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<title>ママが幸せだと、世界が平和になる</title>
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<description>子育てママのチアリーダー・ディーナキャサリンが、太陽のように、あなたの心を照らします。本当に満たされて、愛の源泉になるためには。</description>
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<title>なぜ私のおじいちゃんはインドネシアに行って、そのまま亡くなるまで居続けたのか。</title>
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<![CDATA[ <p>本日も、ブログを覗きにきてくださり、ありがとうございます。<br><br>昨日は、なぜ私の日本人のおじいちゃんが、インドネシアに来たのか、という話をさせていただきました。<br><br>今日は、その続きで、なぜ、インドネシアに64歳の亡くなる年まで、居続けたのか、という話をさせていただきます。<br><br>「あなたのおじいちゃんの話を聞いてどういう良いことがあるの？」って聞こえてきそうですが、<br><br>まあまあ、ここまで読んでくださっているので、最後までお付き合いください、笑。<br><br><span style="color:#009944;"><b style="font-weight:bold;">きっと、あなたの世界観がすこーしだけでも広がるような話になると思うので😆。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>そう、戦争中にインドネシアに来たおじいちゃんは、私のインドネシア人のおばあちゃんに出会ったんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>これも、どこまで本当かどこまで嘘か実際は分かりませんが🤣、</p><p>おじいちゃんは、その時怪我をしてしまったみたいで、</p><p>そこで、おばあちゃんは、PMIと言って、いわゆる看護師みたいな役割をその当時していたんですね。<br><br>その時、おばあちゃんは、おじいちゃんの怪我のお手当をしてあげていたわけなんです。</p><p>そこで、おじいちゃんは、おばあちゃんに恋をしたんだとか、、、</p><p>（わおーー！なんてロマンチック💕！！って思いましたか？笑。私は思いました。なのでどこまで本当か、、、ま、それはどっちでも良いとして！）</p><p>&nbsp;</p><p>そこから、おじいちゃんは、おばあちゃんと結婚することになり、父が長男として生まれたんですね。そのあと、全部で８人、子供が生まれたそうですが、その中の２人が、小さい頃に亡くなってしまったそうです。なので父は６人兄弟です☺️。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>おじいちゃんは、実家の田原では、お父さん（私のひいじいちゃん）が再婚して、新しい家族ができて、居場所があまりないと感じていた背景があったんですが、<br>もう、日本に帰るのをやめて、これを機に、おばあちゃんと一緒になって、インドネシアに骨を埋めることになったんです。</p><p>名前も、日本名を現地のインドネシアの名前に変えて、です。<br><br>何千人？か、インドネシアから、日本に戻った兵隊さんも居たと思いますが、「インドネシアに残る」と選択した兵隊さんもその当時たくさん居たんですね。<br><br>私が生まれて、記憶がある時には、十数人の方がまだご健在で、最後の一人は、確か、私が高校生か大学生くらいの時に80代くらいでお亡くなりになったとか。<br><br>そんな背景もあり、父も母も、日系インドネシア人の集まりのボランティアなどに結構精力的に関わっていた記憶があります。</p><p>&nbsp;</p><p>父も母も、そんな事実を知っていたので、<span style="color:#009944;"><b style="font-weight:bold;">日本人にとても誇りを持っていたように記憶しています。</b></span></p><p>&nbsp;</p><p>そんな話を、私は、何度も何度も何度も、父から聞く機会があったんですね。<br><br><b style="font-weight:bold;"><span style="color:#009944;">「これだけは、君（たち）に、絶対伝えておかないといけない」</span></b>と、何度も何度も父が熱く語っていたんですね。<br><br><br>それもあって、こんなに覚えているんだと思います、私。（部分的にうろ覚えになってると思いますが）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>いやあ、ここまで、お読みくださり、本当にありがとうございます。</p><p>&nbsp;</p><p>きっと、あなたの心の中にも、<b style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">「日本人って素晴らしい」</span></b>って思えたのではないかなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p><br>では、<span style="color:#009944;"><b style="font-weight:bold;">明日は、父と母の出会いについて、お話ししていきますね</b></span>💕<br><br>馴れ初めの話が大好きな私！笑。カップルに出会うと、必ずと言って良いくらい、気になってしまう、<b style="font-weight:bold;"><span style="color:#ff0000;">「出会い」「馴れ初め」</span></b>💕<br><br>ではでは、明日もお楽しみにしてくださいね〜💕　（これまた笑いのある話です😆）<br><br><br>世界は広い！<br>けど世界は狭い！<br><br>あなたと私、同じ地球にいる💕🌏ので<br><br>世界は一つ！<br><br>今日も良い1日を💕</p>
