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<title>半年前に戻れたら。</title>
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<description>ある日の午後、1本の電話でオトンの闘病が始まる事を知った娘の看病記録ブログです。</description>
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<title>閑話休題</title>
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<![CDATA[ <p>本来の予定なら今日、腫瘍内科の先生から確定診断の結果と今後の治療方針について家族への説明がある予定だった。</p><p>ところが「追加で検査をしたい。」との事で説明は後日に延期。</p><p>&nbsp;</p><p>抗がん剤治療を始めるという事で、内科から腫瘍内科へ転科するので病室は明日移るらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>病室をわざわざ変えるという事は標準治療は受けられるという事だな、とちょっと胸を撫で下ろす。</p><p>追加検査もきっと悪い意味ではない。と思いたい。</p><p>&nbsp;</p><p>進展が無いという事で今日は以前書いていた“ウチの特殊な事情”にちょっとだけ触れたいと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>ウチの両親はお見合い結婚だった。</p><p>田舎から出て来た雑草魂のオトンと、生まれは田舎で東京で育ったお嬢様のオカン。</p><p>結婚に至るまで然程時間は掛からなかったらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>自営業だったオトンに嫁いだオカンは、自営業だった父の「いつか自社ビルを建てる」という夢を甲斐甲斐しく支えていたらしい。</p><p>ところが、私の人生の記憶は2人の夫婦喧嘩から始まる。</p><p>この時住んでいたのは、自社ビルとは程遠い玄関共有の風呂無し6畳一間の安アパートだった。</p><p>&nbsp;</p><p>幼稚園の頃はオカンとよく銭湯に通っていた。</p><p>この銭湯通いが終わるのは年長の頃、低所得者向けの都営住宅に抽選で当たった時だ。</p><p>&nbsp;</p><p>「これで毎日お風呂に入れる！」と大喜びしていたオカンの笑顔は今でも忘れられない。</p><p>乳幼児を3人抱えて金銭的にもかなり厳しかったと思う。</p><p>&nbsp;</p><p>結局自社ビルは今に至るまで建った事はなく、2人が離婚するまでの十数年間、私たち家族5人はこの団地で暮らす事になる。</p>
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<pubDate>Mon, 05 Nov 2018 23:59:59 +0900</pubDate>
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<title>Mr.ポジティブ</title>
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<![CDATA[ <p>週末の孫お見舞いに次ぎ、オトンの飲み友達・中学の同級生・叔父さん・従姉と、続々とお見舞いに来てくれた。</p><p>&nbsp;</p><p>そんな中、誰かが来る度にオトンが皆さんにする病状の説明がどんどんと軽症になっていくという謎現象が発生。</p><p>&nbsp;</p><p>「転移って言っても見えるかどうか分からないぐらい小さいんだ」→モニターで明確に確認出来たし決して小さくもない。</p><p>「吐血したお陰で膵臓癌が見付かったからラッキーだったよ」→膵臓癌からの浸潤なんだけど</p><p>「初期だから通院で抗がん剤治療が出来るみたいで」→初期とは言われていないし、転移=末期だという意識も無いらしい。</p><p>「頑張って直すよ！」→完治・寛解は難しいけど、これ以上の癌の進行を止めて付き合うという形に持って行きましょうと説明を受けている。</p><p>&nbsp;</p><p>昔からポジティブなオトンではあったけど、一体どこまでが本気なんだろう？と若干不安になり、弟たちに報告。</p><p>「なんか、日々日々言ってる症状が軽くなってるんだけど(汗)」</p><p>すると、弟「この調子だと来週には完治だな(笑)」と。</p><p>&nbsp;</p><p>とは言え、抗がん剤治療はきっと辛い闘いになると思われるので「補正は入れなくていいんじゃない？初期だと思ってるなら思わせてあげれば？」</p><p>という事で、特に本人にはツッコミを入れず、お見舞いに来た方達には「本人はああ言ってますが、ホントはこういう状況です。」と見送りの時にフォローするという謎の対応をする事に。<br><br>言霊という言葉もあるし。<br>オトンの信じられない位のポジティブさが癌治療にも優位に働いてくれたらいいなと。</p><p>心底思った。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12417045658.html</link>
