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<title>atoshiranamiのブログ</title>
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<title>眠れない夜、迎える朝　2006.7.31</title>
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<![CDATA[ 妙に、寝付けない夜がある。<br>　寒いわけでも、暑いわけでも、<br>　まして眠れないほどはっきりした不安があるわけでもない。<br>　<br>　冷え性傾向があるから、<br>　足先の違和感で目覚めることもあるのだけれどそうでない。<br>　お酒を飲むと目が冴えてしまう癖もあるのだけれど、そんなわけでもない。<br>　<br>　本来が寝つきの良いほうだから<br>　眠れない夜はとても不自然な気がして<br>　ベッドの中で落ち着くベストポイントをごろごろしながら捜したり<br>　腹筋をして体を疲れさせたりしている。<br>　<br>　けれど、眠れないときは所詮眠れないもので<br>　憮然としながら本を読んだり考え事をしたりしている。<br>　眠れないときにはミルクが良いと聞いたものの、なんとなく深夜に飲む気になれない。<br><br>　気がついたら集中して朝まで起きていたなんていう時の体は現金で、<br>　不思議と翌日もいくらか元気なものなのに、<br>　どうにも眠れなかった夜の翌日は一日中だるんとした倦怠感が付きまとう。<br>　眠れない夜の読書も、上滑りするような集中力しか発揮できないのに<br>　翌日までそんな思いをするのはどうも癪に触る。<br>　が、どう足掻いても眠れないのだから諦めるほかがない。<br><br>　ぶつくさと考えながら、起きていると<br>　ポストに新聞屋さんが新聞を落とす音がした。<br>　そそくさと、まだ誰も読まない新聞を取りに行く。<br>　明日から８月とは言え、４時ではまだ夜は明けない。<br>　<br>　今頃、太陽はどこに朝を運んでいるのだろうか。<br>　東から西。<br>　ハワイはとっくに、過ぎたのだろう。<br>　グアムはどうか？<br>　太平洋のどの辺りに、今、朝が来ているのだろう。<br>　海の側へ行くと、朝日が昇る瞬間の鮮やかな光が海を渡ってくるのが見える。<br>　海のど真ん中にいたら、水平線から昇る暁の光の境目。<br>　夜と朝の境目がすっぱりと見えるのかしら？<br>　なんといっても地球は丸い球体のようなのだから。<br>　カーテンの隙間から東の空を見ながら思う。<br><br>　折角の、珍しい朝の日だ。<br>　日頃、こんなに早く起きられることはめったにあることじゃない。<br>　早起きをした人を気取って散歩とでも洒落込んでみようかな。<br>　帰ってきて二度寝をしたら、どう考えても朝寝坊になる予感。<br><br>　眠れずに迎える朝は悩ましい<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738597731.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:29:19 +0900</pubDate>
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<title>太陽の下で見たならば・・・　2006.8.26</title>
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<![CDATA[ 　先日、上野の東京国立博物館で「プライスコレクション～若冲と江戸絵画」を観て来た。<br>　若冲の描く猫のような虎の不思議な曲線や、鶏の躍動感の溢れる羽先の乱れ、動き、表情、<br>　デジタルな遊び心を感じさせる不思議な「鳥獣花木図屏風」・・・・<br>　それぞれに楽しくおもしろかったけれど、<br>　実際のところこのコレクションは「若冲」と銘打たれていても<br>　そこまで若冲ばっかりというわけではない。<br><br>　このコレクションをお持ちのプライスさんという方は、<br>　絵をとっても楽しんで鑑賞される方のようで、<br>　お持ちの絵を障子越しに日の光を透かせて見たり、蝋燭の火で眺めてみたりとしているらしい。<br>　今回の展示は、そのプライスさんの思い入れがある。<br>　絵の前のガラスを取り払い、<br>　舞台用の照明を使って普通の白色光から太陽光に近い暖色光をあてて、<br>　光による絵の違いを楽しめる部屋があるのだ。<br>　<br>　若冲の絵も、他の様々な絵も素晴らしいのだけど、<br>　とにかくこの部屋が凄い！<br>　<br>　「素敵な鷺の絵があるな～」と、観ていたら、明かりが変わった瞬間に鷺が羽ばたく。