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<link>https://ameblo.jp/asymanid/entry-12833348352.html</link>
<pubDate>Fri, 22 Dec 2023 07:07:07 +0900</pubDate>
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<title>昨日の続きを書きます。私の父はなぜハーフなのか？</title>
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<![CDATA[ <p>今日も私のブログをお読みくださり、ありがとうございます♪</p><p>&nbsp;</p><p>感謝します。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、本日は、昨日の続きのお話をいたします。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#ff007d;"><b style="font-weight:bold;">なぜ、私の父はハーフなのか？？</b></span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>はい、父は、インドネシアのジャワ島という島の東部ジャワ・マラン（Malang) で生まれ育ったんですが、</p><p>&nbsp;</p><p>父の母（私からするとおばあちゃん）はジャワの人で、父の父（私からするとおじいちゃん）は、日本人だったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>おじいちゃんは、日本の愛知県・田原市というところで生まれ育ったみたいなんですが、</p><p>&nbsp;</p><p>そのおじいちゃんが、○十年前に、インドネシアに渡り（途中他の国も通ったみたいですが、詳しく分からないので省きます）、そこで、確かですが、飛行機の整備士みたいなことをしていたんだったそうな。（私が小さい時に何度も父は話してくれていたんですが、間違っていたらごめんね、Papa 🤣）<br><br>そして、おじいちゃんがインドネシアに行っている最中に、戦争になっちゃって、おじいちゃんもインドネシア人と一緒に戦った一人だったんです。</p><p>&nbsp;</p><p>その当時のインドネシアは、350年間、オランダの植民地だったんですが、7−8世代ほどもずっとその状態だったので、その当時のインドネシア人は、それが当たり前すぎて、普通にすら感じていたんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>インドネシアは、自然豊かで、作物に恵まれていたので（今でもそうですが）、耕していたサトウキビや、タバコや、お茶などのほとんどを、オランダ人に渡し、インドネシア人自体は、平和だけど、豊かになれない生活をずっとしてきたんですね。その代わりオランダにも守られるから、それでいいか、って諦めていたというか、問題にも感じてなかったんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中、ある時、オランダの支配から外れた時があって、その時に日本人が入ってきて、</p><p>&nbsp;</p><p>「私たちは、アジアの兄である日本だ。私たち有色人種も、自由に生きて、独立した国になる権利があるんだよ。君たちにもできるんだよ。」ということを伝えに来たんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>その時、インドネシア人（まだその当時は国としてはできていなくて、３８種類の文化も言語も違う地域だったんですが）はポカーンと最初は意味が分からなくて。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど徐々に理解していって、アジアの兄である日本人が来てくれて喜んだんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>そして約３年半で、インドネシアを国として独立させるお手伝い・サポートを日本がしたわけなんです。</p><p>&nbsp;</p><p>話は戻りますが、私のおじいちゃんは、その時に来ていた日本人の一人だったんです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>日本で、こんな話をすると、ほとんどの方が「へええ？？？そうだったの？？