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<title>言語逍遥</title>
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<description>日々の生活で気になった言葉について書いていきます日本語の疑問なども募集しています</description>
<language>ja</language>
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<title>&quot;違和感を感じる&quot;は「正しい」日本語。</title>
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<![CDATA[ <p>前回の投稿で日本語の誤用に関することを書きましたが、誤用との誹りを受けやすい"違和感を感じる"について書いてみます。</p><p>&nbsp;</p><p>その前に、日本語の助詞「を」についてかんたんに説明します。</p><p>&nbsp;</p><p>日本語の「を」はいくつかの用法があります。</p><p>１つ目は、普段私達が意識してる使い方で、「太鼓を叩く」、「本を読む」のようにいわゆる目的語を表します。</p><p>そして、これが大事なのですが、「お湯を沸かす」、「穴を掘る」のように結果を表す用法もあります。</p><p>&nbsp;</p><p>さて、本題の"違和感を感じる"ですが、何かを感じた結果が違和感というわけです。</p><p>「○○感を感じる」ということで誤用感が出ますが、以前からある日本語の用法なんです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12644609919.html</link>
<pubDate>Wed, 23 Dec 2020 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>日本語警察は公平な活動を!!</title>
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<![CDATA[ <p>日本語の"誤用"というのは、気になる人が多いですね。</p><p>「確信犯」や「役不足」は"誤用"が定着しつつも、それを指摘する"日本語警察"の方々も多いのではないでしょうか。</p><p>（個人的に"誤用感"が広がってないのは「穿った見方」などの「穿った」です）</p><p>&nbsp;</p><p>この"誤用"という言い方、よくよく考えると微妙なんですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば「半信半疑」という四字熟語があります。</p><p>元々の意味は、文字どおり「半分信じ、半分疑っている状態」とでも言えるでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>ところが、元々の意味じゃない意味で使われることがよくあります。</p><p>相撲で優勝した力士が「自分が優勝できたなんて…、まだ半信半疑です」なんて言いますよね。</p><p>いや、半信半疑なら何でそんなに喜んでるんですか!?　って話ですよ。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、この「半信半疑」の"誤用"。つまり正用法から派生した用法は、日本語警察の方々は文句つけないですよね。</p><p>なんで〜？</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12644420091.html</link>
<pubDate>Wed, 16 Dec 2020 20:03:18 +0900</pubDate>
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<title>မျှော်မှန်းの対訳は「期待する」？</title>
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<![CDATA[ <p>မျှော်မှန်းの訳語としては、辞書を引くと日本語では「期待する」や「待ち望む」、英語ではexpectやhope forが当てられています。</p><p>&nbsp;</p><p>一方で、မျှော်မှန်းは次のようにも使われています。</p><p>&nbsp;</p><p>အစိုးရက တိုင်းပြည်ဂျီဒီပီ၏ ၅ ရာခိုင်နှုန်းအထိ ငွေကြေးသုံးစွဲရန်မျှော်မှန်းထားပြီး...</p><p>（（新型コロナの経済対策として）政府はGDPの５％の財政支出をမျှော်မှန်းしていて...）</p><p>&nbsp;</p><p>「期待する」というのは、「自力でできない自体が出来することを希望する」と説明できるでしょう。</p><p>しかし、政府は財政支出の金額をある程度自由に決める権限があるので、このမျှော်မှန်းに「期待する」を当てるのは不適当です。</p><p>&nbsp;</p><p>となると、</p><p>＊မျှော်မှန်းの意味が広がった</p><p>＊書き手が誤用した</p><p>のどちらかと考えるのが適当でしょう。</p><p>&nbsp;</p><p>前者であれば、今後の辞書の改訂に期待です。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12602119380.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jun 2020 21:50:29 +0900</pubDate>
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<title>「○育」と「○活」</title>
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<![CDATA[ <p>ネットサーフィンをしていると、「○育語辞典」というものを発見。<br>円満字二郎さんという方が運営されているようで、趣旨としてはこういうものだそう。</p><p><br><span style="font-style:italic;">「○育」の形をとることば、2002〜05年にかけて「食育基本法」が制定されたことを１つのをきっかけとして、さまざまな分野で使われるようになりました。ここでは、円満字が見つけた「○育語」を集めてあります。</span><br>&nbsp;</p><p>辞典を見てみると、「足育」や「音育」など、耳慣れない言葉ばかり。全然市民権得られてない^^;<br>中には「日本足育プロジェクト協会」のように法人を作ってるものもあって、勢いに乗って作ってしまったものの…感がプンプンする。。。</p><p><br>この「○育」で連想したのが「○活」。就活や婚活をはじめ、今ではいろんな熟語が生み出されてます。そして、「○活」は「○育」に比べてかなり生産性が高いと言えます。<br>おそらく、「○育」はすでにある能力を伸ばす、つまり事前に能力が求められているのに対して、「○活」はゼロからスタートできるということで、使いやすかったんでしょう。<br>あとは、自分だけかもしれないけど、「いく」は「かつ」よりも発音しにくい。<br>&nbsp;</p><p>いずれにしても、円満字二郎さん調べで、「○育」が58個も確認されていることにビックリした。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12587682301.html</link>
