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<title>アトランタの診療日記</title>
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<description>私はアメリカのアリゾナ大学で統合医療を勉強した医師です。統合医療についていろいろ書いていきます。</description>
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<title>僕が医者になるまでの道のり⑥  ～医者にも就活があります・後編～</title>
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<![CDATA[ <p>こんにちは、アトランタです。</p><p>暑い毎日ですが、みなさまいかがお過ごしですか？</p><p style="text-align: right;">僕は「無理をしない」を心がけて過ごしています。</p><p>&nbsp;</p><p>それでは、前回からの続きです。</p><p>&nbsp;</p><p>当時、ほとんどの医師は今とは違い、卒業と同時に専攻科目を選択することになっていました。僕は専攻科目を自分で決めきれなかったので、T病院と同じように臨床研修システムがある、地元の大学病院の臨床研修システムに申し込みました。臨床研修システムでは、一年間かけて様々な科を実習形式で回った後、専攻する科を決定することになります。</p><p>&nbsp;</p><p>地元の大学病院の臨床研修システムに申し込んだ後は、研修病院選びです。研修病院リストを眺めながら、実家に近いところで行きたい病院をいくつかピックアップし、見学に行くことにしました。</p><p>初めて見学に行った病院で、なんと高校時代の同級生が風邪を引いたということで、患者さんとして来院してきました。気まずい思いをした僕はその場から奥に逃げ込み、未来のことを想像していました。「技術がない研修医の時に、知り合いの人の担当をして、失敗して悪い噂が広がるとまずいなぁ。」と思い、「実家から近すぎるのはまずい！」と悟りました。</p><p>そこで、あまりにも地元に近い病院は避けることにし、出身県の地方都市の中核病院の中で探すことにしました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで、臨床研修システムに詳しい友人がいたのでその友人の勧めに従い、その子と同じK病院という研修病院に申し込みました。</p><p>なぜK病院にしたかというと、</p><p>・研修担当の先生が優しそう</p><p>・先輩医師が遊び好きな人がたくさんいて、アフター研修が充実している</p><p>・正式な就職後の給料とボーナスが良かった</p><p>と、研修後に就職する時の条件がよかったからです。</p><p>&nbsp;</p><p>その後、K病院は定員オーバーにならなかったので、試験もなく研修させていただけることになりました。</p><p>&nbsp;</p><p>残すは卒業試験と国家試験です。　　つづく<a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200923/14/atalantaro/a4/8e/j/o1280096014823980433.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200923/14/atalantaro/a4/8e/j/o1280096014823980433.jpg" width="420"></a></p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 23 Sep 2020 14:27:06 +0900</pubDate>
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<title>僕が医者になるまでの道のり⑤  ～医者にも就活があります・中編～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>こんにちは、アトランタです。</p><p>今日は前回からの話の続きを書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>産婦人科研修で点滴の上手なS先生に出会った日の夕方のことです。</p><p>S先生から一通りT病院での4年間の研修医生活の基本的なことについて聞いていた時に、S先生が手にしている分厚い資料が目につきました。それは英語の論文のようで、厚さが2㎝はあったと思います。さらに目の前には明日の手術のための厚さ5㎜ほどの資料が置いてありました。「今から病棟に行っていろいろ仕事をした後に、両方の資料をまとめるんだよ。君たち学生さんたちは明日朝7時に来て、カンファレンスを一緒に聞いてね。」とS先生はおっしゃいました。</p><p>&nbsp;</p><p>そして次の日の朝、僕たちはカンファレンスに参加しました。すると、きのうS先生が手に持っていた2㎝の資料には付箋やマーカーがついており、すべてを読み込んだ形跡がありました。さらにそれを独自にまとめた資料まで作られていました。今日の手術のための5㎜の資料はさらに資料が追加されて2㎝ほどの厚みになっており、詳しく勉強されたようでした。そしてなんと、病棟の患者さんのサマリー（患者さんの病状・診断・治療計画の要約したもの）まで作られていたのです！「一体いつ勉強したんだろう！」とびっくりしていたら、「T病院の研修医は毎日これくらいのことができないとついていけないよ。」とS先生はおっしゃいました。</p><p>&nbsp;</p><p>その言葉を聞いた僕は、あまりにも勉強していない自分を反省し、さすがにレベルの高いT病院ではついていけないんじゃないかという心配が湧き、将来の出世の道も険しいだろうと感じました。それと同時に僕は、小学校6年生の時に母が占い師に言われた、「この子は地元を救う立派な人になる。」という予言を思い出し、地元で病院を探すことにしました。　　つづく</p><p>&nbsp;</p><p>アリゾナ　ツーソン　家庭の庭</p><p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200810/21/atalantaro/c9/32/j/o1280096014802126920.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200810/21/atalantaro/c9/32/j/o1280096014802126920.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Mon, 10 Aug 2020 21:04:18 +0900</pubDate>
