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<title>あの日 あの時 あの出来事</title>
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<description>思ったこと、感じたこと、そこから考えたことなど。ありのままにつらつらと書いてみようと思う。</description>
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<title>人生の価値</title>
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<![CDATA[ 一定のスパンで気分が落ち込み、考察が深くなる時期がある。<br>新年早々、今がその時である。<br><br>好きでもない、やりたくもない仕事をして稼ぎを得て、そこから住居費と食費を捻出する。<br>同じ物を繰り返し食べ、いつも通りに眠りにつき、周りに何の影響も残さず生きて、何が人生だ。<br>人類の単位から考えれば、何の功績も残さず、何の変化も起こさず、一人欠けても何の影響も及ぼさないという存在は、はっきり言ってただの穀潰しである。<br><br>数年前、人が生きる意味を考えた時に結論づけたのは、人類繁栄である。<br>その為、守るべきものを何も持たずに生きている独身者は自分も含め、生きる意味を見失いがちである。<br>良い収入を得て、良い住環境を整え、仕立ての良い衣服を纏って、良質な食事を食べる。<br>心のどこかでそんなことを望みつつ、そんなものに何の意味があるかと自問自答する。<br>どんなに物事の真理へたどり着こうとも、膨大な知識や教養を得ようとも、体が滅びれば何の価値も見いだされない。<br><br>確固たるアイデンティティも持たずに歳ばかり重ね、いい歳こいて縁結びだの希望的願望が果たされることを冗談混じりに語り、現実と理想のギャップについて考える。<br>そんな世間の風潮を嘲笑いつつ、棚ぼたな幸福感を得られるとどこかで期待して、頭の片隅に考えてる自分に腹が立つ。<br><br>人は決して平等ではない。<br>権力があるというだけで壇上へ上がるたびに権力者へ拍手をするという行為に対して嫌気がする。<br>直接関わりのない、その場限りの取り繕いを行う存在が自分よりも良い環境であぐらを組んでいる状況に歯痒さを感じる。<br><br>人生楽しんだもん勝ちだという風潮があり、それに同意する部分もあるのだが、人様への気遣いとかを忘れて傍若無人に振る舞うことが正しいかと考えると、それは違う気がする。<br>非常に宗教的な考えだが、文化的な生活を営むことが人間としての価値を高めるというのが建前なのだろう。<br>自分の価値を確立する為の根拠を欲しがりつつ、しばらくは自分に言い訳しながら生きていくんだろうなと感じている。<br>短絡的思考は良くない方向へ傾きがちで危険度が高いと感じている為、中長期的に物事を捉えていきたいと考えている。<br>
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<pubDate>Tue, 08 Jan 2013 22:45:33 +0900</pubDate>
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<title>渦中</title>
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<![CDATA[ 年末の特番で、グローバリゼーションの弊害について特集していた。<br>ローカライゼーションとの比較で話を進めていたが、ざっくり要約するとアナログとデジタル。<br>田舎ののんびりした家庭に便利な物が導入されて、それを使用したいが為に拝金主義となった結果、家族間の繋がりが薄れ、それまで均衡が保たれていた環境が壊されてしまう。<br>それは果たして幸福なのか、って内容だと認識した。<br><br>一人のコメンテーターが幸福の定義を「時間」と「人と繋がっている充足感」としていた。<br>とても良い見解だと思った。<br>そう考えると、ネットワークビジネスというものの誘い文句は現代人の心に上手いこと潜り込む様につくられている。<br>結果的には異なる終着点となってしまうのだが。<br>どこぞの地方で実施されているワークシェアリングの方が現実的なやり方である。<br><br>ともあれ、変化の波は止められず、退屈な生活に流れを変えていくことも難しいと。<br>激動の時代に生きているということを自覚しながら、生きる術を見つけていく必要があるかと。<br><br><br>ここまで真面目ぶった意見を出しておきながら、結局は人との繋がりが薄いと感じ、寂しさがあるなと思っただけの話である。<br>そもそも人間関係の構築というのは脳の構造的に女性の専売特許であるというのに。まったくもって面倒な時代である。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-11126115649.html</link>
