<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>自閉症家族が終わるまでの記録</title>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/autismmyson/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>重度自閉症の息子と終わりまでの日々</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>し尿</title>
<description>
<![CDATA[ 　先日、ショートステイの施設の見学と契約に、妻と息子を連れて行った。ショートステイの利用は今までなく、今後必要だと思っていたが、ヒルナミンを服用するまでは息子が手がつけられない状態だったのでなかなか行けなかった。<div><br><div>　11月に私の仕事と妻の用事が重なり1〜2日利用するかもしれないので今回やっと平日に時間を作って訪問した。ショートステイの施設は私に住む市にも数多くあるが、今回選定した基準はショートステイと居住型施設を併設している事だ。理由は言うまでもなく、いずれ親が面倒を見れなくなれば息子はどこかに預けなければならない。その前に環境の良い施設を探し、ショートステイでそこの利用実績を作り、また息子をそこに慣れさせたかった。</div><div><br></div><div>　今回は息子の通う支援学校と薄い付き合いのある相談員のピックアップによる。そもそもショートステイと居住型を兼ねた施設というのが少ないのか、その相談員が挙げたのが平和寮と、もう一つが今回の施設だ。結論から言うと、この条件に無理があったようで、我々は失望することになる。</div><div><br></div><div>　予約をして現地を訪れたとき、外観も面談した事務所も、古くはあったが特に不安になるような点はなかった。しかし担当の人と話しているうちに違和感を感じ始めた。息子は幸い機嫌がよく、話が長くなって多少ごねたが大人しく横に座っていた。部屋の外も静かで、遠くで職員の談笑する声が聞こえる。違和感は担当者の話しぶりにあった。所定の質問（息子の障害の程度や生活状態等）をする間も当の息子本人にほとんど関心を向けてなかった。いや息子だけでなく私達夫婦にも、だ。話しぶりに熱はなくただありふれた所定の質問を機械的にこなすだけだった。別に横柄でも雑でもない。丁寧かつ親切に我々の質問に答えてくれたのだが、向こうからの積極的な質問はなく、施設の余分な説明もなかった。要するにやる気が見えなかった。さらに言えば我々にも施設にも他人事のようだった。</div><div><br></div><div>　先に契約を済ませて実際入居する場所を見学せてもらうことになった。順序が逆なのが少し気になった。事前の電話では、施設が古いので実際に見て貰ってからの契約になります、と言っていたはずだ。しかし私達夫婦はこの時まだ楽観していた。</div><div><br></div><div>　事務所を出て受付の前を通って反対側の、中庭を出るドアを解錠したとたん、し尿の匂いが私達を襲った。あちこちから獣たちの雄叫びが古びた壁と天井に反響する。目の前の廊下を入居者がゾンビのように当てもなく徘徊している。案内された就寝する部屋はドアのない六畳間で説明ではそこに4人が布団を敷いて寝るということだった。言うまでもなく狭い。テレビも何もなく布団を4枚敷いたら一杯だ。突然、浴場から全裸の男性が走り出して大声で笑った。廊下の先はアリーナ（?）で、そこは大型のテレビがあるだけのガランとした大部屋だった。何人かの入居者が寝転んで宙を見つめている。そしてどこもかしこも例のし尿の匂いが立ち込めているのだ。小学校のニワトリ小屋の匂いを思いだす。総じて、そこは見るものにとって地獄だった。そして当の入居者はその地獄を地獄と感じることが出来ない。</div><div><br></div><div>　私と妻はこわばった笑顔のまま早々に退散した。車中で話はしなかったがお互い考えていることは同じだった。あんな所に息子を入れるくらいなら殺したほうがマシだと。</div><div><br></div><div>　翌日、担当者に電話して、施設利用は多分ないと伝えた。担当者は丁寧だが感情のない口調で、そうですか。分かりました、契約があるから何時でも入居はできますから大丈夫です、と答えた。</div><div><br></div><div>　あそこの入居者たちの障害の重さは我々の息子と大差ない。殆どが成人しているが息子と同年代（中学生）も何人かはいるそうだ。捨てられたとしか言いようがない。妻は、よだれを垂らしている者が多かったからたぶん薬漬けにして攻撃性を抑えているのだといった。