そんな歴史があったなんて、知らなかった」とか、「そういうこと、日本の学校の授業では一度も聞いたことなかった」とか、「たまに日本人がそういう話を聞いたことがあるけれど、本当かなあ、とあまり信じられなかったけど、あなたが話すと、本当にそうだったんだと感じるわ！嬉しい！」など、</p><p>&nbsp;</p><p>驚いていました。</p><p>&nbsp;</p><p>その反応に、逆に、私が驚いたんですがね、笑。🤣🤣🤣</p><p>&nbsp;</p><p>そして、私のおじいちゃんは、64歳で亡くなった時に、東部ジャワで、英雄として祭られ、インドネシアの元大統領（初大統領）であるスカルノ大統領と同じ英雄墓地で、埋められることになったんですね。日本では全く知られていないとは思いますが。</p><p>&nbsp;</p><p>そう、スカルノ大統領とは、日本でもインドネシアでも有名な　あのデヴィ・スカルノ夫人の旦那様にあたる方です。（その当時、スカルノ大統領は５人くらい奥さんがいたんですが、確かデヴィ夫人は４番目の奥様だったと思います）</p><p><br>さて、今度は、なぜ、私のおじいちゃんは、インドネシアに行った後、そのまま、亡くなるまで、インドネシアに居続けたんでしょう？</p><p>&nbsp;</p><p>それについては、また明日、お話していきますね(^-^)</p><p>&nbsp;</p><p>今日は、ここまで読んでくださり、ありがとうございました💗</p><p>&nbsp;</p><p>愛を込めて、</p><p>&nbsp;</p><p>世界は広い！世界は一つ！</p><p>&nbsp;</p><p>ディーナ🌺キャサリン</p>
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<link>https://ameblo.jp/asymanid/entry-12833231667.html</link>
<pubDate>Thu, 21 Dec 2023 07:07:07 +0900</pubDate>
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<title>８年ぶりにブログ再スタートしています♪　まず、なぜ、インドネシア人の私が日本語ペラペラなのか。</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:1.96em;"><span style="color:#ff007d;"><b style="font-weight:bold;">ブログ再スタート</b></span></span><br><br><br>今回は、ブログをまた超超超久しぶりに（８年ぶりに）、書いてみよう、と思いました。</p><p>&nbsp;</p><p>きっかけは、やはり、もっといろんな方と繋がりたい、いろんな方を知りたい、そして自分のことも知っていただきたい、そう思ったからです。</p><p>&nbsp;</p><p>自分の思っていることや考えていることと共通している人がまだまだいるんじゃないか、と。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、私がこの８年間で、もしくは生まれてから○十年の間で、経験したことが、地球のどこかの誰かのお役に立てるのかもしれない、と。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>やっぱり、せっかく生まれてきたんだから、意味のある人生にしていきたいし、せっかく経験したことを、誰かのお役に立たせられるのであれば、この上なく嬉しいからです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>なので、今回は、私がどんな人生を送ってきたか、ちょっとだけご紹介したいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff007d;"><span style="font-size:1.4em;">ディーナ🌺キャサリンは何者？</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>私は、インドネシアという国で生まれ、母は日本人、父はインドネシア人と日本人のハーフでした。</p><p>&nbsp;</p><p>そう、なので、私はいわゆるクオーターということになるわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、今は、日本人と結婚し、４人の子供に恵まれたんですが、子供達は、1/8インドネシアの血が流れています。</p><p>&nbsp;</p><p>（🇺🇸🌎世の中では　"one-eight"、ワンエイト、と言われるらしいです）</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;"><span style="color:#ff007d;">なぜ日本語がペラペラ？</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>私自身は、生まれた時からインドネシアで育ち、5歳の時に、母の実家である、日本の熊本の田舎の幼稚園に９ヶ月間だけ通い、そこで自然と日本語を覚えたわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>それから、〜小四くらいまでは、インドネシアの学年の切り替わりの時期に（だいたい6月中旬から7月中旬まで）、またまた熊本の田舎の小学校に１ヶ月だけ通っていたんです。インドネシアに戻ったら、次の学年が待っている状態。