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<title>うつ・依存症・摂食障害の方のための滞在型セラピー</title>
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<description>公認心理師でキャリアコンサルタントの高橋と申します。精神科の病院で10年カウンセラーをしています。うつや依存症、不眠の非薬物療法を研究しています。</description>
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<title>不登校だった子どもたち。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>私は、病院で働く前は、不登校の子どもさんに学習指導やカウンセリングをする仕事をしていました。もう10年以上前になるので、当時中学生や高校生だった人たちが今では大人です。</p><p>この仕事に5年間ほど携って、25人～30人くらいの子供さんに当たりましたが、ほぼ全員、復学したり就職したり、いわゆる社会復帰を成しえました。ここ数年では結婚の知らせをいただくようにもなりました。</p><p>ただ全員の方と連絡を取り続けているわけではないので、その後どうされているかは分からない方が多いです。やはり考えすぎたり、対人緊張があったり、うつや不安症のようになりやすい傾向をもっていたりということは、思春期を過ぎてもその人の内面的特徴として続くものですし、一時よくなったようにみえても、もう心配無用などといえるものでもありません。そして復学や就職を見届けることができなかった方も3名ありました。</p><p>&nbsp;</p><p>けれども私は「不登校は治りますか」ときかれたら「治りますよ」と言えます。</p><p>その子なりの人生の幸せを求めて歩き出すことが必ずできる、という意味です。</p><p>&nbsp;</p><p>（発達障害の兆候が相当に顕著であったりすると、診断を受けて福祉的な支援を受けることも視野に入れながら、その子の過度の苦しみを減らし、しあわせに生きる道を探る方向になるかもしれません）</p><p>&nbsp;</p><p>私が民間の会社に属してこの仕事をしていた関係もあろうかと思われますが、知性的で独創的で個性的で繊細な子どもさんばかりで「周りに合わせて生きる」ということが難しい子は多かった、にもかかわらず「一般社会に適応してそこでいい線いく」ということを（無言にしかし実は強烈に）求められている場合には、情緒的に調子をおかしくしたり、自己受容がうまくいかず心理的に病んできたりしがちです。</p><p>&nbsp;</p><p>けれど親御さんを責めるわけではありません。こう思うのは、ふつうにまともな親ならたいへんよくあることだと思います。そして私が担当してきた方々は、親御さんもものすごく努力されて、子どもさんに、それこそ満身創痍で向き合われていました。今思い出しても頭が下がります。</p><p>&nbsp;</p><p>どうやって立ち直ったのか、あらためて聞いてみようと、モト不登校だった方々に会いに行ってみたことがあります。</p><p>&nbsp;</p><p>学校を変わったり、進学したり、アルバイトをしたり、スポーツを始めたり、バイクの免許を取りにいっただとか、父親と大喧嘩しただとか、転機となったような出来事はそれぞれあったようですが、そのような出来事を起こすエネルギーが蓄えられていたということが重要なのであって、それは本人の中の「機が熟した」ということ、そしてそれを助けるさまざまな周囲からのかかわりがあり、それを受け取る感受性が本人の中にあったということだと思われました。</p><p>&nbsp;</p><p>どんないい本を読んでも、どんなにすばらしい話を聞いても、お友達が優しくしてくれたりしても、機が熟していなければ、まったく変化は見えませんが、ひとつひとつの出来事が魂にしみ込んでいて、後で芽を出す力となってくるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>その子の「種」のところ、心の奥にある感受性、そこに、他者とふれあいたいとか、いろいろ経験したいとか、学びたいとか成長したいとか、そういったものがあるのなら、必ず土を破って芽を出してきます。</p><p>&nbsp;</p><p>押しつけや否定や叱責、本人の不安を煽るような言葉は、芽が出るのをじゃまするように思います。こういう思いやりに欠けることをする人が、今時いるのかな、とも思いますが、もしそんな感じの親類などがいる場合はできるだけ会わずにすむようにしてあげてほしいなと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>とはいえ、じゃまが入ろうが芽を出したいエネルギーの方が結局は強いので、だいじょうぶです。</p><p>そのエネルギーは、生まれつき持ってきたものと、生まれてからもらった愛情との関数で、大きさが決まってくるように思います。</p><p>たとえ愛情を受けることや理解されることが少なかったとしても、うまれつき持ってきたものが大きいなあ、と思われる人もいます。機が熟すまでにかなりのご苦労をされますが、劇的によくなられたりします。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12835542421.html</link>
<pubDate>Sat, 06 Jan 2024 19:33:06 +0900</pubDate>