そうでもしないとあの数の重度知的障害者を少人数（世話人は4〜5しかいないようだった）で管理は出来ない。</div><div><br></div><div>　必要な施設だとは思う。しかし、ならばもっと補助金を支出するべきだろう。そうすればあの担当者ももっと熱意を持って職に務められるはずだ。</div><div><br></div><div>　ところであのような南米の刑務所以下のような環境に障害者が放置されている事実は、一体誰の意思で隠されているのだろうか。この国は老人に金をかけることしかしない。テレビはこぎれいな軽度の知的障害者を集めてチャリティ番組をつくることしかしない。地獄の門は永遠に閉ざされ、入居者は家畜のようにし尿にまみれ、自分が地獄にいる事も理解できず死んでゆく。誰が植松を悪く言えるのか。</div><div><br></div><div>　私達夫婦は、これから息子の入居先を探す長い旅に出る。その経過はこのブログで報告する。</div><div>　</div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12534755948.html</link>
<pubDate>Fri, 11 Oct 2019 21:35:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>雑記</title>
<description>
<![CDATA[ 　今夜は夜間作業の立会で徹夜だ。あさ6時から、現在22:00だが、このまま明け方まで現場にいる。それから会社に戻って朝また別現場に用事があって、帰れるのは10:00くらいだ。で、その日は代休となる。<div><br><div>　脳死状態の父はおとついから肺炎になって、またICUに移った。担当医から、今後心臓が止まったら蘇生するかと聞かれて、母は不要と答えた。。一方、ここ二日ほど息子の状態が悪く家で何度かきついパニック発作を起こしている。ヒルナミンの分量をまた増やすことになるかもしれない。定量一杯といわれている200mmgまでにあと50mmgしかない。これ以上は増やしたくない。</div><div><br></div><div>　そんな状況でも私は働かなけばならない。自閉症を持つ家族は富裕層が多い印象がなんとなくあるが私の家族はどちらかというと貧困の部類に入る。私が残業や夜勤や休日出勤をしてやっと家族が食える給料になる。妻や母を支える余裕がない。重度自閉症児の場合、療育手帳Aで特別児童扶養手当が月額50000円程もらえる。考えればこれは妻がパートに出たとしたら得られる金額だ。実際は障害児の世話で終日かかりきりになりパートができないので、よくできた金額設定と言える。</div><div><br></div><div>　ただ私達が唯一、ツイているのは、親の一軒家に同居していているということだ。これがマンション暮らしだったらと思うとゾッとする。障害児のパニック時の叫び声は一軒家で窓を閉め切っていても50m四方に響き渡る。薬をヒルナミンに変える前の状態がひどかった時期、私が会社から家に帰る途中、まだ遠いところから息子の暴れている声が聞こえていつも憂鬱だった。これがマンション住まいなら苦情どころではない。そく警察沙汰だ。実際そいう境遇の自閉症家族は少なくないと思うが、どのように生活しているのだろうか。マンションの場合は優先的にグループホームに入れて貰えたりするのだろうか。<br></div><div><br></div><div>　以上の記事は先週書いたもので、その日の夜勤明け、別現場でトラブって続きを書く気が無くなり中絶していた。</div><div><br></div><div>　仕事の方でストレスに見舞われ、家に帰っても地獄だったら、しかも未来に全く期待できない場合、どしたらいいのか。考えても答えは出ないのはわかっているが、問わずにはいられない。「何のために生きているのか」。答えは当然なく、ただ、またすぐに次の日が始まる。</div><div><br></div><div>　<br><div><br></div></div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12527468452.html</link>
<pubDate>Thu, 12 Sep 2019 21:55:22 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>運命と憎悪</title>
<description>