そう、つまり休みがなかったという感じです、、、笑。</p><p>&nbsp;</p><p>ですが、そのおかげで、日本語はこの通り、ネイティブ並みに（最近、たまに、ネイティブ以上に、という不思議な表現をされる時もありますが）日本語が分かるようになったわけです（もちろん、ここまでの道のりにはいろんな学びや努力や失敗もありました）。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、インドネシアに帰っても、母とだけはずっと日本語、後のみんな（父や姉）、そして学校ではインドネシア語、という感じで使い分けていました。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>さて、今日はここまでにしておいて、明日は、なぜそもそも父がハーフなのか、というところをお話していきますね💕</p><p>&nbsp;</p><p>８年ぶりの再スタートなので、まず私・ディーナ🌺キャサリンという人間の経緯をちょっとずつお話していこうと思います♪<br><br><br><br>では、素敵な1日を💖！</p><p>&nbsp;</p><p>世界は繋がっている✨！世界は一つ🌏！</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/asymanid/entry-12833229237.html</link>
<pubDate>Wed, 20 Dec 2023 05:44:38 +0900</pubDate>
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<title>嫌われる勇気</title>
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<![CDATA[ 振り返ってみると、私は小さい頃から、「人に嫌われたくない」と思っていて、ずっと「人に嫌われないように」振る舞っていました。<br><br><br>なんでこういうことを振り返ることになったのかというと、<br><br>いつも人にペースを合わせ、人の気持ちを敏感に感じ取り、「どう思われているか」という考えにつきまとわれ、何度気疲れをしたことか、計り知れなくあります。<br><br>もちろん、成長と共に、自分のそういうところに気付いて、徐々になくそうとはしていました。<br><br>「そんなのどこまでも気にしたってきりがない。だから気にしないようにしよう」と気にする心を気にしないようにする、ある意味、矛盾の循環が始まっていました。<br><br>ある人の話、人には誰しも「自分ルール」というものをいつの間にか無意識に作ってしまい、その「ルール」で自分自身の考え方や行動を縛り付けてしまったり、周りの人にもその「ルール」で見たり判断してしまったりするそうです。<br><br>人間生まれた時はまっさらな状態で素直そのままなんだけど、たいがい小さい時に家族や周りの人達、学校や教育などで、「○○しなくてはならない」「○○であるべきだ」「○○をしてはダメだ」などと、知らず知らずに植え付けられている決まりやルールができちゃうとのこと。<br><br>確かにそうかもしれない。<br><br>丁度二年前くらいにも、<br><br>「周りの人（特に家族や兄弟）から言われた言葉で、『自分は○○な人間なんだ』という思い込みが始まる事が多い。本当はもっと可能性や能力があるのに、『自分はこの程度の人間だ』と思ってしまうことがある」<br><br>と、だいたいその様な内容の本を読み、「ああ、確かにそうかもなあ」と思い、自分のことを思い出して、いくつかその時に外すことができた思い込みもありました。<br><br>そしてつい最近、また「自分ルール」について話してくれた方が居て、<br><br>その外し方も教えて下さいました。<br><br>やはり、まずは、その感情を感じ切ってあげることだそうです。ふたをしてしまうと、見て見ぬ振りになるから、まずちゃんと向き合ってあげる事。<br><br>そして、「自分はいつからそんなルールを作り始めたのかな？」という問いかけをし、思い出してみる。<br><br>そうすると、その時の様子や、その時の言葉、風景などがよみがえってきます。<br><br>これは私の持論ですが、対外の人は、その人を「ルールでしばりつけちゃえ」と思って言った言葉やとった行動ではないと思うのです。<br><br>その時の状況ではそうだったかもしれない。でも、聞いた自分が、勝手に決定付けてしまっているのだな、と。<br><br>だから、周りの家族や兄弟を責めているのでは決してないし、逆に、自分の言葉や行動が周りの人の「自分ルール」に影響していることも多いと思います。<br><br>特に今３人の子育て中なので、自分の言葉や行動がこの子達になるべく変なルール付けをしないようにとある意味ドキドキしてます。でも、今その事を知れて良かったなあと心から思っています。まず自分自身がちょっとずつでもルールをほどいてあげたら、自然と周りにもルールを押し付けず済むかな、と。<br><br>さて、私はどうも話し始める（書き始める）と止まらないそうです。（笑）<br><br>話に戻りますが、いつから先ほど言った「人に嫌われてはいけない」という自分ルールを持ち出したのかはまだはっきりとは思い出せてません（時間が取れる時にまたゆっくりじっくり向き合ってあげたいと思っています）。<br><br>けど、ここ最近、ちょっとずつ、「嫌われる事に対して平気になってきている」なあとは思います。<br><br>以前だと、自分から嫌うことは余り無かったというか、そんな人は余り近寄らなかったのか、どんな人でも好きになろうと意識していたのかも知れません。