<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>ＡＶＭという脳の病気と闘うブログ</title>
<link>https://ameblo.jp/avmtotatakau/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/avmtotatakau/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>同じ病気になった人へ、もしくは同じような境遇の人へ自分の日記として残すために</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>理想と現実</title>
<description>
<![CDATA[ 一時退院をしてから、3日目。<br><br>昨日の体調不良から<br><br>なかなか寝れず考え事もしたくない為、YOUTUBEにて動画を縦横無尽に見渡す<br><br>見てるか見てないのか　それすら解らないぐらいの感覚で時間を消費していた朝5時。<br><br>目が覚めたのは10時半ぐらい<br><br>何もやる事がないのに、起きるのが憂鬱なのは辛いもんだ。<br><br>一番上の姉が今日は家に来てくれる約束。<br><br>「何か買っていくよ」<br><br>そう言われても食欲があるのか、何が欲しいのかもわからん<br><br><br>姉が家にやってきた。<br><br>話をしていると、また体調不良に襲われる<br><br>まったくどうしようもない<br><br>1人でいる事が楽だと感じてしまう<br><br>そのまま姉は気を使って帰ってくれた。<br><br>申し訳なさが頭の中を埋め尽くす。<br><br><br>夜次女が自宅の玄関のドアノブにミスドの差し入れを置いていってくれた。<br><br>俺が人に会いたくないのを理解して顔は合わせていない。<br><br><br>こんなに時間があるのに、何もせず時間の無駄使いを感じつつ<br><br>ただ深く考える事もしたくなく。<br><br><br><br>自分が想像以上にダメージを受けているんだと思う。<br><br>2人の自分が頭の中で意見を交わす。　良い事嫌な事の口げんかだ。<br><br>早く折り合いをつけてほしい　と自分で自分に言い聞かす。<br><br>この苦悩は自分を成長させてくれるはず。<br><br>グッとこらえろ<br><br>必ず何かチャンスが訪れる。<br><br>明日は外に出て散歩でもしてみよう。と思っている。思っているだけかも。<br><br><br>＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>体の左側に違和感を感じる。<br><br>俺のＡＶＭは右脳側だ。その影響だろう。<br><br>左手の中指が異常に攣っている。<br><br>まぁ死ぬこと以外かすり傷だな。<br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/avmtotatakau/entry-12143853443.html</link>
<pubDate>Sun, 27 Mar 2016 20:59:12 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>闘う覚悟</title>
<description>
<![CDATA[ 今日は一時退院を許されて自宅に戻って2日目<br><br>1日目は不安がありながらも、入院生活で溜まったストレスを発散するべく、コンビニで好きな食べ物を買い・好きなドラマ・音楽を聴いてリラックスしていました。<br><br>今日は姉が家に子供たちを連れてくるという事で、部屋を片付け来るのを待っていました。<br><br>体調は正直優れず、微熱続きでテンションは低め<br><br>近くまで来たという事で、迎えに行きました。<br><br>テンションは低かったが、遠くに見えた子供たちの笑顔を見ると自然と笑顔になり、ルンルンで近寄ってくる姿が何とも嫌なものを忘れさせてくれた。<br><br>自宅についてからは子供たちとアニメを見たり、小さなヘリコプターのラジコンを部屋で飛ばして遊んでいた。<br><br>姉は心配でわざわざ来てくれたんだろう。<br><br>申し訳ない気持ちを感じつつ、差し入れのおにぎりを頬張った。<br><br>それから数時間経ったころ<br><br>自分の体調の悪さを感じ始め、横になる。<br><br>どうやらまだまだ体調は悪いようだ。子供たちの声やＴＶの音が急に苦痛になる。<br><br>そうこうしていると吐き気・手のしびれや急な寒気に襲われる<br><br>我慢できそうで出来ないと判断<br><br>かかりつけの病院に急遽タクシーにて向かう<br><br>意識がもうろうとする中、ＭＲＩに入る。<br><br>出血は無かったようだ　一安心<br><br>姉の旦那も駆けつけてくれたが、挨拶する元気すら最初はなかった。<br><br><br>時間が経つにつれ体調も回復　1泊入院を勧められるも断り<br><br>1人は危険だと、姉の家に来るよう言われるがそれも断り<br><br>正直1人は不安だけど、体調が戻れば全然大丈夫な気持ちでもある。<br><br>そして迷惑はなるべくかけたくない。病院だってタダではない。<br><br><br>自分の家まで送ってもらいそこで別れる。<br><br>帰り際　姉の旦那に言われた「がんばろう！」<br><br>心に響いた。　家についてから思いっきり涙が出た。感謝と悔し涙のＭＩＸ<br><br>まだ手術もしていない。<br><br>ここからが本当の闘いだと理解している。<br><br>負けない、この病気になったことが転機でありプラスに変える事が出来るかが勝負だ。<br><br>必ず良い転機だったと思ってやる！<br><br><br><br>＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>今日病院に行った時に乗ったタクシー<br>運転手は高齢者だ。　高齢者が働くのは大いに結構　素晴らしい<br>しかし耳が遠い、道に疎い　これは大きな問題ではないのか？<br><br>こっちの気分は一刻を争っている気分であり、その状態の時にあれは正直無い<br><br>苛立って声を荒げて道を何度も伝えた。伝わらないから更に何度も。<br><br>一緒に乗っていた子供たちに嫌な思いをさせたと反省<br><br>子供は敏感だ。　<br><br>タクシー会社の運営について疑問が出た1日だった。<br>高齢者を使うなら、もっと教育やタクシーの設備を整えるべきだ。<br>＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/avmtotatakau/entry-12143503690.html</link>