<pubDate>Wed, 31 Oct 2018 15:00:00 +0900</pubDate>
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<title>国民保険</title>
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<![CDATA[ <p>ERに駆け付けた時からオトンに言われていた「役所へ行って国保の手続きをして欲しい」のミッションを果たしに役所へ赴く。</p><p>&nbsp;</p><p>自営業なので、現住所への転入時からの加入という事で調べて貰うと数年前に転入していたとの事で、過去最大に遡って24ヶ月分の未納料金は払わなければいけない事、算出に時間がかかるので保険証の代証と高齢受給者証は即時発行出来る事を聞き、発行してもらう。</p><p>&nbsp;</p><p>後日分かった事だが、保険証と高齢受給者証を病院に提示すると高額医療申請の手続きをしなくても高額医療対象となり、病院からの請求は行政の補助と相殺された医療費しか来ないらしい。</p><p>&nbsp;</p><p>大体の場合は4万ちょい。</p><p>「それ位なら当分は大丈夫だな。」と胸を撫で下ろすオトン。</p><p>&nbsp;</p><p>オトンの場合働けなくなる＝無収入</p><p>なので、「2、3ヶ月以内には現場に復帰したいなぁ」と言っていた。<br><br>働けなくなった場合でも、入院先の病院にはソーシャルワーカーさんが常駐しているのでいつでも相談出来る事も言い添える。<br><br>40歳も過ぎれば「医療費なんて心配しなくていいよ」と娘としては言ってやりたいところだけど、私も弟たちも決して大きくは無い子ども達と住宅ローンを抱えているので、そこまで太っ腹な事も言えず。<br><br>末弟は「これが(苦労してきた)オカンだったら何に代えてもと思うんだけどねぇ。。」と言う。<br>ウチの事情を鑑みたらもっともな正論。<br><br>でも長女の私はもう少し思うところがあって、、<br>とは言え「おじいちゃんが病気だからアナタ達の夢は諦めて」だなんて口が裂けても子ども達には言えない。<br><br>助けたい親と守りたい子ども達と。<br>40歳が不惑だなんて絶対嘘だ。<br><br>私は迷いまくっている。<br>出口の無い難題を抱えて。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12417051167.html</link>
<pubDate>Mon, 29 Oct 2018 14:00:00 +0900</pubDate>
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<title>お見舞い</title>
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<![CDATA[ <p>入院中とは言え、検査待ち中の今週は抗がん剤治療が始まった訳ではないので、元気そのもののオトン。</p><p>&nbsp;</p><p>元気な内に1度孫には会っておきたいだろうと、週末は姉弟で子ども達を連れてお見舞いに。</p><p>破顔して迎えるオトン。</p><p>&nbsp;</p><p>本当は今年の春辺りに「みんなで食事でもしよう。仕切ってくれないかなぁ？」と頼まれていた。</p><p>72歳という高齢ながらも現役で仕事をしていたものの「なんだか年金が支給されるみたいだから、いつ何があってもいいように保険を見繕ってくれないかな？」とも。</p><p>&nbsp;</p><p>息子の受験やら娘の習い事の本番もあり先送りにしてしまっていた。</p><p>&nbsp;</p><p>オトンの喜ぶ姿を見る度に「早くやってあげれば良かった。」「集合写真の1つでも撮れたのに。。」と、後悔は尽きない。</p><p>こうなってしまった以上、これからベストな道を模索するしか無いのだけれど。</p><p>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12417044004.html</link>
<pubDate>Sat, 27 Oct 2018 00:16:00 +0900</pubDate>
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<title>本人告知</title>