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<title>災害への備え</title>
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<![CDATA[ <p>私は高知県四万十市に住んでいます。四国の西南の端っこです。</p><p>&nbsp;</p><p>移住してきたのは<font face="Liberation Serif, serif"><font size="3">10</font></font>年前で、今ほど地震のことは言われてなかったように思います。わたしより６～７年前、東京から移住してきた人によれば、当時はだれも南海トラフ地震のことなど言ってなかった、来てから間もなく言われだしたとのことです。</p><p>&nbsp;</p><p>私は今まで大きな地震を体験したことがなく、防災意識も低いと思いますが、東京に住んでいたころは避難袋のようなものに水とか非常食とか懐中電灯などを準備していました。</p><p>こちらに来てから、なんだか気楽になってしまったのですが、備えはやはりしておいた方がいいですね。</p><p>&nbsp;</p><p>地震や津波自体、たいへんおそろしいもので、被害を最小限にするためにできることをしておくというのはもちろん大事でしょうが、その後避難所暮らしになったりしたら、どんなことになってしまうんだろうと、そこを恐怖している人も実は少なくないのではと思います。神経繊細な人は、たいへんな状況の中で何日も他人と雑魚寝とか、トイレの問題とか考えるとそっちの方が地震より怖い（不謹慎かもしれませんが、それくらい怖い）という人もいそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>けれどももしも、寒い場合はみんなで温めあう、眠れないとかうるさいとか臭いとかはもうとことん許しあう、弱っている人はみんなで助ける、ということに、とにかく全員で腹を決めて、水が足りなければ川の水を飲んで、山菜やらなんやらで食いつないで、って、できるとしたら、山の幸や川の幸が豊富な地域ならばですが、そして凍える心配がほとんどない暖かいところだからですが、災害をそこまで余計に怖がらなくても、本来よかったんじゃないか、という気もするのです。</p><p>&nbsp;</p><p>都市部の人よりも、田舎の人があまり災害を怖がっていない感じがするのは、どうなろうといつでも海や川や山がある、食べ物をとったりする知識も技もある、いざとなったらみんなで助けあっていける、ということがDNAに刻み込まれているというか、そんなところもあるのじゃないかなとも思われます。</p><p>あと、来たら来た時、という達観のようなものも感じます。</p><p>&nbsp;</p><p>水が不足する、と言われていますよね。道路もだめで、物流がアウトになると。</p><p>川の水が飲めたらいいのになと思います。水さえあれば一週間くらい大丈夫です。</p><p>&nbsp;</p><p>科学の発展とか、売れるものを作るとかじゃなく、川の水を飲めるように、動植物（海の幸山の幸川の幸）を減らさないようにする、というのが人類はやらなくちゃいけないと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>そんなことわかってる、<font face="Liberation Serif, serif"><font size="3">50</font></font>年前から、いやもっともっと前、なんなら<font face="Liberation Serif, serif"><font size="3">18</font></font>世紀から、わかってる。だけどできないんですよね・・・それが現代なんですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>人間は、結局、同調圧力とか、権威主義とか、そこらへんがネックだと、私は思っています。まともな人ほど、強いですものね。</p><p>そこ薄い人って、奇天烈、危険思想、へんなやつ、みたいになりがちですが、ときたま超まとも、な人もいるんですけどね、と、私は思っています。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12835374177.html</link>
<pubDate>Fri, 05 Jan 2024 14:16:27 +0900</pubDate>
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<title>依存症やうつは不思議な治りかたをします。</title>
