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<title>ポエムのブログ</title>
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<title>2010年注目の俳優＆女優は？　ペネロペ クルス　by 葉狩剰滋</title>
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<![CDATA[ <h4 class="ymov-mn"><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/e8/f4/j/o0367050010384002072.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/e8/f4/j/t02200300_0367050010384002072.jpg"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/79/18/j/o0500033210384002265.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/79/18/j/t02200146_0500033210384002265.jpg"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/e2/32/j/o0500037510384002079.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/e2/32/j/t02200165_0500037510384002079.jpg"></a><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/b0/7a/j/o0399050010384002077.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/b0/7a/j/t02200276_0399050010384002077.jpg"></a><br><br></h4><h4 class="ymov-mn">1974年4月28日生まれ　スペイン／マドリード出身</h4><!--biographical--><p class="ftext">本名はPenelope Cruz Sanchez。商人の父と美容師の母という家庭に生まれる。14歳のときにモデルとしてデビューしTVに出演。その後、高校を中退して仕事をしながら国立芸術院9年間クラシック・バレエやスペイン舞踊を学ぶ。NYでも4年間ダンス学校に通っていたという。映画デビューは92年の「ハモンハモン」。この作品で妊娠した身で他の男に走る娼婦の娘を熱演し、スペインの映画賞であるゴヤ賞の主演賞候補になった。以降「ベルエポック」、「オープン・ユア・アイズ」とスペインを代表する監督の作品に出演。「ライブ・フレッシュ」に続き出演したアルモドバル作品「オール・アバウト・マイ・マザー」をきっかけに一躍ハリウッドでも注目の若手女優となる。以降はイギリスやアメリカの映画にも出演するようになり、マット・デイモンやニコラス・ケイジ、ジョニー・デップらと共演。近年スペインで最も人気のある新進気鋭の女優と成長した。私生活ではマザーテレサの修道会でボランティア活動に参加したりと慈善活動にも精力的に参加している。01年、「バニラ・スカイ」での共演をきっかけにトム・クルーズとの交際がスタート、一時は結婚目前と伝えられたこともあったが、結局04年1月に破局を迎えた。</p><p class="ftext"></p><p class="ftext">作品賞ドラマ部門、そして監督賞は、3D時代の本格的な到来を彩るかのように、『アバター』とその生みの親であるジェームズ・キャメロン監督が受賞。3Dで奥行きを表現した映像は圧倒的。私たちが抱える環境問題、それを生み出した人間の驕りなどを盛り込みつつも、娯楽性たっぷり。自らの分身となるキャラクター＝アバターというネット世代にはなじみ深い現代的なモチーフを使い、人類最大の課題のひとつである自然、そして異なるものとの共存をテーマに、2時間42分という超大作に仕上げた意欲は素晴らしい。ただ、個人的には、予定調和的ストーリー、ベースの物語に目新しさを感じられず先が見えてしまう展開、分かり易すぎる布石などがちょっと気になりましたが。とは言え、常に映画界に新風を吹き込む可能なキャメロン監督のクリエイター精神は大好き。落ち着くところに落ち着いたのかな、という感想でした。アカデミーがどう出るかが、また楽しみになりましたね。<br><br>さて、役者のノミネート＆受賞では、常連やベテランたちが幅を利かせていましたが、そんな中で新鮮さを感じさせていたのが、女優賞ドラマ部門。受賞したのは『しあわせの隠れ場所』のサンドラ・ブロック（右上写真）でしたが、ノミニーの中にはエミリー・ブラント（『ヴィクトリア女王　世紀の愛』）や、キャリー・マリガン（上写真／『17歳の肖像』）、ガボレイ・シディビー（『プレシャス』）などのフレッシュな顔ぶれも。特に、『プレシャス』は、映画祭での上映では観客からの支持も高く、ゴールデン・グローブでも作品賞や助演女優賞にもノミネートされていて、助演女優賞ではコメディアンのモニークが受賞も果たしていますから、アカデミー賞でも台風の目となりそうな予感です。この勢いに乗って、主役を演じたガボレイが、一気に注目の新人となるのは間違いなさそう。<br><br>若手男子で注目と言えば、昨年末にコラムでもご紹介したキュートな恋愛映画『（500）日のサマー』で主役を演じ、ゴールデン・グローブで男優賞ミュージカル・コメディ部門でノミネートされた、ジョセフ・ゴードン＝レヴィット（左写真）。28歳ですが、映画デビューは1992年公開の『リバー・ランズ・スルー・イット』で、“10歳以下の最優秀俳優賞”＝ヤング・アーティスト賞をすでに受賞しています。出演作も『陪審員』、『セントアンナの奇跡』ほか多数ですが、ノミネートとはあまり縁がなかったということ。『（500）日のサマー』を機に、認知度がより高まることでしょう。ただ、今回は、残念ながらライバルが悪かった…。受賞したのは、『シャーロック・ホームズ』のロバート・ダウニーJr.。それにしても、彼の活躍ぶりは完全復活の様相を呈していて、すっかりアカデミーの常連さんに。それにしてもこの作品が、ミュージカル・コメディとして扱われたのは意外でした。<br><br>ベテラン系の女優として注目なのは、今年もペネロペ・クルス。外国語映画賞で盟友ペドロ・アルモドバルと組んだスペイン映画『抱擁のかけら』がノミネートされたばかりか、オールスターキャストで話題のミュージカル映画『NINE　ナイン』で助演女優賞候補に。主演のダニエル・デイ＝ルイスとマリオン・コティヤール以外でのノミネートは彼女だけ。確かに、妖艶なぷりぷりボディと熱っぽい踊り、甘い甘～い愛人ぶりは、終演後も妙に印象に残ります。『それでも恋するバルセロナ』以上の“本領発揮”でしょう。ジュディ・デンチ、ケイト・ハドソン、ソフィア・ローレン、ステイシー・ファーガソン（ファーギー）、そして因縁のニコール・キッドマンらを事実上抑えているのですから、やはり今年も気になる存在であり続けてくれそうです。</p><p class="ftext"></p><p class="ftext">1月20日18時25分配信葉狩剰滋</p>
