<?xml version="1.0" encoding="utf-8" ?>
<rss version="2.0" xmlns:atom="http://www.w3.org/2005/Atom">
<channel>
<title>水留綾女のブログ予定地。</title>
<link>https://ameblo.jp/ayame-nyc/</link>
<atom:link href="https://rssblog.ameba.jp/ayame-nyc/rss20.xml" rel="self" type="application/rss+xml" />
<atom:link rel="hub" href="http://pubsubhubbub.appspot.com" />
<description>内容は未定。ちょっとセットアップしはじめてみただけさ。</description>
<language>ja</language>
<item>
<title>2003年、キューバにて。</title>
<description>
<![CDATA[ もうずいぶん前のことになるけど、キューバに取材旅行に行ってきた。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140330/22/ayame-nyc/9d/08/j/o0800056412892422886.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140330/22/ayame-nyc/9d/08/j/t02200155_0800056412892422886.jpg" alt="" width="220" height="155" border="0"></a><br>表向きのテーマは、「アジア系移民の歴史と今」みたいなかんじだったけど、<br><br>そんなお固いハナシなしに、<br>わたしは単に、外見と国籍とアイデンティティーがマッチしない人たちの話を追いたかった。<br><br>それは、わたし自身がはアメリカに生きるアジア移民で、<br>国籍は日本であれど、あまりに日本からかけ離れたところに自分を位置づけていたからだと思うし、<br>母国に帰る気もなければ、日本人として定義されたいとも願っていなかった。<br><br>若かった23歳の我武者らな自己摸索というか、<br>自分をどう定義していいのか、答えを探し求めていた延長上にあった旅というか、<br><br>とりあえず米国からは渡航禁止のキューバに渡り、<br>中国系、日系移民の人たちに、一人一人、話をきいて回った。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140330/22/ayame-nyc/2e/71/j/o0800059612892427006.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140330/22/ayame-nyc/2e/71/j/t02200164_0800059612892427006.jpg" alt="" width="220" height="164" border="0"></a><br>目的は写真であり、帰米後の写真展であったけれど、<br>このときにふれあうことのできた数多くのアジア系２世や３世の「自分は何者か」という感情論や、個人の思い、見たことのない親や祖父母の祖国に対する胸の内を、そして長老たちの深い想いを、わたしが忘れることはないだろう。<br><br>そして共産主義国家キューバという現実。<br>国外には容易に出られず、食材は配給、外貨にへつらいをこくようにすがりながらも、島内に温存されるキューバ文化に対する誇り、そして古きキューバに対するノスタルジア。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140330/22/ayame-nyc/cd/32/j/o0800060512892427007.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140330/22/ayame-nyc/cd/32/j/t02200166_0800060512892427007.jpg" alt="" width="220" height="166" border="0"></a><br>すべては、2003年のキューバから始まったように思えるし、<br>それからわたしは長年をかけて、アジア系移民の歴史を自分の足でたどろうと資金繰りを続け、ニューヨークから南米に出向いては長期滞在し、常にアジア系移民やその子孫である彼らと、アメリカ大陸のどこかで、ふれあって生きてきたように思う。<br><br>あの夏から十年と少しが経って、わたしは本当にアメリカ永住型の移民となり、<br>未だニューヨークから離れる意志も、「自分は、何者であり得るのか」という摸索もやめる気はないのだが、<br><br>答えとまではいわなくても、もうちょっと確たるものに近付くことができたのではないか、と自分を評価することにしている。<br><br>ひとつひとつの長旅が、わたしという人間を少しずつ変えていき、<br>現在のわたしという人間をつくってきた。<br><br>その形成過程にたずさわってくれた数多くの移民たちの一人一人に、いま、切に感謝したい。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140330/23/ayame-nyc/1f/ad/j/o0800056512892448450.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140330/23/ayame-nyc/1f/ad/j/t02200155_0800056512892448450.jpg" alt="" width="220" height="155" border="0"></a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ayame-nyc/entry-11808981326.html</link>