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<![CDATA[ <p>私は<font face="Liberation Serif, serif" size="3">以前</font>不登校の中高生を支援する仕事をしていました。民間の教育関連業でしたから、経営的な苦労が上役にはあったでしょうし、私もこれだけお金を払ってもらっているのだから、といったプレッシャーは強かったですが、仕事の自由度は高くやりやすい面もありました。</p><p>&nbsp;</p><p>医療機関に属していると、エビデンス（研究に基づいた科学的根拠）のないことを言ってはいけないかなとか、主治医と違うことを言ってしまって患者さんを混乱させたらいけないなとか、いろいろと気をつかいます。</p><p>&nbsp;</p><p>医師と心理師は、患者さんの病的な心理状態を健全な状態に近づけて苦痛を軽くしたいという点で同じことをしているのですが、日本の病院で医師の権威は圧倒的です。</p><p>&nbsp;</p><p>「医学」に対して「心理学」が下ということはないはずなのですが「心」あるいは「心理」は科学では扱いにくい分野です。というか「科学」にはなりえないと私は思います。</p><p>心の機微という、はかり知れないものを測ったことにして、さらに統計的に処理したりしていること自体、無理があります。「心理学」をなんとか学問として成立させるためにはデータを示さないといけませんので、そういうことを、なんとかやっていくしかなかったわけですが、うさんくささの原因にもなっているのではないでしょうか。</p><p>私は職業をきかれて「カウンセラー」というとき、怪しいでしょうねなんだかすみません、という気持ちになります。「人の心」というものを専門に仕事をさせてもらっているなんて、おこがましいという気持ちもあります。</p><p>&nbsp;</p><p>けれども「心」は私にとってやはり最高に興味深いのです。</p><p>心の分野は不思議がいっぱいです。</p><p>非科学的に、つまり奇跡のように、よくなるということがあるのです。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12835304765.html</link>
<pubDate>Thu, 04 Jan 2024 22:36:00 +0900</pubDate>
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<title>心の病の治療のこと</title>
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<![CDATA[ <p>病院に行けば専門医に診てもらえます。</p><p>専門医とはその分野を専門に診ているお医者さんです。</p><p>&nbsp;</p><p>たくさんの症例にあたりたくさんの知識や経験をお持ちだということは期待できます。</p><p>&nbsp;</p><p>私は心理師ですので、心理の専門家ということになりますが、心は目に見えないものですし、専門家といっても、どこまで何ができるんだっていうあやしさはあると思います。</p><p>&nbsp;</p><p>専門家って、専門にやってますっていうだけなので。資格やらあるかもしれませんが、試験受けてパスしたんだな、という以上のことはないです。この資格持ってる人だからぜったい優秀ですばらしいなんてことはないです。</p><p>&nbsp;</p><p>専門医をまるですべてがわかりすべてができる現人神のように思っている感じの方もいますが、きっと「お医者さんを信頼してすべておまかせしなさい」とか「現代の医療はすごいんだ」といったようなことが巷で言われてたりするせいでしょうかね。</p><p>&nbsp;</p><p>精神医学も心理学も科学ということになりますが、人の心や精神や脳についてどれほどのことが科学的に理解されているでしょう。</p><p>人のこころや精神の大海の、ほんの波打ち際のしずくの何かを、わかったわかったと騒いでいるようです。</p><p>&nbsp;</p><p>精神科領域では、こういった症状は、こういったお薬で鎮めることができる。</p><p>ということに詳しいというのはあるでしょう。</p><p>けれどそのお薬も、脳のことそこまで理解して作られたものだと思いますか。</p><p>&nbsp;</p><p>専門医やお薬を否定してるんじゃないんです。</p><p>助けを借りるのは賛成です。心が病んでいるときは特に、ひとりではよくないです。</p><p>&nbsp;</p><p>お薬がとても助けになったような方も実際おられましたし、お薬以外にもさまざまなアプローチで、患者さんの心を苦しみからお助けしようと、がんばっている病院はたくさんあります。医療者もほんとうにがんばってます。</p><p>&nbsp;</p><p>科学の成果もマンパワーもたくさん借りましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>だけど、心は、少しづつでも、自分で育てていきましょう。必ず育ちます。</p><p>今回の人生をずっと一緒にやっていく、一番大事な、最高に貴重な、はかりしれない奇跡的な非科学的エネルギーを持っているものだからです。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12829887372.html</link>
<pubDate>Fri, 24 Nov 2023 11:03:18 +0900</pubDate>
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<title>「心の病」すべてに言えること</title>
<description>
