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<title>＜現地発＞中米政治・経済・社会についての考察＆見聞録</title>
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<description>長年中米に在住する某国政府経済情報局部長である経済学博士が繰り広げる、最新の中米の政治・経済・社会に関するクリティカル・ディスカッション。日本との関係や違いを考慮し、小国ではあるがバライエティーに富んだ中米各国、また中米域全体の魅力についてのご紹介。</description>
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<title>中米の貿易における中国の台頭</title>
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<![CDATA[ 前回の記事で中米と比較した中国の経済成長の勢いについて説明したが、後者がどれだけ前者を凌駕したかは明確だ。その中国はご存知の通り、輸出主導の経済発展政策を成功させており、例えば縫製製品の対米輸出では中米に惨敗を喫した国だ。中米にとっては縫製製品は輸出品目のスター的存在なので、重要な戦いに敗れてしまった訳だが、世界を圧倒する中国を敵に回すのは当然ながら賢い戦略ではない。実際中米の貿易における中国の地位は年々急速に上がってきている。<br><br>ここでは中国の台頭を、国連ラテンアメリカ・カリブ経済委員会（ECLAC）が発表した中米各国の貿易相手国ランキングにおける位置づけで分析する。 ECLACは2000年から2008年の中米各国の貿易にとっての中国の位置づけランキングを発表しており、その期間でどれだけ中国が中米にとってますます重要な貿易相手国となっているかが伺える。また、中米にとっての中国の輸出先国としてのランキングは輸入先国のランキングより低く、これは中米の製品がどれだけ中国で競争力が低く、逆に中国製品が中米においてどれだけ高い競争力を誇っているかを反映している。<br><br>どの国にとっても中国の貿易パートナーとしての立場は大きくなっているのだが、その中でも特筆すべきはコスタリカにとってのランキングだ。と言うのも、コスタリカにとっての輸出先国としての中国は2000年には26位だったところ、2008年には2位になった。輸入に関してはコスタリカにとって中国は2000年には16番目の輸入先国だったが、2008年には3番目になった。他の中米諸国と比べると輸出、輸入とも2000年の順位はあまり高いものでなかったのだが、そのポジションからのコスタリカの飛躍は著しいものだ。<br><br>因みに2000年時点で中国に対する輸出で主導権を握っていたのはニカラグアで、中国は同国にとって19位のポジションにあった。輸入に関しては2000年時点で中国が最も高い輸入先国となっていた国はグアテマラで、同国にとっての中国のランキングは 15位だった。だがそれから状況は大きく変わり、コスタリカにとって2008年に中国が占める順位は群を抜いている。コスタリカは中国と自由貿易協定を結び近く発効されるので、両国間の貿易の深まりは、中国の他の中米諸国との貿易より一層強くなるものと思われる。<br><br>ランキングに関して更に分析すると、2008年時点で中国が輸出相手国としてのランキングが一番低くなっているのはグアテマラで、中国の順位は18位だ。輸入に関しては中国が一番低いランキングとなっているのはホンジュラスで、同国とって中国は7位だ。<br><br>中国の中米にとっての輸出先国、また輸入先国としてのランキングの違いを分析すると、唯一コスタリカにとってのみ輸出先国としてのランキングが輸入先国としてのランキングに勝っており、再度コスタリカの優秀なパフォーマンスが見受けられる。他国に関して言えばパナマにとっては何れのランキングも同じ4位となっており、それ以外の国々にとっては輸入先国としてのランキングが上だ。これらの国で特に輸入側が強いのがグアテマラで、ランキングの差は14であり、グアテマラの中国との貿易赤字の大きさが想像出来る。<br><br>中国との貿易を増やす事によって日に日に経済力を強める中国との関係を深める事は、中米の将来の展望を明るくする要素だが、中米各国は中国の輸入需要を良く研究し、対中国の輸出促進を計らなければならない。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10590946750.html</link>
<pubDate>Thu, 15 Jul 2010 04:05:09 +0900</pubDate>
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<title>中米との所得格差を急速に縮める中国</title>
