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<title>atuta0130のブログ</title>
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<title>心が疲れていた時</title>
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<![CDATA[ <br><br>​少し前、僕は情緒が不安定になっていた時期があった。<br><br>​双極性障害の症状だったのかもしれない。けれど、僕は何でも病気のせいにはしたくなかった。自分の言動まで「病気だから仕方がなかった」と片付けてしまうのは、どこか違う気がしていた。<br><br>​些細なことだった。<br><br>​今思えば、本当に小さなことだったと思う。それなのに、その時の僕には妙に引っ掛かってしまい、苛立ちを抑えられなかった。普段なら流せるようなことに腹を立てたり、余計なことを考えたりして、気持ちがどんどん荒れていった。<br><br>​その結果、友達にも迷惑をかけてしまった。<br><br>​後になって冷静になると、「どうしてあんなことで苛立っていたんだろう」と思う。言わなくてもよかったことを言ってしまったり、相手に嫌な思いをさせてしまったのではないかと考えたりした。<br><br>​申し訳なかった。<br><br>​そして、後悔した。<br><br>​友達は僕のことをある程度理解してくれている。だからなのか、僕が思っていたほど気にしていなかった。それでも、僕自身の中には引っ掛かりが残った。<br><br>​迷惑をかけたことは事実だ。<br><br>​どれだけ相手が気にしていなかったとしても、自分がしてしまったことをなかったことにはできない。だからこそ、余計に自分を責めてしまった。<br><br>​そんなことを考えているうちに、今度は急に涙が溢れてきた。<br><br>​理由はよく分からなかった。<br><br>​悲しいのか、悔しいのか、寂しいのか。それとも、ただ疲れていただけなのか。自分でも分からない。ただ、涙だけが勝手に出てきて、止めようとしても止まらなかった。<br><br>​感情というものは、いつも分かりやすい形をしているわけではない。<br><br>​怒っていたと思えば、突然泣いてしまう。何かをどうにかしたいと思った次の瞬間には、何もかも面倒になってしまう。自分の中で感情が行ったり来たりして、そのたびに振り回されていた。<br><br>​そして、慣れない県で暮らしていることにも疲れていた。<br><br>​知らない場所。<br><br>​慣れない環境。<br><br>​見慣れない景色。<br><br>​もちろん、そこに暮らしている以上、少しずつ慣れていくものだと思っていた。でも、心というものは、住所を変えただけで簡単に新しい場所へ馴染めるほど器用ではなかった。<br><br>​ある時、衝動的に遠くへ行きたいと思った。<br><br>​何もかも置いて、どこか遠くへ行ってしまいたい。そんな気持ちが突然強くなった。もしかしたら、地元へ戻りたいという気持ちもあったのだと思う。<br><br>​地元に帰れば、何かが変わるような気がした。<br><br>​知っている場所に戻れば、少しは楽になれるのではないか。そんなことを考えた。<br><br>​でも、冷静になって考えてみれば、どこへ行ったからといって、自分自身が変わるわけではない。<br><br>​場所を変えても、自分は自分のままだ。<br><br>​抱えているものも、考えてしまうことも、簡単には消えてくれない。<br><br>​そう思うと、衝動は少しずつ収まっていった。<br><br>​一年以上、心療内科に通って薬を飲んでいる。そのことも、衝動を抑えるうえで多少なりとも支えになっているのかもしれない。<br><br>​もちろん、薬だけですべてが解決するわけではない。<br><br>​それでも、感情が大きく動いた時に、そのまま突っ走らずに一度立ち止まることができた。それだけでも、今の僕にとっては大きなことだった。<br><br>​ただ、その頃は「死にたい」という気持ちまで強くなっていた。<br><br>​生きていることそのものが嫌になったというより、何もかもから逃げたくなった。考えることにも疲れたし、自分自身にも疲れていた。<br><br>​けれど、その気持ちも時間が経つにつれて、少しずつ落ち着いていった。<br><br>​ずっと同じ強さで続く感情なんて、きっとない。<br><br>​苦しい時には、この苦しさが永遠に続くように感じる。でも、実際には少しずつ変わっていく。波のように高くなったり、低くなったりする。