<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>あさいー カタルシス</title>
<link>https://ameblo.jp/asanedickens/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/asanedickens/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>パンを焼きながら待ち続ける人のブログ</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>記憶</title>
<description>
<![CDATA[ <p>ここ最近、就活でもないのに自分の職歴やら学歴やら、その過程でやってきた事を堅苦しく書いたり述べたりすることが多かった。これから通う資格の学校への書類提出や、その学費補助の申請に必要な手続きの為だ。実際に経歴を書き出そうとすると、「あの時の職場、いつ頃在籍してたっけ」とか、「あの資格はいつ取ったっけ」といった記憶の不具合に直面し続けてしまい、なかなか書き終えることが出来なかった。自分が歩いてきた道なのに、その道中に起きたことについて正確に記憶していなかった。あきらかに記憶力が劣化しているが、今に始まったことではない。<br><br>「最近行ったと思っていたライブがもっと昔だった」<br>「最近呟いたと思っていたツイートが数年前だった」<br>「友達だと思っていたけどそうでもなかった」</p><p>&nbsp;</p><p>このような感じに日々色んな記憶違いと向き合うことが増えてきた。このまま行くと記憶違いどころか記憶そのものが欠落してくるようになるのでは？と不安が強くなっていく。嫌な記憶は日々更新が掛けられ、鮮やかな記憶として積み重なっていく一方だというのに、それ以外の記憶は日々劣化して、コーヒーに落とされた角砂糖のようにボロボロに朽ちていく一方だ。このままで良いのか？何か改善の手立てはないか？</p><p>&nbsp;</p><p>「ライフログ」のようなものを残していかねば。</p><p>&nbsp;</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/asanedickens/entry-12669298742.html</link>
<pubDate>Sun, 18 Apr 2021 17:09:03 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ブログをはじめた</title>
<description>
<![CDATA[ <p>日々Twitter上で何も考えずに短い言葉を吐き出しているが、もう少し感情を整理してまとまった文章を生み出していきたいと思うようになった。ここ最近、感情や思い出が迷子になることが増え、一人の空間にいると悲鳴のような言葉を上げるようになった。このまま頭がおかしくなっていくのも悪くない気もしているが、感情を整理して言葉にしていけば少しは良い方向に変わるかもしれないと思い、ブログを始めることにした。</p><p>&nbsp;</p><p>10年くらい前、140字という手軽さに惹かれてmixiからTwitterに乗り換えたというのに、再び長い文章の書けるサービスを使うことになるとは思わなかった。mixiは5年程しか続かなかったが、このブログはいつまで続けられるのだろう。mixiの頃は所属していたコミュニティー向けの日記を垂れ流していたけど、このブログではもっと自由に言葉を並べていきたいな。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/asanedickens/entry-12667829163.html</link>
<pubDate>Sun, 11 Apr 2021 02:37:02 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