<br>　<br>　街中の往来を行く人々の姿を描き、屋根の上にふわふわとした金の雲がたなびく絵では<br>　暖色の明かりが強まる毎に往来を行き交う人々の姿が生々しく、<br>　息遣いさえ聞こえてきそうなほど生き生きと浮かび上がってくる。<br>　絵の中の人々なのに、あまりに生きているようなその姿に、何故物売りの声や<br>　人と人との雑踏のどよめきが聞こえないのかと首を傾げてしまう。<br>　そのくせどこか音にならないざわめきが聞こえるような気がする。<br>　そうして、ふと、そのざわめきが小さくなったと思ったら<br>　光が段々と絞られており、人々の姿は薄暗がりの中へ入り、<br>　街の上にたなびく金の雲の姿だけが網膜に残るのだ。<br><br>　朝から、晩までこの絵を見ていたら、絵の外の町と同じ時間帯に絵が起きだし、<br>　日暮れと共に絵の人々が描かれていながら、何処かに帰るのだと実感できるのだろう。<br><br>　中でも、私の中で圧巻だったのは沢山の短冊が下がった梅の絵だ。<br>　金を基調にした絵に、鮮やかな満開の梅の花。<br>　文字のまだ書かれていないとりどりの短冊のかかるその絵は、<br>　パッと見ただけでも華やかで本当に素敵だった。<br>　<br>　けれど・・・<br>　正面に行って、照明が変わった瞬間、<br>　私は梅の木の前に立っていた。<br>　梅の、匂いを感じないことが<br>　とても不思議だったけれど<br>　確かにはっきりと、その梅のあるところに自分がいるのだと<br>　そう実感した瞬間があった。<br>　明かりが戻った時、気がつけばそこは東京国立博物館の中で・・・。<br>　まるで、夜に見る夢の中へ目覚めたまま入り込んでしまったような・・・<br>　そう、絵に囚われたような、眩暈のするほど不思議な一時だった。<br><br>　昔語りによく<br>　絵から抜け出てくる幽霊や妖怪、虎や犬など様々な話が出てくる。<br>　そんな話がまことしとやかに話される訳が、<br>　信じられる理由がよくわかった。<br><br>　今の均質に照らす明かりで分かれない。<br>　生きている絵の世界。<br>　<br>　日本の絵画だけじゃない。<br>　西洋の絵画だっておんなじことがあるかもしれない。<br>　絵が生まれた当時の灯りで絵を展示する企画を、今後是非ともたっぷりやって欲しい。<br>
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738596599.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:26:03 +0900</pubDate>
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<title>蝉と人　2006.8.26</title>
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<![CDATA[ このところ、昼間は賑やかな蝉の声が夜になると聞こえない。<br>　涼やかな秋の虫たちの声だけが波紋を重ねあうように響いている。<br>　昼夜を問わず鳴いていた蝉が静かになるのは、<br>　残された体力を昼に温存するためか、肌寒く感じられるほどの気温のせいなのでしょうか。<br><br>　夕方、少し大きな駅の改札をくぐると<br>　蝉が構内に閉じ込められたと凄まじい勢いで飛び回っていた。<br>　蝉が出られそうな開いている窓は、正面の２つしかない。<br>　だが、蝉は大騒ぎをしながら天井ぎりぎりに行ったかと思うと<br>　電車のホームの案内図にぶつかり、仮設のCDショップの周りを一回り。<br>　最後には<br>　CDショップの棚の隙間をくぐり損ねて「ビ」と大声を立てて床へ落ちてしまった。<br><br>　仰向けに落ちた蝉は「一体自分に何が起こったのか？」と混乱の中で考え込んでいるのか<br>　ピタリと動くのを止めている。<br>　<br>　駅構内にいつもどおりのざわめきが戻る。<br>　まさか・・・　　<br>　<br>　いやいや<br>　蝉の左の後ろ足が、右の前足が、<br>　まだ自分はちゃんと動けるのかと自問するようにゆっくりと動く。<br>　CDショップの店員さんがそっと近づいてしゃがみ、指を差し出す。<br>　蝉はその短い足を伸ばして店員さんのふくよかな指に掴まり・・・<br>　「ビビビビビ」と、大きな羽音をさせて床にまた落ちた。<br>　<br>　「ごめん！ごめん！ごめん！早かったね」<br>　音と勢いにちょっぴり腰を引きながら、店員さんが慌てて蝉に謝る。<br>　蝉は羽の勢いでクルクルと床の上を回り、もう一度差し出された店員さんの指にしがみついた。<br><br>　もう落とされない。<br>　もう落とさない。<br><br>　蝉と人。<br>　種としては、随分遠くの分類だけど<br>　一人と一匹の思いは互いにしっかり伝わっているようだった。<br><br>　黄色のエプロンをした店員さんは、<br>　蝉がとまる右手の人差し指を左手でそっと覆って<br>　人混みの中を抜けていった。<br><br>　窓から外へと出された蝉は<br>　ここは本当に外なんだろうか？<br>　また、落ちはしないだろうかと思ったのか、<br>　彼女の指先で少しの時間を過ごした後、<br>　まだ青い空の中へ飛んでいった。<br><br>　ちょうど、24時間前のこと。