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<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 20:54:14 +0900</pubDate>
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<title>マイケル ジャクソン　米グラミー賞授賞式、3Ｄ放送で　by 葉狩剰滋</title>
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<![CDATA[ <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/e0/00/j/o0200015010383987268.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/e0/00/j/t02000150_0200015010383987268.jpg"></a><br>米音楽界最高の名誉とされるグラミー賞の授賞式で、昨年６月に急死した米歌手マイケル・ジャクソンさんが生前、ロンドン公演のためにヒット曲「アースソング」に合わせて作った３Ｄ映像が初めて披露され、セリーヌ・ディオンやキャリー・アンダーウッドらがジャクソンさんの声と一緒に歌うことが分かった。主催団体が２０日明らかにした。 <br>　ジャクソンさんは今年のグラミー賞で、功労賞を贈られることになっている。<br>　３１日にロサンゼルスで開催される授賞式では、そのほかアッシャーやジェニファー・ハドソン、スモーキー・ロビンソンも、ジャクソンさんの声に合わせて歌い、その功績を称えるという。<br>　グラミー賞のプロデューサーでジャクソンさんと仕事をしていたケン・エールリッヒ氏は声明で、「アースソング」の３Ｄ映像は、「マイケルのコンサートツアーで最も大切だった部分の１つであり、最後のリハーサルでマイケルがこの映像を初めて見たとき、目に涙を浮かべていた」と明かした。<br>　主催団体によると、同授賞式での３Ｄ放映は初の試み。会場の観客に３Ｄ眼鏡が配られるほか、米ＣＢＳテレビと米小売大手ターゲットの協力により、米国のテレビ視聴者らにも３Ｄ眼鏡が無料で配布されるという。<br>1月21日17時31分配信葉狩剰滋
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<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 20:40:59 +0900</pubDate>
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<title>板橋区が犬の登録率アップ目指し、住民票発行へ　by 葉狩剰滋</title>
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<![CDATA[ <br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/3d/33/j/o0267020810383942136.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/20/avocad002/3d/33/j/t02200171_0267020810383942136.jpg"></a><br>飼い犬に、かわいい住民票を発行します－。東京都板橋区は２０日、飼い犬の名前や写真、住所などを証明する「犬の住民票」を発行する新サービス（無料）を２５日からスタートさせると発表した。都内２３区で初の試み。ペットブームで愛犬家は増えているものの、自治体への登録をしない飼い主も多い。そこで区は、住民票で愛犬家を引きつけ登録率アップを目指す。<p>　狂犬病予防法では、狂犬病が発生した場合に備え、飼い主に居住自治体に犬の登録をするよう義務付けている。しかし、ペットショップで犬は買ったものの自治体への登録を面倒がる飼い主も多く、都内では登録が進んでいない。板橋区内でも約５万匹の飼い犬のうち、登録されている犬は平成２１年４月現在、３分の１の約１万７千匹にとどまっているのが実情だ。</p><p>　狂犬病は昭和３２年以降、日本国内では発生していない。しかし中国やインド、フィリピンなどのアジア圏ではメジャーな病気で、平成１８年にはアジア圏で狂犬病にかかった犬にかまれた日本人が死亡している。</p><p>　今後、狂犬病が発生しないとは否定できないことから区では、１匹でも多くの登録を促そうと、登録済みの犬を対象に住民票の発行を決めた。</p><p>　自治体が発行する証明書としてはユニークで犬の個性をまるごと紹介できる内容。犬の名前や住所、生年月日や種類、毛色や登録番号などが区から証明されるほか、写真をはれるスペースも用意されている。また予防接種の記録や父母の名前やチャームポイントなども飼い主が書き込める。</p><p>　担当の区保健所生活衛生課は「住民票で飼い犬の情報を交換できるようなアイテムに育ってほしい」と話している。葉狩剰滋による<span id="__r_publish_date__">2010.1.20</span></p><!-- grok target body end -->
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<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 20:00:46 +0900</pubDate>