<pubDate>Wed, 04 Jan 2012 03:22:53 +0900</pubDate>
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<title>満足パラメータの沸点</title>
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<![CDATA[ 年に何回か、自分が生きている意味について考えることがある。<br>たった今、その時の様だ。<br><br>友人がやっているバンドのライブを見に行った。<br>昔、自分が一緒になって演奏していたバンドだ。<br>最近はますますパフォーマンスやら演奏やらが向上して、舞台も大きくなってきている様だ。<br>そんな彼らは輝いていた。<br><br>社会人になる直前、一度は抜けたバンドに戻らないかと提案された。<br>それは本気で音楽をやるということを意味しており、普通の社会人となることとどちらかを選択するという場面であった。<br>今でこそ一人暮らしをして自立した気になってはいるが、当時の自分はまだまだ親に甘えている気持ちもあり、言ってみれば親の期待とやらを裏切りたくはないというのが本音であった。<br>その決定に自分の感情が十分に含まれていたかと言われると、そうではない。<br><br>好きなことをやって、生きていくことが幸せであるというのは一般的な話である。<br>キラキラしている彼らでも、まだまだ音楽一本で生計をたてていくことは叶わぬ様で、フリーターという夢追い人の立場である。<br>自分がやりたいことをする為に、割り切って仕事をしている訳だ。<br>好きなこと、やりたいことで生活していくことは、本当に幸せなのだろうか。<br><br>世の中には数多くのバンドマンがおり、あちこちのライブハウスで演奏をしている。<br>例えその演奏が人の心を動かさなかったとしても、彼らはいつか高みへ行けることを信じて進み続ける。<br>基本的に、これは好きなことをして生きたいという願望と、有名になりたい欲求、お金持ちになりたいという願望である。<br>満足感や充足感、周りからの認知度を高めることによる優越感と承認欲求、一発当てたいという野心と安定。<br>誰かに思いを伝えたいとか人の心を動かしたり、世界を変えたいというのは自己満足に分類してしまって良いのだろうか。<br>単純に音楽の波に飲み込まれるのが楽しいというのであれば、音楽自体を生業にする必要はなく、趣味で続けていればよいのである。<br><br>そんな中、一握りの運命を握りしめた人々が日の目をみることになる。<br>これが一先ずのゴールであろう。<br>だが、そこから継続的に活動を続けていける者がどれほどいるのだろうか。<br>認知度は上がったが、何も果たせない人。<br>花火は打ち上げたが、季節が過ぎてしまった人。<br>続けることは出来たが、厳しい現実に直面し、去っていった人もいるだろう。<br>夢を叶えると、その先に次の夢は見つかるのか。<br><br>立ち止まった時、振り返った軌跡が多いか少ないかの話である。<br>この積み重ねてきたものが人生と呼ぶのか。<br>どうしても、立ち止まった場所から先のことまでを考えてしまう。<br>やる前から諦めている人と同じである。<br>それを臆病者と呼ぶのか、現実主義者と呼ぶのか。<br>今の時代、様々な考え方が混濁しており、とても評価が厳しく、息の長いものというのが生まれづらい環境にあると考えている。<br>そんなことを考えだすと、臆病者の仲間入りできる。<br><br>上を見ても下を見てもきりがない。<br>他人から見て、自分が充足された立場にいたとしても、本人は満足していないことの方が多いと勝手に思っている。<br>会社というフィールドでは、やはり上を目指すものなのだろうか。<br>出世欲というのは支配欲の塊か。<br>今は権力を振りかざすものが嫌いだが、権力者になったら武器として使うのだろうか。<br>会社を一歩出ても、偉そうな態度をとってしまうのだろうか。<br><br>高級住宅街におっきな家を建てて、人様に自慢出来る様な仕事をして、高級な車に乗って美味しいものを食べに行ったり、頻繁に旅行やリラクゼーションを行うことで、幸せのメーターは満タンになるのだろうか。<br>きっと値段の桁が違う素敵な絵画や骨董品を集めだすのだろう。これは所有欲か。<br>はたまた綺麗な女性を囲って、酒池肉林の日々をおくるのだろうか。性欲と所有欲、支配欲と自尊心の充足かな。<br>その先は何か。そこまで行けば満足するのか。次の日に不慮の死をむかえたとしても、良い人生だったと言えるか。<br>隣の芝は青く見えるとは昔の人は良いことを言う。<br><br>自分は今どの辺にいて、何を欲しているのか。<br>何の為に生きているのか。<br>死の瀬戸際に、本当にしたかったことは何と答えるだろうか。<br>またしばらく自分の中を迷走することにしよう。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-11008118141.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Sep 2011 23:06:20 +0900</pubDate>