<pubDate>Mon, 06 Apr 2020 22:29:09 +0900</pubDate>
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<title>「絶対絶命」は絶対に間違いと言えるのか</title>
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<![CDATA[ <p>四字熟語の書き間違いや勘違いで多いのが、<span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>と<span style="color:#0000ff;">絶対絶命</span>でしょう。</p><p>正しいとされているのはもちろん<span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>です。</p><p>&nbsp;</p><p><span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>の「絶」は「絶（きわ）まる」という意味で、「進退窮まる」なんかの「窮まる」と大体同じです。</p><p>つまり、<span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>とは「体も命も絶まった状態」ということで、要するに「これ以上ないピンチ」という意味です。</p><p>一方、間違いとされている<span style="color:#0000ff;">絶対絶命</span>の意味を書くとすると「（このままでは）間違いなく死ぬ！」という意味になるでしょうか。</p><p>&nbsp;</p><p>これを踏まえて実際の使い方を考えると、例えば「<span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>の危機」という表現があります。</p><p>「<span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>の危機」を「<span style="color:#0000ff;">絶対絶命</span>の危機」とした場合に必ず間違いかというと、果たしてそうでしょうか。</p><p>今にも死にそうな危機であれば、「<span style="color:#0000ff;">絶対絶命</span>の危機」と書いたとしても間違いとは言えないと私は思います。</p><p>&nbsp;</p><p>同じ四字熟語でいうと、「一生懸命」は「一所懸命」が転じて新たにできあがった四字熟語です。</p><p>同じように、<span style="color:#ff0000;">絶体絶命</span>にも絶対絶命というバリエーションを与えていいのではないでしょうか</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12573947758.html</link>
<pubDate>Sun, 09 Feb 2020 18:35:38 +0900</pubDate>
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<title>【言葉の比較③】骨折する</title>
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<![CDATA[ <p>今回は「骨折する」という表現を日本語・英語・ビルマ語で比べてみましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>日本語：骨折する</p><p>英語：break a bone</p><p>ビルマ語：အရိုးကျိုးတယ်〔アヨーチョーデー〕</p><p>&nbsp;</p><p>骨折すると言うとき、英語ではbreak（壊す）という動詞を使います。一方、ビルマ語のではကျိုး〔チョー〕（折れる）という動詞を使うので、骨折するという表現については日本語とビルマ語が仲間ということになります。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12556894826.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Dec 2019 21:44:05 +0900</pubDate>
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<title>なぜ「〜ほど」、「〜くらい」と言っちゃうのか</title>
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<![CDATA[ <p>特定の個数を指定するとき、私達は無意識に<span style="color:#0000ff;">〜ほど</span>や<span style="color:#009944;">〜くらい</span>と言ってしまいます。</p><p>&nbsp;</p><p>例えば、「資料、あと２部<span style="color:#0000ff;">ほど</span>頂けますか。」とか、「何枚お入用ですか？」と訊かれたときに「３枚<span style="color:#009944;">くらい</span>下さい」というような具合です。</p><p>&nbsp;</p><p>「２部<span style="color:#0000ff;">ほど</span>」というときは往々にして２部欲しいわけで、同じように「３枚<span style="color:#009944;">くらい</span>」も、２枚とか４枚ではなく３枚欲しいわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>では、なぜ<span style="color:#0000ff;">ほど</span>や<span style="color:#009944;">くらい</span>を付けてしまうのか。それは、（実際はほとんど存在していないながらも）相手に選択肢を与えるためです。</p><p>&nbsp;</p><p>こちらが「２部頂けますか」とか「３枚下さい」と言ってしまうと、場合や口調なんかによっては、あたかも命令したような印象を与えてしまいます。これを避けるために、実際は２部欲しいのに「２部<span style="color:#0000ff;">ほど</span>」と言って、まるで相手に部数の決定を委ねてるかのような雰囲気を醸し出すわけです。</p><p>&nbsp;</p><p>コミュニケーションを円滑にすること。これが<span style="color:#0000ff;">ほど</span>・<span style="color:#009944;">くらい</span>の役割だったのです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12548813716.html</link>
<pubDate>Mon, 25 Nov 2019 18:56:12 +0900</pubDate>
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<title>「企業名+さん」が持つ意味</title>