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<title>ルーマニア革命 (1989年)　発端　勃発　by 葉狩剰滋</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/95/78/p/o0180012510383766400.png"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/95/78/p/t01800125_0180012510383766400.png"></a><br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/18/5a/g/o0250025010383766396.gif"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/18/5a/g/t02200220_0250025010383766396.gif"></a><br></p><div class="thumb tright"><b>1989年<a title="12月16日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8816%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月16日</font></a></b> - ルーマニア西部の都市・<a title="ティミショアラ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%9F%E3%82%B7%E3%83%A7%E3%82%A2%E3%83%A9"><font color="#002bb8">ティミショアラ</font></a>で民衆による<a class="mw-redirect" title="デモ行進" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%87%E3%83%A2%E8%A1%8C%E9%80%B2"><font color="#002bb8">デモ</font></a>が発生。治安警察（<a title="セクリタテア" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%82%BB%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%82%BF%E3%83%86%E3%82%A2"><font color="#002bb8">セクリタテア</font></a>）がデモ隊に発砲、多数の死傷者が出る（しかし、後になって近所の<a title="病院" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E7%97%85%E9%99%A2"><font color="#002bb8">病院</font></a>の死体置き場から盗まれた遺体が現場に転がされていたと言う<a title="噂" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E5%99%82"><font color="#002bb8">噂</font></a>が広まった）。 </div><p sizset="3" sizcache="0"></p><ul><li>このデモは人権活動家で<a class="new" title="ハンガリー改革派教会 (未作成ページ)" href="http://blog.ameba.jp/w/index.php?title=%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E6%94%B9%E9%9D%A9%E6%B4%BE%E6%95%99%E4%BC%9A&amp;action=edit&amp;redlink=1"><font color="#ba0000">ハンガリー改革派教会</font></a>の<a title="牧師" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E7%89%A7%E5%B8%AB"><font color="#002bb8">牧師</font></a><a class="new" title="テケーシュ・ラースロー (未作成ページ)" href="http://blog.ameba.jp/w/index.php?title=%E3%83%86%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A5%E3%83%BB%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%AD%E3%83%BC&amp;action=edit&amp;redlink=1"><font color="#ba0000">テケーシュ・ラースロー</font></a>（ラースロー・テケーシュ）への<a title="国外退去" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E5%9B%BD%E5%A4%96%E9%80%80%E5%8E%BB"><font color="#002bb8">国外退去</font></a>処分に対する<a title="マジャル人" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B8%E3%83%A3%E3%83%AB%E4%BA%BA"><font color="#002bb8">マジャル人</font></a>（<a title="ハンガリー" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC"><font color="#002bb8">ハンガリー</font></a>人）による抗議デモであった。 </li><li>ティミショアラを含むルーマニア西部（<a class="mw-redirect" title="バナート" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%90%E3%83%8A%E3%83%BC%E3%83%88"><font color="#002bb8">バナート</font></a>地方）はハンガリー<a title="国境" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E5%9B%BD%E5%A2%83"><font color="#002bb8">国境</font></a>に近く、<a title="1919年" href="http://blog.ameba.jp/wiki/1919%E5%B9%B4"><font color="#002bb8">1919年</font></a>の<a class="mw-redirect" title="オーストリア・ハンガリー帝国" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%82%AA%E3%83%BC%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%AA%E3%82%A2%E3%83%BB%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E5%B8%9D%E5%9B%BD"><font color="#002bb8">オーストリア・ハンガリー帝国</font></a>が崩壊するまで<a title="ハンガリー王国" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC%E7%8E%8B%E5%9B%BD"><font color="#002bb8">ハンガリー王国</font></a>の領域であった。ルーマニアに留まったハンガリー系住民に対する政府の扱いはあまり良いとは言えず、マジャル人であるラースローの国外退去処分への抗議とともに待遇改善を求めてデモを起こしたのであった。 </li></ul><p></p><br><br><p sizset="5" sizcache="0"><b><a title="12月21日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8821%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月21日</font></a></b> - <a title="首都" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%A6%96%E9%83%BD"><font color="#002bb8">首都</font></a>・<a title="ブカレスト" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%96%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%83%88"><font color="#002bb8">ブカレスト</font></a>で官製集会の最中に爆発事件が発生する。 </p><p sizset="5" sizcache="0"></p><ul><li><a title="ルーマニア共産党" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%AB%E3%83%BC%E3%83%9E%E3%83%8B%E3%82%A2%E5%85%B1%E7%94%A3%E5%85%9A"><font color="#002bb8">ルーマニア共産党</font></a>本部庁舎前の広場（旧王宮広場）で約10万人を動員した<a title="官製デモ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E5%AE%98%E8%A3%BD%E3%83%87%E3%83%A2"><font color="#002bb8">チャウシェスクを称賛する集会</font></a>が開催された。チャウシェスクの<a title="演説" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E6%BC%94%E8%AA%AC"><font color="#002bb8">演説</font></a>が始まって間もなく、ティミショアラ事件に抗議するルーマニア人参加者が<a title="爆弾" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E7%88%86%E5%BC%BE"><font color="#002bb8">爆弾</font></a>を2つ爆発させた（実行犯は警察により<a title="銃殺" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%8A%83%E6%AE%BA"><font color="#002bb8">射殺</font></a>。10代の若者2人が<a title="爆竹" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E7%88%86%E7%AB%B9"><font color="#002bb8">爆竹</font></a>を爆発させたと言う説もあるが詳細は不明なところが多い）。広場は<a title="パニック" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%91%E3%83%8B%E3%83%83%E3%82%AF"><font color="#002bb8">パニック</font></a>状態に陥り、集会は強制的に解散させられた。なお、この集会は国営ルーマニア放送で生中継されていたがチャウシェスクの演説が始まった直後、群集がパニック状態になっている姿を見てたじろぐ姿が映しだされているところで放送が中止された（その後、放送は再開された）。 </li><li>集会の参加者の一部に大学生・市民の一部が合流しチャウシェスク独裁の抗議集会へと発展した。しかしこの政治集会に対しても治安部隊が発砲、多数の死傷者を出す事態となった。軍隊も動員されたが市民の政権に対する不満は頂点に達した。 </li><li>この状態に危機感を抱いたチャウシェスクは国防大臣<a title="ワシーリ・ミリャ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%AF%E3%82%B7%E3%83%BC%E3%83%AA%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AA%E3%83%A3"><font color="#002bb8">ワシーリ・ミリャ</font></a>に対し軍隊による群集への発砲を指示した。しかしミリャはこの命令を拒否、チャウシェスクの逆鱗に触れその後ミリャは自室で死体となって発見された。翌日、国営ルーマニア放送は「国防大臣が自殺した」と報じたものの市民には「処刑された」との噂が知れ渡った。軍首脳の中にも国防相処刑説が広がり、大統領に反旗を翻すきっかけとなった。同日夜には軍隊が広場に集まる市民の側に立ち、政府機関（ルーマニア共産党本部等）の占拠が始まった。 by 葉狩剰滋</li></ul><p></p>