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<title>ざっと見積もって10年</title>
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<![CDATA[ 渦中の災害ボランティアに行ってきた。<br>とりあえず言えることは、今回の災害規模がでかすぎるということだ。<br><br>ボランティア参加前、悠長にも原子炉問題が無ければ日本はすぐに回復するだろうと考えていた。<br>全然違った。<br><br><br>阪神淡路大震災を振り返る。<br>都市部で人も多く、犠牲者も多数出た。<br>しかしながら、ダメージを受けた地域は極地的であり、復興に携わる人がすぐ向かえる場所に位置していた。<br><br>今回、被害を受けた地域は広範囲におよんでいる。<br>一番の原因としてはテレビでも散々取り上げている津波である。<br>そして、山を越え、海岸線に位置する地域へ支援者が容易に行ける訳ではない。<br><br>ボランティアに参加したのは、たった一つの地域。<br>だが、それだけでもとてつもなく広い範囲である。<br>全国から支援団体（警察、自衛隊含む）が来ているのだが、人手は足らないだろう。<br><br>そんな地域が海岸線に点々としているという事実。<br>ゴールの見えない暗闇を灯りも無く、一歩ずつ探りながら歩いている様な感じ。<br><br>残った家や、仮設住宅の話。<br>誰が悪い訳でもないのに、憎しみあってしまうことが悲しいと感じた。<br><br>立場が違えば、見える景色や考え方も変わってくるものである。<br>東京に戻って来て、目に見える全てのものが安っぽく見えた。<br>節電だ、何とか言ってるのは正直、バカらしい。<br>実際に作業を依頼された家に電気が通るのは７月以降の話である。<br>もっと他にやることがあるだろう。自分も考えなければならない。<br><br>今回のことをどの様に捉え、自分の中に染み込ませていくのかは、それぞれ自由である。<br>たった数日であったが、ただ一つ言えるのは、人生を変えるのには十分な経験であった、ということ。<br>嫌でも色々考えてしまう。<br><br>今は壊れたものを片付ける段階。<br>復興、立て直しというのはまだまだ先の話である。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10917606398.html</link>
<pubDate>Thu, 09 Jun 2011 00:13:58 +0900</pubDate>
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<title>ゆらゆら</title>
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<![CDATA[ 本日、出社は無くなり、自宅謹慎になった。出社した人たちも昼過ぎに帰宅した様だ。<br>スーパー、コンビニからは飲料物が棚から消えている。水、菓子パン、インスタントラーメン、携帯充電器もなかった。<br>電車も止まり、自転車の販売が好調である。経済的に消費が最も促進されている日々。皮肉なことだ。<br><br>時代が便利になり、排除し始めていたものへ頼り始めている現状。<br>公衆電話、懐中電灯、ロウソク、ラジオ、ガスコンロ、ボンベ、使い捨て乾電池。<br>過剰気味な僕らの生活は今、本当に必要なものを求め始めてる。<br><br>人と人との繋がりが希薄になりつつある世間が、互いに補完しあい始めている。<br>どんなに困難な状況に陥っても、踏ん張る日本人は脅威である、というのを過去に聞いたことがある。<br>過酷な状況を投げ出さず、辛抱強く今の現状を改善しようと頑張っている。<br>そんな粘り強さを今の現状に置き換えた時、鳥肌がたった。<br><br>地震が発生した日以来、脳みそがゆらゆらしている感覚がある。<br>地震が来たと勘違いして、水の入ったペットボトルを見つめてしまう。<br>ろくに運動もしていないのに、疲労感が抜けず、とても眠い。<br>時が過ぎるのを待つしかないのか。<br><br>こんな状況でも人の為に働いている人たちを尊敬する。<br>正直、祈ることしか出来ない。<br>自分を生かすことしか出来ない。<br>何か出来るのか。何が出来るのか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10830966751.html</link>