<![CDATA[ 　先月、盆のさなかに、同居する私の実父が階段で足を滑らして転倒し、頭を打ち、意識のないまま搬送された。外因性クモ膜下出血ということで命に別状はないものの、意識が戻る見込みはないそうだ。今も搬送先の総合病院に入院してる。<div>　重度自閉症の息子を持つ家庭にもやはり一般的な不幸は訪れる。当然といえば当然だが、神の公平さというか不公平さというか、その整合性のなさが、現実がドラマと違っているところか。</div><div>　というわけで当ブログは更新はお休みさせていただいてました。</div><div>　息子の方は、ヒルナミンが効いてるものの、最近またパニックが頻発し、他害も再発したので薬を増やした。先週から朝、昼、晩と50mmgずつ、計150mmg/1日になった。それで今は比較的落ち着いている。この薬はよく効く。もしどなたか重度自閉症児を持ち、リスパダールが効かずに苦しんでるなら第一世代の安定剤を試してみることをおすすめする。副作用が不安かもしれないが私の息子は全くそれはない。</div><div><br></div><div>　最近のニュースで、過去に中年期の重度自閉症の入居者が、マンションの管理人を突き飛ばして殺した事件の裁判で、その保護責任を問われてい保護者が不起訴となった、と報じられた。亡くられた方もその家族も大変気の毒なのは当然だが、実情として、大人になった重度自閉症者は大型獣以上に危険で、その扱いに熟知した専門家でないと殺されても仕方がない。力の加減を知らないから素手で人を殺せる。私の息子もパニックになれば子供なら余裕で殺せる。このあたりのレベルの障害者を預かれるのは、ここの近所なら不祥事が何度か報じられた平和寮や、他では大量殺人で有名なしらゆり園のような施設しかない。親としては入れたくないが、他人を殺すことを考えれば仕方がない。</div><div><br></div><div>　ところで身内が障害者に殺されたら誰を恨めばよいのだろうか。その障害者か、その親か、施設に入所を促せなかった行政か、障害者を産ましめた造物主か。一方、私の父が階段から落ちて脳死状態になったことは一体誰をうらめば良いというのか。</div><div><br></div><div>　シェークスピアの最後の作品「嵐」には、他の作品には見られない作者の分身とも思われる人物、プロスペローが登場する。彼は妖精や自然を思いのまま操り、劇中の世界を翻弄する。その力は圧倒的すぎて彼の意思は他の登場人物にとっては運命そのものとなる。そして劇を一歩引いて見返せば、プロスペローが仮に不在でも物語が同じように成立することが分かる。</div><div><br></div><div>　我々はは圧倒的な意志に引き起こされる悲劇と、自然や運命が引き起こす災害と、区別がつかない。身内が突然事故で死ねば、加害者がいれば憎悪を向けることができる。自然災害で死んだなら安全責任者に不手際がなかったか疑う。自殺なら助けられなかった我が身を恨む。残された者は誰かを恨み、復讐する事で乗り越えようとする。しかしその先は、結局は運命がそれを引き起こしたのだという虚無感しかない。人間の悪意も自然現象と言えるならそれは、通り魔殺人も、地震や水害での死も、戦争での死も、同じだ。</div><div><br></div><div>　私の息子が重度自閉症なのも運命なら、将来誰かを突き飛ばして殺すのも運命だ。そのあと私が責任を問われ、追い詰められて息子を殺して自害するのも、それもまた運命だ。人はいずれ死ぬ。気にすることはない。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12517777775.html</link>
<pubDate>Tue, 20 Aug 2019 18:43:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>祖父の死と</title>
<description>
<![CDATA[ 　ヒルナミン25mg服用開始から一ヶ月経った。増量して朝晩二錠ずつ計100mgにしてから、またリスパダールを止めてから20日になる。息子の調子は良い。<div>　パニック発作の頻度は多少は減り、発作の強度と持続はかなり軽減された。たいてい三四回自分の頭を叩いたあと止まり、それを何回か繰り返してから平静になった。親に向かって来ることも殆ど無い。額の傷も4割くらいふさがった。</div><div>　昨日は私は仕事が休みだったので久しぶりに六甲山のアスレチックに息子を連れて行った。学校はすでに夏休みだが（息子はもともと行ってなかったが）、平日なのでだいぶ人は少なかった。ずっと運動不足だった息子はコースの半分くらいで「くるま」といった。帰ろうと言う意味だ。それでも遊具をいくつか飛ばしながらなんとかコースを回った。そのあと併設のカンツリーハウスでトランポリンとスライダーで遊んだ。息子が笑いながら遊ぶのを見るのは半年ぶりくらいだ。嬉しかった。