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<title>統合医療の素敵な施設をご紹介します。</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200722/16/atalantaro/15/55/p/o0624078014792626141.png"><img alt="" height="525" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200722/16/atalantaro/15/55/p/o0624078014792626141.png" width="420"></a></p><p>ノースハワイコミュニティホスピタル　ステンドグラス　</p><p>ハワイ島の統合医療で有名な病院です。</p><p><a href="https://www.queens.org/north-hawaii/north-hawaii-community-hospital">https://www.queens.org/north-hawaii/north-hawaii-community-hospital</a></p>
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<pubDate>Wed, 22 Jul 2020 16:37:52 +0900</pubDate>
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<title>僕が医者になるまでの道のり④  ～医者にも就活があります・前編～</title>
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<![CDATA[ <p>ご無沙汰しております。アトランタです。</p><p>今日は就職活動の話を書いていきたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>医学部6年生の3大テーマと言えば、</p><p>①&nbsp; 卒業試験</p><p>②&nbsp; 医師国家試験</p><p>③&nbsp; 何科の医者になるか・どこの病院に就職するか(いわゆる就活)　です。</p><p style="text-align: right;">ここで18歳の時に諦めた「東京で遊びたい！」という夢が再燃しました。</p><p>&nbsp;</p><p>そこで僕は、関東出身の同級生に探りを入れてみました。いわゆる勉強のできる子は就活の下調べにもぬかりがないものです。膨大な東京の病院の中から、将来有望な就職先の候補をいくつか提案してくれました。</p><p>その中でピンと来たのが、T病院でした。T病院は、現在では義務化されている全科ローテーション制度があることで有名でした。大学の授業だけでは何科になるのか決めるのが難しかったので、まずはいろいろな科を体験してから決めるという制度には惹かれるものがありました。早速僕は、T病院の体験実習を申し込みました。</p><p>&nbsp;</p><p>体験実習は5日間で、内科・外科・整形外科・産婦人科・小児科・皮膚科を回りました。</p><p>&nbsp;</p><p>産婦人科を回った時に、S先生という素晴らしい先生に出会いました。</p><p>まず、とにかく明るい。そして一番驚いたのが、S先生が外来診療をしているときに、腕にいくつも点滴を失敗された跡のある、点滴で憔悴しきった患者さんが次々とやって来ては、「S先生に点滴を入れてほしい。」とおっしゃるのです。</p><p>忙しい外来の合間だったのですが、S先生は「ちょっと行ってくるわ。」と言って点滴を入れに行き、数分後には笑って何事もなかったかのように帰ってきました。3人目に点滴をお願いしに来た方の時は「まったく痛くない！さすが！」という声がこちらまで聞こえてきました。</p><p>昼休みに僕はS先生に、「なんで点滴がそんなに上手なんですか？痛くないように点滴を入れるなんてすごいですね。」と尋ねました。するとS先生は、「私が医者として一番大切にしていることは、患者さんの負担をできるだけ軽くしてあげることです。例えば点滴の場合、理想としては全く痛くないように、1回で入れてあげることです。そのためにもちろん努力をしてきました。一番針を刺すのが大変な透析センターに志願し、必ず1回で痛くないようにと試行錯誤を繰り返した末に、今のように点滴が難しい患者さんが僕のところにやって来るまでになったのです。」とおっしゃいました。そして、S先生は僕たちに点滴の技をいろいろ教えてくれました。</p><p>医師として患者さんから信頼されている姿に憧れ、僕もその技術を身につけたいと思いました。　　　つづく</p><p style="text-align: center;"><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200722/16/atalantaro/15/15/j/o3264244814792623834.jpg"><img alt="" contenteditable="inherit" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200722/16/atalantaro/15/15/j/o3264244814792623834.jpg" width="420"></a></p><p style="text-align: center;"><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#538d00;"><span style="background-color:#ffffff;">ありがとうと書いたミカンとバカやろうと書いたミカン</span></span></span></p><p style="text-align: center;"><span style="font-weight:bold;"><span style="color:#538d00;"><span style="background-color:#ffffff;">こんなに差が出ました。</span></span></span></p><p style="text-align: center;"><span style="color:#ff7f00;"><span style="background-color:#ffffff;">どんな言葉を与えるかは、本当に大切ですね。</span></span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<pubDate>Wed, 22 Jul 2020 16:27:22 +0900</pubDate>