<pubDate>Mon, 14 Mar 2011 23:02:01 +0900</pubDate>
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<title>被災者になった日</title>
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<![CDATA[ 昨日、大きな地震があった。<br>震源地は東北であったが、東京でも大きな揺れを感じた。<br>マグニチュード８．８<br>心に残ったことを羅列。<br><br>発生直後は建物の倒壊よりも、落下物に注意。周りの目を気にしてたら自分の身は保証出来ない。大きな揺れが治まったらすぐに屋外へ避難する。生き埋めになる危険性がある。<br>まずは火災に注意。<br>近くに製油所、油田はないか。爆発に巻き込まれる可能性はないか。<br>２０分。水害に注意。海からの津波、川の防波堤決壊。目視してからの行動は手遅れ。マラソン選手から２～３キロの距離は逃げ切れない。巻き込まれたらおしまい。白黒のみ。<br>原子力発電所からの放射能漏れは起きる。半径３キロ、１０キロで避難。<br>地震発生後、本震と同等の余震が発生する可能性がある。翌日まで、一日おいてから、また、一ヶ月以内。専門の研究者は結果論で物事を考えるので、予測出来ない。<br>電車は止まる。バスは動き、車も使えるが、渋滞がひどくなる。無理に帰ろうとせず、周辺地域の災害避難所へ行くことも考えなければならない。<br>寒い時期は体を冷やさないようにすることが重要。体の芯から暖まる飲食物を摂取すべき。<br>眠れるうちに体力を回復しておく。心のざわめきも治まる。<br>水を溜める。飲料用ではなく、衛生問題へ向けた事前策。<br><br>目に見える災害、被害者を目にしていないため、自分は安全であると心のどこかで考えていることが恐ろしい。<br>自宅へスムーズに帰れず、ガスが止まっているという現状は、自分が既に被害者であるということを自覚させる。<br>瞬間的な出来事で変わってしまう世界、現状。<br>正直、まだ現実の実感が出来ないでいる。<br>自分は大丈夫、ということを考えている自分もいる。<br>一週間もすれば忘れてしまいそうだ。<br>自分を生かす覚悟は必要である。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10828443954.html</link>
<pubDate>Sat, 12 Mar 2011 11:18:53 +0900</pubDate>
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<title>ほぼ満月</title>
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<![CDATA[ 意識するなと言われても無理である。<br>やつは周りを巻き込んで主張してくる。<br><br>クリスマスにめりーするってどないやねん。<br><br>今の時期はどこのホテルも一杯なそうで。<br>普段より何倍も高いのにね。<br>旅行でもした方が安そうだ。んなことないか。<br><br>高い金払って、いつもと違う雰囲気でいつも通りにエロいことする訳です。<br>・・・別に、羨ましくなんかないんだからね！<br><br><br>そんな今日は一見のお店へ。<br>こっちに来て二回目の一人居酒屋です。<br><br>「俺、別に彼女いるしー、た ま た ま 予定あわなかったからこうやって一人で飲んで・・・」<br>という心持ちで飲んだ。<br>我慢をしているタバコがとても吸いたくなった。<br><br>それにしても、クリスマスってんで無理矢理コスプレさせられている人を見ると悲しくなる。<br>正直、笑ってしまう。<br><br>クリスマスという日、東京には男女含め、何人のサンタがいるのだろうか。<br><br>そもそも相手いなくて仕事してる人なんか最悪だ。<br>そういうのを忘れるが為に働いている人もいるだろうに。<br><br><br>帰り道、サンタがピザのデリバリーしてた。<br>きっと彼は相手がいないのだろう。（勝手な妄想）<br>そんで外に出る気ナッシングな部屋着を纏ったカップルへ食料を届けるのである。<br><br><br>ピンポーン<br><br>彼女「あ！ピザ来たんじゃない？」<br>彼氏「はーい」<br><br>ガチャ<br><br>さんた「○○ピザでーす。」