<pubDate>Sun, 30 Mar 2014 22:47:35 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ハーレムのガス爆発とビル倒壊事件。30代の日本人女性、行方不明者はわたしじゃないよ。。</title>
<description>
<![CDATA[ わたしじゃないよ。行方不明者は。<br>ハーレムには十年くらい住んでたけど。<br>当日も（じつは）すぐそばにいたけど。。。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140315/00/ayame-nyc/e7/2b/j/o0800059912875421833.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140315/00/ayame-nyc/e7/2b/j/t02200165_0800059912875421833.jpg" alt="" width="220" height="165" border="0"></a><br><br>ガスの匂いは何週間も前からしていて、住民はもうずっと、「耐えられないガス臭」を訴え続けてきていた。<br>ちなみに日本のメディアは「老朽化」「築百年以上」とやたら言うが、<br>わたしは築百年以下のビルには住んだことがない。あたりまえだろ！<br><br>倒壊後の写真。<br>ここの写真がいちばん分かりやすいかな。<br>http://www.nbcnewyork.com/news/local/NYC-Explosion-Before-After-Photos-Buildings-1646-Park-Avenue-1644-250167731.html<br><br>ちなみにわたしの住所はハーレムじゃないけど、諸事情により、この日の周辺は一週間くらい、ずっとハーレムで寝泊まりしていました。あまりのヘリのうるささに、「あぁ、これだけマスコミが現れるってことは、大事件だなぁ（＝多少の銃乱射程度ではない）」と目を覚ましたのを覚えています。<br><br>ハーレムの住民とは、「平和になった」現在でも、いまだ銃声などの爆音やノイズには比較的慣れていますが、さすがに今回のはすごかった。<br>「爆弾が落とされたのかと思った」と近所の住民は証言していました。<br><br>わたしは現場の20ブロック先の、十分に爆発音の聞こえる距離にいましたが（10ブロック先までは揺れが伝わっていた）<br>なんといっても深夜まで働いて爆睡していたので、眠りは深い。<br>めずらしく朝の９時過ぎまで寝ていたので、揺れも音も、なにも聞こえませんでした。ま、ヘリの到着は早かったけどね。うるさー。<br><br>死人が出て、負傷者や被害が大きいから大きく取り上げられてるけど、ハーレムでは去年も一棟、改築工事中のビルが「突然」崩れ落ちて、全壊しています。（そのときも近くにいた＝Bad luck!）作業員が工事現場に着く前の出来事だったので、奇跡的にけが人なし。（＝市外ではたいしたニュースにはならなかった）でも、ビルの倒壊ってこの街ではけっこうあるんですよ。<br><br>ま、とりあえずわたしは無事ということで。<br>デハデハ。<br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ayame-nyc/entry-11796341147.html</link>
<pubDate>Fri, 14 Mar 2014 23:04:42 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>アマゾンの森にいってきました。</title>
<description>
<![CDATA[ "The Japanese in the Amazon"<br><br>というテーマで、アマゾンに一年ほど行って参りました。<br>いまから百年くらい前に、ゴム景気の全盛期にペルーからアンデス山脈を徒歩で超えて、アマゾン上流から手作りの筏で河を下っていった人たちの話。<br><br>そして、その子孫の取材。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/60/00/j/o0720054612844506333.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/60/00/j/t02200167_0720054612844506333.jpg" alt="" width="220" height="167" border="0"></a><br><br>「ピラニア２」という映画が撮影された河の周辺にいたのさ。<br>ワニさんと一緒に毎晩風呂に入り（河です。水道がないので。）<br>ピラニアのいる河で洗濯をし（風呂も洗い場も一緒です）<br>マラリアにやられてるジモッピーたちを、う～ん、キミタチもうちょっと衛生管理しようよ、と<br>エラソーに意見をいったりして、<br>（周りの薮を刈る、井戸をもっと深く掘る、オレンジの木を植えてビタミン摂取を心掛ける、など）<br><br>なんかいろいろあるでしょ？　と。<br><br>まぁ、あたりまえだけど、いろんなことたくさん学んで帰ってきたのはわたしですが。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/b4/47/j/o0586054712844506657.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/b4/47/j/t02200205_0586054712844506657.jpg" alt="" width="220" height="205" border="0"></a><br><br>いろいろあったけど、ま、その話は長くなるからまた今度。<br>最後にヒロシマ村の写真。ボリビアの奥アマゾンに住む、セルヒオ・ムラカミ氏の集落です。<br>おとっつぁん、一年間もお世話になりました！