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<![CDATA[ 急激な経済成長を遂げる超大国中国は、世界のどの国から見ても圧巻だが、1990年代半ばまでは中国以上の所得レベルに居た中米各国から見ても仰天させられる。そう、今となっては中米は何時の間にか中国に、国内総生産で計った人口一人当たりの所得額で越されてしまったのだ。<br><br>中米とは言ってもパナマを含めると6カ国あるので、各国で中国に越されてしまった年に相違があるし、まだ越されていない国もある。順序をたどって言えば、ニカラグアの額が一番低いので最初に越されたのだが、国際通貨基金（IMF）によれば1991年の中国の一人当たり国内総生産額は現在値でニカラグアの僅か半分だった。それが5年後の1996年には、90年代伸び悩んだニカラグアのレベルを越してしまったのだが、その年にはニカラグアの一人当たり所得額は約US$700 だった。<br><br>一人当たり所得の順でいくと次はホンジュラスになるのだが、ニカラグアとは少々額が離れているので中国が越したのは6年後の 2003年で、当時の所得の数値は約US$1,200だった。その後グアテマラに追いついたのは4年足らずの2007年だが、当時のグアテマラの所得は一人当たり約US$2,600だった。<br><br>世界の経済成長はそれ以降、今般の世界経済金融危機の為に失速するのだが、中国はあまり影響される事無く高度成長の道を歩み続けた。その結果、グアテマラを抜いてから僅か2年経った2009年には一人当たり約US$3,600の所得を持ち、近年は中南米でも特に低い経済成長率を経験しているエルサルバドルを抜いた。<br><br>2009年時点で約US$6,300、また約US$7,100を誇る、それぞれコスタリカとパナマの所得レベルを超えるのは、両国の経済成長が他の中米諸国よりも高い為にもう少し困難かと思われる。だが、中南米では比較的高い成長率であっても中国のレベルには至らないので、追い越すのも時間の問題だ。<br><br>中国にとっては中米は視界にも入っていないのだろうが、電撃的な経済成長を遂げる超大国中国は、繊維貿易で惨敗を喫した中米にとっては嫌でも参考となる国だ。最近は中米もそれを認識し、中国との競争より共存を計り始めている。その特筆すべき例は、中国と自由貿易協定を結んだコスタリカだ。<br><br>21世紀は、経済成長が目覚しいアジアの世紀と言わる。伸び悩む殆どの中米はどんどん中国を始めとするアジアとの国交を深み、アジアから成長の秘訣を学び実践し、多くの貧民の生活を改善してほしいものだ。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10585598137.html</link>
<pubDate>Fri, 09 Jul 2010 07:56:41 +0900</pubDate>
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<title>中米の対米輸出振興政策にとっての脅威としての中国</title>
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<![CDATA[ アメリカと自由貿易協定を交渉した中米諸国は、各国の議会による承認等の過程がまちまちな為に発効した日付に差異があるものの、2006年以降DR- CAFTA（ドミニカ共和国北中米自由貿易協定）を施行した。DR-CAFTAは一方では、アメリカへ輸入する際に輸入数量制限や原産地規則と言った非関税輸入障壁がかかる、中米諸国からの幾つかの輸入品目に対する規制を緩和した。<br><br>関税に関してはDR-CAFTA以前の対アメリカの中米域からの輸出産品の多くは、既に一般の関税率より低い税率を課するカリブ海援助構想（CBI）の恩恵を受けていた。だが、CBIは一般特恵関税制度（GSP）と呼ばれる先進国が発展途上国に対して任意的に与える特権なので、先進国であるアメリカ側は何時でも一方的に撤回する事が出来る。それに対して、DR-CAFTAはアメリカ、中米諸国、ドミニカ共和国の間の協定であり、それらの国々の間の関税が合意を下に減少された事によって、何れの国が一方的に関税を上げる可能性が低くなった。<br><br>よって、DR-CAFTAが関税に関して中米諸国にもたらした最大の利益は、アメリカへの輸入時に中米諸国からの輸出品目が課される、一般のものより既に低い関税がより恒久的に維持される様になったと言う確信だ。民間企業にとっては、貿易などの経済規制の恒久化は、投資等のビジネス計画の結果を大きく左右する仮定の一つがより確定されたものになった事、即ちリスク要素がそれだけ減った事を意味する。よって、ビジネス計画における将来の収益がそれだけ確定的に計算出来るようになったので、中米における投資を促進する結果をもたらす。よって、DR- CAFTAの関税恒久化効果は軽視するべきものではなく、DR-CAFTAは中米からアメリカへの輸出を促進し中米の経済発展に貢献する、と言うのが DR-CAFTAが発効された当初の大方の関係者の見方だった。<br><br>これらの大抵の国にとって発効から約4年が経った今では、DR- CAFTAの結果はどうだろうか。どれだけ関係諸国間の貿易、また投資を促進しただろうか。率直に言えば答えはあまり効果が無かったと言う事が言える。例えば他の中米諸国に先立って2006年3月にDR-CAFTAの発効を開始したエルサルバドルの例を取り上げ、発効前の4年と発効後の4年の対米輸出額を比べると、発行後は1.7%の減少が見られる。この減少の理由をより細かく調べると、全対米輸出額の約4分の3を占める、縫製製品を主とする加工貿易区からの輸出が15.4%減っているが為の結果である事が分かる。コスタリカとパナマ以外の他の中米各国にとっても加工貿易区からの縫製製品輸出が全対米輸出額に占める割合は同様に高く、減少幅も同じ様に大きい。<br><br>何故この様な事になったのか。