<![CDATA[ <p>若いころに、お坊さんに尋ねてみたことがあります。</p><p>子どもに「理想的な教育」をしたら「理想的な人間」に育つのでしょうか、と。</p><p>&nbsp;</p><p>答えはイエスでした。</p><p>&nbsp;</p><p>その時の私の心中は「えー、そうでもないんじゃないかなあ」でした。</p><p>&nbsp;</p><p>でも今は、あのお坊さんの答えは正しかったんだなと思います。</p><p>「理想的な人間」とは「ありのままの人間」だと思うからです。</p><p>&nbsp;</p><p>「どこへ出しても恥ずかしくない人間」とか「人に迷惑をかけない人間」とかじゃなく「自己受容ができている人間」が理想的なのだと思います。</p><p>&nbsp;</p><p>私は精神科の病院に勤務していますので日々様々な心の病と出会います。</p><p>症状の出方はそれぞれですけれど「自己否定」「自己不信」「心（感情）の抑圧」が病巣にあることは共通しているようなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもは、自分の感情や願い、どんなことが好きでどんなことが嫌かといった「心」を尊重されないと、自分らしさを封印してしまいます。</p><p>こんなことを思ったらいけない、こんなものが好きなのは恥ずかしい、こんなことがしたいなんて言えない、といったふうに思い込んでしまわないようにしてあげてほしいのです。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもが自分のありのままを受け入れられなくなる要因には、親の方にも恐れや不安が隠れているようです。子どもの心云々よりも「世間体（子ども以外の「他者」からどうみられるか全般）」が大事といったようなことです。</p><p>&nbsp;</p><p>子どもは察して親の喜ぶキャラクターを演じ切ったりするので、本来の思いや願いを抑圧しているふうには見えないかもしれませんが、ちょっと気をつけてあげてほしいのです。</p><p>これが好きよねと押しつけになっていないか、そんなのだめよと、あしらう態度になっていないか。</p><p>大きくなってしまってから「あなたのままでいい」とか「自信を持って」とか言われても、自己不信は根強く蔓延っていてそう簡単にとれません。</p><p>&nbsp;</p><p>「子どもの気持ち」はその子の本体です。</p><p>どうか大事にしてやってほしいと切に思います。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12829634597.html</link>
<pubDate>Wed, 22 Nov 2023 11:48:17 +0900</pubDate>
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<title>摂食障害で病院へ行くか迷っている人へ。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">過食や拒食があったり、過食嘔吐がやめられなかったりしていて、自分はどうも摂食障害という病気らしい、とはわかっていても、病院に行くという選択をなかなかしない人も少なくないのではないでしょうか。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">私も受診はしませんでした。<font face="Liberation Serif, serif">20</font>年以上もたいへん苦しんでいましたので、受診について考えたことは何度もありましたが、病院に行ってもどうなるものでもない、薬を飲んだりするのも違う、やっぱりやめよう、となってしまっていました。精神科への抵抗感も強かったです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">膨大な時間やお金やエネルギーを、摂食障害のために日々消耗していたにもかかわらず、受診してもむだだろうとか、いろいろと余計なことを考えて行動できなかったのです。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">先日、東京で開催された日本摂食障害学会の学術集会へ参加し、摂食障害の治療について熱心に取り組まれている全国各地の、医師や研究者、関係機関の方々のお話を伺いました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">精神科領域だけでなく、小児科や産婦人科の先生も登壇されていて、思春期の方へのアプローチやコロナ禍との関連、摂食障害と妊娠・出産との関係についても知ることができました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">この病気の患者さんたちが、もっともっと痩せていなくては、などという痛ましい強迫観念にがんじがらめになっている状態から一日も早く解き放たれ、自由に生きていけるように、との思いで、日々研鑽を重ねておられる方々が一同に会する場におりますと、自分自身も、ますます勉強を重ねてよりよき仕事をしていきたいという思いにあらためて胸が熱くなりました。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">私が摂食障害を発症したのは19歳でしたが、その土台はもっと低年齢で作られていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">中学生頃から家族で外食するような時もひとり家に残ったり、手に取った一枚のクッキーを見つめ「これを食べて、いっときおいしさを味わうか、そんなものはがまんして、細い身体を手に入れて、おしゃれな洋服を着られるようになるかどっちを選ぶ？」