</div><div>　実はその前日に私の祖父が老衰で死んでいた。105歳だった。大往生だ。</div><div>　彼は満州開拓団として家族を連れて渡満し、戦争が始まって現地で徴兵された。終戦時に南下したソ連軍に投降してシベリア行きの汽車に乗せられたが、戦友と二人で列車から飛び降りて逃げた。その際、戦友の方は射殺されたという。命からがら逃げのびて、途中、引揚げ中の旅芸人の一行に紛れてなんとか本土に帰還した。当時まだ幼い私の母を含む残された家族も、これも想像を絶する過酷な旅を経てなんとか本土に帰った。家族は日本で再会し、焼け野原で新たな生活を始めた。映画のような話だ。しかしこの世代の日本人はみんなこのような実体験を共有していた。</div><div>　祖父の人生は豊かで子孫もそれなりに残した。晩年は叔父と二人暮しで孤独だったようだが、殆どボケもせず、自分で身の回りの世話ももできた（おむつはしていた）。</div><div>　私は自分の息子が自閉症とわかってから殆ど親戚縁者と会うことはなかった。だから祖父とも、最後にあったのがいつ、どのような場であったかは覚えていない。ただ一つだけ忘れられないことがある。息子が小学校に入学した頃、正月だかこどもの日かだかで、私の息子に渡してくれと母が貰った祝儀袋には五千円札が一枚入っていた。少ない年金から取り分けてくれたであろうそのヨレヨレの5千円札を見て私は不意に泣いた。それでも祖父にお礼の電話はしなかった。</div><div>　とにかくその頃、私は自閉症の特徴が顕著になるばかりの息子を恥じて、友人にも会社の同僚にも一部を除き隠し通した。親戚には私の母を通じて知らされていたが、こちらから法事などの場に顔を出すこともなかった。私は息子のことを聞かれるのを避けたかった。自閉症のことを知らない者に説明するのも煩わしいし、自閉症を知るものから憐憫や軽蔑の目を向けられるのも嫌だった。うわべだけの励ましもこりごりだった。</div><div>　それでも祖父は何かしてやりたかったのだろう。私が拒絶する気持ちは、祖父は分かっていたと思う。どんな言葉掛けも無駄だと。死別には時薬があるが、障害は親が死ぬまで続く。いや死んだあとも続く。障害児が小学生くらいのときが一番親の絶望が深いのではないか。他の子との差が露骨に目に付き始めるのがこの時期で、親は非常に辛い思いをする。周りはまわりでそれに対してどのように接したら良いか分からず、結局距離を置くことになる。自閉症児を持つ家族は家族ごと自閉するのだ。</div><div>　祖父も晩年は孤独だった。叔父夫婦は離婚して祖父と叔父の二人で暮らしていた。叔父の子どもたちはとっくに独立して家庭を持っている。叔父自身も仕事があり殆ど家に不在で、祖父がアパートで一人留守番するのが日課だった。死んだときも部屋に一人だけだったということだ。</div><div>　どんな人生でもゴールは同じだ。みんな一人で死んでいくしかない。だとすれば死も不条理だが生も不条理だ。</div><div>　昨日の、息子のトランポリンで遊んでるときの久々の笑顔は、私を押しつぶそうとする不条理のなかで、かろうじて私を導く光だった。それはいずれ私自身の死でかき消される記憶でしかないが、私はそのとき永遠のものだと錯覚した。</div><div>　私はコーマック・マッカーシーの次の一節を思い起こす。</div><div><br></div><div>　「もしも私が神なら、この世界と全く同じ世界を作る。そして再びお前の父となる」</div><div><br></div><div>　その言葉を本当に自信を持って言えるのは、今ではなくもっと先のことだろう。</div><div>　</div><div>　</div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12498199338.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Jul 2019 21:27:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>希望は空箱から</title>
<description>