原因はDR-CAFTAにあるのではなく、中国にある。と言うのも、2005年に世界貿易において縫製製品の数量制限を強いていた多国間繊維取り決めが撤廃され、繊維貿易がより自由な貿易を促す世界貿易機関（WTO）の協定に則ったものとなった。既に2001年11月からWTOの加入国となっており、縫製の世界貿易における占有率が高かった中国もこの貿易障壁が低い枠組みの下でアメリカに輸出出来るようになった。英国日刊紙のThe Guardianによると、これによって中国の対米輸出額は2004年から2009年までに243億米ドルになるまで127%増えた一方、類似製品をアメリカへ輸出する中米の輸出は19億米ドル減った。この事から分かる通り、中国の縫製製品はまさに多くの中米諸国の輸出振興政策にとって脅威なのである。<br><br>但し、上記でDR-CAFTAのパフォーマンスが乏しい理由を中国にあてつけるのは正確な分析結果とは言えなく、実際の責任の所在は当然ながら、国際競争に勝てない、生産性の低い中米諸国にある。また、これらの国々が国際競争に勝てないのなら他の輸出振興戦略を練れない事にも問題がある。縫製製品がこれ以降も輸出の主体とならかどうかと言う問題にも回答が必要だが、それ以上に中米諸国にはより長期的な成功が維持出来る戦略の作成と実施が要求される。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10581235699.html</link>
<pubDate>Sun, 04 Jul 2010 14:12:36 +0900</pubDate>
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<title>輝かしき中米コーヒーの風土と文化（5）</title>
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<![CDATA[ トラックから積み降ろされ、沈殿槽を使った豆の良し悪しを見分ける作業には前回紹介したパルプの脱穀が続き、その後は豆の大きさによる選別を行うが、これは熟していない緑豆が熟した豆よりも大きい事を利用した選別方法で、やはり「原始的」で可愛いものだ。この様な伝統的な、コーヒーの最高の味を引き立てる工程は精製工場主が代々保守してきたもので、今でも見事に残されている事はこう言った方々の、おいしいコーヒーの守り神的努力によるところが大きい。<br><br>だが前述の選別工程の次に来る、豆のミュシラージと言うヌルヌル、べたべたした層を発酵槽を使って取る作業はもう少し高度な技術を使った作業だ。ここで「ミュシラージ」と「発酵槽」と言う二つの専門用語が出たので説明すると、ミュシラージは前回紹介したピスタッチョの様なパーチメント状になったコーヒー豆の直ぐ外側に張り付いている、納豆のようにヌルヌルした層だ。この層はコーヒー豆のパルプを除去した時点で取り除かないと酸化してコーヒー豆を腐らせてしまい、味に影響が出てしまう。この除去に一番適しているのは発酵槽を用いた工程で、約2メートルの高さの槽にミュシラージが付いたパーチメントになったコーヒー豆を積んで、文字通り発酵させるのだ。<br><br>だが、発酵は当然ながら豆自体を発酵させるのではなく、適切なレベルまで発酵するとパーチメントから剥がれるヌルヌルのミュシラージのみ、発酵と言う化学反応をさせるのだ。この工程が無事終わると前回説明した、「水洗式精製」の名の由来である水洗いによる、剥がれやすくなったミュシラージの除去が、豆が発酵槽からパティオまで運ばれる過程で行われる。<br><br>ところで、この水洗式精製のほぼ最後となる水洗い工程だが、この最終段階でもまた豆の良し悪しの選別が行われる。この選別方法の原理は前回紹介した沈殿槽と同じで、密度が高い＝良く成熟した豆は水に流れると共に、密度が低く、軽く発育不十分である豆よりも沈みやすい。特に流水速度が低い、コーヒー豆が流れる溝の最終部分では浮き豆と沈み豆の差が出るので分類が簡単に出来る。こうして水洗式精製における豆の選別工程を三つも紹介したが、乾式精製工程においても多くの豆の選別工程が実施され、精製工場主のコーヒー豆の品質に対するこだわりが良く理解出来る。<br><br>尚、上記でコーヒー精製作業の一部が原始的で可愛いという表現をしたが、確かに一見その様に見え、そう言う一面もある。だが実態は当然ながらそれ程安易な作業ではなく、おいしいコーヒー作りに永く専念した職人の豊かな経験や鋭い感を必要とする技術を含む。これらの要素が含まれて始めて焙煎しておいしさを引き出せるコーヒーが出来るのだ。<br><br>コーヒー精製工場主が品質にこだわるが為に守り続ける伝統を紹介する事によって、おいしいコーヒを仕上げる工場主の努力の素晴らしさを説明したが、次回は変化するコーヒー産業における農園オーナーや工場主の味を第一としたコーヒー作りを維持し続けるべく対応を述べる。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10579360486.html</link>
<pubDate>Fri, 02 Jul 2010 12:55:43 +0900</pubDate>
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<title>輝かしき中米コーヒーの風土と文化（4）</title>