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738594058.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:24:08 +0900</pubDate>
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<title>ちょっぴり間抜け　2006.9.10</title>
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<![CDATA[ 　夕方を過ぎて、体の中にこもるようだった暑さが<br>　すぅっと抜けていく。<br>　涼しい風が部屋の中にもわりと寄り道をしていく。<br>　昼間の暑さがまだ体の芯に燻るようで、<br>　窓際にござでも引いて寝たい誘惑に駆られるけれど、夜はもう秋。<br>　風邪を引くのは必至でぼんやりと佇むことで諦める。<br><br>　地上の灯りが映るのか、ぼってりとして少し白みを帯びた雲が空に満ちている。<br>　雲の上の月は今日も綺麗だろうか。<br>　<br>　ふと、<br>　「誰もいない砂漠に美人がいる。果たしてそれは美人だろうか？」という言葉を思い出す。<br>　数日来、綺麗な月夜が続いている。<br>　けれど雲の上に本当に月があるかはわからない。<br>　なんてことを考える。<br>　天へ昇っていくような虫の唄を聴きながら、声は聞こえる。<br>　でも、音の根元に虫は本当にいるのだろうかと考える。<br><br>　今、雲の上、飛行機の中でお月見しているどこかの誰かと、<br>　草むらに分け入って、虫たちを探している誰かしか、<br>　本当のところはわからない。<br>　そんなことをゆっくりと<br>　水を飲みつつ考える。<br><br>　水杯は、<br>　二度と会えないかもしれない人と交わすもの。<br>　この時は、この日この時にしか会えない時だから。<br>　なんて、おかしな言い訳しながら<br>　植木に少し水をやり、自分もごくりと水を飲んで<br>　今日この時と水杯を交わした。<br>　<br>　お酒を飲んでるわけでもないし、水を飲むのに言い訳なんて必要も無い。<br>　傍から見れば一体なにをしているのか、<br>　間抜けたことをしてるだろうと自分ながらに笑ってしまう。<br><br>　間抜けといえば、先日ちょっと変わった烏と出会った。<br>　<br>　地面からちょうど１ｍくらいの枝に掴まり、<br>　足をぐっと開いてポカンと嘴を開けていた。<br><br>　ちょうど、木の陰になり、若干見づらいことはあったけれども<br>　まさか烏が口を開けっ放しでいるとも思えず、<br>　烏除けの張りぼてかしらと寄ってみた。<br>　<br>　２ｍ、１ｍ、烏は動かず、もう一歩。<br>　烏は「おや？」というようにこちらを見ると、<br>　どうしようかなとでも言うように口を開けたまま首を傾げた。<br>　そして、ググゥと喉の奥で小さく鳴いた。<br>　私もぴたりと歩を止めた。<br><br>　素晴らしく天気は好くて<br>　烏の向こうの木々の葉っぱはキラキラと日差しで輝いている。<br>　風が烏の首の辺りの羽をくすぐっていった。<br>　「・・・・君、口開けてるとちょっと間抜けよ」<br>　そう言ってカメラを向けると、<br>　烏は枝の上で慎重に立ち位置を替え、口が開いているのがはっきりとわかるように<br>　こちらにしっかりと横顔を向けてポーズを取った。<br><br>　私が見ていた5分近く、<br>　彼（？）は何故ずっと口を開けていたのか・・・？<br>　知ることは出来ない。<br><br>　失礼ながら、<br>　どうも人であるかどうかは関係なく<br>　ポカッと口を開けたままというのはちょっと間抜けだ。
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738592619.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:21:55 +0900</pubDate>
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<title>ペンギンは痛みを感じるか　2006.7.19</title>