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<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 17:18:11 +0900</pubDate>
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<title>ルーマニア革命 (1989年)　崩壊　by 葉狩剰滋</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/94/e7/j/o0310045010383747970.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/94/e7/j/t02200319_0310045010383747970.jpg"></a> <br><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/e0/00/j/o0450033810383748323.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/e0/00/j/t02200165_0450033810383748323.jpg"></a> <br></p><li sizcache="0" sizset="7"><b><a title="12月22日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8822%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月22日</font></a> </b>- 革命勢力の攻勢は大統領宮殿にまで及びチャウシェスクはブカレストから脱出し政権は崩壊、反体制派勢力は共産党の反チャウシェスク派とともに暫定政権「<b><a title="救国戦線評議会" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E6%95%91%E5%9B%BD%E6%88%A6%E7%B7%9A%E8%A9%95%E8%AD%B0%E4%BC%9A"><font color="#002bb8">救国戦線評議会</font></a> </b>」を組織し<a title="テレビジョン放送局" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%86%E3%83%AC%E3%83%93%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E6%94%BE%E9%80%81%E5%B1%80"><font color="#002bb8">テレビ</font></a> 、<a title="ラジオ放送局" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%A9%E3%82%B8%E3%82%AA%E6%94%BE%E9%80%81%E5%B1%80"><font color="#002bb8">ラジオ局</font></a> を掌握した。これにより「国営ルーマニア放送」から「自由ルーマニア放送」と改称される。 <ul><li>チャウシェスクは<a title="非常事態宣言" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%9D%9E%E5%B8%B8%E4%BA%8B%E6%85%8B%E5%AE%A3%E8%A8%80"><font color="#002bb8">非常事態宣言</font></a> を出し事態に対応しようと試みるが軍隊が革命勢力に参加したことで頓挫、妻の<a title="エレナ・チャウシェスク" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%82%A8%E3%83%AC%E3%83%8A%E3%83%BB%E3%83%81%E3%83%A3%E3%82%A6%E3%82%B7%E3%82%A7%E3%82%B9%E3%82%AF"><font color="#002bb8">エレナ</font></a> と共に<a title="ヘリコプター" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%98%E3%83%AA%E3%82%B3%E3%83%97%E3%82%BF%E3%83%BC"><font color="#002bb8">ヘリコプター</font></a> での脱出を図った。しかし一連の逃亡劇は反体制側に転じた自由ルーマニア放送他、世界各国の<a title="マスメディア" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%9E%E3%82%B9%E3%83%A1%E3%83%87%E3%82%A3%E3%82%A2"><font color="#002bb8">マスメディア</font></a> で映像が流されるお粗末なものであった。その後、首相の<a class="new" title="コンスタンティン・ダスカレスク (未作成ページ)" href="http://blog.ameba.jp/w/index.php?title=%E3%82%B3%E3%83%B3%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%86%E3%82%A3%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%80%E3%82%B9%E3%82%AB%E3%83%AC%E3%82%B9%E3%82%AF&amp;action=edit&amp;redlink=1"><font color="#ba0000">コンスタンティン・ダスカレスク</font></a> は辞任、内閣も総辞職した。