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<title>僕が医者になるまでの道のり③  ～医学部時代、印象に残った実習～</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>今日は僕の医学部時代の授業について書きたいと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>医学部時代、特に印象に残った授業は、「病理学」でした。</p><p>健康な人の人体について解剖学で習った後、病気になった人の人体の変化についての勉強です。</p><p>解剖学だけでもすごく大変なのに、今度はその臓器に起こった様々な病気について顕微鏡で観察し、死に至った原因について全臓器を調べ、レポートを提出するという実習です。患者さんは初めて大学病院を受診してから様々な検査を受け、病気の診断・治療を受けます。最終的には重症化して命を落としてしまうこともあります。そんな患者さんの体を亡くなられた後に解剖して調べさせていただき、医師の診断が合っていたのか、治療が正しかったのか、他にも病気はなかったのかどうかを調査します。そして、その評価と診断を書き、さらに文献を調べて考察するという一連の医師としての病気との向き合い方の基礎的なトレーニングとなる、すごく勉強になる実習です。</p><p>&nbsp;</p><p>私が担当したのは解離性大動脈瘤という病気の方で、何度か手術をした後に、手術をしていない腹部の大動脈が破裂して亡くなった方です。その方の病気と向き合い、一つずつ検査についての診断を後追いし、手術の術式、術後管理など様々なことを調べ、実際に担当した主治医からいろいろなアドバイスをいただきながらレポートを作成し、病を探求する姿勢を学びました。</p><p>&nbsp;</p><p>非常に大変ではありましたが、この実習があったおかげで、医者になってから患者さんと向き合うための基礎的能力がついたと感じています。つづく</p>
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<link>https://ameblo.jp/atalantaro/entry-12608124282.html</link>
<pubDate>Wed, 01 Jul 2020 14:24:44 +0900</pubDate>
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<title>僕が医者になるまでの道のり② ～下宿生活の始まり・教官の衝撃的な言葉～</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">大学近くの田舎で下宿生活が始まったある日、夜道を歩いていると、月が明るいということに僕は生まれて初めて気が付きました。「こんな暗い田舎に来てしまった！僕の人生は終わった・・。」と無気力になった僕は、それからカップうどんと卵だけの生活を送るようになりました。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">そんな生活が<span lang="EN-US">1</span>か月ほど続いたころ、動悸を感じた僕は大学の健康センターを受診しました。</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">診療の結果、不整脈が見られたため、診察してくれた医師から食生活が乱れていないか質問されました。そこで、この<span lang="EN-US">1</span>か月の食生活を伝えたところ、その医者に、「あんたなぁ、しっかりしなさい！」と言われました。</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">その言葉でハッと目が覚めた僕は、諦めきれなかった東京への夢も吹っ切れ、ここでの学生生活を楽しもう、と心を切り替えることができました。　</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">その後、僕は学生生活を楽しむため<span lang="EN-US">(</span>彼女を探すため<span lang="EN-US">)</span>に、下心いっぱいで英会話クラブとバドミントン部に所属し、それなりに楽しい学生生活を送っていました。結局女の子には振られまくったのですが、無事バドミントン部で奥さんと出会うことができました。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">専門課程<span lang="EN-US">1</span>年生（今でいう大学<span lang="EN-US">3</span>年生）の時、最初の医学の講義で、僕にとって衝撃的な出来事がありました。</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">講義のために約<span lang="EN-US">30</span>万円かけて医学</span><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">書を買い揃え、その中でも一番分厚い解剖学の本を持って出席した最初の専門課程の講義の時、担当教官から、「本日は教科書の使い方について学びます。」と言われました。</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">僕は、「高いお金を払って買ったから、やっぱり教科書の使い方から学ぶんだな。さすが大学は違うなぁ。」と思い、授業を注意深く聞こうとしました。するとその教官は、「教科書の使い方において最も基本的で、最も大切なことは、『教科書は信じるな！』ということです。」と言ったのです！その時僕は、「高いお金を払ったのに、どうしてくれるんだ！</span><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">」と怒りの気持ちが湧きました。でも、この教官の言葉を大切にしなくてはいけないんだ、ということが後になって証明されていくことになるのですが、それはまた別の機会にお話ししたいと思います。　　　</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200622/14/atalantaro/f2/25/j/o1280096014777996276.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200622/14/atalantaro/f2/25/j/o1280096014777996276.jpg" width="420"></a></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:HGPｺﾞｼｯｸE;color:#00B0F0">アリゾナ州　ツーソン郊外　サワロ国立公園<font color="#008000" face="&quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,メイリオ,Meiryo">　</font><font color="#008000" face="&quot;ヒラギノ角ゴ Pro W3&quot;,&quot;Hiragino Kaku Gothic Pro&quot;,&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;,&quot;MS PGothic&quot;,sans-serif,メイリオ,Meiryo">サワロサボテン</font></span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">つづく</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/atalantaro/entry-12606052684.html</link>