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<![CDATA[ <div class="wiki">「（ペンギンは）かゆくないみたいですけど・・・」<br>　今日の朝日新聞の夕刊に、<br>　どの鳥がどんな蚊に刺されているのかを調べている<br>　日大の村田教授と国立感染症研究所の津田室長の話が載っていた。<br></div><br><div class="wiki">　記事のメインは<br>　蚊によって動物たちが病気を媒介されるメカニズムを知ることでそれを防ぎ、<br>　他の動物・人間への応用を考えるものだ。<br>　動物園にいるもの、そうでないもの。<br>　隔離された空間にやってきた外来種からの媒介による感染。<br>　ペンギンのように厳しい環境からやってきたものは、<br>　厳しい環境で生きていけない菌への抵抗力が大変無いのだ。<br>　と、そんなことを語っていた。<br></div><br><div class="wiki">　しかし、私がその記事の中でつい気になってしまったのは<br>　蚊に刺されても「ペンギンは痒くないようだ」という事。<br></div><br><div class="wiki">　なんといっても、夏の暑い盛りに、<br>　うっかり足だとか腕だとか・・・ひどい時には指だとか耳だとかに<br>　ぷっくりと腫れた刺され跡を残されて<br>　「掻いてはいけない！」<br>　と思うのに<br>　痒くて痒くて<br>　赤い山の周りをそっと押したり、氷でちょっと冷やしてみたり。<br>　刺されてないと自己暗示して無理やり普段どおりの行動をしてみたり。<br>　一生懸命画策しても、無意識に掻いていたことは何度もある。<br>　<br>　そのかゆみを、彼らが感じないのだとしたら、それはひどく羨ましい。<br>　そして怖い。<br>　痒みが感じられないということは、<br>　気づけないから自分での対処が何も出来ないということなのだから。<br></div><br><div class="wiki">　ところで、その「痒み」。<br>　実は「痛み」のひどく弱いものだと聞いたことがある。<br>　ということは、ペンギンの痛覚・・・・もとい皮膚（？）の痛覚は鈍いということなんだろうか？<br>　それとも単に持ち前の抵抗力が無さ過ぎて、<br>　「痒み」を感じさせる「腫れ」という状態をそもそも持っていないのだろうか。　<br></div><br><div class="wiki">　元々、彼らは氷の世界で生きている。<br>　人間が素っ裸でペンギンたちの世界へ入ったら、<br>　それこそ身を切るような寒さに凍えて死んでしまうのだと思う。<br>　けれど、ペンギンたちが普通にああして生きているのは<br>　豊富な皮下脂肪のお陰かもしれないし、<br>　冷たさを身に染みさせないような仕組みが羽毛にあるのかもしれない。<br>　<br>　彼らが氷点下の世界に生きているからといって<br>　痛覚が人間より鈍感であるかどうかはわからない。<br>　人間は冷たさを痛みに変換するけれど、ペンギンはそうでないかもしれないのだから。<br>　ペンギンの研究者でもない私にはわからない。<br></div><br>　ネットでペンギンの痛覚について調べてみたけれど<br>　特にこれといって出てこない。<br>　サメを始めとする魚類には痛覚がないそうだけれど<br>　ペンギンは・・・攻撃をされたらきっと痛がりそうな気がする。<br>　哺乳類への差別かもしれないけれど、哺乳類は痛覚を持っているような気がするのだ。<br>　病気でも無い限り・・・・。<br>　<br>　実際のところ、<br>　ペンギンの痛覚はどうなっているのだろう？
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738590735.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:19:59 +0900</pubDate>
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<title>わけがわからない　2006.7.22</title>
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<![CDATA[ <div class="wiki">　おかしな夢を見た。<br>　何かの講演会の様なところで演者が語る。<br>　<br>　「つまりだな、宇宙ってものがどんなものかはわかっていないんだ。」<br></div><br><div class="wiki">　「原子ってものが見つかるまで、分子が最小でそれ以上小さいものはなかっただろう？<br>　だったら、これからもっと小さいものも見つからないとは言い切れないじゃないか。」<br></div><br><div class="wiki">　と、演者はにまりと笑う。<br></div><br><div class="wiki">　「もしも、もっともっと小さなものがあるとして、<br>　今見ているのと全く違う宇宙が、小さな文明があるとして・・・」<br>　<br>　「そうだな　<br>　君が今朝歯を磨いた時の歯磨き粉の立てた小さな泡が、<br>　知られていない新たな宇宙なのかも知れない。