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<![CDATA[ コーヒー農園や精製所には、子供の頃ディズニーランドを訪れてわくわくさせられた気持ちを思い出させてくれる「催し物」が沢山ある。例えば、初めて嗅ぐ時は好ましい印象を受けなくとも、コーヒー農園の絶大な魅力に囚われるにつれて愛しくなるコーヒー豆のパルプ（果実）が発酵しかけた独特の匂い。このパルプは水洗式精製方法で剥かれるのだが精製所の片隅に山になって貯められたものだが、中米コーヒーの精製方法はこのパルプのツーンと鼻にくる匂いの様に、何十年も前から変わらないものなのだ。<br><br>この様に中米のコーヒーが今でも長い伝統を誇る技術をもって精製されるのは、精製所のオーナーや精製所を兼ねている農園主が長い年月の試練に耐えた技術に大きな信頼をおいている為だが、そのお陰でコーヒーを愛する我々は今でも昔ながらの、味わいの深いコーヒーの精製方法を目にする事が出来る。<br><br>この様な伝統技術にどう言ったものがあるのかと言うと、例として先ず挙げられるのは、以前の投稿で紹介済みの手作業による摘み取りを始めとする農作業、コーヒーの水洗、或いはパティオに豆を敷いた上での、これもまた手作業による天日乾燥がある。何故こう言った伝統技術に愛嬌があるのかは、豆の摘み取りと乾燥作業については触れたが、コーヒーの水洗に関して言及すれば、やはり愛嬌のある作業だからだ。<br><br>コーヒー豆の水洗とはどう言う事か－豆を洗うのは、もしかしたら読者の方は農園で被った土やほこりを取る為に洗うのかと思われるのかも知れないが、そうではなく、後日紹介するある工程を経た豆が周りに着いたべたべたした粘膜を取る為に水洗するのだ。この洗い方は、終わったばかりの工程から次の乾燥工程を行うパティオに移す過程を利用し、溝に水を流して豆を運搬するのだが、然りと豆が洗われる様に水の流れに乱流が起こる様に溝の底が波上になっていたり、豆が流れ始める場所から最終目的地点までに高低差がある場合、勾配がある部分は階段状にしたりする。<br><br>過去の投稿で説明したが、こうして水洗される豆はピスタッチョの様に豆の外部に一部先が開いた殻を持ったパーチメントと言う状態になっており、こうした豆が多数一緒になっているのを動かすとシャーシャーと言う音がする。水に流されているパーチメント状のコーヒー豆もこの様な個性的な音をたてて、精製所を賑やかにする。<br><br>精製工程をもっと最初から見ていくとまだ面白い伝統的な手法が確認出来る。例えば実はコーヒーの水洗式精製では農園から届いた豆をトラックから一時保管槽へ積み降ろしてからパティオに運ばれるまで、全て上述の溝に流された水によって運ばれるのだが、保管槽から次にたどり着くのは沈殿槽だ。<br><br>この沈殿槽は豆の密度によって良し悪しを区別する為のものだが、沈んだ豆は密度が高く、良く発育し熟した豆で、浮いた豆は一対になっている豆の片側が無かったり、乾燥してしまったりして十分に発育しかねた豆や過成熟の豆だ。こうした豆は本来は紛れ込んでいるべき物でないが、当然の事ながら人手によるものでも完全に機械によるものでも作業にはエラーがあり、それをこの沈殿槽等の工程を用いて取り除くものである。この様な工程は原理が単純な為に原始的に見えるものだが、何とも愛嬌があるものではないか。<br><br>次回も農園主や精製工場オーナーの日々のおいしいコーヒー作りの努力がどれ程コーヒーの魅力を更に引き立てているかを紹介し続ける。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10577549828.html</link>
<pubDate>Wed, 30 Jun 2010 12:46:54 +0900</pubDate>
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<title>世界金融経済危機で強調された債務問題の原点としての現代の人生論に対する疑問</title>
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<![CDATA[ 今般の世界金融経済危機によって世界金融業界、また成長の為には金融業界を欠かせない世界経済は、1930年前後の世界大恐慌以来の経済不況を経験した。これ程の大不況が起こった理由は多くの経済学者が説明しており、直近の理由は主にアメリカの不動産業から債務不履行となってしまった債権が多く出回りすぎてしまった為に、そう言った債権を所有した金融業界などが損を被った事に要約出来る。もう少し根本的な理由は、経済における希少な資源は自由経済が最も効率良く配分すると言う経済至上主義に目がくらんでしまった結果として、世界金融業界の規制が余りにも緩いものになってしまった事や、より中核部分に迫れば人間の金銭に対する醜い程の貪欲さと言った所だろう。<br><br>一方、この世界金融経済危機は、ヨーロッパのPIGSと呼ばれるようになった国々を始め、債務危機と言う、不景気から完全に立ち直っていない世界経済を再度不況に落とし込める、次なる経済危機をもたらそうとしている。但し、今回の債務危機は発展途上国が中心となっていた過去のものと違い、多くの先進国がもたらした債務危機だ。従来は先進国の問題でなかったのだが、如何して先進国が債務国としての被害を被るようになったのか。発展途上国の場合は、大概の場合、発展途上国政府の財政政策やその実行が長期的に持続出来るようなものでなかったり、汚職を含む国家予算の乱用が酷い為に起こるのが普通だ。