<pubDate>Mon, 22 Jun 2020 14:04:05 +0900</pubDate>
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<title>arizonaの風景</title>
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<![CDATA[ <p><a href="https://stat.ameba.jp/user_images/20200616/15/atalantaro/d3/ed/j/o1280096014775040538.jpg"><img alt="" height="315" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20200616/15/atalantaro/d3/ed/j/o1280096014775040538.jpg" width="420"></a></p>
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<pubDate>Thu, 18 Jun 2020 12:04:16 +0900</pubDate>
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<title>僕が医者になるまでの道のり① ～これが宿命？友人の付き添いで医学部受験～</title>
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<![CDATA[ <p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">はじめまして。統合医療の道をじっくり進んでいる医師のアトランタと申します。</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">まず初めに自己紹介を兼ねて、なぜ僕がこの道を歩くようになったのかをお話ししたいと思います。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">そもそもなぜ僕が医者になったのかというと、それは「宿命」という一言になるでしょう。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">僕は小学校<span lang="EN-US">5</span>年生の時、予備校の説明会に行きました。その時予備校の先生から、「今から高校<span lang="EN-US">3</span>年生までの<span lang="EN-US">7</span>年間、死ぬ気で勉強して早稲田大学か慶応大学に入学すれば、その後の人生は遊んで暮らせるし、女の子にもモテ放題。その代わり、土日を含めすべての休みを勉強につぎ込みなさい。」と言われました。そのため僕はとにかく一生懸命勉強しようと決意し、すべての休みを勉強につぎ込む日々を送りました。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">その甲斐あって、高校<span lang="EN-US">3</span>年生の夏の模試では、早稲田・慶応大学が<span lang="EN-US">B</span>判定という結果が出せるようになっていました。結果に少し安心しながらも、入試に向けてその後も勉強を続けました。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">早稲田・慶応大学以外の受験は考えていませんでしたが、「国公立大学も受験してみようか。」と思い、どこの大学にしようかと考えていたところ、予備校で隣の席だった心配症の同級生に、「僕はこのままならおそらく志望校の<span lang="EN-US">S</span>大学（旧帝大）・医学部に合格すると思うけど、絶対合格したいから１ランク下げて<span lang="EN-US">A</span>大学（地方国立大学）の医学部を受験しようと思う。ただ、生まれてから一度も他県に行ったことがなくて怖いから、一緒に付き添ってほしい」と言われました。どのみち<span lang="EN-US">A</span>大学の受験日にひまだった僕は、「いいよ、<span lang="EN-US">A</span>大学まで着いて行ってあげるよ。」と伝えると、「一緒に受験してほしい。」とその同級生から言われたのです。そのため僕は、<span lang="EN-US">A</span>大学・医学部に願書を提出することになりました。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">こんな流れで、僕は友人の付き添いで<span lang="EN-US">A</span>大学・医学部を受験することになったのです。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">僕は<span lang="EN-US">A</span>大学受験前に本命の早稲田・慶応大学の受験を済ませており、手ごたえを感じていました。「きっと合格しているだろう。」と感じていたので、<span lang="EN-US">A</span>大学の受験には気楽に挑むことができました。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">その結果・・・・</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">僕は本命の早稲田・慶応大学は不合格、付き添いで受験した<span lang="EN-US">A</span>大学・医学部のみ合格、</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">となったのです。</span></p><p><span lang="EN-US" style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">&nbsp;</span></p><p><span style="font-size:11.0pt;font-family:&quot;ＭＳ Ｐゴシック&quot;">この結果は当時とてもショックでしたが、これ以上勉強する気力が全く残っていなかった僕は、浪人して早稲田・慶応大学受験に再チャレンジすることはやめ、<span lang="EN-US">A</span>大学・医学部に入学することにしました。　　　　つづく</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/atalantaro/entry-12604632463.html</link>
<pubDate>Thu, 18 Jun 2020 10:00:01 +0900</pubDate>
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