と自分に問いかけ、食べるのをやめたりしていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">高校生になると、ちょっと痩せて身体が軽く感じられる時期にはいきいきとして前向きに過ごすことができ、少し太って身体が重く感じる時期には気分が沈んでうつっぽくなる、という、軽い双極性障害のような状態になっていました。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">このような時期に、もっと自分自身のことなどをじっくりと話せる人がいたら（それはカウンセラーなどの「お仕事」の人でもよかったと思います）私は、自分のいろいろな「思い込み」をちょっと緩めることができたんじゃないかという気がします。そしてその後にうつや摂食障害にならずにすんだかもしれません。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1em;">自分は、自分で救うものです。</span></p><p><span style="font-size:1em;">けれども、助けが必要な時もあります。</span></p><p><span style="font-size:1em;">助けが必要なことを、どうか恥じたりせずに、人を信じて、助けてもらいましょう。</span></p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12827329444.html</link>
<pubDate>Sat, 04 Nov 2023 18:31:58 +0900</pubDate>
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<title>摂食障害が治るということ</title>
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<![CDATA[ <p>摂食障害が治る、ということは、</p><p>&nbsp;</p><p>①日々の食事を安心しておいしく食べられる。会食も安心して参加できる。</p><p>&nbsp;</p><p>②ついつい食べ過ぎて、お腹が苦しくなるようなことがあっても「吐かなくちゃ」ではなく「明日ちょっと控えよう」といった発想ができる。</p><p>&nbsp;</p><p>③体型への過度のとらわれがなくなる。</p><p>&nbsp;</p><p>ということです。</p><p>&nbsp;</p><p>根っこは、③　ですよね。</p><p>&nbsp;</p><p>「体型への過度のとらわれ」　どう考えますか。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>それはあなたの人生を縛る鎖です。何も見えなくさせる、目隠しです。</p><p>&nbsp;</p><p>体型という、人間性や内面的な価値とは関係のない表層に、過度にとらわれて、がんじがらめになっているということです。</p><p>&nbsp;</p><p>けれども、その鎖も、目隠しも、実は自分で解くことができます。</p><p>&nbsp;</p><p>ノートに書き出してみてください。痩せていることのメリットを。</p><p>&nbsp;</p><p>洋服がきれいに着られるから。</p><p>だとしてそれがなぜあなたに必要なのか。</p><p>&nbsp;</p><p>身体が軽いと、機敏に動ける気がして気分がいいから。</p><p>だとしてそれがなぜ必要なのか。</p><p>ほんとうに体が喜んでいることなのか。</p><p>何かその奥には、神経の張りつめたような、不安はないか。</p><p>&nbsp;</p><p>どんどん掘り下げて書いていきましょう。</p><p>痩せていることによって、自分が望んでいるのは、どういうことなのか。</p><p>&nbsp;</p><p>そして5年後、10年後、どんな人生を送っていたいか、どんな願いを叶えていたいかもノートに書き出してみてください。</p><p>&nbsp;</p><p>いろいろ考えてノートもつけてみたけれど、その直後に過食用の食べ物を買いに行ってしまうかもしれません。</p><p>これだけ頭ではわかっているのに、と、よけいに悲しくなるかもしれません。</p><p>&nbsp;</p><p>摂食障害は、治るときがきたら治ります。</p><p>&nbsp;</p><p>上のようなワークは、あとからじわじわ効いてきます。</p><p>あきらめないで、自分を見捨てないで、トライ＆エラー＆トライで、やってみてください。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12827000743.html</link>
<pubDate>Thu, 02 Nov 2023 09:20:26 +0900</pubDate>