<![CDATA[ 　ヒルナミンが概ねよく効いている。波はあるが以前と全く違う。パニック発作でなくむしろ癇癪と呼べる程度の状態が頻発している。自傷もあるがすぐ収まる。癇癪がしつこく続き、以前のパニック状態に至っても、頓服としてヒルナミンを一錠飲めば収まる。妻は魔法のようだと言っている。私は今までの事もあり、またすぐ元の、悪魔が乗り移ったような状態に戻るのではないかと思いながら、今回は大丈夫じゃないかと、やっと息子に合う薬が見つかったのかと思うようになった。<div>　息子が9歳の頃からリスパダールを服用してきた。もう7年経ったわけだが、長すぎて効果があったのかどうか分からない。飲まなかった状態と比較できないからだ。リスパダールは第二世代で副作用が少ないということで優先的に処方される。しかし効果の方はヒルナミンなどの第一世代と比べて評価が定まっていない。リスパダールについては自閉症に対する漫然とした投薬は避けるようにと忠告されている。まさしく我々が漫然と7年間使ってきたわけだ。</div><div>　と、ここまで書いて、久々に息子がけっこう強烈なパニック発作を起した。すぐに、やっぱり駄目かなと思ってしまう。そのようにぼやく私を妻がなじる。あなたがパニックになってるのでしょと。</div><div>　パニック発作の薬は解決そのものでなく、解決のためのツールであることを思い出す。自閉症のメルダウンには薬はあまり効果がないのが定説で、結局は心理療法しかないと言われている。しかしそれもある程度は知的が発達していないと無理で、私の息子のように2〜3歳の知能しかない場合はやりようがない。出来ることは試行錯誤して最適な薬を見つけ出し、あとはあまり人生に期待せず、できるだけ長く家族と一緒に暮らせるように考えていく。それしかない。</div><div>　京都のアニメーション制作会社で起きた放火殺人事件を考えるとこの世界は全く理不尽と思う。若く、世界的な仕事が出来た優秀なクリエイターたちが、なんの落ち度もなく焼き殺された。そして恐ろしいことに同様の出来事は世界中で、何千年も前から、無数に起きていたのだ（戦争もその一例でしかない）。</div><div>　スティーブン-ホーキングはその著書で、宇宙が奇跡的に安定して存在していることを難解な理論で説明したあとに「しかしなぜ、宇宙は存在するなんていう面倒なことをしているのだろう」と書きつけた。またドストエフスキーは作品の中で、実際に当時起こった凄惨な児童虐待事件を引き合いに出し、神が存在しようがしまいが結局は人間にとって関係ないことをイワンに証明させた。</div><div>　人を殺すのが犯罪者であろうが自然（災害）であろうが不条理であることは同じだ。私の家族が障害により自死を選んだとしても、それは歴史上繰り返されてきた不条理の、取るに足りない一例でしかない。</div><div>　しかし、ならば生きれるだけ生きてもようとも思える。「希望」はパンドラの中が空になって始めて見つかる。希望は絶望の中から生まれる。希望とは、それでも死ねないと気付いたあとの、やけっぱちの意識のことだ。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12496600029.html</link>
<pubDate>Sun, 21 Jul 2019 22:18:19 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>一瞬の夢</title>
<description>
<![CDATA[ 　ヒルナミン服用がだいたい二週間過ぎた。息子のパニック発作は昨日は特に酷く、私も妻もヘトヘトだった。で、今日はろくに眠れず憂鬱なまま仕事に向かったのだが、業務で忙しく動いているうちに、いつものことだが息子のことを少し忘れることができた。<div><div>　うつ病は体を動かすことで改善するというデーターがある。森田療法では単に体を動かすのではなく生産的な活動が、いわゆる神経症やうつ病、依存症などを改善する唯一の方法だと言っている。森田正馬の時代には発達障害の概念は無く、今の森田学派のなかでも発達障害と結びつける者はいないが、私はアスペルガー症候群や高機能自閉症などにも効果があると思う。発達障害の中で比較的社会適応しているのは、殆どが仕事を通して自分達の居場所を得て、人と関わっていくうちに、そうなったのだと思う。自閉症児の自傷行為の改善には本人に自尊心をもたせることが重要だと聞いたことがある。自尊心=自信とは趣味や余暇ではなく仕事でしか生まれない。そういう意味で、知的障害者の心の安定の為には作業所が必要となってくるのだろう。</div><div>　今日、息子学校を休んだが、家にいるあいだ、昨日とうって変わって安定していたと妻はいった。私が帰宅した後もそれは顕著だった。発作の頻度は相変わらず多く、ほぼ連続しているが、声かけですぐに落ちつく事ができた。ただ、やはり就寝から眠りに落ちるまでの時間が長く、そのあいだ大発作が繰り返し起こる。リスパダールを止めて睡眠効果がなくなったのかもしれない（ヒルナミンも睡眠薬として利用されているはずだが）。学校の発達障害の児童は睡眠導入剤を服用しているものも多いということで、明日かかりつけの児童精神科の予約ができたのでそれをもらうつもりだ。リスパダールの代わりにななるだろう。</div><div>　私は清掃業に従事していることは前に書いたが、もし息子の発作が減って高校生になったら私の会社でアルバイトができないかと考えている。簡単な仕事でもそれを通して自尊心が生まれれば安定した生活ができると思う。人手不足だし会社の障害者雇用比率のペナルティーも回避できる。そうなればとても幸福なことだ。絶望のなか、息子の持続する発作が一瞬凪いたとき、私はそんな夢を見る。それはすぐにまた息子の発作にかき消されるのだけれど。</div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12495181146.html</link>