なので、一人とでもトラブル起こしたりしたら、四六時中そのことばっかり気になり、居ても立っても居られず、その人に謝罪したり、フォロー（のつもり）をしたり、それが出来ない時は、ずっともんもんと悩んでいた私でした。<br><br>いつまでだったでしょうか。１０年程前までかな。いや、つい最近までもあるかな、そんなこと。<br><br>でも「嫌われる勇気」について最初に参考になったのが、実は私のパートナーです。<br><br>彼は、興味のある人や事柄は自分からとことん追求し、興味の無いことや人は一切見向きもしない、という極端人間なんです、私からすると。<br><br>最初は、そんな姿を見て、「どひゃーーー？！この人なに？？理解不能！！」と思っていましたが、、、<br><br>そんな彼の姿を見て、「気楽だな～」「好きな事どんどんやれて良いな～」と段々うらやましくなってきました。<br><br>そしてある日私の思考パターン（人に合わせること）を伝えたら、「え？？？？！！！そんな事考えてるの？！そりゃあ疲れるわ～」と逆に言われ、<br><br>その時、「そうかあ、自分の考えってなかなか人に打ち明ける機会ってないから、『みんなも普通に同じような考えを持ってるでしょう』と自分で勝手に思い込んでいたんだな」ということを知りました。<br><br>最初は、本当に勇気が要るし、怖かったけど、ちょっとずつ、「人とのトラブル」が起きた時には、慌てず、自分が反逆したい気持ちが出てくるのをまず自分の中で出してあげて、もう一度そのトラブルを見つめてみて、自分が改める必要があるところは無いかを確認すると、案外、「ああ、確かにな、今の自分のこの行動は相手に取っては嫌だよな」とかを冷静に見れたりするんですよね。そして、改めるところは改めるし、謝るところは謝るし、けどそこで関係が例えば切れたとしても、「大丈夫」。<br><br><br>最初はもちろんなかなかできなかったし、私の「師」であるパートナー（旦那）に「こんな時あなたならどうする？今こんなことあったけど、どう思う？」とかちょくちょく聞いてたし、自分に「大丈夫、大丈夫」と言い聞かせる事だってあるし。<br><br>けど、最近は、そんなことが起きた時には、まず洗い出す。「What? Where? Who?」に基づいて、誰が何をどこでやったか、ということだけを出してみて、「じゃあどうするか」、ということを出せば、意外とそんな難しいことが起きているわけじゃないんだな、ということが分かってきました。<br><br>今までは、そりゃまあ、ぐっちゃぐちゃでしたよ。<br><br>慌てるし、とりあえず謝るし（なんだかよくわからないのに）、へこむし、自分責めるし、→どんどん自分嫌いのループに入ってしまうんですよ。そしてそんな自分は嫌いだけど、自分は可愛いから（矛盾してるでしょ？）相手を悪者にしちゃうんですよ。<br><br>何だか書いているうちに、自分最低人間だったな、と思えてきた、、、、笑<br><br>けど、そこから抜け出せた今だからそう言えるんでしょうね。<br><br>「どんなに周りから嫌われても、自分自身だけは自分の見方だよ」と言ってあげたいですね。<br><br>今までは、自分のことを信じてあげられなかった。自分のこと本当の意味で受け止めてあげれなかった。なのに人を信じたり、人のことを受け止めようとしても、そりゃできないわけですね。<br><br>上っ面な謝り、でも根っこではあまり納得していない、よく分かっていない。<br><br>今は、どんなに批判されても、自分自身が受け止めてくれる「安心感」が前よりはある。<br><br>だから嫌われても良い。<br><br>自分を自分らしく生きてあげたい。。。。<br><br><br>長くなりましたが、今日は以上です。<br><br>thank you for your attention.<br><br>love
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<link>https://ameblo.jp/asymanid/entry-12037547191.html</link>
<pubDate>Thu, 11 Jun 2015 08:17:02 +0900</pubDate>
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<title>初心書レッスンを終えて</title>
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<![CDATA[ 昨日の6月９日は、私が約半年前に初めて触れた「心書」（しんしょ）というものをレッスンという形で提供させていただきました。<br><br>2ヶ月前から、「やりたい」という気持ちと共に、行動にブレーキがかかり「やめる」ということを何回か繰り返し、「行動したい焦り」と「失敗する恐れ」が何度も行き来していました。<br><br>これはレッスン開催ということを介して起きた出来事ですが、普段の生活での私の心の状態が表れていると思います。<br><br>「こうしたい」「こうなりたい」という希望に満ちあふれた自分と、「完璧主義」から来る、「行動が怖い」「人の反応が怖い」という、もうだいぶ昔からかかえていた問題そのものでした。<br><br>でも、私は、半年前に、「今までの自分から抜け出して、新しい自分に入れ替わる」と決意したと共に「心書活動」をやると決めたので、まず小さなことから一つずつクリアすることがそのような自分へと導いてくれるのかなと思ってます。<br><br><br>さて、「よしやるぞ！」