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<title>過食衝動などの、依存症の「衝動」について</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">勝てないです。まさにそこが「病気」とされる所以です。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">来てしまうともう、いてもたってもいられない。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">なぜならこの「衝動」を育んでいるのは意識下の自分自身、ゆえにどれほどほんの数時間前に「もうしない」と決意していようと、誓いをたてていようと「衝動」が来るというのは、実はすでに飲み込まれているんです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">他のことに対してならば我慢強く努力もできる人が多いので、なおさら辛いです。自分がほんとうに嫌になります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">依存症が治るということは「衝動に勝てるようになる」ということではなく「衝動を生まない生き方を選べるようになっていく」ということです。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">摂食障害の場合は、津波のようにやってくる「大量に食べろ！」衝動を小さくするためには、太る恐怖への対処として少し体を動かしたりしながら、食べられる量から食べていくというのがありますが、各種依存症にも通じる、心の方からの衝動が来ないようにするにはどうしていったらいいでしょうか。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">子どもの指しゃぶりの癖はどのようにして治るでしょうか。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">成長し治る時期がきたら治ります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">実は同じなのです。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">治る時が来たら治る。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「ほんとうの自分」は心底治りたいんだ、ということを忘れずに、自分の人生の手綱を取り戻すんだと手を伸ばしているうちに、あるときふいに手が届く、掴んでいる。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">依存症からの回復過程は「ほんとうの自分」を発見し実践してゆく過程です。そこに成長があります。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「ほんとうの自分」と出会いなおしましょう。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「ほんとうの自分」がどんな自分でも、愛をもって。</span></p><p><span style="font-size:1.4em;">「ほんとうの自分」が生きたいように生きていきましょう。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「依存対象への衝動」を生まない生き方の、はじめの第一歩として</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">もし可能ならば「感情」とよく向き合ってみてください。「感情」と仲良くしてください。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">今、悲しんでいる、寂しがっている、ふてくされている、疎外感を感じてる、うらやましがっている・・喜んでいる、好ましく感じている、感謝している・・・</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">そうかそうなんだねと、胸のあたりにそっと手を触れて、否定したり良し悪しを評価したりせずに、優しく受けとめて、感じて、味わってみてください。</span></p><p>&nbsp;</p><p><span style="font-size:1.4em;">「感情の日記」を書いていくのもいいのですが、まずは気づいてあげるだけでも、違ってきます。</span></p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12826754599.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Oct 2023 14:42:16 +0900</pubDate>
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<item>
<title>うつや依存症（摂食障害）に、なぜ滞在型セラピーが効くのか。</title>
<description>
<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>うつや、摂食障害などの依存症になってしまう原因として、生まれつきの神経の繊細さなど「素質」と、後天的に培われた「ものごとの捉え方」体験から生じた「感情の扱い方」があります。</p><p>&nbsp;</p><p>根強く巣くっている「自己否定」や「ありのままでは愛されない」という思いは、幼いころから「感情」を抑え不感症のように生きてきて、その代わりにいろいろ考えることが多く「思考」優勢として生きてきたせいもありそうです。</p><p>&nbsp;</p><p>感情を抑えたり平気なふりをし続けるには、本来豊かな感情を持っている人ほど、実は大きなエネルギーが必要で、そのために疲れをためこみ、うつやパニックの温床となったりします。</p><p>&nbsp;</p><p>「思考」は体験を意味付けします。