<pubDate>Wed, 17 Jul 2019 23:41:24 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>救急依頼の記録</title>
<description>
<![CDATA[ 　本日、21:00に119番でで救急搬送を依頼した。<div>　最初の電話でまず救急搬送の理由を聞かれ、自閉症の息子が自傷と他害暴れていからと説明すると、電話の救急受付は、救急隊員が暴力を受ける恐れがあるので警察も呼ぶが良いか、聞いた。承諾すると、早いもので5分で救急車が来た。状況説明をする。彼らがまっさきに私に伝えたのは暴力的な患者の場合は救急では搬送できず警察が対応することになるということだ。しかし、実は病院に行くつもりで私も息子も外着に着替えていたのだが、それで息子が遊びに出かけると思ったらしく珍しく機嫌が良かった。で、救急隊員は緊急性がないと見て、次に精神障害の搬送は指定の病院の連番制になっていてどこに連れていくか知れず、いずれにせよ遠方になると説明した。そして彼は私の息子を見ながら、救急搬送を受け入れる精神病院は手足を拘束して独房に入れるような施設だといった。</div><div>　そうこうするうちに警察が来た。三人のうち一人は2月に近所の誰かが虐待の通報をしたときに家に来た警官だった。結局この日も前と同じ説明の繰り返しとなった。</div><div>　救急の方は、一応、紹介状のある総合医療センターの精神科に救急搬送できるかどうか聞いてくれたが、センターは日中の搬送しか受け付けていないということだった。逆に言えば日中は救急車を呼べばセンターに連れて行ってくれるということだ。意外だった。で結局、明日、自分で電話して搬送依頼するか予約するかということになった。救急隊委員はそれで帰っていった。</div><div>　警察はまだしばらくいて色々聞いてから、最後に、私に「通報したけど家庭で対処することにします」という内容で一文を書かして、押印させ、帰っていった。それで終わりだった。総じて、救急隊員も警察も、気の毒に思ってかみんな親切だった。</div><div><div>　結局、何も変わらなかった。前の記事で検証したように、ある程度は予想していた。</div><div>　今回、良かった点は、ないこともない。息子が暴れるために救急車を呼べとうるさかった身内もこれ以上は言うまい。近所のうるさく思ってる連中も警察を呼んでも息子はいなくならないと知ったはずだ。</div><div>　誰も私の息子を止められない。息子はこの町内の覇者なのだ。</div></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12494459878.html</link>
<pubDate>Mon, 15 Jul 2019 22:08:44 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ところで自分の意外な素質を知る。</title>
<description>
<![CDATA[ 　日曜日の今日も私は仕事で、息子の方はデイサービスの山遊びに参加だった。以前は放課後等デイも頼んでいたがなぜか息子が嫌がるのでやめた。そもそも学校にも行ってないから放課後デイもなにもないが。<div>　で、今日のデイは比較的落ち着いて遊べたとの事だ。しかし家に帰ってからだんだんパニック発作が出始めて、私が帰宅して間もなく大爆発した。すごいスピードと力で私に襲いかかって来た。私は必死のあまり近くの扇風機を持ち上げて応戦した。制圧しても、泣き続け、それが高じてまたさらに何度も泣き叫びながら向かってきた。</div><div>　妻に聞くとデイから帰ってきてしばらくして何度か発作がでたので頓服でヒルナミン25ｇを一錠飲ませたという。そのあと眠がったので、シャワーを浴びて、食事をして、18:30頃に定量のヒルナミンを50mgを飲ませた。私が帰宅したのが19:00だった。そこから強烈な発作である。</div><div>　発作=メルトダウンは原因が分かるものと分からないものがある。