と決めた後、余裕を持って、一ヶ月先の予定を立てました。<br><br>その時点から、チラシ作りで悩み、誰に渡すかに悩み、FB投稿、ラインで知り合いに声かけ、などなど、ひとつずつに思った以上に時間がかかりました。<br><br>定員５名にしましたが、2名の参加で、前日にキャンセルが入り、一対一のレッスンに。<br><br>どこかで私は「一体一、二くらいが落ち着く。ドキドキしない」と潜在的に思っていました（時々意識にも出てましたが）。<br><br>それが現実になりました。<br><br>が、私にとってこの一ヶ月間は大きいです。<br><br>まず、行動をすると決めたことによって、「自分がレッスンを通して何を伝えたいか」にいっぱい向き合えたし、チラシを出してみて、「予想外の反応（良くも悪くも）」があり、「あ、伝えたいことちゃんと伝わっていないんだな」だったり「意外な所から興味と反応を頂けたな」とニーズの発見があったり、そして、何より「時間の使い方」に大きい気付きをもらいました。<br><br>目標がある今、「自分が本当にしたいこと」に使っている時間と「他人に合わせた時間」「お付き合い時間」「相手のやりたいこと」に使っている時間があったことに気付きました。<br><br>「人を喜ばすこと」は私が好きな事でありますが、この数年間起きたことは、「人のために動いている」つもりなのに、どこかで疲れてしまったり、思った通りの反応が得れず落ち込んだり。<br><br>でも、肝心な「自分のことを喜ばすこと」を抜いてやっていたのです。<br><br>私の尊敬している心書家・岸本亜泉さんがいつも言っている事「自分自身を大切にしてください」「一番に満たしてあげてください、そうすることで自然と周りに優しくなれます。周りに一生懸命になれます」というような事を私は「抜き」にして、人に奉仕をしようとしていました。<br><br>そして気付いたら、相手が思った通りの反応をしてくれないことに、「見返りを求めている自分」が居ることに気付いて、「こんなことやるはずじゃなかった」と勝手に落ち込んだり、その悪循環でした。<br><br>やっぱり、本能的に、誰だって「愛してほしい」んですよね。<br><br>誰だって「話を聞いてほしい」んだよね。<br><br>「人を愛しよう」「人の話を聞こう」と表意識（ある意味上っ面な）を持ってても「もっともっと愛してほしい」「もっともっと私の話聞いて～～」と無意識は叫んでいた、、、<br><br>そんなん、上手くいくわけないやんね～？　（あれ、ことばが崩れてきた）<br><br>でも、どれだけ人が愛してくれても、聞いてくれても、私を本当に満たすことはあったとしてもつかの間。またそのループに入ってました。<br><br>だって、本当は「自分自身に聞いてほしかったんだもん」<br><br>「自分自身が、自分をもっと愛してほしかった」<br><br>「自分自身が、自分の声をもっと聞いてほしかった」<br><br>なのに、、<br><br>長年、私は自分自身にそっぽを向けていた。自分自身の声を無視していた。<br><br>だから、当然ながら、そんなにすぐは心開いてくれないよね。<br><br>そんな気付き満載なここ最近でした。<br><br>レッスン開いたこともそうだけど、何より「自分と向き合った時間」がそうさせてくれたんだと思う。<br><br>なので、これからは、ちょっとずつでも良いから、<br><br>「自分自身に寄り添って、自分の話を聞いてあげよう。<br><br>素直に、正直に、、、誰に嫌われても良いから、<br><br>自分自身がちゃんと受け止めてくれるから」<br><br>心書って素敵♡<br><br>私にとっての、最高の自分と向き合うツール。<br><br>誰にも迷惑がられず、筆を通して今の心境を素直に正直にさらけ出せば良い。<br><br>それが自分の声を聞いてあげる、私にとっての一歩だったかもしれない。<br><br>ありがとう。<br><br>今日の私は、昨日より0.3％成長しているかな。<br><br><br><br><br>
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<link>https://ameblo.jp/asymanid/entry-12037164061.html</link>
<pubDate>Wed, 10 Jun 2015 08:39:50 +0900</pubDate>
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<title>初めまして、、、</title>
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<![CDATA[ 今日初めてアメブロ書きます。<br><br>今まで何回かブログを立ち上げてみたことがありますが、いつも続きませんでした。<br><br>きっと、目的がハッキリしていなかったからだろうな、と思います。<br><br>アメブロ登録したのはもう4年近いかも知れませんが、いよいよ(いまさら？)最近活用しようという気になりました。<br><br>きっかけは、私が約1年前に出会ったK2アカデミーです。<br><br>その当時、三人目をお腹に宿し(7ヶ月くらい)、これからどう生きていくか、ということを毎日考えていました。<br><br>とはいうものの、5年前に長男が生まれる前、私はカラーを学び、それを仕事にしようとしていました。その時は、とにかく資格を、と考えていました。