<pubDate>Sat, 26 Mar 2016 22:13:18 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>自己紹介</title>
<description>
<![CDATA[ ＡＶＭという病気について・・・<br><a target="_blank" href="http://neurosur.kuhp.kyoto-u.ac.jp/patient/dis04.htm">京都大学　医学部付属病院のサイトに書いてあるＡＶＭについて</a><br><br>ＡＶＭ－脳動静脈奇形<br><span class="fw">脳動静脈奇形（ＡＶＭ）</span>は一種の血管の奇形です。身体の血管は普通動脈から毛細血管となり、そこで酸素や栄養を組織に与え、変わりに不要な老廃物を血液に取り込んで静脈となり、心臓へ戻ります。ＡＶＭは動脈が異常な血管の塊を通って直接静脈と繋がっています。ＡＶＭは普通無症状ですが、<span class="fw">けいれん</span>を起こして始めて分かる例があります。またＡＶＭは<span class="fw">出血</span>することがあり、<span class="fw">脳内出血</span>や<span class="fw">くも膜下出血</span>の原因となります。ＡＶＭの出血は若い人に多く、<span class="fw">20－40歳台</span>で発症しますから、若い人の脳出血とくに脳葉出血、くも膜下出血はＡＶＭを疑います。<span class="fw">出血の頻度は年間2－3％程度</span>と考えられていますが、一度出血したＡＶＭは1年以内に再出血する率が6％と高くなります。<br><br>＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿＿<br><br>僕がこの病気を知ったのは2016年3月　幸か不幸かちょうど僕の誕生日でした。<br><br>30歳を超えてから著しく体調不良が目立ち始め、当時仕事の過労で倒れた際に、パニック障害を宣告された事もありました。　<br><br>当時は自営業ということもあり、仕事に必死になっており体調を崩してもしょうがないぐらいの日々を送っていたと記憶しています。<br><br>色々な幸運や助けにより、その後3か月程度の休養で、パニック障害を短期間で乗り越え社会復帰をしておりました。　実際完治していたかは謎でしたが・・・<br><br>その後は「体が資本だ！」という事で、ジム通いを始め自分の体との向き合い方が変わった良い機会だったと思っていました。※もちろんサボりサボりですが、継続は一応してました。<br><br>ご縁があり、とある仕事のプロジェクトの立ち上げ話をいただき、プロジェクト長として仕事を一生懸命しておりました。<br><br>パニック障害から2年以上が立ち、発作の不安はありつつも平穏な日々を過ごしていました。<br>そんなある日<br><br>仕事が終わり家に帰ると目がチカチカして虹色の点滅が目を閉じても消えず、最初はＰＣの使い過ぎで目が疲れたのかな？なんて思いながら夕食を作っていたのですが、その点滅が消えず気が狂いそうになりパニック障害の事が頭によぎりました。<br><br>これは倒れるかも　と思い姉に連絡をしタクシーにて姉の家に行きました。<br><br>その時は姉の家に到着後、時間と共に点滅が無くなり、一安心して1泊し自宅に戻りました。<br><br>それから1か月後ぐらいで、また同じように家に帰った際に虹色の点滅が始まり、<br><br>「また始まった～」と黙っていれば治るだろうと部屋を暗くして安静にしていたところ点滅がなくなり、その日もそのまま何も無かったように就寝しました。<br><br>そしてまたその1か月後事件が起きました。<br><br>仕事が終わる30分前ぐらいに社内にて、また点滅が発生　<br><br>もう何度もなっていたので、一旦職場の違う場所に移動し暗い部屋で安静にしておりました。<br><br>しかしなかなか点滅が消えず体調が異常に悪くなり、無言で自分のデスクに戻り財布と携帯をポケットに入れ誰にも言わずタクシーに乗り自宅に帰りました。※すでに喋る事すら出来ない状態というのが正しい<br><br>自宅に戻ってから横になり、様子を見ていたが体調が良くなるどころか悪化していき何時もと違うと悟りました。<br><br>気合を入れて職場に電話をして、<br>「体調が悪いから自宅に帰ってきた。やり残した業務をやっておいてほしい」<br>と平然を装い喋りました。<br><br>しかしこの時点ですでに目の焦点が合わなくなっており、携帯の画面が見えない状態になっていました。<br><br>震える体と見えない目の焦点を合わせ姉に連絡　状態や住所を伝え電話を切りました。<br><br>そこからは意識を失ってしまい、断片的に救急車で運ばれた事や病院にいる事は覚えてます。<br><br>はっきり覚えている記憶のところでは家族が全員集まっていた事。<br><br>これはやばい事になっているな　ともうろうとしながら思った事を鮮明に覚えています。<br><br>意識が戻ったころに自分が病気になっているという事が判明しました。<br><br>最初は脳梗塞じゃないかという事で絶望的な状態だったみたいですが、幸い脳の出血は無くこのＡＶＭだったことが判明しました。<br><br><br>自分の場合は視神経の近くにこの病気を患っており、それにより視覚の点滅やそれによる痙攣を起こしているようでした。<br><br>更にはパニック障害と診断された事も実はこれが原因だったんじゃないか　という事になりました。<br><br><br><br>今このブログを書いているのは一時退院の許可がおり、1週間ほど次の外来まで時間があります。<br><br>手術をするのか？そのままにするのか？どのような手術をするのか？<br><br>そういったことを考える時間になっています。<br><br><br>同じ病気になった人や脳関係の病気になった人の何か参考になればと思い書き綴っています。<br><br>長くなりましたが、読んでいただいた方ありがとうございます。<br><br><br><br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/avmtotatakau/entry-12143492604.html</link>
<pubDate>Mon, 21 Mar 2016 21:22:57 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