<br><br>だが今般の先進諸国の債務問題は政府ばかりに問題発生の責任があるものではない。と言うのも先進国の債務危機は公的債務ばかりではなく、企業どころか個人の債務を含めた民間部門の債務も多く含まれているからだ。公的債務で国内総生産比200%を超えた日本の債務は英国週刊誌The Economistによると、民間部門も含んだ国全体の債務は国内総生産比400%を超えている。世界屈指の貯蓄率を誇った日本を始め、経済発展の見本だった先進国の債務はどの様にしてそれ程のレベルにまで膨れ上がってしまったのだろうか。<br><br>原因は上述の通り当然ながら政府にばかりあるのではなく、単純に言えば金銭至上主義を重視している現代社会の主流となってしまっている考え方ではないのだろうか。言い方を変えれば消費重視社会に責任があるのではないだろうか。<br><br>自動車、テレビ、冷蔵庫などの耐久消費財は故障して無くても2,3年で買い替える－。周りに居る人より高いファッションデザイナーの服装を身に着けたり、家より高い高級車を買ったり、ゴルフクラブの会員になったり、高級料理店で夕食をしたりするのは、最低限必要な生き方－。こう言った生き方をするには多額の収入が必要であるので一日に10時間でも12時間でもそれ以上でも働き、その収入でも間に合わなかったら、債務を負ってでも実行する－。<br><br>この様な消費者の心理を作り上げた責任は企業側にもある。メーカーは一昔前みたいに耐久消費財を何十年でも持つように経済的に造れるが、買い替えを促す等の為に意図的にたったの数年で故障する様に設計する。商品の広告や宣伝には、近年では良くなったもののお客様である消費者を騙してでも売りつける様なものが多い。歴史を見返れば、肺がんになる確率が高いのが判明していてもその事実を隠したタバコの売り方や、建築基準に合わない建物の建設など多くの例がある。<br><br>そこまでして物を重視するのは、金銭によって人が幸せになれると思っての事だろうが、人生を楽しむ時間を犠牲にしてまでも一生懸命仕事をした、高度成長期を経験した日本人や他の先進諸国民は果たして幸せになったのだろうか。2006年にイギリスのレスター大学の社会心理学者エイドリアン・ホワイトが計算した世界各国の幸福度によると日本は90位だったので、世界でも屈指の一人当たり国内総生産額とは裏腹の結果だ。どうやら少なくとも日本に限って言えば、金銭至上主義に目がくらんだけで、残念ながらその事が幸せな国民を育んだ訳では無い様だ。<br><br>よって、今般の先進国の債務問題は、世界金融危機を起こした人々程でなくとも、やはり金銭に対する欲がありすぎる多くの国民が引き起こした問題なのではないだろうか。日本の現状に虚しさを感じるのは、結局はこうして借りた他人の金で生活が成り立っているからでは無かろうか。そこまでして金銭を拝む必要があったのだろうか。日本の将来に、今居るくらいどん底から抜け出る為の明るい出口はあるのだろうか。日本のこれからを考えると疑問ばかりが残る。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10576572879.html</link>
<pubDate>Tue, 29 Jun 2010 12:20:32 +0900</pubDate>
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<title>貧困が生む不法移民から国の競争力低下に至るまでの経済的悪循環の構図</title>
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<![CDATA[ 貧困から始まりアメリカへの不法移民の増加を経る問題は前回説明した様に社会的な事象が絡んでいるが、その投稿記事にもあちらこちらに顔を覗かせた通り、経済問題も大きく関連している。具体的には、貧困自体が中米の重要な経済問題だし、その為に付加価値の低い仕事でも比較的高い給料が期待出来るアメリカへ不法移民が向かう理由も、そう言った移民がアメリカから本国の家族の元へ儲けた給料の一部を毎月送金するのも、中米の貧困地域を中心に青少年ギャング団が脅迫金を要求する為に商店が閉店しざるのを得ないのも、全て経済的事象だ。経済的観点から分析しても不法移民を中心とする問題にもやはり悪循環の構図が出来上がっている。今回はこれを説明する。<br><br>前回説明した通り、アメリカへ不法に渡った中米の人々は、せっせと一生懸命働いてお金を稼いでは一部を本国の家族へ毎月の様に送る生活をする。もう少しこの実態を分かりやすくする為に、少し前のデータになるが2007年に米州開発銀行が行ったアンケート調査によると、中米への送金者一人当たりの毎回の平均送金額は約US$300だ。この額は日本の皆様には大したものに感じられないだろうが、一日 US$10で生活をする家族も多い中米ではそれだけでも生活が出来てしまう訳だ。上述の調査によると、中米域国民の約2割が海外送金を受けるので、そう言った家族、またこれらの中米人がこのお金を使う事によって活性化される経済は、大きな恩恵を受けている－。<br><br>－だが、事はそれほど単純ではなく、中米経済は海外送金によって大きなダメージも受けている。と言うのも、本国に居る側の人々からすれば、この送金は苦労もなしに受けた収入であり、これが国の経済に大きなひずみを生む。そのひずみが出現する一つの市場は労働市場だが、送金と言う事象が起こっていなかった場合に比べて実質賃金が上昇する。