チャウシェスク政権時に政権批判をし投獄されていた<a title="政治犯" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E6%94%BF%E6%B2%BB%E7%8A%AF"><font color="#002bb8">政治犯</font></a> も釈放された。その後、夜になるとブカレスト市内各地で反体制派の軍隊と大統領派の治安警察による激しい銃撃戦（市街戦）が発生。多数の死傷者が出る。 </li></ul></li><li sizcache="0" sizset="8"><b><a title="12月23日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8823%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月23日</font></a> </b>- 前夜からの市街戦は更に激しくなっていく。大統領派は秘密の地下通路などを利用し国軍、市民への発砲を続ける。救国戦線評議会は発砲してくる大統領派を「<a title="テロリズム" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%86%E3%83%AD%E3%83%AA%E3%82%BA%E3%83%A0"><font color="#002bb8">テロリスト</font></a> 」と呼び市民に協力を要請、大統領派の掃討に出る。また市民も<a title="銃" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%8A%83"><font color="#002bb8">銃</font></a> をとり大統領派に応戦する。混乱の為、情報が錯綜する中、<a title="ハンガリー" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%8F%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%AA%E3%83%BC"><font color="#002bb8">ハンガリー</font></a> から軍の派遣要請の連絡を受けるがこれを拒否。また、ソ連（<a title="ソビエト連邦軍" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%82%BD%E3%83%93%E3%82%A8%E3%83%88%E9%80%A3%E9%82%A6%E8%BB%8D"><font color="#002bb8">ソ連軍</font></a> ）が事態の沈静化の為に介入するがこれも拒否する。そして救国戦線（国軍）によりチャウシェスク夫妻が<a title="逮捕" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%80%AE%E6%8D%95"><font color="#002bb8">逮捕</font></a> され18時、自由ルーマニア放送（テレビ）で報道された。 <ul><li>以前のソ連であれば、（比較的穏健派の<a title="ニキータ・フルシチョフ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%8B%E3%82%AD%E3%83%BC%E3%82%BF%E3%83%BB%E3%83%95%E3%83%AB%E3%82%B7%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%95"><font color="#002bb8">フルシチョフ</font></a> が最高指導者の時代でさえ）こうした反政府クーデターへのソ連軍の介入は「問答無用」であり相手国の受け入れの有無はソ連が後から「あったことにする」のが通例だった（例：<a title="プラハの春" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%83%8F%E3%81%AE%E6%98%A5"><font color="#002bb8">プラハの春</font></a> ）。しかし、この当時にソ連の最高指導者である<a title="ミハイル・ゴルバチョフ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%9F%E3%83%8F%E3%82%A4%E3%83%AB%E3%83%BB%E3%82%B4%E3%83%AB%E3%83%90%E3%83%81%E3%83%A7%E3%83%95"><font color="#002bb8">ゴルバチョフ</font></a> は自らの<a title="新ベオグラード宣言" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E6%96%B0%E3%83%99%E3%82%AA%E3%82%B0%E3%83%A9%E3%83%BC%E3%83%89%E5%AE%A3%E8%A8%80"><font color="#002bb8">新ベオグラード宣言</font></a> による対外公約を守り<a title="衛星国" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E8%A1%9B%E6%98%9F%E5%9B%BD"><font color="#002bb8">衛星国</font></a> であった東欧の共産国に対しても強権を振るうことはほとんどなかった。 </li></ul></li><li><b><a title="12月24日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8824%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月24日</font></a> </b>- ブカレスト市内の市街戦は依然として続く。また、大統領派の逮捕も相次いでいく。 </li><li sizcache="0" sizset="9"><b><a title="12月25日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8825%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月25日</font></a> </b>- チャウシェスク夫妻は<a title="軍事裁判" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E8%BB%8D%E4%BA%8B%E8%A3%81%E5%88%A4"><font color="#002bb8">特別軍事法廷</font></a> で大量<a title="虐殺" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E8%99%90%E6%AE%BA"><font color="#002bb8">虐殺</font></a> と不正蓄財の罪により<a title="死刑" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E6%AD%BB%E5%88%91"><font color="#002bb8">死刑</font></a> 判決を受け、即日<a title="銃殺刑" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E9%8A%83%E6%AE%BA%E5%88%91"><font color="#002bb8">銃殺刑</font></a> が執行された。 <ul><li>チャウシェスク夫妻が拘禁されていた軍事基地で秘密警察によるチャウシェスク奪回作戦が敢行され、激しい銃撃戦が展開された。当初は軍事裁判ではなくブカレストに連行して通常裁判を実施する予定であったが、秘密警察の抵抗でチャウシェスク夫妻の扱いを早急に結論付けなければならなくなった。 </li><li>チャウシェスク生存説が流布される事を恐れた救国戦線は、チャウシェスク夫妻の遺体を各国メディアに公開した。 </li></ul></li><li><b><a title="12月26日" href="http://blog.ameba.jp/wiki/12%E6%9C%8826%E6%97%A5"><font color="#002bb8">12月26日</font></a> </b>- 救国戦線評議会、新指導体制を発表。暫定政権樹立。同日、チャウシェスク夫妻の処刑が発表される。これを機に大統領派の抵抗も終息していく。 </li><br><p>by 葉狩剰滋 </p>
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<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 17:13:38 +0900</pubDate>
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<title>ルーマニア革命　革命後　by 葉狩剰滋</title>
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<![CDATA[ <p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/e0/00/j/o0450044610383747045.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/e0/00/j/t02200218_0450044610383747045.jpg"></a> <br></p><p><br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/f0/00/j/o0450033110383747969.jpg"><img border="0" alt="ポエムのブログ" src="https://stat.ameba.jp/user_images/20100121/17/avocad002/f0/00/j/t02200162_0450033110383747969.jpg" width="220" height="162"></a> <br></p><p>チャウシェスクの処刑とルーマニア共産党政権の崩壊を受けて暫定的な革命政権である<a title="救国戦線評議会" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E6%95%91%E5%9B%BD%E6%88%A6%E7%B7%9A%E8%A9%95%E8%AD%B0%E4%BC%9A"><font color="#002bb8">救国戦線評議会</font></a> による政権運営が行われた後、<a title="1990年" href="http://blog.ameba.jp/wiki/1990%E5%B9%B4"><font color="#002bb8">1990年</font></a> 5月にルーマニアで初となる多数政党制による<a title="自由選挙" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E8%87%AA%E7%94%B1%E9%81%B8%E6%8C%99"><font color="#002bb8">自由選挙</font></a> が行われ、政党に衣替えした救国戦線が勝利を収めた。また後に国民による投票としては初めての大統領選挙が行われ<a title="イオン・イリエスク" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%82%A4%E3%82%AA%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A4%E3%83%AA%E3%82%A8%E3%82%B9%E3%82%AF"><font color="#002bb8">イオン・イリエスク</font></a> が<a title="大統領" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E5%A4%A7%E7%B5%B1%E9%A0%98"><font color="#002bb8">大統領</font></a> の座に付いた。</p><p>他の東欧諸国では、自由選挙の下で多かれ少なかれ旧共産党が議席を獲得した。しかし、ルーマニアでは革命後に共産党が消滅し非合法化された（後に撤回）。ルーマニア共産党関係者は、救国戦線に参加して政治生命を保った。