<br><br>​僕の場合、それを実感したのは、よく眠った後だった。<br><br>​その時は十二時間以上眠った。<br><br>​目が覚めた時、身体は少し重かった。でも、心は以前よりも楽になっていた。<br><br>​たくさん眠っただけなのに、不思議だった。<br><br>​昨日まであれほど考えていたことが、少し遠く感じられた。もちろん、問題そのものが消えたわけではない。ただ、問題との距離が少しだけ離れたような感覚だった。<br><br>​人間は、心が疲れている時ほど、物事を悪い方向へ考えてしまうのかもしれない。<br><br>​僕は、周りの人が自分から離れていくように感じることがある。<br><br>​友達とのやり取りが少し減っただけで、「嫌われたのではないか」と考えてしまう。以前と同じように接してくれていても、どこかに距離を感じてしまう。<br><br>​でも、もし自分が逆の立場だったらどうだろう。<br><br>​友達が情緒不安定になって、些細なことで苛立ったり、周りに迷惑をかけたりしたら。<br><br>​きっと僕だって、何度も続けば疲れると思う。嫌気を指すことだってあるかもしれない。<br><br>​そう考えると、周りの人が離れていくように感じるのは、相手が冷たいからではなく、自分自身がそう感じやすくなっていただけなのかもしれない。<br><br>​人との距離は、いつも一定ではない。<br><br>​近づくこともあれば、少し離れることもある。それを全部、「嫌われた」「見捨てられた」と結びつけてしまう必要はないのだと思う。<br><br>​今は、あまり深く考えないようにしている。<br><br>​考えれば考えるほど、不安は大きくなる。<br><br>​答えのないことを何度も頭の中で繰り返していると、最初は小さかった不安が、いつの間にか大きなものになってしまう。<br><br>​だから今は、「その時はそうだった」と少しだけ距離を置いて考えるようにしている。<br><br>​病気のせいにしすぎない。<br><br>​かといって、全部を自分のせいにもしない。<br><br>​その間くらいで、自分の感情と付き合っていければいい。<br><br>​また情緒が不安定になることもあるかもしれない。<br><br>​それでも、今回のように時間が経てば落ち着くこともある。眠ることで少し楽になることもある。そして、衝動のまま動かずに、一度立ち止まることもできる。<br><br>​それだけでも、以前の僕とは少し違うのだと思う。<br><br>​今はただ、今日を今日として過ごしたい。<br><br>​先のことを考えすぎず、過去を何度も掘り返しすぎず、今の自分を必要以上に責めないようにしたい。<br><br>
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<link>https://ameblo.jp/atuta0130/entry-12978896546.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Sep 2026 16:56:19 +0900</pubDate>
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<title>知的障害と生きる、日々。</title>
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<![CDATA[ ​僕は、世間から見れば「普通の人」ではない。<br><br>​何故なら、僕には知的障害があるからだ。<br><br>​中学を卒業した後、十五歳の頃に知能検査を受け、軽度の知的障害があることが分かった。そして、療育手帳を持つことになった。<br><br>​その時のことは、今でも覚えている。まさか、自分自身が障害者になるなんて思っていなかった。<br><br>​それまでの僕は、自分のことを普通だと思って生きていていた。確かに、周りと上手く馴染めないことはあった。勉強も苦手だった。でも、それは自分が努力していないからだと思っていた。<br><br>​「自分は少し不器用なだけ」<br><br>​そんなふうに考えていていた。<br><br>​けれど、大人になってから振り返ってみると、小学生の頃から周りとは違うところが沢山あった。<br><br>​勉強が苦手だった。文章を読むことや書くことも、あまり得意ではなかった。運動も苦手だったし、人との会話も上手くできなかった。<br><br>​箸の持ち方、靴紐の結び方。<br><br>​周りの人にとっては、いつの間にか自然にできるようになるようなことが、僕には難しかった。<br><br>​「どうして、みんな普通にできるんだろう」<br><br>​そう思うことはあった。