そんな中、出産があり、カラーを具体的にお仕事にすることが思いつかず、そのままになっていた中、息子が6ヶ月になった時、web design や イラストレーター、フォテショップ、dreamweaverのソフトを買い、学ぶことを決意。<br><br>だが、期間内に学びを終えることができず、断念。フォトショップやイラストレーターは活用できても、web と dreamweaver は全く手付かず、、<br><br>そんな中、年子の2人目が生まれ、バタバタと子育てに追われる毎日。<br><br>毎日毎日忙しく、何かしようとしていたが、継続性が無く、上がっては落ち込むことの繰り返し。<br><br><br>そして、去年の2月に、パーソナルカラーの先生との素敵な出会いがあり、自分の本性が明らかになり、心はズタズタに、、、<br><br>「人のために何かやりたい」「人を幸せにしたい」と言葉では言いつつも、情報ばかりを頭に詰め込めて、頭デッカチな自分を見せられ、自分自身は葛藤に苦しんでいたことに気づいた。しかも、「なりたい！」ばかりで、行動が伴っておらず、うわっつらな自分だったことに気付かされる。未来のことは何一つビジョンが無く、どちらかというと未来を具体的に想像することを拒否している。<br><br>そして、自分とは違うパーソナリティーに憧れ、それをまるまる真似をしようとして、ズレが生じていたことも判明。<br><br>まさに、自分自身を愛してない人、認めていない人、信じていない人。自分を知らない、、、<br><br>そんな人が周りを幸せにできるのか、、、？<br><br>この時に私には三人目が宿りました。<br><br>パーソナルカラーの先生から自分のパーソナリティーについて学び、本来出せる部分を充分に出しきれていないことが分かり、自分を知る旅が始まりました。<br><br><br>そこで、「アイアイ講座」自分の知らない自分に気付くための講座に出会い、受けることを決めました。<br><br>そこでは、自分の本来持っている性質や、他人から見た自分、何をする人間なのか、ということを、日々の体験から見つめ出す、ということをしました。<br><br>またまた自分の知らない自分の発見の連続、、<br><br>ビックリなことがいっぱいでした。<br><br>知ってる、分かってる、と思っていたつもりが分からなかった、、<br><br>そしてそんな中(まだあるのか？！と突っ込まれそうですが)、K2アカデミーに、Facebookのママ向けアンケートに出会い、「ママでも自分のやりたいことを諦めず、そこから収入を得ていける！」というメッセージが、その時の自分が願っていたことにピタリ！とはまり、メルマガを登録してみると、なんと、二週間後に、名古屋での説明会があると発表されました。<br><br>余談ですが、うちの主人は海外出張のお仕事で、普段は日本に居ませんが、この説明会の日程ではちょうどおやすみで日本に居る日でした！ので、上の子たちを頼み、説明会に出ました。<br><br>そこで出会った方、心書家の岸本亜泉さん、そして伊勢隆一郎さんが、とても輝かしく見えて、特に亜泉さんは、自分と同い歳で、私がやってみたかったな～と思っていたことをいっぱいやっていた方でした。<br><br>ものすごく影響を受けました。<br><br>今まで何回も色んなことを学ぶことに挑戦しては、結果を残すことができず新たなことを学んでいた私、、、<br><br>「もう充分やろ？！」と言ってる自分と、「いや、これが最後だ。これにかけて、飛び込んでみないか?」と言う自分。<br><br>岸本亜泉さんにぶぁーーっと自分のことを話し、自分の目指している「ママでも夢を諦めず大好きなことで収入を得る、そして周りのママも自分もそうなりたい！と思う環境を作る」ことを伝え、「けどまず自分がそうならないと誰も周りの人をそうさせることはできない」ということも伝えました(今思うと、著名人に図々しいこと・マイペースな発言をしてしまったな、と思いますが、その当時は知りませんでした。ただビビッと来たから、今しか伝える機会無い、と思いやった行動でした)。<br><br>そして今でも覚えている亜泉さんの言葉、、、<br><br>「あなたは、絶対ぼんぼこ稼げる人！そしていずれこっち側の立場になり、人を引っ張っていく側になる人です！だから私を捕まえてこうやって話しているんでしょ？！」と、だいたいこんな感じのことを言ってくださっていました。<br><br>その瞬間、「私はこの人に出会うべき運命だったんだ」と根拠のない思いが混み上がり、その場で入学を決意。<br><br>これを読んでる方や、私を知ってる方は、「あんたはただ乗せられやすい人で、いつまで経っても学ぶからアウトプットに移れない人なんでしょ？」と思われる方もいるかもしれません。<br><br>そして、年初から、パーソナルカラー→アイアイ講座→K2アカデミーと、「1年の間でどんだけ時間とお金をかけてるんだよ？！自分のことは自分が一番知ってるんだから、それムダでしょ？」と思われる方もいるかもしれません。<br><br>ですが、私にとっては、去年の1年はそれら全てが自分にとって必要なことだと信じてます。<br><br>そしてその全てが三人目の(現在6ヶ月半)息子がお腹に居た時に起きたことにも意味があると思っています。<br><br>私は自分と約束しました。<br><br>これで学ぶのは最後。この後は、私はアウトプットの人間になります。かっこ悪くても、めちゃくちゃでも、行動の人間になります。シフトチェンジするんだ。<br><br>実際、K2アカデミーの7ヶ月間の授業が(インターネットで動画配信)スタートしたのは、三人目出産間近の時でした。<br><br>スタート地点の、自分のことを見つめる期間は、出産した助産院の部屋でした。