<br>　艶々とした表面の中に、別の君のような小さな文明があったかもしれない。<br>　そう思わないか？」<br>　<br>　と、こちらにちらりと目くばせをする。<br>　<br>　「そう、きっと<br>　その文明は、泡が出来て消えるまでに何世代もの世代交代の時代があるんだ。」<br>　<br>　話を飛び石のように展開させる演者に<br>　訳がわからないとブスッとしていると。<br></div><br><div class="wiki">　演者は<br>　鼻で笑って、指を振り回した。<br></div><br><div class="wiki">　「この小さな泡の、目に見えないような宇宙の片隅に生まれる文明だよ？<br>　私達の時の経過と同じはずが無いじゃないか。<br>　人とウスバカゲロウとの時間が違うように泡の住人とは時間の質が違うんだ。」<br></div><br><div class="wiki">　「そんなことってありえない！」と思わず叫ぶと。<br></div><br><div class="wiki">　演者はぴんと伸ばした指を私の顔にぴたりと突きつけた。<br></div><br><div class="wiki">　「「ありえない」とは何事だい？物事にありえないことなど無い。<br>　歴史は主観の積み重なりで、真に客観的なことなど何もありはしない。<br>　真実と言われた物も、何かがあれば覆されることかもしれない。」<br></div><br><div class="wiki">　「「信じられない、わからない、嘘みたい」のような言葉は、なんてことない。<br>　君自身の感情だ。<br>　けれど、「ありえない」とはなにごとだ？<br>　自分が納得いかないからって、周りの世界を無理やり同調さすとでも言うのかね。<br>　そんな自己中心的で、狭量な人間ではよろしくないぞ。」<br></div><br>　と、説教をされた所で目が覚めた。<br>　しっかりと寝たはずなのに、まるで疲れが取れた気がしない。<br>　こんな夢を提供してくださった<br>　私の知らない内なる私は一体何を考えているのか・・・
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738590080.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:18:58 +0900</pubDate>
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<title>ガラガラ蛇の道　2006.7.26</title>
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<![CDATA[ 昨日<br>　アメリカアリゾナ州フェニックス辺りは、<br>　連日４５～６度の凄まじい暑さに見舞われているというニュースがあった。<br>　<br>　赤いのに、暑さと乾燥でどこか表面が白茶けたように見える大地。<br>　遠くにポツン、ポツンとサボテンが見える。<br>　道の脇には水で洗えば鮮やかな緑が出てくるのだろうに、<br>　うっすらと砂がまとわり付いて白い膜が張ったような潅木。<br>　そして日本ではすぐにドライフラワーとして扱われるような花々が、<br>　白や紫の花を咲かせていた。<br>　　<br>　岩石砂漠が広がるアリゾナ。<br>　中学生の頃、夏休みを利用してホームステイに行った。　<br>　観光地であるフェニックスから車で２～３時間。<br>　日本で売っている地図には出ていないほど小さな町。　<br>　隣の家まで徒歩で２０分の距離であっても、そこは町だった。<br>　<br>　あの夏も、世界中が暑かった。<br>　日本を出るときにイタリアで２０人近くの方が亡くなったと<br>　成田空港のロビーに置かれたＴＶの中でアナウンサーが話していたのを覚えている。<br>　<br>　家の中は常にクーラーがかかり、ひんやりとした空気が流れていたけれど、<br>　外に出れば洗ったジーンズも１０分足らずで乾くような暑さ。<br>　日本のように蒸していないから、<br>　水を飲んでも飲んでもツーっと伝った汗はこぼれる前に乾いて消えた。<br><br>　日本から持っていった体温計はあまりの暑さに壊れたらしく、<br>　日向の気温を測ろうと表に出したとたん、エラー表示以外の表示を出さなくなった。<br>　<br>　庭先のサボテンにはショッキングピンクと蛍光黄色の花が咲いていて<br>　体長４ｃｍ近くある巨大な黒いカナブンのような虫が集まっていた。<br>　ステイ先の人はみな、その虫をただビーと呼んでいた。<br>　妙に黒々とした存在感のあるそれは、ひどく気味が悪かったけれど<br>　その虫の名を知らない家族に、「日本人と虫は本当に近いのだ」とそんなことを思った。