<br>彼氏「おっ、サンタだぜ！見ろよ！」<br>彼女「えーホントー？あっ、ホントだホントだ！」<br>彼氏「サンタさんプレゼントとかないんすか！？」<br>さんた「いやーそういうのは残念ながら・・（苦笑い）」<br>彼女「えー。せっかくサンタさんの格好なのに。」<br>さんた「すみません・・」<br>彼氏「そんなんいいからピザ食おうぜ！もう腹ぺこだよー」<br>彼女「そうだねー腹ぺこー」<br>さんた「こちらがご注文～（以下省略）」<br><br><br>こんなやり取りを彼はこの一日で何回こなすのだろうか。<br>人の彼女でも、女の子がキャッキャしてるとこ見て嬉しくなるのだろうか。<br><br>そんな妄想を蓄えながらの帰り道。<br>大丈夫か、俺。<br><br>音楽と戯れながら、徹底的に呑んでやろうと思ったが、途中で寝てしまったという。<br>全て中途半端。実に俺らしい。不完全燃焼。<br><br>さて、明日はどう過ごすか。<br>また新しいお店でも探すか。それともピザでも頼むか。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10747165317.html</link>
<pubDate>Sat, 25 Dec 2010 03:18:22 +0900</pubDate>
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<title>一人我慢大会</title>
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<![CDATA[ 何でも欲しいものは手に入りやすい世の中。<br>割と我慢という言葉からは遠のいた性格をしていたので。<br><br><br>人間の三大欲求の一つを削ってみた。<br><br><br>よーするにおな禁である。<br><br><br>今までそちらに費やしていた時間、別のものになるかと思って。<br>自分の好きなことを敢えてお預けにするという行動を行った時、何か新しいものが生まれるかと思って。<br>あんまりにも彼女出来ないから、願掛けみたいな感じでトライしてみたくて。<br><br>以上の様な真面目なんだかふざけてるんだか分からん理由で始めた。<br>しかし、人一倍そっち方面には関心が高い分、意識して抑制するというのはかなりしんどい。<br>現在も継続中であるが、２週間を境に脳みそへ変化が生じる。<br><br><br>朝からエロいことしか考えられない。<br>中学生並みである。<br><br><br>そんな極限状態になると、別のことで昇華しようと試み始める。<br>しかしながら、腰の辺りは何とも言えない重みを感じる。<br>これは何だ？<br><br>そんな状態が続いたまま、仕事を終えた帰宅途中。<br>これはいつか味わった感情に似ている。<br>いや、まさか。そんなハズは・・。<br><br><br>これは・・・誰かに恋した時の感情だ。笑<br><br>おな禁か、冬の空気か、年末の魔術の影響かは、今も分からない。<br><br><br>大の大人がこんなこと続けてたら、いつか捕まりかねないと思った。<br><br>今でも継続しようか若干迷っている。<br>極限状態の真っただ中、これを超えたら何かが得られそうな気もする。<br><br><br>まぁ一つ言えるのは、我慢は体に毒だってことがわかった。<br>特に自分にとって、なくてはならないもんなんだって。<br>悟りを拓きたければ、やってみるがいいさ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10718201300.html</link>
<pubDate>Thu, 25 Nov 2010 21:59:49 +0900</pubDate>
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<title>我、想う</title>
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<![CDATA[ また一つ歳をとった。実感などない。<br><br>最近は「生きる意味」というものを考えている。<br><br>昔にも同じテーマで物事を考え、行き着いた結論は「子孫繁栄」であった。<br>正しいか間違いかは自分が決める。<br><br>最近は結婚しても子供を産まないという家庭があるようだ。<br>逆に、子供がきっかけで結婚する家庭もあるようだ。<br>多いかどうかはわからん。<br><br>さらに結婚ということにもハードルが高くなっている風潮がある。<br>ネットを一回りすれば、それに関連した記事が山ほど目につく。<br>はっきり言って、不愉快だ。どーでもいいな。<br><br>生きる意味を考えるにあたり、死についても考える必要があった。<br>人間は死に向かって生きている様なものだと、心の中で思う部分がある。