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<![CDATA[ <p>意外に古くから言われていたのでしょうが、個人的に最近耳につくのが企業名に<span style="color:#0000ff;">〜さん</span>などの敬称をつける表現です。皆さんも何度も耳にしていることと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>この<span style="color:#0000ff;">〜さん</span>という敬称。本来は人に対して使うもので、企業名に使うのは私としてはあまり好きではありません。</p><p>&nbsp;</p><p>ただ、企業名に<span style="color:#0000ff;">〜さん</span>という敬称をつけた場合、丁寧さが演出されるのもさることながら、さらなる効果として「その企業は自分の身内・関係者ではない」という意味を付加することができます。</p><p>&nbsp;</p><p>こういった機能があることも考えると、多くの人が使うようになるのも必然なのでしょう。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12540190901.html</link>
<pubDate>Mon, 28 Oct 2019 21:27:32 +0900</pubDate>
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<title>～にも増して</title>
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<![CDATA[ <p><span style="color:#0000ff;">～にも増して</span>という表現があります。日本語検定では１級に配当されている慣用表現のようですが、このところ、<span style="color:#0000ff;">～にも増して</span>を<span style="color:#ff0000;">～に増して</span>と書いている文章をときどき見掛けます。</p><p>&nbsp;</p><p>・これからは、以前<span style="color:#ff0000;">にまして</span>「外国人材」が日本にやってくるのだろう、という理解だ。</p><p>・今日は昨日<span style="color:#ff0000;">にまして</span>ポカポカ陽気ですね</p><p>&nbsp;</p><p>さらに、従来であれば「いつ<span style="color:#0000ff;">にもまして</span>」としていたところを、「いつも<span style="color:#ff0000;">にまして</span>」としているものもありました。</p><p>&nbsp;</p><p>・通勤電車はいつも<span style="color:#ff0000;">にまして</span>ひどいすし詰めで、おまけにおじさんに足まで踏まれてしまいました。</p><p>&nbsp;</p><p>個人的には、基本的に新奇な表現は好みませんが、<span style="color:#0000ff;">いつにもまして</span>と<span style="color:#ff0000;">いつもにまして</span>のレベルにまでなってくると、どちらも引っ掛かることなく読めてしまい、どちらが新しく出てきた表現かわからなくなってきます。</p><p>&nbsp;</p><p>ちなみに、ブログを書くにあたっていろいろ調べていると、2004年の時点で「いつ<span style="color:#0000ff;">にも増して</span>」と「いつ<span style="color:#ff0000;">もに増して</span>」どちらが正しいかを質問している人がいました。～<span style="color:#ff0000;">にまして</span>という表現も、15年以上前から使われてるんですね。</p><p>&nbsp;</p><p>結論。日本人にも日本語検定１級は難しい。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12501892773.html</link>
<pubDate>Wed, 07 Aug 2019 19:00:00 +0900</pubDate>
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<title>「おいしい」から見る日本語とビルマ語</title>
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<![CDATA[ <p>日本語を母語とする人がビルマ語を学習するときに、簡単なようで難しい表現の一つが<span style="color:#0000ff;">おいしい</span>です。</p><p>&nbsp;</p><p>日本語では、好みの味であったり甘さや旨味が適度であったりするときは、食べ物でも飲み物でも<span style="color:#0000ff;">おいしい</span>と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>しかし、ビルマ語では、食べ物と飲み物で言い方が異なります。</p><p>&nbsp;</p><p>　စားလို့ကောင်းတယ်〈さーろかうんでー〉　（（食べ物が）おいしい）</p><p>　သောက်လို့ကောင်းတယ်〈たうっろかうんでー〉　（（飲み物が）おいしい）</p><p>&nbsp;</p><p>なぜ食べ物と飲み物で言い方が別々なのかというと、、ビルマ語でおいしいというとき、直訳すると「食べてよい」・「飲んでよい」という言い方にしないといけないからです（<u><span style="color:#0000ff;">おいしい</span>という単語はない</u>のです）。</p><p>&nbsp;</p><p>その代わりと言ってはなんですが、「食べる」、「飲む」にあたる部分を別の動詞にすると、例えば</p><p>&nbsp;</p><p>　ကြည့်လို့ကောင်းတယ်〈ちーろかうんでー〉　（見てよい、見るべき）</p><p>　သွားလို့ကောင်းတယ်〈とわーろかうんでー〉　（行ってよい、行くべき）</p><p>&nbsp;</p><p>という応用技も使えます。</p><p>&nbsp;</p><p>それでも、「食べ物と飲み物で言い方変えなアカンのめんどいわ～」という方もいるかもしれません。そういう方は、少し立ち止まって考えてみてください。日本語にも、食べ物と飲み物で言い方を変えないと行けない場合があります。それは、試食/試飲です。</p><p>&nbsp;</p><p>スーパーなんかでは、ときどき味見のために食べ物が置いてありますが、これを食べるときは試食と言い、飲み物を配っててそれを飲む場合は試飲と言います。</p><p>&nbsp;</p><p>そして、試食/試飲は、ビルマ語では区別しません。どちらもမြည်းကြည့်တယ်〈みぃーちーでー〉と言います（「味見する」というときにもこの表現が使えます）。</p><p>&nbsp;</p><p>ビルマ語にばかり文句を言っている皆さん、日本語も「そこ区別する!?」というところで意外と区別しているものです。</p>
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<link>https://ameblo.jp/aung2652/entry-12501887033.html</link>
<pubDate>Tue, 06 Aug 2019 19:00:00 +0900</pubDate>
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