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<![CDATA[ <p>「本人に今日告知をして、確定診断が出るまでに抗がん剤に耐え得るかの全身検査や、リハビリで体力を付けてもらった方がいいと思います。」と先生。<br>戸惑いつつも「お願いします。」という私。<br>肝心の本人のとこへ行ったら談話室で商談をしているオトン。<br>電話終わりを待ってると、先生へ緊急の電話。<br><br>ドラマの様なキレイな告知なんて有り得ません。<br>病気は日々の生活の上に突然降り注ぎます。<br>先生だって他の患者さんも担当されてるし。<br><br>そんなこんなでドタバタの中、面会室へ。<br>先生が慎重に丁寧に、オトンの顔を見ながら救急搬送から今の診断(仮)に至るまでを説明。<br><br>私は初日の(仮々)と(仮)と、先ほどの説明から都合4回目。<br>だからってオトンや先生の顔を凝視する訳にも行かず、モニターの画像を真っ直ぐ見るフリ。<br><br>何故吐血に至ったか？<br>初日から今日まで、どんな検査をして何があったか？<br>まだ生検の結果は出ていないので、どんな種類かは分からないけど癌である事。<br>肝臓にも転移している事。<br><br>オトンは静かにそれら全ての説明を聞いた後。<br><br>「セカンドオピニオンは要りません。」<br>「抗がん剤治療を前向きに頑張ります。」<br>「体力はあるので負けませんよ。」<br>と、きっと患者さん採点があるとするならば危うくも怖いぐらいの100点満点の回答。<br><br>子どもである私達もその方向でいけたらと思ってたので、満場一致の第一関門クリア。<br>後は頑張って貰って、家族は支えるのみ！<br><br>週末は出来得る限り孫に会わせて激励しようという作戦に。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12415170995.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Oct 2018 16:00:00 +0900</pubDate>
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<title>入院3日目</title>
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<![CDATA[ <p>救急搬送の翌日に着替えも持って行けなかった上に、急いで赴いた1時間もオトンに会えないまま、電話の口頭同意しか出来なかった罪悪感はやはり半端ではなく、出来過ぎた末弟の差し入れリストを元に、足りないであろう物品を用意して病院へ向かった。<br><br>病室へ行くと、またもタイミングが悪く検査中で不在のオトン。<br>ただ待っているのももったいないので病室のロッカーを確認してみると、送ってもらったリスト以上に末弟が色々と持って来てくれた事が判明。<br><br>弟ではなかったら直属の部下に欲しいと常々思っているようなヤツだったけど、今回も脱帽。<br>姉弟で読書の趣味がオトンと似通ってるのが唯一私だったので、メルカリで売り残してた小説をベッド脇に置いてみる。<br><br>家に残して来た子ども達と連絡を取りつつ談話室で検査終わりを待つ事2時間。<br>担当の先生が「お待たせしました。ちょっといいですか？」と面会室へ。<br><br>昨日のカテーテル処置の後日同意書にサインをするには大仰だなぁと思いつつ入室すると、ドアを閉めた瞬間若干の緊張感。<br>「これは何か重要な話が始まるのかもしれない。」と着席。<br><br>まずは「昨日は口頭での同意をいただいですみませんでした。緊急の処置だったので。」と先生。<br>言いたい事はそっちでは無いだろうと、次を促す。<br><br>昨日の処置の状況を画像付きで説明してくれた後、<br>「まだ確定ではありませんが、、」<br>「一昨日の造影CT検査の画像を画像診断専門の医師に詳しく診てもらったところ、、」<br><br>「十二指腸ではなく、膵臓癌の可能性が極めて高い事が判明しました。」<br>ここから「絵を描いてのご説明でもいいですか？」と断ってから、もの凄く丁寧な説明が。<br><br>ただ、中学受験を数か月後に控えていて研修生医向けの本を読む事が趣味の息子を持っている私は、膵臓と十二指腸がどの位置にあるのかは絵を描いて貰わずとも把握していて、、、<br><br>膵臓癌→浸潤して十二指腸へ→吐血＝肝臓・リンパの転移の可能性は診立て通り<br>というのは話を聞きながら分かってしまい、それでも一生懸命私の反応を見ながら説明してくれてる先生の話はちゃんと聞こうと目を逸らさず伺い。<br><br>手術適応では無い事。<br>抗がん剤治療をメインとし、放射線治療の可能性もある事。<br>元々体力がある人なので、通院治療へ持って行ける可能性が高い事。<br>寛解・完治は難しいながらも、癌の進行をコントロールしながらQOLを探る事。