<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/44/58/j/o0720046912844506331.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/44/58/j/t02200143_0720046912844506331.jpg" alt="" width="220" height="143" border="0"></a><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ayame-nyc/entry-11771024343.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Feb 2014 02:34:00 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>ココ・バレンティンの逮捕。こうしてわたしはジャーナリストになった（笑）</title>
<description>
<![CDATA[ さて、わたしはいつからジャーナリストになったのでしょう。<br><br>ココ・バレンティン選手が逮捕された日、実はわたし、彼が家に乗り込んでくるのを分かっていながら、奥さんの取材に行ってたんですねぇ。<br><a href="http://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/e1/e5/j/o0800055012844507433.jpg"><img src="https://stat.ameba.jp/user_images/20140213/02/ayame-nyc/e1/e5/j/t02200151_0800055012844507433.jpg" alt="" width="220" height="151" border="0"></a><br>（写真は彼の家の覗き見からみえる、乗り込みにやってきたココのポルシェ。）<br>（レッカー車移動のおっさんが、「高級車はちょっと……」とかなりビビってたのがウケた。）<br><br>ていうか、もともと、わたしはただの「英語の通訳」としてマイアミに来てくれと言われ、<br>奥さんとアポを取ろうとすると英語がゼンゼン通じないので、<br>記者に「完全にスペイン語ですね」と伝えると、<br><br>「あんたスペイン語分かるんでしょ？」<br><br>と、そのまま通訳業を遂行するハメに。<br><br>（あの～、う～ん、スペイン語……。まぁいっか。）と、マイアミの仕事に向かう。<br><br>ところがなんと、空港で落ち合うはずだった三山喬記者（文春のスクープを書いた人）は、到着時にはすでに、急性胃腸炎に悶え苦しみ、死にそうなドス黒い顔で、ベッドから出られない状態。<br><br>「救急車呼ぼうか？」<br><br>「それより取材行ってきて」<br><br>「は？」<br><br>「テキトーでいいから」<br><br>「え？」<br><br>（さすがにテキトーじゃマズイだろ？）<br><br>「オレは動けない」<br><br>「‥…。」<br><br>というわけで、スペイン語の取材に、その直後の逮捕劇、そして単独でキュラソー取材に行くハメになったわたしは、こうしてジャーナリストの世界へと転がりこんでいったのでした。<br><br>彼の故郷では、かあちゃんたちと取材をしてきたんだけど、<br>とりあえず、バレの母ちゃんに謝ってみました。<br><br>「ゴメン、あんたの息子の逮捕写真を撮ったのはわたしです！」<br><br>「仕事だったんだ！　悪気はなかったんだ！」<br><br>かあちゃんは、「はっはっは。まぁまぁ……。」と。<br><br>う～ん、やっぱ温かい島国の人はおおらかでいいねぇ。<br><br>　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　　（つづく）<br><br><br>
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ayame-nyc/entry-11771003277.html</link>
<pubDate>Thu, 13 Feb 2014 01:37:01 +0900</pubDate>
</item>
<item>
<title>バレンティン騒動記 from キュラソー島。</title>
<description>
<![CDATA[ 週刊ポストにわたしの記事が載ったよ☆<br>http://www.weeklypost.com/140214jp/index.html<br><br>月曜に出るのは知ってたが、何日号だ？と思いきや、すでに姉や弟がmixiに全文掲載されているのを発見して送ってくれてた。。。ショック。。。。。<br><br>てことはオマエらは、コンビニまで行って、週刊ポスト2月14日号をを買ってくれないのか？<br><br>ちゃんと写真入りのレイアウトで雑誌をペラペラめくったら見えるやつを、手に取ろうよ。<br><br>本日月曜日はまた、週刊ポストの発売日ですね。<br>今度は小保方晴子さんのハーバード取材をしてきましたよ。<br>（記事書いてないけど）<br><br>けっこう取材がおもしろかったので、その続きを書きたいと言ったら、<br>「企画書出せば通ると思いますよ」<br>「４ページくらい」と、は？　マジ？？？　的なお返事をいただきました。<br><br>ま、もうちょっと事が落ち着いたら、またハーバードに向かうさ。<br>あんま遠くないしね。汽車で４時間半。<br>往復９時間って考えたらちょっとめんどいけど、飛行機よりはいいでしょ。<br><br>新幹線が恋しいです。アムトラック揺れるから本が読めない。。。。。
]]>
</description>
<link>https://ameblo.jp/ayame-nyc/entry-11769619172.html</link>
<pubDate>Tue, 11 Feb 2014 06:25:06 +0900</pubDate>
</item>
</channel>
</rss>