<br>　<br>　今でも、忘れられないのは<br>　家の門を出た光景だ。<br>　<br>　赤茶けた土。<br>　舗装されぬ、土埃のあがるその道。<br>　遠くまで見える地平線。<br>　そして、道の上に点々と丸く残るガラガラヘビの死骸。<br><br>　夜中、ヘッドライトを灯して通る車は蛇たちには巨大な動物と見え、<br>　とぐろを巻いて威嚇したのだけれど、車には勝てず・・・・<br>　朝になるとアリゾナの暑さの中で、おせんべのようになってしまったｶﾞﾗｶﾞﾗ蛇たちが残るのだ。<br>　<br>　昼間歩いている時にはさほど見かけないｶﾞﾗｶﾞﾗ蛇が<br>　遠い地平線から、遠い地平線まで延びた道のあちこちに<br>　いくつも、いくつも、丸いおせんべ状態になって散らばっている。<br>　<br>　何日も経たずに１つのそれがなくなってしまうことを考えれば、<br>　自分が住んでいる周辺に無数のガラガラヘビが住んでいることが一層わかって怖ろしかった。<br>　そして何故だか、どこまでも続く土道に感動のようなものを覚えた。<br>　<br>　一度、ピクニックのさなかに遭遇もした。<br>　幸い何人かの大人で退治してくださったけれど、<br>　子供だらけだったそこで誰かが噛まれていたら・・・・<br>　命を落としていた人がいただろう。<br>　それは好奇心の旺盛な私だったかもしれない。<br><br>　アリゾナで、空は素晴らしく青く、星は握りこぶしのように大きくて。<br>　昼間の木陰は日本よりもずっと黒く、貴重だった。<br>　そして、毎日暑さに対抗するためなのかチリビーンズばかり食べていた。<br>　沢山良くして貰って、おかしなぐらい笑った。<br>　<br>　けれど、アリゾナというと<br>　なぜか丸く干からびたガラガラヘビが<br>　道路に無数に散らばるあの光景が思い出される。
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<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:17:23 +0900</pubDate>
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<title>空き巣に注意　2006.7.11</title>
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<![CDATA[ ここ数日、頭が痛むのでブログをおさぼり。<br>　暑さのせいかもしれないけれど<br>　「理由もわからず薬に頼るのは嫌」と、痛みと共同生活に励む。<br>　むしむしとした気候と、いやになるほど眩しい太陽がめまいのするような痛みを助長する。<br>　今は随分持ち直してきたけれど、<br>　ジャンベのライブに友達とのお茶。<br>　見逃したカーンの雄姿・・・。<br>　駄目になってしまった予定が悔しい。<br><br>　それにしても皆、どうして「カーンが格好良い」というと凄まじい顔で聞き返すのだろう。<br>　男の子なんて特に「あれが？」と容赦が無い。<br>　いわゆるハンサム、美男子ではないけれど、<br>　いい顔してると思うのだけど・・・<br>　スティーブン・タイラーといい、カーンといい、<br>　どうして理解されないのか・・・。<br>　<br>　帰りがけ、こんな看板を見つけた。<br>　「空き巣注意！！」<br>　寄ってくる蚊を必死で撃退しながら妙に引っかかった。<br>　何気なく使ってきた言葉だけれど<br>　「家」を「巣」と呼ぶ。<br>　これってかなり面白い。<br><br>　辞書（ネット上・大辞泉より）で調べてみると<br>　<br>　「家」の意味は大体こんな感じで<br><br>　　１ 人の住むための建物。すまい。家屋。「―を建てる」<br>　　２ 自分の住んでいる建物。うち。自宅。「あすは―にいます」「友人を―に招く」<br>　　３ 夫婦・親子・兄弟など血縁の近いものが生活を共にする小集団。家庭。所帯。<br>　　　「結婚して―を構える」「―を切り盛りする」「貧乏な―」<br>　　４ 祖先から代々続いてきた血族としてのまとまり。<br>　　　また、その伝統的な名誉や財産など。家名。家督。「―を継ぐ」<br>　　<br>　「巣」はこうなる。<br><br>　１ 鳥・獣・虫などのすむ所。「ネズミの―」「小鳥の―」<br>　２ 人の住む所。すみか。「愛の―」<br>　３ よくない仲間が寄り集まる場所。「悪党の―」<br>　４ クモが獲物を捕まえるために張る網。<br> <br>　「家」というと、人のものというだけでなく<br>　「いるべき所」のようなニュアンスがあるような気がする。<br>　なんというのか、単なる生活の場という以上に<br>　理性でもって集まるべき場所というか<br>　集まる義務が発生している場所のような気がする。