<br><br>三人目・奏晴(すばる)と共にスタートした自分らしく活動する自分の人生。<br><br>そして心書との出会い、何倍も愛しくなりました。<br><br>奏晴を見るたびに、自分はこのスタート地点を思い出すであろう。<br><br>話がだいぶ長くなりましたが、K2説明会の時に「新書」という言葉すら知らない私が、入学中に、私に一番影響を与えてくれた亜泉さんが教えてくれる心書の世界に触れ、魅了され始まったのです。<br><br>筆なんて持ったことない！習字なんて、それ以上に苦手なものはない！と思っていた私が、勇気を出して、心書の世界に飛び込みました。<br><br>そうすると、何て心書は心を解放してくれるんだろう、、、<br><br>「自由で決まりの無い世界」<br><br>なのに、勝手に、無意識に、決まりを作ってしまう自分が居ました。<br><br>上手に書かないといけない。かすれてはいけはい。完璧じゃないといけない。<br><br>それから何回も何回も筆を通して自分と向き合いました。<br><br>「人のために」と思っていたはずの自分が、「人から認められたい」と思っていた自分に気付く。<br><br>「人が好き」と思っていた自分が、「人と居ると、無意識に合わせてしまう自分が居るから窮屈だ」という自分に気付く。<br><br>「頑張りたい」の裏返しに「楽したい」があったことに。<br><br>何より、「パーソナルカラーの自分らしさを受け入れる」、「アイアイ講座の自己観察と自己承認」と、「筆を通して自分と向き合う。自分を受け入れる。」が全て一致していることでした。<br><br>今まで閉ざしていた自分の本音。本当の気持ち。感じる心。<br><br>人に打ち明けるのがとても怖かった、、、<br><br>けれど、筆で出して、出して、出し切れば、誰の害にもならない。自分がどう思われちゃうかなという考えも邪魔しない。出しきる前に相手に話を切り替えられてしまう、ということもない。<br><br>このツールがあれば、普段マイナスな感情を出したとしても、出すのが怖くなくなるかも！<br><br>そうすることで、本当に自分が感じてること、聞いてあげることができるかも！<br><br>そうしたら、自分が自分を信頼してくれて、安心して自分の意見を言えるようになるかも。<br><br>結果、自分のことを自分が発見して、認めてあげれるかも！ 正に「自己観察」と「自己承認」。<br><br><br>ものすごく心が解放されていって、<br><br>産後のブルー期間もあまり無く済んだし、出産してからの三週間は、ありがたくも旦那さんがお休みを取ってくれて、かなり助けてもらい、出産21日目からは2週間一人で三人を見てても、上二人が幼稚園に行ってる間に心書を書いて、満たされ癒されている自分が居ました。そして息子たちを笑顔で迎えられた。<br><br>心書が無かったら、きっともっとグチャグチャになっていたはず(それが普通なのかもしれないけど)。<br><br><br>あ、言い忘れましたが、心書は、「誰か」のことを思い、「何か」のメッセージを送りたい時に書くものでもあり、これまた、普段デジタル世界に浸っている私たちがこれをやってみると、何と、平～い人間関係を築いていたかに気付かされます。<br><br>逆に、心書を通して思いを伝えることで、書いている自分まで涙を流したりとか、「ああ、こんな風に思っていたに、ちゃんと伝えてなかったなぁ。プライドがブロックしてたなぁ」ということにも気づきます。<br><br>そして、自分まで愛情いっぱいになって幸せな気持ちになります。相手にそれをプレゼントしたら、照れ臭いけど、喜びます。<br><br>そして、話がもとりますが、この様な、プロセスを一緒に乗り越えたベビー奏晴は、何と、落ち着いていて、にこやかで、扱いやすい子です。<br><br>きっと、お腹の中で一緒に全部聞いてて、自然といろんなことが身についているんだなぁ、と思いました。<br><br><br>と、かなり長くなりましたが、<br><br>このブログの私の目的としては:<br><br>「自分をさらけ出す場」<br><br>です。<br><br>それに寄って、<br>・ますます自分らしさに気付いて、自分らしく表現できること→これを確認できる場所<br>・人の目を気にしてかっこつける自分から、ありのままの自分になること<br>・この「自分目線」ブログを、たまたま読まれた方が、何か気づきやきっかけを得れる場、となったらこの上ない最高なことです<br><br><br>というわけで、何気ないことから、深いことまで、書いてしまうかもしれません。<br><br>時には読まれた方にとっては不愉快な気持ちにさせてしまうことがあるかもしれない。<br><br>そんな時はごめんなさい。<br><br>でも、これは、自分がより使命に生きた人間になるための、重要なプロセスだと思うから、始めたことです。<br><br>なので暖かく見守ってくださると、大変ありがたいです。<br><br>長々と最後まで読んでくださった貴方に、心からの感謝を捧げます。<br><br>love,<br>Dinamysa<br>
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<link>https://ameblo.jp/asymanid/entry-12035598225.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jun 2015 08:30:58 +0900</pubDate>
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