつる。<br><br><br><br>学校帰り、わたくしは、友人に頼まれ、二人してスポーツ用品店にむかう。<br><br>（どうやら、わたくしは、この夢の中で、かなりのウインドブレーカー通という扱いらしい）<br><br><br>店は決してデパートのスポーツ用品店売り場のような、きれいな場所ではない。<br><br>どちらかと言えば、アメ横の雑多なスポーツ用品売り場に近いイメージだ。<br><br><br>店内は薄暗く、ハンガーにかけられたウインドブレーカーが二段に所狭しと隙間もないほどびっしり並んでいる。<br><br><br>かけられているウインドブレーカーの色は、校舎内で男子生徒達が着ていたものと同じく、黒や紺、もしくはその色地に、慰め程度に少しばかりの緑やピンクなどの明るいラインが入ったものである。<br><br><br>色あざやかなウインドブレーカーなんて、一つも置いてない。<br>友人をその店に案内した、わたくしは、何故か少しだけそのことを申し訳なく思っている。<br><br><br>膨大な、どれもこれも似通ったウインドブレーカーの並びを、友人と二人、目でなぞるように見ていく……。<br><br>制服姿（やっぱりブレザー）のままの友人は、ときおり振り返り、笑顔を見せてくる。<br><br>その向けられる笑みが、うれしさゆえなのか、困り果てた末の笑みなのかは、わたくしには、わからない。<br><br><br>……友人のウインドブレーカーは、なかなか決まらない。<br><br><br>試着もしてくれない。<br><br><br>そして決まらないまま……夢から覚めた。<br><br><br><br>何だよ、この初夢。<br><br><br><br><br><br>※忠実に書こうとすればするほどきわどくなるので、後ほど削除すると思います。<br><br>2012．3.5　polished
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<pubDate>Sat, 07 Jan 2012 22:52:23 +0900</pubDate>
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