<br><br>　対して「巣」は、基本的に動物たちのものという意味だけではなく<br>　生活の生々しさ、感情の縺れや絡まり、<br>　義務よりも必要で発している場のような気がする。<br><br>　基本的に誰かの部屋を「巣」と形容するとき、<br>　その部屋は「あまり綺麗ではなくて」「その人にだけ居心地が良い」というイメージがある。<br>　つまり、その場所を使っている人達にとって最高の使い勝手のある場所。<br>　書類をうずたかく積みながら、何がどこにあるのか持ち主だけがわかる机のようなものだ。<br><br>　「巣」と「家」とのイメージの大きな違いは<br>　誰かを迎え入れることを考えているかどうかに尽きると思う。<br>　<br>　書類をきちんと整理して、<br>　誰がみてもすぐわかるような机のようなものが「家」ではないか。<br><br>　道と道の間には家々が連なり<br>　家の向こうにはまた家がある。<br>　けれど、そこに人が生活している限り<br>　そこはそこに住まう人にとって最高の居心地のよさを追求した<br>　かけがえの無い「巣」でもある。<br><br>　出かけたら、必ず戻ってきて「生活する」場なのだから。<br>　<br>　「泥棒に注意」と書くでなく<br>　「空き巣に注意」と初めて書いた人は<br>　よほど「人」というものを知っていた人に違いない。<br>　「家族」の生々しさと絆を知っていた人に違いない。<br>　<br>　綺麗・汚いは別にして<br>　自分の家を「ただ寝る場所」ではなく「巣」だと思える人は今どれだけいるだろう。<br>　ただ義務で寝て起きる場所ではなく、<br>　不安から逃げる場所ではなく、<br>　安心と、濃密な人間関係。<br>　それを築いていく場所だと。<br>　<br>　最近、「空き巣」という言葉が<br>　なんとなく空々しく感じる。<br>  勿論、空き巣という犯罪は論外なのだけど、<br>　「空き巣」という言葉のイメージそのものが<br>　段々に死語になっていっている気がしてならない。<br>　それは、<br>　なんだかいつも不安に追われているように見える子供たちの犯罪のニュースをからかもしれないし、<br>　家族の絆が薄れてきているといった報道に影響されているのかもしれない。<br>　<br>　家が段々「巣」と呼べないものになってきてしまっているような気がする。 <br>
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738587556.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:15:23 +0900</pubDate>
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<title>自分捜し　2006.1.19</title>
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<![CDATA[ 初めてパソコンに触った時。<br>　ウィンドウズなんて聞いたこともなくて、ＮＥＣの９８シリーズを使っていた。<br>　家に帰れば帰ったで、富士通のワープロ、オアシスシリーズを使っていた。<br>　ＣＤ－Ｒなんて聞いたことも無いような時代。<br>　１０年と少し前のこと。<br><br>　インターネットが電話回線でもイライラしなくなった頃<br>　初めてネットで自分探しをした。<br><br>　インターネットが市民権を持った頃のこと。<br>　ありがちな名前とありがちな苗字。<br>　何もわからないほど多くのことを含んだネットの世界。<br>　自分では忘れてしまった自分の断片が見つかるだろうか。<br>　自分ではないけれど、自分と同じ名前の持ち主に当るだろうか。<br>　宝探しのような気分で自分を捜した。<br><br>　最初、自分の名前はネットに無かった。<br>　上だけ、下だけは沢山あっても、上下揃いは見当たらなかった。<br>　検索結果０。<br>　<br>　そのうち、名前がポコっと出てくるようになった。<br>　日本画家の人、ＮＰＯの人、馬術の選手に、お医者さん、Ｊｒの水泳選手・・・<br>　自分が少し関わっていたキャンプの記録。<br>　インターネットの中には様々な人の過去がふわふわと漂っている。<br>　<br>　自分と同じ名前の人が、一生懸命頑張っている。<br>　同じ名前だからなんだって訳じゃないけれど<br>　もしかしたら、なっていたかもしれない自分を眺めているような気がする。<br>　<br>　ＳＦの世界に、平行世界という考え方がある。<br>　今の世界とどこか、ちょっと違う次元の世界。<br>　この世界が右に曲がったところを、左に曲がった世界が、<br>　この世界の脇にあるという考え方。<br>　<br>　もしもあの時こうしていたら・・・<br>　もしもその時こうだったなら・・・・<br><br>　今までの選択は今を作ってきたものだから、<br>　大変なことがあっても、<br>　出会えた人や物がとても大切で素敵なものだと思うから<br>　間違っていたとは思えない。<br>　間違っていても、その時間は取り替えられない。<br>　今を作ったものだから。<br>　<br>　そんな風に思うのだけど<br>　もしもの自分をちょっと見たいと思うのも本当のこと。<br>　だからインターネットで同じ名前をこそっと捜してみたりする。<br>　３０代の自分、１０代の自分、６０を超えている自分、２０代の自分、そしてまだ一桁の自分。<br>　<br>　会ってみたいような気がする。<br>　決して会いたくないような気がする。<br>　時が経つたび、インターネットの中に同じ名前の情報が膨らんでいく。<br>　<br>　ネットの中で時々自分を捜してる。