<br><br>​でも、子供の頃は、それを障害という言葉で考えることなんてなかった。自分が他の家庭と違うことにも、あまり興味がなかった。そもそも、周りの家庭がどういう生活をしているのか、そこまで考えることができなかったのだと思う。<br><br>​僕には僕の世界があった。<br><br>​頭の中で物語を作って、その物語の登場人物になったつもりで独り言を言うこともあった。紙に絵を描いている時も、ぶつぶつと独り言を言っていた。<br><br>​登校中も下校中も一人で歩いていたから、その時間に独り言を言っていることも多かった。<br><br>​誰かに聞かれているかもしれない、なんて考えていなかった。<br><br>​ただ、自分の頭の中にあるものを、そのまま口に出していた。<br><br>​大人になった今でも、一人暮らしの部屋では独り言を言うことがある。流石に外では言わなくなった。<br><br>​けれど、頭の中は今でも時々ぐちゃぐちゃになる。<br><br>​これが知的障害と関係しているのか、それとも別のものなのか、僕には分からない。もしかしたら、ただの個性なのかもしれない。<br><br>​だから最近は、あまり気にしないようにしている。<br><br>​「これも自分の一部なんだ」<br><br>​そう思うようにしている。<br><br>​中学生になっても、基本的なところはあまり変わらなかった。勉強も苦手だったし、人付き合いも上手くできなかった。<br><br>​ただ、中学三年生の時、僕には一人だけ友達ができた。<br><br>​それは、当時の僕にとって大きなことだった。<br><br>​友達が沢山いるわけではない。たった一人だった。<br><br>​それでも、誰かと繋がることができたという経験は、今でも僕の中に残っている。<br><br>​そして、十四歳、十五歳くらいになった頃から、僕の中に「不良」への憧れが出てきた。<br><br>​眉毛を全剃りした。整髪料を付けた。煙草を吸った。酒も飲んだ。<br><br>​今振り返れば、格好良くなりたかったというより、自分を強く見せたかったのだと思う。<br><br>​少しでも普通に見られたかった。少しでも弱い人間に見られたくなかった。<br><br>​障害があることを知られたくない気持ちもあったのかもしれない。<br><br>​だから、必要以上に反抗した。無駄なことまでしていた。<br><br>​けれど、何をしても「障害があるから」という理由で片付けられてしまうこともあった。<br><br>​それが、当時の僕には苦しかった。<br><br>​僕自身が何を考えていたのか。何故そんな行動を取ったのか。<br><br>​そういう部分を見てもらえないような気がしていた。<br><br>​もちろん、僕がしてきたことの全てが許されるわけではない。間違えたことも沢山した。<br><br>​ただ、今になって振り返ると、そこには僕なりの理由もあったのだと思う。<br><br>​僕には、両親との死別があった。<br><br>​その後、姉と兄と暮らしていたが、十分に育ててもらえるような環境ではなかった。<br><br>​兄から暴言や暴力を受けた。性的な虐待も受けた。姉から暴力を受けたこともある。<br><br>​今でも忘れられない出来事がある。<br><br>​包丁を向けられたことだ。子供だった僕にとって、それは恐怖そのものだった。<br><br>​そして、晩飯が抜きになった夜もあった。<br><br>​腹を空かせた僕は、深夜に冷蔵庫を開けた。<br><br>​そこに冷たいカレーがあった。<br><br>​僕は、それを素手で食べた。<br><br>​冷たかった。手についた感触も覚えている。味も覚えている。<br><br>​今でも、あの時のことを思い出すことがある。<br><br>​子供だった僕にとって、それは「お腹が空いたから食べた」というだけの出来事ではなかった。<br><br>​誰かに守ってもらえるという感覚が、僕にはなかった。<br><br>​だから、自分で何とかするしかなかった。強くなったふりをするしかなかった。<br><br>​反抗することで、自分を守ろうとしていたのかもしれない。<br><br>​それが正しかったとは思わない。でも、あの頃の僕には、他にどうすればいいのか分からなかった。<br><br>​その後、特別支援学校へ進んだ。<br><br>​そして、グループホームで生活したり、障害者雇用で働いたりもした。仕事をしたこともある。<br><br>​ただ、仕事を覚えるのは遅かった。<br><br>​周りの人が一度で覚えていることを、僕は何度も聞かなければならないことがあった。一度教えてもらったことを忘れてしまうこともあった。<br><br>​自分では覚えようとしている。