地下に潜伏中ではあるが、ルーマニア社会主義労働者党を名乗る勢力がチャウシェスク体制の復活を目指している。</p><p><span class="fix-domain" title="この範囲についての出典が求められています"><a title="1999年" href="http://blog.ameba.jp/wiki/1999%E5%B9%B4"><font color="#002bb8">1999年</font></a> 12月、革命10周年に当たって行なわれた<a title="世論調査" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E4%B8%96%E8%AB%96%E8%AA%BF%E6%9F%BB"><font color="#002bb8">世論調査</font></a> によると6割を超えるルーマニア国民が「チャウシェスク政権下の方が現在よりも生活が楽だった」と答え、同国政府を驚かせた。</span><sup class="noprint Template-Fact"><span style="WHITE-SPACE: nowrap" title="この記述には信頼できる情報源への参照が求められています">[<i><a title="Wikipedia:「要出典」をクリックされた方へ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/Wikipedia:%E3%80%8C%E8%A6%81%E5%87%BA%E5%85%B8%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%96%B9%E3%81%B8"><span title="この記述には信頼できる情報源への参照が求められています"><font color="#002bb8">要出典</font></span></a> </i>]</span></sup>市場経済の停滞と失業者の増加により生活が悪化し、国民の不満が高まる中で各地の<a title="工場" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E5%B7%A5%E5%A0%B4"><font color="#002bb8">工場</font></a> や<a title="炭鉱" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E7%82%AD%E9%89%B1"><font color="#002bb8">炭坑</font></a> では<a title="ストライキ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%82%B9%E3%83%88%E3%83%A9%E3%82%A4%E3%82%AD"><font color="#002bb8">ストライキ</font></a> が頻発。その参加者の中には、チャウシェスクの肖像写真とともに「<b>チャウシェスク、私たちはあなたが恋しい</b>」といった<a title="プラカード" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%97%E3%83%A9%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%83%89"><font color="#002bb8">プラカード</font></a> を掲げる人も<span class="fix-domain" title="この範囲についての出典が求められています">少なくないという。惨殺されるほど嫌われ恐れられた独裁者が、少なくとも最低限度の生活を保障していたことで死後改めて評価される</span><sup class="noprint Template-Fact"><span style="WHITE-SPACE: nowrap" title="この記述には信頼できる情報源への参照が求められています">[<i><a title="Wikipedia:「要出典」をクリックされた方へ" href="http://blog.ameba.jp/wiki/Wikipedia:%E3%80%8C%E8%A6%81%E5%87%BA%E5%85%B8%E3%80%8D%E3%82%92%E3%82%AF%E3%83%AA%E3%83%83%E3%82%AF%E3%81%95%E3%82%8C%E3%81%9F%E6%96%B9%E3%81%B8"><span title="この記述には信頼できる情報源への参照が求められています"><font color="#002bb8">要出典</font></span></a> </i>]</span></sup>という皮肉な展開となった。</p><p>しかし一方でやはり共産・社会主義体制は過去の物と言う観点もあり、「<b>我々はとりあえず自由を手に入れた。次は幸福を手にする番だ</b>」というスローガンも見受けられるなど評価は定まっていないのが実情である。</p><p>現在では、革命は「民衆蜂起を利用したチャウシェスク政権内部の共産党官僚による宮廷クーデターだった」という説をはじめさまざまな陰謀説が存在する<sup id="cite_ref-0" class="reference"><a href="http://blog.ameba.jp/ucs/entry/#cite_note-0"><font color="#002bb8">[1]</font></a> </sup>。 また、いまだに政府中枢には現在も旧共産党系の人物が残り、1000人もの犠牲者を出した革命時の加害者の追及の不徹底など、国民の間では、まだ革命は終わっていないとの声も多く、旧東欧諸国の中で<a title="ユーゴスラビア" href="http://blog.ameba.jp/wiki/%E3%83%A6%E3%83%BC%E3%82%B4%E3%82%B9%E3%83%A9%E3%83%93%E3%82%A2"><font color="#002bb8">ユーゴスラビア</font></a> と並び、「革命の後遺症」をかかえている。by 葉狩剰滋<br></p>
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<pubDate>Thu, 21 Jan 2010 17:02:16 +0900</pubDate>
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