原因とはストレスしかないのだが、正常の子供なら「要求」としてストレスを回避しようと親なり他の人に言葉で訴える。自閉症児はそれが出来ない。何事も言語化ができないからストレスが即自的に内部に出現する。自傷行為は自分の頭を狙うことがほとんどだが、それはストレスを外部に対象化できないから、それを回避するためには思考を遮断するしかないからだ。自分の頭を殴り続け痛みでストレスを塗り潰しかない。やがて自傷が他害に移行する。それはある意味ストレスを外部に対象化してると言えるかもしれないが、言語の代わりに暴力を用いて訴えているので改善しているとは言えない。</div><div>　さらに悪いことにストレスを言語化できないのでそれを数量化できないというのもある。ちょっとしたストレス（ipadのバッテリーが切れた）と重篤なストレス（階段から落ちて頭を打って血が出た）と区別ができない。ちょっとしたことでも気が狂ったように大げさに反応する。先に述べた原因の分からない発作がそれだ。ちょっと眠たい、だけでも大発作になる。嫌なことをふと思いだした、もだ。だから発作がいつ起こるかは予測できない。</div><div>　今、今日最後の（と思いたい）大発作が起きた、向かってくる息子をハイキックで打倒した。自分の格闘家としての素質に気付いた。</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12494061461.html</link>
<pubDate>Sun, 14 Jul 2019 21:01:28 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>死ぬこと。</title>
<description>
<![CDATA[ 　昨日の夜は夜間作業の立会でずっと仕事だった。その日の朝からも仕事があって、夜勤を経て、次の（つまり今日の）の朝の作業もあり、その後も別の現場でトラブルがあって詰めて、家の帰ったのは正午近くだった。途中、机に突っ伏しての仮眠はあったとはいえ、27時間近く働いている。人手不足は深刻だ。で、やっと家に帰っても、ずっと暴れる息子の世話だ。もはや脳が麻痺して体の疲れを感んじなくなってる。とはいえメンタルの方は最悪なので、今日は日付が変わってからずっと自殺のことを考えていた。<div>　自殺のイメージトレーニングを繰り返すうち、上達してくると、実行前に襲われるであろう恐怖がどのようなものかが分かってくる。この恐怖は、つまるところ意識が途絶えたあとの世界への恐れだ。みんなに必ず訪れるこの世界はその際立った普遍性にそぐわず不気味だ。</div><div>　いずれみんな死ぬんだから、無理に生きることになんの意味がある? 　頑張って生きる必要、なんかあるか？　スティーブンジョブズが世界を変えたからっても、死んだ今はその世界は彼にとって無関係だ。いや、彼のように生きてる間、価値ある人生だったら、ガンでなければ死ぬ必要はなかった。</div><div>　私はどうだ。生きてても自分が何者か永遠にわからなずバケモノのような息子と、毎日10分ごと格闘しながら生きていくことに、どう考えても意味はない。</div><div>　でもやはり死ぬのは怖い。耐えられない。昔、テレビで観た、日航機墜落事故で中学生の息子を失くした母の回想インタビューで、最後に語った言葉「それでも人間ってなかなか死ねませんものね」という、絶望とも諦念ともつかない発言は、本当に自殺するかどうかを真剣に何度も何度も考えた人だけが語ることができる。</div><div>　ヒルナミン増量5日目だが、良くない。今日、あまりに暴れ方はひどくて頓服として同じヒルナミン25mgを一錠飲ませたら、11:00から16:00まで寝てしまった。そして起きてからまた暴れまわった。薬は副作用だけ十分に効くみたいだ。</div><div>　妻と話し合って、月曜日の祝日の夜、救急車を呼ぼうと決めた。日曜日と月曜日は私の現場作業が入っているので動けない。救急車を呼んで、紹介状のある総合医療センターに搬送するようにお願いしてみる。通常の予約なら入院するまで数ヶ月かかるが救急搬送ならその日から入院できるかもしれない。一か八かだ。死ぬ気があれば何でもできる。</div><div>　</div><div><br></div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12493529321.html</link>
<pubDate>Fri, 12 Jul 2019 21:23:16 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>冷たい方程式</title>
<description>