</p><p>&nbsp;</p><p>こんな自分はだめだとか情けないだとか恥ずかしいだとか、もっとがんばらないとやっていけない、といった妄想（真実ではない）ストーリーを、うつや依存症の人は心の奥に持っていたりします。</p><p>&nbsp;</p><p>いじめられていたとか、肥満児だったとか、貧しかったとか、先生に嫌われていたとか、そういうことがあったとしても、「ありのままではだめ」ということにはならないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>それは「思考」の勝手な決めつけなのです。</p><p>&nbsp;</p><p>ずっと「考えすぎ」だったのです。</p><p>&nbsp;</p><p>「思考」はいつも過去に戻って検証したり、ああなったらどうしよう、こうなってはいけないと未来を心配したりしています。</p><p>&nbsp;</p><p>寂しさの反対は「没頭」あるいは「集中」です。</p><p>&nbsp;</p><p>今にいる、その瞬間には思考はなく、寂しさも虚しさもないのです。</p><p>&nbsp;</p><p>「いま」を味わうものは「フィーリング」です。</p><p>&nbsp;</p><p>自然の豊かな場所に身を置くと、感覚が活性化されます。</p><p>&nbsp;</p><p>私は昼休みによく瞑想をしますが、やはり野外だとてもやりやすいです。</p><p>自然は語りかけてきます。</p><p>森の中を散歩をして、木々のざわめきや鳥の声、花の香や土の香り、頬をなでる風を感じて、自然の声を聴きましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>海を見ながら、体（＝自然）と会話しながら、少し走ってみましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>今にいるしあわせは、いい子じゃなくても、なにか努力して条件を満たしたりしなくても、いつでも、自分自身の中にあったんだと思い出すことは、回復の助けになります。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>　</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12826752346.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Oct 2023 14:21:33 +0900</pubDate>
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<item>
<title>摂食障害・依存症を治すために必要なこと。</title>
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<![CDATA[ <p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>ことばでいうのは簡単です。</p><p>&nbsp;</p><p>不安や寂しさを、自分の中から追い出して、いつでも落ち着いて、くつろいだり何かに集中したり、自分自身を楽しみ、充実していられるようになればいいんです。</p><p>それだけです。</p><p>&nbsp;</p><p>でもこんなこと、すぐにできるわけがありませんね。</p><p>&nbsp;</p><p>不安や寂しさは、だれにだってあります。</p><p>でも、依存症になる人の辛さはレベルが違います。</p><p>&nbsp;</p><p>それは、疲れていても休みたくても、じっとしていられない、まるでジャングルに置き去りにされた<font face="Liberation Serif, serif"><font size="3">5</font></font>歳児のような不安。</p><p>だったり、</p><p>心の中に、吹雪が吹いていて、いつも寒く凍えているような寂しさだったりします。</p><p>&nbsp;</p><p>なんとかレベルを下げていきましょう。</p><p>&nbsp;</p><p>太ることがとても怖いことも、不安や寂しさがつきまとっていることも、本来のあなたじゃない、心の不具合から来ています。</p><p>&nbsp;</p><p>その病巣は「自己否定」です。</p><p>表面的にはうまくやっているようでも、心の深層に潜む自分自身への不安が、その「心の不具合」の根っこにあるものです。</p><p>&nbsp;</p><p>でも、それはいわば「妄想」なんです。</p><p>不合理、ほんとうのことじゃないんです。怖がらなくてもいいものを怖がっているのです。</p><p>&nbsp;</p><p>あなたにどんな欠点があったとしても、優しくなくても、賢くなくても、美しくなくても、わがままでも、だらしがなくても、だめでも情けなくもないし、不安がらなくていいんです。</p><p>&nbsp;</p><p>そこを、思い出し実感していただくことが、滞在型セラピー　サウレで取り組む、種々の非薬物療法の目的です。</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayachanyu/entry-12826740447.html</link>
<pubDate>Tue, 31 Oct 2023 12:30:18 +0900</pubDate>
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