<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>asedera1のブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/asedera1/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/asedera1/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>ブログの説明を入力します。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>落ち着かない。</title>
<description>
<![CDATA[ <br>心配事があるとそっちにばかり気が行って、おちおちできない。いつもおちおちしているけど、その内容が違う。<br><br>心がここになくて、正面から物事が考えられない。<br>現場の仕事をしていたなら間違いやら、不出来なものを作っちゃうんだろうな、こういう時。<br>暇な自分だけの仕事でよかった･･･。<br>育児中じゃなくてよかった。<br>そもそも、仕事に心が行かないってのがプロ意識がないったらありゃしない。<br><br><br>それに反して、耳の調子がすこぶるいい。<br>まったく、ハウリングがなくなった。<br>左右の耳の聞こえ方もほぼ同じになった。<br>こういうのを時間薬っていうんだろうか。<br>あんなに耳が聞こえ難かったのに。<br>治ったんだろうか？<br>安心するにはまだまだ早いが。<br><br>医者には「平常と比べて何％ですか？」との問いに、<br>「70％です」とｷｯﾊﾟﾘ答えたんだけど、<br>こういう時患者はたいがい嘘を言う。<br>本当は50％だったんだ。つい･･･嘘を言いました。<br><br>右耳はいつもの半分しか聞こえなかった上に、雑音があったから正味30％くらいかもしれない。<br>どうして患者は見栄を張ってしまうんだろうか？<br><br>大丈夫ですか？と聞かれると「大丈夫です」と大丈夫じゃないのに、大丈夫って言うのがバカな患者の姿だ。<br>医者は患者が大丈夫って言ったら「大丈夫じゃない」と気を利かせて欲しいって思ったりする、わがままな私だ。<br><br><br><br><br>集中させるためにもここは一つ、家中の掃除でもするか･･･って気になる。<br>意識を違う方向に飛ばすという「まぎらわし法」。<br>単なる逃げの形でしかないけど、ついでに家がきれいになったら言う事無いもんね。<br>ここんとこずっと老眼が進み（30代から老眼）、いよいよ目が見えなくなった。<br><br>老眼鏡をつけて炊事をするとギョッとする。<br>大変なことになる。<br>汚れが目に付いてしょうがない。<br>掃除するときはめがねが必要だな･･･と日々の老いを痛感するのだが、見なかったことにしようといそしむ毎日。<br>驚くほど汚れていて、日ごろめがねをかけて家事しないから、<br>反省するのだ、こういう時。<br><br>でも、その前に、やっておかなきゃいけないことがある。<br>遠い実家に病人を抱えていると、いつ何時出動しなきゃいけないことがあるかも！を念頭に。<br><br><span style="font-weight: bold;">参考サイト→</span><a href="http://genkikarinking.net/" style="font-weight: bold;">クレジットカードショッピング枠現金化の徹底版はこちらへ</a>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/asedera1/entry-10787801740.html</link>
<pubDate>Wed, 02 Feb 2011 15:31:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>感動ドラマの影に・・・</title>
<description>
<![CDATA[ <p>昨日、寒空に トンビの鳴き声が 聞こえた。＾＾</p><p>そして風邪も ようやく良くなりかけ、独り音楽を聴きながら 昔のことを 思い出した・・・。</p><p>美しく語られる 感動的なドラマにも、隠れた影があった・・・・。</p><p><br>1979年 1月に 32歳の若さで この世を去った医師 井村和清氏は、骨肉腫の為に右足を膝から下で切断、のちに 肺に 悪性腫瘍が転移し 若くしてこの世を去った。</p><p>そして 氏が 家族に対する思い等を綴った遺稿（原題「ありがとう、みなさん」）が、やがて出版された。</p><p>表題の 「飛鳥」 は 長女の名、「<a href="http://deaifreemeeting.com/">サクラ無し出会い無料サイト</a>子」 とは、当時 妻が妊っていた子（次女の清子）のこと。</p><p>「死にたくない。生まれてくる子の顔を 見たい… 」</p><p>最後まで 生きる勇気と 優しさを失わず、我が子と 妻、両親たちに向けて 綴った 感動の遺稿集で、当時 映画化やテレビドラマ化された。</p><p>私も当時 購入し 読んだ。</p><p>一人の青年医師の 死にゆく姿が、圧倒的な重量で <a href="http://www.njxhw.com/">無料の出会い系</a>に迫り、日々の思いが 淡々と綴られて、人柄が浮かび上がる。</p><p>・・・・・</p><p>　　[あたりまえ]</p><p>　　あたりまえ<br>　　こんなすばらしいことを、<br>　　みんなは なぜ よろこばないのでしょう<br>　　あたりまえで いることを</p><p>　　お父さんがいる<br>　　お母さんがいる<br>　　手が2本あって、足が2本ある<br>　　行きたいところへ 自分で歩いていける<br>　　手をのばせば なんでもとれる<br>　　音が聞こえて 声が出る<br>　　こんな幸せは あるでしょうか</p><p>　　しかし、だれも それを よろこばない<br>　　そんなこと、あたりまえだと、笑っています<br>　　食事が 食べられる<br>　　夜になると ちゃんと眠れ<br>　　そして、また、朝が来る<br>　　空気を 胸いっぱいにすえる<br>　　笑える、泣ける、叫ぶこともできる<br>　　走り回れる<br>　　みんな あたりまえのこと<br>　　こんなにすばらしいことを<br>　　みんなは 決して 喜ばない</p><p>　　そのありがたさを 知っているのは<br>　　それを なくした人たち だけ<br>　　なぜでしょう<br>　　あたりまえ</p><p><br>　　「飛鳥へ、そしてまだ見ぬ子へ」　井村和清著</p><p>・・・・・</p><p>この話が 何回も TVに取り上げられるなかで、妻であった 井村倫子さんのインタービューが 印象的だった。</p><p>それは こんな内容だった。</p><p><br>『 本を読んだり ドラマを見た方たちが 持つイメージは 彼のほんの<br>　一面です。<br>　同じ人間ですから、良いことばかりではありません。<br>　それらと 全く反対の事も 多くありました。』</p><p><br>それ以上 多くは 語らなかったが、美しく語られる 亡くなった者の蔭で、それを支えてきた 身内の苦しみは 語られない実情を 端的に著しており、私の胸深く響き、共感したものだった。</p><p>私は、医師を支えた妻の、思わず吐露した心情を、今でも忘れない・・・。</p>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/asedera1/entry-10781264985.html</link>
<pubDate>Thu, 27 Jan 2011 12:51:43 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