これは何故か説明すると労働の供給側に居る、送金を受ける労働者としては、既にある程度の収入を確保しているので労働する事は二の次になってしまい、働くのなら送金を受けた以前の賃金以上の額の為なら働く、と言う心理が作用する為にこの様な結果を生む。<br><br>この為に賃金が上がってしまう事は労働者を雇う企業等だけではなく、経済全体に大迷惑をもたらす。これは何故かと言うと、雇う方としては賃金を上げざるを得ず、その為に企業が生産する物やサービスの値段を上げなければいけなくなる。この事は中米の様に、経済がかなり開放されている国にとっては他国のより安い産品との競争に負ける事を意味しており、要するに輸出産品を含め、中米企業の競争率の低下をもたらす。<br><br>この労働市場への影響に加え、海外送金はエルサルバドルとパナマの完全ドル化した国を除いては、もう一つの影響により輸出産品にとって好ましくない影響を与える。ドル建てで海外送金されると中米で受け取る側は当然自国で使える様、自国通貨に換金したお金を受け取る。この事は、他国の通貨に比べて自国の通貨の需要を増やすので、中米の通貨の値段が高くなるのだが、要するに以前に比べてより少ない自国の通貨で米ドルに換金出来ると言う事だ。逆に言えば中米が輸出する品物を仕入れるのに中米の通貨を必要とする中米域外に居る買い手にとっては、以前より多くの米ドルを支払わなければその品物を購入出来なくなるので、その買い手にとっては中米の産品は高くなる訳だ。<br><br>こうして海外送金は、中米経済に大きなひずみを生んでいるのだが、これに加えて前述のアンケート調査によると海外送金額の4分の3は日常の出費に使われる。よって、折角アメリカで一生懸命不法移民が家族の為に働いて稼いだお金は本国で長期的に利益を収穫出来るような目的に使われる事無く、短期的な利益しか得られない消費に充てられるので消費経済を生み、泡のようにいとも簡単に消滅してしまう。よって、海外送金は中米で造られる製品の競争率を低下させ、生産を基にした経済よりは消費経済を促す効果を生む。<br><br>結果として、前回紹介した治安の悪化にも影響され、企業は生産を減らし、雇用もそれに応じて減少し、貧民を始めとした国民がより貧しくなる。こうして移民問題を中心とした事象は、貧困、不法移民、海外家族送金、競争力低下、雇用の減少、貧困の悪化にまで至り、何度も何度も繰り返される経済的悪循環が生まれるのだが、中米は今でもこの呪いから抜け出せていないどころか、日々悪化し中米の経済を苦しませている。<br><br>但し、送金が上述の様な空しい使われ方をされる責任は、使ってしまう人々にあるのではない。と言うのも彼らの殆どは貧しい生活をしており、受け取ったお金を全て生活する為に必要最低限の支出の足しにする以外には無いのだ。この送金額は見方を変えれば中米諸国の政府が、収入源を殆ど持たない貧民の手当てが出来ていない為に存在する、いわゆる社会保障金なのだ。中米に多大な社会的、また経済的ダメージを与えるこの悪循環を断ち切る為に、中米各国は糸口を早急に見つけ出し、対応する事が望まれる。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10573746746.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Jun 2010 10:08:28 +0900</pubDate>
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<title>国際価格が高騰する金の主要供給地域としての中米？！</title>
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<![CDATA[ 世界経済は回復基調にはあるものの、ポルトガル、イタリア、アイルランド、ギリシャ、スペインのPIIGS（英語のPIGS－豚－に因んだ呼び名）と呼ばれる様になってしまった国々の財政赤字が大きく膨れ上がってしまい、これが世界の金融市場を皮切りに新たな不景気をもたらすリスクが危ぶまれている中、投資効率は低いが安定している金の需要が高まっている。もう少し正確に言えば金の需要は2001年から着実に長期的に上がっており、その当初一オンス当たり US$300弱だったのが、今ではUS$1,200にまで上がっているのだから大いに急騰している。<br><br>この金だが、国内の需要を満たす為にアメリカも2009年はUS$81億と多額を輸入しており、これは2008年比43％の上昇率だ。実は中米の数カ国も金をアメリカにわずかながら輸出しているのだが、額はグアテマラがUS$295百万、ホンジュラスがUS$71百万、ニカラグアがUS$47百万と、全体に対する割合は低い。<br><br>だが、金の中でもアメリカの輸入額に、中米からの輸出がより大きく占めるある「金の産品」がある。この「ある金の産品」のアメリカの2009年の輸入額は US$600百万と上述の金の輸入額にはとても適わないがそれなりの額だ。こちらの成長率も2009年は前年比24％増なので、やはり絶好調だ。<br><br>この「金の産品」の輸入額のうちパナマを合わせた中米6カ国は2009年は合わせて32％を占めたので、中米の小国が占める割合は大きいし、ほぼ年々占有率を上げている。