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738585443.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:12:34 +0900</pubDate>
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<title>ひねもすという生き物　2006.3.8</title>
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<![CDATA[ 昨日の天気で温まった地熱のせいもあるのかどうか、<br>　昨日より今日が暖かい。<br>　まだ軽いコートが必要な陽気だけど<br>　歩くたびにくすくすと笑いたくなる。<br>　コートも早く冬から春へ。<br>　<br>　天気予報は、今日より明日が暖かだと言う。<br>　ぬくぬく、ぬくぬく。<br>　春一番の昨日と違って風もない。<br>　<br>　ちょっと<br>　ぼんやりとしていると<br>　ぬくぬくした春の気配に取り憑かれて<br>　ぽかりぽかりと欠伸が出てきてしまう。<br>　<br>　　<br>　春は<br>　うとうと注意報が発令される。<br>　<br>　春と言えば昔、<br>　蕪村の「春の海　ひねもす　のたりのたりかな」<br>　という歌を習った。<br>　濁音のひとつもないやさしい歌を、私は何故か<br>　「春の湖　ひねもす　のたりくたりかな」<br>　と覚えこんでいた。<br>　「ひねもす」＝「終日」を知らなかった頃。<br>　<br>　頭の中では<br>　春の陽射しに温められた湖で<br>　アメーバーのような不思議な生物が気怠げにのたりくたりと泳いでいた。<br><br>　海と湖。<br>　読みようによってはどちらも「うみ」になるからともかくとして、<br>　自分の歌から<br>　「ひねもす」という生物を連想されたと知ったなら<br>　蕪村は一体どう思ったかしら。<br>　<br>　ホホホと笑ってくれたでしょうか？<br>　それとも困った顔をされたでしょうか？<br>　<br>　知らないということは時々、<br>　想像をポンと飛躍させることがある。<br>　<br>　いつだったか<br>　何人かで話していたとき<br>　そんな思い込みの話になった。<br>　<br>　真っ赤なポストの下に地下トンネルがあって、<br>　色んな家のポストに通じていると思っていたという話から。<br>　他の国は１００ｍ位しか離れてないと思っていたとか。<br>　上に行くエレベーターに乗らず、下向きだけに乗っていたら背が伸びると思っていたとか。<br>　切り身という魚と、魚型の魚がいると思っていたとか。<br>　５００円あればお城が買えると思っていたとか。<br>　<br>　理由を聞くと<br>　その気持ち、わからなくも無いような・・・<br>　いやいや、そうでもないような・・・<br>　<br>　年を重ね、経験を積むうちに<br>　段々と思い込みが間違っているのはわかってはくるのだけれど<br>　どうにも、最初に考えた物を捨て切れない。<br>　<br>　なんやかやと言い訳しながら<br>　「やっぱり、そう思うのも仕方ないでしょ」<br>　とみんな<br>　同意を求める。拘泥をする。<br>　わかっているけど納得いかないという感じ。<br><br>　小さい頃に「こうじゃないかな」と思ったことは<br>　中々忘れられるものじゃない。<br>　<br>　私もやはり、<br>　蕪村さんには申し訳ないけれど<br>　あの歌を思うたび<br>　ひねもすという生き物が、湖をのたりと浮いているのが目に浮かぶ。
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<link>https://ameblo.jp/atoshiranami/entry-10738584140.html</link>
<pubDate>Thu, 16 Dec 2010 16:10:23 +0900</pubDate>
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