<br><br>この告知は出来れば私1人では聞きたくなかったなぁという私情を一切すっ飛ばして、淀みなく説明が終わった。<br><br>「何か質問ありますか？」と先生。<br>「2日前に姉弟で決めたんですが、確定診断がついたら本人告知をしてもらって構わないという方針なので、来週にその診断が確定した後にでも告知してもらって構わないです。」と答えた。<br><br>すると先生、困った顔で「マーカー値を見ても通常の100倍なので、癌ではない可能性はほぼありません。僕としては抗がん剤治療に向けてご本人様にも把握してもらった方がいいと思っています。明日から抗がん剤に耐えられるかの全身検査と体力を養うためにリハビリも行っていただきたいです。」と。<br><br>おぉ、、ドラマで観ていたような「先生！本人には最後まで黙ってて！」なんて話は今は無いのかぁ、、と変な感動をしつつ、先生が次に言った言葉が私的には中々衝撃的だった。<br><br>「今からお父様に告知しませんか？隠していても不安が募るだけだと思うので。出来れば娘さんもご同席で。」<br>先生？それはいつから予定されていた事だったんでしょうか？？<br><br>そっちこそ事前に電話連絡が欲しかった、、</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12415169849.html</link>
<pubDate>Fri, 26 Oct 2018 15:30:00 +0900</pubDate>
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<title>どうしても外せない日</title>
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<![CDATA[ <p>オトンが救急搬送された翌日。<br><br>私自身は、この日どうしても外せない大事な本番を迎えていた。<br>先生にもこの日は昼の1時間しか病院に来れない旨は説明済み。<br><br>昨日駆けつけてくれた弟には、午後でも夜でもいいので1日分の着替えと雑貨の差し入れをお願いしておいた。<br><br>昼前ぐらいに前日に預かっていた現金と携帯を渡そうと病院に行くも、検査中であと数時間は帰って来ないと看護師さんに聞き、明日また出直そうと病院の1階に着いた時にまさかのその病院から電話。<br><br>交換士さんから「担当のMから入電です。」と。<br><br>何事かと思い電話を繋いで貰うと、<br>「予定通り内視鏡で昨日の止血の状況確認と生検へ回す細胞採取を3箇所ほど行ったところ、出血が止まらなくなりました。<br>　このままだと危険な状況ですので、昨日ご説明した通りカテーテルでの止血処理を口頭でいいので了承していただきたい。<br>　ただ、この処置をすると腎臓が傷付いてしまった場合には透析が必要になる場合があります。」<br>との事。<br><br>これは、昨日に既に可能性として聞いていた話で、意識があったオトン本人も「全てお任せします」と言っていたので、そのまま了承の意思を伝える。<br><br>「先生、私いま病院の1Fに居るんですが、署名書きに行きましょうか？」と尋ねるも、<br>「後日署名をいただければ大丈夫です。今日はお急ぎですよね？また何かあれば午後にいらっしゃる弟さんかお姉さんの携帯に連絡します。」<br>との事だったので、どこに頭を下げたらいいのか分からないまま病院の正門に一礼をし、両弟に状況だけ報告して病院を後にした。</p>
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<pubDate>Thu, 25 Oct 2018 11:20:00 +0900</pubDate>
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<title>姉弟三者会談</title>
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<![CDATA[ <p>オトンの担当の先生の話を一緒に聞いた弟と私の間には、もう1人弟がいる。<br><br>この日は近県に視察に行っていたという事情もあって、病院を出た後スピーカーで電話会議。<br>現状説明の後、経済的な援助・告知のタイミング等々を話し合う。<br><br>このブログは同じ病で闘われてる方やそのご家族の参考になればと全体公開にしているので、何故我々三姉弟がオトンに対して若干シビアな対応をするのか誤解なきよう、どこかのタイミングでウチの一家の事情を説明しようと思う。<br><br>今は割愛。<br><br>姉弟で話し合った結果、<br>　医療費に関しては公的機関に相談する。<br>　癌であったとして、告知は確定診断がつき次第やってもらう。<br>　その後の諸々は状況次第で都度話し合う。<br>という基本姿勢を確認。<br><br>何もかもが未確定なまま、それでもこういった事を話し合える弟達がいる事に深く感謝して怒涛の半日が終わった。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12415165263.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Oct 2018 21:00:00 +0900</pubDate>