<![CDATA[ 　ここ3日ほど息子の状態が悪い。ヒルナミンを服用する前の状態に戻りつつある。平均して10分以に一回くらいパニック発作を起こしている。今日は私は代休で休みで、予約していた小児精神科に行った。息子はそんな状態で待ち合いで待たすことができないので私だけ行って状況を話す。結果、ヒルナミンを朝晩50mgの計100mg/1日にした。代わりにリスパダールをやめた。ただ、ヒルナミンの効果も疑わしくなってきたのであまり前ほど期待してない。とりあえず2週間はこれで様子を見るが、これで駄目なら、ここの病院で貰った紹介状を持って総合医療センターの精神科に連れて行く。そこでどのような対応になるか、ちょっと見ものだ。体よく追い返される可能性が大きい。その場合、このブログがいよいよ佳境に入るということだ。<div>　今後の進む道をまとめると以下の通りになる。</div><div><br></div><div>①ヒルナミン増量で家族が日常生活を遅れるほどには回復する。<br></div><div><br></div><div>②薬が効かず、このままの頻度でパニック発作が続く。</div><div><br></div><div>　まず①ならとりあえずめでたしめでたし。</div><div>　②の場合、以下の選択肢に移る。</div><div><br></div><div>②-A 数ヶ月後に総合医療センターに入院する（病床は予約でいっぱいだそうで、今からだと11月くらいになる見込みだそうだ）。</div><div><br></div><div>②-B 総合医療センターに入院できず、精神科で適当に薬を処方されて、あとは地域医療の方で通院してください、となる。</div><div><br></div><div>&nbsp; ②-Aの場合、どのような状況になるのか分からない。このあとの日常がどのようになるのか、統合失調症の患者のように鍵のかかる個室での生活で、色々なクスリを試されるのか。付き添いは必要か。入院費は。ベットに拘束されるようになるのか（我々両親がいなければそうするしかないだろう）。</div><div>　②-Bの場合、またもとに戻るわけだが、このままでは生活が出来なくなるので、</div><div><br></div><div>　②-B-a 何らかの生活補助がもらえるなら私が仕事をやめて一日中家で息子をみる。</div><div>　②-B-b 福祉型のグループホームに預けるか。</div><div><br></div><div>　後者の場合、この辺の施設で思いつくのは悪名高き「平和寮」しかない。ここの過去の事件の真相は定かではない。かなり重度の知的障害者を収容しているので安全上の処置が多少行き過ぎたところ、世間が一般的な常識と照らし合わせて大騒ぎした、ということもあり得る。あるいはそういうところだから比較的性格の異常な職員が多くなり、実際に虐待が日常的だったのかも。しかし、ここですら、入所は順番待ちなのだ。</div><div>　そして最後の選択肢、</div><div>　</div><div>　③-B-c&nbsp; 息子を神様のもとに返す。</div><div><br></div><div>　以上だ。</div><div><br></div><div>　この記事を書き終えたあと、息子のパニック発作が最高潮に達した。たぶん今までで一番ひどい。大人の倍くらいの力で私の襲いかかってきた。私の綿のシャツが破れた。それが20:00から23:00まで間欠的に起こった。救急車を呼ぶかでどうかで妻ともめた。</div><div>　やっと息子が寝息をたてはじめて、私は③-B-cの選択肢を真剣に検討し始めた。最も悩んだのは、私がその後、息子の後を追うかどうかだった。</div><div>　</div><div>　冷静に考えれば、二週間まえから減らしたリスパダールの離脱作用の可能性はあった。前に、デパケンシロップ（抗てんかん薬、抗うつ剤）を試して状態が悪くなって3日でやめたことがあった。医者が二週間は続けないと効果はわからないといった。今回は、ここで耐えて続けるべきなのかもしれない。</div><div>　くたくたにつかれた。結論は明日に持ち越して、とりあえず私も寝ることにする。</div><div>　</div><div>　</div><div>　</div><div>&nbsp;</div><div><br></div><div>　</div>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/autismmyson/entry-12492202313.html</link>
<pubDate>Mon, 08 Jul 2019 20:07:16 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