中米ではコスタリカとパナマが2002年にこの物品の輸出を始めてから先駆者となったのだが、現在の輸出額が一番多いのはホンジュラスの US$81百万で、一番少ないのはグアテマラのUS$9百万だ。輸出開始が2004年と他国に後れを取ったエルサルバドルの成長率が特に目覚しく、開始翌年からの輸出額の年間平均成長率は395%だ。ホンジュラスやエルサルバドルの様な小国にとってはこの金の様な年間US$50百万を超える輸出物品は、国の発展を牽引する産物だ－。<br><br>と言いたい所だが、実はこの「金の産品」は、世界で共有して税関が使う輸出コードの分類では単なる金くずとして区別されるものだ。より具体的に言うと、これはネックレスなどの装飾品として使う使用済みの中古の金製品であり、中米に近年多くの店が開店した古物商が集めてアメリカに輸出している物に過ぎない。これらの店の体裁や宣伝、広告はしゃれたモダンなデザインをしており如何にも近代的なビジネスとしてのイメージをアピールするが、その実態は昔からある古物屋と言う商売だ。<br><br>そう言った店の実態はさておき、気になるのはこの様に大した付加価値を生まない製品が2009年に、加工貿易区（マキーラ）で作られる縫製製品を除けば中米の41番目の輸出額を誇る製品になっている事だ。2008年には輸出額のトップ50品目に入っていなかったのだから、かなりの跳躍だ。しかもホンジュラスとエルサルバドルにとっては7番目の輸出品目だ。この事は中米の各国にどれだけ輸出して他国で需要がある製品が不足しているかを明瞭にしている。<br><br>エルサルバドルの輸出促進協会が毎年選ぶ輸出業績最良企業として、去年は箱やケースを造って輸出している企業が選ばれた。この企業は箱とは言っても、高級な装飾品などを包む為のケースを造っているのだからある程度エルサルバドルで付加価値の高い製造業を行っているではないか、と言うのが協会がこの企業を選んだ理由を正当化する説明だろう。でも箱作り屋が造るのは所詮単なる箱で、それよりもその箱に包まれる製品を中米で造れる様になり、そう言った企業に輸出業績の最優秀企業になってもらいたいものだ。その様な現実はまだまだ夢のまた夢であり、どうやら中米の経済発展の道のりはまだまだ遠くまで続く様だ。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10571795579.html</link>
<pubDate>Thu, 24 Jun 2010 07:48:36 +0900</pubDate>
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<title>輝かしき中米コーヒーの風土と文化（3）</title>
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<![CDATA[ 小寒い夜が明け朝日が上がり、気温が穏やかに上昇するとシャーと聞こえてくる。中米の高地にあるコーヒー農園の一場面だ。だが、この音は豆が栽培されている農地から聞こえて来るものではない。いや、摘まれた豆が水洗式精製を経た後にパティオと呼ばれる、精製施設内にあるレンガ敷きになった中庭で、攪拌棒を使って精製所の労働者がコーヒー豆の層を混ぜている音だ。<br><br>パティオいっぱいに広げられたコーヒー豆の厚さ数センチの層が、ごつい熊手の様な爪が何本か先に付いた攪拌棒に掻き混ぜられてこういう音を出すのは、水洗式精製を経て濡れたコーヒー豆がパーチメントと言う固い殻を外部に備えているからだ。この殻はピスタチオのナッツの食べられる豆の外側に付いている、半分開いた状態の殻に似ている。この殻が擦れ合う為にシャーと言う音が鳴るのだ。<br><br>この作業は上記の通り手作業であり、労働者がじゅうたんの様に豆が広げられた区画の一端から逆側の端へ歩いて行ったり来たりしながら行うのだが、こうして日光を直接受ける豆と、層の下側で前日に日光から与えられたレンガが保っている熱を、ゆっくりと受ける豆とを換える事によって、豆は少しずつ乾いていく。また、攪拌された豆はその方向に従って山と谷が入り組んだ列を作るのだが、豆の山が陰を作り乾燥が足りない豆が出ない様に、攪拌作業担当者は日光の方向に合わせた列が作られるように配慮する。<br><br>攪拌の頻度は、外気温や日照の強度に左右されるが、一日に数回行われる。攪拌をしなければコーヒー豆の層のじゅうたんの上側にある豆は乾燥しすぎ、また下側にある豆は十分に乾燥しないどころか、コーヒーにとっては天敵であるカビが生えてしまう恐れがある。カビの生えたコーヒー豆は重大な欠点豆なので、恐らく一般の読者の方々にはその様なコーヒーを飲まれた事がある方は居られないと思うが、まるで新聞紙を口に含めて噛んでいるかの様な味がし、とても褒められたものではない。コーヒー豆はこうして外気温や日照の強度によって3日間から10日間程乾燥させるのだが、上述の様な低質のコーヒーが世に出ないように、パティオで攪拌を行う労働者は入念に乾燥作業を行う。<br><br>水洗式と乾式の双方の精製過程を終えた後の高級コーヒー豆は、欠点豆を除く為の選別を行うのだが、これにも時代錯誤かと思われる方法を取る農園が今でもあり、ハンドピックと言われる人の目と手に頼る選別作業が行われる。幾ら精度高く精製した後でもコーヒーの味を台無しにする欠点豆は混じってしまっているので、選別作業は不可欠だ。そこで農園によっては、特に高級な豆に際してはコストアップだが精度の高い、人手による選別作業を行う。この為にこう言った農園では何人もの女性の労働者がせっせと豆を良し悪しに分ける光景を見かける事が出来る農園がある。<br><br>中米の農園と精製所の労働者が誇りを持って行うコーヒーの栽培と精製の手作業について紹介したが、当然の事ながら農園主も世界で美味しいコーヒーが飲まれる為に大いなる努力をしている。次回はその事について触れたい。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10570113461.html</link>