<br>ある友人も同じことを言っていた。<br><br>結局のところ、地位や名誉が欲しいのか。<br>歴史に名を残したいのか。<br>はたまた自分の名字や血統を後世に残していきたいのか。<br>単純に快楽を求めて生きるのか。<br><br>そんなことを考えていると、虚しくなる。<br>考えれば考えるほど、自分の存在が遠くなり、冷静になってく。<br>周りの存在が無駄なものに見えてくる。<br><br>今日、家にあったシティーハンター全巻を売りに行った。<br>２０００円くらいだった。<br>飯のついでに酒を飲みに行った。<br>２０００円くらいだった。<br>シティーハンターが夕飯に化けた。<br><br>生きてくには住む場所を確保し、飯を食わなきゃあかん。<br>人生に彩りを求め始めると、何かを加えてく必要がある。<br><br>生きたくても生きていけない人がいる。<br>だから自分で勝手に逝ってしまうことは良くないと誰かが言う。<br>死にたくないという感情は何から生まれているのか。<br>やり残したこととは何か。<br>それは本当に今、自分が心から望んでいるものなのか。<br><br>全てを踏まえ、それでも生きている。<br><br>また歳をとった。<br>実感はわかないが、自覚する必要はある様だ。<br>
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10703504565.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Nov 2010 01:10:46 +0900</pubDate>
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<title>再開、変化</title>
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<![CDATA[ 自分に向けた手紙も一年ぶり。<br><br>前半はとても長く感じたが、後半は割とあっという間だった気がする。<br>充実しているのか、それとも変化がなくなったのかはわからない。<br><br>と言いながらも、大きな変化を迎えた時期である。<br><br>仕事が三年目になった。<br>それはどーでもいい。<br><br>一番は実家を出たことだ。<br>学生の時から一人暮らしをしている様な人からしてみれば何てことはないことだが、生まれてからずーっと実家にいて、ろくに家事もしなかったような人間にしてみれば大きな変化、成長と言っても過言ではないだろう。<br>人間、追い込まれれば何とかなるものである。<br><br>思い立ってから実行するまでのスピード（実行力？）は素晴らしいものがあった。<br>ずーっと慎重派であったのが嘘の様だった。<br>今はまた戻った感があるな。<br><br><br>一瞬でも早く実家を出たかった。<br>ある本に触発されたということもあるだろう。<br>自分に今欠けているものは何か？という問いを繰り返した結果、こうなった。<br><br><br>それで人生は変わったか？<br>そんなに変わってないか？<br>今の生活に満足か？<br><br><br>毎日自分に問いかけている。<br>答えはいつも違う。<br><br>ある啓発系の教えを実践している。<br>少しずつ進んでいる気もするが、いまいち腑に落ちないところがある。<br>目標点が高すぎるのだろうか。<br>そもそも、俺の着地点はどこだ？<br><br><br>非常に活発に動きたい自分と、のんびり暮らしていきたい自分が、出たり入ったりする。<br>活発に動いた次の日とか、何したら良いのかよくわからなくなる。<br>のんびり暮らしたい自分に切り替わる瞬間が、一番無駄な気がしている。<br><br>読解アヘン、作者のインタビューで作業と休憩のバランスが必ず偏るというのがあった。<br>まさにそのバランスが大切だと思った。<br><br><br>朝の思考↓<br><br>きっと寂しいのだろう。<br>思い通りにいかない日常が。<br><br>自分が３０になるまで、あと何週間ある？<br>週に一回の習慣をあと何回繰り返したら、自分の思い描いた大人になる？<br><br>人の未来はたまに見えるのに、自分の未来は脳に写らない。<br>迷いか、伸びしろか、はたまた何か。
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<link>https://ameblo.jp/asautty/entry-10676200384.html</link>
<pubDate>Thu, 14 Oct 2010 00:10:56 +0900</pubDate>
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