真面目にやろうとしている。<br><br>​それでも、上手くできない。<br><br>​そんなことが何度もあった。<br><br>​結局、仕事は一年ほどで辞めた。<br><br>​そして、地元へ逃げるように戻ってきた。兄弟や親戚とも疎遠になった。<br><br>​結婚もした。離婚もした。自己破産も経験した。<br><br>​その過程で、周りの人に嘘をついたこともあった。迷惑をかけたことも沢山ある。<br><br>​自分でも、どうしてこんなことになったのだろうと思う。気が付けば、周りからの信用を失っていた。居場所もなくなっていた。<br><br>​だから、地元を離れた。<br><br>​今は県外で一人暮らしをしている。<br><br>​誰かに何かを言われることも少ない。<br><br>​自分で生活しなければならない。自分で考えなければならない。分からないことががあれば、自分で調べる。<br><br>​最近はスマートフォンがある。<br><br>​分からない言葉があれば検索する。文章の意味が分からなければ調べる。<br><br>​人に聞くのが苦手な僕にとって、スマートフォンは小さな先生のような存在でもある。<br><br>​それでも、今でも文字を書くことには困る。何を書けばいいのか分からなくなる時がある。文章を作っている途中で、頭の中が止まることもある。<br><br>​人との会話でも、言いたいことが上手く出てこない時がある。<br><br>​頭の中では分かっているのに、言葉にすると上手く伝えられない。<br><br>​そんな時は、自分が嫌になる。<br><br>​「どうして、こんな簡単なこともできないんだろう」<br><br>​そう思うこともある。<br><br>​それでも、昔と少し違うのは、自分を必要以上に責めなくなったことだ。<br><br>​僕は、普通の人と同じようにはできない。<br><br>​できないこともある。時間がかかることもある。失敗することもある。間違えることもある。<br><br>​それを、少しずつ受け入れられるようになった。<br><br>​毎月、心療内科にも通っている。自分の状態について話したり、困っていることを相談したりする。<br><br>​昔の僕なら、障害があること自体を認めたくなかったと思う。<br><br>​「障害者になった」<br><br>​そう思うだけで、自分の価値まで否定されたような気持ちになっていた。<br><br>​でも、今は少し違う。<br><br>​僕に知的障害があることは変えられない。療育手帳を持っていることも変わらない。苦手なことも、急に得意になるわけではない。<br><br>​それでも、障害があるからといって、僕という人間の全てが決まるわけではない。<br><br>​僕は僕として生きている。<br><br>​失敗したら、また考える。分からなければ調べる。できなければ、人に聞く。<br><br>​時間がかかっても、少しずつ覚える。<br><br>​それしかできないのかもしれない。<br><br>​でも、それでいいのだと思う。<br><br>​人生を振り返れば、僕は沢山の失敗をしてきた。<br><br>​人に迷惑もかけた。嘘をついたこともある。逃げたこともある。何度も自分自身に嫌気が差した。<br><br>​それでも、今ここで一人で生活している。<br><br>​過去をなかったことにはできない。失ったものも戻ってこない。傷ついた記憶も、完全には消えない。<br><br>​それでも、今日を生きている。<br><br>​知的障害がある僕には、普通の人には簡単なことが難しい時がある。<br><br>​人より遅れることもある。間違えることもある。失敗することもある。<br><br>​それでも、自分なりに生きていくしかない。<br><br>​完璧じゃなくてもいい。上手くできなくてもいい。誰かと比べて、遅れていてもいい。<br><br>​僕は僕の速度で生きていく。<br><br>​知的障害と生きるということは、特別な毎日を送ることではない。<br><br>​朝が来て、飯を食べて、外へ出て、帰ってきて、眠る。<br><br>​そんな普通の日々の中に、できないことや困ることが少し多くあるだけだ。<br><br>​今日も間違えるかもしれない。明日も失敗するかもしれない。<br><br>​それでも、また一日が始まる。<br><br>​僕は、そんな日々を生きている。<br><br>
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<pubDate>Wed, 16 Sep 2026 08:50:06 +0900</pubDate>
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