<pubDate>Tue, 22 Jun 2010 12:15:10 +0900</pubDate>
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<title>輝かしき中米コーヒーの風土と文化（2）</title>
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<![CDATA[ 中米のコーヒー農園の風土と文化を際立たせる要素として、前回紹介した年季の入った建物を始めとする農園施設の他にあるもう一つの魅力満点要素は、そこで従事する人々が生み出す風情だ。彼らがコーヒー農園に加える深い味の元は、コーヒーの栽培や精製工程が手作業で行われている事だと思うが、日本を始め世界で飲み親しまれている中米のコーヒーの多くの工程が手作業で行われる事は決して軽視されるべき事では無い。何故なら、手作業にはその作物を作っている人々の熱意や愛情がよりその作物に染み込み、一級の作品が出来上がるからである<br><br>では、どう言ったコーヒーの栽培や精製工程が手作業で行われるかと言うと、栽培工程における代表的な例は熟した豆の摘み取りだ。中米では地域や高度によって毎年9月から翌年の4月までがコーヒー豆の収穫時期なのだが、熟した後の豆が過成熟し発酵や果たしては乾燥してしまう以前に摘み取る必要がある。その為、各農園は栽培面積に従いこの作業に多くの労働者を雇い、数週間の短期間で収穫を行う。<br><br>収穫時期にある農園の一日は明るくなる早朝午前6時頃から始まり、豆の摘み取りは午後3時ごろまで続く。豆の摘み取り作業と言ったら経験した事のない方々には、いとも簡単な作業であるかのように思えるだろうが実際はそうではない。と言うのも同じ農園内にある木でも豆の熟成時期は全て同時ではなくてんでばらばらだからだ。一本の木に上から下まで何百とついている豆でも、それぞれ熟成時期が違う為に摘み取り作業には一粒ごとに豆の色を良く観察し、摘み取るのに熟度が最適であるかを見極めると言う細かい作業が求められるので、女性が多く雇われる。<br><br>また、この作業には一日中歩きながら豆を摘み取る為の体力も必要なので、若い女性の労働者が多いのだが、彼女らはコーヒーの収穫時期に合わせて学校が休みとなる子供や家で飼っている犬までを農園に連れて摘み取りに挑む。こう言ったお母さんの中には赤ん坊を背負いながら摘み取り作業をする女性までもが居る程だ。<br><br>摘んだ豆は労働者それぞれが腰に添えた、手編み等のかごに入れ、それを約50kgのコーヒー豆が入る麻袋に移し替え、勾配の激しい農園の中、数十メートル以上それを肩に担いで日が沈んで暗くなる前に農園の中心地区にある集荷場へ直接、或いは集荷場へ向かうトラックが拾ってくれる路上まで持って歩く。これは言うまでも無く重労働であり大変な作業だ。<br><br>集荷場では農園が夫々の労働者に対してその日に収穫した豆の対価を支払う為に麻袋に入った豆を計量する光景が見られる。農園の労働者は豆を量る列に並ぶのだが、豆は量だけではなく、未成熟豆や過成熟豆などが混合していないかと言った品質でも評価されるので、その周りで摘み取った豆を広げ選別もする。集荷場に集まった大衆の中には上述の摘み取り母さんの子供や犬までもが参加しているので、この光景は実に賑やかなものである。この様にして仕事に尽くした労働者の農園での収穫時期の一日は終わる。<br><br>この様に中米のコーヒーの摘み取り作業は風情のある状況の下で行われるのだが、グアテマラの地域によってはこれにプラスアルファとして、先住民族の方々が摘み取りを始めとする作業を行っている農園も多い。この事がどの様にしてコーヒーの摘み取り作業をより派手やかにするかは、日本で缶コーヒー飲料として愛飲されているサントリーのレインボーマウンテンの宣伝や広告をご覧になられた方は想像出来るだろう。毎日着る衣服を含め今でも伝統を守る先住民族女性の衣装は、色とりどりの華やかで実にユニークなものであり、彼女たちの存在がグアテマラの農園を美しく飾る、と言っても過言では無い。<br><br>コーヒー豆の摘み取り労働者の中には祖父母から代々行っている労働者もいるのだが、真っ赤になった豆を一つ一つ丁寧に摘み取る手からは、コーヒーに対する深い愛情を豆へ移入している事は言うまでも無く、これが中米のコーヒーを美味しくする秘訣であろう。次回は引き続き中米コーヒー農園の人々がもたらす魅力について綴る。
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<link>https://ameblo.jp/autor/entry-10569330291.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Jun 2010 13:59:18 +0900</pubDate>
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