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<title>(仮)です。</title>
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<![CDATA[ <p>オトンの検査が終わり、ER受付で名前を呼ばれた頃には弟も病院に着いていた。<br><br>先生に「まずはこちらでお話いいですか？」と、オトンのベッドとは逆方向のERの診察室へ誘導される。<br>所謂「ご家族の方だけで」というヤツ。<br><br>「検査の結果、、これは(仮)なんですが。。<br><br>　お父様は十二指腸癌の可能性が高いです。<br>　CT画像をこうして見てもらうと分かると思うんですが、肝臓とリンパにも転移している可能性が高いです。」<br><br><br>(仮)<br>癌<br>転移<br><br><br>全く想定していなかった訳ではない。<br>ただ、先生の言ってくれた「(仮)」は、先生のせめてもの優しさにしか見えなかった。<br>見えなかったと表現するのは、この時の先生の目がとても真っ直ぐだったから。<br><br>嘘のつけない先生なんだろう。<br>今日の処置は止血まで。</p><p>生検に回す細胞を取るのは明日以降。<br>この時点では確かに確定診断には至らない。<br><br>私の長男が同行していた事も影響しているかもしれない。<br>「全てが確定ではないですが、色々とお話し合いをして頂いた方がいいと思います。」<br>&nbsp;</p><p>きっとこの先生は、とても聡明で、そして優しい。<br><br>せっかちで心配症な私は、思い切って先生に聞いてみた。<br>「先生？全て(仮)だとして。それが全て当たっていた場合、これは所謂ステージⅣという状況なんでしょうか？」<br><br>「そうですね。(仮)ですが、十二指腸癌ステージⅣの可能性が考えられます。ただ、全てが(仮)の状況で、こうしたお話をするのも申し訳ないんですが、まだ何も確定はしていません。」<br><br>(仮)が例えば50%だったら、患者の家族に対して確定前にこんな説明はしないだろう。<br>私が従事している業界なら、まずしない。<br>このニュアンスで言って来るって事は8割確定って事か。<br><br>そんな事を思いつつ、先生には丁重に挨拶をして病院を後にした。<br>&nbsp;</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12415163868.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Oct 2018 20:00:00 +0900</pubDate>
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<title>違和感</title>
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<![CDATA[ <p>今から思えば、ERに着いた時からちょっとした違和感がちょいちょいあった。<br><br>例えば、看護師さんの質問内容。<br>「どこか以前から痛むところはなかったか？」<br>「体重の減少はなかったか？」</p><p>「食欲の減退はなかったか？」<br><br>若かりし頃より胃腸は弱かったオトン。<br>私が小学生の頃は胃痙攣で一度だけ救急車を呼んだ事もあった。<br><br>この時まで、てっきり胃潰瘍か何かだと思っていた私はギクリとした。<br>「ひょっとして癌の疑いがあるのかな？」と。<br><br>その後、ERではない内科担当の先生が現れて「造影CT検査をしたい。」と。<br>これはオトンの年齢と吐血と貧血状態を考えたら当然のセオリーなのか？<br>癌の可能性が高いという事なのか？<br><br>何の判別もつかないまま、弟にメールを打った。<br>「仕事が早く上がれたら病院に来て欲しい。」と。</p>
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<link>https://ameblo.jp/ayaco05/entry-12415158023.html</link>
<pubDate>Wed, 24 Oct 2018 18:00:00 +0900</pubDate>
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